Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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things are rolling on.


Day After Day

気怠い疲れはまだ残っているが、それでも一度身についた習慣というのは消えない物で、ガロアは日が昇ってすぐに目を覚ました。

 

「……」

身体に寄り添う様な柔らかい感触は随分と懐かしい物だった。

隣を見ると一糸まとわぬ姿のセレンがぴったりとくっついて寝息を立てている。

その姿に少しどきりとしたが、同時に自分も服を着ていないことに気が付く。

服を着よう。そう思って立ち上がるために杖を探すとベッドのすぐそば、手が届く位置に立てかけてあった。

 

「あ……セレンが……」

あんなところに杖を置いた記憶はない。恐らくは夜半に目覚めたセレンが置いておいてくれたのだろう。

眠りの浅いセレンだが、隣でごそごそと動いても目を覚ます気配はない。その顔には疲労の色が濃い。

確かに相当疲れた事は否めないが、それだけではないだろう。それにしても股間がひりひりする。一度にあれだけ使えば体のどこの部位だって疲れるのだから当然と言えば当然だが。

 

「いよっ……しょ」

杖を片足代わりに歩く、と書けば簡単に見えるが相当にバランスをとらなくてはならない。

もちろん進む速度はかなり遅い。腰の曲がった老人にすら追い抜かれてしまうだろう。

 

トイレから出て服を着る。パンツ、ズボンと履いてから気が付く。先に眼帯の下のコットンを変えなければ。

一晩分の涙を吸ってもう使い物にならないはずだ。よいしょよいしょと牛のように必死に洗面台の前に行き何とか眼帯を外す。

 

「……くそ、難しいか」

片手でコットンを替えるのはコツがいる、というかかなり難しい。歯を使ってみっともなくやらなくてはならない。

 

(……醜悪だな)

光の中で改めて鏡に映る自分の顔は酷い物だった。そういうバランスで人の関係というのはできているものじゃない。

それは知っているがそれでもこんな醜い男ではセレンのような美しい人とは客観的に見て釣り合わない。

綺麗な朝日が昇るのと対照的に暗い気持ちで眼帯にコットンをつけようとしていると、いきなり腕が伸びてきてコットンが取り上げられた。

 

「いい。私がやるから」

いつの間に起きたのか、昨日の夜、全てを見せ合ったというのにわざわざブランケットで身体を隠したセレンがここまで来ていた。

夜の顔とは別ということなのだろうか。結局自分には女の深さがわからない。

自分でもわかっているのだろうとは思うが、セレンほど単純な女性はなかなかいないというのに。

女心なんてものが全く分からない自分はきっと最後までセレンに苦労をかけるだろう。

 

「……おはよう」

 

「ああ。……おはよう、ガロア」

そっと眼帯を付けてくるセレンの首や肌にはいくつもの赤い跡があり、目は腫れている。

あれだけ泣いたのだから腫れていなければおかしいが。

 

「目が腫れている」

 

「お前もな」

だがそれだけではないだろう。

血の出ていない自分ですら使い過ぎて少しひりひりしているのに、セレンが無事なわけがない。

身体のどこかに不調とか起きていたりしないのだろうか。

 

「ありがとう。身体、大丈夫か、セレン」

眼帯を付けられて礼を言うと軽く唇に口を重ねられる。

おはようのキスだなんて、本当に自分とこの人はそういう関係になったんだなと再認識した。

 

「昨日……しているときはそうでもなかったけど……お腹のここらへんがじぃんと痛い」

セレンが下腹のあたりをさするとブランケットが身体に張りつき胸の形がはっきりと分かった。

昨日あの身体を思う存分味わったという事が未だに現実感がない。

 

「大丈夫……なのか?」

 

「うん、幸せだ」

 

「……? え?」

疑問をぶつける前に、背を向けて部屋に戻っていくセレンの尻が見えて目を逸らしてしまい、結局何も聞けなかった。

 

 

 

 

「……あっち向いてろ」

ベッドに座り、着替えているセレンをぼーっと見ていたら軽く頬を張られた。怒っているという感じでは無く少し笑っていたが。

昨日全部見せ合ったのに、と同じことを考えるが確かにじゃあ二人でいるときはずっと裸でいるのかと言われればそれは違うだろう。

 

(これはこれで悪くないや)

眼帯がずれないように気を付けながらシャツを着ていく。着せてやろうか、と言われたがそこまで世話になりたくない。

世話を焼くのは嬉しい物だ。それは分かっていてもそんな頭のてっぺんから足の先まで甘えていられない。

そう考えながらもたもたとシャツに腕を入れて頭を突っ込んでいると、いきなりシャツが下から引っ張られすっぽりと着せられた。

何をするんだ、と言う前にセレンが飛び込んできてそれから少し遅れて芳しい香りがぶつかってくる。

 

「もう少ししたら飯に行こう」

遠慮も無くきつく抱きしめながら言ってくる言葉の裏には、だから今はこうしていたいという響きがある。

睡眠にしろ食事にしろセレンの方が欲求に素直で自分はへそ曲がりなのだ。本当は自分も朝、目が覚めた時点でこうしたかった。

 

(変わったんだな……)

自分もセレンも、二人の関係も出会ってから相当に変化した。

変わっていないのはずっと一緒にいるということ。

そしてうぬぼれだと笑えないくらい本当に、自分という存在がセレンにとっての全てなのだという事だろう。

自分がいなくなったらどうするの?

そういつか問わなければならないが言いたくない。

ああ、自分は本当に変わった。昔の自分は死も含めて怖い物など何一つなかった。どこで何が壊れて自分が何を殺そうがどうでもよかった。

今は失うことも死ぬことも怖い。こんな殺人鬼ではなくまともな自分で出会いたかった。……アナトリアの傭兵も同じことを考えて生きているのだろうか。

プライドにかけて、絶対に聞くことはないだろうが、相手の記憶を消すことが出来るのなら是非とも訊ねてみたい。

 

「行こうか。腹減ったろ。昨日は……ほら、夜、食べなかったし」

 

「……ああ」

と言った瞬間にドンッ、と音が入り口から聞こえた。

 

一体なんなんだ?と冷静に思っている暇も無かった。

あの変態、アブ・マーシュがライオンが獲物に飛びかかる様な超攻撃的前傾姿勢でガロアに突撃してきていたのだ。

 

鍵かけていたのに。

 

そう思った時にはもう遅かった。

 

「あああああーっっ!!」

 

叫ぶセレンを無視し、ガロアをがっしりとホールドしたアブは、ズキュゥゥゥン!!(絶望)という効果音が出そうな程見事なキスをガロアにしていた。

 

魂を口から引きずり出されるようなキスを受けてガロアは天国に……いや、地獄に落ちるように気絶した。

 

 

「ガロアァアーッッ!!」

この変態をぶっ飛ばすのが先か、ガロアを手当てするのが先か、あるいはここからガロアを連れて逃げるのが先か。

考えている間にセレンは行動が一手遅れていた。

 

「あなたにもしてあ・げ・る」

 

「うわぁあああああ!!」

ぶっ倒れたガロアから離れたアブはセレンにも唇を突きだし迫ってきた。

この男とキスをするくらいなら死んだ方がマシだと本気で思う。

 

「いやだあああああああ」

 

「減るものじゃあないんだからいいじゃないのぅ」

こちらに圧し掛かろうとしてくるアブをなんとか止めるが徐々に押されていく。強姦される女性の恐怖という物が初めてわかった気がした。

それにしてもこの変態、なんという力だ。

 

「それにもう初めてじゃないんでしょう? んふ」

 

「へあっ!? あああそういう問題じゃないいぃい」

なんで知っているんだこの野郎、と叫ぶ余裕もない。

いきなり手詰まりか。拳銃は持っていない、手足は完璧に抑えられている。

ガロア以外に身体を許す気は無いと、そう思っていたのに。

 

「あら^~……じゃあガロア君に相手してもらうわ、むほほ」

ぱっとセレンから手を離したアブはスク水の股間についたチャックをカチャカチャと外しながら振り返ろうとしている。

自分の身体もダメだがガロアの身体はもっとダメだ。そんなことは断じて許せない。

 

「や、や、や、やめろおぉおお!!」

 

「あら」

 

「あ」

拳を握りしめてぶん殴ろうとしてようやく気が付いた。

ガロアがいなくなっていた。杖も無くなっている。

 

(よ、よかった……)

素晴らしい逃げ足だ。足一本失くしてこれは凄い。

自分もここから脱出して後で合流しなければ。

 

「ちっ。逃がしたか」

 

「!?」

やっぱりダメだ。この男は今ここで仕留める……最低でも股間を潰しておかないとガロアの貞操が危ない。

と、サイドテーブルの拳銃に手を伸ばした時。

 

「よっこ……いしょっと。あらあら……もう」

 

「何を……しているんだ?」

さっきからこの変態が何をしたいのかさっぱり分からない。

動作を停止していたウォーキートーキーを米俵でも担ぐように持ち上げている。

 

