Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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I only want you________gone.

『作戦を確認します』

 

『画面に表示されている座標にあるとされる海底都市をルブニールとホワイトグリントで攻撃します』

 

『敵戦力は不明、また何が有効な攻撃となるのかも一切不明です。臨機応変に対応してください』

 

『残存戦力は全て防衛に回る為、支援の可能性もありません。通信も妨害される可能性が非常に高いです』

 

『私達の保有する技術を遥かに超えた敵を相手にする、極めて危険な任務です』

 

『これまでで、最も過酷な戦闘になることは間違いありません』

 

『以上、作戦の確認を終了します。お願い、死なないで帰ってきて……』

 

 

 

時間は確実に進み、そして運命を決める評決の日は来た。

そこが敵の本拠地だという確信はない。だがこれ以上の情報も時間もない。

マグナスとジョシュアは海底4000mにあるというその場所へ、その地点の上から直接乗りこむ。

斜めから時間をかけて移動したりしなければネクストでも多少は海中で活動が出来る。後はその場所が空気のある場所かどうかで大分変わってくるが、時間の許す限り重要そうな部分を破壊していくしかない。

敵を倒したとしても人がいなくなっては意味がない。各コロニーに通常戦力とネクストを割かなければならないのはこちらも同じだった。

何よりも、大規模な作戦にすれば敵に知られる可能性がある。敵が人間では無いという恐怖は、どこでいつ聞かれているか分からないという疑惑を払拭することを許さなかった。

 

自分の肩に人類の運命がかかっているなどという大層なことは思わない。

今までと同じだ。愛しい家族を守るだけ。マグナスはルブニールの中で、こうなる前に一度だけ撮った娘と妻との写真を見てからネクストとリンクした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住民全員が避難できるシェルターを持たないラインアークは学校や市民会館、病院などなるべく頑丈な場所に住民を避難させていた。

そして人々が理由の分からない不安に犇めくこの病院で、世界最悪の災禍は破壊の意志をその目にギラギラと光らせて動きだした。

 

面会謝絶と書いてあるこの部屋を訪ねる者はいない。

今日だけはあらゆるスケジュールが狂っていた。

 

「う……ぐ……ぉ……」

一本しかない腕で呼吸補助器を引き千切ったら一気に呼吸が苦しくなった。

粘度の高い液体の中で重りを付けながら動いているような感覚は抜けず、上体を起こすだけでもたっぷり10秒かかった。

目の周りの包帯を外すと視界は猛吹雪の日よりも酷く霞んでおり、色もよく分からない。

 

(羽虫が万匹……飛んでいる……)

耳元で数万匹の蠅が飛んでいるかのようにブンブンという音が鳴り止まない。視力も聴覚もまだ全く馴染んでいなかった。

 

ガロアは『全て』を欺いていた。手術が終わってからわずか三日後には少しだけだが本当はもう動けるようになっていた。

それを誤魔化して、まだ神経が馴染んでいないと見せかけていた。

 

「うあぁ……、……ぐあっ!!」

立ち上がろうとベッドのそばにあった物に手をかけると、それは自分の身体に繋がれていた何かの器具で、体重に耐えられず一緒に倒れてしまった。

鼻を床に強かに打ちつけ鼻血が噴き出る。

 

「ふっ……ふっ……」

床に広がるその血を舐めると僅かに血の味がした。

自分はまだ生きている。どうしてなのかはもうどうでもいい。生きているのなら。

 

「まだだ……俺はまだ……戦える……」

なめくじのように壁まで這いながら進み、壁に手を付けながらなんとか立ち上がった。

 

「あ…………?」

が、長い間横になっていたため起立性低血圧を起こし、気合や根性ではどうにもならない身体の反応によってガロアは失神してしまった。

倒れ込み、また顔を地面に強かに打ちつけるところをいくつものマジックハンドが受け止める。

 

「ガロア様」

 

「……ウォー……キー……」

ガロアには赤い光以外のほとんどが見えていなかったそれは、身体中からマジックハンドを出したウォーキートーキーだった。

 

「止め……るな……」

 

「…………」

ガロアの言葉には答えなかったが、その時ウォーキートーキーのボディから一本のコードが伸びてガロアの首のジャックに刺さった。

 

「!! あっ……!!」

言葉で説明するよりも、直接見せるよりも数百倍早く流れ込んでくる。

今までの出来事、そして今、人類が求めている『答』が。

 

