Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
空に浮かぶクレイドルに全ての人類がいるわけではなく、地上にも4億人ほどの人類が汚染されていない地域で生きている。
その内で人間らしい文化的な生活をしているのは一割に達しない。
企業の管理街や人々が自主的に擬似政府のようなものを立ち上げている場所以外では、
資源や食物を巡り殺し、略奪、騙し合いが起きており、人間の命の価値は日々下落していっている。
「これがその記録だ。一応俺の知っていることは全部書いてある」
国家がまだあった時代にはシリアと呼ばれていた土地ではまだ秩序は保たれ、人々は土地を耕し自警をしながら日々を凌いでいた。
国家解体以前はお世辞にも治安がいい国とは言えなかったが、
国家解体戦争で、治安のいい、すなわち栄えてる国や土地は悉く攻撃され汚染に晒されたため人々がこちらに流れ秩序が作られたのは皮肉としか言いようがない。
シリアの郊外のある寂れた町の一角の路地裏で、ボロボロの服で無精ひげを蓄えた男が記憶媒体を、顔を覆い隠すガスマスクをしてさらに変声機をつけて体型のわからないようにマントで身体を隠した人物に渡していた。
「よシ。コの場所に食料と水を投下しテある」
変声機で時々聞きとりづらくなった声を発するマントの人物が地図である場所を指し示す。
「ありがたい…しかし、あんた一体何者なんだ?俺のことを嗅ぎ付けて、今更こんなことを…」
「…あマり詮索するとお互イの為によクない」
「まあ、そうか…」
「お前は、企業に戻らないノか」
「無理だね。よくは知らないが、お偉いさんはあるとんでもない情報を握っていたらしい。
それが原因であの研究所はぶっ潰されたんだって話だ。…やってた研究自体もヤバかったとは思うがよ。
今更企業に戻ろうとしても疑わしきは抹殺がモットーの企業なら間違いなく俺を殺すだろう」
男はずっと昔、今は崩壊したレイレナードという企業の優秀な社員でありこの地方の研究所に所属していた。
だが、その地方ではある研究が行われており、その研究自体も倫理的にかなりアウトなものなのだが、その研究の行われていた理由が一番いけなかった。
その理由を知る者を抹殺せんとレイレナード以外の企業から戦力が投入され焼き尽くされたところを逃げ出して助かったのだ。
「今は妻も子供もいる。妻が出来て、子供が出来てから分かったよ。…もうあんな真似はしたくない」
逃げだした先の土地は幸運にも秩序が保たれている地域であり、その場所で彼は妻となる女性と出会い子をもうけ、そうして現在、生活は苦しいながらも幸せにやってきている。
「……ソうか。気をつけロよ」
「あんたもな」
「…あア」
そして二人は路地から逆方向に出る。何事も無かったかのようにこの町は明日も明後日もクレイドルを見上げ、そしていつの日かコジマに汚染されるのだろう。
「…ふう」
マントのフードをおろし、ガスマスクと変声機を外したその人物は見目麗しい女性だった。
この地域では知る人はいないが、カラードではかなりの有名人、ウィン・D・ファンションであった。
この地域では乾燥と照りかえす日光により非常な暑さとなる。
そんな中でガスマスクにマントなどという頭が残念としか言いようがない格好をしていたため体中汗まみれである。
人が見ていないこともあり、マントを脱ぎ、上着を脱ぎタンクトップのみになり汗を拭く。
リンクスとしても傭兵としても超一流の彼女の肢体は美しさと強靭さを兼ね備えた戦う女性の筋肉となっていた。
「…さて…ん?」
水を飲み、これからゆっくりその情報を見させてもらおうと思っていた矢先、最新も最新、まだ一般には発売もされていないケータイにミッション報告が入っていた。
(…今はこちらが優先だな)
本来ならこんな我儘は通らないが、ランクも3となれば別の用だ。情報をゆっくりと見たいウィンはその依頼は別の人物に回すようにと企業にメールを送った。
「ガロア、依頼だ」
「?」
日曜日。
自分の目が届くところでなければ訓練するなというルールは緩められているが、
日曜日は休養日という規則は変わらず守ってるガロアは部屋で休んでいると相変わらずノックもせずにセレンが入ってきた。
「ニューサンシャインプロジェクト(NSSP)って知ってるか?」
「……」
噂などには元々興味のない性格の上、言葉を持たないため情報交換による情報収集が最も苦手なものと言ってもいいガロアはNSSPのことを全く知らなかった。
ベッドから起き上がり聞く姿勢を見せる。
「割と有名な話なんだがな。要約すれば、AMS適性が低くてもネクストを操れるようなリンクスを作るというGAのプロジェクトだ」
「……」
AMS適性が高いガロアには理解できない世界の話だが、低いとなれば強烈な精神負荷や違和感が身体を襲うどころか動かせないということもある。
数少ないリンクスに頼り切るよりは、そのリンクスを増やす方向へ努力するのは当然の考えと言える。
