図書館交差   作:蹴急

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十冊目

『日野の悪夢』

今から二十年前、メディア良化法を支持する政治結社が日野市立図書館を襲撃し、図書館員に死者十二名を出した大惨事だ。

日野図書館では数年前から警備員の標準装備に拳銃を導入していたが、襲撃者達は短機関銃や散弾銃で武装しており、火力の点で対抗出来るはずがなかった。

 

 

 

 

当時、桐ヶ谷和人の義祖父である桐ヶ谷 直人は警察署の廊下で上司に向かい叫んでいた。

 

「何故、出動しないのですか!!」

 

図書館からの出動要請が来てから一時間近く経つも警察内は出動する気配が殆どない。

そんな中で声も響き、人目もある廊下を嫌ってか上司は直人を小会議室に連れ込んだ。

窓際に立つと上司は言うことの効かない子供を諭すような口調で言った。

 

「いいか桐ヶ谷。俺達警察が出動することはない」

「どうしてですか!襲撃してるのは良化隊でないのは明らかです。近隣住民からも要請が出ています!」

 

警察内では良化特務機関による襲撃ではないかと話し合っているのだが、それは警察が出動しないための建前でしかなかった。

バンッと机を叩き身を乗り出す。しかし、上司の態度は変わらず冷たいままだ。

 

「桐ヶ谷、お前ももうわかるだろ……。俺達に出来ることは何もない」

 

それだけ言い残すと部屋から出て行き、直人はポツンと一人部屋に残された。

 

「カズ……俺はまた、何も出来ないのか。……すまないカズ」

 

拳を作る手にはくっきりと爪が食い込んでいる。それを後ろで眺めている若い警察官が何を思ったのかは誰も知らない。

 

 

 

 

「まさかまだ前線にいたとはな……」

 

和人が二人の男の横を通る直前、自分の義父と同じくらいの歳であろう男の愚痴のような呟きを聞き取った。

見た所どこかの役所、もしくは国家公務員のような雰囲気をその男から和人は感じ取った。理由としては、今から会いに行く知り合いの自称総務省の人間と同じ雰囲気を出しているからであるが。

 

「っと、もうすぐ時間だ」

 

寮の駐車場に停めてあるバイクに跨り和人はそこから離れた。

それからしばらく走り、目的地である銀座にある一つのビルの地下駐車場に着くと、バイクを停めてエレベーターで上に行く。

エレベーターの扉が開くとそこは如何にも上位層の人が使うであろうレストランがあった。

 

「いらっしゃいませ。 お一人様でしょうか?」

 

受付では綺麗めの女性スタッフがおり、待人の名前を告げるとスムーズに案内をしてくれた。スタッフについて行くと目の前に胡散臭そうな顔にスーツ姿をした人が笑顔でいた。そう、和人とここで待ち合わせの約束をしていた菊岡 誠二郎だ。

 

「やぁキリトくん。約束の時間ぴったりだね」

 

相変わらずの胡散臭さだ、と軽いため息を吐いて菊岡の対面に座ると手元に置いてあるメニューを開く。

 

うげっ、相変わらず馬鹿高い、そして名前からどんな料理かわからない。

 

「どれを頼んでもいいよ。今日はキリトくんを祝うために呼んだからね、僕が奢らせて頂くよ」

 

笑顔の仮面でも付けているのだろうか、といった見事な作り笑顔だ。

 

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

いつものようにつっけんどんに返し、メニューに目を走らせる。

迷いながらも、スタッフを長く拘束する訳にも行かずサッと軽食を頼む。

 

「ピスタチオクリームのケーキとリンゴのシブースト、それにカモミールの紅茶をお願いします」

 

菊岡を相手にしている為にこういった料理を頼むのも慣れてきた。来るならこいつとではなく、明日奈とがいいと思ってもいいはずだ。

 

「かしこまりました」

 

女性スタッフが滑らかに退場し、一息つく和人。目の前を見るといつもと同じ、たっぷりと生クリームの乗ったプリンを食べている菊岡がいる。

 

太い黒縁の眼鏡にしゃれっ気の無い髪型、国語の教師然とした生真面目そうな線の細い顔立ちは、とてもそうは見えないがこれで国家公務員のキャリア組なのだ。

和人が菊岡と知り合うきっかけは七年前の例のVR事件が元である。和人が大学に行ってからは殆ど交流がないままであったのだが数日前、話があると連絡が入り今こうしてここで会っている訳である。

 

「キリト君、忙しいのにご足労願って悪かったね」

「そう思うならこんなとこに呼び出すなよ」

「キリト君と話すならここしか無いと思ってね。それにここの生クリーム、絶品だから」

 

いつもの決まり文句だ。確かにここの生クリームが美味しいことは否定しない。寧ろ和人自身ここの生クリームを気に入っており、明日奈の為に買ったこともあるくらいだ。

 

「で、わざわざ呼び出した理由はなんだ?俺ももう社会人だからあんたの手伝いをできるほど暇じゃないんだぞ?」

「そうだろうね。といっても今回は前みたいなバーチャル犯罪についてではないんだ」

 

