Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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VS チャンピオン・チャンプス

その六日後、カラードにある運動場の一角、多くの兵士や職員が運動する傍らでガロアは片腕に約10kgの重りを持ちながら片足で鉄棒の上に立ちバランスをとっていた。

すでにこの体勢をとって10分経つがバランスは崩れないままピシリと立っており、滴る汗は地面に大きな水たまりを作っている。

先日、腕が取れて思わぬ苦戦を強いられたガロアは、そのようなことになってもバランスが取れるようにと訓練をしていたのだ。

 

変わったことをしているなと見てくる人とその鍛錬の厳しさとレベルの高さに気が付き唸る者がいた中で、セレンが近づいてくる。

 

「そう簡単に重心を左右にずらすことは出来んぞ…後一時間で始まる。そろそろ準備をしよう」

どうやらセレンは後者だったようだ。

先日帰還した後インテリオルにそちらのミスなんだから金をよこせ、とセレンが要求したところ金は来なかったものの機体の修理費はインテリオルが持ってくれることになった。

その間は機体がないので必然的に依頼も受けられないことになり、その間にオーダーマッチをこなしてしまおうということになったのだ。

何故か一切のオーダーマッチを受け付けていないランク29のミセステレジアに挑戦はできないので、ランク30のチャンピオン・チャンプスという明らかに偽名とわかる男に申し込むことになった。

ちなみにこのご時世では名前などその人物を表す記号以上の意味は無く、事実カラードに登録されている者の半分は偽名だと言われている。

 

たんっ、と鉄棒から飛び降り着ていたシャツを脱ぎ絞りながらセレンの隣に並ぶガロア。

ふわりと漂ってきた匂いに何故だか心臓が跳ね顔が赤くなる。同じ生活を送っているはずなのに何故かそれは少し違う気がした。

 

「さ、さぁ着替えてシミュレーションルームに向かうぞ!」

上ずった声を出しながら前をずかずかと歩いていくセレンにガロアは首を傾げながら着いていった。

 

 

ざわざわとひしめく人々は今日のオーダーマッチを見に来ているのだが、ランク30とランク31の試合にしては考えられない観客の数であった。

その理由は単純で、「現存するリンクスの中で最高のAMS適性を持つ者の初めてのオーダーマッチ」だからだ。

一般市民も、企業も、そしてトップランクのリンクスの何人かも見に来ている。

 

「うおおおお!俺の試合を見に来たのか!!燃えるぜ!!うおおおおおお」

 

(どう考えてもガロアの方を見に来ているだろう…)

ガロアを一階のシミュレーションマシンがあるフロアへ送り、セレンは二階の観客席へとやってきていた。

まだ少し冷える季節だというのにタンクトップでしかも汗をかきながら叫んでいる短髪の男が今日の対戦相手だ。

セレンはこの混雑の理由を知っており、相手のことも調べてきたが正直負ける要素がない。

このチャンプスという男は傭兵ではなく元々解体屋で、AMS適性があったからネクストでさらに派手に壊して回っているという。

いままでのオーダーマッチの戦績はなんと0勝だ。だから最下位にいるのだが。

公式で行われている賭けではガロアの方に600人賭けているのに対して、チャンプスにかけているのは30人足らずだ。

もちろん自分もガロアの方に賭けておく。

 

(とはいえ、あまり本気でやるのはよろしくないな…)

オーダーマッチで本気でやればそれだけ手の内がばれるということになる。

特に指示は出していないがその辺りはガロアは言わなくても理解しているだろうか。

 

「ねー、あっちの人暑苦しくなーい?」

 

「わかるー、しかも季節感無い格好してるねー」

 

「でも相手の方もっとヤバくなーい?真冬みたいな格好してるしー」

 

「えー、でも結構イケメンじゃーん?あたしタイプかもー」

 

 

目の前に座ってる女性二人がガロアを褒めたりけなしたりしているのを聞いてどちらにせよむっとするセレン。

 

(お前らにガロアの何が分かる!)

