真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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愛、したら?の方を書こうと思って途中から一振りを書いたので遅くなりました。


――私の怒り。――

「怪我はどうだ」

 

「あ、師匠」

 

 百代と直輝の勝負から数時間、夜も更けだした島津寮、その一階にある居間で直輝はテレビを見ながら体を休めていた。先程まで寝ていたとしても武神との傷跡はかなり大きかった。脳震盪と両腕の打ち身。

 風呂上がりに牛乳でも飲もうかと考えていた総一郎は居間にいた直輝に声を掛けたのだった。

 

「両腕は痛いですけど、頭の方は大丈夫みたいです。真っすぐ歩けます」

 

「そりゃなによりだ」

 

 夕食は既に済んでおり午後十時を過ぎる頃、通常ならいつも就寝に入っている直輝は、京都ではやらないテレビにご執心だった。流石にもう一度寝るには二、三時間が必要だった。

 悪いことはない。だが、反省会を開かない訳にはいかない、総一郎はそう考えて牛乳の代わりにお茶をいれることにした。

 

「武神はどうだった?」

 

 お茶を手渡されて直輝は気付いたように総一郎へ体を向けた。そう言われてしまえば二人の関係は正しく師弟だ、邪険にすれば普段は温厚な総一郎でも怒ることに躊躇は無い。

 

「……聞いていたのとは違いました」

 

 口籠ったように言い、反省と悔しさを表すかのように床に正座している膝上で拳を握りしめた。

 

「なんだ、悔しいのか?」

 

「いえ、違います。恥ずかしいのです」

 

「ほう」

 

「武神に勝てないことは承知の上でした。万に一つ、それが僕が武神に勝てる勝率だったと思います。そう、勝つ見込みがあるのは一万戦の初め――、一戦目だと思い、対策を立てました」

 

 椅子に座る総一郎の湯呑みは既に空で、直輝の湯呑みは一口も口を付けられていない、湯呑みからは湯気も消え失せていた。

 

「武神は虎だが、慢心して猪の面を被っている――そう考えた自分が浅はかでした、恥ずかしいです」

 

 そこで総一郎が鼻で笑う。直輝はどうしたのだろう?――と思いながら俯いていた顔を少し上げた。

 いやらしい笑みを浮かべた総一郎が自分を見下ろしていた。

 

「師匠?」

 

「フッ……お前は真面目だなあ、そんでもって自信家だ」

 

「……どういうことでしょうか?」

 

 総一郎は湯呑みを持って立ち上がり洗い流して居間を去る。その際で一つだけ直輝に助言をした。

 

「お前の考えは間違ってない、正しい、ただ勘違いをしただけだ。一万戦の一戦目じゃあなくて、一兆戦の一戦目だろ。……お前は自信家だなあ」

 

♦  ♦  ♦

 

 

 更にその日の夜だった。

 

「総一郎、いいかな?」

 

 自室にいた総一郎がその声を聞いたのは午後十二時に差し掛かる頃だった。

 

「ああ」

 

 興味がない振りをして素っ気なく返事をする。部屋に入ってきたのは信一郎だった。

 

「遅くにすまないね、話しておくことがあった」

 

 言ってしまえば信一郎と純一郎は総一郎にとって嫌な相手だった。この二人がいなければ自分は人を斬ることが無かったはずだからだ。

 肉親であるから憎いとは思わない、そう思っていた。母は好きだ、父は好きじゃない。

 

「あ、ご当主」

 

 信一郎の後ろから直輝が現れた。直輝は今日総一郎の部屋で寝ることが決まっている。

 

「ああ、直輝、こんばんは。すまないね、少し外してもらえるかな?」

 

「え……は、はい」

 

 来たばかりの直輝はそのまま踵を返して部屋の前から出ていった。

 

「なんだ、要件は」

 

 この言い草から察することは容易だろう。信一郎は自分が総一郎から嫌われていることを理解している、恐らくその理由も分かっているだろう。

 いや、そうでなくては困る。

 

「お詫びを言いに来たのに逆に感謝されてしまったよ。やはり川神は良い、陰険な京都とは違う」

 

