Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「ふぅ…これは…中々にいいものだな…」
湯煙のたつ巨大の浴槽で艶めく髪を縛り頭に白いタオルを乗せたセレンが浴槽の縁で腕枕をしながら呟く。
夜、書類整理とミッション完了報告を終えて食事を終えたセレンは部屋に取り付けられているパソコンで施設案内を見ていると「銭湯」と書かれたものを見つけた。
いくらかの入場料を払い、大きな浴槽に男女で別々に分かれて入る物で、大艦巨砲主義で堅牢なパーツを作る企業・有澤のある元は日本と言われる国で文化として根付いていたものだ。
カラードが作られる際、血行促進や肩こりリュウマチなどに効く銭湯が施設の一つとして取り入れられたのだ。
健康にいいのは確かなのだが、マンションの部屋にもシャワールームが取り付けられていることと、文化的にまだ馴染まれていないということもあり中々利用者は少ない。
わざわざ家の外に出てカラード管轄街の中央塔まで来て風呂に入り、そして帰るというのは理解しがたいことなのかもしれない。
ちなみにカラードは中央に巨大な塔があり、そこではブリーフィングルームやシミュレーションルーム、役人以外立ち入り禁止の部屋や食堂等がある。
そこを中心にして周りにレストランや居住区などが広がっており、セレンとガロアの住むマンションはそこから徒歩五分の場所にある。
さらに詳しく説明すると、塔を中心として、8つの区画に別れており、ケーキを切り分けるように居住区、ネクスト及びノーマル発着場となっていて、
どの方角からも出撃できるようになっている。普段はネクストは中央塔に格納されており、緊急時以外は塔から直接出撃することはない。
さらに街の至る所に長距離砲が設置しており、半径300km以内に入ってきた不明物は監視、スキャンされ怪しいと判断されたら警告ののちに狙撃され木っ端微塵にされる。
銭湯というものを詳しく調べて場所を確認したセレンは、せっかく引っ越してきたのだから利用してみるかと思い中央塔に向かい、
一人で行くのはなんだか怖かった…もとい不安だった…いやいや、ガロアを置いて一人でリラックスするのもよくないので、途中訓練場で一人でランニングをしていたガロアを引っ張りここまで連れてきたのだ。
ちなみに自分の頭の中で予定していた訓練を半ばで打ち切られたガロアはかなり不満そうだった。それこそ言葉を話せてたならば文句の一つや二つでも言ってきそうなくらいには。
最初からそうだったがガロアは一人で黙々と訓練や作業をするのが好きで、それを邪魔すると少々不機嫌になる。
今日は一日で二つもミッションをこなしたのだから少しくらい休んでもいいと思うのだが、というのはセレンの都合だということには気づいていないが、
少しは体を休めてほしいと思っていたのも本当の事である。
自分は居住区のレストランで食事をしたが、ガロアはオーダーマッチの後もずっと中央塔にいて、訓練を続けて食事も食堂でとっていた。
「少しは休めているのかな…」
生姜の匂いのする赤い湯に最初は少し引いたがいざ入ってみると匂いにはすぐ慣れて体の芯からポカポカと暖かい。
「…最近ガロアの作ったご飯食べてないな…」
壁の向こう側ではガロアが入ってるはずだが、当然声は聞こえてこない。
が、
「ガロア君、お料理出来るの?」
「うわっ!?」
突然後ろから声をかけられリラックスしきっていた心臓が急激に動き、比喩ではなく心臓が痛い。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「だだだ、誰なんだお前は!?なんでここなんだ!裸!?」
完全に気が動転し理解しがたい疑問を雨あられのようにぶつけるセレン。
ガロアを除けば同性でも異性でも半径1m以内に入られるだけで少々落ち着かなくなる人見知りセレンにとって真後ろ50cmから裸の女性に声をかけられるなんて恐怖以外の何物でもない。
「私、メイ・グリンフィールド。リンクスよ。よろしくね、ガロア・A・ヴェデット君のオペレーターさん」
湯煙の中で笑顔を浮かべる女性が自己紹介をしてきた。
細いツリ目にも関わらず優しげな印象を持つのはその笑顔と大きなアーチを描く眉のおかげか、実際今まで彼女は初対面の人間のほとんどから好印象を貰っている。