なんてことを見知らぬ人になんて口が裂けても言えない人見知りセレンは開始までひたすらイライラしながら過ごす羽目になった。

 

 

「いくぞおおおおおお!!おあああああ!!!」

試合開始と共にロックオンをしてもいないのにミサイルを撃ちまくるチャンプス。

それに対して画面に映るガロアは静かにしかし着実に近づいていってる。

試合場所は旧ピースシティ。

砂漠に埋もれたビル群での戦いだ。

 

「そこかあああああああああ」

さらにミサイルを放ちながら後ろに下がるチャンプスのキルドーザー。

その中で自分に向かってくるミサイルだけを正確に撃ち落としていくガロア。

一気に踏み込み切りかかる。

 

「どうりゃあ!」

カウンター気味に右手のドーザーを目の前に突き出し、相手の左手に装着されているブレードを振り下ろさせまいとする。

アレフ・ゼロはその腕の勢いそのままで回転しながら避ける。

ブレードの装着された左腕はどうしても切り込めない位置にあり、カウンターは決まらずとも斬られずに済んだとチャンプスも観客も思った瞬間。

 

「ぐわあ!!」

さらに勢いをつけたアレフ・ゼロの回転蹴りがキルドーザーに叩き込まれ、キルドーザーはビルの一つに吹っ飛ばされていった。

 

蹴ったぞ…

信じられねぇ!

…ネクストってあんな動きするのか!?

 

ざわめく観客の中で立って観ていたウィンはその動きを見てうすら寒さを感じていた。

 

(天才の一手は凡人の十手にも勝るというが…これは…)

ビルに叩き込まれたのが幸いして、崩れる瓦礫に助けられ追撃は受けずにすみ、体勢を立て直すキルドーザーの姿が大画面に映る。

その時視界の端にある人物が入る。

 

「…!オッツダルヴァ、お前がオーダーマッチを見に来るとは珍しいな。ハリの時以来か?」

 

「ふん」

鋭い目つきにウェーブのかかった黒髪を首まで伸ばし、オーメル所属のリンクスが着る兵装を着崩しながら画面をねめつけているいかにも猛者といった風貌のオッツダルヴァと呼ばれた男は、

このカラードにおいて最強、すなわちランク1である。

平素はあまり部屋から出ず、他人とも関わり合いにはならないこの男を王小龍は「典型的な強者」と評したが、ウィンはそれ以上の何かを独特の勘で以前からこの男に感じており、

ランクで抜かれて以来気づかれぬように静かに監視をしている。

そしてやはり、どこかおかしいと確信している。

何というか、努めて目立たないようにしている反面、ランク1まで駆け上ったり、強烈な皮肉を吐いたりと行動に一貫性が無いのだ。

何か目的がある。もしそれが弱い人々を利用し、殺すような物であれば見逃すわけにはいかない。

心の内側でそんなことを思いながらも表情には出さずに言葉を出す。

 

「やはり気になるか?AMS適性もお前より上だからな」

 

「だが本気は出していないようだな」

 

「そう思うか?」

 

「ああ」

 

ふん、メス猫め、と心の中でオッツダルヴァは毒づいていた。

探られていること、怪しまれていることなどとうに気づいている。

 

そう気づいた理由なら多々あるが…何よりも、ウィンは普段ならまず自分から男に声はかけないのだ。

お互いに腹を探り合いながらも、やはり試合も気になるので画面に目をやる。

本気ではない、といった言葉通りガロアのアレフ・ゼロはグレネードとロケット、それにフラッシュも使っていない。

蹴りを繰り出したことに観客は驚いているのだろうが、それもまたガロアの引き出しの一つに過ぎない。

だが、それ以上にオッツダルヴァは何か違和感を感じていた。

それは先日セレンが感じた違和感と同様の物であり、そして実戦経験の多さがオッツダルヴァをその答えに近づかせた。

 