 意図したことではなかった。それでも反応してしまう総一郎がそこにいた、自分が川神にきた時と同じことを言われてしまえば何か思ってしまう。それも相手は良い感情を抱いていない父親であれば尚更だった。

 

「さて」

 

 前置きが終わりその後要件を伝えられる――と思っていたが、信一郎は一向に話を進めなかった。信一郎へ視線を向けていなかった総一郎は勿論それを不自然に、不思議に思い、首を振って視線を向けてみる。

 そこには刀を腰の左に置いて正座している信一郎がいるではないか。

 

 二人の視線は交差して二人の思考は交わらない。信一郎は何を言うか決めてきている、対して総一郎は何故信一郎が刀を持参してここへ来たのか、何故こちらを見て沈黙しているのか――何故、顔が強張りながら少し笑みを浮かべているように見えるのか。

 

 思考が交わり、総一郎が激高したのは信一郎が口を開く刹那前だった。

 

「お小遣いをあげよう」

 

 椅子に座っていた総一郎は静かに立ち上がって机の右で杜撰に置かれている刀を手にした。

 信一郎の表情がはっきりしているのと対象に、総一郎の表情はくせ毛のある髪の毛で隠れて読み取れなかった。

 

 

 

 

 直輝は一通りの考えが済んで総一郎の部屋へ向かった。するとそこには陰険な雰囲気を出す親子が一組、総一郎と信一郎の仲が悪いことは新当流の間では周知の事実だった。

 

「あ、ご当主」

 

「ああ、直輝、こんばんは。すまないね、少し外してもらえるかな?」

 

 自分に向けられるその笑みはなんら不自然はない、まるで父親。信一郎と仲の悪い総一郎を理解できなかった。

 しかし理解できなくともそこに何かがあること、それは感覚的に理解している。仮にも直輝は総一郎の一番弟子なのだ。

 総一郎を待つためにまた居間へ向かおうとした時、直輝をみた大和は思わず声を掛けた。

 

「足利君」

 

「あ、直江さん」

 

「大和でいいよ……どうした? 浮かない顔してるけど」

 

「え、えーと……今、師匠の部屋に行こうとしたらご当主――信一郎さんと師匠が二人で話していたので、それが少し気になって……」

 

 ああ――という顔で大和は難しい顔をした。大和もあの親子の不仲を目にしている。

 

「とりあえず俺の部屋で話そう、総一郎について聞きたいこともあるし」

 

 年上であることに少し抵抗感があったのか直輝は一瞬言葉に詰まる。部屋から京も出てきて「いいよ」と言えば直輝が断る理由もない、恐らく親子の会話は少し長くなるはずだ、あの二人は塚原家当主と新当流総代だから。

 直輝はお邪魔します――と言いかけて、異変に気が付いた。

 

 

 

 ――川神院。

 

 今日の手合わせを振り返って百代は初めて変化に気が付いた。

 直輝との対戦後、鉄心に呼ばれて言われたが、その前に感じていた。戦いに対する姿勢というものだろうか。

 相手が総一郎と同系で、しかし少しだけ違う。強さの違いではなく、動きに差異が見えた。

 今までならば相手が出てきた瞬間に闘気丸出しで何も考えることなく開始の合図と同時に飛び出していた、だがどうだろうか? 戦いを前にして相手の動きに差異があることを感じ取れた。あの鉄心でさえ今回ばかりは百代を少しだけ誉めていた。

 百代も、そして月明かりの下で空を眺めている鉄心も、彼に感謝することを止められなかった。

 

 そして感じ取った、感謝を述べたい人物が今怒りに塗れている――

 

「じじい!――」

 

「分かっておる!」

 

 川神に静かな激怒が撒かれた。

 

 

 

 

 直輝は焦った。

 目と鼻の先で鋭い怒りが撒かれたのだ、とてもじゃないが止めることは出来ないだろう表すなら圧縮された静の気。一般的に出す怒気は己の中にある動の気があふれ出ている

ことを指す。しかし、それから出る怒気は圧倒されるような爆発を生むことは無く、体に

鋭い痛みが――まるでナイフで刺されるような気が体に突き刺さってた。

 知っている、これは恐らく、総一郎の気だ。

 静の気に慣れ過ぎた者の気。恐らく総一郎しかいない、直輝の中では殆ど確定していた。

 と、なれば。

 どこで、何が、何故こうなったのか。それは考えれば分かることだった。

 

