Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「なあ、せっかくだし飲みにいかないか?ミッションも大成功したし、金はあるだろ?」
帰還後、ロッカールームで本当に何の気もなく誘うロイ。
遊び人のプレイボーイの大半の例に漏れず彼は酒も女も大好きだ。
「……」
明らかにロイより多い服をロイより早く着替え終わりロッカーをバタンと閉めながら否定の意を示す。
「ん?なんか用事でもあるのか?…え?未成年なのか?」
確かに童顔ではあるがここまで年がいってないとは思わなかった。背の高さだけで見ればまず未成年には見えないのに。
ロッカールームから出ながら一方的な会話を続ける。
「へー…17…リリウムちゃんと同い年なんだな…将来性ばっちりってやつか?」
老い先短いと言われているリンクスに将来性もクソもないと言えそうだが、王小龍やローディーのように長生きしているものもいるためそれはわからない。
「そういやなんであんたはリンクスになったんだ?企業に所属していないのはなんか理由でもあるのか?」
企業に所属していないのはセレンに引き抜かれたからであり、リンクスになった理由もしっかりある。
それらは企業所属の上位リンクスなら知っていることだが独立傭兵のロイは知らなかった。
「…まあいいや。それぞれ理由があるもんな」
おちゃらけたロイであるが、彼にもリンクスになった理由はあり、それを人に大っぴらに語ったりはしない。
手当たり次第に話しまくるダンのほうが珍しいのだ。
詰まる所、リンクスとは人殺しの道具なのだからどんな大義名分を引っ提げても陳腐になる。
「ん…しかし、飲みもしねえ女も買わねえとなったら一体何に金を使うんだ?」
「………、…?」
金。そういえば今日この日まで自分は金を全く使っていない。
金の管理は全てセレンに任せているがそういえばなんだか企業連の管轄ならどこでも使えるカードを渡された気もする。
ガロアは今日初めてロイの方をまともに見た。
「…じゃ、俺が金の使い方ってやつを教えてやりますか」
にいぃ、と笑って10代の男子にとってまさしく出会ってはいけない悪い大人にロイがなろうとしていたその時。
「ガロア様」
「ん?リリウムちゃん?」
「……」
噂をすれば影とはこのことか、リリウムが声をかけてきた。
偶然などではなく、今セレンが報告に出向いてることを確認してからガロアをまた食事に誘いに来たのだ。
「どうしたんだい?」
「ガロア様をお食事に…」
「まあそういう金の使い方もありなんじゃないか?年頃なんだしさ」
同年代の異性と出かけるのに金を費やすというのは最も楽しい金の使い方の一つだろう。
しかし、リリウム・ウォルコットが、同い年とはいえ食事の誘いに来るとは…とロイは鋭い勘に小突かれながら思っていた。
「使い方?ですか?」
「ああ、ガロアは稼いだ金を使わないんだとよ」
「リリウムもあまり使いませんが…」
「…リリウムちゃんは何かに使うのかい」
「はい、大人からあまり使いすぎないようにと制限はされていますが、時々お洋服やお菓子を買ったり…でもいつも一人なのであまり楽しくは…」
「…へぇ」
王のジジイの傀儡だと思ってたリリウムがそんな感情を持っていたことに驚いたし、ちゃんと制限もしつつ自由を許していることも不思議だった。
ローディーもそうだが、年を経ればいくつもの顔を持つようになる。
王も陰謀家としての顔もあれば、孫への愛情(のようなもの)をもつ老人の顔も持つのかもしれない。
(この前のアレは情報収集だと踏んでいたんだが…)
ロイがしばしの思案に耽っているとリリウムがさらにガロアに声をかける。
「何か買いたい物とかは無いのですか?」
「……」
聞かれて考えるがない。
ロイに金の使い道を聞かれてからその場を一歩も動いていないのは頭に集中している証拠だろう。
ガロアは14歳になるまで金という物をよく知らなかった。
存在を知らないのではなく、全く使ったことが無かったのだ。
「リリウムちゃんは何か有意義な金の使い方はするかい?」
「有意義、ですか?…贈り物…だと思っています」
「贈り物?」
「はい。大切な方へ、日ごろのお礼も兼ねて。自分の為だけに使うよりはずっと有意義ですし気分もいいです。ガロア様は大切な方はいらっしゃいますか?」
「……!」
聞かれて最初に浮かんだのが今は亡き育ての父、そして次に浮かんだのが喜怒哀楽の激しいセレンの顔だった。
もしかしたら自分は…
「で、では一緒に何か贈り物を探しに行くのはどうでしょうか。この後お時間があるのなら…」