「既にそのプロジェクトで生み出されたリンクスがランク24にいる。それを撃破しろとの依頼だ。…インテリオルのな」
正直この前の依頼でVOBが爆発してるのであまりインテリオルの依頼を受けるのは気分がよくない。
「ネクストとの戦いは初めてだろう?本来ならAFより先に戦うべきなんだがな」
気分は良くないが、経験を積ませておくのは悪くない。作戦内容を吟味した結果、今のガロアならば問題なくこなせるミッションだと判断し話を持ってきたのだ。
「味方もいる。ランク7、ロイ・ザーランドだ。…まさかこの前の男が一桁のランクだとは驚いたがな」
人は見かけによらないということだろうか、と思いながらもこの前のダンの姿を思いだして、そういうわけでもなさそうだと残酷な評価を下しながら続ける。
「お前ほどではないが、このロイという男もかなりのAMS適性を持っている。今回の作戦はGAにそんなプロジェクトなんて意味ないと思い知らせてやるための作戦らしい」
セレンはそう言うが、現ランク4のローディーしかり、リンクス戦争時代のアナトリアの傭兵しかり、実はその方向性は間違ってはいない。
リンクスの良し悪しはAMS適性だけでは決まらないというのは事実だ。
だが、だからと言ってGAがプロジェクトを成功させその評判を上げるのは敵対企業のインテリオルにとってよろしくないのだ。
「AFに比べればずっと気軽な相手だ。どうだ。やるか」
聞きながらも、今までガロアは持ってきた依頼を断った事は無いことから今回も頷くのは知っていた。
「……」
やはり、肯定の意が返ってきてセレンも満足げに頷く。
「よし、じゃあ明日のブリーフィングは13時からだ。依頼受諾の旨はこちらから報告しておく」
「……」
ベッドに座るガロアに背を向け部屋を出ながらセレンは、
これではオペレータというよりはマネージャーだなと思いながらも悪い気分ではなく、その口はやや緩んでいた。
『ミッション開始!ネクスト、ワンダフルボディを撃破する』
『マイブリス、準備できている。さっさと終わらせちまおう 』
砂漠地帯となった街に二機のネクストが投下される。
それを見てワンダフルボディのリンクス、ドン・カーネルはほくそ笑んだ。
「ようやくネクスト投入か。仕掛けが遅いな、インテリオル・ユニオンも 」
既に目標とされていたインテリオルの輸送部隊は殲滅した。
その上こちらにはノーマル部隊もついている。
この際だ、さらに敵側のネクストを片づけて追加報酬をせしめてやれ。
ドンはGA正規部隊からの叩き上げで、経験と自信を持つ正統派の兵だった。
だが、NSSPの被験者に抜擢され、ここまで成功を積み重ねてきてその歴戦の勘は鈍ってしまった。
今回の作戦目標の輸送部隊自体が囮であることは、最盛期のドンならその警備の薄さから気づけてもよかったはずだ。
戦闘力は今の方が上だが、その勘と経験はもう失われていた。
アナトリアの傭兵のように、最初から背水の陣で余裕なく戦い続けていたのならば、また違ったのかもしれないが…
「!ノーマルか!無駄な取り巻きをぞろぞろと…構わん、ワンダフルボディに集中しろ。目標は奴1機なのだからな」
ブリーフィングではワンダフルボディ一機だけだったはずだが、ノーマル部隊がうじゃうじゃといる。
やはり、インテリオルはイマイチ信用できない…が、イレギュラーがノーマルぐらいでよかった。
別の画面に目をやり、空中浮遊カメラから送られてくる情報を見てもワンダフルボディとノーマル以外の機影は見えない。
「聞こえるか、ロイ・ザーランド」
『あいよ、どうした?』
「ガロアは今回が初めてのネクスト戦なんだ。そっちに集中させてやってはくれないか」
「へぇ…まあいいぜ」
オペレーターというよりは子煩悩な母ちゃんだな…と思いながらもネクストを相手にしないで済むなら楽に終われるから別に構わない。
右方でオーバードブーストで突っ込んでいくアレフ・ゼロに目をやり自分も前へと最高速で突っ込んでいくイメージをネクストに送る。
「おい、聞こえるか?あんたはネクストやんな。取り巻きは俺が押えておくからよ」
『……』
聞こえたのか聞こえていないのかアレフ・ゼロは真っ直ぐにワンダフルボディに突っ込んでいく。
機体から送られる急激な加速によるGを体中で感じながらロイは右唇を釣り上げた。
(ま、強い奴ってのは協調性がないからなぁ…口が聞けても返事はなかったかもな)
半年ほど前一度だけ協働作戦に出たオッツダルヴァのことを思い出しながらノーマルに向かっていった。
「な、なんだこれは!」
視界の端で光を発しながら動くアレフ・ゼロが全く目で追えない。
ビルの陰に隠れたりしてなんとかやり過ごすがバズーカの射線には入らずミサイルも全て叩き落とされる。
肩に装着したフレアはミサイルを持たないアレフ・ゼロ相手では意味がない。
「く、クソ!ぐあっ!」
何とか目の前に立ちトリガーを引こうとした瞬間にフラッシュで目が焼かれる。
(見、見えねぇ!わからねえ!なんだこいつは!)