 急に走り出した直輝を大和と京は追う、大和でも感じることのできるこの気に向かって

走っていることは二人にとって一目瞭然だった。

 

「師匠!」

 

 大和が見た光景は刀を持ち、鋭く睨みつけながら父を見下ろしている子、息子から怒気を浴びせられながらも左に置いてある刀に触れていない父が正座で子を見上げていた。

 

「師――」

 

「黙っていろ、直輝。お前が口を出すことではない」

 

 総一郎から発言を止められて直輝はその場にひれ伏した。大和と京からしたら異様な光景だった、だが二人も言葉を発することができなかった。

 

「こらこら、余り不条理な威圧をしてはいけないよ、総一郎」

 

「黙れ」

 

 軽口を叩く信一郎に苛ついたのか総一郎は怒気を強めて行った、恐らくこの気は川神に留まることはない。日本に居る武人ならばこの気を感じることは容易だろう。

 北陸の剣聖や京都の納豆小町、西の天神館に川神の元高弟や修羅に堕ちた元天才――

 一時的に総一郎はこの国の中心となった。

 

「人が集まってしまった、取りあえず私はホテルへ戻る――」

 

「ふざけるな、次は一体だれをやらせるつもりだ!」

 

 総一郎が人斬りである事実を知るのは信一郎しかこの場にいない。重要秘匿であるため一番弟子とはいえ直輝は知らない、百代が言っていないため大和も京も知らない。

 総一郎が言っていることを理解できている人物はいなかった。

 

「……ふう……今回は上泉藤千代ちゃんだ、相手も了承して――」

 

「ふざけるな!」

 

 一番大きな怒声だった。癖っ毛に隠れていない表情は赤く膨れ上がり、額には血管が浮き出ている。

 大和はその人物を知らない。だが、直輝は心当たりがあった。

 上泉藤千代――上泉信綱の子孫で新陰流正統後継者。女性で初めて新陰流を継ぐ新気鋭。そして総一郎の二人いる師の片割れだった。二十代後半で壁を超えていて総一郎の姉的存在だった。

 やる――上泉藤千代――

 直輝は事を理解し始めた。それは剣術に身を委ねている自分だから理解できた、後ろに居る大和や京はまだ気づかないだろう。

 

「――まさか拒否するのか?」

 

 信一郎は驚いたように、疑うように尋ねた。

 

「……ああ……ああ! 断固拒否する!」

 

 一度考え、ぶつけるように言葉を吐く。意を決した――そういう類だろう。

 

「……そうか、では直輝にやらせよう」

 

「――!」

 

 直輝だったか、或いは総一郎だったか。怒号を発しようとしたその時、部屋の前に居た大和を掻き分けて一人の老人がやってきた。大和は声を出そうかと思ったが足が竦んでしまった、緊張状態で立たされていたところに老人が大和の方に手を置いたせいか糸が解れたように足に力が入らなくなって倒れそうになる。それを後ろで支えたのは京――ではなく、百代だった。京も同様、百代に寄り掛かっている。小声で百代は「安心しろ」と言い、大和は安心したのか気を失ってしまった。

 

「いかんなあ信一郎殿、直江が気を失ってしまった」

 

「これは鉄心殿、お見苦しいところを」

 

「見苦しい、のう……それはお主のことを言っておるのか? それとも総一郎のことか?」

 

「それは……」

 

 鉄心は部屋の中央に行くと二人の間に入り、仲裁するように総一郎の気を静めさせ信一郎には心を改めさせる。

 

「塚原には塚原の事情がある――だが、今回は見過ごせぬのう?」

 

 閉じているようにも見える鉄心の目は見開いて信一郎を捉えていた。合わせないように信一郎は慌てて逸らし、間が空いて口を開く。

 

「分かっているならば口を出さなくても良いですよ、塚原には――」

 

「喚くな小童が、儂に口答えするなど百万年早いわ!」

 