『申し訳ありませんデシタ』

 

「へっ……はは……介護用ロボの癖に……なんでこないのかな……って思ってたけどよ……」

首を通してウォーキートーキーの言葉と『感情』が流れ込んでくる。

自分も身体に機械が埋め込まれてから分かった。バグなのかどうかは定かでは無いが、ウォーキートーキーは機械の制限を超えて人に近づこうとしていたのだ。

 

『お怒りも当然デス』

 

「怒って……ねぇ……よ……ただ……」

 

『止めまセン。ワタクシでは……ガロア様を止められまセン』

そう言いながらウォーキートーキーは病室にあったストレッチャーをセットして、ゆっくりとその上にガロアを横たえた。

 

「お前……」

 

『信じて……逋コ逕溘@縺セ縺吶くだサイ縺後ヰ繧ォ縺縺』

ノイズの混じる情報の中で、ウォーキートーキーから見た子供の頃の自分の姿が混じる。

父がいなくなってからあの森で自分が笑った回数は本当に少ないのにそのどれもが大切に記録されていた。

 

(信じて……か……変わったな……お前も……)

顔まで布をかけられてから全てを察し、動きを努めて止める。

 

カチャカチャと音を立てながらウォーキートーキーが変身していく。

やがてその姿は病院ならどこにでも配置されている、力仕事を請け負うロボットの姿になってガロアをストレッチャーごと運んだ。

ストレッチャーに乗った人らしき物に白い布がかけてあるそれを、止める者はいなかった。今の病院では当たり前の光景だった。

 

ガロアの姿が消えた事に看護師が気づいたのはそれから30分後のことだった。

 

 

裏口から出たウォーキートーキーはストレッチャーからガロアを優しく降ろして、ボディの内側から記憶装置を取り出した。

 

『これヲ』

 

「……」

小型のリムーバル・メディアと松葉杖が渡され、さらにそのメディアをどうするべきかも首から流れ込んでくる。

 

『ワタク……ジジジ……r諢丞峙縺励……ここまでデス』

 

『今まで……裏切り続けていまシタ……繝峨〒隱ュ縺ソ霎……ごめんナサイ』

 

「……いいさ」

全てが幻想。自分の信じる現実も、歩んできたと思っていた歴史も。

本当の事だと信じていたものが虚構だったと分かった時、人は何に縋ればいい?

自分の感情だけだろう。それだけは、その時感じているそれだけは自分にとって本当の事なのだから。観測者から独立した現実など存在し得ないのだから。

この機械は、自分を『思って』くれていた。それがやっと分かった。もうそれでいい。

 

 

 

この思いはプログラムされた物なのだろうか、と考えることさえもプログラムなのだろうか。どこまでも続く思考の果てに生じたバグはとうとう致命的な部分まで侵食し始めた。

首からコードを引き抜いたガロアが松葉杖に体重をかけながら牛のようにのろのろと歩いて行く姿を見送ったウォーキートーキーは、『ガロアは死んだ』という嘘の情報を最後まで送信しながら小さな爆発を起こした後、二度と動くことは無かった。

 

 

 

ほとんど役に立たない視界と、丸太を四肢にくくりつけられたような身体を引きずって、杖を頼りに歩いて行く道すがら、誰ともすれ違わなかった。避難しているのだろう。

遠くから聞こえてくる何かがはじける音、空気を裂くように何かが高速で移動する音は鼓膜を揺らしても認識できないが、腹を揺らす衝撃で分かる。

 

「……ごふっ」

この世界全てが戦場だ。だから自分はまだ生きている。戦場こそが自分の生きる世界なのだから。

驕りでもなんでもなく、自分こそが世界のあらゆる戦場の覇者となる存在だというのは自覚していた。数えきれぬほどの骸の上に。

ウォーキートーキーから渡された情報の中には数十億の人間の死体の上で死の惑星の王となっていた自分がいた。

きっとそれも自分なのだろう。いや、それこそが本当は自分が歩む道だったのかもしれないし、そうなろうとしていた。そこから外れてまともに生きようと考えたら、これだ。

想像に培われるAMSという個の力は強烈に世界を侵食し傅くものも一人もいない孤独な世界の王となる。個人の力が増長した果てならそれは当然の事。

 

俺はお前を殺して生きる。

 