「ついていらっしゃいよ」

 

「は?」

 

「知りたいでしょう?」

 

「ちょっと……何を言っているのか分からないのだが」

 

「あら。ガロア君からなんにも聞いていないの? 本当に……あなたが生きていればどうでもよかったのね……」

 

「……?」

 

よっこらせ、とウォーキートーキーを担いで出て行こうとするアブは先ほどの意味不明の態度から一転、神妙な顔をしておりそれがますます意味が分からない。

だがウォーキートーキーを持っていこうとしている以上、はいどうぞと行かせるわけにもいかず、結局ついていくことになった。

 

こんな時期でも暑いラインアークを暫く歩いてようやく目的地らしき場所に辿りついた。

それなりの広さの工房といった感じの場所で機械のパーツらしきものや何が何やら分からない物まで乱雑に置いてあり、如何にもアーキテクトの工房と言った感じだ。

世界最高峰のアーキテクトの住処だと考えるとこんまい気もするが案外そんなものなのかもしれない。

 

「ふぅ。疲れたわ」

 

(汗をかいていないじゃないか……)

50kgもあるウォーキートーキーを担いでクソ暑いラインアークでしばらく歩いたというのに、疲れたというのは言葉だけで全くそんな様子はない。

部屋の中には尻を強調したいかがわしい男のポスターが貼ってある以外はやはり技術屋の部屋といった感じだ。

狭いのはラインアークの経済状況のせいなのか、この男の嗜好のせいなのかは分からない。

 

「座りなさい」

 

「はぁ」

ころころとこちらまで転がされた椅子に座る。

何か変なことされるのでは……とは思わなかった。ずっと真剣な顔をしているからだ。といってもその顔は白塗りで表情を深く読むことは出来ないが。

 

「これ、何か分かる?」

 

「リムーバルメディアか?それがなんなんだ」

さらっ、と股間からそれを出したのをツッコむ気にもなれなかった。

机の上に人間の腕と脚のような機械がおいてあるほうが気になった。新しいネクストの模型だったりするのだろうか。

 

「ガロア君が最後の戦いで持ち帰った物よ。数世代前の言語で書かれているからね。ここではあたししか読めないから時間かかっちゃった」

 

「ガロアが? ここでは?? ちょっと……意味が……」

 

「あたしたちは、ずーっと貴方達を見ていたわ」

 

「……?」

もっとこう、なんていうか、この男は人に理解してもらおうという考えがないのだろうか。

だが文句を言おうにもどこから言っていいのかもよくわからない。

結局アブがウォーキートーキーの背部を開いてガチャガチャといじり出すのを見ているしかなかった。

 

「そう、ずっとよ」

ウォーキートーキーから取り出したコードをコンピューターに接続すると数秒のローディングを経て日付の書かれたフォルダが浮かぶ。

なんだかすごく嫌な予感がした。

 

「ずっと、ね」

にたぁ、と気持ちの悪い笑顔をしたアブは昨日の日付のフォルダと中身のファイルを開いた。

果たして嫌な予感は当たっていた。

そこには昨日の夜ベッドの上でガロアと濃密に混じり合っている自分の映像が映っていたのだ。

 

「なぁ――なっんあなっ、やめろ!!」

記憶が蘇って顔が熱くなるが、傍から見るとなんて恥ずかしい!!

 

「もうここに来る前に保存しちゃってるからウォーキートーキーを壊しても意味ないわよ」

 

「けけっ消せ! 消せ!! この!……? ずっ…と?」

慌ててマウスをいじり全てを閉じてからようやくおかしな点に気が付く。

ここに来る前に、とこの男は言った。そんなはずはない。ずっとウォーキートーキーは部屋にいたのだから。

大体なんでこのポンコツは壊れて電源が落ちていても録画なんて出来ていたのだろう。

ずっとと言った。ずっとだと?

 

「この子は……例え壊れても、電源が切れてもその一番重要な任務である記録と送信はやめない」

 

(なんだと?)

家政婦じゃないのか? ずっとだって? 任務だって?

 

いつから? どうして?

 

「生には死を。罪には罰を。力には代償を。……いい言葉ね。ガロア君らしいわ。でもあたしはそこにもう一つの言葉を付け加えるわ」

呆然としているとまたアブがコンピューターを操作しだす。

全ての画像ファイルが開かれそこには幼子だったガロアから今現在のガロアまで全てが映っていた。

 

「勇者には永遠の誉れを」

 

「お前は……一体……なんなんだ?」

 

「うふふ。ずっとガロア君を見ていたわ。ちなみにお気に入りの写真はこれ」

頭の如雨露から取り出したその写真に写っているガロアは5歳や6歳といったところだろうか。

両方の鼻から水を垂らしながら満面の笑みでストーブに当たっており、後ろで霞が優しい笑顔で見ていた。

今となっては欠片も無い無邪気さが身体中から振り撒かれており、セレンは一瞬全てを忘れて言葉を叫んでいた。

 

「ファー!! 可愛い! じゃなくてお前、それ寄越せ、じゃなくて消せよ! 変態!」

言葉と行動は最早支離滅裂で、セレンはその写真をひったくっていた。

そして何かを言われる前に皺を伸ばしてポケットにしまっていた。この間僅か3秒。

 

「ウォーキートーキーに指示を送って勉強を教えたりとかもしていたわ。もう覚えが早いものだから可愛くて可愛くて」

 

「だったらもっとこう……性教育とかもしろよ!! あいつ恥の概念すらガタガタだったんだぞ!!」

違う、聞くべきところはそうじゃないだろう大馬鹿、と言った後に気が付き頭を掻きむしる。

 

「女の子もいないのに?」

 

「むっ」

確かにそうだ。あの環境で性教育なんてしたところで馬の耳に念仏、犬に論語レベルだ。

 

「それにいやぁよ」

 

「むむっ」

なんて奴だ。勝手にガロアの私生活を見ておきながらこの態度。許せん。

 

「あれぐらいの年頃の男の子が性に目覚めるのが見たいじゃない」

 

「むむむっ」

ふざけるな変態め、と思う反面分かってしまう自分もぶん殴りたかった。

 

「でもね」

 

「?」

 

「性に目覚める前に暴力に目覚めちゃった」

 

(あれが……)

かつてウォーキートーキーに見せられた、山のような巨体の獲物を引きずり血まみれで笑いながら魔物になっていたガロアの写真を思いだす。

それにしてもこの男は一体なんなんだろうか。

 

「……あの子は最初から最後まで、金にも名誉にも全く興味を示さなかった。ただ、自分を愛してくれた人への愛だけが彼を動かしていた。人間の一番綺麗なところよ。だからあの子が好きなの」

 

(ガロア……)

この男が何なのかはまだよく分からないがその言葉だけは全面的に同意だ。

だからこそ、自分はガロアの目的が分かった後でも力を持っていいと思ったのだから。

 

「教えてあげる。あたしはあなた達が最後に戦ったあの『敵』によって作り出された」

 

「は?」

あの結局人間だかどうだかも分からなかったアレから?

だが何故かセレンはすぐに納得してしまった。

この男もどうやったって普通の人間には見えない。

 

「あの『敵』の目的は人類の救済。それは分かっているのでしょう?」

 

「あ、ああ」

 

「あたしの仕事は報告と情報の改竄。不利な情報はすぐに書き換え、何かあれば報告を続けていた。何年も、何十年も」

 

「お、おま……敵……? だったのか…? というかいくつなんだお前」

敵にしてはなんだか行動が一貫していない。

結局教えてくれているようで何も分かりやしない。

 

「ざっと……あなたの十倍かしらね」

 

「おまっ、二百、二百歳!?」

医療技術の発達により、最高で196歳まで生きた女性は記録として残っているが唐突に言われても信じられない。

だが今までの全てを振り返るとこの男がそれだけ生きてきたのならば辻褄も合う。

 

「ダメよレディの年齢にそんな目くじら立てちゃ」

 

(私はなんなんだ)

 

「あなたたちの『敵』……『管理者』に対しあたし達は監視者と呼ばれているわ」

 

「基本的に私たちは何をしててもいい。情報寄越せと言われたら寄越す。何か異常があったら報告する。それだけが任務ね。世界中にあたしのように作り出された存在がいるわ」

 

「作り出されたって……親、親とかいないのか」

この飄々としている変態男にも自分のような悩みに苛まれていた時期があったのだろうか。

それともそのせいで壊れてこうなったのだろうか。

 

「過去の偉人から作り出されたのよ。そうねぇ……」

何やってんだ、と思うのももう疲れてしまった。

布巾で顔の白塗りをごしごしと落としたアブは意外にもその辺に結構いそうな顔つきでありながらどこかで見たような顔だった。

 

(……? なんか見た事ある顔だ……)

 

「これでどう?」

ぼさぼさの白髪のカツラを被ったアブはそう言って目を見開いておどけたように舌を出してみせた。

その顔はこの世界で生きて少しでも教育を受けた者なら誰でも知っている大科学者のものであった。

 

「お前……! アイン」

 

「さらに遺伝子組み換えにより、あらゆる病気に強く長生きするように作られている。ベースはその人だけど」

 

「デザインドヒューマンか!」

ただのクローンや作られた人間では無い。

倫理と技術に縛られた人間の夢の果ての一つ、人工的に作られた天才が目の前にいたのだ。

 

「そ。100%完璧な入り込む隙のないデザインドヒューマン」

 

(完璧な人間なのにおかまのゲイなのか……)

 

「ちなみにジョニーはオランダの著名な画家だった人物よ。作品は30点くらいしかないけどね」

 

(ジョニー……あれか?)

