十三冊目
帰寮し、食堂に裕司と向かうとそこは何やら騒がしかった。中心で騒いでいるのは高い身長で女性初の特殊部隊入りを果たした笠原郁、そして郁と和人の班長で教官の堂上篤だ。周りには副班長の小牧幹久と郁のルームメイトである柴崎麻子がいる。
「和人は向こうに行かなくていいの?」
促す裕司だが和人には面白いもの見たさなのが混じっているのがわかる。
「いいんだよ。仕事以外で笠原と絡んでみろ、体がいくつあっても足りない」
絡むのは嫌だと宣言し、裕司の言葉を無視しようとトレイを取ると奥から何やら視線を感じた。
「誰が世話のかかる子供よ」
郁がバッチリと和人を見据えていた。どうやら呟いた声が聞こえていたらしい。
「誰もそんなこと言ってないだろ?」
「そんな風に聞こえました!」
どうやら言い逃れは出来ないようだ。
気をそらす為、和人は別の話題を持ちかける。
「それでさっきは何を揉めてたんだ?」
「それは、その……」
「なんだ?言いにくいことなのか?」
さっきとは違って視線が泳ぐ郁に和人は上手く話題をそらせた事に内心ガッツする。
言い澱む郁の横から柴崎が告げ口した。
「この子、今度親が来るのよ」
「親?そんなの別に言いにくいことでもないだろ?」
「私、親に戦闘職種の事言ってなくて。それに親にバレたら強制送還確実で……」
いつもは存在感のデカイ郁が今はかなり小さく見える。余程親が来るのが嫌なのだろう。
「笠原さんって意外と箱入りなんだね」
裕司の言葉に和人も同意だ。
「まぁね。言われ慣れすぎてあれだけど」
「ていうか笠原って防衛員志望じゃなかったのか?それは……」
「勿論言ってないわよ。そのうち分かってもらえるよう説明しようと……」
「する前に親子さんの査察が入ったんだね」
「……うん」
余計に縮こまってしまった。
「ならさっきシフトの事とか頼んでたのか?」
「そうなの!だから桐ヶ谷もウチの親が来たら隠すの手伝って!この通り!」
と言われてもなぁ。嘘なんて付ける訳もないし。自分に出来ることはなるべく郁の両親と接触しないことだろう。
「俺に出来る範囲なら協力するよ。それなら笠原は親子さんにバレないよう図書館業務頑張って覚えておけよ。折角、優秀な図書館員と同室なんだからさ」
「うわーそうかぁ。そっちもあるのかぁ」
特殊部隊入りしてからかなりの月日が経っているが郁は今も変わらず図書館業務は覚束ない。多分和人達が何もしなくても郁は勝手に自分でボロを出すだろうと、和人と裕司は思った。
「あら。優秀だなんて、桐ヶ谷もいいこと言うわね」
何故か柴崎のテンションが上がっている。
二人の事は置いといて、席に着こうと空席を探していると周囲の雰囲気がおかしな事に気付いた。
「どうかしたの和人……?」
どうやら裕司も気付いたようだ。周囲の視線を見るに食堂のテレビを見ているらしい。さっきまでざわついていた食堂にテレビから漏れるアナウンサーの声が響いた。
『次のニュースです。野辺山グループ前会長である、野辺山宗八氏が本日の十月二十二日朝五時三十二分、都内の病院でなくなりました。八十四歳でした。葬儀及び告別式は二十六日午後0時から東京都港区、野辺山葬祭麻布会館で執り行われる予定です。
野辺山氏は会長職を退いた後、小田原市で営んでいた私立図書館である情報歴史資料館の運営に専念していました。情報歴史資料館は野辺山氏の死去に伴い、閉館されることが決定しています』
「そんな……」
この場にいた殆どの隊員が口を揃えて開けた。
郁だけが状況を理解出来ずキョロキョロと辺りを伺っている。
「え?なに?」
「笠原、情報歴史資料館を知らないのか?」
和人は、今度は違った意味で口が開いた。
「え、なに。なんなの?情報歴史なんとかって有名なの?」
「流石、笠原ね。一般認知の度合いと思えばいいかもしれないけど」
柴崎の顔には呆れが現れている。
まぁ仕方ないか。と呟いて和人は郁に説明する。
「情報歴史資料館。今、ニュースでやってた通り亡くなった野辺山さんが運営していた私立図書館だ」
「私立図書館なんて司書講習でも教えてもらってないし……」
「それはそうなんだけど、多分図書隊員で知らないのお前くらいだぞ。で、その私立図書館はメディア良化法に関する報道資料を網羅している関係上、賛成・反対両派にとって重大な意味を持つ図書館なんだ。特に反対派にとっては手に入れるのが困難な良化法批判資料を閲覧できるっていう意味で重要な施設でもあるわけだ」
「そうなんだ。今度行ってみたいかも」
良化法批判資料という単語で興味が湧いた郁。けれど、和人から的確なツッコミが入る。