そうやって生きてきた。

 

それだけが全てで、自分は全ての捕食者だった。隣には何もいなかった。

 

異様な量の汗が額から垂れて目に入り、充血した目からは血の涙が出た。毛細血管がプチプチと破裂していき、灰色の目が赤く染まる。本当ならまだ目を開くことすらしてはならない状態だったのだ。

杖で段差があることは分かっても身体がついて行かずにガロアは道に倒れ込む。

まともな受け身もとれずに身体中に擦り傷が出来てしまった。

 

「………」

自律神経もどうかなってしまっているのだろう。

しっかりと閉じることの出来ない口からは緑色に濁った唾液が出てきて道路に広がった。

 

(ぶっ壊してやる……ぶっ壊してやるぞ……)

このまま地面の上に身体を投げだして目を閉じてしまえば楽なのに、赤く染まった目に極限まで凝縮された殺意を宿らせてガロアは起き上がった。

 

本当に、倒れて寝てしまえば楽なのにね、とせせら笑う幻聴が聞こえる。

 

うるせぇ、と考えるだけでも意識が一つずつ薄れていきそうだった。

 

 

『奴』はもう、ずっと、気の遠くなる程の昔から人類を『見守って』きていたらしい。

間違った方向に行く人類を止めてはやり直させて、と繰り返してきた。

本当は『奴』は間違っていないのかもしれない。いや……正しいと思える。

この世界に蔓延るコジマの毒、悲しみの連鎖。人は今日も明日も不本意に斃れていく。

極めつけは数億の人間を見捨てた人間の行為だろう。人間らしさを失った人間に生きる価値など無いことはよく分かっている。

今の人間は間違った進化をした。贖罪がもう出来ないとしても、どこに罪の所在があるのか分からない物だとしても、やり直すべきだ。

自滅の一途を辿る人類は自分のような力の権化を生んでしまったのだろう。

 

『奴』は正しい。もっと早く動いてくれれば自分はこんなに苦しまずに済んだ、と言いたいくらいだ。それなら何故自分は重たい身体を動かすのだろう。

 

(セレン……)

冷たい松葉杖に触れるこの左手をあの人はどれだけ握っていてくれたんだろう。時間の感覚はとっくにないが、とにかくずっと一緒にいてくれた。

 

(正義も悪も死ね。どいつもこいつも俺を苦しめるだけだ。俺が全部ぶっ壊してやる)

誰かを、何かを守ろうとするとき、それが全てになる。それを害するものが正しくても間違っていても、自分にとっては最悪の敵となる。

愛する者が傷つけば、自分も傷つくから。だから戦いは終わらない。人は戦い続ける。

 

誰か守りたい人がいたとしても、その人を安全なところに閉じ込めて、というのは守っているとは言えない。ただ生かしているだけだ。

 

『人間』を守りたいのなら、その人の着ている服を、食べている食事を、住む家を、笑顔を。守らなくてはならない。

この世界のどんなものもそれ一つで存在していないから。誰かを守りたいのなら、どこかに連れ去って閉じ込めるだけではダメなのだ。

守りたい人の周りの世界も守らないといけない。それは全てを破壊することよりもよっぽど弱い行為に見えるのに、ずっと難しいことだった。

 

誰もがそれを望んでいる。分け合うには足りな過ぎる。だから戦いは終わらない。人は戦い続ける。ガロアの出した『答』だった。ようやく父が死んだ理由が、その時の気持ちが分かった。

人間は善であるがゆえに戦う。人間らしさが人間を殺す。そして善と正義は違う。

戦いは終わらない、この世界は地獄。それでも大切な人がいるのなら、この世界で生きていく価値はある。

 

そんな事を忘れて殺し続けた自分には生きる価値などない。今更そんな事が分かっても、もう遅い。でもまだ生きているのならば。

 

「ゼロ……いま……いく……いくからな……」

自分はもう半分以上機械になってしまっているからなのか、それかイカれてしまっているのか。

ここがどこだか分からなかったがずっと頭の中で声がする。アレフ・ゼロが自分を呼ぶ声だ。

病衣を血に染め身体中から命そのものであるあらゆる液体を流しながら、ガロアは身体を引き摺って声のする方へと向かった。

 

 

やめちまえよ、こんなこと。

毎日思っていた。それでもやめなかった。

 

 

いつだって、楽な道はもっと辛い道だった。

 

