Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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襲撃

「つ、疲れたな…」

中東及びその近辺への旅を終えたウィンは流石に疲れたようで玄関で荷物を降ろしてへたり込む。

元イタリアの地中海近辺にある彼女の家はガードロボが24時間体制で周囲を警戒しネクストも常に最善の状態に整えておく最高のネクスト発着場であると同時に、

クレイドルと同等、いやそれ以上に贅沢な屋敷でもあった。

元々貴族の避暑地だった三階建ての馬鹿でかい庭地付きの屋敷をそのまま買い取り改築したもので、エメラルドの海を臨むことの出来る寝室に加え、天井が開き空を思いのまま眺められるリビングがある。

自動的に海の幸を運んでくる海上メカ「ホエール」は今日も美味しそうな魚を運んできたらしい。

だが今はそんな贅を尽くした物よりもただ泥のように眠りたい。

 

「レイラ!レイラ!どこにいる!?」

普段のウィンが人前ではまず出さないような気の抜けた大声で、ある人物の名前を呼ぶ。

 

「あ、ウィンディー!帰ってきたの?」

その声を聞いて二回から高い声が返ってくる。

 

「レイラ、この中の洗濯物洗っといて…私はもう寝る」

 

「それはいいんだけど…一体どこへ行ってたの?」

 

「色々とな」

レイラと呼ばれた女性はライトブロンドの緩やかなウェーブのかかった長髪を揺らし、

光を程よく反射するブラウンの瞳の上の眉が優しげなカーブを描いている。

少し丸顔だが桜色の唇からは眩しい歯が見える。

目鼻立ちは美人のそれに間違いないが、アクセントのようにちりばめられたそばかすが高い鼻の周りにあるため美人特有の近寄り難さを出していない。

だが、彼女は他人には近寄らず他人も彼女には近寄ろうとしない。

何故ならば、美人であることを受け入れていないかのようにその顔の右側の大半は鉄の仮面で覆われていた。

 

「ご飯は?」

 

「いや、いい」

トントンと寝室へと向かう階段を上がっていくウィンの背中を見送りながら眉を顰めて鼻を鳴らす。

 

自分の心配はいつだってウィンに届かず、ウィンはいつもどこかで一人で何かをしている。

彼女の一番最初の記憶は一年程前のものであり、それは人々から逃げ回ることだった。

気が付いたときは地上で一人歩いており、

彷徨うようにふらりと入った街では化け物と呼ばれ石をぶつけられて訳も分からぬままその場所から立ち去った。

道中でも道を歩く女性に叫ばれ、男からは銃を向けられる。

 

人のいない場所を求め森に入り水を飲むために河の傍にしゃがみこんだ彼女の眼に映ったのは焼け爛れべろりと皮が剥がれた自分の顔だった。

名前も目的もわからないが、自分はきっと生きていてはいけないものなのだと、それは確信できた。

もうこの場所で死が訪れるのをじっと待とう、と自覚した人生というものをあまりにも短く終えようと思ったその一日後、

この辺りに自分の基地でも作るかと訪れたウィンと出会ったのだ。今だからこそ言えるが、その出会いは自分の記憶のある中では一番の幸福でもあった。

 

『ん?なんだお前は』

 

『来ないで!こっちに来ないで!』

 

『落ち着け、私はお前の敵じゃない』

 

『…?あなた、私のこと見てもなんとも思わないの?』

 

『うーん、可愛い女の子が目の前にいる以外はなにも不思議なものは映っていないが』

 

『…!』

その言葉により少しだけ警戒を解いた自分の元に近づいてきたウィンは丁寧な治療を施し何も言わずにそこを去ろうとした。

 

『あなたは誰?どうしてここにいるの?』

 

『んん?この土地は私が買ったんだよ。あそこにある屋敷ごとな』

それは自分に石をぶつけ排斥してきた人たちが住んでいた場所だった。

汚染された地球ではとんと見かけない小鳥がその視線から逃れるようにばさりと飛んだ。

 

『変なことしないならここにいてもいいぞ。どうせ一人では使い切れんぐらい広いからな』

たった一日の間の事だったが、立ち去ろうとするウィンの背中と風を受けざわめく森を見て、

出会った人すべてに嫌われ孤独というものにどっぷりと浸かった自分を思い出す。

今、自分に敵愾心を抱かなかったこの人と別れたら世界にはもう自分の敵しかいないかもしれない。

刷り込み染みた感情に心を動かされ考える前に口が動いた。

 

『…!待って!私をあなたの傍において!きっと役に立ってみせるから!』

 