「お前さっきのニュース見てなかったのか?閉館するんだよ、資料館は。だから見れなくなるんじゃないか?」
「あっ、そっかー。どうしよう?」
「どうもこうも諦めるしかない」
うぅ。と唸りながら飯を食べる郁。どうにかして見ることが出来ないか画策しているようだがいい案はきっと出ないだろう。和人達は顔を見合わせ苦笑した。
翌日、図書特殊部隊は朝から召集がかかった。会議室にて緊急会議を行うとのことだった。
「この度の『情報歴史資料館』閉館に伴い、所蔵されている全資料を関東図書隊が引き取ることになった」
玄田の発表に会議室は騒然となった。そんな中でも玄田の声は後ろまで響く。
「メディア良化委員会が泣いて欲しがるお宝だ」
野辺山が死後の事を考え、『情報歴史資料館』に関しては閉館を前提とした遺言状が残されていた。所蔵品は適切な管理と資料収集の継続を条件として、財団の全資産と共に関東図書隊に寄贈するという内容だ。加えて野辺山の個人資産もその一部が寄附の形で図書隊に託され、資金面でもかなりの支援を得たことになる。
「引き取った資料は図書基地で保管することとなった。『情報歴史資料館』の閉館日は告別式当日となり、資料の受け渡しもその日に行う」
図書隊としては受け渡し日時は伏せたかったが、野辺山グループは閉館の問い合わせに応じて早くも予定を発表する構えである。
「奴らは全精力を注いで総てを奪いに来るはずだ。これはもう検閲ではない。図書隊至上かつてない規模の戦闘になることが予測される」
会議室に動揺混じりの静けさが漂うが玄田の勢いのある声に場に緊張感と気迫が生まれた。
「我々タスクフォースも全精力を注ぎ込み、良化隊の妨害を阻止する!取り急ぎ、『情報歴史資料館』には神奈川管内より派遣した防衛員で警備体制を敷いており、我々も合流する。また、資料の輸送にはUH60を使用する」
玄田の説明に郁が「うわ、めちゃくちゃ本気だ」と呟き、堂上に「当たり前だ」と叱られていた。
和人達が入隊して以来、UH60JAが特殊部隊の訓練以外で運用されるのは初めてである。陸送なら搬送車両が大量手配できるため一度で輸送できるが、空輸は離陸さえしてしまえば住宅街にヘリを墜落させるわけにもいかないので妨害が不可能なのである。
受け入れる基地側の警備も近県の防衛部から応援を手配して大増員する手筈だ。
玄田が警備計画の編成を発表した。直ちに現地警備に合流する隊と当日の輸送から合流する隊に分かれる編成だ。
堂上班は即時合流となったが、
「なお、笠原は別行動」
郁がビクッと体を震わせた。郁の両隣にいる和人と手塚も思わず郁を見る。
「当日の告別式に参列する稲嶺司令の警護応援に当たるものとする」
郁が完全に固まった。和人たちも唖然とする郁を気にはかけるがそれでも会議は進む。淡々と進む会議は質問をする間も無く終わった。
「どういうことですか」
疎らに出て行く隊員達の中で郁が堂上に詰る口調で食い下がった。
「どうしてあたしだけ外されるんですか」
確かにこれを采配したのは堂上だろうと和人も当たりをつけていた。図書特殊部隊が総力を挙げて取り組むと発表された作戦から、郁が一人だけ外された。それはきっと最前線から退けられたという感覚を持つはずだ。
「要人警護は本来タスクフォースの任務だ。うちから人員を出さんわけにはいかん」
「でも何でそれがあたし一人だけなんですか!?」
声を張る郁はまるで駄々を捏ねる子供だ。そんな郁に堂上がじろりとしたから睨んだ。
当人でない和人でさえ視線の圧力に体が後ろへ退きそうになる。
「お前が戦力にならないと俺が判断した、だから外した。何か文句は」
何も言わず、郁は下を向いた。何も言わない郁を見て、堂上は会議室を出て行った。
それを追いかけるように和人と手塚も会議室を後にした。
「戦力外というのは本気で思っておられるんですか」
「そうですよ。笠原はバカで物知らずですが、使えない奴ではないはずです」
廊下を歩きながら手塚と和人が堂上に発言した。堂上はチラリと二人を見上げるが、すぐに視線を戻した。
「瞬発力や反射神経なら俺より笠原の方が上です」
「以前あれほど笠原に突っかかってたやつの言葉とは思えんな」
堂上にしては明らかに不当な台詞だ。当人も分かっているのか表情が苦くなっている。
和人も手塚がここまで笠原を認めていたとは思わなかった。確かに認めていなければあの付き合う宣言などばなかったのかもしれないが。
「笠原には笠原なりの選抜された理由がある。そう仰ったのは堂上二正です」
