「打てェ!」
良化隊の部隊長からの合図と共に『情報歴史資料館』を守る図書隊に向けて大量の銃弾が放たれた。
準備した塹壕に身を隠す図書隊員達の頭上を弾丸が通り過ぎ、塹壕に当たり抉られた土が降り注ぐ。
先制は戦いの場に置いて有利な状況をもたらす。
和人自身、それは身を持って知っている。
しかし、図書隊はそれを熟知したうえで、その有利を放棄する。
『図書防衛はあらゆる他者に対して先制の理由となってはならない。』図書隊制度を作り上げた稲嶺和市の唱える理念だ。
良化特務機関からの攻撃を確認し、図書隊員の一人が無線に向かって叫んだ。
「第一防衛ライン、攻撃を確認!!」
間を置かず、すぐに返答が入ったのだろう。銃声が響く中で隊員が言った。
「発砲許可!」
「射撃用意ッ!」
次は堂上が叫んだ。それを合図にこの場にいる図書隊員全員が機関銃を構える。
和人もグリップを強く握り、次の合図を待つ。そして、相手の銃撃が少し弱くなったタイミングで合図がはいる。
「撃てェ!」
塹壕に身をあげて良化特務機関のいる方向へ銃を発砲する。
お互い弱装弾の規定があるが当たりどころが悪ければ死ぬ。
図書隊の放った銃弾は殆どが良化隊の構えている盾に防がれた。数秒間、装填された弾丸が切れるまで引き金を引き続ける。弾が切れる直前、図書隊は再び塹壕に身を隠した。
直後また向こうから嵐のような銃撃が始まった。
土砂が降る中で和人は機関銃に弾を再装填する。動きに無駄はなく、横に並ぶ他の図書隊員も装填を終えている。
良化隊からの銃撃を受けること数十秒、攻撃が弱くなったところで、再度堂上が叫んだ。
「撃てェ!」
ダダダッダッダダダダダダッ!!と機関銃の銃口が火を吹いたように弾ける。和人らが放った銃弾はまたも良化隊の構える盾に遮られる。
この攻防が数十回続いたところで上空からヘリのローターが風を切る音が聞こえてきた。
時刻は午後十五時二十五分、予定よりも五分早くUH60Jが『情報歴史資料館』に着いた。
第一便が来たことで安堵するのも束の間、ヘリが下から銃で狙い撃たれ、『情報歴史資料館』に近づけずにいた。
「こちらUH60J、接近不可能。繰り返す、接近不可能」
無線から堂上の耳に入る。少し思考して、隣にいる小牧の肩を叩く。それだけで小牧は堂上の意図を察する。
「やる気かい?」
「桐ヶ谷、着いてこい!」
「はい!」
小牧の問いには答えず、和人を呼びつける。何をする気なのか理解出来ない和人はただ、堂上の後を追いかけ、銃弾に当たらないよう姿勢を低くして着いて行く。
そこで小牧が声をあげた。
「堂上と桐ヶ谷のフォロー!……撃てェ!」
全体に声を掛け、一拍おいてから合図すると、堂上と和人以外の全員が良化隊に向けて射撃を開始した。そのタイミングで堂上が姿勢上げて走り出す。出だしが若干遅れながら和人も駆け出した。
二人のフォローの為に銃を撃つ隊員の後ろを一気に駆け抜ける。木が立ち並ぶ小山を滑るように降り、資料館の脇道に出ると上空にいるヘリを狙い撃っている良化隊員がいた。それを見て和人も堂上の意図を察した。
ヘリが『情報歴史資料館』に近付けるよう、下から狙い撃っている良化隊員を退ける為に堂上は動いたのだ。
「行くぞ!」
先方にいる堂上がバリケード越しの良化隊員に向けて引き金を引く。カァン、キィンと銃弾がバリケードに当たり金属音が響く。それに驚いた良化隊員達が撃ち続けていた銃を止め、こちらに照準を合わせた。良化隊との撃ち合いが始まり、堂上と和人は姿勢を落として対応した。二人が良化隊と相対しているうちにヘリは資料館の屋上上空に着いた。
