「関東図書隊より良化特務機関へ告ぐ! 戦闘を中止!関東図書隊はこれより残った資料を放棄、当館から撤退する!」
館内放送で野太く響く声が、繰り返し告げる。それと同時に銃声が止まり、良化隊が退がっていった。残された図書隊は戦闘の緊張感から解放されたからか数人が座り込んでいる。
どういうことか堂上に声をかけようとすると、その堂上が館内へと走り出した。後を追うように小牧も駆け出す。
玄田隊長の元へ向かうつもりだと、すぐに分かった。遅れながら和人も堂上達の後を追う。
「どういうことですか、玄田隊長!?」
堂上が本部へ着くなり、開口一番に玄田へ向かった。玄田の横では折口が深刻そうな様子で、電話をしている。
「やむを得ん。緊急事態だ」
「緊急事態?」
堂上の疑問に和人はチラリと折口の方を見た。表情は険しく、それだけで緊急事態の度合いが分かる気がする。そして、和人のその感は当たっていた。
「たった今、稲嶺司令が誘拐された。……折口からの情報だと長身の女性隊員も一緒だそうだ」
「なっ!?」
堂上の顔に驚きと後悔が浮かんだ。
基地に着くと既に対策本部が設置され、休憩する間も無く作戦会議を行うことになっている。本部には既に人が集まっているようで、折口がその中の一人に声をかけた。
「綾野さん、無事でよかったわ」
「はい」
話している人を見ようと折口の横から顔を出すと、見知った顔があった。向こうもそれに気づき驚きの顔をみせる。
「あっ、キッ、キリ……がやさん!?」
「シリ……がデカイ女の子!イヤっ、違っ!」
割と大きな声が対策本部に響いた。顔を真っ赤にする珪子に声をかけようにも堂上と手塚からの無言の視線が痛い。
横の小牧は口元を抑え、笑いを堪えているのがわかる。
……この状況、どうすればいい?
「か・ず・と・くぅん?」
背後からレイピアで刺されるような鋭い殺気を感じ振り向くと、そこには笑顔の明日奈がいた。
「明日奈ッ!?どうしてここに?」
「会議の議事録を作成しに来たの。…….でも先に片付けないといけないことができたみたいね」
「ハハッ……」
…….なんでここに明日奈が!?さっきのを聞かれたってことだよな?とにかくこの状況をなんとかしないと。
「あ、明日奈、落ち着いて聞いてくれ!あれは間違えて、咄嗟に浮かんだと言いますか、あれしかなかったと言いますか……」
「もう、落ち着くのは和人くんだよ。みんなに凄い目で見られてるんだから」
周囲を見渡すとさっき以上に居た堪れない視線を感じる。
……それより小牧さん、笑い過ぎです!口を塞いでいる意味無いじゃないですか!
「コホンッ! あー桐ヶ谷、本題に移っていいか?」
「……はい、すいません」
玄田の目が同情を察っしているが、この状況で和人の出来ることなど隅に小さく立っていることだろう。
小さくなっている和人を他所に会議が始まった。現場にいた隊員と珪子から事件が起きた時のことを聴取していく。途中、警察が到着し、代表番号回線を対策本部へ回して逆探知などの態勢が整えられた。
誘拐した団体は麦秋会と名乗り、ガスマスクを着用し、拳銃を片手に数人程度で会場を占拠した。麦秋会が稲嶺一人を誘拐しようとした際に郁が自ら志願して稲嶺と一緒に人質となった。
「……あのバカ!」
堂上が小さく叱責する。それは郁にか、それとも自分自身なのか。
重たい空気が流れる中、勢いのいい電話の着信音が鳴った。玄田のいる机の前に置いた電話機からだ。再び空気が張り詰め、全員が電話機と玄田に注目する。
「関東図書隊だ」
相手が誰かわかっているからか、玄田の声はいつも以上に低い。玄田の呼びかけから少し間が空いてスピーカーから声がした。
「我々は麦秋会、メディア良化法に賛同する有志の集まりである。情報歴史図書館から引き取った全ての資料を焼却してください」
丁寧な口調で声音も落ち着いていた。狂気的ではない分、話が通じる相手であろうが話し方からこちらの動きがある程度予測できる人物だろう。
「紙一枚でも残した場合、人質は永久に帰りません」
「人質の無事を確認したい。電話に二人を出してもらえるか?」
「……介助の女性だけだ」
間があったが、予め譲歩のラインは決めていたのだろう。堂上が抑えきれない風情で電話のほうへやや身を乗り出した。
「もしもし」
郁の声だ。へばっている時のような感じはない。堂上が息を吐き、玄田が尋ねた。
「大丈夫か?」
「はい、二人とも無事です。あ、柴崎にトランザールに行く約束をしてたの行けなくなったって、伝えてもらってもいいですか?今晩呑む約束……何よこれくらいイイでしょ!? 高い店なんだから予約取り消さないと大損なのよ、キャンセル料あんたが払ってくれるわけ!?」
……あいつは自分の状況がわかってるのか!?