風呂の中なので身長はわからないが、その胸のサイズはセレンより三回りほどは大きい。整いつつも少々面長な顔ゆえはっきりとはわからないが年はセレンより2つか3つ上ぐらいだろうか。
やや色の薄い濡れた金髪を頭の上で結い緑色の目をにこりと細めてこちらに向けているが、優しげな笑みも目の横で作られている笑顔皺もセレンの警戒心は解けなかったようだ。
「あ、あ、あ、ああ、セレン・ヘイズだ。よろしく」
後ずさろうとして後ろが縁だったことに気づき、さらに混乱しながらも自己紹介を済ますセレン。
「ガロア君のお料理っておいしいの?」
さらに先ほどの言葉の続きを言うメイ。
「そ、そりゃあもう…じゃなくて、なんでお前はガロアのことを知っている!?」
と、自分で言いながらもガロアが新人としてはかなり有名な部類に入ることは知っているので、この言葉は間違っていたな、と少し冷静になった頭の一部で思うセレン。
「あら、とても有名よ?信じられないAMS適性を持つ新人って。ミッションも今のところ完璧だし、ランクも今日一気に上げたし」
しかもオペレーターと生活をしている変わったリンクス、とひそかに言われていることは口に出さない。
恐らくこのタイプはそのおかしさを指摘した途端にぎこちなくなり生活に支障をきたしてしまうタイプだ。
そんな他人の生活を壊すような趣味はメイにはない。
「あ、ああ。そうだな。うん」
「でも意外ね。もっとお化けみたいに強くてストイックな人なのかと思ったけど」
「い、いや、あいつはかなりストイックだぞ。ストイックお化けだ」
「あら、そうなの?」
「あ、ああ。時間のある時はずっと訓練場にいるんだ、あいつは」
突然声をかけられかなり驚いたもののガロアの話をしているうちに落ち着いてくる。
「へー…」
笑顔を崩さぬまま話を聞くメイ。
彼女がセレンに声をかけたのはある目的があり、数日前から声をかけようと思っていたのだ。
それが銭湯で裸の話し合いになったのは偶然だが。
「ガロア君は依頼で僚機を使うつもりはあるの?」
「そういえば聞いたことないな…」
言われてみれば一人ではきつそうだから仲間を雇おうなんて提案したこともされたこともない。
ガロアがそれを言わないのは10代特有の猪突猛進の蛮勇と一歩違いの自信からであり、セレンが雇わないのはそのツテがなかったからである。
今までのミッションも仲介人から僚機を提案されたことは無かったから考えたこともなかった。
「もし、僚機を使うときは是非私を雇ってね。ガロア君の機体とはきっと相性がいいはずよ」
メイがセレンとコンタクトを取ろうとした理由、それはガロアの味方につくためであった。
彼女が出撃するミッションの成功率は上位リンクスと比べても遜色ないほど高い。
その理由は、メイが強力なリンクスの味方についていてその上ミッションをよくよく吟味して受けているからである。
彼女は危険な相手の敵には決してならない。
新人として登録されて既に二基のアームズフォートを落とし、ランクも急激に上がったガロアは間違いなく「危険な相手」であった。
彼女が姑息、卑怯というわけではなく、強いものにつくというのは当然の戦略ではあるのだが、
そもそものリンクスとは一騎当千の戦力で数百万人に一人の天才がなるものであったのだが、
時代と共に企業のなりふり構わない努力によりリンクスの数も増え、価値も下がり、真の意味で一騎当千のリンクスというのは少ない。
リンクス登場から23年、そしてリンクス戦争から8年。
強者の味方になり勝利を得ようという、当然の考えというものをもつリンクスが現れたのはリンクスという物の価値の変遷を如実に表しているのかもしれない。
加えて、実はガロアのような中性的な顔立ちは結構好みのタイプ…ということは顔にも口にも出さずに彼女は微笑む。
「ああ、話しておくよ」
「次の依頼も上手くいくといいわね」
「……」
会話は止まったはずなのだが、彼女はニコニコとしながら出ていく気配はない。
じゃあ自分が出るか、と思ってから銭湯から出る時間を決めていなかったことに気が付く。
ここで大声でガロアに声をかけるのも恥ずかしく、口元を生姜湯に沈めぶくぶくとしていたら壁の向こう側から陽気な声が聞こえてきた。