手塚は笠原について以前、堂上と相談したのだろう。さっきの言葉には険があり、堂上を責めている。和人も手塚を援護する。
「笠原は俺と比べても殆ど変わらないはずです。訓練結果も俺とあまり大差ないですし、笠原が戦力にならないなら俺も外されるはずです」
若干自虐めいているが、これも和人なりに笠原を正当に評価した結果だ。
言葉を詰まらせる堂上に手塚は容赦なく追い討った。
「上官の立場でダブルスタンダードを使うんですか」
そうだな、と呟く堂上を見て手塚が言い過ぎだと気付き、こちらも生意気でした、と一人前のフォローをする。和人は未だに納得いっていない。
小牧が後ろから走ってきて、和人達と並んだ。
「笠原さんから伝言。今に見てろチビ!大っ嫌い!だって」
「うわぁ、見境ねぇなあいつ」
手塚が思い切り引いている。
「今更だろ?入隊早々からあいつは堂上教官に飛び蹴り入れてるんだから」
和人の言葉に小牧が苦笑しながらでも、と付け足す。
「今回は言われても仕方ないんじゃない」
うっかりすると聞き流すほどの何気ない口調の皮肉を残して、小牧はそこから立ち去る。残された和人と手塚は理解できず、出張の準備をすると言ってその場から離れた。
小田原に向かう直前の昼休憩に和人は明日奈と中庭で昼食を取っていた。
「じゃーん、今日はサンドイッチを作ってみましたー」
弁当箱には食べやすい大きさに切られたサンドイッチが綺麗に並べられていた
「これがタマゴサンドで、こっちがハムチーズ、それでこれがマスタード入りのチキンサンドだよ」
見事に和人の好物を揃えている。和人は早速タマゴサンドを一切れ手に取り口に入れる。
「おぉ、美味い!さすが明日奈」
「褒めすぎだよー」
「いやいや、そんなことないぞ。こっちのマスタードのやつなんか……んぐっ」
勢いよくかき込み過ぎて喉を詰まらせた。トントンと自分の胸を叩くが一向に落ちる気配がない。
「もう何してるのよー。早くこれ飲んで!」
明日奈が水筒からコップにお茶を注ぎ手渡す。すかさず受け取るとゴクッゴクッ、と喉を鳴らし詰まったサンドイッチを流す。飲みきった所でふぅ、と一息つく。
「危なかったー、一瞬死ぬかと思ったよ」
「急いで食べるからだよ。そんなに早く食べなくても無くならないからね」
「いや、誰か他に狙ってる奴がいるかもしれないからな。それにしてもさっきのマスタードのやつ何か懐かしく感じんだけど、いつか食べたっけ?」
味に覚えがある気がするが、実際に食べた物の中で覚えているものがない。
「ふふ〜ん、気が付いた?これ昔あっちで作ったやつを再現してみたの」
「あれか!そう言われてみれば思い出したよ。うん、凄く再現されてる」
昔、SAOで二人で一緒に住んでいた時に明日奈がよく作っていたサンドイッチだ。簡単に手に入る食材で調理も難しくない為によくテーブルに出され、あの時の和人の好物でもあった。
「こっちとはまた調味料が違うから苦労したんだけどね。和人くんに喜んで貰えて良かった」
「ありがとう、明日奈」
感謝の言葉を口にして、またサンドイッチを食べ始める。明日奈も食べ始めていくと不意に食事する手を止めた。
「……和人くん。……これから小田原に行くんだよね」
「ああ」
和人に向き直る明日奈の瞳には不安と心配が見て取れる。
「そんなに心配するなよ、明日奈」
「でも……昔みたいに一緒に行けるわけじゃないから心配で」
明日奈は和人をじっと見つめると、少し悲しそうに続けた。
「私が一緒に行けたら和人君のことは絶対守るのに、あの頃みたいに戦えるなら……」
「……明日奈、俺ちゃんと帰ってくるからさ。ここに……君のいるここに。生きて帰ってくるから、君はここで俺の帰りを待っててくれないか」
泣きそうな明日奈に和人は出来るだけの優しい声音で語りかける。
明日奈はギュッと目を強く閉じると、首を縦に振った。
「うん。和人君、帰ってきたら久し振りにデートしたいな」
「そうだな、久し振りにユイも連れて一緒に少し遠出でもしようか」
中庭ではしゃぐ子供達を見ながら和人が提案する。
「食堂のキッチン借りてお弁当の準備するの。それでユイちゃんとお揃いの服を着て出かけようよ」
「ユイも喜んでくれるよ、きっと」
昼休憩が終わるギリギリまで二人はデートのプランを話し合った。
読んで頂きありがとうございます。
小田原戦は原作とアニメ、実写版を混ぜて進みます。
一応、全部観ていなくても楽しめるよう書いていくつもりです。
小田原戦迄は基本的にキリトしかメインで出ません。
他のキャラはそれ以降に本編とガッツリ絡ませて行く予定ですのでもうしばらくお待ちください。
では、また次回。