時ならぬコミカルなやりとりに周りが呆気にとられた。あっ、と郁の声を残して電話が切れる。逆探知を警戒して一度切ったのだろう。その間に明日奈が柴崎に社内メールで呼び出した。
ややあって再びコールが鳴り、玄田が出ると同じ犯人だった。
「我々はメディア良化法に楯突いて公序良俗と人権を軽んじる図書館を憂い、人質の生命と引き換えに情報歴史資料館の資料破棄を要求するものである!」
玄田に名乗る隙すら与えず一方的にまくし立てた口調は、郁の通話で雰囲気がぶち壊れたのを八つ当たりしているかのようだった。
焼却の猶予に二時間が与えられ、二時間後に再度連絡すると告げて電話は切れた。
「元気そうだったね、笠原さん」
小牧の呟きに、堂上は無言で頷く。
「どんな心臓してんだ、あいつ」
「ほんとだよな、普通あんなことできないって」
手塚と和人は毒気が抜かれたように話す。呆然というよりも唖然とした。
逆探知の結果はすぐに出たが、発信側の基地局に着く前に切れたらしい。
「玄田君」
玄田に歩み寄って声をかけたのは、折口だ。後ろにいた珪子はメモ帳を持って、明日奈の元で書き漏らしが無いか確認している。
「書くわよ。私達を読んだってことはそういうことよね?」
「判断は任せる。ただし笠原の素性は伏せろ、一隊員だ。司令の方は問題ない」
言いつつ玄田は表情を険しくした。
「事件の情報開示については俺の権限で全面的に許可する。書くなら徹底的に叩け。こんな暴挙の言い訳に使われる良化法の醜悪な有様をな」
稲嶺を危機に陥れた時点で良化法は図書隊の逆鱗に触れた。稲嶺は二十年前の『日野の悪夢』の生き残りであり、その悲惨の象徴だ。良化法に与する者が悪意で稲嶺に触れることは図書隊の悪夢に触れることであり、図書隊は悪夢の再来を決して許さない。
「そろそろでかい発禁騒ぎをぶち上げないと週刊誌界の沽券に関わるって話が出てたところよ。他誌とも連携して煽れるだけ煽ってあげるわ」
折口は台詞の物騒さとは裏腹に淑女のような笑みを浮かべた。
それを見た和人は、明日奈と真剣な表情で話している珪子の将来が不安になった。
郁の残した伝言を聞いて、やってきた柴崎はニヤリと笑った。
「頭使いましたね、あの単細胞にしては」
「分かるのか」
食いつくように尋ねた堂上に柴崎は頷いた。
「笠原と何度か行ったことがあります。場所は立川です」
「よし、警察さん立川だ!稲嶺司令は立川にいる!」
玄田の大声に警察人員が俄かに活気づいて動き始めるが、立川といっても広い。犯人の切った二時間のリミットで探すのはまず不可能だろう。次の電話で時間をどれだけ引き伸ばせるのか。後方支援部がマイクロフィルムの複製を始めているが、取引までに間に合うまい。
「何処に行く気だ、堂上。勝手な真似は許さん!」
警察の動きに紛れて、飛び出そうとした堂上を玄田が呼び止めた。止められた堂上は玄田の前までくると力強く机を叩いた。
叩いた手の中には図書隊手帳がある。
「先に立川に向かいます。何かわかったら連絡ください」
図書隊手帳を残し、堂上は対策本部から立ち去った。