『…えぇ?』

その後訝しげなウィンに自分の身の上を語り(と言っても記憶がない名前すら分からないという一言で終わったが)、

怪しいことをしたらすぐに死んでもらうぞ、という警告を貰いながらもその身を引き取ってもらえることになったのだ。

何故かネクストや機械の知識があったことや、料理も洗濯も進んでやったことも幸いして重宝され、そのうち信頼を得たのか、オペレーターやマネージャーの代わりもやるようになった。

まだまだミスも目立ち、一流とは言えないが今では実の姉のように慕っているウィンの為に日々家の管理や書類整理などに精を出している。

だが最近ウィンは何も言わずに家を出てってしまうことが非常に多い。

そしていつもクタクタになって帰ってくるのだ。

ネクストに乗って危険な任務に赴くのならば自分でも手助けできる。

だが、突然消えられると自分ではどうしようも出来ないし、一人で待っている間心配な上寂しくて仕方ない。

しかしウィンが自分に気を使って何も話さないことにも気づいている。

お互いを思う気持ちがすれ違っていることに気づいていながら二人はそれゆえ何も口にできない。

 

今では飛んでくるネクストを恐れ屋敷の周辺の町は誰も住んでいないがウィンは静かでいいと思っていたし、

レイラはこれで叫ばれずに済むと嬉しかった。

この広い屋敷と周りの森は彼女とウィンだけの世界だった。

 

「ん、ぬぬぬ…お、も、い…」

洗濯物だけでこんなに重くなるはずがないとボストンバッグを開くと出るわ出るわダブルアクションのハンドガンにサブマシンガン、果てはタレットからロケットランチャーまで。

一体どこで何をしているのか。

再び鼻から盛大な息を漏らすと顔の右につけているマスクがかちゃりと音をたてた。

 

 

 

 

「はぁ…」

レイラがバッグの中身を整理してくれているのであろうことが推測できる音が下の階から聞こえてくる。

二人で住むには広すぎるこの屋敷ではその生活音が孤独を紛らわしてくれる。

レイラはウィンをこの世の何よりも慕っているが、ウィンもウィンで家族を置いて地上に一人降りてから、

気持ちの面でレイラに随分と救われている。

 

「せめて、可愛い面とかでも発注するかな…」

リンクスとしての稼ぎも安定してきたウィンはある日彼女を連れて大型の病院に連れて行ったことがある。

その理由は二つあった。目を閉じその日を思い返す。

 

『この記憶喪失はコジマ汚染が原因でしょうな…恐らく。重度のコジマ汚染の地域に踏み込んだか、あるいは住んでいるところがコジマ兵器に襲われたか』

 

『コジマ汚染…なんだろう…その言葉も知っている…』

 

『やはりか…』

検査の結果を見ながら言う小太りの医者の言葉をウィンはある程度予想していた。

コジマ汚染されたものが記憶を失う…というわけではなく、初めて森で出会った時、彼女はリンクス用のパイロットスーツを着ていておまけに首にジャックがあったのだ。

 

『一応、身元を調べて彼女の人生に関係ありそうな物事に触れさせていけば記憶ももしかしたら戻るかもしれませんが…』

首との境目が分からなくなった顎をうずめ医者は唸る。ただでさえ記憶喪失の治療は厄介なのにコジマ汚染となるとほぼお手上げだ。

コジマ汚染による生物への害はわかっていないところが非常に多く、突然耳が聞こえなくなるものもいれば頭痛に悩まされる者もおり、

その逆に全く平気な者、果てにはむしろ元気になる者などもいる。

 

『必要ないわ。今、ウィンと一緒にいて、それで十分だから』

 

『そうですか。まあ、記憶喪失を切っ掛けに新しい幸せな人生というのを過ごすというのもありでしょう』

 

『…じゃあ顔の傷は治せるか?』

 

『ええ、これぐらいなら、皮膚の張替えと人工筋肉の生成で…』

 

『それも結構です』

その提案もレイラはきっぱりと断りウィンは宥めるように優しく言葉をかける。

 

『レイラ、折角可愛い女の子なのだから…』

 

『いいの』

ウィンの気持ちはありがたかったが、この顔の傷は彼女のトラウマでもあり、彼女をウィンと引き合わせてくれた運命そのものでもある。

この傷を見てなお普通に接してくれたウィンがいれば彼女はそれでよかったのだ。

今更顔が治ったところで人とまともに接することが出来るとは思えないし、その本心も見抜けない。

この傷は人を映す鏡でもある。なんとなく彼女はそう理解していた。

 

結局検査のみで終わった病院を出て暫く歩くとウィンが声をかけてくる。

 

『本当によかったのか?レイラの幸せを』

 

『私がこんな顔でもウィンはそばにいてくれる。それだけでいいの』

幸せを、の先に何を言おうとしたかはわからないが、自分にはこれ以上の幸せなどないと思っている。

 

