戦闘メイド達は、アルベドにその仔細を語ってもらった。
そしてその中でユリ・アルファが最も心を惹かれたのは
自らの創造主、やまいこの神器「女教師怒りの鉄拳」が
振るわれるシーンだった‥。
第3巻のシャルティア戦完結後あたりの話のイメージです。
アニメ版の「女教師怒りの鉄拳」のインパクトから思いつきました。
設定上矛盾があるかもしれませんが、書籍版の世界にかなり近い
パラレルワールドの物語と思っていただけたら幸いです。
初投稿ですがよろしくお願いします。
※7/24 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです。
直接見た訳ではない。
アルベドが戦闘メイド達を集め、陶然とした口調でアインズvsシャルティアの戦いを聞かせてくれたのだ。
9割9分9厘、アインズ様かっけー素敵クフフというノロケ話だったが。
アインズの命令で、戦闘シーンを見る事を許されたのは守護者の面々だけだった。それと正確には、四体の
あるいはアウラやマーレ、
あるいはショックでその心臓を停止させていたか。
見たかった。
至高の41人のまとめ役と階層守護者最強、まさに神話そのものである戦い。
例え神々しさに目が潰れるとしても、直接見たかった。
ユリ・アルファ……戦闘メイド「プレアデス」の副リーダーであり姉役としてメイド達に慕われている
戦闘特化型である彼女は、その教師然とした雰囲気……性格的にも実際そうであるが……からはあまり想像がつかないが、戦闘、特に肉弾戦には強い興味がある。
そして彼女が最も惹かれたのは当然、戦士化したアインズが課金アイテムを使い、ユリの創造主である、やまいこの神器《女教師怒りの鉄拳》を召喚し、振るったシーンだ。
あのシャルティアを一撃で吹き飛ばし、『んぎゃっ!』とも『ぷぎゃあ!』とも聞こえる、情けない悲鳴を挙げさせたという。
嬉しそうに話すアルベドの表現があまりにアレだったので、実際のところどんな悲鳴だったのかは不明だが。
ソリュシャンが少し嫌そうな顔をしたのがユリの視界に入っていたが、それよりも鉄拳の威力に惚れぼれとするのに夢中だった。
さすが。
見たかった。見たかった。
いや、シャルティアが吹き飛ばされるのをではない。
いや、結果的にはそのシーンになる訳だが。
ユリはその神器が使われたのを見た事は無い。やまいこが装備した姿を1,2度見た記憶がうっすらとあるだけだ。それが実際に戦闘で振るわれた。
見たかった。
メイド達の仕事のチェックを一通り終え、少し手持ち無沙汰になりなんとなくそこら辺の置物を……すでに顔が映るほどにピカピカなのだが‥を手持ちのクロスで拭きながら、ユリはぼんやりとそんな事に思いを馳せ‥
ブゥン
無意識に右ストレートを放った。
人間界であれば、ボクサーの伝説的ヘビー級世界チャンピオンだろうがガードを突き破りそのまま顔面に大穴を開けてしまう威力を持つ。
それでも守護者の面々であれば、ガードするまでもなく撫でられたとさえ感じないだろう。
階層守護者最強防御力を誇るアルベドの腹筋であれば、恐らく殴った拳がガントレットを嵌めた腕ごと破壊される。
しかし、もし自分が《女教師怒りの鉄拳》を振るえたなら?