「お、ガロアじゃねえか!お前もここ使うんだな!」
股間部分を古いヒーローがプリントされたタオルで隠し、壊滅したファッションをすべて脱いだダンが入ってきた。
「……」
言葉は返せないが聞こえているという意味を込めてダンの方を見る。
「よっと!」
銭湯に慣れているダンはマナーも良く知っており入る前に桶でお湯を掬い頭から思い切り被る。
すると揉み上げだけだった癖が頭全体に広がり、売れないコメディアンのようなアフロもどきになり、ガロアは吹き出した。
「次は俺に挑戦してくんのかと思ったらなんでお前いきなし22になってんだ??ジョニーは中々カラードに顔出さないってのに」
湯船に浸かり温度差に身震いをしながら息をつき質問をしてくるダン。
文字を書くこともできない浴場では、イエス、ノーで答えられること以外は質問しても回答できないことぐらいはわかりそうなものだがダンは気にしていない。
「お前、今日もアームズフォート落としたんだって?今度は俺も誘えよ!コツってやつを教えてやるからよ!」
実は一基もアームズフォートを落としたことの無いダンだが、先輩である自分という意識が見栄を張りついそんなことを言ってしまう。
そんな会話(一方的)に耳を傾けていたセレンはくすくすと笑うメイに目を向ける。
「ダン君、見栄張っちゃって…まだまだ新米なのに…どうして男の子って男同士で見栄を張るのが好きなのかな」
「あ、ああ」
どうしてもこうしても身近な男性と言えばガロアしかいない上、見栄っ張りどころか自分の身の上すら話さないのでいまいちピンとこないが適当に相槌を打つ。
「でも男の子って見栄と意地で強くなるんだよね」
「……」
見栄については知らないが、意地については思うところがある。
まだまだ若いガロアが一心に訓練に励みとうとうリンクスになったのは意地と執念以外の何物でもないのだから。
『ん?あれ!?お前、痩せてると思っていたのにすごい筋肉!うわ、すげえ!』
さらにそんな声が浴場に響く。
「へー…」
(そうだろうな)
みっちりと毎日鍛えてこれでもかという程食事をとらせてきたのだ。
そんじょそこらの男に負けるような肉体はまずしていない。
『カッチカッチじゃねえか!カッチカッチじゃねえか!』
「いいなぁ…」
「…?何が?」
「背も高いし顔も悪くないし、体も鍛えられていて…それで料理もできるんでしょう?きっとモテるんじゃない?」
(…そっか…あいつ、もう子供じゃなくて男なのか…)
例えばこういう女性に言い寄られても不思議ではないし、どこかで女を見つけてもおかしくない。
むしろ今日この日まで何も考えずに一緒に過ごしてきたことのほうがすごくおかしいことなのかも、と今更になって思い始めて顔を赤くした。
『あ、もう出んのか?今度は一緒に風呂入ろうぜ』
そんな声が響き、心の中でダンに礼を言いながらセレンも立ち上がる。
「わ、私もあがる…」
「あらそう?」
「じゃ、じゃあ」
頭が貧血のようにちかちかするのは本当にのぼせてしまったからかもしれない。
風呂の外でほかほかになって出てきたガロアは自分の倍くらいほっかほかになって出てきたセレンを見て、そういえば出る時間決めてたっけと思いながら帰路に着いた。
そして三日後、新しい依頼が届きそのブリーフィングを受けることになった。
「よう、あんたがガロア・A・ヴェデットだな。GAグループの仲介をさせてもらってるジョージ・オニールだ。うわさは聞いてるぜ、期待のリンクス」
「……」
ナイスミドルという文字を人にしたらこうなるのだろうといった感じの無精ひげの男がガロアに握手を求めてその右手を握り返す。
そういえばガロアは握手を求められてもよどみなく返している。
喋れないから人と積極的に交流をとらないだけでもしかしたら本来の気質は人見知りなどではないのかもしれない。
「さて、今回のミッションの説明をする。雇い主はGA。
目的はアルゼブラ社の所有するリッチランド農業プラントの守備部隊の全撃破だ。ただ、敵は鹵獲したGA製のAFを使用しているようだ。
偉いさん、はっきりは言わなかったが本当なら厄介だ」
「またアームズフォートか…」
正直言って、アームズフォートを相手取って終止笑顔で終われたことがまだないセレンは出来ることならぶつかりたくない。