「…行って来いよ。一日にミッションが複数入るなんてのはそうないし、報告もオペレータの仕事だから暇だろ?」
女性の扱い、特に好意の扱いは誰よりも得意なロイはリリウムの醸し出す特別な雰囲気に勘づく。
女性は甘いマスクを持ち、エリート思考でクールな男に弱いモノだが、
BFFの女王として持ち上げられているリリウムにとってはそんなものよりも自分に付けられたタグではなく自分そのものを見てくれる存在に惹かれた、というところか。
なるほど、既に並のリンクスでは相手にもならないガロアならばそんな色眼鏡でリリウムを見ることも無いだろうし、同じリンクス同士、話も合うだろう。話せないが。
(でもなぁ…)
この前のチャンプス戦の時にガロアのそばにいたあの美人…セレンって女は明らかに…と、思うしそもそもガロアがリリウムを見ていないような気もする。
さっきの大切な人の存在という問いにガロアの頭の中にあったのは間違いなくあのオペレータだろう。
リリウムが抱いているであろう、まだ恋とも友情とも呼べる代物ではない感情が果たしてどのようになるのか。
それはガロアの立ち回り次第だろうがきっとこういうことに慣れてないこいつは苦労する。
「ま、俺はこの辺で失礼すんぜ。酒でも飲んでくる。後は二人でやってくれ」
「……」
「はい、それでは」
美人は好物だがそこまで年下には興味ないし、今はウィンディーがいるから手当たり次第というのは一時休業している。
それに今の自分は邪魔ものだ。
後は若い二人に任せようじゃないか。
カラード管轄街の北に位置するショッピングモールでかなり人目を引く二人の男女の姿があった。
片方は半ばアイドルとしても扱われているBFFの女王であるが、この街ではたまに見かけるため騒ぐ者はあまりいない。
だが問題はその隣で歩いている長身の男の方だった。
春真っ盛りで瑞々しい緑が街のあちらこちらで見える時期だというのに真冬でもまずしないようなコートにさらには厚手の帽子を被っている。
少々伸びすぎた髪は目をほとんど隠しそこから覗く目には独特の同心円が浮かんでいる。
どう見たって変質者そのものの男がカラードのリンクスの象徴ともいえるリリウムの隣に並んでいるのは明らかに異様な光景だったが当のリリウムはどことなく楽しそうである。
「贈り物はやはり相手の好きな物が一番喜ばれます。ですが、好きな物であるがゆえ中途半端なものでは逆にわかっていないと思われるかもしれません」
昔BFFの社員に頼んで高級酒を買ってきてもらい、王に贈ったことのあるリリウムだが、その場ではお礼は言われたものの後日、
王は単に度数の高い酒よりはよく熟成した果実酒の方が好きだと判明したのだ。
「……」
ガロアが知っている中ではセレンの好きな物は派手すぎないオシャレな服と甘い物だ。
だが、ファッションについてはとんと分からないので必然的に甘い物を買うことになるだろう。
「あとは自分がこれは相手にきっと似合うとか良さそうだと思うものを贈るのもいいかもしれません」
以前の失敗を踏まえて今度は深い青色のワイドブリムハットを買ったらそれには大層喜び今でも出かけるときには着用してくれている。
そんな自分の経験に基づいてアドバイスを送るリリウムは先ほどからずっと笑顔を浮かべておりすれ違う男も女も魅了する。
「……」
一方のガロアは混乱の極みにいた。
自分が相手にとっていいと思ったものを贈る、と言われて箒が頭に浮かんだがそれを渡したら間違いなく嫌な顔されるか、下手したら怒り出すだろう。
むむむ、と悩むガロアの表情を眺めてリリウムは色素の薄い瞳に瞼を被せてほほ笑む。
「それを考えるためにお店を回るんですよ。行きましょう」
それとほぼ同じ時刻。
砂地の上に建てたテントの中でウィン・D・ファンションは受け取った情報を吟味していた。
周りに監視用のカメラを設置し不審者が近寄ってきたら中ですぐにわかるようになっている。
腰に装着している9mm弾を発射するハンドガンの手入れもばっちりである。
じりじりと焼け付くテントの中で流れる汗をぬぐうことも忘れて、
それまでに集めた情報を統合し導き出される一つの結論。
それは自分達の知っている情報のみで考える企業ではたどり着けない答えにまで達しようとしていた。
「ようやく一つだけ点が見つかったが…繋がる点も無ければ線を伸ばす方向も分からん…結局オッツダルヴァの目的がわからんな…」
オッツダルヴァが怪しいと踏んでからその出身とされるレイレナードのわずかに残されていた痕跡やデータを辿り、