そこで堂上の銃の弾が切れた。
「桐ヶ谷、カバー!」
「はい!」
堂上が再装填の為に近くの車に身を隠す、和人はその横で膝を地に付けて引き金を絞り続けた。
大半はバリケードに当たるが、向こうの銃弾も和人からは程遠い場所を通り過ぎる。
堂上が装填を終え、無言で和人の肩を叩いた。
堂上が戻った事で和人も姿勢を上げ、二人で横に並びながらヘリが離れるまで撃ち続ける。
この場を持ち堪えること数分、ヘリがコンテナを吊り下げて『情報歴史資料館』から飛び去った。
「良化隊が前進を開始した!塹壕に退避せよ!」
「戻るぞ!」
「はい!」
堂上の耳に入った無線は良化隊の攻めが激化したものだった。堂上と和人は援護射撃もないまま、塹壕を目指して一気に走り抜ける。
耳元で響く銃声に怯えるも、和人は足を動かす。塹壕まですぐそこといったところで銃声の密度が上がった。向こうもここを通り抜けることはわかっていて狙い撃ちしているのだ。
「……ハッ!」
はじめに堂上が塹壕を飛ぶようにして乗り越える。塹壕を越えるところで見るからに銃弾の数が増えている。しかし、和人もそこを通らなければならない。
「…………ッ!」
堂上と同じように塹壕を飛び越えにかかる。和人が塹壕の上を超えたあたりでさっきよりも多く銃弾が放たれた。土が弾ける勢いにやられ和人は身を飛ばされた。
「無事か!?」
塹壕の上から地面にダイブした和人に堂上から被弾は無いかの確認が入る。
「ッ痛てて……大丈夫です」
「……そうか」
親指を立てて無事を伝えると堂上は息を下ろして返事した。
二人が合流したところで良化隊は図書隊の第一防衛ラインまで歩を進めた。
告別式では故・野辺山に向けて個人から別れの挨拶を告げていた。珪子は必死にそれらの言葉をメモしていた。全てをメモできる訳では無い為、要所、要所で書き綴っている。
家族からの別れの挨拶を終え、次は知人、友人からの挨拶だ。
「稲嶺和市様、よろしくお願いします」
司会のアナウンスにより郁が立ち上がって稲嶺の座る車椅子を押した。マイクの前に来るとスタンドを稲嶺の口元に来るように合わせ、そっと稲嶺の斜め後ろに佇む。
「かつて……日野図書館事件では六十二万五千九十八冊の書物が焼き払われました」
そんな言葉から稲嶺の別れの挨拶は始まった。
「残ったのはこの一冊だけ、地元の歴史を綴った貴重な本です」
そう言って手元の本を見て掲げる。
「今、小田原では野辺山さんが残してくださった貴重な資料を守るために図書隊が戦っています。野辺山さんが我々に託したもの、本であり、歴史です。すでにたくさんの歴史が焼かれました」
稲嶺の表情にはいつもの温和な笑顔は無く、焼かれた本に対する憤りや悔しさが混じりあっているように見える。
「思想が焼かれました。真実が焼かれました。それを許すわけにはいきません。たとえ……血に塗れようとも」
これが『日野の悪夢』を生き抜き、図書隊を作り上げた人物。
稲嶺の言葉を珪子は一言一句全てをメモに記した。
この言葉は必ず後世に残すべきものだ。そしてそれを伝えるのは自分達、報道者の使命。そう信じて書く手を走らせる。
珪子は稲嶺の言葉を書き終えて、手を止めたとこで場内に不穏な空気を感じ取った。
読んで頂きありがとうございます。
今回は久しぶりに短めです。
小田原戦編は後ニ、三話で終わる予定です。どうか最後までお付き合いください。
では、また次回。