(まただ…あいつはミサイルを「全て」「正確に」撃ち落としている…)

これは後でこの試合の戦闘記録を改める必要がありそうだと思いながらオッツダルヴァは背を向け歩き出す。

 

「もう見ないのか?」

 

「ふん、これ以上見ても面白いものは出ないだろう。あのガロアとかいう小僧が順当に勝って終わりだ。やはり実戦か、もっと上の実力者でなければ本気は出さん」

 

「かもな」

そしてその言葉通り、その二分後にはローキックで転ばされたキルドーザーがアレフ・ゼロになます斬りにされて試合は終了した。

 

 

おいおいつえーなあの新入り…

すっごーい!かっこいいーじゃーん!

…無口な奴だなぁ…

 

試合終了しざわめく中、ガロアは静かにシミュレータマシンから出て、同じく出てきたチャンプスと握手を交わしていた。

 

「負けたぜ!はーっはっはっは!!」

負けたのにこんなに大笑いできるのはもう負けるのになれているからか生来の性格からか。

そんなことよりもじっとりと湿った手でいつまでも握りながらぶんぶんと上下に振っている右手を早く離してほしいと思うガロアであった。

 

「ふむ、当然の結果か」

 

「大人…どうしましょうか?」

 

シミュレーションルームの端、丁度ウィンとは正反対の方向でリリウム・ウォルコットと王小龍もその試合を見ていた。

どうしましょうか、というのはまだ情報収集を続けるかどうかということだ。

だが、先日リリウムから邪魔が入ったせいで情報が集められなかったと報告は受けたものの、シミュレータマシンの履歴からやはりホワイトグリントがガロアの目的だということはつかめている。

そのことはリリウムにも伝えてあり、既に情報収集の必要はないのだが。

 

「気になるかね?」

 

「その…はい。リリウムはこの前お食事の約束をしましたので」

 

「…なら行ってきなさい」

 

「!ありがとうございます」

 

そのままガロアの元にかけていくリリウム。

思えば自分はリリウムに何も残してやれなかった。

もう大分遅いのかもしれないが、それでも残せるものならば何かを残してやりたい。

例えばそれは同年代の友人だとか。

 

「……」

駆けていく背中を見ながら幼かった頃のリリウムを思い出す。

今現在、リリウムは自分に依存していると言っていいほど自立していない。17歳の少女であることを考えると多少なりとも自立心が出ていないというのはおかしなことである。

それもこれもこの時代、そして自分が作ってしまった姿なのだと思うと胸が痛い。

リリウムの背中には今まで王が見たことのない感情が浮かんでいる。

それもそのはず、リリウムもガロアも、そしてセレンも、本当なら蝶よ花よの恋に恋する年齢なのだ。

何か強烈な目的に心を割いているような人間でもない限りは、思春期の典型的な例に違わず、どんな天才も凡人も異性を意識し、比べて選んでいく時期なのだ。

まだ恋とも友情とも言えるような代物ではないが、今までの同年代のどんなものとも違った反応を見せたガロアはリリウムの興味を幾らか惹きつけたのだろう。

それはよいことだ。

このまま自分への依存も少なくなり、やがて友を作り恋をして子をもうけて幸せに生きていけるのならばそれ以上のことはない。

 

だが。

 

(あの少年…)

自分の長年の戦士としての勘が告げている。

もしかするとあの少年は敵となる運命にあるのかもしれないと。

 

ただの勘、それでもこの年齢まで生きてきた自分の勘はそれすなわち重大な局面で外れたことがないという事だ。

しかし、今この状況では何も断定できる要素がない。

 

「……」

その場に背を向けシミュレーションルームから立ち去り、物陰で薬を飲みながら王はただリリウムの幸せを願う。これからも健やかに生きてくれと。

 

 

「ガロア!やったな!飯に行くとするか!」

 

「ガロア様、おめでとうございます」

 

「むっ」

 

「えっ」

 