「だからあんたに来てるんだろう、このミッションは。もういくつか量産型のAF落としてるんだろ?」
「……」
静かに話を聞くガロアは知らないが、ランクが高すぎると簡単には依頼できないうえ用意する報酬も高くつく。
逆にランクの低すぎる傭兵では支払う報酬も低い代わりに難しいものは回さないし、そもそもそんなミッションなら自分たちの部隊でなんとかできることが多い。
そんな理由からカラードに登録されてるリンクスで一番忙しいのが実はランク20~10前後のリンクスなのだ。
簡単に最高戦力を動かせば相手も最高戦力を動かしそれこそリンクス戦争の悪夢の再現となってしまう。
そんな理由から、現在ランク21にしてアームズフォートをすでに落としている独立傭兵のガロアは企業にとって今のうちに使い倒しておきたい存在であった。
「ああ、ただまあ危険な作戦だからな。支援機の使用が推奨されてるから必要なら無理せずに言えよ。こんなところか。危険だが、見返りは十分に大きいぞ」
さっくりと作戦説明を終わらせたジョージだがこれでもGAグループの仲介人なのだから相当のキャリアのはずだ。
「支援機は?」
「ああ、上からランク16の有澤隆文、ランク18のメイ・グリンフィールド、ランク28のダン・モロだ」
(この前のヤツ、ガロアよりランク上だったのか!取り分も30%と高すぎず低すぎずだし、雇ってみるか…)
「じゃあ、このリンクスに協力を頼みたい」
「……」
「ん?」
「え?」
セレンが出された書類のリストに載っているメイの名を指差すと同時にガロアがダンの名を指さしていた。
「待て待て、ガロア。お前よりランクも低いし依頼料も20%ってのは少し高いぞ。雇う意味はあまりないんじゃないか?」
「あー、いや待て。ガロア・A・ヴェデットからの依頼は5%引きで受けるそうだ。何か気に入られてるのか?」
「……」
「じゃあ二人雇えばいいんじゃないか?有澤と同じ値段だしな。二人より三人のほうがいいだろう?」
なら、と提案するセレンにジョージが説明を加える。
「別に出来ないことはないんだが、二人分の弾薬費と修理費も持ってかれるし、危険な依頼の割には取り分少なくなっちまうぞ?いいのか?」
「……」
ガロアとセレンは二人ともしばし沈黙するが、セレンは頭の中で計算を進める。
(今のところ新しい兵装を買う予定もないし、資金繰りも厳しくない…それよりも危険を減らす方が…)
「ああ、それでいい。二人に話を通しておいてくれ」
「…かなり強いリンクスって聞いてたんだが、意外と冷静なのかもな」
判断したのはセレンだし、別段冷静なわけでもないのだがどちらでもいいや、とばかりにジョージは顎鬚をなでながら声を出す。
「じゃあ伝えておくぜ。明後日の11時開始予定だからちゃんと調子整えておけよ」
ブリーフィングルームから肩を叩きながら出ていくジョージの背中を見ながら、セレンはガロアに協調性はあるのか見ものだな、と自分のことは全て棚に上げて心の中でつぶやいた。
極低温まで冷やされた機体が超高高度から投下されプライマルアーマーを展開しながら着地する。
周りには二機のネクスト。
赤白青黄と、いずれにしても標的にされやすそうな色をしている標準的な兵器を装備する中量二脚ネクスト、セレブリティアッシュと、
いかにも頑丈そうな装甲に実弾系兵器で固めた緑の重量二脚ネクストのメリーゲートだ。
奥にはノーマル部隊と二基のアームズフォート、ランドクラブが並び戦闘態勢に移行している。
『メリーゲートよ。作戦を開始しましょう。うまく盾にしてね、そのための重量機よ』
『セレブリティ・アッシュだ!よろしくなガロア。自分で言うのもなんだが役に立つと思うぜ』
メイの声はランク通りの落ち着きを示しておりアームズフォートを前にしても気圧されていない。
一方のダンは興奮と虚勢が隠し切れず、恐怖を打ち消すかのように銃をひらひらと挙げてアピールしてくる。
『ミッション開始!慎重に行動しろ…アームズフォートの主砲に気をつけろ…正面から行くのは愚の骨頂だぞ』
「……」
セレンが送ったもっともな警告に従い、ガロアはランドクラブの持つ4つの三連砲の射線上にそれぞれ入らぬように気を配りながら、歩を進める。
が、しかし。
『正面からいくわ。細かいのは性に合わないの 』
