「手塚は今回の采配どう思ってるんだ?」
問いかけたのは顔に土を付けた和人だ。
『情報歴史資料館』に現地入りした図書特殊部隊は本館の4階に警備本部を設置していた。
現在、近県からの応援である防衛員が屋上に置いたコンテナに資料を詰め込んでいる最中だ。
図書特殊部隊は戦闘のシミュレーションを兼ね、現場の視察及びバリケードの設置をしている。
和人と手塚は正門側に土嚢を積んで塹壕を作っていた。
「堂上二正らしくない……けど小牧二正が言ってたことが気になってるからなんとも言えない」
積み上げた塹壕に体を預けながら言った手塚の顔は少し不満げだ。
「小牧教官か。確かになにか理由とかあるんだろうけど、言われても仕方ないってなると……」
二人が堂上の笠原の扱いに抗議した時、小牧は「今回は言われても仕方ないんじゃない」と言ったのだ。それは堂上に落ち度があるということだ。
「……以前小牧二正から言われた」
「何を?」
「堂上二正は俺よりも笠原に似ているって」
特殊部隊に配属されたばかりの頃の話だ。その事を和人は聞かされていなかった為にその台詞には驚きが先行した。
「いや、似てないだろ?堂上教官は理性的で笠原と違って条件反射で動くような人じゃないだろ」
「俺もそう思ったさ。でも堂上二正と付き合いの長い小牧二正が言ってるんだぞ」
「……」
あの二人は和人の知る限りだとかなり長い付き合いになっている。その小牧が言うのであれば、そうなのだろうか。
「桐ヶ谷、とにかく今はそんな事を考えていても意味がない。とりあえずここの設置を早く終わらせるぞ」
「……そうだな」
ここで話し合っても当人の堂上がいなければわからないのだ。二人は作業を手早く終わらせ、警備本部へと報告に行った。
部屋の扉を開けるとパシャッとシャッターの音と共に眩い光が視界を奪う。
『情報歴史資料館』に取材と称して折口が乗り込んできた。いきなりフラッシュを焚かれ、和人と手塚が顔を背ける。
「二人ともかなりの男前ね。これは女の子が黙って見てないわ」
「えっと、この方は?」
事情を知らない和人達に玄田が説明を入れた。
「俺の知人だ。新世相の記者で腕も確かだ」
折口がどうぞ、と名刺を取り出す。見るとそこには『週間新世相 編集部主任 折口マキ』と書かれている。右肩にも週間新世相と書かれた腕章が付けられている。
「本当は図書隊初の女性特殊防衛員を撮りに来たんだけど、今どこにいるのかしら?」
「あいつはここにはいないぞ?別件で野辺山氏の告別式に行ってもらっている」
「あら貴方にしては珍しいわね」
俺じゃない。、と玄田は被りを振り、からかい気味に堂上を示した。へぇ、と折口が意外そうな顔をする。
「意外と甘いんだ。そんなタイプには見えないけど」
「適性を考慮した配置です。関係外の方に批判を受ける謂れはありません」
「やぁね、批判なんてしてないわよ」
折口が不本意そうに唇を尖らせる。
「まぁ、いいわ。告別式に行くなら都合も良いし」
「何だ?お前は明日向こうに行くのか?」
前日にこちらに来て、当日は告別式で取材するのかという意味だ。勿論、玄田は折口がそんなことをするとは思っていない。
「違うわよ。新人の子に向こうの取材をするように指示してるのよ。こっちよりは安全だろうし、いきなりキツイとこ見せてダウンされちゃったら困るもの」
「あいつを取材するのはやめて下さい。事情があり、露出できないんです」
郁の事情、両親の事を堂上は覚えていたのだろう。この場にいない、郁の事を気にかけている堂上はやっぱり、ここに連れてこなかった事を引け目に感じているのだろう。
折口は微笑むと了承の意を示した。
「わかったわ。あの子にも伝えておく。間違って撮っても記事には載せないよう注意するわ」
「ありがとうございます」
感謝の意を述べる堂上を見て、この場にいた隊員は皆、堂上が郁を特別視していることが目に見えて理解できた。
告別式当日➖➖➖そして『情報歴史資料館』閉館日当日。
秋晴れとなったその日、郁は寮の朝食で三杯飯をかっ食らった。
「うわー、見てるだけで胃にもたれる」
「笠原さんちょっと食べ過ぎじゃない?」
柴崎が顔をしかめ、明日奈は余りの暴食に制止の声を上げる。
いつもなら明日奈は和人と飯を食べているが生憎、今は小田原にいるため柴崎に誘われて朝食をご一緒させてもらっている。