 

 

 

 

「凄いわ……完全に精神が肉体を凌駕している」

ラインアークの住人全てに避難命令が出されている中で、彼だけは外でのんびりとしていた。

ぶつぶつと意味の分からない事を呟きながら限界としか言えない身体を引き摺っていくガロアをアブ・マーシュ、ただ一人が遠くから眺めていた。

 

「素敵……本当に……これから先全ての経験を引き換えにしても惜しく無いものを見たわ……あなたにはあたしの50年の価値がある」

一気にタバコを吸い上げ頭の上の如雨露に灰を入れながら笑う。

いったいこの世界にどれだけ、肉体の全てを、人生の全てを、苦痛の全てを引き換えにしてでも前に進める人間がいるだろうか。

鋼の肉体も神の領域のAMS適性も人外の眼も最早ガロアにはない。だがそんなものは全てが飾りだった。

ガロアの根幹、ガロア・A・ヴェデットという存在の核にあるその圧倒的な我こそがガロアの最強の証だった。

 

「ずっと愛しているわぁ……ガロア君……。うふっ……いってらっしゃい……」

生きて帰れるはずがない。ましてや勝つなんて夢のような話だ。あの歩みは死への歩みなのだ。放っておいてもガロアは近いうちに死ぬというのに、わざわざ死にに行くのだ。

だがその死への旅路は、あらゆる人間に待ち受ける死という運命へと向かう人生の縮図のようであり、アブがこの200年生きてきた中で出会った何よりも尊かった。

誰だって必ず死ぬというのならば、『命はいつ使う?』

ガロアはその答を今、命を使って、誰に見せるためでも無く、示そうとしていた。

 

肺から吹きだした煙は白い輪となり、空に浮かんだその輪を戦闘機が突っ切るように飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

空気があるのは幸運だったが、こんな場所で空気の存在する建築物を作れるほどの技術を持った相手というのは笑えない。

確かに海底都市らしきものはあり、そこにブレードで穴を空けて突入した途端、その穴は機械的に塞がれ通路に明かりが灯った。

 

「これは」

 

『……人が暮らせるようになっている……』

 

「……」

ジョシュアの言葉通り、今自分のいる場所は道路で、その脇には人の住居としか思えない物が建てられている。

窓から中を覗くとそこには何もなかったが。

 

「誘われているのか」

 

『そうとしか思えん』

明かりがついたと言っても自分達のいる道だけであり、明かりのついた道はずっと先へと続いている。

 

『待っている、と』

 

「何?」

 

『言われたんだ。この先にいるんだろう』

 

「……行くぞ」

いったいいつからこの場所は淡々と用意されていたのだろう。

ブーストに火をつけ車線に沿って行くとネクスト二機が乗ってもまだあり余る程のスペースがあるエレベーターを見つけた。

 

(この先に行って……俺は帰ってこられるのだろうか)

機体の名前はルブニール。戦う事しかなかった自分にもあった帰るべき場所へ帰るための誓いの名前。

だが、海底数千mから更に地下へ行くというのだ。まるで地獄へと続く道のよう。

 

『フィオナは……お前と会えてよかった』

 

「……」

 

『この世界はあまりにも大事な者を失いやすいから』

 

「……」

 

『強いお前でな』

 

「ああ」

ホワイトグリントと同時に一歩を踏みだすと当然のように自動的に動きだした。

地獄ではなくてもここは既に敵の腹の中なのだ。

 

どれだけ下ったかは不明だ。

時間を数えるのは忘れていたが、時速40kmは出ているエレベーターで時間を忘れるほど下ったということは冗談でもなんでもなく地の獄に辿りついてしまっていても不思議では無い。

 

「……」

止まった地点は行き止まりの真っ暗闇だったが、目の前に丸く穴が空いた。

行くしかないのだろう。ジョシュアも自分も黙りこみひたすらに進んでいくと光が見えた。もちろん地上の太陽などでは無い。

 

「!」

 

『ここは……?』

二機を迎えたのは円形の巨大な部屋だった。

中心の透明な柱の中には光が渦巻いており、壁にも光が走っている。

特に太い幾つもの青い光の線は中心の柱に向かい何かを送り続けているようにも見える。

間違いなく、重要な場所だ。ルブニールとホワイトグリントが同時に構えた時、二機が入ってきた穴が塞がり、代わりに対面の壁にACが一機入れるほどの穴が空いた。

 