ウィンはなんとかオッツダルヴァの誕生の秘密まで辿りついた。やはり、レイレナード出身という噂自体は間違っていなかった。
だが、オッツダルヴァが今オーメルのリンクスとしてカラードにいる理由まではわからない。
下手に確証も揃えずそれを口にしても、相手の正体も規模も分からないままでは最悪殺される可能性もある。
「しかし、これは非人道的だな…どんな大義名分があるにせよ…潰されても文句は言えまい…ん?」
そこに記載されていた研究所の方針を見て吐き気を催す嫌悪感を露わにした後に、書き込まれていたこの記録を手渡しした男の手記。
それは研究や同僚に対する個人的な感想と研究所が攻撃された時の状況と、そのターゲット、そして救援要請の記録などを男の主観で綴ってあるものだった。
客観性にかけ臨場感があるだけの文章など少なくとも記録の上では重要ではない。
男は何気なくそのことも昔を思い出しながら記載しておいたものの、さして重要な情報だとは思っておらずおまけ程度に書いておいたものだったが、
ウィンにとっては重大な推理の点となった。
「…!…これは…依頼されたリンクスがこの男なら…もしこの研究所攻撃のターゲットが…」
グルジアと呼ばれていた国で18年前まで行われていた研究。
企業がこぞってその研究所に兵を出し、全てが焼き尽くされたかのように思われた。
その中でこぼれるようにして残された情報の断片。
「もしや…オッツダルヴァとガロア・A・ヴェデットは…」
事実は小説より奇なり、とはよく言うが、その事実には奇というよりも運命を司る者の悪意が感じられた。
「……」
ガロア自身も知り得ないことをウィンが得ようとしていたころ、ガロア本人はというと…悩んでいた。
目の前のマネキンが着ている服を頭の中でセレンに着せようと試みるがどうにも上手くいかない。
こんなファーがもりもりついているコートは似合うのだろうか…と考えているが、冬も終わったこの時期に季節を過ぎたため半額で売られているコートの前で悩むこと自体が間違っている。
後ろにある店では高級チョコレートがずらりと売っており、試食も出来るが、食べてみたところなんか美味いような気もするけど…程度の感想しか出てこない。
そんなガロアの姿を見て薄い笑顔を浮かべながらリリウムは先ほどから頭の中である疑問が浮かんでは消えてを繰り返している。
さっきから見てるのは女性向けの物ばかり。
やはり、大切な人というのはあのおっかないオペレーターのことなのだろうか。
気になるが、どうしてもそれを尋ねる言葉は口から出てこなかった。
「ガロア様は趣味などは?」
「……」
問われてまたまたむむむむと頭を悩ませる。
趣味と言われてぱっと思い浮かぶようなことは特にない。
「何か得意なこととか…」
「!」
「え、お料理が出来るんですか?なら、その方が好きな食べ物を作ってあげたりとかは…」
「…!」
その言葉で近頃の食卓事情を思い返す。
ガロアは基本的に中央塔にあるカラードに登録されているものならば誰でも無料で食べられる美味くもまずくもない食事を食べている。
一方のセレンは街で好き勝手に食べ歩いているといった状況だ。
引っ越して以来、ガロアは一度も料理をしていない。
なら、それこそセレンの好物のホットケーキを作るのも悪くないんじゃないか。
その考えに至った時、リリウムが声をかけてくる。
「何かありましたか?地下一階で食品が販売されているので行きましょうか」
「……」
と、なるならば必要な材料をそろえなければならないため、その提案はありがたく、頷くのに躊躇は無かった。
「…なんだ?」
外に置いたカメラに何台ものトラックが一定速度で同じ方向へ進んでいるのが映る。
「あの方向は重度汚染区域だぞ…」
整備されているトラックが規律を持って走っていること自体驚きだがその向かう先は数年前から生物が生きてはいけない程の重度汚染区域となっており、
そこに向かう理由がわからない。
ウィンは訝しげに顔を顰め、額を伝う汗をぬぐい、外に出て高性能双眼鏡を用いて観察することにした。
「…?運転席はどこだ…?」
照り付ける太陽の光を程よく調節し、親指の先ぐらいのサイズで見えるトラックにはガラスが無かった。
ガラスがないということは人が乗っても外が見れないということ。
いや、カメラでも取り付けてあるのならば話は別だが、企業管理下でもない、貧しさと餓えが文化とも言えるこの土地でそんな高性能な乗り物が連なって走ることなどありえない。
「藪蛇になりかねないな…」