「ていうか、あんたが食わなさすぎるのよ。あ、卵焼き要らないならちょうだい。結城さんもそのウィンナーもらっていい?」
「あー全部あげる。あんたの食うとこ見てたら食欲失せた」
柴崎が卵焼きの皿を投げやりに滑らせて渡す。
明日奈も卵焼きの皿にウィンナーを残り全部移した。
「それにしたっていつもの倍は食ってるわよ、あんた」
「だって今日はしっかり食べとかないと。腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない」
「戦に行くのか、あんたは」
「キモチの上ではそれくらいの気概でいるのよっ」
特殊部隊は今日『情報歴史資料館』攻防戦を戦う。郁は別行動となりこの場にいるが、恋人の和人はもうとっくに現地入りしている。不安に駆られた明日奈はポケットから携帯端末を取り出した。これを見ていると思わず頬が緩む。
少しの間眺めていると、柴崎が問いかけてきた。
「結城さん。何見てるの?」
「良かったら見てみる?」
携帯端末を柴崎に渡すと郁も隣から覗き込んだ。
待ち受け画面には可愛らしいアニメーション壁紙が設定されている。画面中央で、赤いリボンがかかったピンク色のハートマークが、およそ一秒ごとに規則正しく脈動している。
右側に大きなフォントで【65】と表示されていて、右に少し小さく【36.4】。
一体何なのか二人には検討もつかない。
「この動いてるハートを見てたのよね?これは一体?」
「これはね、和人君の脈拍と体温なの」
『え?』
柴崎と郁が、完璧に同期した動きで首を傾けた。
「和人君の胸に超小型センサーがインプラントされてて、それがハートレートと体温をモニタして和人君の携帯端末にデータを送ってるの。それをネットを介して私の端末にほぼリアルタイムで情報が渡されているんだ」
「ええぇ!桐ヶ谷に生体センサーが埋められてるの?」
事情を理解して柴崎が思わず大声を出した。周囲の視線がこちらを向くが気にせず会話を続ける。
「あいつは一体何モンなのよ。……はっ、まさか浮気の防止システムなの?」
「ちがうよー!」
ブンブンと両手を振って否定する。
「だったら一体何のためにそんなモノ、体に埋め込んでるのよ」
柴崎の疑問は最もだ。郁も気になるのか明日奈をじっと見つめている。
「昔、和人君がフルダイブ技術のバイトをやっててね。その時に毎回電極をつけるのが大変だろうからって先方に勧められたの。それで私が、それならわたしにもデータをもらえるようお願いしたの」
「愛されてるわねー、あいつ」
くぁー羨ましい、とここにいない和人に柴崎は邪念を送った。郁が携帯端末を返すと、モニタを眺める明日奈がニコニコした。
「やー、なんかこれを見てたら和むのよねぇ。和人君の心臓が動いているって思うと、こう……ちょこっとトリップしちゃうっていうか……」
「結城さん、それなんか危なくないかしら?」
明日奈の反応に思わず柴崎が苦笑いを零す。
そんな明日奈を見て、
「なんかいいなぁ、そういうの」
郁が思わず呟き、柴崎が肘でちょんちょんと弄り出した。
「そうよね、あんたも王子様とそんなことしたいわよね」
「ち、違っ!別に王子様とか関係なくて!」
はいはい、と受け流して郁の乙女な反応を楽しむ。
明日奈は和人が今頃何をしてるのか携帯端末のモニタを見ながら思った。
告別式への出発は予定通り午後十三時である。
司令部庁舎の前に公用車をつけて稲嶺を待っていると、防衛部の男子がいた。そこにいる一人に郁はをかけた。
「日向、昨日はありがとう!今日はちゃんと仕事するよ」
告別式まで時間のない郁は昨日の晩に柴崎を車椅子に乗せて練習していた。
その時、防衛員である日向に指導を受けたのだ。公式の作法は上司から受けたのだが、車椅子の扱いは日向の方が圧倒的に上手かった。日頃から車椅子にのる相手を世話していなければ身につかないレベルの助言も授かった。
「頑張れよ、笠原!俺が車椅子の練習に付き合ったんだ、ヘマしたら承知しねぇからな」
「ありがと、感謝してるよ」
日向は郁の言葉に手を雑に挙げて応えた。
日向が持ち場に戻ってすぐに稲嶺は現れた。
稲嶺は車に乗せられる前に全員に向かって一礼する。座った姿勢から立っている側へ頭を下げるので隊員は下げられた頭を完全に見下ろす形になる。
「帰るまでよろしく頼みます」