もう随分と前の記憶のような気がする、カミソリジョニーという男。

そういえばあの男もこいつと負けず劣らずのぶっ飛んだ男だった。

デザインドヒューマンはどうしてもこうなってしまうのか?

 

「でもね、やっぱり人間だから今までも裏切る子は何人もいたし、あたしもそう」

 

「なに?」

 

「ガロア君が死んだと報告していたのよ。それが決め手となった」

 

「なんで……?」

それがどうして決め手になったのかも気になるが、どうして裏切ったのかが気になる。

 

「あたし達はお金じゃ動かない。それは分かるでしょう? 稼ごうと思えばいくらでも稼げるし、必要なら『管理者』に報告すればいくらでも手に入るから」

 

「あ、ああ。じゃあなんで?」

 

「もういいの。十分生きたわ……いや、生きすぎたのね」

 

「みんな先にいなくなるわ。朝まで語り合った友も。愛した女も」

 

(存外まともな神経しているじゃないか)

そう言おうと思ったがやめたのは、それがガロアにいきなり襲い掛かりキスをかました理由にはならないからだろう。

 

「だから、愛ね。愛の為に動くわ、あたし達は」

ぶっ、と噴き出した。他の誰かが言えば綺麗な言葉なんだろうがこの男が言えばもうそれは気色悪いとしか言えない。

というか結局それなのか。

 

「変態!! ガロアに近づくな!!」

 

「あら~……ほんとうにぃ? いいのぉ?」

 

「な、なんだよ……」

 

「予言しておくわぁ。あなたはここに進んでガロア君を連れてくる」

 

「ない」

絶対に有り得ない、と断言できる。

例えアナトリアの傭兵の前に引っぱっていくことがあってもこの男の前には絶対に連れてこない。

あんなことをした後でよく言える物だ。

 

「どうして見限ったと思う? 今の人類を」

ようやく核心に迫る話を始めた。しかし、言われてみればなんだろう。

戦争が終わった後に聞いた海底都市の話や、その目的を考えるにやはり今の人類が愚かだったから保護してやり直させようとしたのだろう。

 

「そりゃあやっぱり……宇宙に行った奴らが地球に残った人間を見捨てたから? とかか?」

 

「違うわ。国家解体戦争の時点でもう決定していた」

 

「えぇ?」

そんな前から?と思ったが確かに、歴史を振り返ればたった二十数年の間でここまで地球の環境が滅びに近づいたことなどかつてなかっただろう。

そう考えると正しいような気もするが。

 

「ねぇ。ガロア君との間に子供が欲しいんでしょう」

 

「!!」

一気に顔が真っ赤になった。ふざけるな、何てことを、と頭にぐるぐると言葉が浮かぶがそのどれもが声となって出て行かない。

それを否定することは例えこの場だけだとしてもしたくなかった。

 

「せめて死ぬ前に子供が欲しいとでも思った? 若いんだからそんなに焦っちゃダメよ」

それはいずれ別の男が見つかるのだから生き急ぐなという意味だろうか。一人でこんな世界で子供と生きていくのは大変だからと。

ああ、それは正論だろう。誰もがそんな風に分かったような正論をぶつけてくるのだろう。

 

「ふざけるな」

そうだ。それこそふざけるなだ。耳触りのいい正論で自分とガロアの間に割りこまないでほしい。

今日の夜だってそのつもりだ。やっぱり何度考えてもどうしたってどうなったってこの世界でガロアと何かで繋がって生きていきたい。

 

「欲しいの?」

 

「……」

 

「それでも欲しいの?」

 

「うるさい! うるさい!! 欲しい! 欲しいよ!! 私はガロア以外の誰の物にもなりたくない!! 例えガロアがいなくなってもずっとガロアの家族でいたい!! ガロアの子供を生む!! 絶対に!!」

ずっとガロアの物でいたい。二人だけの世界を大切に思って死ぬまで生きたい。だけど一人で生きるなんてきっと耐えられない。他の男を見つけるなんて考えたくない。

馬鹿にしたけりゃするがいいさ。正論を好きなだけ言えばいい。女で良かったと思っているといつか言ったことを、今でも思っている。

自分はガロアが生きた証を何よりもはっきりとこの世界に残せる存在なのだから。一筋に自分の事を選んでくれたことを何よりも嬉しく誇りに思っている。その為の生物としての義務を果たしたい。

 

「私はっ、ガロアの子を生む」

客観的に見れば――鋼の肉体、最高の頭脳、強靭な精神、そして飛び切りの野生と――ガロアは雄として最上級の遺伝子を持っているのだろう。

人と関わり始めたガロアがいきなりモテはじめたのもそういう本能からして雌を惹きつけるどうしようもない部分があったのかもしれない。

だがそんなことはどうでもよかった。自分はガロアを愛している。それ以外の理由など無粋な嘘っぱちだ。

 

「……焦るのはよくない、けど。好きよ、あなたたち。美しいと思う」

 

「……なんだよ?」

 

「そうね……あなたの愛しいガロア君とあなたの家が帰ったら燃えていた! どうする?」

 

「なんなんだよもう!! 帰る!!」

怒り、悲しみ、慈しみ、愛……あらゆる感情が沸点に達した。

帰って今すぐにでもガロアに抱かれたかった。残された時間を思えばなんて無駄な時間だっただろう。

だが、そうは問屋が卸さないとばかりにアブは信じがたい力でセレンの腕を掴んでいた。

 

「答えなさい」

 

「水をかけて消すに決まってんだろう!! 大馬鹿かお前は!!」

 

「そうね。じゃあ、あなたの家がコジマに汚染されていたら? どうするの?」

 

「……!」

運び出して逃げる。それぐらいしか思いつかなかった。

言いたいことが分かってきた気がする。見限られた理由とはもしかして。

 

「そういうこと。対応策を作らないまま兵器に運用したから……どうすればコジマの毒は抑えられるのか、どうすればコジマは消えるのか。知らないままばら撒き続けた。目先の利益を追って。バカみたい」

 

(……)

確かにそれは愚かしいとしか言えない行動だろう。

目先の利益最優先で地球を汚染し続け居住地区までコジマの毒は及び、尻に火がつくように空に逃げたかと思えばそこにはアサルトセルがあって。

俯瞰してみれば人類全体バカみたいだとしか言いようがない。

 

「さっきの話、ガロア君にだけ執着するなってことじゃないわ」

 

「なんだよ……何が言いたいんだよ、もう……」

 

「倫理も法律も金もない場所で、彼の心にあったのは愛だけだったから」

 

(知っているよ……)

本人もそれでどうしようもなくなって泣いてしまうくらいにはそれに振りまわされる人生だったのだから。

途中で止まってくれとどれだけ願っても止まらないくらいに重たい愛がガロアの心にはあった。

 

「人間が目指すべき場所……損得だけで生きない人生、彼はそれを知っていた。さっき、あたし達はお金じゃ動かないって言ったでしょ」

 

「……それで?」

 

「じゃあ愛……愛を測ることをは出来るかしら」

 

(……ただ……大きいとしか…………)

自分も、ガロアも。それ以上のことは言えない。

 

「多分完全に計ることは不可能だけど、近づくことならできる。その人が愛する者にどれだけの物を差し出せるか、でね。人は自分の物を手放すのをいやがるもの。特にそれが自分の幸福につながっているものなら当たり前だけど、尚更ね。欲しい物の為にお金を払うのと同じだと思っているわ。何事にも対価は必要なのね」

そう言ってアブはガチャガチャと工具を取り出して机の上に置いてあった機械の手足を弄り出した。

説教をしたいのか、それともそれをいじりたいのかどっちかはっきりしてくれ。

どっちが大切なんだ。

 

「人はこれ以外は何もいらないというものに出会えるかしら? 人は本当に欲しいものに全てを差し出せるかしら?」

 

「私は出来る」

答えてから自分でも驚いていた。

考える間もなくそんなことを恥ずかし気も無く答えるなんて。

 

「いいことだわぁ……あたしは、二百年も生きてまだ見つけていない。あなたたちは出会ったのね。全てを差し出せるほど大切な物が」

 

「……寂しくないのか」

 

「そうねぇ……何とも言えないわ。……君の為なら死ねる、とかそんな言葉が普段陳腐に聞こえて笑っちゃうのはなんでだと思う?」

 