『そうか…なら、せめてマスクを買おう。その傷を隠せる奴をな。レイラがどう思っていても、やはり街に出てお前に好奇の視線をぶつけられるのを見るのは…私が辛いんだ』

わがままを言った私でも結局ウィンは私の為にそんなことを言ってくれる。それが嬉しくてたまらない。

でも、ウィンが辛いというのなら…

 

『そう…じゃあ、買ってほしい、かな』

 

『ああ』

 

夢か記憶の旅かわからない風景が変わる。

 

インテリオルの記録室で今よりほんの少し短いポニーテールを揺らし機械を操作するウィン。

 

『この人が霞スミカ…私がこの人の後継、か…』

切れ長の双眸の上の眉が角度をつけて曲がっているお蔭でキツそうな印象は与えず、

とはいえいい加減な印象も与えない。

艶やかな黒髪の下に輝くブルーの瞳は何を語り掛けているのか。

レオーネメカニカの事実上の最高戦力、霞スミカの写真がそこにはあった。

 

(もうずいぶん前に亡くなっているのに公表したのは最近なんだな…企業が隠ぺい体質なのはいつの時代も変わらないな)

実際は霞スミカの死の情報が何故か流出し公表せざるを得なくなったのだが、そんな事情は当然記録されていない。

 

『なんだ…結構な数のリンクスが死んでい…!!』

リンクスリストをスクロールすると、今よりも大分若いレイラの写真の隣にDEADと赤く書かれていた。

 

 

 

「…ディー!ウィンディー!!」

 

「!!」

レイラの大声に意識を揺さぶられ飛び起きる。

まだ眠気も疲れも取れていないが、眠っている自分を無理に起こすような真似をするレイラではない。

何か緊急事態が起きている。

 

「なんだ!?」

 

「緊急依頼よ!インテリオルの実験施設のAF開発部門が襲撃されているわ!今はノーマル部隊で足止めしているけど、長くは持たないわ!急いで!」

 

「…休む暇もなしか!」

跳ね起き、服を脱ぎ捨てすぐに格納庫へと向かい、パイロットスーツに着替え乗り込む。

 

『すぐに発進して!位置情報は送るから!』

 

「わかった!」

レイテルパラッシュのコックピットの装甲に耐Gジェルが注入されOSが起動していく。

完全起動を確認すると共にジャックを差し込む。

 

「…出るぞ!」

ふつりと湧き上がったリンクの違和感はすぐに消え、画面に表示される位置へと向かう。

 

 

『な…れ…EC…散布…通信…』

 

「レイラ!?クソッ、ECMか!レーダーもイカれた!」

施設の研究員か、襲撃犯、どちらの仕業かはわからないが高濃度のECMが散布されている上通信障害も起きており、

インテリオルの最新型ネクストのレイテルパラッシュのレーダー機能を持ってしても役に立っていなかった。

 

「敵はどこだ…!?」

辺りには複数のノーマルの残骸が転がっており、遠くからは爆音が聞こえてくる。

 

「!!」

殺気を背後から感じ右に飛び退りながら旋回すると自分が今いた場所を高速のレールガンが貫いた。

目をやると見たことも無い白を基調に紫で節々を塗った軽量級ネクストがこちらを捉えていた。

 

「イレギュラーか…」

戦闘態勢を取ろうとするとさらに先ほど爆音が聞こえた方から黒い重量二脚のネクストが飛び込んでくる。

その肩部にはまたもや見たことの無い半円の兵器が装着されている。

 

『なるほど、ウィン・D・ファンションが来てたのか。ついでに消えてもらおう』

 

『やるぞ』

白いネクストから発せられる女性の物と思われる声と同時に二機のネクストが動き始めた。

 

破壊の跡があらゆる場所に広がる工場で三機の鋼鉄の巨人が激しく火花を散らしているが、その優勢は黒い重量機と白い軽量機の方にあるようだった。

 

(こいつら…!強い…!特にあの白い方…)

人間の限界を遥かに上回る速度で工場内を飛び回り攻撃をしかけながらもしかしウィンは追い込まれていた。

 

白いネクストも黒いネクストも明らかに規定されているラインを超過している量の武装を積んでいるのにも関わらず、

その動きは全く緩まない。

特に白いネクストは常にウィンの上をとるように動いており、油断すれば高火力のハイレーザーを叩き込まれる。

しかし上ばかりを見ていると地上を滑る黒いネクストからのミサイルとグレネードが待っている。

しかも自分のレーザー兵器と相性がいいはずの重量機は常識ではありえない程のプライマルアーマーを展開しており、レーザーを幾らか当てた程度ではびくともしない。

白いネクストは純粋に強く、黒いネクストも十分以上な腕に加えて実弾兵器で固めており自分の機体とは相性が悪い。

 

