図書館交差   作:蹴急

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十九冊目

「……出会ったのは五年前、あいつは一冊の本を必死に守ろうとしていたんだ」

 

そんな語りで始まった堂上の昔話。和人の知らない、堂上と郁の繋がりだった。

 

 

 

『離せ! それとも万引きの現行犯で警察に行きたいか!』

 

それは一冊の本を良家特務機関の検閲から守ろうとした少女に対して、あまりにも卑劣な辱めだった。

少女が竦んだことは背中を見ていただけで分かった。

 

だが、近くに立っていた店長と思わしき人と目が合った瞬間、彼女のおどおどとした様子は搔き消えていた。

 

『いいわよ行くわよ!店長さん警察呼んで、あたし万引きしたから!盗った本と一緒に警察行くから!』

 

不意に横から殴られたような衝撃をくらい、自分に腹が立った。この場で唯一検閲に対抗する力を持っているのにただ傍観していた自分にだ。

 

勇気という武器しか持たず、一冊の本を守ろうとする彼女に心を打たれた。それでも見計らい権限は一隊員が勝手に使っていいようなものではない、行ってはいけない。

理性が頭を過ぎる。

 

『うるさいッ!』

『きゃっ……』

 

けれど、少女に良化隊が怒鳴って突き飛ばしたのを見た瞬間、堪え切れなくなった。

 

……規則なんて知るか!

 

図書隊の事を考えている余地など無かった。

 

駆け出した身は少女が倒れる刹那に間に合った。血の気の引いた少女の顔から、どれだけ怖かったのか伝わってくる。

 

……もう後には引けない。

 

手を離し、彼女を守るように前へと進む。

上着から図書隊手帳を出して掲げた。

 

『こちらは関東図書隊だ!そちらの書籍は図書館法第三十条に基づく資料収集権と三等図書正の執行権限を以て、図書館法施行令に定めるところの見計らい図書とすることを宣言する!』

 

 

 

「あれから五年だ。助けた事は後悔していない。けれど同じ失敗は二度としないと誓った」

 

結果として、その書店は検閲から免れた。店長に頭を下げられたが居た堪れない。最初は見過ごすつもりだったのだから。

 

それは図書隊ではかなり大きな問題となった。

自分の勝手な行動は行政派にとって態のいい攻撃材料となり、原則派を窮地に追い込んでしまった。隊の暗黒面はそのときに大概見尽くした。

 

後悔はしない。

『万引きの汚名を着てまでこの本を守ろうとしたのは君だ』

この少女に取られた本を返したい、動いた理由はそれだけだった。そのことに一切の後悔はない。

 

だがもう同じ真似はしない。

自分一人の感情任せの勇み足で原則派全体の立場を危うくした。そんな自分を未だに許せない。

 

後先考えない軽率さと感情に流される脆弱さ。このときから自分の欠点を見つめ、克服した。

 

「でもあいつは、ここに来た。」

 

……しかも、俺が欠点と切り捨てたものを後生大事にかかえて。

 

「あいつが無茶をするたびに堪らなくなる」

 

図書隊はあいつが夢見ているようなキレイな組織なんかじゃない。

あいつがなりたい正義の味方からも程遠い。

 

……それなのに。

 

「俺がやっとの思いで切り捨てたものを拾って……少しは使えるようになったと思った俺に、使えなかった頃の俺がいいと言い出す」

 

俺は今の俺に満足しているのに出来損ないの俺をお前が勝手に認めるな。俺の目の前でお前がみっともない俺になろうとするな。

 

「公平になんて出来る訳がなかった」

 

出来ることならリタイヤして図書隊を去ってほしかった。

 

「だからイラついて、揺らいで遠ざけた」

 

図書隊の現実を知って正義の味方になれないことを知って俺の前で傷つく前に。取り返しのつかない何かがどこかで起こる前に。

 

「……そのくせ放っておけなかった」

 

あいつが傷つきそうになるたびに、焦って冷静な判断などできなかった。

 

「堂上、あの子はきっと図書隊に入ったことを後悔なんてしない。分かってるだろ」

 

小牧が堂上を見ずに問いかけた。堂上は「ああ」と短く返す。

 

……そんなことは分かっている。

短い間だが図書隊の仲間として、上司と部下の関係になって、あいつのことは嫌という程理解した。図書隊の現実を知っても自分だけは信じ、貫き通す強情さも見てきた。

 

「あいつはもう、あの時の女の子なんかじゃない。あいつが何を目指そうが、そんなのは勝手だ」

 

目指した先が茨の道で、傷つくのが分かっていて、それでも進んだのはあいつだ。

 

「俺は信じてやれなかった。それは……俺の弱さだ」

 

……あいつを、今失うわけにはいかない。

 

「必ず行く。後生だから無事でいろ」

 

堂上の心からの望みだろう。それを読み取ったのか小牧のアクセルを踏む力が強くなった。

 

「…………」

 

何を言えばいいのか、今の和人にはわからない。

 

絶対大丈夫ですよ、なんて安易な言葉を口にしたくなかった。けれど守ると誓った人を守り切れなかった時の哀しみや無力感を知っているから、堂上にはそんな思いをして欲しくないと切実に願う。

 

堂上にかける言葉を迷っていると、ジジッと車内で無線通信が入った。

 

「堂上さん、こちら本部です。送れ」

 

無線から聞こえてきた声は明日奈のものだ。堂上が無線のマイクを取り、応える。

 

「本部、こちら堂上。送れ」

 