どこまで通じるのだろう。そもそも装備は出来るのだろうか。
自分の装備がガントレットであるのだから、種族・職種的には出来そうな気もするけれど。
あるいは装備出来たとしても、自身のLVが低すぎて本来の威力が発揮されないのだろうか。
それでも、もし装備出来るのであれば、一度してみたい。
慈悲深いアインズに頼めば試させてくれそうな気もするが、さすがにそんな願いは恐れ多すぎる。
それにもちろん、誰かに対して拳を振るいたいと思っている訳では無い。
純粋な興味だ。ルプスレギナに苛ついて一度思い切り殴ってみたいとか……決してそんな事は無い。
単なる戦闘メイドである自分が創造主の神器を使う。不敬であるかもしれない。
だが創造主の武器に対し思慕の念を持つのは、創造された者として当然でもある。
語り合った事はないが、戦闘メイド達の誰もが持っている感情だろう。
ナーベラルもまた、アインズが彼女の創造主、弐式炎雷の小太刀「天照」「月読」を振るうシーンを食い入るように聞き入っていた。
見たかった……そして、出来るなら。
ブゥン シュッ シュッ バシュッ ババババババッ
ハッ フッフッ シュッ シュババババババッ!
「ユリ姉、シャドーボクシングしてる。」
「はうわっ!?」
突然背後から平坦な声がかかり、ユリは素っ頓狂な声を上げた。チョーカーが緩んでいたら首がスポンッと飛んでいたかもしれない。
慌てて後ろを振り向く。
もちろんそこにいるのはシズだ。いつも通り、その顔には何の表情も浮かんでいない。
彼女も仕事を終え、何かないかとウロウロしてたようだ。
ナザリックのメイド達にとって、仕事とは存在意義そのものであり、それが無い状態は落ち着かない事この上ない。
──他の子達じゃなくて良かった。──
ホッとしつつも、気恥ずかしさからコホンと咳払いしてまるで何事も無かったかのように居住まいを正す。
「あ、あらシズ、何か用?」
「……どうして止めるの。」
「な、何をかしら?」
「ボクシング。」
「…………。」
「わたし、相手する?」
「…………。」
シズのことだ、からかっている訳では無いのは分かる。
「か、階級が違うから。」
「……?」
しどろもどろになって訳の分からない返しをしてしまい赤面するユリ。
小首を傾げるシズ。
間の悪い──ユリにとっては──時間が流れた。
◇◆◇
「そうなんだ。」
「…………。」
話し終わった後、ユリはいくらか後悔してしまった。
途中も全くチャチャを入れず、時折頷きながら聞いてくれたが、無表情とはいえシズは感情が無い訳ではないし、アレな‥例えば自己陶酔に浸る自称俺って格好いいよね系を目にすれば「うわぁ……。」っと声を上げる事もある。
シズが自分を馬鹿にするとは思えないが、多少呆れたのでは無いかとチラッと横目で様子を伺うが、もちろん表情からうかがい知る事は出来ない。
しかし少しの沈黙の後、シズはユリの方を向き目を見つめながらうなずいた。
「分かるよ、ユリ姉」
「そ、そう? おかしく……無い?」
「うん、武器、素敵。それが自分を創造してくださった方のものなら、なおさら。だから自分も装備してみたくなる、自然な感情だと思う。」
「……ありがとう、シズ。」
ユリはホッと胸をなでおろした。この悶々とした気持ちを吐き出せてよかった。
本当にシズは、自分の癒やしだ。
「で、でもその……他のみんなには黙っていてね?」
-特にルプスレギナには-
「どうして?」
「どうしても。」
このなんとも言えない気恥ずかしさをシズにうまく説明する自信が無かったユリは、断定する事で懇願した。
「分かった。」
納得したのかどうかは分からないが、シズはコクンと頷き約束してくれた。
安心した。シズならば、信頼出来るだろう。
◇◆◇
「ユリ姉、プレゼント。」
「え? あ、ありがと‥う?」
「開けてみて。」
それからしばらくして、他の戦闘メイド達に秘密で二人きりで話したいと無人の部屋に誘われたユリは「いつも自分の世話をしてくれるお礼。」っとシズからリボンを掛けた巨大な箱を手渡された。
もちろん戦闘メイドのパワーからすればいかほどのものでも無いが、ズッシリとかなり重いものだ。