ようやくチャンプスの熱い握手から解放され、お腹が空いたなと思っていると聞きなれない声が、オペレーターの声に混じって聞こえる。

 

「…なんだ?」

 

「いえ、この前お食事の約束をしましたし、今日…」

 

「いいや、ダメだ。私と食べに行くんだ」

何故かはわからないがこの少女をガロアに近づけてはいけない気がする。

この前約束していたのは知ってはいるがだからといって、はいそうですかとガロアを渡すわけにはいかない。

警戒する野生の動物さながらにガロアの前に立つセレンの胸中にガロアの意向を考える余裕はない。

 

「ガロア様?リリウムとこの前約束しましたよね」

 

「……」

それは間違いではないと言えば間違いではないのでセレンの陰で頷くガロア。

お腹がぐぅとなったが今のはどちらかというと緊張から鳴ったような気がした。

 

「ええぃ、お前はガロアのなんなんだ!」

 

「り、リリウムはガロア様の友人です!」

 

「は、友人か。私はこいつの」

この前ガロアは友人ではないと言っていた。それに比べて私は、と言おうと思って言葉に詰まる。

 

(私は、ガロアのなんだっけ?)

 

「オペレーターですよね」

 

「う、そうだが」

オペレータなのか。

そうだった。私はガロアのオペレータなのだった。

ガロアは目的のためにリンクスになり、私は私のためにガロアを一流のリンクスにする。そうだったはずだ。少なくとも最初は。

 

唐突に始まった女性独特の水面下の戦いにガロアは冷や汗を隠せない。これでもリリウムが元々穏やかな性格であることが幸いし、静かな方だ。

もしこれからも人と関わり合いながら生きていくのだとすればこれよりもずっと激しい精神の鍔迫り合いを目の前で見なくてはならないだろう。

なにせかなり気性の荒いセレンがそばにいるのだから。

 

「リンクスの行動をそこまで制限する権限は無いはずです。ガロア様?」

だが、ガロアは動かない。

オペレータとリンクスの関係だとか、それ以上の関係だとか、言葉で表されるものに心を揺さぶられるコミュニケーション能力の高くないセレンであるが、

その一方ガロアは約三年間一緒に過ごしてきた同居人に対して正しい感情を持っており、食事の約束は確かだが精神的に味方しているのはセレンの方であるためその傍は離れない。

 

「!ほ、ほら見ろ!ガロアは行かないと言っている!」

顔を真っ赤にしながらも、自分の傍を離れなかったガロアが嬉しく勝利宣言のように声を上げるセレン。

だが、その隣で行かないとは言っていないガロアが首を横に振りセレンは顔色を青くする。

 

「あの、どうなさるのでしょう…?」

 

「はっきりしろお前!」

怒りと共にとうとう出てしまったセレンのローキックを受け、ガロアほどでないにせよセレンも鍛えていることもあり身体がぐらつき帽子がずれる。

ずれた帽子を直しながらも先ほどから頭の中で出ていた答えを文字にするのも面倒なため、セレンの手を引きリリウムの元へと行く。

 

「お、おい!」

 

「一緒に行くということですか…?」

ガロアに手を引かれまたまた白い頬を赤くするセレンを見て言うリリウムに頷くガロア。

その提案をリリウムは頭の中で色々な考えを巡らせながらも受け入れることにした。

 

だったら二人で行けばいいんじゃないか。

ガロアの出した答えは至極シンプルなものであったが、その答えは正直女性の扱いとしては最悪レベルの答えであった。

ここは事を荒げないためにも用事があるなりなんなりと答えてその場から去るのがよかったのだ。

二人の思いと約束を汲んだつもりなのであろうが、女性という生き物を女性として扱ったことが無いガロアはそれが一番二人を傷つけるということには気が付いていない。

事件の陰に女の影ありという格言は先人たちの経験によって作られたものなのである。

 

 

「若いな」

 