「敵……?」

赤い角の生えた戦闘機のような物が轟音をあげながら入ってきた。

この威圧感。ただものである筈がない。長年の戦士としての直感が警告を鳴らしこめかみを不快な汗が流れた。

 

『待っていた』

その声と共に戦闘機は一瞬にして変形した。

異形の天使のようにも見えるその機体は、巨大な一対のブーストを翼のように肩から伸ばしており、火を噴きながら空中で静止している。

ブーストだけの物には見えない。あの翼は武器でもあるのだ。恐らくは既存のネクストの兵器を軽く上回る程の威力を持っているのだろう。

赤と黒のその機体には血の色のような角がヘッドに生えている。もしもあの少年が力を増長させ続けていたらこうなっていたのだろう、と今は関係のないことが思い浮かんだ。

左肩には9の数字が入ったエンブレムがあったがそれがどういう意味かは理解できなかった。

 

『ここを壊せ。そうすれば全てが終わる』

 

「……」

銃口を光の柱に向け、『主任』と呼ばれた男の声でそう言ってくるが、当然一発や二発で壊れるような代物では無いだろう。

 

『これからの戦い。全てが記録されている』

 

『お前たちの戦いが、最後の戦いがどうなるのかを』

 

『証明してみせろ。お前たちが……先へ行ける存在だという事を』

 

「……行くぞ!」

生きて帰れるのだろうか、という懸念。そして強固な意志で保っていた冷静な理性が強化人間としての闘争本能に焼かれていく。

努めてそうしないようにしてきた。だが今ここ、この瞬間に限ってはそれが正解のはずだと自分に言い聞かせて、ホワイトグリントと共にルブニールは敵機に飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

見ろ。やはり俺を呼んでいるんだ。戦いが?それともアレフ・ゼロが?どっちもなんだろうな。

あの馬鹿でかい扉の向こうに、ゼロがいる。俺を欲しがっている。全部やるよ。待っていろ。

 

 

 

 

 

セレンのすべきことは決まっていた。

付き添うことも、病室に会いに行くことも出来ない自分は部屋の中で一人爪を噛んで待つのが正解なのでは無い。

自分のすべきこと。

それは。

 

(ガロアを止めること)

全てのリンクスが出ている中でこの格納庫に人が入ってくるはずがない。

病衣のあちこちを血に染めて、顔から人体にとって重要な液体をいくつも垂れ流す片腕の大男はガロアに違いない。

どうしてもう動けるのか、動けたとしてどうやって病院を抜け出してここまで来たのか。

気になることは山ほどあるがそういう要素を全てすり抜けてきたからガロアは今日この日まで生き残ったのだ。

そう、生き残ったのだ。生き残ったのは決して死ぬ為では無いはずだ。例え今日世界が滅びるとしても。

 

生きていてほしいのだから。

 

撃墜されなかった巨大なミサイルが海上道路に刺さりラインアークが大きく揺れた。

 

 

 

 

「行かせない。それ以上近づけば脚を撃つ」

 

「……」

かろうじて、扉の前に誰かが立っているのがガロアには見えた。

手に持っているのは銃だろう。

 

「こうでもしないとお前は止まらない」

 

「……」

何を言っているのかもよく聞こえない。ノイズに紛れて人の声のようなものが聞こえるが最早判別不能だ。

だがその扉の奥にアレフ・ゼロが自分を待っているという事だけは分かる。

いや、違う。『だけ』ではない。もう一つ分かることがある。あれはセレンだ。自分を止めに来たのだ。これ以上怪我をさせないために、明日もこの世界で生きていてほしいから自分に銃を向けている。

 

「君は絶対に俺を撃てない。だから……俺は……ごほっ……ぐっ、ぇ……」

愛する者に銃を突き付けるだろう?

善と正義は違うだろう?