「く、くそ…連携は上手くないのに…強い…」

破壊されている量産型アームズフォートの裏に隠れ呼吸を整えながら声を吐き出す。

 

『連携は上手くない、か』

 

『…間違ってはいないな』

重量機に乗る男が面白そうに呟き、白いネクストの女も余裕の返事を返す。

 

『そろそろ死んでもらう』

白いネクストがアームズフォートを乗り越えてこちらにハイレーザーライフルを向けてくる。

 

「っ!!」

飛び込むようにアームズフォートの陰から出るが、そのライフルは放たれることは無かった。

 

(ブラフ…!)

 

『下手なりの連携というやつだ。ではな』

重量機のグレネードとバズーカが向けられる。

バランスも考えずに飛び込んだのが災いし、自分の機体は膝が地面をガリガリと削るほどバランスが崩れている。

その崩れたバランスと勢いにも惑わされることなく黒いネクストの銃口がこちらに向くのがやたらとゆっくりと見えた。

 

(死ぬ間際は時間がゆっくりになるって誰かが…)

高速回転する頭の横についた耳へつんざくような高音が入ってきた。

 

 

『何!?』

元に戻った時間の流れの中で見えたのは暗い緑色の重量機が黒いネクストにレーザーを放っている姿だった。

黒いネクストの男は驚きの声を上げる。

 

『増援か』

白いネクストの女は呟き、黒い重量機の元へと飛んでいく。

 

『…この程度ではやられん』

レーザーが直撃したのにも関わらず黒いネクストは依然動き変わらずに白いネクストと合流する。

 

『なんだよ、こいつ…直撃したのに…おい、ウィンディー生きてるよな!?』

 

「ロイ・ザーランドか!?」

 

『お前んとこのオペレーターから支援要請が来たからな!飛んできたぜ!』

 

「…助かる!」

普段は自分の周りをうろちょろと鬱陶しいぐらいにしか思っていなかったがこれは本当に助かった。

これでもこの男は独立傭兵の中では最高戦力の一人であり、ミッション時には頼れる相棒でもある。

その信頼の証として自分のハイレーザーライフル、アクルックスの対となるべクルックスという新型ハイレーザーライフルがインテリオルから与えられている。

 

『俺の点数は上がったか?』

 

「…その台詞が無ければな!…この重量機の肩についている装置はPAを増幅させているぞ!気をつけろ!」

内心少しだけ点数が上がったのを見抜いているかのように飛んできたセリフをいつものようにあしらう。相棒というのもあくまでミッション中の関係だ。

 

『なんだそりゃ…弱点も弱点じゃねえってか…こいつらイレギュラーにしちゃ装備が贅沢すぎるぜ』

 

『…やるぞ』

 

『ああ』

愚痴を垂れるロイの声を遮るように白いネクストが声と共に動き黒いネクストも反応する。

 

「お前は重量機をやれ!あの白いネクストはお前では無理だ!相性が悪すぎる!」

 

『…無茶するなよウィンディー!!』

四機の巨人は重力を感じさせぬ動きで攻撃を交える。

ロイの到着によりその戦場は拮抗したかのように見えたが…

 

 

 

「…くそ…」

 

『これは…いよいよやべぇな…俺も…』

純粋にリンクスとしてイレギュラーの二人がかなりの実力者であったことと先に矛を交えていたウィンがダメージを負っていたこともあり、ついに二人は追いつめられる。

 

『これで一気にカラードの戦力が削れるとはありがたい』

黒い重量機が先ほどからレイテルパラッシュを庇うように動くマイブリスから消し飛ばすため照準を向けようとしたその時。

 

『!避けろ!』

白いネクストの言葉に寸分遅れずに反応し黒いネクストが左へと飛ぶが、威力だけを追求したロケットの爆発が飛びこんだ場所ごと焼き、黒いネクストは幾らかのダメージを負う。

 

『ぐっ!』

 

『こいつ…アレフ・ゼロか』

 

『……』

そこにいたのは、救援を送ったのにも関わらず全く通信の帰ってこなかったウィンを心配したレイラが、

カラードでここ七日ほど暇そうにしていたガロアをさらに救援として送り込んだのだ。

 

『ガロアか!助かるぜ!』

 

「…すまんが劣勢だ。どちらも手ごわい、気をつけろ」

本来ランク一桁のリンクスを先日ようやくランク17となったガロアが助けに来るなどおかしな話だが、

そんなことを言える状況では無いし、既に低ランクどころか並大抵のリンクスよりはるかに強力な戦力となっているガロアの助けに対し、

二人ともそうとは思わなかった。

 