「そんなこと、」

ああ、そんな言葉今までに両手の指じゃ足りない程その日出会っただけの男に言われてきたよ。

くだらない。

 

「そんなこと、あるわけないと思うからよ。あり得ないことだから笑うの。でも、ガロア君に言われたら笑えないでしょう?」

 

「…………ぅ……」

そう心から言ってくれるであろう男は、なんということだろう、自分がこの世界で最もそうして欲しくない人間だったなんて。

悲劇もいいところだ。この男はふざけているようで核心を突く言葉を言う。

 

「彼は何を差し出した? およそ普通の人では一つたりとも手放せないものをすべて手放したわ」

 

「およそ人が望める幸福を全て満喫することの出来る……金、地位、名誉、過去、現在、未来、身体、……命。そして自身の最大の幸福であるあなた自身でさえも」

 

「……」

ズキンズキンと心が悲鳴を上げる。そういう男だから愛する価値があったと思えるのに、そうしてほしくないんだ。

なんて馬鹿げた矛盾だ。

 

「全てがあなたを愛するが故に……あなたさえも手放そうとした。あなたの幸福を一心に願うが故に!! あなたが欲しくて、じゃなくてあなたの幸福が欲しくてなのよ。これって言葉にしてみれば少ないけどとんでもない違いよ」

 

(分かっているよ……もうやめてくれ……)

最後の最後のところでガロアと自分が違ったのはそこだろう。

もちろんガロアには幸せになってほしかったが、自分も幸せになりたかった。

例えば自分より全てが優れていてガロアを大事にしてくれる女が現れたとして、自分は絶対にすんなりと身を引くことは出来ないだろう。

ガロアはそれをしようとしていた。一人で何もかもを負って死のうとしたのだ。

 

「あんなに賢くて才能に溢れた子だったのに。彼にはささやかな夢しかなかった。このままこの森でずっと暮らせれば幸せだって、それだけだったのよ。そしてそれは消えてなくなって……彼は幸せを諦めることを知った」

 

「……」

気が付けばアブの言葉を聞いて泣いていた。こんなふざけた格好をした変態に泣かされるなんて。

幸せを願うことが通じないのが当たり前になり、子供が子供らしく生きられなくなって戦って戦って。その先で。

 

(私を愛してくれたの?)

だったらもっとわがままを言えばよかったじゃないか、そう思ってもこの男の言う通り。ガロアの幸せは幼いときに消滅してそれが当たり前になった。

あんなにボロボロになって死ぬことになっても救われている、満足だって、なんで言えたのか。今は分かる。分かるがあんまりだ。

 

「二百年生きたあたしからすると……この世にかっこいい男なんて探せば腐る程いるけど、ガロア君は絶対に離しちゃだめよ。ようやく自分の欲に素直になったのだから」

 

(でも、もう……)

そんなこと言われなくても。

 

「二度とないと思いなさい。そんなことも、そんな人間との出会いも。少なくとも私の人生でそんな人間には出会えなかったわ。そんな人間だからこそ、彼は怪物だったし、勇者だった」

言われなくても知っている。

 

(もう……長くないんだって……)

どうしろというんだ、この逃げ場のない問答で。

 

ぼろぼろと泣くセレンを横目にアブは非情なのか、さして興味が無いのかひたすら機械の手足をいじっていた。

 

 

 

 

 

もうそろそろ戻ろうかな。

ガロアはそう思うたびに先ほどの悪魔のキスの感触に怯えて動けずに、砂浜の上で呆然としていた。

 

(どうしよう……)

まさか今でもあの変態と同じ部屋にいるのだろうか。

助けに行きたいが、今の自分では足手まといだというのも分かる。

 

(それに……)

考えるだけでも気が遠のくが、あの男は女には興味が無い……ように見えた。

 

だが……力がないというのがこんなにもどかしいなんて。長い事忘れていた。

海を眺めてぼんやりしていたガロアは、その男が隣に立って視界に入ってから初めてその存在に気が付いた。

 

 

「皮肉なことだ。お前によって窮地に追い込まれたラインアークは……お前によって救われたんだ。ありがとう」

相も変わらず何を思っているのか分からない顔でタバコを吸っているマグナスがそこにいた。

足音も聞こえなければタバコの臭いも分からなかった。自分はもう本当に弱い存在になってしまった。

 

「寝言を、言ってんなよ」

アブの近くには行きたくないがこの男のそばにいて話すのも嫌だ。

杖をついてガロアはゆっくりと立ち上がった。だが。

 

「ぐあっ」

砂地にうまく杖をつくことが出来ずにみっともなくこけてしまった。

 

「くそっ、くそっ」

飛んでいった杖の元まで這いずりながら進む。

片目しかなく視力も落ちているのですぐ先に落ちた松葉杖を掴むことすら難しい。

片腕片足では四つん這いになることも出来ずに這いつくばりながら松葉杖に手を伸ばし、距離感を間違えて弱々しく空を掴んでいる。

 

最強のリンクスであり、格闘技ですら誰も寄せ付けなかった男が何もない砂場で転んで立ち上がることすら難儀している。もはや子供でも縊り殺せそうな程だった。

欲していた力の全てを、健康な肉体を、これから先に生きたであろう人生を捨てて手に入れたものは何なのだろう。

 

そのあんまりにあんまりな光景を何故かマグナスは笑って見ていた。

 

 

「大丈夫か」

タバコを口に咥えたままガロアに手を貸そうとしたマグナスだが、ガロアはその手を思い切り払いのけた。

 

「触んじゃねえ!……テメェなんか嫌いだ……テメェに同情されることが!! テメェに力を貸されることが!! テメェに見下ろされることが!! どれだけの屈辱か分かるか!!?」

 

「……」

 

「テメェが……最低の薄汚い盗人で人殺しで強姦魔で大嘘付きなら……それだけで俺は救われたのに」

言いながら、ガロアはその言葉は既にマグナスを扱き下ろしてなどいない事に気が付いていた。

 

「お前に!! お前に!! お前に!! 命を救われただと!? クソ野郎!!」

 

「……恩を売るつもりでは無かった」

 

「うるせぇ、くたばっちまえ」

その言葉を言ったガロアは、どうしてかすぐに後悔した。

 

(俺が生きない未来を)

 

(家族と共にこいつは生きていく)

 

(俺の家族を奪ったこいつが)

 

(…………俺はお前のように生きてみたかったんだ)

認めたくないその願望がまた心に浮かびあがる。

それを認めたところでもう何もかも遅い。

 

「くそっ!!」

ジュッ、と耳触りの悪い音が響く。

ガロアがマグナスのタバコを握り潰して火を消した音だった。

 

「タバコやめろ、子供がいるんだから」

自分がその子供を生かしたのだろう、この命に賭けて。

そんなつもりじゃなかったのに、だから『ありがとう』なのだろう。

あの子供は希望だ。未来を生きる希望そのものだ。どうか、生きてほしい。自分のようにはならずに。

 

(俺の絶望が希望になるだなんて)

この男を殺さなかったのは間違っていないと思っている。

それでも悔しかった。自分だってセレンと幸せに生きて、家庭を築いて、一緒に。

そんな未来が欲しかった。自分のしたことの結果が積み重なった今だと知っていても。

 

「ガ」

 

「俺の!! 名前を!!! 呼ぶな!!!!」

遠い耳では自分がどれだけ大声を出しているのかも分からなかったが、とにかくはち切れんばかりの声を出した。

 

「父がくれた俺の名は!! お前が呼ぶための物じゃない!!」

立ち上がり、自分より遥かに小さいマグナスの胸倉を掴んで言葉を捻り出す。

なんだその冷静な目は、何を見ていやがる、と更にガロアの感情が揺れる。

 

「俺の名を子に言うな。俺の存在を子に伝えるな。お前だけが抱えていろ」

 

「俺がお前を打ち負かした! 俺はお前より強かった!! 俺はお前を殺せた!! 違うか!?」

 

「その通りだ」

マグナスはあっさりと認めてしまった。

 

「!……」

あれだけの強さがあってもそれはこの男の誇りでは無いのだ。

自分にとってはそれが全てで、その為に人生を費やしてきたのに。

とんだ勘違いをしていた。そこは土俵では無かったのだ。

 

「……お前の勝ちだ……」

この男に勝ちたかったら、自分は幸せになるべきだった。もう、遅い。

 

「……」

だが負けを認めた言葉を言ってもマグナスは特になんとも思っていなさそうだった。

ああ、そうだろうよ。家に帰って愛しい妻と愛すべき子がいるものな。それだけで十分だからな。

 

「救われろ。お前は憎まれているという事実に」

 

「……」

 

「せいぜい…………子供を大事にしろ。ぽっと死なねえよう……子供を置き去りにしないよう……長生きしろ、クソ野郎」

これぐらいしか言えなかった。負け犬の遠吠えにすらなっていない。

あそこで俺の代わりにお前が身体中イカれちまえばよかったんだ。

そうやって言えばよかったのに、この腕で抱いたあの赤子を思うと傷ついたのが自分で良かったとすら思ってしまうのがひたすら嫌だった。

とにかくもう、この場所にはいたくない。踵を返してカタツムリのようにゆっくりと砂浜から出て行く。

 