 想像だにしなかった怒声が響く。その鉄心の姿に百代も背筋が伸びるほどだった。ここまで鉄心が激怒することは今までなかった。

 

「どのような理由があろうとも、その気もない子供に刀を持たせて人を斬らせるとは……何があったのだ、信一郎?」

 

 軽口を叩くこともなく、先程とはうって変わりその表情は強張ったまま。この場にいる者で全てを理解している者は総一郎と信一郎のみ、場は明らかに混乱していた。

 

 口を開いたのは総一郎だった。

 

「呪いさ」

 

 直輝と百代、京は怪訝に首を傾げ、鉄心は顔を顰めた。

 ただ、信一郎は自分の息子を見て驚きを隠せず、ポーカーフェイスは完全に崩れていた。当の本人である総一郎は視線をただ真っすぐ伸ばし、その先に居る百代がそれを受ける形だった。

 

「親父、退け」

 

「……帰れということかな?」

 

「違う」

 

 一言返答して総一郎は信一郎に向き合った。

 

「塚原家当主を退け」

 

「――!」

 

 目に怒りが灯っている。そして同時に「私は知っている」という考えが信一郎の中に入ってきた。

 

「……お前はまだ――」

 

「――そうしなきゃ俺は何時までも森に囚われているままだ……俺が解いてやるよ――」

 

 声が聞こえた、少女の声が。

 

「俺が解いてやる、塚原流の呪いを」

 

 少女の声が聞こえて、次に自分は刀を持っていた。

 

「爺さんや親父や師匠、そして俺を苦しめてる呪いを斬ってやる」

 

 少女の手には一つの藁があった。

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 あの後信一郎は直輝と水脈を残して京都へ帰った。曰く「準備がある」とのこと、準備とは総一郎が宣言した当主襲名のことだ。

 後は大和の手当て、強烈な気に当てられて気を失っただけではあるが、万が一心に傷が残れば一大事、鉄心が大和に手当てを施した。鉄心の去り際に総一郎が深く頭を下げるのだった。

 今思えばあの時、寮に殆ど人がいなかったのが幸いした。源さんは仕事で水脈は川神院、キャップは何故かいなかった。一時の出来事ではあったが総一郎があそこまで取り乱すとは誰も考え付かなかった。

 大和が起きて居間に総一郎、百代、京が集まる。総一郎は皆に――特に大和へ深く頭を下げて取り乱した行為を恥じていた。しかし、それを引きずるファミリーではない。

 

「本当に大丈夫だって」

 

「いや、こちらの自己満足だと思ってくれ。この塚原総一郎、一生の恥だ」

 

「誰だって怒ることはあると思うけど」

 

「そうだ京の言う通りだ。前にも言ったが何があってもお前は風間ファミリーだぞ、総一」

 

 深く頭を下げる総一郎の目頭に熱い物がこみ上げてくる。

 

「私はあんみつでいいぞ」

 

「俺はヤドカリの餌一年分でいい」

 

「私は大和でいいよ」

 

「良し、大和をやる」

 そこで京が大和を襲えばいつも通り、居間には笑いが広がり、総一郎の心にも少し余裕ができてくる。

 意を決して総一郎は言った。

 

「俺は人斬りだ」

 

 突然の告白に三人は反応に困った。百代は既に知っている、京も先程ちらっとでた話を思いだした。大和はそれを聞いて困惑するしかない。

 それぞれの心境は違う。が、総一郎の告白を邪険にするものは居なかった。

 

「百代には話したが――俺は十歳の時に人を斬った。無理やり斬らされた、斬らねば斬られていた。今回の騒動もそれに関することだ」

 

 沈黙。いや、思考ともいえる。

 百代が答えることはない、京は答えるほどのものを持ち合わせていない。ならば後は大和だけだった。

 

「……上泉って人は知り合いなのか?」

 

「ああ、俺の師匠だ。今年二十九になる女性で上泉信綱の子孫だ」

 

「!――そうか」

 

 驚いて納得――したかどうかは総一郎からは判断できなかった。大和という人物を理解していればそう考える。彼は仲間を大事にするために考える人間なのだ。

 