 

『テルミドールの言っていた奴か…』

黒い重量機が今の仕返しはさせてもらうぞ、とばかりにバズーカを向けるが…

 

『待て。これ以上はナンセンスだ。増援がさらに来ないとも限らん』

白いネクストはそれなりに消耗している自分たちの状況も冷静に考慮し撤退を示唆する。

 

『…ふん。結局アンサラーは見つからなかったが…何基かアームズフォートも破壊したからな。よしとするか。…アレフ・ゼロ、この借りはいつか返させてもらう』

白いネクストからの助言を受け素直に引き、撤退を決め込む二機。

逃がすわけないと、その背中を追おうとするアレフ・ゼロにレイテルパラッシュから通信が入る。

 

「やめろ、私も一機で向かってこのざまだ。それにこれが罠でない保証もない」

追いかけていった先にさらに戦力があるかもしれないし、まともな戦力の無くなったこの施設に敵がさらになだれ込んでくるかもしれないという可能性を考えガロアに通信を送る。

 

『……』

返事は返ってこないがアレフ・ゼロはアクティブになっていた肩のロケットとブレードを下げ、地面に着地する。

辺りはノーマルと防衛兵器の残骸だらけでそこら中に火までついておりその上コジマ汚染と、地獄さながらだ。

 

 

『あー、きつかった…何だあれ、カラードに登録されてないリンクスがあんな戦力を持っているなんてな…』

 

「…わからんが、とりあえずプライマルアーマーをひっこめよう。これ以上ここを汚染しては折角敵を退けても使い物にならなくなる」

ロイのぼやきを聞き、通常モードに移行しながら指示を出しつつも彼女は先ほど敵が言っていたアンサラーとは何なのかが気になっていた。

 

 

 

 

 

「…ですので、今回の事は他言無用でお願いいたします。…と言わずとも皆様ならご理解いただけると思いますが」

カラードに収集させられた三人とセレンがインテリオルの仲介人から今回の説明を受けているが先ほどから襲撃犯の詳細は不明、目的も不明と答えて挙句に、

アンサラーとは何かと聞いても答えられないの一点張り。

ECMに関しても先じてインテリオル側が探知などを避けるために散布しておいたそうだ。

 

「そりゃまぁ、守秘義務も傭兵の仕事内だからいいんだけどよ、コレは?コレ。俺ら死にかけながらおたくらの施設守ったんだぜ」

ロイが手のひらを下に向けて親指と人差し指で輪を作りアピールするかのように小刻みに動かす。

 

「出撃したんだ。当然相応の金額は出るんだろうな」

その言葉に乗っかりセレンも要求する。

 

「そちらのお二人については我々の依頼で出撃したものではないので、支払義務がありません。では」

正論のような暴論をぶつけて回れ右する仲介人の女性は恐らく上から言われたことを正確に伝えているだけなのだろう。

 

「あ、おい!」

 

「貴様…!!」

抗議しようとしたロイはいいとしてセレンは既に拳を固めている。

 

「…企業の言う通りでもある。救援要請はこちらの独断だ。報酬は私に支払われたものを分割しよう」

 

「……」

当然だが黙って話を聞いていたガロアは今にも突っかからんとしていたセレンの右拳をそっと掴んでおり、聞くしかできない話を最後まで聞くスタンスだ。

 

「ロイ・ザーランド、お前には…」

 

「デートしてくれ」

随分助けられたから半分ほど持って行ってほしいと言おうとしたところを被せられる。

 

「…ガロア・A・ヴェデット、そちら側には…」

 

「……」

報酬の話が出る前に首を横に振るガロア。

今回は一撃ロケットを撃っただけで特に何もしていないと自覚しており、元より報酬を受け取るつもりも無かった。

そもそもガロアは未だに自分がどれだけ金を稼いでいて何の為に使うかすら分かっていない。

 

「…まぁお前がそういうなら。ウィン・D・ファンション。こちらは弾薬費だけでいい」

 

「…いいのか?」

 

「おいおいあんた、あのねーちゃんからふんだくる気まんまんだったじゃないか」

 

「単に奴らの態度が気に入らなかっただけだ」

 

「…怖っ」

 

「…そうか。ではその言葉に甘えさせて貰って報酬はロイ・ザーランドと折半しよう」

セレン・ヘイズと名乗るオペレーターをまじまじと観察しながら言う。

しかし、どこからどう見ても霞スミカそのものだ。年齢はこちらの方が若いが。

だが、性格も理想的と書かれていたがこの攻撃的な発言から想像できる性格は理想的からほど遠い気がするし、

絶対に何かしら関係のあるはずのインテリオルにも噛みつこうとしているのを見て少々混乱する。

 