「だよなぁ」

そんな男女のやり取りの近くで今回の映像記録をコピーしに来た男が二人。

若いと評したのはグローバルアーマメンツ社の最高リンクス、ローディーと呼ばれる人物であり、

静かな笑みを浮かべている顔とは裏腹に傷だらけでゴツゴツの手や、常に辺りに気を配っているかのような目つきは正しく歴戦の戦士に違いない。

恵まれなかった才能に嘆くことも愚痴を言うこともせずにひたすら訓練に訓練を、経験に経験を重ねた彼は人生においても戦闘においてもその練度はガロアの遥か上を行く。

だが、そんな一日の長もきっと長くは持たないことをガロアがこなした二つのミッションログを見て気が付いたローディーはその対策を練るために今回のオーダーマッチを見に来ていたのだ。

 

その隣にいるのが独立傭兵のロイである。

彼も彼でローディーと同じ理由でガロアの戦闘を頭に叩き込もうとこの場に来ていたのである。

ロイにせよローディーにせよ、強さにはそれなりの理由がある。

 

「これから気まずい場面に突入するのだろうな…、若い若い」

 

「ま、それを経験するのも男の仕事ってやつだな」

 

かなり年齢の離れている二人だがその間には遠慮も上下関係も見られない。

恐らくはそれらを超えて友人足りえる何かが二人の間にあるのだろう。

 

「さて、まだ時間は早いが、行くかね?」

 

「そうだな、何もないし久々に行くとするか」

データのコピーを終え首を鳴らしながら歩くロイとローディー。

そこに流れる雰囲気は、いずれも対人関係を上手く保ってきたものだけが持てるものだった。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

そんな雰囲気とは真逆の空気が流れるとあるレストランの一角。

リリウムの対面にガロアとセレンが座る。

楽しい食事のはずがこれではまるで取調べか尋問だ。

セレンにガロア、リリウムの三人が三人ともまともに人と交流したことがないのでしょうがないといえばしょうがないが、

この中で食事が出来る人間は、まともな精神を持つものに限るのならばいないだろう。

 

そんなレストランの一角の対角ではニュースを見ながらコーヒーを飲んでいた王がおり、その様子を気づかれないように見守っている。

王がこの場にいるのは本当に偶然で、リリウムも行ってしまったし食事でもするかと近場のレストランに入り、少なめの昼食をとってコーヒーを飲んでいたらその三人が入ってきたのだ。

コーヒーを思い切り噴き出しむせた理由は、なぜかセレンがついてきていたことと、普段のリリウムを思えばありえないような雰囲気の渦中にいたことの両方だ。

 

「なぜ女性に誘われて他の女性も連れてくるという選択肢が出るのだ…」

もしかしたら霞スミカ、もといセレン・ヘイズのほうがついてきたのかもしれないが…とは思うがどちらにせよありえない選択だ。

そんな中とうとうリリウムが口を開く。

 

「あの、ガロア様はなぜリンクスに?」

 

「……」

 

「答えられん」

質問に何故か答えるのはセレン。

その答えは全員知ってはいるが誰一人としてガロアからは伝えられておらず、そしてその理由を触れてはいけない傷のようにセレンが守る。

 

再び沈黙。

ガロアはただ黙ってコーヒーを飲む。

 

「そう、ですよね…」

なぜセレンが答えたのか、という疑問の前にその言葉が出る。

リンクスになる者の理由は様々だ。

 

そして本当はリリウムはガロアがリンクスになった理由を知っていた。その身の上も。それを知った上で近づいていた。

 

「お前、何故ガロアに近づく?リリウム・ウォルコット」

 

「え?それは…お友達だと…」

口ごもるリリウム。

その本当の理由は人と本当の意味で関わった経験の少ないリリウムには答えられず、そしてその空白の間を疚しさから出たものだと思い込むセレンはさらに追撃をかける。

 

「ガロアがインテリオル出身だからか?BFFとは敵対企業だからな」

 