AMSはリンクスの想像をネクスト側に伝えるだけではない。
ネクストが感知した敵やミサイル、コジマなどの情報も全てリンクスに送り付けている。
いわば双方向の通信なのだ。
だが、ネクストが時速800kmを超えて動き回る敵を捕捉しても、
中に乗るリンクスがその速度についていけなければ意味は無い。
そこでネクスト側からリンクスの反応速度や感覚を拡張するのだ。
もしそこでAMS適性が低ければその拡張についていけず重大な精神負荷をを受けることになる。
リンクス戦争時にはそれを承知でネクストから送られてくる情報を全て受け入れていたアマジーグというリンクスがいた。
もっともそれは企業側のリンクスではなく、それこそ先ほどの背水の陣で勝ち続けなければならないという覚悟を背負った者であった。
「があっ!」
接近を許してしまいブレードをバズーカで防ごうとしたときに蹴りを食らう。
「ひ、ひい!」
後方へめちゃくちゃにクイックブーストを吹かしながらトリガーを引くがロックオンもしていないので明後日の方向へ飛んで行ってしまう。
『おいおい、しっかり操縦しろよ、おじさん。コケちまうぞ、それじゃ』
「な、ノーマルは!?」
いつの間にか周りにいたノーマルは全て瓦礫となっていた。まだネクストを認識してから一分もたっていないのに…
『はあ?あれで足止めになると思ったのかよ…』
『……』
「それがネクストの動きだと?…じゃあ、俺はなんだ?! 」
理解できない速度で迫ってくる二機に対しドンは本音を叫ぶ。
『……』
アレフ・ゼロが砂地に足を引きずりながらも起動したブレードも地面につけ三本線の跡をつけながら迫ってくる。
「ひいい!く、くるなあああ!」
『……』
最早まともな抵抗もできないワンダフルボディにガロアはさしたる感想もなくその腕を振り上げた。
「これは…死ぬってのか!?俺が!?」
視界が暗黒に包まれネクストから送られてくる情報が途絶えた。
ネクストの爆発はその地に深刻なコジマ汚染を引き起こすため、それを防ぐためにもネクストは一定以上のダメージを負ったならばその場で強制終了する。
その後のネクストへの攻撃は企業法で禁止されているし、好んでコジマ汚染に晒されたい者もいないため、
コア、つまりコックピットへの深刻なダメージを負った場合を除くならば、その場で死ぬリンクスはあまり多くは無い。
だが、ネクストの敗北はその戦場での敗北とほぼ同義であり、その後その地に来た敵対企業がリンクスをどうするかは想像に難くはない。
その為、近年では作戦続行不可能と判断したリンクスはその場から逃走することも多い。
先のリンクス戦争でアナトリアの傭兵に撃破されたリンクスはほとんど死亡、もしくは行方不明となっているが、それでも彼が直接殺した者はその内の半分ほどしかいない。
正規部隊で上官になじられても同期にバカにされても一人遅くまで訓練していた頃の泥臭さを忘れていなければ、撤退という考えも出てきていたのだろう。
この後、ドンがどうなるかはもうガロア達にはわからない。
「ミッション完了だ。相手にもならなかったな」
画面に映るワンダフルボディは完全停止している。
いつも画面を眺めるときははらはらしっぱなしだが今回は大きな異変もなく終わることが出来た。
「これで終わりか。ちょろいもんだな、GAは。また誘ってくれよ、こういう仕事なら大歓迎だ 」
ひょうひょうと言いながらロイは自分のモニタに表示されるアレフ・ゼロの情報を見て肌が泡立つのをおさえられない。
(ほぼ無傷…しかもマシンガンとフラッシュロケット以外使ってねえ…全くランクに釣り合ってねえ強さだ…こいつが本気を出したら…)
俺は勝てるのか、という考えはやめにして帰還ルートの方角へと機体を向けた。