「……」

 

「あ、おい!またシミュレーションルームか!?…金は後日払ってくれ」

ふい、とこちらに興味を失ったかのように立ち去るガロアを追いかけるセレン。

セレンは今日折角だしこの後昼食を一緒にとろうと思っていたのにこれである。

 

「おいおい、ミッションの後も訓練かよ…気力充実しすぎだろ」

いくら戦闘をしていないとはいえ出撃から帰還までジャックを通してネクストと接続されていて多少の疲れもあるはずのガロアの背中を見てロイは呟く。

 

「ロイ・ザーランド。報酬の話だが」

さっさと用事を済ませてしまおうと声をかけるウィンにロイはため息交じりに声を出す。

 

「俺も別にいらねえよ。弾薬費と修理費だけでいいや」

 

「ならば何が欲しい」

 

「……」

別に何か欲しくって助けたわけじゃねえんだけどな、と独り言つと、ふとあることが思い浮かぶ。

 

「じゃあ俺の事気軽にロイって呼んでくれよ。いつもフルネームで呼ばれてたんじゃ背中のところがむず痒くってしょうがねえよ」

 

「なんだそんなことか。ロイ」

 

「やったぜ」

 

「……」

 

「……」

念願の呼ばれ方をされたはずなのに、なぜかいきなり微妙な雰囲気に突入してしまい黙るロイ。

目の前のウィンはあくまで冷静にこちらの反応を見ており耐えかねたロイが話を逸らす。

 

「なあ、どう思う?」

 

「何がだ?」

さっさと帰ろうと歩き出すウィンに歩調を合わせながら声をかけるロイ。

面食いな女性ならばロイが歩調を合わせて隣に歩くだけでコロッと落ちてしまうものだがそんな気配は微塵もない。

 

「あのガロア・A・ヴェデットだよ。勝てると思うか?戦って」

話を逸らすために出した話題にしては結構重要な話であり、

独立傭兵のガロアはいつ自分たちと敵対するかも分からないのでその話題に関しては議論をしておく価値は十分にある。

 

「やってみなければわからんな」

 

「そりゃそうだな」

早歩きのウィンから返ってくるごく当然の答えにロイは肩をすくめる。

 

「…だが、あいつの目的はあくまでホワイトグリントの撃破であり、そのために身も心も削っているのは見ててもわかる。その力はいずれ私たちを脅かすものになるだろう」

それがウィン、もとい上位リンクス達の持つ共通の認識であったが独立傭兵で詳しい情報の入っていないロイには初耳だ。

 

「ホワイトグリントがターゲット!?そりゃまた大きく出たな!いったいなんだってそんな…」

 

「そうか。お前は知らないのか。情報ではあいつは育ての親を10歳の時にアナトリアの傭兵に殺されている」

 

「…それでアナトリアの傭兵がパイロットだと言われているホワイトグリントを?」

 

「自分から話さないから確実とは言えんがそうだろう。奴はそれ以来14歳までたった一人で生きてきた、と思われる。何しろ記録がないからわからんが…

その間をどのような気持ちで過ごしたかはわからん…だが、今の奴の戦闘への意欲を見ると想像に難くはないな」

 

「一人で、か…」

ロイには一人で憎しみを募らせる、というのが今一つピンとこなかった。

わからないでもないが、ロイがここまで力をつけたのはむしろその逆で、自分の大切な人たちを守るためであったからだ。

だがその反面、かたき討ちという部分は多いに理解できる。

 

「でもなんだってリンクスになろうと思ったんだろうな。やっぱ自分の手で決着つけたかったからかな」

 

「理由はわからんが、原因は分かりやすい。その育ての親がリンクスだからだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。奴の機体の頭についている赤いスタビライザーはそのリンクス特注のものだ。わざわざ色を真っ赤にして頭につけている辺り、もう隠すつもりなんてないんだろう。

話せないから誰にも言わないだけで」

 

「…どっちが勝つかはわかんねえけど、もし目的を果たしたらどうするんだろうな、あいつ」

 

「……」

ウィンには答えられない。

彼女はその力で弱い人々を、クレイドルにいる両親を守るために戦っており、その目的に始まりはあっても終わりは無いからだ。

カツカツと歩きながらその答えに想像を巡らせても結局わかるはずなど無かった。

 

 

 

 

 

「そんなこと言うならさっきの報酬を受け取っておけ!」

 

「……」

アサルトアーマー機能の付いたオーバードブースターが欲しいと言ったら手に持っていた書類の束で頭をはたかれた。

 