「……」

押し黙るリリウム。当初の目的はセレンの発した言葉からそんなに遠いところにはない。

一方のセレンはもうすでにインテリオルから独立していると宣言しつつもそんなことを言う自分に矛盾を感じながらも続ける。

 

「私は知っているぞ。お前が王小龍という男の」

ガロアを敵から守るため、そして気づいてはいないが独占欲ゆえに攻撃性をむき出しにして言葉を続けようとした瞬間に口が塞がれる。

 

「……」

それは今までで初めて見る目だった。

波紋の中心にある眼がセレンの目をじっと見てくる。

まるでそれ以上はいけない、と諌められているようだった。

 

そして同時にリリウムの後ろから年老いた男が現れリリウムの肩に手をかけ声をかける。

 

「リリウム。仕事だ。今すぐ行くぞ」

 

「大人…」

リリウムにじんわりと汗が浮かんでいる。こんな表情はミッション中でもそう見ない。

 

(この女に相当抉られたか…クローン元の霞スミカと真逆の性格をしているな…いや、これは私への警戒心からか…)

 

「これで失礼させてもらう」

 

「……」

セレンは警戒という文字をそのまま人にしたかの如く王を睨み、その隣のガロアは静かに王を見つめる。

この女、自分の事を調べたに違いない。そしてその情報に踊らされている。

それが王の望んだものであり、王の成したことであるが、それがリリウムに向くとまでは思っていなかった。

いくらか紙幣を置き立ち去る王に戸惑いながらもリリウムはついていった。

 

 

 

「ガロア…?」

セレンの青い瞳がこれはお前の為にしたことなのに、何故止めるんだと語り掛けてくる。

セレンの言っていたことも一理ある。

だが、言葉を発せない分、鋭い洞察力を養ってきたガロアは少なくともリリウムにそのような邪念がなかったことを見抜いていた。

そして、こんな結果になったのがあの時の自分の選択の結果だと今になってわかっていた。

 

「お待たせしました~…?」

店員が怪訝な顔をして三人分の注文を置く。

この後も大量の注文、セレンとガロア合わせて10人分が来るが、先ほど注文した人の一人が跡形もなく消えているのに気が付いたのだろう。

 

「なぜ…?ガロア…」

師であり、自分の道を切り開いてくれた人物であり、そして頼れる同居人だったセレンが今、20歳の未成熟の大人の女性らしく揺れる感情を隠せないままこちらを見つめてくる。

人間ではなくいずれ兵器となりうる存在として育てられた存在。

そうであることも自覚していて人と積極的に関われなかった彼女が初めて心から信頼し、一番人間らしく接しているはずのガロアにいきなり責められるかのように行動を止められたのは相当の動揺をもたらしたらしい。

 

「……」

今ここでの回答をミスしたら致命的なヒビになる。

そう感じながらガロアはケータイを取り出し、推敲を重ねて短い一文を書いてセレンに見せた。

 

『セレンが人を傷つける必要は無い』

そこに表示されている文章を見て、

道端に打ち捨てられたボロ犬のような気分になっていたセレンの心に一転、暖かな風が吹く。

一瞬だけ、「セレン『が』」ってどういうこと?とは思ったが。

 

「そうか…そうだな、お前は優しい奴だな」

顔が再び赤くなるセレンを見て、よく顔色の変わる人だと思いながらもほっとする。

一転、上機嫌になり、注文されて出てきた食事をひょいひょいと口に運んでいくセレン。

その顔は幸せそのものといった感じだ。どうやら自分の回答は間違っていなかったらしい。

 

「……」

セレンの気持ちを落ち着けるために言った言葉であるが、その一方先ほどの文章は嘘偽りのないガロアの気持ちでもあった。

フォークをくるくると回しながら物思いにふける。

 

「食べないのか?」

言われて口に食事を運びながら考えるガロア。

自分の正直な気持ちを伝えたのは間違いではなかった。

ある意味それも当然、ガロアはセレンに対して、セレンはガロアに対して悪い感情は抱いていないのだから思いやりを見せて悪い結果になろうはずもない。

 