「……」

 

「なにぼけっと見てやがる!!」

海でも眺めていればいいものを、ボロボロの敗者の背中を見ているマグナスにまた憎まれ口を叩く。

 

「……お互い……男冥利に尽きるな」

 

「あぁ?」

何笑ってんだ。

そう思ったが何故か、初めて見たマグナスのその笑顔は自分の為に笑ってくれているような気がした。

 

ガロアの中には暗く深い絶望がずっとある。

救われたと思ったのは一瞬で、より一層深い闇に落ちてしまった。

セレンの前ではそんな顔をしたくない。一つでも笑っていられる希望が欲しい。

 

「子供の……名を、俺に教えられるか」

そう考えた時、どうしてそれを聞いたのかガロアには分からなかった。

だがきっと、その名前をガロアは死ぬまで忘れないだろう。

 

「マグノリア」

 

「いい……名前だ、な……じゃあな……二度と、俺の前に姿を現すな……」

マグノリア、それは確か花の名前だったはずだ。

その花はこれからもこの世界で生き続けて、例え死んだ後でも自分が守ったこの世界で子供たちが生きていく。

 

人は人を忘れない。

 

ぽたぽたと涙を流しながらも笑ったガロアは亀のように歩いて自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「既にクレイドル間の格差や軋轢も生じている。クレイドル同士の戦争になればあっという間に沈むわ。宇宙空間の船なんて、実に危うい」

 

「……」

二人だけの世界にずっといたいと思っているセレンを無視してアブはずっと大きな規模の話を続けている。

結局、この男はなんで自分をここに連れてきたのか。聞きたいがどうせ話は通じない。

 

「今はまだだけど、これからクレイドルに生まれる子供たちにとってそこがかけがいのない故郷になる。パトリオティズムが生じるのはすぐねぇ。支配する企業がそれをナショナリズムに挿げ替える方針にしたら……もう戦争まで秒読みね」

 

「……」

 

「クレイドルが向かった先は、……うーん、火星に戻ったけど……どうかしらね。人類を見てきたあたし達から言わせてもらえば……どうせすぐに戦争になると思うけど」

 

(戻った?)

火星に向かうのは分かる。人類が地球を捨てて宇宙に向かうとしたら、次の依り代にする大地は火星だろうとは思っていた。

テラフォーミングをして、家を作り、家畜を放ち、新たな歴史を作っていく。だが戻ったとは?

 

「強者はどこから発生する確率が高いかしら? あくまで確率の話だけど」

 

「……は?」

適当なことをぺらぺらと喋っているのを半分以上聞きながしていたらいきなりの質問だ。

一体着地点はどこなんだ。

 

「やっぱり優れた資質を持つ者が極上の教育を受けられる環境から出る確率の方が高いわよね」

 

「養成……所、の話か?」

自分のような人間はその確率から弾かれるのだろう。力を持つ側、与える側としても。

だとしたら、極上の教育が受けられる場所は企業が用意する養成所以外には考えられない。

 

「そうね。そしてそんなところならあたし達の目はある。分かりやすい。見つけやすい。ああ、この子は優れた才能を持ちいずれ素晴らしい戦士になる……とね。でも、あたし達にとって大事なのはそういうことじゃない」

 

「なんなんだ、一体。何が言いたいんだ」

 

「あたし達はAMS適性発生の理由原因を全て把握している。ガロア君がAMS適性を持っていることは母の胎内にいるときから分かっていた」

 

「……!」

 

「ガロア君は……本当は生まれるはずはなかった。ああ、あくまで確率の話よ? それだけ可能性が少なかったってコト。なのに生き残り、人知れず育った」

 

「待て、待てよ……」

話が分かりかけてくる。

戦争を起こすとして、大事なのはやはり相手の戦力の把握だ。

その点、今回のこいつらほど相手の戦力の把握するということに優れた者達はいないだろう。

ガロアは死んだと思われたのに生き残った。それはつまり。

 

「管理者……彼が畏れたのはまさしくそこよ。どんな戦力があるか、把握しているはずなのに監視の目を逃れてガロア君は生き残り、人知れず育っていたのよ。ガロア君が人目につく街に来た時にようやく彼はガロア君の生存を知ったの」

 

「お前、この、ポンコツは……」

ずっと見てきたという言葉を思いだす。

ガロアが初めて街に行ったのはいつだろう?

聞いたことはないがそれは恐らく霞を訪ねた日だろう。

 

「ウォーキートーキーは霞スミカの介護のためじゃない。ガロア君を監視・観察するために作られた。管理者があたしに指示してね」

 

(おかしいと……)

ポンコツポンコツと言うが、ネクスト含めこのウォーキートーキーほど高性能なロボットを未だにセレンは知らない。

それはつまり、敵が本当にすぐそばにいたということなのだろう。その違和感を感じてもずっとそばにあり続けた物を疑うことは難しい。

本当の敵はずっとガロアのそばにいた。

 

「分かる? あたし達が畏れたのは監視下で生まれる強者じゃない。予測を超えて突発的に発生する計り知れない存在……それを『イレギュラー』と呼んだ。……生まれながらにしてその予測不能の豪運と途轍もないAMS適性を兼ね備えたガロア君はイレギュラーになる可能性がある存在としてすぐに監視が決定した」

 

「イレギュラー……」

 

「管理者……と、あたし達の歴史はイレギュラーとの戦いの歴史よ。彼らの間には血の繋がりはない。理由もない。突然に生まれる彼らを観察し、知らなくてはならなかった。ガロア君は生きていた事さえ知られていなかったのに、あっという間に最強の座に上り詰めた。典型的なイレギュラーね。おっと……イレギュラーに典型とはこれ如何に。ま、あたしはイレギュラーと呼ばれる者を初めて見たけど……とんでもないと思うわ。ガロア君の生まれついた星の凶悪さに。可哀想なのは、元々そんな性格じゃなかったのにどうしても戦いと災いを呼び寄せてしまっていたことね」

 

「管理者……イレギュラーってなんなんだ?」

ようやく真実に迫った話ができる。既に今までの話だけでも頭はパンク寸前だ。

 

「人間は今まで何度も滅びかけてきた。その度に管理者が保護し、その間にぐちゃぐちゃの地上を清浄化した。その管理をいつも邪魔するのが管理者の予測から大きく外れた存在……イレギュラーだったの」

 

「滅びかけてきた?? 何を言っているんだ??」

 

「まぁ~……歴史に関しては地球のあちこちをほじくり返してみればいいわ。全部含めて人間の歴史なんだし。それがしたくて降りてきたコもいるくらいだし」

何が何やらさっぱり分からないし、それが誰なのかちょっと気になったが、この男にとっては100歳の老人でも『コ』なので聞くのはやめた。

 

「なら、何故……ガロアが強くなると分かっていたなら先に処分しなかった?」

 

「イレギュラーとの戦いの歴史だと言ったでしょう? ここで人類の保護に成功しても、次のイレギュラーは必ず現れる。観察が必要なの。それに……」

 

「それに?」

 

「じゃあ敵となり得る者は先じて全員殺してしまう? リンクスを……技術者を、レイヴンを? あたし達は人類の救済、そして進化を望んでいたのよ。そんなに手を加えたら正常な進化とは言えないじゃない」

 

「お前は……なんなんだ? 人間の味方なのか? 敵なのか?」

 

「そうねぇ……微妙。ここ……心臓に、管理者に仕込まれた小さな爆弾がある。250歳になれば勝手に爆発するわ。それに……」

 

「裏切っても爆発すると?」

 

「そゆこと。裏切り……彼の存在をばらしたことが発覚した際には即座に死が待っている。当然その相手にもね。でも、なんというか……もっと効率のいいシステムも作れたと思うわ。お金じゃ動かないあたし達だけど……気に入った人間には協力するし、愛し合うこともある。あくまで『人間』であるあたし達は仕事さえこなせばそれでもいいと管理者に言われていた」

 

「……その、管理者とやらは負けることを望んでいたと?」

この男も管理者とやらの目から見れば人間の括りに入る側だと言うのは分かったし、イレギュラーや現生人類にどんなコンタクトをしようと管理されているということを明かしさえしなければなんでもよかったのだろう。自由であるということこそが人をのびのびと進化させるのだから。だがそれでも確かにアブの言う通り、もっと完璧な管理体制を作れたはずだ。

完璧にごくごく近い強さだったのに、隙だらけだった。多分その気になれば、宣戦布告代わりに世界中の大都市に無敵艦隊を同時に送りこめただろうに。

 

「あるいは今までの人類を超えることを、とかね。管理者は歴史そのものだから、打倒できなければ今までの人類より進歩したのだと証明できないし。ま、今となっては分からないわ」

 

「……」

 

「言えるのは……あなたたちは、今までの全てと戦い、そして勝ち残ったということのみ。……人類という種を守ること。これは管理者の絶対の使命であり、決して逆らえないプログラムでもあった」

 

「人類種を守る……なら、何故私達はここまでだと判断された?」

 

「ガロア君との間に子供を欲しい……なら。何が一番嫌?」

ああもう。またほじくり返す。一体なんだと言うんだ。

だがここに来てようやくセレンは、この男がただの意地悪なんかでそんなことを言っているのではないことに気が付いた。

 

「元から…子供が作れないこと……?」

言ってからゾッとした。昨日、ガロアとの行為が終わった後の説明不能な絶望感がまた襲ってきた。

まさか。まさか!

