真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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遅くなりました


――私の鳥。――

「腹、大丈夫ですか?」

 

「ああ、瞬間回復で傷一つない」

 

 二人は河川敷の上でもう沈んでしまった空を眺めていた。遠くの方には夜景――というか光がちらほらあって、一瞬だけとはいえ死闘を繰り広げた二人は凄い脱力感に見舞わられていた。

 それもそのはず――確かに、総一郎は人斬り状態になってしまえば取り返しのつかないようなことをしてしまう。だが、普段は常識人。百代もやり過ぎてしまうことがあるが、限度は知っている。

 ――河川敷は崩壊していた。

 何がどうなっているか――百代の瞬発力に耐え切れない地面が無数のクレーターだらけ、総一郎の限度がない斬撃痕、二人の攻撃が衝突すれば衝撃波でその周りに被害が出る。

 無残な光景と到底どうにかできる話でない被害に二人は思考を放棄していた。

 

「なあ」

 

「はい」

 

 適当な問いかけと相槌、声をかけてみたはいいが話すことは無いし、話を膨らまそうとも思わなかった。

 見かねた総一郎が話題を振る。

 

「僕って鍛錬が嫌いなんですよ」

 

「ああ」

 

「僕って精神修行ばかりやってて、普通の鍛錬はサボってばかりなんですよ」

 

「ああ――え?」

 

 ようやく百代が反応して二人は顔を合わせる。

 

「鍛錬をサボってあれなのか! 自信なくすなあ、結局六発しか当てられなかったし」

 

 肩をすくめる百代を総一郎は笑い飛ばした。

「ははは、剣術にとって精神は重要ですから、モモちゃんも精神修行すればいいじゃないですか」

 

「つってもなあ」

 

 どうにか会話が続いてくる、むしろ二人の会話は止まることを忘れてしまう。

 

「座禅なんてしなくていいんです――例えばキャンプとか、鍛錬は集中型にしてみんなで楽しく遊ぶ時間を増やすとか」

 

「はあ?」

 

 寝転び微笑んで空を見上げる総一郎に百代は溜息を投げかける、聞いたこともない鍛錬方だった。

 

「精神修行って別に要らないんですよ、精神修行が必要なのは武に携わる者だけ、武に携わるだけ普通とは違う生き方になります――モモちゃんって同年代と対等な喧嘩とかしたこと無いでしょ?」

 

「……そう、だな」

 

 間抜けなことを言われてから核心をつかれた――考えてみればそうだった。

 私と武で対等なものは勿論いない。同年代で友達はいても――精神で対等なものは居なかった。

 

「子供ってのはいきなり知らない奴らの間に「教育」って形で入れられて何故か友達になっていく。勿論、喧嘩もするし女の子や男の子を好きになったりする、毎日会って外で遊んで――でも、武術家ってのは学校以外武術漬け――それで精神修行?」

 

 武術家は真面目である――そうでない自分は不真面目で、それで鉄心に怒鳴られて、ルーに小言を言われて――

 

「教育者としてそれはどうなんだ?」

 

 武術家は真面目である――それが真理だと思っていた。自分のかつての師匠も危険だと判断されて川神院を破門された。

 武術家はそう言う生き物だと思っていた。

 ――この男がそれを否定した。

 

「新当流総代として言う――阿保だ」

 

 百代は大声を上げ、それから笑った。心の淀みが取れた気がしたんだ

 

「なあ、さっきを出せるようになるのにどれぐらいかかる?」

 

 振り向き様に百代は聞く。

 闘い終わった百代の髪は夜になびいてすごく綺麗だった。

 

「まあ、モモちゃん次第かな。土台はある、効率の良い鍛錬と楽しく生きることを続ければ三年ぐらいで到達できるんじゃないかな――「天衣無縫」に」

 

「天衣無縫――か、なんだかかっこいいな!」

 

「三年後には僕はその上を行くけどね」

 

「お前が鍛錬をサボってる間に私はその上を行ってるよ」

 

 にた――と笑って二人は視線を合わせた。

 ここに永遠ともいえるライバル協定が発足したのだ。

 

「ああ、それと」

 

「ん?」

 

「お前が人を斬ってても、剣術が嫌いでもお前は風間ファミリーの一員だからな! 残念だけど辞めることはできない」

 