そんなセレンの警告を無視してまっすぐと敵陣へと向かうメリーゲートにガロアは驚きが隠せない。
そして警告を無視した愚か者への報いのように三連砲が叩き込まれるが、どれも紙一重で避けているか、掠ってもPAで削られほとんどダメージになっていない。
横やりを入れてくるノーマルをグレネードで吹き飛ばしながらよく観察すると、メリーゲートは左右に小刻みに動いており、主砲が放たれた瞬間のみにクイックブーストを使い避けている。
スピードの優れない重量機はクイックブーストの切れ目を狙って攻撃されると避ける術がない。
そのことを積み上げてきた経験から理解しているメイは小刻みに揺れながら予測射撃をずらし直撃だけは避け、ミサイルとノーマルの攻撃はほぼ無視している。
才能で高機動ネクストを操るガロアと違い、それは重量機を経験で操るメイなりの生き残りの戦術だった。
「……」
重量機に乗らないガロアにはわからない世界だがわからないなりに見て学んでいると、かなり後ろの方から声が飛んでくる。
『オラオラ!へっ、そんなでかいとロックオンしなくても当たるなぁ!』
後ろの方でアームズフォートに向かい射撃を続けるダン。
その戦術は間違ってはいない。間違ってはいないのだが…
『うわっ!』
ノーマルからの攻撃を背後に喰らい悲鳴のような声を漏らすダン。幸いにもPAがほとんど削ってくれたようだが攻撃の手は止まる。
「……」
眼で焦点をしばらく合わせるだけで予測射撃してくれる通常の兵器ではなく、手動で攻撃ポイントを決めなければならないロケットを普段から使うガロアは、
ロックオンせずに射撃に徹するということがどれほど集中力を要することかよくわかっていた。
高速移動しながらではまず当たらないし、集中して腕を調整しなければやはりまともには当たらない。
そんなことを考えているうちに周りの敵から攻撃を食らってしまうのだ。何よりも。
『あなたの射撃装備じゃアームズフォートは落とせないわ。かく乱に回るかノーマルを撃破して』
そういうことなのである。
相手の装甲に一撃で大ダメージを与えうる武装を持つことによって遠距離射撃戦は初めて有効になる。
『と、まあコツはこんな感じだからアームズフォートはあんたらに任すぜ!』
やんわりとダメ出しされてもへこまずノーマル部隊にブレードを振りまわすダンを横目に、
ちまちまとした射撃でいらつきダンに主砲を向けた隙に片方のアームズフォートに一気に接敵し左腕を振りかざす。
いい調子だ。今のところ心拍の急激な上昇もなく周りの音もよく聞こえて向かってくる弾も見える。
さらに切り上げ、離れ際にロケットを一撃放つ。この距離なら外しようがない。
ロケットを放った衝撃を利用し背を向け、後ろから迫っていたミサイルを全て撃ち落とす。
ガロアにとっては一撃当たれば終わりのコジマブレードの方がもっと怖かった。
「ネクスト三機相手ではきつすぎます!」
「一番弱い奴から狙うんだ!定石を忘れるな!」
アレフ・ゼロに切り刻まれているランドクラブを見て、もう一基のランドクラブの乗務員はざわめく。
「!あいつだ、ノーマルに苦戦しているあいつに集中攻撃しろ!」
「は、はい!」
三機のネクストに分散していた砲台が一斉にセレブリティアッシュに向けられた。
「…!」
『ダンくん!気を付けて!』
『え?…うわっ!』
自分達への攻撃が止んだことに気が付いたメイはダンに注意を促すが、少し遅かった。
ミサイルの嵐がセレブリティアッシュに当たりバランスを崩す。
「……!」
三連キャノンをいざ放たんとしていたランドクラブへフラッシュロケットを放ちなんとか射線をずらすことに成功した。だが。
『…くっ、悪いが俺向きのミッションではなかったようだ。撤退させてもらうぜ』
大破は免れたもののプライマルアーマーも剥げ落ち、ノーマルの攻撃でダメージの積み重ねなっていたセレブリティアッシュは撤退を決め込んだ。
「一機撤退していきます!」
「やった!」
「あの黒いネクストがこっちに来る前に撃ち落とすぞ!」
ネクスト撃退に歓喜の声が上がるランドクラブ内部。
既に一機ランドクラブが落とされてはいるが、この調子ならば巻き返せるかもしれない、と。
だが、そんな中で指揮官だけは複雑な表情をしていた。