 

「見なさい」

アブがコンピューターを操作すると早送りで、とてもよい環境で育っているのだろうと分かるいくつもの花が画面に映された。

だがその花は風が吹き、明らかに花粉が飛んでいると分かるのに早送りの果てに何も残さずに枯れ、後には何も残らなかった。

 

「コジマはっ、まさかっ!?」

 

「その通り。マウスで実験してもそうだった。汚染が一定以上進んだ雌の卵子は受精せず、雄は精子が死滅している。コジマは一定以上汚染した生物から生殖機能を奪いその場に残り続ける。いつまでも」

 

「やめろ!! もう言うな!!」

ぞくぞくと背筋に這いよる悪寒に負けて大声で叫んで耳を塞ぐ。

 

「ガロア君は精子を生成する機能を生まれた日に失っている」

だがその言葉は隙間を縫うようにしてセレンの耳に入ってきた。

 

「……」

ガロアはもうその血をこの世界に残すことすらも許されずに消滅していく。

何が最強だ、イレギュラーだ。生まれたその日から子孫を残すことも許されずにそんなものになって、一体そんな称号に何の価値がある?

自分はもう、どれだけ……例え溶ける程にガロアを愛しても女としての仕事を果たせない。必ず全てを失うことになる。これから何度ガロアと行為を重ねようとも文字通りそこには生産性がない。

そのアブの言葉は……これから近いうちにガロアが死ぬという確定した現実と絡みあい、これ以上ない程の絶望としてセレンを精神世界の汚泥に引きずり込んだ。

 

「マウスの実験でもそうだったし、患者の記録が残ってるけど、汚染されると死期を予感した身体が子孫を残そうとする。だけど皮肉なことにその時にはもう子供が作れなくなっている」

 

「そんなっ、そんな、本能で動いたみたいに言うな!! ガロアは、私を、あいっ……しているから動いたんだっ……!」

 

「……」

 

「企業は……、これを知らずに地球を汚染していたから……ダメだったと……」

コジマは消えない。誰だって知っている。だからこそ人類は逃げることしか出来なかったのだ。

生殖機能を奪うというのは確かに最悪の毒だろう。生き残った生物ですらそうなるというのならば、あのまま進めばいずれこの地球は死の惑星になっていた。

理由としては十分すぎる。戦いを止めて保護しなければ確実な絶滅が待っていたのだから。

だがそんなことですらもどうでもいい。ガロアには、最初からそれが無かったということがセレンを再起不能の絶望に叩き込む。

 

「違う。企業は知っていた。何人もの研究者が気付いたのに、それを口封じし、目先の欲にかられて戦争を起こした。クレイドルの建設はリンクス戦争よりずっと前から始まっていたのよ」

 

「……滅んでしまえばいい。救いようが、なさすぎる……」

八つ当たりのように吐きだしたその言葉は、自分が企業の自分勝手な都合から生み出されたこととも相まって半分以上本気で言ってしまっていた。

ガロアから何もかもを奪って、人類をも食い潰そうとした企業は人が生みだした物ならば本当に滅んでしまえばいい。

 

「コジマが繁殖機能を奪う。あらゆる種に対してこれ以上の脅威はないわ。大地震が来ても、津波が来ても……ノアの箱舟のように一対の雄雌が生き残っていればいずれ繁栄する可能性はある。それすらも奪う、まさに最悪」

アブがまたコンピューターをいじり出し、先ほどのリムーバルメディアを接続すると一切読めない文字で書かれた頭の痛くなる様な化学式らしきものが表示された。

 

「……?」

 

「言ったでしょう? 清浄化したって。管理者は……コジマが発見されてからずっと『これ』の開発を続けていた」

 

「………!」

また先ほどと同じような何本もの花の映像が映し出される。

だが今度は枯れた後に種が残り、新たに美しい花が一面に咲いた。

 

「ガロア君が持ち帰ったこのリムーバルメディアに入っていたこれは……名付けるならアンチコジマ、とかかしらねぇ。コジマ粒子を取りこみ、増殖しその場にいつまでも残り続ける」

 

持ち上げて落とすのが最悪のバッドエンドを作りあげる極上のスパイスだとしたら。

 

 

最高のハッピーエンドを作るのは?

 

 

ゆらゆらとセレンの身体を開いた奥底にある魂が光に満ちた何かを予感した。

 

「そっ、それはっ!?」

 

「とうとう、注射型の……つまりコジマ汚染患者やコジマに汚染された生物にも効果のあるアンチコジマが開発出来た」

 

「う、わ、あぁ!?」

どくんと心臓が胸を突き破らんばかりに跳ねてセレンは椅子から転げ落ちた。

アブが手に持つその注射は、この世界の全ての金をかき集めてでも手に入れたい宝物のようだった。

 

「……言ったでしょう? 『あなたはここに進んでガロア君を連れてくる』」

 

「連れてくるっ、ガロアを連れてくる!!」

精神が身体を置いて出ていきそうだった。

それに遅れないように走り出そうとしたらまたしてもアブに腕を掴まれていた。

この一瞬でこの男の事が大好きになったが、今はこの男をぶん殴ってでも駆け出したかった。

 

「最後まで聞きなさい。最高のハッピーエンドのおまけと……もう一人の勇者の話を結末まで」

 

「なんだよ、なんだよもう!!」

 

「アレフ・ゼロの事よ」

 

「…………」

セレンはその言葉を聞いて今の今まで忘れていたガロアのもう一人の相棒の事を思いだした。

普通のネクストとリンクス以上に繋がっていたのは確かだった。

大事な友達のようにアレフ・ゼロと触れ合っていたし、最後にアレフ・ゼロの元へと呼びよせられるようにガロアは身体を引き摺り、アレフ・ゼロは突然に動きだした。

ガロアの本当の父の何かが染みついていたとバカみたいなことをアブが言っていたことも。

 

「最後の最後は吐き出すようにして、ガロア君を追い出したって。彼の手にこの『希望』を持たせて」

 

「……聞きたかったんだ」

 

「なぁに?」

 

「なぜ……アレフ・ゼロは……、……いや、そこまでするならなぜ最初から戦いをやめさせなかった?」

 

「分からない?」

 

「私は……親はいないし、家族もいなかった。けど、親の気持ちは分かる、と思う。普通子供を戦場に送ったりしない」

自分が知る以前の幼い頃のガロアの姿を見たらそれは尚更だ。

あんなに可愛い子をどうして死と殺戮が渦巻く戦場に送れようか。

 

「どこまでいっても結局兵器は兵器。親にも友人にもなれない。ネクストに何を望むというの? 一緒にご飯を食べて、時には叱ってほしい?」

 

(……無理を言っているのか……)

生きる為に強くなるしかなかったガロアがその本心では頼れる存在を求めていたのは分かる。

いつかのアブの言葉のようにアレフ・ゼロもそんなガロアの心を覗いていたのだろうか。

 

「だとしたら、せめてガロア君が戦場で死なないようにと出来ることといえば力を貸すことだけ……かしらね。そして本当の願いを叶えられるだけ叶えてあげる……。戦場に送りたくないからって動くことを拒めば最悪別の機体を手に入れちゃうでしょ、ガロア君の性格的に」

 

「ああ……」

昨日ガロアは『俺のそばにいるものはみんな壊れる』と言っていた。死ぬとは言わずに壊れると言っていたのだ。

このウォーキートーキーはもちろん、アレフ・ゼロも入っていたのだろう。

考えているとアブがさっきからずっとガチャガチャといじっていた機械の手足を指さした。

 

「これ、出来上がったらあげるわ。ガロア君の新しい手足よ」

 

「え? え!?」

言われて改めて見てみるとそれは確かに、骨組みだけであるが大きさだけで言えばガロアの身体に合うような長さと大きさだった。

 

「これをAMSを用いて……」

 

「ちょ、ちょっと待って。ガロアはもうAMS適性がないんだって」

膝から下を失った脚ならともかく、肩から先を丸々失った右手なんかどうしようもない。

それこそAMS適性があれば別なのだろうがもうそれは身体を動かす為に使ってしまっている。

 

「あらぁ。腕や足がとれたネクストはもう使えない? そんなことないでしょう? 新たに付け替えれば」

 