セレンの言うことももっともであり、ネクストの部品というのはそうほいほい買える物でもない上、依頼で超過した分の弾薬費や修理費は自分達で持つことになるため、

少しは金に頓着を持たないと厳しいことになる。

元々は金を使いたいように使っていたセレンだが、ガロアのオペレーターを始めると共に収支計算も始めたセレンは、

ある日グレネード一発あたり1200コームもすることを知りコーヒーを噴出した。

 

それ以来は中々金にがめつく、いや、厳しくなっており、今回ウィンから金を受け取らなかったのもいずれその恩から僚機として雇ってもらえるということを期待しての話である。

リンクスとは成功すれば大金持ちルートなのはほぼ確実だが、失敗すれば借金地獄のハイリスクハイリターンな仕事である。

今のように地上に残され全員が傭兵のように扱われる以前は企業の完全なる子飼いで、お金のことは気にせずに戦えたものなのだが…

いつの間にやらアナトリアの傭兵が始めたリンクスの傭兵というスタイルが主流になってしまった。

ちなみにミッションで成功を収めているのにも関わらず弾薬費が高すぎて働けど働けど暮らしが楽にならないというようなリンクスがインテリオルにいるとかいないとか。

 

「買うからには練習を…していたのか」

 

「……」

買うからには練習してしっかり使いこなせるようにしろ、と言おうとしたところでシミュレーション内なら自由に装備を変えられることを思い出す。

 

「……ふんっ」

 

「……」

突然そんなことを言い出したのに怒りはしたもののガロアは自分の機体の内装も武装も全て自分で決めており、

今回も全く意味がないというわけではないことは知っているのでその怒りのやり場がわからずその怒気は口の中で熱気を帯びて鼻から排熱された。

 

「……」

さらにセレンの不機嫌に拍車をかけたのは折角カラード中央塔に収集されたのだから昼飯を一緒に食べようと思ったのに、武装を変えると言い出したこと。

つまりシミュレーションルームでネクスト構成システムにアクセスして購入しさらに内装変更を現実に格納されているネクストに反映させる作業もするということだ。

二人とも大食いではあるもののガロアは割と朝昼抜いても平気な方であるが、セレンは生まれてから16年間規則正しい生活を仕込まれた結果必ず朝昼晩食べないと集中力が大幅に低下する。

必然的に途中で別れることになり、ガロアは不機嫌に肩をいからせながら歩いているセレンの背中を見送りながら、必要なことはちゃんと伝えるようにしようと密かに思った。

 

 

「……」

購入は既に終わり、内装変更届も出したので今は格納庫でアレフ・ゼロのオーバードブーストがインテリオル製の物に換装されているはずだ。

その間マシンにこもりひたすらアサルトアーマーのタイミングをはかる。

 

相手はランク20、エイ=プールを四人。

エイが強いからという理由ではなく、登録されている機体でミサイルがん積みの機体構成が今回のガロアの訓練内容にあっていたのだ。

ちなみに弾薬費で首が回らなくなっているリンクスというのが彼女の事だというのはガロアは知らない。

 

「……!」

自分の全周囲に来たミサイルをアサルトアーマーで撃ち落とすこと一時間半。

アサルトアーマーを使い始めて七日目。

そろそろタイミングもデメリットも分かってきた。

この攻撃は一瞬の無敵時間の後に暫く防御が極薄になるというセレンからも言われていた弱点があり、あまり多用するべきではない。

その上発動したときに周りも見えなくなることもあり、一概に全て撃ち落とせたぜバンザイで済まないのがもどかしい。

 

「……」

これを実戦で使うとなるとかなり難しくなってくるなと悩んでいると外部からマイクを通して声が聞こえる。

 

『ガロア・A・ヴェデットさん。お話があります』

 

「……」

最近訓練中によく邪魔されている気がする。

目を瞑り軽い息を吐いて首に接続されたコードを引っこ抜く。

 

 

「先日はオーメルグループのランク1、オッツダルヴァとの共闘ありがとうございました。我々はあなたも高く評価をしてはいます」

オーメルグループの、という部分をやたら強調し、さらに言葉の節々に毒気を含ませながら話す眼鏡の男がそこにいた。

眉を顰めると男は慌てるそぶりもなく反応を返す。

 

「これは失礼。オーメルグループ仲介人のアディ・ネイサンと申します。ご存知だと思っていたのですが」

 

「……」

慇懃無礼とはこのことか。

オッツダルヴァもお世辞にも人当たりが良いとは言えなかったがこの男はまずこちらを尊重する姿勢が見受けられない。

 

「我々からの評価の結果、あなたに相応しいミッションが用意されました」

 

「……」

仲介人と聞いて予想はしていたがやはりそうだ。

しかし、メールではなく直接来た意図はなんなのだろうか。

 