「改めて金曜集会でも言うつもりだ。だが、先に大和と京には言っておこうと思ってな。今回迷惑をかけた、そして―――皆に何て言えばいいのかが分からない」

 

 三人は話を区切ることをしない。大和は聞きに入っている。

 

「正直この話をするのは百代を含めて三人目だ。百代の時は戦いの最中だったし、最初の一人は唯一の仲間だった。そして今回は話さなければならない――だが……」

 

「……ふっ」

 

 萎らしくなって話す総一郎に対して笑い声が響く。顔を上げてみれば大和が笑い声を潰していた。その隣の京と百代も口を押えているではないか。

 こっちは真剣だ――と総一郎は声を上げそうになった。

 

「ご、ごめんごめん。総一の珍しい姿が見れて――ふふふ」

 

「確かに、いつもは能天気な総一がこうなるのは初めて」

 

「ふふーん、また一つ総一の弱みを発見だなー」

 

 いつもは自分のすることだった。

 真剣な話を笑って相手の気を緩め、そして話す。他の奴にやられれば腹が立つ――そう思っていたが、思ったよりも心地が良かった。話を聞いてくれる人に飢えていたのだろうか? 総一郎もしかめっ面ではなく、苦笑交じりに目を麗せていた。

 

「ま、そこは俺に任せてくれ。総一は普通に話して、後は俺と京、姉さんがフォローする。確かに人を殺したことになんとも思わないわけじゃない。だけどだ、自分の師匠を殺すことにあそこまで怒った総一を俺は信じる」

 

「私もだ」

 

「同じく」

 

 大和は力強く言うのだった。

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 深夜二時、直輝は大和の部屋で寝ることになった。総一郎が一人になりたいと言ったためだ。明日は日曜日、多少遅く寝たとしてもあまり問題はない。百代も朝練はなくなっているため「問題ない!」と言っていた。

 

 総一郎が一人になりたい理由は一つだけだ。

 

「もしもし」

 

『……もしもし』

 

 いつも聞こえてくる元気な声は無い、深夜だからというわけでもない。

 

「心配かけた、つーちゃん」

 

『……新幹線があったら会いに行ってた』

 

 総一郎の鋭い静の怒気は燕の居る京都まで見事に届いていた。燕の声は少しだけ震えている、泣いているわけではない。本当に心配だった、ただそれだけ。

 

『何があったの?』

 

「親父と喧嘩した」

 

『なんで?』

 

 松永燕という女は気を使う。表面上は軽くとも相手に思いやってしまう、だから燕は総一郎へ詰め寄るように聞くことはしなかった。

 しかし、今回はそうもいかない。総一郎の事情を知っていたとしても聞かずにはいられなかった。

 

「……斬れ――と」

 

『……』

 

 電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。その音は途切れ途切れに聞こえ、総一郎はノイズが走ったと思うようにした。

 

『……誰を?』

 

「藤千代さんだ」

 

『なっ!――』

 

 思わず声を上げても燕は直ぐにそれをしまった。なんだろうか、意地だろうか。

 

 泣かない。

 驚かない

 聞く。

 

 それらを意地でも守ろうとした。総一郎もそれに何かいうわけでもない。

 

「俺は呪いを断ち切るぞ燕」

 

『……総ちゃん、決めたの?』

 

「ああ、俺は雲林院師匠の思いを受け継ぐ」

 

 きっと二人だけが共有する秘密なのだろう。それは信頼と愛、肩を並べて歩く覚悟あるからこその秘密だった。

 

『憑いていくよ』

 

「憑いてくるか?」

 

『うん、どこまでも憑いていきます。誓ったもの』

 

 恐らく二人は同時に笑みを浮かべた。この先に何があるか分からない、呪いとは何なのか――それすらわからない。だけども、二人は同じ道を歩く決意をした。いや、既にし終えている。

 二人は同時に思い浮かべた、一人の剣術家であり武術家の男に誓ったあの日を――

 




どうもです。

投稿遅れました。

とりあえず愛、したら?の方がぼちぼちで一振りの方を主にやってきます。後は恋姫も一個やりたいなあ、と思う今日この頃。

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