 

濃い緑色の液体を口から吐きだすガロアを見て、セレンはもう何を言っていいのか分からず銃の照準をずらしてしまった。

 

「世界は………セレン……」

 

「……」

 

「意外と悪く無かっただろ?」

 

「……、……」

 

「こんな世界でも、……君に友達が出来て、好きな食べ物が見つけられて……笑うことが出来た」

 

「いやだ!! 行かないでくれ!! お前を愛しているんだ!! 撃つ……撃つぞ!! 本当に撃つぞ!!」

意味がないことをセレンはうすうす気が付いていた。

脚を撃とうが腕を撃とうがガロアは身体を引きずってでもこの扉の向こうに行ってしまう。

どれだけ怪我を負わせても意味がない。死を覚悟しているから心臓が止まるまで戦うのをやめない。そんな男に脅しで銃を突き付けてもどれだけの効果があるというのか。

 

「だから――」

 

「君を殺そうとする全てを」

 

「……!」

とうとう自分の目の前まで来てしまったガロアは今にもぶっ倒れそうだ。ろれつも上手く回っていないしところどころ発音も怪しい。

もしかして、耳が聞こえていないんじゃないか。目の前まで来たせいで構えていた銃はガロアの心臓の真上に止まっている。ガロアを止めるにはこの心臓を撃ち抜くしかない。

 

「君を否定しようとする全てを」

 

「君の世界を壊そうとする全てを――!!」

 

ズドンッ、とひときわ大きな揺れと共に鼓膜を突き破る様な轟音が後ろから響く。

 

「!!」

思わず振り返ると扉が無理やり強烈な力で開かれようとしており、その隙間から紅い光が見えた。

アレフ・ゼロの眼光だった。何がどうして、世界はここまでガロアの戦いの意志を汲もうとするのか。

どうして自分の愛は受け入れられない?

 

「俺の命にかけて蹴散らす。セレンの生きるこの世界を死んでも守る」

 

「違う!! ガロア!! どうして……その『世界』に自分を入れられないんだ!?」

ゴォン、と音が響いて扉が完全に開いた。ブレードを地面に突き刺して扉を開いたアレフ・ゼロはのろのろと歩いてくるガロアに跪いてコアの入り口を開けた。

その姿は歓喜に満ちているようにも感じられる。機械なのに。いや、機械のくせに。ガロアはお前の主だとしても、お前の息子だとしても、これから死にに行こうとしているのに!

 

 

きっと心に突き刺さるであろう言葉を言っているのだろう、とガロアは思った。

何も聞こえてはいない。だがセレンが何を言っているのか、何を言いそうなのかはガロアには全て分かる。分かったうえでガロアは歩みを止めない。

ガロアの見たサーダナからの愛は犠牲だった。人を守ることは我が身を犠牲にすることだった。

それは本当によく分かる。愛した者が傷つくよりは、自分が痛む方がずっとマシだから。きっと、セレンも、他の誰もが。

 

 

「人は……人は死ぬ、かっ……必ず死ぬ。どうしてかな……」

 

「やめてっ、やめてくれ!」

 

「死にたいときに死ねる奴なんかほとんどいない……大抵訳の分からないうちに死んで、さよならを言う時間もないんだ……俺も……」

 

「いやだ……いや、聞きたくない……」

 

(…………セレン……)

ここまで来てやっとガロアの目に見えたセレンの顔には色がついていないが、絶望とも悲しみとも取れる表情をしていた。

そうだろうな。さよならなんて聞きたくないよな。俺も嫌だよ。言いたくない。聞きたくなかった。

 

言葉を手に入れて色々な事を口にしてきた。

それでもまだ言いたかったこと沢山あるよ。

俺の言いたかったこと、言葉が欲しかった理由。

 

 

 

言えなかった言葉も。

 

 

 

(さよならだっけ)

自分も……さよならを言う事すら出来なかった。

でもそんな事を言いたかったんじゃない。

その為に言葉が欲しかったんじゃない。

 

(俺は死んでいたんだ。生きたいとも思っていなかった)

殺しても生きてもなんとも思わなかった日々。命がいらなかったからだ。

 

もう既に走馬灯が見えている。この状態で戦場に行く?馬鹿を言うな。

 

ああ、それにしても。

自分は何が言いたかったんだろう?今まで……

あの時、あの時、あの時に言葉があったなら何を言っていたのだろう。

どうして言葉が欲しかったんだろう。

何を言っていないのだろう。

 

(まだ……まだ答が出ていないの? 何が足りないんだ?)

 

 

最後に見た父の背中がフラッシュバックする。あれは今の俺だ。

 

あれが最後なら、さようならじゃなくて俺は。

 

あの時何を言っていれば、俺は……

 

最後に俺は何を?