ここにネクストがあるのならばまた追跡も可能だが、せいぜい武装も対人用なので無暗に近づいて自動制御のノーマルやMTが出てきたりしたら洒落にならない。
「……一体、どうなっているんだこの世界は」
結局なすすべなくトラックを見送るだけに終わりながらウィンは呟く。
クレイドル育ちの彼女は夢を見て地上に降りてきてから様々な現実に直面してきた。
それは一言で言えば歪みそのもので、現在の体制は命の価値を思い切り差別化させているだけだった。
個人の持てる力の最高峰であるネクストを駆ってさえ世界の歪みは一向に直らない。
そして、またわからないことが一つ増えた。
これ、次はあれ、そして今度はこれ。
淀みなく材料を籠に入れていくガロアの姿に料理が出来るという言葉の裏付けが取れる。
別に金に困っているわけでもないだろうに、セール品の中から良品質の物を選んだり牛乳パックを奥から取っている姿は人間臭いとしか言いようがない。
「何を作るつもりなんですか?いえ、待ってください。リリウムが当ててみせます」
「……」
「ケーキですね!」
「……」
惜しい…といいたいところだがホットケーキの素を買うのを見てなぜそうなるのだろう、と思いながらホットケーキミックスの箱を取り出し見せる。
「ホットケーキでしたか!そうでした!」
もしかしてこの娘は相当な天然なのではないのだろうか。
前にカニスからリリウムはランク2に位置する天才だと聞かされていたが見た限りではそうも見えなかった。
会計を済ませて店を出ると目の前にあった花屋が目に留まる。
片付けや生活がめちゃくちゃなセレンも植物を育てれば少しはまともになるかも…と少々失礼な事を考える。
「お花ですか?高価過ぎませんし、いいかもしれませんね」
そんなリリウムの言葉に見る気が出て店に入る。
植物特有の青臭さと湿気が漂い髪の毛がさらにうねる。
花のことはよくわからないガロアはさてどうするかと周りを見渡す。
変質者が入ってきたのかとぎょっとした女性店員と目が合い、なんとなく目をそらした先で、
花茎をひょろりと伸ばしその先端に小さなピンクに近い紫色の花を綺麗に玉状にまとめて咲かせた…アルメリア(Armeria)と書いてある花が目に入った。
「!?」
驚き目をこするがその花の名前はアルメリア。
一瞬自分にとってもっともなじみ深い単語の一つに見えて、何故花屋で?と驚愕したがそれは見間違いだった。呼吸をつき、落ち着かせる。
もう今ではやらないが、昔セレンがシミュレータマシンで相手をしてくれていた時に見た、エンブレムの花はピンク色だった気がする。
そんな思い出をふと思い出していると店員が声をかけてくる。
「ハマカンザシが気になるんですか?あ、ハマカンザシっていうのはこの花の和名でして…」
ぺらぺらと話しかけてくる女性店員は親切心から話してきたのではなく、不審者を見たら声をかけろと言うマニュアルに従っているだけである。
が、花の知識はあまりないリリウムとガロアにとってそのうんちくはとてもありがたかった。
「…というわけで野生の花は今はほとんど咲いていない中、この花は野生に咲いていたアルメリアを植え替えて咲かせたものなんです。少々お高いですがきっと丈夫に育ちますよ」
「ガロア様、どうしますか?」
「……」
「ありがとうございましたー」
なんだ無口だったけど別に不審者じゃなかったな…と顔に分かりやすく書いてある店員の見送りを受けてガロアは右手に食材、左手に花を持ち歩く。
「カラスが、鳴いていますね…」
「……」
もうこんな時間だ。
ミッションが終わってからずっと買い物に付き合ってもらってしまった。
「その、ガロア様は…」
誰の為に今日一日プレゼントを選んでいたのですか?
頭に浮かぶ言葉はしかし音を得ず、口から出たのは別の言葉だった。
「リリウムは帰らなくてはいけません…」
王に門限を決められているリリウムは少し寂しそうにしながらも律儀にその決まり事を守ろうとガロアに別れを告げる。
「今日は楽しかったです。また、今度よろしければ…ありがとうございました」
ガロアは頷き街から出る方向へと歩き去るリリウムの背中を見る。西から夕日に照らされるリリウムが実年齢以上に幼く見えるのは寂しさゆえに背中が縮こまっていることと無関係ではないだろう。
「……」
ありがとう。
それは自分が言うべき言葉だった。
自分は今まで一体いくつのありがとうを伝え損ねているのだろう。
もし自分が口をきけたなら…
意味のない仮定を頭の中で作り上げ、寂寞とした思いを抱えながら、そういえば食事に誘われたのに何も食べてないことに気が付きお腹を鳴らしながらガロアも帰路についた。