 そこで二人の時間は終わる。

 

♦  ♦  ♦

 

 

後日談――

 

 あの後初めに来たのは風間ファミリーだった。河川敷の悲惨さと二人の姿を見て一子は泣き出してしまった。ガクトも薄ら涙を浮かべていたが、それはこの状況下で笑っている二人を見て恐怖を感じたのかもしれない。

 大和とモロは本当に心配して、心配を通り越し怒りに塗れていた。京も心配したらしく、新しく加入したばかりの総一郎に薬箱を渡していた。

 キャップは河川敷の悲惨さにも目をくれず、二人が派手な遊びを自分に内緒でしていたと勘違いして駄々をこねていた。

 

 熱が冷めれば河川敷の現実に白目をむいてしまう。

 少しすれば鉄心が来て百代を叱る――思いきや、時間も遅いため家に帰されてしまった。鉄心曰く「言わねばいかんこともあるが、まず休め。このことは儂に任せて置け」

 考えれば分かることだ、あれほどの闘気をまき散らして鉄心が気付かないはずがない。初めから鉄心はこの戦いを傍観していた、認めた上での決闘だった。

 それに勿論、新当流総代の言葉が聞こえていたはずだった。――総一郎が鉄心の存在に気付いていたのかは分からないが。

 

 非公式であったが、大荒れの河川敷と撒き散らかされた闘気、さらにボロボロになった服の百代を見れば川神院の修行僧もわかる――真剣勝負で武神が負けた。

 そのこと噂は風に乗って全国――世界へ羽ばたいて行った。

 

「MOMOYOが負けた?」

 

「MOMOYOが負けたなんて信じらーれなーい」

 

「一体誰にMOMOYOは負けたんだ?」

 

「TUKAHARA?……OH、ジャパニーズサムライ!」

 

 無敵の武神が負けた――さらに負けた相手が日本の剣術家――サムライであることが噂をさらに広げた。

 勿論、一番広がるのは日本だった。

 

 柄の悪そうな中年武術家は。

 

「百代が負けたか……血の気が疼くぜ」

 

 武道四天王の一人は。

 

「百代が負けた……私が倒すはずだったのに――あ、おにぎりが……」

 

 政界のある人物は。

 

「百代ちゃんが負けたか……これは俺もうかうかしてられねえな」

 

 そして九鬼財閥の極東支部で一人の女性がその話題を取り上げていた。

 

「父上、どうやら川神百代が負けたそうです」

 

「え? マジかよ、こりゃお前もうかうかしてられねーんじゃないの?」

 

「ご安心ください、この老いぼれ赤子に負けるつもりはまだありませんので」

 

 こうして噂は世界に広がり、日本の株価に多大な影響を与えていた。

 

 当の本人である百代は数日休養を取り、珍しく鍛錬に励んだり大和を連れて遠出したり、今までやりたがらなかったバイトをして、入学祝が出来なかったお詫びとしてファミリーに焼肉をご馳走したり。明かな変化が読み取れていた。

 

 して、総一郎がどうかと言えば。

 噂が広まり、数日後。電話をしていた。

 

 塚原家当主――父である信一郎と。

 

『やあ、総一郎』

 

「おう、なんだ」

 

 決して険悪ではない、良好な関係でもない――そう示す第一声だった。

 

『聞いたよ、武神を倒したそうじゃないか、誇らしいね』

 

「ああ、もっと褒めてくれよ、しっかり――倒した――ぜ」

 

『ああ、お爺ちゃんも誉めていた』

 

 皮肉を言ったつもりはない、言われたつもりもない。

 だが、そう聞こえてしまう。そんな言い方をしてしまう、とても親子には感じなかった。

 

『一度挨拶に向かおうと思うよ。非公式であったけれども、本当は公式でやるような二人だからね、新当流総代と川神院次期総代というのは』

 

「そうしてくれ――どうせなら「カガ」と「水脈」も連れてきてくれ、カガには川神院を見せてやりたいし水脈には都会を見せてやりたい」

 

 嫌悪感は見せなくとも好感を出すこともない、恐らく年下であろう知人を連れてくるよう父親に頼む姿は携帯越しだろうと本人を前にしようと変わらない――そういうふうに感じ取れる。