「あっ」

そう。ガロアのAMS適性は無くなったのではなく『身体を動かす為に回した』のだ。

つまり、AMSというものの本来の使い方が出来る。ということだ。

それを思った時、やっぱりというか、セレンの頭の中でガロアに両腕で抱きしめてもらえる想像が浮かんだ。

それも一回や二回では無い。これから生きていく限り何千回でもしてもらえるのだ。

 

「ま、これから頑張って生きていくといいわ。ただ失った臓器に関してはこの時代ではiPS研究がされていないからダメ。義眼でも作ることね」

 

「この時代では?」

ガロアがこれから先も生きれる、手足も戻ると聞いてもう心は浮きあがりそうな程軽いが、その言葉に引っかかる。

これ以上隠し立てする理由はないだろうに。

 

「おっと。それ以上の詮索はいけない。あなたたちはこの時代を精一杯生き抜きなさい。それに、彼が罰を欲するというのならあえてね」

 

「罰って、あいつがいったい……!」

それは自分の物の見方なのだと、昨日ガロア自身が言っていた。

アナトリアの傭兵はアナトリアとラインアークの英雄で、多くの人々を救っていた事は事実だ。

だがその一方でガロアのように死ぬほど恨んでいる者だっている。

どんな理由を付けても、マグナスもガロアも人を殺して生きてきた。

その自覚すら無く生きていけば――

 

「死刑は人権無視だ、命への冒涜だから反対だ、なんてのはあたしからすればずれた考えよ。死刑ってのは被害にあった人への救いなの。殺したいほど憎んでいる人へのね。よくいろんな人が勘違いしてる……自分の命と引換なら何をしたっていいってね。死ぬつもりで大量殺人を犯して、死刑判決くらっても俺は死にたかったからついでに道連れにしてやった。ざまあみろだ、なんて言ってる罪人を死刑にしても罰にも救いにもならない」

それを聞いてセレンは、ガロアがラインアークに行ってマグナスを殺さなかったのがどうしてかようやく分かった気がした。

ガロアが強くなったのももちろんある。だがそれ以上にマグナスに自分を恨んでいる人間が存在しているということを知ってほしかったのだろう。

ましてガロアは戦いの勝者だったのだから、生殺与奪の権利は自然の摂理から言ってもあったはずだ。そしてマグナスはガロアのそんな心の一端に触れて不器用ながらもなんとか償おうとしていたのだ。

 

「本当の罪に対する罰、そして責任の取り方というのはもっとずっと地味でまっとうな道。罪を自覚しながら日々を生きていくことよ。十字架を背負うって言葉通りにね」

 

「……」

 

「マグナスはそれを知っていた。ガロアくんならできるでしょう。もう戦えないのだし、強くあることは出来ても強くはないから」

ストーキング、もといラインアークの監視カメラをずっと見ていたアブはガロアが恵まれない子供の為に募金したり、学校に行っていない子を学校に行くように仕向けたりしたことを知っていたのだ。

 

「ガロアは、これからどうすればいいと思う?」

つい一時間前ならこんなに真摯にこの男からアドバイスを求めることなどあり得ないとセレンは思っていただろう。

ただ今は素直に、自分の何倍も生きた人生の先輩からそれを聞いてみたかった。

 

「どうでしょうね? 償い、って言っても……今までは生きるため、身を守るため、戦場では仕事のため、殺しをしていた。恨んでいる人もいるでしょうけど、そんなこと言ったらどの兵士もリンクスも救いがないわ。彼が罪を意識する限りは自分を律し続ける。それでいいじゃない。多分……力を失くした弱い彼が生きていくことは……それが償いの道になると思うわ」

 

「……」

 

「何よりも」

 

「なに?」

 

「ガロア君はマグナスを殺さなかった。彼は生きていいのよ。許せる人間は許される価値がある」

そう言ってアブは笑った。

 

「そうだ、な」

多分その男が心から笑ったのは……少なくとも自分の前では初めてなんだろう。

素直にこちらも笑えるほどに澄んだ笑顔だった。

 

「連れてらっしゃい、ガロア君を」

 

「うん。…………あ」

席を立ったセレンはその言葉を言っていなかったことに気が付いた。

 

「なぁに?」

 

「ありがとう」

 

ふっ、と人間臭い笑い方をしたアブはもういいから早くいきなさい、とジェスチャーをした。

それ以上はセレンも何も言わず、太陽の照りつける道路に飛び出して駆け出した。

 

 

 

どたどたどた、と大きな足音がガロアの遠い耳にも聞こえ、先ほどの吐き気催す記憶が蘇りガロアはベッドから転げ落ちてベランダに向かった。

 

「ガロア!!」

 

「あ、セレン……」

入ってきたのは頬を赤らめ明らかに高揚したセレンだった。こんな表情を見るのは久しぶりだった。

安堵して、何かされなかったか、大丈夫かと聞こうと思ったら。

 

「アブ・マーシュのところへ行くぞ!!」

ほっとしたのも束の間、意味不明極まった言葉を言いだした。

 

「!? いやだ! 寿命が縮む!!」

 

「馬鹿野郎! 伸びるんだよ、ガロア!!」

 

「はっ!? あっ、あっ、いやああああだあああああああ」

 

絶叫するガロアをお姫様だっこで抱えたセレンは部屋に飛び込んできたのと同じ速さでそのままガロアを抱えて出て行った。

 

人がいなくなったその部屋に流れてきた風がカーテンをふわりとなびかせ、アルメリアが太陽の光をいっぱいに受けて命を輝かすかのように揺れていた。

 

 

 

自分の罪とトラウマに向き合って生きるのは何よりも苦しいだろう。それこそ消滅するよりも。

死んだ人間は戻らない。ならば罪のある人間を全て消せば終わるのだろうか。――終わるだろう、人間の生きる世界の方が。

誰もが何かしらの罪を抱えて生きていく。時には苦しみ、恨まれながら。

それでも自分にとって大切な何かを信じながら生きていく。

それが罪に対する罰でもあり、今日までの生に対する褒美でもある。

 

罪に対しての死は罰では無い。

それは罪によって痛みを与えられた者への救いだ。

 

本当の罰は罪を自覚した上で生きて償っていくことにある。

責任を取るというのは自分の命を投げだすことでは無い。

 

投げだせばそこでお終いなのだから。

 

もちろん、命を賭ければ何かを後に残せるような場面もあるだろう。

 

だがガロアの場合は違う。

これからもその命を削っていく過程で人の為になる何かを残し続けていくこと。

誰かを幸せにすること。たとえ人殺しの手だと分かっていても。

責任を取る道というのは、死のように派手で凄惨な物では無く、もっとずっと地味で全うな道なのだ。

不毛の大地を耕し続けることのように。

 

それをマグナスは分かっていた。

そしてガロアはそれをどこかで分かっていた。

だからガロアはあの場で引き金を引けなかった。

 

これからガロアはきっと生きるだろう。

アナトリアの傭兵のように生きて誰かを幸せにするために。

自分と生きていきたい者と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上も開放しているって知っていたか?

帰ってきてセレンが口にしたのはそんな言葉だった。

良かったな、明日からも頑張ろう…………そんなことを言われるか、あるいはまた身体を求められるかだと思っていたのでガロアは面食らった。

 

 

「屋上来た事無いだろ、一人でこの前来たんだ」

 

「へぇ……うわぁ、すごい……」

よく見えない片方の目に映るのは、滲んだ星々にぼやけた月だった。

それが黒く染まった海に反射してどこまでも綺麗に輝いている。

景色が滲んでいたのは、視力のせいだけでは無かった。ガロアはそれを見てあまりにも澄んだその景色にただ涙を流していたのだ。

 

「世界は広いな。お前の言った通り……一人だと分からなかったよ」

 

「あっちには何があるんだろ。あっちには?」

世界からコジマが消える。どこどこまでも行ける。

別に旅人になりたいだとか、漂泊の思いがあった訳でも無いのに、そう聞いただけでガロアは両手で抱えきれない宝物を手に入れたようだった。

 

「ここから見渡せる場所全部……まとめて連れて行ってあげるよ」

 

「うん……」

セレンが隣に座るのに合わせて座ると、身体をそっと仰向けに倒れさせられた。

夜も熱いラインアークだが、こうするとシャツ越しに背中が冷えた地面に触れて涼しい。

大の字……といってもガロアはもう大の字ではないが、大の字で寝っ転がるとその上に自分よりも一回り半ほど小さいセレンが仰向けに寝てきた。

セレンのリアルな重さと背中の絶妙な柔らかさが心地よい。

 

「あっち、あれ、火星。クレイドルはあそこに向かったんだと」

 

「……」

まるで自分こそがガロア・A・ヴェデットの手足なのだ、と言わんばかりにガロアの上で空を指さすセレン。

隣に立ってあそこあそこ、とやればかなり認識に時間がかかるそんな行為も、二人重なっているお陰でその指の指す先がすぐに分かった。

あそこで輝いている星なのだろう、きっと。

 

「世界は無限に広いよな、ガロア。小さくしていたのは私達だ」

 