少しの間があり、次の無線から聞こえてきた声は明日奈ではなく、野太い大人の声だった。

 

「堂上、司令の場所が分かった。場所は立川市錦町だ。閉店した大型書店にいる」

「近くにいます。急行します」

 

司令の位置がどのような方法かはわからないが特定したみたいだ。小牧が堂上に目配せしたのがわかる。すぐに錦町に向かうのだろう。

 

「待て、武器は持って出ているだろうな」

「……はい」

 

堂上は玄田の発言に一瞬の間を置いて答えた。勿論、誘拐犯は銃などの武器を持っているはずなのだから、和人も自己防衛の為に一応拳銃と警棒を所持している。が、玄田の武器所持の確認の意図がすぐにはわからなかった。

 

図書隊の発砲許可を得ているのは基本的に図書館敷地内のみだ。なので元々、正当防衛だとか、相手から奪ったとか、何かしら理由を付けて使うつもりだった。その方が図書隊全体ではなく一隊員の処罰で済むはずだからだ。それなのに公に確認する意図はどういうことなのだろうか。

 

そこまで考えて何かしら無茶苦茶なことをするつもりなのではないかと悟る。そしてその予想は的外れではなかった。

 

「大型書店を図書隊で買い取った。そこは図書館敷地内だ」

 

玄田の言葉に前に座っている二人は破顔し、お互いの顔を見た。

 

「武器の使用を許可する。二人を必ず連れて帰れ」

「了解!」

 

……無茶苦茶すぎる!

司令を助ける為にどれだけの金を使うつもりなのだろうか。

 

図書隊のというよりも玄田のやり方に呆れてしまう。対策本部にいる明日奈たちは今頃、玄田の無茶に付き合うのに必死だろう。

 

「桐ヶ谷、俺と小牧で建物内に入るつもりだがどうする?応援が来てから合流してもいいが」

 

通信を切った堂上が振り返った。人質の救出は危険度が高いからだろう、こんな場でも、堂上は部下の安全を考えてくれている。

けれどそんな心配は必要ない。

 

「何言ってるんですか、堂上教官。自分も行きます。救出に行くんですから人数は多い方がいいですよね?それに折角ここまで来たのに一人だけで待っとくのは嫌です」

「……分かった。無茶はするなよ」

 

どの口が言うのだろうか。俺よりも確実に教官の方が無茶をするだろう。

俺は堂上教官と試合した時のように笑って返す。

 

「堂上教官の方こそ無茶しちゃダメですよ」

 

運転席に座る小牧がフッ、と小さく噴き出した。

 

 

 

 

 

図書隊との交渉から、そろそろ二時間くらいだろうか?

多分、もう一度こいつらは図書隊に電話をするはずだ、その時にはもう少し何か手掛かりを残せないか、と郁は普段使わない脳をフル回転させていた。

 

その考えは実際に当たっていた。麦秋会は再度、図書隊への交渉をする準備を進めている。

 

そんな中、一人が部屋に入ってきた。顔は黒ずくめのフードで覆われており、確認出来ないが体格から見て男だろう。

 

……怖い。

 

一瞬だが目があったような気がした。鋭く獲物を品定めするような目だがそのひと睨みで自分では敵わないことがすぐに分かった。

 

堂上教官や玄田隊長ですら、こんな感覚にはならなかった。けれどこの人の前では自分が喰われる側だと思わされる。

 

「よぉ、作戦の方はどうだ?」

 

底冷えするような低い声で麦秋会のリーダーに問いかけた。それにリーダーは口の端を上げて答えた。

 

「えぇ、予定通りですよ。後は図書隊が本を燃やせば完了です。そうなれば、我々の目的に大きく近づき、スムーズに次の作戦に移れます。もっと抵抗されると思っていたのですがご覧の通り、稲嶺も簡単に捕縛できましたしね。わざわざあなたに来ていただく必要もなかったみたいです」

「こっちもボスの指示だったからな、気にはしないさ。しかしこれで終わりとは図書隊といえどぬるすぎるな」

 

つまらねぇ。と吐き捨てて稲嶺と郁を一瞥する。

 

「この女はなんだ?」

「ひっ……」

 

郁の正面で腰を落とすと、フードの下から覗き込んできた。

 

「あぁ、その人は稲嶺の介助らしいです。稲嶺を運ぶ人も必要だったので同行を許しました」

「……そうか」

 

郁が稲嶺を一人で向かわせる訳には行かないと考えた理由だ。実際ここまで来たから言えるが介助なしで稲嶺を連れてきていれば、稲嶺はかなり疲弊していたはずだ。

 

「え?」

 

急にフードの男の顔が近づいたことに驚いた。

何をされるのか分からず、恐怖で固まっていると耳元で自分にだけ聞こえるように囁かれた。

 

「……いい足してるじゃねぇか」

 

男の言葉に反射的にスカートの裾をおさえた。身を引いて、抵抗の意思を示す。しかし言われた意味を理解できない間に、男はその場から離れた。

 

「……帰る」

 

この場には興味を無くしたのかドアの方へと戻り、取手に手を置いた。

 

「用もほとんど終わったようだしな。作戦が終わればボスに連絡を入れてくれ」

「わかりました。終了までそれほど時間もかからないでしょう。帰って待っていてください、ヴァサゴさん」

 

男が出て行くと、リーダーと思わしき人物が仲間に指示を出した。

 

「さて、最後の仕上げです。図書隊にコールをお願いします」

 




読んでいただきありがとうございます。

ちみちみですが、投稿していきますのでよろしくお願いします。

では、また次回。
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