戸惑いながらも、シズが梱包したであろう可愛らしい包み紙を開き金属製の箱の蓋を開けると、そこにあったのは『女教師怒りの鉄拳』だった。
「え……?」
もちろん、本物ではない。それもすぐに分かった。しかし実によく出来ている。
感嘆の声を漏らしながら、シズの方を振り返る。
「シズ、これは……?」
「コキュートス様に聞いて、私が造った」
「こ、コキュートス様に!?」
驚くユリに、コクリと頷くシズ。
「《女教師怒りの鉄拳》の形状から寸法、重量、材質、威力、その他諸々、全部。おかげで細部まで正確に作れたと思う。」
「そう‥ええ、やまいこ様が装備なされてる時に見たのと、そっくりだわ。それにしてもコキュートス様も良く教えてくださったわね。模造品を作りたいから、って正直に話したの?」
ううん、っとシズがプルプル首を振る。
「ちょっと興味があるって話を振っただけで、聞いて無い事まで物凄く詳しく教えてくれた。武器に関してはコキュートス様、オタク過ぎる。でも私と結構話が合う。……武器の事になるとちょっと話が長くて脱線しがちだけど、許容範囲内。」
へえ、っとユリは妙に感心し、納得する。
無骨な武人そのものであり階層守護者屈指の巨漢であるコキュートスと戦闘メイド中もっとも背が低く華奢で一般メイド達のアイドル的存在のシズ。
あまりの外見の相違に接点が無さ過ぎるようにも思えるが、考えてみれば至高の四十一人全員の武器を知るコキュートスと、
『もしかするとコキュートス様も、そういう事を語れる相手がいてうれしかったのかもしれないわね……。』
ザッと階層守護者の面々を思い返しても、道具としての武器は振るってもマニアックな趣味的興味がありそうな人物が見当たらない。
執着的な意味では、アウラの
アルベドのアインズ様好き好きアピールはまた別枠だ。まさかアインズ様人形とかアインズ様抱枕とか作ってる訳でもあるまい。
「どう、ユリ姉?」
怒りの鉄拳を撫でながらそんな事を考えて少しボーッとしたユリに、シズが話しかける。
いつも通りの平坦な口調に、気に入らなかったのか、っと、ちょっと心配そうなトーンが混じっている。
愛おしい気持ちで胸がいっぱいになりながらユリは微笑えみ、子供のように低い位置にあるシズの頭を優しく撫でる。
戦闘メイドの中で一番背が高いユリと一番低いシズでは、実際親子ほどの身長差がある。
「ありがとう、シズ。とっても嬉しいわ。ほんと……素敵なプレゼント。」
「ん。」
いつもと変わらず無表情なシズだが、髪を撫でられてうっとりと目を瞑るその様子は子猫のようで、そしてどことなく照れているようにも見える。
本当に優しい子。ボクの安らぎ。
◇◆◇
《女教師怒りの鉄拳(偽)》は職業としての装備条件にも関係するため一応武器……ガントレットとしての性能はあるが、もちろん本物の『女教師怒りの鉄拳』とは比べるべくも無いのは当然として、普段身に着けているガントレットよりもさらに数段劣る。
あくまでも外見を似せただけの、玩具としての代物だ。とはいえ重量感や色合いは本物そっくりで惚れ惚れする。
かっちりと右腕にはめ具合を確かめながら、シズに問いかける。
やはり懸念はある。
「……ねえシズ、これは不敬になるのかしら?」
「……分からない。でも多分大丈夫。これって、巫女の装束のようなものだから。」
「?」
「敬愛する創造主への思慕と憧憬を、その武装の形を真似る事で表している。そこには限りない敬意と願いが込められている。」
「…………。」
「やまいこ様もアインズ様も、ユリ姉のそんな想いを否定したり、怒ったり、しないと思う。」
「……シズ……。」
自分達の元を去っていった至高の御方々。残ったのはアインズ一人だけ。
どんな事情があったのだろう。それは戦闘メイドごときに推し量れるものではない。
神々の叡智を、愚かなシモベが真に理解出来るはずも無いのだ。
それでも……。
「……そう……。 そう……ね。 きっと……そう。」
ならこれは、神に捧げる舞という事か。
ユリは真剣な顔立ちになり三戦立ちでコーっと息を吐くと、女教師怒りの鉄拳(偽)をはめた右手で正拳突きを放った。
ブォオン
風切り音が鳴り、風圧が見ているシズの髪の毛をなびかせる。そのまま連続して型に入る。
ウォン ハッ シュバッ ブォン!