「ああ」

ぼやけた目で見る満天の星達のきらめく夜空までも滲んで、零れんばかりの光に溢れていた。

この世界は光で満ち溢れている、とどこまでも優しくなれた心で思えた。

マグノリアという名と、腕に抱いたあの赤子の感触が頭に浮かぶ。

どうかあの子も幸せに――ガロアはそんな綺麗で澄みきった願いを星空に投げかけて、上にいるセレンを片腕でそっと抱きしめた。

 

「どこまでも行けるから、行こうガロア」

 

「ああ……行こう。一緒に」

 

 

 

 

これで終わりでは無い。

二人の物語はこれからも続いていく。

 

 

 

Day After Day -来る日も来る日も-

 

things are rolling on. -物語は続いていく-

 

 

 

 

 

Armored Core farbeyond Aleph Another Perfect Wonder 

 

TRUE END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************

 

これはもう何年も前の話。

この世界にまだ『オールドキング』というリンクスが生まれる前の話だ。

 

その日は夫が帰ってくるはずだったが、いつまでも帰ってこない。

きっと遅れているのだろう。大怪我を負っただとか、死んだだとか、そんなことは全く思わなかった。夫は妻の知る中で不器用ながらも最も強い人間だったからだ。

 

花畑の向こうに沈む夕陽を見ながら思った。『そうだ、今日はロランの好物を沢山作ってあげよう』と。

彼女のお腹の中にはもうすぐ生まれる女の子がいた。妊娠初期は安静にするに越したことはないが、臨月に入れば少しは運動した方がいい。それが遠回りにだが安産にも繋がる。

そう言っても夫は全く許してくれなかった。掃除や洗濯や料理、花への水やりも疲れた身体に鞭打ってやってくれてしまい、自分はお人形のように座っているしか無かった。

たまには運動したい、夫をねぎらいたい。その思いから彼女は日が暮れてから家を出て山を降りて街に向かった。

 

 

 

 

 

どこからともなく四本脚の悪魔が飛んできて街を焼き始めたのはそれから30分後の事だ。

 

 

 

 

『彼女』は牛乳配達を仕事とする素朴な女性で、新婚で幸せに満ち溢れた女性だった。

ただ不運だったのが――不運なのだろうか。これが不運だとなればこの世界には救いが無さすぎる。

彼女は善人だった。それが不運だった。

悪魔が街を焼く姿を見て街の人々は転がる様にして逃げていく。

当然彼女の夫も彼女の手を引いて逃げだそうとした。

その時に彼女の胸にあった思いと口にした言葉こそがあるいは未来を大きく変えたのかもしれない。

『待って、オレニコフさんが! 山の上にオレニコフさんが! お腹に赤ちゃんがいるのよ! 助けに行かなきゃ!』

牛乳を届ける朝のほんの数分に交わした会話の中でオレニコフ家の妻は『妊娠してからほとんど外に出ていない。夫が許してくれなくて』とぼやいていたのを彼女は羨ましいと思いながらも大変だなと思っていた。

今もそこにいるとしたら。

 

夫が止めるのも聞かず、新婚の証のきらきら光る指輪のついた手を振りながら彼女は山を登った。

しかしどういうことだろうか、家の中には誰もいる気配がない。

この家は鍵をかけないというのは知っていた。盗む物がないし、ここまで来るのは泥棒も大変だからだと言っていたが。

扉を開けて中に入ってみればやはり誰もいなかった。

もう避難してしまったのだろうか。

 

それならそれでよかった。

そう思って玄関に駆けていった瞬間、彼女は蟻のように踏みつぶされて即死した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に『Verdict War』と呼ばれる最終戦争から一年。

生き残ったリンクス達も散り散りに散っていった。

 

世界中に散布されたアンチコジマはコジマと同じく何十、何百年とその場に留まり続ける。

それはどういうことか。つまり、コジマを用いた技術は強制的に使えなくなったという事だ。ネクストも、その他兵器ももう動かない。

そのことは世界中に報道された。コジマの放棄、地球の回復を、と。

 

自分が生かした少年は最終戦争で英雄になった。

文字通り、全てを削りながら戦ったその記録は知る者からは英雄譚のように語られているが、彼が戦った理由はよく分かる。

愛する人を守る、それだけの為だった。彼もまた、愛するその人がいるこの世界を愛していたのだ。

 

自分は――愛する人も生きる目的ももうなかった亡霊のような自分は、生き残ってしまった。

 

 

 

ちゅんちゅん、と平和な鳥の声が聞こえる。

あの時汚染され尽くし、焼け落ちたはずの山の木々は新しく芽吹いている。数十年もすればまたここは緑豊かな山になるのだろう。

さらさらという音は近くで流れる小川の音で、命を下流下流に運び続けている。

 

「リ……………ザ…………」

一体何年ぶりなのだろう。

オールドキングの名を捨てたロランはかつて自分の家のあった場所に戻ってきた。

毎日の天気予報のようにテレビやラジオで流れる『今日はあそこの除染が完了した。今日はここの汚染が消えた』というニュースがとうとう自分のかつての家のあった土地の名を挙げてから。

背丈の低い草が生い茂っており、この場が徹底的に破壊しつくされた痕跡ももうない。

崩れた家も、焼けた人の骨も砂になり、そして草に覆われたのだろう。

 

「ここに…………花を植える……君の好きだった花をたくさん……植えるから、また咲かすから」

どうして自分は死ななかったのだろう。あんなにも沢山の罪を犯したというのに、裁きは来なかったのだろう。

そしてロランは誘われるように魂の場所に戻ってきた。終の棲家にしてここで枯れ果てよう。

ボロボロの手で草を抜き、土を掻き分けて種を植えていく。どろどろに溶けた指の皮膚と半分融合してしまった指輪が汚れていく。

 

(ここでリザの好きだった花に囲まれて…………その依り代になろう)

抱え切れないほどの花や草木の種を植えていく。

人生の最期に差し掛かって自分の墓を用意していく老人のように。

明日世界が滅ぶとしてもリンゴの木を植える神学者のように。

 

いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす。

でも、植えるのもまた人だった。

 

いつの間にかぽろぽろと流れる涙が地面に黒く染み込んでいっていた。

その時だった。後ろから足音が聞こえたのは。

 

「誰っ……ロラン……?」

例え言葉の話し方を忘れたとしてその声だけは忘れないと思っていた、そのものの声が耳に届く。

 

「…………リ……ザ……?」

思い切り振り向くことが出来なかったのは重ねてきた罪の重さからか。

だがちらりと視界に入ったその姿は間違えようもないエリザベスの姿だった。

女一人でこの世界で生きていくのはどれだけ苦労したのだろう。汚れて艶のない髪、しわの増えた顔に傷だらけの手が次々と目に飛び込んでくる。

それでも芯の強さだけは変わっていないのが一目で分かる愛しの妻の姿だった。そしてその隣には――

 

「おっ……あっ?……き、君、の……名前は……?」

母のそばに寄り添うその少女ははっきりと怯えているように見える。

こんな姿をした人間を見たなら誰だってそうなるだろう。

 

「リリアナ……」

 

「う……おっ……」

歩く死体のような顔に幾つもの涙の線が流れていく。

どうして、なんでなんだと疑問と喜び、そして後悔が広がっていく。

神よなぜ、そうだというのならば、自分を引き止めてくれなかった?

この命を家族の為に使わせてくれなかった?

そこまで考えてはっと気づく。

 

(今からでも……使えと……?)

どうして死ななかったのだろうともう何年も思っていたこの命。

それを散らす理由が、回る歯車にはまったかのように動きだす。

 

「おじさん……誰……?」

 

「俺は……俺は君の――」

 

 

 

 

そして世界に再び緑が戻った。

これからもこの世界に花は咲き続けるだろう。

人がまた道を踏み外さない限りは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い暗い海の底に誰も住んでいない、住んだことのない崩壊した巨大な都市がある。

更にその奥深くに冷たい海水に沈んだ巨大な機械があった。

 

そこにある幾つものひび割れたスクリーンの一つに、光が灯った。

 

そして最後の言葉をゆっくりと呟くように、文字が浮かびあがる。

 

 

『MISSION COMPLETE』

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 




おしまいです。
これまで読んでくれた方、応援してくださった方、感想をくれた方、本当にありがとうございました。


主任がガロアに手渡した『希望』は世界中にマグノリアのような花を咲かすでしょう。
また人類が道を踏み外したりしなければ……。


ああ、最後に。
虐殺ルートの数百年後のマグノリアとこのルートのマグノリアは違う人物です。

歴史が変わったんです。
本当はマグナスの数百年後の子孫がマグノリアという名になるはずだったのが、マグナスが生きていたので娘にそのままマグノリアと名付けました。

あとがきは活動報告にでもします。
ほぼ自分語りになるでしょう。
『お前の自分語りなんか見たくないんじゃい!!』という方は、下の一文だけ読んでください。
色々あるけど言いたいことはそれだけです。






アーマード・コアをもっとやれ。



では、さようなら。またどこかで。
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