「ミッションを説明しましょう。依頼主はオーメル・サイエンス社。目的は、BFF社の主力AF、スピリット・オブ・マザーウィルの排除となります 」

 

「……!」

そのアームズフォートの名前は知っていた。

 

「そうです。あなたの初ミッションと時を同じくしてホワイトグリントと交戦しそれを退けたアームズフォートです」

 

「……」

ホワイトグリントを退けたと聞き、身震いがする。

実際は撤退命令に従ったのであるもののやはり一定以上に消耗はしており一応その言葉に嘘は無い。

 

「敵AFの主兵装は、大口径の長距離実弾兵器です。図体ばかり大きな、時代遅れの老兵ではありますがその威力、射程距離は、それなり以上の脅威です。

そのため、依頼主からは、VOBの使用をご提案頂いています。確かに、VOBの超スピードがあれば容易く敵の懐に入り込む事ができるでしょう

懐に入った後は、敵AFの各所に配置された砲台を狙ってください。砲台の破壊から、内部に損害が伝播し易いという構造上の欠陥が報告されています 」

 

「……」

この男はもう自分が受諾すること前提で話している。全てが手の平の上だ

だが、そんな意図に気が付きながらもガロアは湧き上がってくる感情をおさえられなかった。

 

「随分と杜撰な設計ですが、まあ、彼らなど所詮そんなものです

説明は以上です 。我々はあなたをホワイトグリントに勝る戦力であると考えています。このAFを見事落とし、そのことを証明して見せてください」

 

 

 

「……」

上司がそうなるはずだと説明したように、アディがそうだろうと予想したようにガロアは静かに契約書にサインをした。

 

「…オーメル・サイエンス社は、このミッションに注目しています。くれぐれも、よろしくお願いしま、!」

 

「……」

言葉を言い終える前に、アディはガロアにネクタイを掴まれ締め上げられていた。

ガロアは今までの言葉がオーメルからの煽り文句だと分かっていた。セレンがいない時を狙ってわざと来たという事も。

ガロアが断らないという事を企業が分かった上で来た事も。

 

「くっ、かっ…なに、を…」

だが企業は分かっていなかった。というよりもガロアに関わった人間の殆どが分かっていないと言っていい。

ほとんどの人間がガロアの事を大人しく、冷静な人間だと思いこんでしまっている。

特に数年前の養成所の記録では身体スペックも特別優れていない代わりに優秀な頭脳という誰がどう見てもホワイトカラー向きの記録だったし、何よりもガロアは喋れなかった。

 

「……」

ぎりぎりと首を締めながらアディは2m近い高さまで持ち上げられた。

 

「ひっ!」

波紋の渦巻く灰色の眼はエリートの道を歩んできたアディが今までで出会ったことの無い感情を表していた。それは殺意だとか怒気だとか言われる物だ。

静かなのは喋れないから、それだけだ。口が利けないから気に入らないことに対して文句や舌戦という、本来あるはずの過程も無い。

曲がりなりにも暴力で金を稼いでいる人間なのだ。ましてや本来は優秀な頭脳でキャリアになれるはずだった道を捨ててここにいる、そんな人間が大人しいはずがなかった。

 

「……」

 

「、っぶ、むぅ!?」

取り落としかけた契約書を口に無理やり詰め込まれる。落ちた眼鏡が踏み割られた。

 

『ここで死ぬか?』

その眼がそう言っているかのようだった。まともな人間の暮らしを、特にエリートの道を歩んできた人間ほど忘れてしまう。

どれほど法やルール、地位に守られていても死ぬときは普通に死ぬということを。目に見えないそんな物はいざという時にはただ後手に回るしかないという事を。

悲鳴を上げることも出来ずに、失禁しそうな程の殺気にただただ震えていると放り投げられた。

 

「ひっ、ひ…」

無様に尻餅をつきながら目を合わせないように俯いていると、興味を失ったかのように通り過ぎていった。

人は…いや、生き物は自分の身では対処できない暴力に唐突に襲われたとき、ただ身を低くして通り過ぎるのを待つしかないというのをアディは身を以て知った。

 

「はっ、はぁ、はぁ……はぁ…」

このミッションを持ちこむように言われたとき、まず死ぬだろうなと思っていたがどうでもよかった。

だが、それは間違いだったらしい。間違いなくあの少年は生き残りマザーウィルを喰らってしまうだろう。

 

企業がガロアの事を掌握したいと思うのならば、戦闘力や潜在能力では無く、まずその破壊的な性格を把握すべきだったのだ。

そんな過ちも、現場を省みずに地球を汚染し続けた企業が気付くはずが無く、刻一刻と精算と断罪の時間は迫っていた。


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