(あの黒いネクスト…どこかで見た気が…)
この司令官含む、リッチランド防衛部隊は、アルゼブラ最強AFカブラカンの乗組員には選ばれず、
その上敵から拾ったようなアームズフォートに乗っている、二流の兵士たちだった。
その上今までガロアがこなしたミッションにアルゼブラが直接関わってこなかったこと、
そしてアルゼブラが他の企業からやや孤立して独自の文化と技術を作り上げていることが今回は災いした。
その独自性は強みでもあったのだが、少なくとも他企業やカラードの最新情報などには疎かった。
既にアームズフォートをいくつか落としている新人リンクスのことは知らなかったし、想定もしていなかった。
偶然指揮官が見覚えがあった程度である。
「重量級のほうも少しずつ削れていってます!」
「黒いネクストに砲門を集中させろ!重量機はノーマルに任せる!」
ミサイルをアレフ・ゼロに一気に放つ。避けたらそこに三連砲をぶち込んで穴だらけにしてやる。
乗務員のあがった士気が一つの意志になった、その時、その士気は瓦解した。
「…!?全部撃ち落とされたぞ!?」
「ま、まっすぐ向かってきます!」
「早く撃て!」
「ミサイル再装填に時間がかかります!」
少なくともランドクラブのミサイルは波状攻撃で弾幕として使うべきであったのだが、自分たちが開発したアームズフォートではないため、乗組員にはそのことがわからなかった。
そうしてる間に三連砲では狙えない角度まで入り込まれ、ジェネレータを破壊されて非常電源以外の全てが落ちた。
『ランドクラブ撃破!残りは…』
「こっちも終わったわ」
ランドクラブが落ちると同時にメリーゲートも最後のノーマルを撃破し終え、ミッションは終了した。
『よくやった。…二基目のランドクラブは被害が少ないからそのままGAが使うそうだ。特別ボーナスだぞ』
乗組員が退避するランドクラブを見て、たった今GAから届いた通知を読み上げる。
「そう。よかったわ。作戦完了、相性がいいみたいね、あなたとは 」
『……』
システムを通常モードへ移行し、帰還ルートへと入ると同時にアレフ・ゼロへ通信を入れる。
高機動機のアレフ・ゼロとは相性がよかったのは確かだ。
だが、ダンはどうだろうか。
先に帰還しているダンがどういう言い訳をしてくるか、はたまたどれほど落ち込んでいるか、残酷ながらも真っ当な想像をしながらメイは帰還した。
「あ、ダンくん」
帰還してロッカールームを出るとそこでは先に帰還していたダンが待っていた。
ちなみに男子ロッカールームと女子ロッカールームは格納庫を挟んで反対方向にあり、メイに用事があってここで待っていたのは明らかだ。
ダンとミッションに出るのは初めてなのだが、顔見知り程度には話したこともあるのでわかるが、この顔は明らかにしょげている。
「ミッションは…成功したのか?」
恐らく聞きたいことはそれじゃない。そんなことはオペレーターに聞きに行けば真っ先に分かるのだから。
「大成功よ。AFも二基落として特別ボーナスも入ったわ」
「そうか…」
「あなたは、狙われてるとき」
「わかってる。ガロアのヤツに助けられていたよな」
さらに苦々しげに顔を歪めて下を向くダン。
普段からヒーローになると言ったり、実力の伴わない見栄を張ったりする彼にとってこれは心苦しいことなのだろうか。
「へっ…」
(何を言うのかしら)
余計なことを、とか?
俺一人の方が、とか?
「なら、後でお礼言いにいかねえとな!よかったよかった!」
顔を上げて笑うその表情は強がりだとすぐにわかる。
だが、見栄っ張りでも強がりでも、こういう前向きな強がりは嫌いじゃない。
「…そうね。一緒に行く?」
ただの見栄っ張りではなく、恐らく彼には誇りとする夢があって、それに背かないように彼なりに生きているのだろう。
壊滅的センスも見た目も全く好みではないが、こういう男子は割と好きだ。
「いやいや。あんたは報告しに行って金受け取って来いよ!俺はもう終わってるからさ。じゃ、また機会があったらよろしくな」
「…次は一緒に成功しましょう」
「おう!じゃあな!」
賢しく立ち回る自分と違って、あの真っ直ぐな心があるならばきっとダンはまだまだ強くなる。
(悪くないわ)
メイは初めて、損得勘定ではなく敵になりたくない相手が見つかったのであった。