挨拶を終えて稲嶺を車に乗せる段になる。座席に座らせるのは腕力のある男性隊員が引き受け、郁は車椅子を素早く畳んで(特訓の成果だ)トランクに積み込んだ。
稲嶺の隣に乗り込んだ郁に、稲嶺はにこりと笑いかける。
「今日は頼りにしています」
その穏やかな笑顔に一瞬見とれ、郁は慌てて「はい!」と大きく頷いた。
『情報歴史資料館』の屋上でコンテナを背に位置どり確認している手塚が良化特務機関が包囲し始めたのを確認したのは午後十四時だった。
資料館を囲うような形で配置された良化隊員達は全員が銃を持っている。
正門前に配置された和人は良化隊員達の耳に付けられているものを見て驚いた。
「全員にオーグマーだと!?」
見たところ良化隊員の全員がオーグマーを付け、無線の声を拾っているようだ。予算が潤沢な良化委員会が出来る技で予算がかつかつな図書隊には出来ない芸当だ。
正門前を潜り、良化隊の隊長と思わしき人物が前に出てきた。
こちらは玄田三監が出迎えている。
向き合うと良化機関側から執行宣言が始まる。
「これより良化第7726号の書面によって通告した通り、良化法第三条に定める検閲行為を執行する」
これに対し玄田は、
「図書館法第四章・第三十四条に基づき、ここに図書防衛権を発動する」
と返した。ここまではいつもの恒例行事だ。いつもならばここで敬礼するのだが、良化隊の部隊長から最終通告が入る。
「投降するなら今だぞ……余計な人死を出したくなければな」
「脅しのつもりか……やれるもんならやってみろ」
お互いが敬礼を交わすと二人は背を向けそこから離れた。
攻防戦開始まで後、十五分。
珪子が告別式に着くとちょうど、車から稲嶺が降りるところだった。備品であるカメラを向けシャッターを切る。そこには稲嶺の車椅子を押す女性隊員の姿があった。
あれが図書隊初の女性特殊防衛員だということは一目でわかった。
身長は珪子と比べるとかなりの差がある。てっきりゴリラのようなゴリゴリな体格をした女性なのかと思っていたがそんなことはなかった。長身でスラリとした体型は珪子にはないものだ。性格は見ただけではわからないがきっと勝気で親友に似た性格だろう。
直属の上司である折口から彼女の取材はNGなのは昨日連絡を受けたので知っている。それでも絵になる彼女の姿に思わずシャッターを切る手が止まらない。
撮ることに夢中で式場に入るための列に並ぶのを忘れ、珪子が式場に入ったのは始まるギリギリだった。
式場では珪子は後ろの方でメモを片手に立ち見していた。稲嶺と女性隊員は一番前に座っている。
そして、告別式が始まった。
「これより告別式を行います。はじめに遺族による献花です」
遺族が立ち、野辺山が眠る棺に花を添える。ふと、時計を見ると十四時五九分となっていた。攻防戦が始まるまで後一分だ。
珪子は秒針が一周するのをじっと眺めた。
十四時五十九分、前日までに並べた土嚢を盾に和人達、図書特殊部隊は並んでいた。堂上から「装填!」と声がかかり、機関銃に弾を込めながら、横に伝える為小さく装填、と呟く。
ドクッドクッ、と心臓の脈が早まるのがわかる。この感じ数年前も同じようなことがあったなぁと思い出した。
迷宮の奥にある大きく重い扉だ。そこにはフロアを守る守護者達がいて、上へと目指す者達の命を奪う。
あの時も命の危険があった。けど握る剣があればどんな障害も乗り越えてこれた。今は背中に愛剣たちはない。あるのは手に持った機関銃と腰に下げている特殊警棒と拳銃だ。
あの頃もこの感覚にいつまで経っても慣れることはなかった。結果、中途半端に攻略した最後の日も隣に彼女がいなければ逃げ出していたかもしれない。
今は隣に彼女はいない。それでもここから逃げ出すわけにはいかない。自分の帰りを信じて待っているはずの明日奈の為にも。自分の願う未来の為にも。
彼女と今も繋がっている胸に手を置き、再度自分を鼓舞する。
大丈夫だ。俺は絶対に生きて、明日奈の元に戻る。
決意を胸に顔を上げると、向こうから『打てー!』と射撃を開始する声が聞こえてきた。
読んで頂きありがとうございます。
次回は攻防戦です。これは流石に銃撃戦ですのでキリトの出番はあま
りないですね。
いくらなんでも銃弾が何発も乱れ飛ぶ中で全部斬り落とすとか生身でそんな芸当できっこないですから。笑
では、また次回。