片腕に巨大なガントレットをはめているため、普段の型は難しい。そこは臨機応変にアドリブする。
「ユリ姉、格好いい。」
シズの平坦な声に偽りない賛辞が込められているのを感じながら、ユリは無心に型を披露する。
どこにおわすかも分からない、やまいこに向かって。
やまいこ様。貴方様のシモベはここにいます。御身に比すれば塵芥な存在では有りますが、全身全霊を持ってお仕えいたします。
ですから、どうか……どうか……。
……もしもやまいこの命令であれば、ユリは他の戦闘メイド全員とでも命を捨てて戦うだろう。
そう、シズとさえ。それどころか、相手がアインズであろうとも。それは他のすべてのNPCも同じだ。
自らの創造主の命令であれば、ナザリックすべてとでも戦う。そこになんの疑いもとまどいも無い。
ユリの、他の戦闘メイド達の、アインズへの忠誠は嘘偽りの無い絶対だ。
と、同時に、それぞれにとって自身の創造主こそが絶対であり、そこに矛盾は無い。
そういうものなのだ。造られた者達にとっては。
ハッ シャッ シュバッ シュバババッ!
《女教師怒りの鉄拳(偽)》を振るいながらユリはその一挙手一投足に願いを込め、祈りを捧げる。
その巫女の舞を、シズはただ一人いつまでも見つめていた。
◇◆◇
それから……。
「──アインズ様に仇なす者はこのボク、戦闘メイドのユリ・アルファが許さない! 怒りの鉄拳を喰らいなさい! はあああああああっ!」
ガキーンっとポーズを取り‥
「どおりゃあああああ!!」
『女教師怒りの鉄拳(偽)』を、スローモーションでシズの顔面にそっと当てる。
「うわーやーらーれーた~。」
本人的には迫真の演技であろう平坦な叫び声と共に、自分で後ろに飛んでやられたフリをするシズ。
時折、ユリとシズはそんな遊びをするようになった。
さすがに最初は気恥ずかしかったが、慣れというものは恐ろしく今ではポーズも口上もバッチリだ。自分にこんな一面があったとは。
あの宝物殿領域守護者を笑えない。
もちろん他のメイド達には秘密だ。
ルプスレギナなら大仰な演技をしてくれるだろうが、死ぬほどからかわれる事は間違いない。
ナーベラルやソリュシャンはこのロールプレイを全く理解出来ずに戸惑い、間の悪い空気が生まれるだろう。
エントマは、うん、悪い子じゃ無いんだけど、なんか違う。
──ほんと、ボクの癒やしはシズだけね。──
シズ相手だからこそ、普段の姉ポジションを離れ、自分でも気づかなかった素を晒して甘える事が出来るのだ。
向こうで倒れていたシズの上半身がムクッと起き上がる。今の演技には自信があったらしく、右手の親指をグイッと立てる。
無表情な顔に「どやっ!」という得意げな色が浮かんでいるようにも見える。
ユリもニコッと笑って、ビッ!っと《女教師怒りの鉄拳(偽)》の親指を立てて応える。
……本人は気にしてないみたいだけど、やられ役ばっかりやらせるのも可哀想ね。
ボクに武器を創る事は出来ないけれども、もしシズが自分の創造主の武器も造ったなら、その時はボクがやられ役になろう。
ボクも、うまくやられ演技を出来る自信は無いけれども。