そして思う。

もっと思ってることを伝えられたら。

それこそ言葉を持っていたなら。

17歳の少年の感情は言葉なしに伝えるにはあまりに膨大で苛烈すぎる。

伝えたくても伝えられなかった言葉の数々を、その言葉を聞いてほしかった人達を思い出してガロアの眼が本当に少しだけ潤んだ。

 

 

レストランから少し離れたところで老人と細身の少女が共に歩いている。

すれ違う人々を目で追いながら少女は口を開いた。

 

「大人、仕事とは?」

 

「あれは嘘だ」

 

「嘘、ですか…?」

 

「あのリンクスと関わるのはよい。だが、あのオペレーターのいる前では話さない方が良さそうだ」

 

「どうしてですか?」

あんな目にあっておきながらもその理由がわからないのはやはり、普通に人と関わった経験が少ないからか。

そんなわかって当然のような疑問に王は丁寧に答える。

 

「自分の持ち物が勝手に人に取られたら悪い気分になるであろう?あの女にとってはあのリンクスは自分の持ち物のようなものなのだ」

 

「ですがガロア様は人間です」

 

「独占欲と呼ばれるものだ。人であれ動物であれ物であれ、自分の物だと認識してた物が自分の元から離れていくのを耐えられる人間はそうはいない」

それにしてもあの警戒の仕方は異様だ、とは言わなかった。

リリウムが女性であることもその理由の一つであるが、なによりも自分のパートナーであることがあの警戒心の理由に違いないであろうことは想像がついていたから。

 

「大人がそう言うなら次からそうします」

 

「ふむ」

次、か。また会うつもりなのだな…、と思いつつも責め立てようとしていたセレンの事を止めていたあたり、人間として壊れてはいないのだろう。

それなら別にこれからも関わっていくのもリリウムにとって悪くないかもしれない。

だが、共同作戦となるとあのオペレーターもついてくるからやめておこう…と思う王であった。

 

 

「いやー、食べたなぁ」

機嫌のよさも手伝ってさらに二人前余分に食べたセレンのお腹はパンパンという表現がまさに相応しく、

隣で平然と歩いてるガロアもいなくなったリリウムの分も合わせて七人前を平らげている。

 

「……」

少し冷たい風を感じながら歩くガロアはそんな上機嫌なセレンを見てほんの少しだけ微笑みながら、もうあんな食事はごめんだなと思う。

そう思う一方でリリウムから言われた友達という言葉はガロアの心に優しくしみ込んでいた。

彼には今までの人生で友と呼べる存在が一人もいなかったのだ。

 

いや、いたにはいたが、それは人間では無かった。

 

「まだまだ夜は冷えるな…」

部屋に着くころにはすっかり日も暮れており、セレンはお気に入りのコートを脱ぎながら呟く。

ガロアはそれと同時にパソコンにメールが来ていることに気が付く。

 

「どうした?…ミッションか。ネクストも修理完了したようだな。ブリーフィングは明日、開始時間は明後日の九時のようだな。受ける、でいいんだろ?」

断る理由もないので任務了解の旨をセレンが書いて送る。ちゃんと最後の署名をガロアの名前にしている辺りは慣れたものだ。

 

「ランクが上がった効果は少しは出てるのかな。次はイレギュラーな事が起こらなければいいんだが…」

その台詞には全くの同意で、今日一番深い頷きをガロアがしていたころ、同じくカラード管理下のとあるマンションの一室で。

 

 

 

「やはり、間違いないな…」

ランク1オッツダルヴァは今日行われたオーダーマッチのVTRを見てつぶやく。

彼のパソコンに映し出されている映像は昼間ローディーたちがコピーしていたものと違い、オーメルから直接買い取ったもので、

AP、残段数、お互いの画面に表示されていたものなどがすべて表示されている一段上のランクの映像である。

 