 

『ああ、分かった。行くときに連絡するよ』

 

 そこで電話は途切れた――切ったのは総一郎。

 信一郎の方は総一郎を愛している。どういう理由で息子に人を斬らせているのか分からない。だが、父親として自分を愛していることを総一郎は知っている――祖父である純一郎も同様であることを知っている。

 母親は自分は人を斬っていることを知らない、母親が自分を愛していることは勿論知っている。

 

 では、なぜ、自分は、このように育てられたのか――それは知らない、理解できなかった。

 

 父親との電話が終わってすぐ違う電話番号にコールする。

 一度目では通じなかった、アナウンスが無いので電源が切れているわけではない。

 もう一度その電話番号にコールした。

 それでも出ない、総一郎は何度もコールした。

 

『も、もしもし!?』

 

 七度目のコールで漸く番号主に繋がる。

 

「……」

 

『……おーい、もしもし?』

 

 総一郎は心の隙間が埋まった気がして声が出せなかった。

 自分の言葉に応えてくれる人がいることに驚いた。

 

 一週間の間に色々あった。

 友達が大勢出来たり、入学したり、成熟した精神でさえも経験したことのない決闘――

 

 ――総一郎は疲れていたのだ。

 

「もしもし」

 

 声が出た。

 

『あ、総ちゃん? ごめんねお風呂に入ってて電話取れなかったの』

 

「あ、そうなの。裸を想像したら欲情しちゃいそうだ」

 

『むー、突っ込むところが多くて大変だよー』

 

 総一郎は部屋に寝転んだ、テーブルの角に頭をぶつけて悶絶してしまう。

 

『!? どうしたの大きな音がしたけど!?』

 

心配する声に総一郎は頭に激しい痛みが走っているのを気にも留めず笑っていた。

 

『……どうしたの? なんか辛そう』

 

 見透かされている心――それが心地よい、彼女に――燕に心がを見透かされているのが心地よい。

 息を吸い込んで吐く。

 

「いい女だなこんちくしょうめ!」

 

 電話越しの大声で燕は耳元から携帯電話は離す。

 

『もう! なによ!』

 

「お前のエンジェル――いや納豆ボイスに癒されたかったんだ」

 

『なにそれー、思ってもいなくせに』

 

 不貞腐れている燕を想像してニヤニヤが止まらない総一郎、傍から見れば相当間抜けな顔と動きをしていた。

 

『聞いたよ、真剣勝負で武神に勝ったこと』

 

「やっぱり? これから大変だなー」

 

 燕の声が聞こえなくなる。総一郎は携帯の画面を見るがしっかりそこには「スワロウ」と文字が映し出されている。

 耳を良く澄ましていると燕の深い呼吸が聞こえた。

 

『武神って女の子だよね?』

 

「……ああ」

 

『なんか、こっちに来た噂だと武神と新当流総代は良い関係って話なんだけど――』 

 

「おいおいおい」

 

 総一郎は立ち上がって事について考えだした――いや、考える前にしなければならないことがある。

 燕の対処だ。

 

「どういうことだそれは、違うからな、違うからな。俺が好きなのは暴力女じゃなくて納豆女だ!」

 

 少し間が相手から笑い声が聞こえる、派手な笑い声ではなく口元を手で押さえているような詰まった笑い声だった。

 

「笑い事じゃないぜ」

 

 まだ笑い声は聞こえた。

 少し遅めの時間、笑い声を抑えているのはそのせいなのかもしれない。だから余計に長く燕は笑っていたのだ。

 

『ふふふ、笑わせたのは総ちゃんだよ――ふふ』 

 

「まあ、取りあえずその噂は嘘だからな」

 

『はい、分かってます。……これで終わりなら服着るから電話切るよ?』

 

「ああ、突然悪いな、ありがとう」

 

『どういたしまして。何かあったらいつでも電話して、スワロウはどこにでも飛んでいくのだ――――ほんとに辛かったら言ってね』

 

 「ありがとう」と言う前にそこで電話は切れた。

 たとえ聞こえなかったとしても、総一郎は携帯電話を耳に当てたまま「ありがとう」と呟いて携帯電話を静かに閉めた。

 