以前、菊岡を通して和人は様々なバーチャル世界の犯罪関連を調べたり、たまには阻止してきた。今回もてっきり似たようなことだと思っていたがアテが外れたらしい。

 

「キリト君、君は今武蔵野図書館で図書特殊部隊に所属しているよね」

「…………ッ!」

 

何故その事を?と頭を過るも、こいつは総務省、つまり国家の役員だ、それもかなり上の。それならばそんな事直ぐに辿り着く、別に和人自身それを隠したりしているわけでもない。それでも体に妙な力が入り、身構えてしまうのは仕方ない。

 

「いや、別にそれをどうこうしようとかそう言った話じゃないんだ。ただキリト君がそこにいった理由が単純に知りたかっただけっていうのが正しいかな」

「理由っていっても、俺もそこに配属されるとは思っていなかったさ。それに今思えばある程度自由のきくここは居心地もいいかなって感じだ」

「そうか。じゃあここらで本題……っていうほどのものでもないけど、キリト君は『日野の悪夢』って知ってるかな?」

 

『日野の悪夢』、図書館に身を置くものなら誰もが知ってるはずの言葉だ。座学で習ううえ今の図書隊が出来るまでの大きな事件だからだ。

 

「もちろん知ってる。けどそれがどうしたっていうんだ?」

「いや、キリト君がどこまで知ってるのかなと思ってね」

 

ちょうどスタッフが和人の頼んだ料理を運んできた。最小限の音だけで和人の前に料理を置いていく。

 

「以上でお揃いでしょうか?」

 

大丈夫です。と一言伝えると女性スタッフは伝票を裏向きで置くと静かにそこから立ち去った。和人は目の前に来たカモミールの紅茶を一口含み舌を湿らせ再び菊岡に向き直った。

 

「知っていると言っても座学で習った程度たがらな。外部の団体から強襲され死者が十二名でた、図書館の歴史でもかなりでかい事件ってことくらいか」

「成る程、確かにそうだ。でも『日野の悪夢』は隠されている部分が特に多い。キリト君はこの事件に良化隊が絡んでいたことは知っているかい?」

「……噂程度には」

「噂なんかじゃないよ。確かに絡んでいたたんだ。声を大にしては言えないけど聞くかい?……と言うよりも君は知って置くべきだね」

どういう意味だと口から出る前に菊岡が言葉を紡いだ。

 

「当時……と言ってもぼくもまだ今のキリト君と同じくらいの歳だったんだけど……日野図書館は『中小レポート』という現代公共図書館のシンボル的存在だった。そして、その日野図書館を蹂躙する事で、図書館の自由法に基づく図書防衛意思を挫く狙いの下に起きた事件……それが『日野の悪夢』だ」

 

それは和人も習った為に知っていた。というよりも以前あった奥多摩の実地訓練で手塚が郁に説明していた故に余計に覚えている。

 

「図書館はその時、図書隊が組織として確立していなかった為に周辺との連携がもたつき結果死者が十二名出た。そして、襲撃者の武装があまりにも強力だった為に、当時すでに合法武装組織となっていた良化特務機関の関与が疑われ、警察の捜査が入ったけど証拠は見つからなかった。メディア良化委員会は今も関与を否定しているけれど……」

 

言葉を止め、目の前の砂糖がたっぷり入ったコーヒーを口にした。周りを軽く伺うそぶりをすると体を和人に寄せ言った。

 

「良化委員会の関与は存在した」

「…………」

「詳しくはまだ話せないけど、当時、匿名の人物からそのことについての書文がある場所に送られていたんだ」

 

それは確かな証拠となり得るかも知れない物だ。けれどそれがどうして今になって出てきたのか。

 

「どうしてそれをおれに伝えるんだ?あんたはあくまでも国の人間だ。 もしそれが公になればあんたの立場も危なくなるかもしれないんだぞ?」

「まぁね。でもこれは君に伝えるべきだと判断したのは僕だ」

「だからどうして……」

「それはね、キリト君。その書文を送ってきたのが君の………義祖父だからだよ」

 

それを聞いて、和人は大きく目を見開いて、菊岡を見た。

 

「俺の……義祖父?」

「そうだよ。まだ確たる証拠とはなり得ないけどこれは十分にキリト君がメディア良化法と戦う武器になるはずだ」

「あんた、どこまで知ってるんだ?」

 

そこまで深く知っている菊岡に和人は怪訝な目で見つめる。けれど、菊岡は相変わらずのポーカーフェイスでそれを隠す。何を言っても今のこいつから何も引き出せないと悟った和人は無意識に入っていた体の力を抜き、ため息を吐いた。

 

「まぁいい。あんたも俺の邪魔しようって訳じゃないんだろ?」

「勿論だとも。僕とキリト君の利害は一致しているとこちらは理解しているからね」

「どうだか」

 

胡散臭い笑顔を尻目に和人は目の前のデザートをささっと食べきった。

 

 




読んで頂きありがとうございます。

行き当たりバッタリで書いた今回、後に後悔しそうです。

ではまた次回。
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