その映像を何度も一時停止、コマ送りを繰り返して浮かんだ疑念を確信へと変えていく。

 

「撃たれたミサイルの数を一瞬で数えている…それも軌道も…見えている…のか?」

確信に至ったのは試合の中盤で放たれた大量のミサイルに対しガロアがマシンガンをリロードしてから自分から近い順に撃ち落としていったのを見てからだ。

放たれたミサイル30発に対し、残弾数は27発。

普通のリンクスが撃ち落とそうとしたならならばまず間違いなく弾をばらまき、そして撃ち落としきれなかったミサイルを食らうなり避けるなりするのだろう。

 

「……」

人は数を数えるという行為が出来る者ならば誰でも頭の中に無限の概念を持つ。

物を数えるという行為は、頭の中にある1というラベル、2というラベルをペタリペタリと貼り付けていく行為なのだ。

そしてその行為は、途中で数を忘れたりしなければ永遠に続けられる。

ガロアはそのラベルを順番に貼るのにかかる時間がほぼ皆無といっていい。

それも全体の数を把握するのではなく、1、2、3と近い順にラベルを貼っていって一番最後のラベルの数字から全体の数を把握しているために「近くから順番に」かつ「撃ち漏らすことなく」対応できている。

このガロアの能力を知ったのは本人を除いては二人目、そして今生きている人物の中ではオッツダルヴァただ一人である。

 

「だからアレフ・ゼロか…自分の能力への自信か?」

数を0.5、1、1.5、2、2.5、3と数えられるときは1、2、3と順番に数える時よりもすなわち自然数よりも多いだろうか。

実はそうではない。なぜならば500000番目の数は250000とわかり、どこまでいっても数えあげられるからだ。

何番目の数はOOという数、と特定できるのならばそれは自然数の数量と同じ。その自然数の個数をアレフ・ゼロと表しそれは最小の無限と呼ばれる概念となっている。

 

「天才…ハリの時と同じか。あとはその力を見極める必要がある…」

一人暗い部屋でぶつぶつと呟くオッツダルヴァは危ない人そのものだが、

事実、彼は3歳の頃より歪みに歪む一方の人生を辿っており、今現在もぎりぎりのところで理性を保っているにすぎない。

 

「何かそのための依頼を用意しなくては…」

ぶつぶつと呟きながら髪をかきむしる彼の顔色は昼頃ウィンと話した時と全く変わっていない。

 

彼の顔色はどんな時でも変わらない。

 

「ガロア・A・ヴェデット…」

キーボードうつ手がぴたりと止まり、ガロアという少年を知った日から何度目になるのだろうか。切り裂かれる自分の思考。

この少年とはどこかであったことがあるような気がする…?いつ?どこで?どうして?

オッツダルヴァの精神と頭がぐちゃぐちゃにかき乱され吐き気を催す。

だがそれでも彼の顔色は変わらない。

 

「……うぅ?」

ズキン、と差し込む頭痛と共に浮かぶのは自分の手を引く女性と笑いかける男性の姿。

 

「誰なんだ…」

精神が、悲鳴をあげる。

軋む脳を、助けを求める心を、打ち明けられる友人も助けを差し伸べてくれる手も無い。

あるのは…

 

「人類に黄金の時代を人類に黄金の時代を人類に黄金の時代を…」

ぶつぶつとうわごとのように短いフレーズを繰り返しを経て彼の心は鎮まっていく。

ボロボロの彼の精神にとって「人類に黄金の時代を」という言葉だけが最早最後の砦であり彼の持つ使命だった。

 

「父さん、母さん…僕、頑張るから…完璧にやってみせるから…」

目を見開く顔を覆う手で覆う。

その手に力が入った時、オッツダルヴァの顔はぐしゃりと歪んだ。

 

「…?…??父さん?母さん…?何を言っているんだ…?そんなもの、私にはいないじゃないか…」

歪んだ顔は再び元に戻り、オッツダルヴァは何事も無かったかのようにパソコンと向き合った。


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