 寝よう――風呂にも入らず、歯も磨かず、布団も敷かずに総一郎はその場に横になって、寝息を立てた。

 隣に誰かがいるような安心感に包まれたのだった。

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 夢を見た――既に経験したことの回想だった。

 

 人を斬るほんの少し前の話だ。

 新当流の道場にノルマの修行をするため向かっていた時のこと、美人な母親と釣り合わなさそうだけれども夫婦共々、仲の良さそうな二人に連れられた一人の少女を見た。

 第一印象は我が強そうな女の子――第二印象は武人の女の子――第三印象は女の子だった。

 少女を見た後すぐに手合わせをすることになった。そこで少女が武人だと理解した。

 武の才能は勿論、兵法家としての才能もあったためにこの新当流に顔を出したそうだ、手合わせをすることになったのは少女が僕を指名したから。どうやら年下である僕に勝てそうだと頭が判断したらしい。

 

少女は無敗だった。

 

 第三印象は女の子だった、僕に完敗した少女の親は神妙な顔立ち――少女は膝を着いて顔は俯き、床には一滴二滴ではない涙が落ち続けていた。

 総一郎にはそれがとてつもなく女の子に感じた。

 だからその子に手を差し伸べた、叩かれはしなかったけれど差し伸べた手を取ることはしなかった。無理やり引っ張って少女を持ちあげる、どうしても少女は顔を上げないで俯いている。

 総一郎は顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。少女は抵抗して総一郎に拳をぶつけた、先ほどは一回すら当たらなかった拳がなぜか当たった。驚いて顔を上げてしまう。

 総一郎の口からは血が流れていた。

 総一郎と少女は初めて近距離で見つめ合った。総一郎は少女の涙を袖で拭いて頬に口付けをした。

 驚いて少女は距離を取る。

 距離をとって見た総一郎の姿は和服と刀が良く似合うワカメ髪の格好の良い少年だ――と感じた。

 燕と総一郎の出会いはそんな感じだった。

 

♦  ♦  ♦

 

 

 あれから数日がたった。

 総一郎は世間一般で名を轟かせることになったため、武神と同じく挑戦を様々な者から受けるようになっていた。

 決闘となれば相手を殺す――それに変わりはない。

 生憎、総一郎の殺気に耐えれるものはいないため事が起こることは無かった。

 

 一番困ったのは学校だった――決闘制度だ。

 武神を倒して、さらにエレガント・チンクエに選ばれた総一郎は妬みや好奇心から来る挑戦者を相手にしなければならなかった。

 学生にトラウマを植え付ける殺気を出すこともできない、真剣を使う決闘もできない――総一郎にとってやり辛いことこの上ないだった。

 

 学校生活外では基本的にファミリーと遊ぶか釣り――そして川神院での稽古付けだった。

 闘いの後、鉄心に修行僧や門下生の稽古をつけるようお願いされた――精神稽古のみ。かなり年下の若造――しかし新当流総代に言われたのが余程効いたのか、川神院の精神改革を任されてしまった。

 いろいろな思いが総一郎にもあったが、百代のことや自身の将来について――それ以上に一子のことが気にかかったためその任を引き受けたわけだ。

 

 百代には朝練をなくして自主練、修行は主に放課後。精神修行はこれといったことをせず、子供のように遊ばせた。

 修行僧や門下生には座禅や掃除のほかに軽いスポーツをさせて気分転換を図る。

 

 そして一子は――

 

「一子」

 

「は、はい!」

 

 修行場であるここで総一郎は「ワン子」と呼ばなかった。一子もそれを感じたのか少し声が震えていた。

 

「君の修行は別メニューにしておいた、これからは俺の言う通りに鍛錬してくれ」

 

「押忍!」

 

「修行内容を伝える前に言っておくことがある――」

 

 総一郎は修行場の入り口に隠れている三人の気を感じながら一子に言う――否、突き付けた。

 

「――君は川神院師範代になる才能はない」

 




遅くなりました。と言っても三日ですけどね!

やはり週末は忙しいです、書けるときに書いているのでペースは保てていますが・・・・・・

急激にペースが落ちないよう、たまに投稿期間を空けるかもしれません。といっても今回みたいに三日四日程度ですが。

取りあえず頑張ります。

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