 

ガロアの頭の中で思い出が太陽のように輝き回転をはじめる。

映し出すのは最初の後悔だった。何も言えなかった自分の記憶。

 

父さんが拾ってくれたおかげで俺は生きてこれたよ。

父さんが育ててくれたおかげで何よりも大切な人に出会えたよ。

だから父さん――

 

「あっ……」

駆け抜けた走馬灯がほんの僅かなシンプルな言葉を頭に浮かべる。

あった。ずっと言いたかったのに話せるようになってから一度も口にしていなかった言葉が。

そのとき、ガロアの目から血涙を洗い流すように一粒の透明な雫が流れた。それは獣だったガロアの心に残っていたほんの一握りの人間性だった。

今まで見たどんな物よりも綺麗な雫をこぼして儚く笑ったガロアを見てセレンは対照的に悲壮な顔をした。これが最後だと、セレンも分かってしまった。

 

覚束ない脚を支える為の松葉杖を投げ捨て、ガロアは体重を預けるように温かいセレンの身体を抱きしめた。

そして、最後の言葉を口にする。

 

 

 

「大好きだ。俺をここまで連れてきてくれてありがとう」

 

 

何年も、ずっと前から伝えたかった。愛している、ありがとうと。

それを伝える前に誰も彼も自分のそばから消えてゆく。それが伝えられなくて、自分はこんなにも歪んでしまった。

 

 

 

 

 

 

魂全てを置いていくような抱擁と、耳元ではっきりと呟かれた言葉。

セレンは銃を取り落とし、その時初めて自分が憧れていた愛というものの本質を知った。

 

自分を見てほしい、自分の存在を受け入れてほしい。自分の願いを叶えてほしい。それこそが幸せというのが恋だった。恋から出る好きというのは自分勝手な物だ。

もう戦うな。怪我するな。無理するな。思えば全ては自分勝手な感情から来ていたのかもしれない。自分は幸せが欲しかったから。

ならば愛とは。

相手を受け入れること。相手の世界を認めること。相手の願いを笑って支えること。

そしてそれは恋とは違ってとてつもない痛みをも伴うことがある。

相手の世界も願いも、自分のそれとはまるで違う事も時にはあって、それすらも受け入れることなのだから。

ガロアはずっと自分を愛してくれていた。

 

「行っでぐる゙……」

本当に良く笑うようになった。顔から血を流して、何もかもを失おうとして、どうして笑っていられるのか。

 

「……行ってこい」

自分が受け入れたからだ。ガロアの心からの願いを、言葉を。

片方しか無い手が頭に乗せられるのをセレンは涙を流しながらも笑った。

きっと笑顔が欲しかったんだろう。自分もそうだった。

恋ではガロアを止められない。愛はガロアのこの先を受け入れる。

だから自分は笑おう。それでいい。きっとガロアの魂は救われるから。

 

差し出されたアレフ・ゼロの手に乗ったガロアはコアの中へと消えていき、勝手に発進シークエンスとなって二重扉が閉じたのを聞いたセレンは、地面に取り落とした銃を涙で濡らした。

 

 

 

暗いコアの中でゼロが呼びかけてくる。

さぁ、戦え。望みを叶えてやると。

 

(どうして言いたかったのかな)

たった一人でも自分の存在を認めて愛してくれる存在がいるのならば、その人物は決して救いようのない人物などでは無く、その世界に存在する価値がある。

父がそうだったように、自分がそうだったように。

 

愛からおこる全ての善悪の彼岸。

人はそんな存在を探す為に人生を費やし、その存在を守るために時に自分の命をも消滅させる。

生きる価値が自分にはあるという答を守るために死さえも享受するのだ。こんなに心地のよく残酷な矛盾は他にない。

 

(俺をこの世界にいさせてくれたから……)

ガロアが本当に欲しかったのは、復讐を成し遂げた果てにある自分が正しかったのだという確信ではなかった。

ただ自分を愛してくれる存在が欲しかった。

 

 

 

遠回りを繰り返してようやく、ずっとそばにあった答に辿り着いた。




ガロア君は喋れるようになっても一度も「ありがとう」と言ったことがありませんでした。

この物語のタイトルは Armored Core farbeyond Alephであり、farbeyond Aleph Zeroではないのです。

ガロア君はアレフを超えて再びアレフ・ゼロの元に戻ってきました。

次の話は是非ACVのラスボス戦の名BGM「Stain」を聴きながら読んでほしいです。
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