Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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新たな自分

春。

とある企業管理下の町の桜並木のそばに立つ喫茶店にて、悩ましげな息を吐く少女の姿があった。

年のころは十代後半くらいであろうか。

コーンフラワーブルーの瞳に黒い髪、そして未だ成長途中の瑞々しい肢体は伸びやかで美しい。

筋が通ったように整った鼻の傍で黄金比を描く配置にある目は切れ長で目じりのまつ毛と目立たない二重が目の語る感情を彩る。

一見するとその瞳は誰も寄せ付けないような冷たさを放っているようで、その内に燻るような熱があった。

きりっと結ばれた可愛らしい桜色のほんのり厚い唇は、先ほどから少し開いてはぬるい溜息を出していた。

黒髪の美少女がはらりはらりと舞い散る桜の下で溜息をこぼす姿というのはただそれだけで絵になる。

しかし、誰が見ても美しいこの少女が何を悩むというのか。

やはりこの年頃にありがちな色恋の沙汰であろうか。

なんとも、このような美少女を捕まえてそのような悩みは不釣合いではないか。

 

だとしたら、この少女はいったい何に悩むのであろうか?

 

 

17歳の少女、セレン・ヘイズは悩んでいた。

セレン・ヘイズはレオーネメカニカという企業に所属する霞スミカというリンクスのクローンであり、

その霞スミカのネクスト「シリエジオ」をクローンである自分が操りレオーネメカニカの最高戦力になるはず…だった。

 

だった、というのには紆余曲折ある。

 

そもそもの始まりは国家解体戦争にまで遡る。

非常に高いAMS適性と戦闘能力、そして非常によく出来た人間性から期待されていたリンクス・霞スミカはたったの五度の出撃でリンクスナンバー16を得る程の戦績を残したのはいいが、

国家解体戦争の最中にとある重病が発覚し引退せざるをえなくなった。

その後、霞スミカを横目に活躍を続けた同社のサー・マウロスクがリンクスナンバー9となりレオーネメカニカの最高戦力となったが、

この男、高飛車で傲岸不遜、反社会的で企業の言うことも全然聞かない上、元犯罪者といったように、少し…いやかなり性格的に問題があったのだ。少なくとも企業にとっては。

現状頼れるのは彼のみなのだが、そのような問題に加えて頼れるのがこの男しかいなかったということも企業内で密かに問題となり、結果、クローンとして新しく霞スミカを作ろうとしたのだ。

 

だが、高い技術を以てしても、完全なリンクスのコピーは困難を極めた。

受精していない健康な卵子から核を取り除き、そこに霞スミカの核を注入するだけ。

言ってみればクローンを作るというのはそれだけの行為なのに、何故かそこには寿命、健康度、AMS適性に極端な差があったのだ。

ようやく完全なコピーとなり得るクローンを得たときは既に32人目であった。

 

その後、レオーネメカニカの嫌な予感は的中し、15年後のリンクス戦争でサーは自分より強い相手に突っ込み哀れ水底に消えていった。

故・霞スミカのクローンを用意しておいて正解だった、と重役は胸をなで下ろした。

が、ほんの少し遅かった。

その時、クローン・霞スミカはまだ12歳。徹底した教育により、その年齢にしてはかなりの強さではあり、

何度かシリエジオ以外の機体に別名で搭乗させて戦場に出してみた折にはかなりの戦果を挙げてきた…が。

しかし霞スミカの強さには程遠い。

このまま出撃させて、レオーネメカニカは衰えたのかと思わせてはならないし、何よりも霞スミカでないと気付く者がいては倫理的にマズい。

そうして出し惜しみして育ててるうちにリンクス戦争は終結し、レオーネメカニカも他企業と合併してしまった。

 

そして非常にまずいことに「霞スミカは病死した」という事実が確かな情報としてどこからかリークしてしまったのだ。

このままシリエジオにクローンを乗せれば国際法と人道に反する「人クローンの生成」を行ったとして敵対企業は烈火のごとく叩くだろう。

それが原因で民衆からの信頼が落ちてしまっては最早その被害は筆舌に尽くしがたいものとなる。

自社の利益になればこそ続けてきたことだが、不利益となるのならば続ける理由はない。

 

こうして10年以上の歳月をかけた「霞スミカクローン生成」は中断せざるを得なくなり、

旧レオーネメカニカは同時に行っていた後進のリンクス育成に力を注ぐことになった。

 

彼女は霞スミカとなるために育てられたのに一度も霞スミカとして戦うこともないままその名前は抹消された。

セレン・ヘイズと名前を変え、当分は生きていける分のお金を掴まされ、お役ご免とばかりに16にして放り出されたクローン・霞スミカことセレンであった。

生かしてはいるもののその使い道を企業はまだ思いつかなかったのである。かといって閉じ込めてこれ以上の教育をしても無駄だった。

 

その後一年、セレンは好きなように生きてみようとしたが、そもそも霞スミカになるためにこれまで生きてきたのに突然好きなように生きろと言われても、

ある意味箱入り娘的に育てられてきた彼女は遊び方もガス抜きの仕方も知らない上、実際のところリンクスとしてはかなりの戦力となるので他の企業に渡られてはたまらないということで付けられた元レオーネメカニカ現インテリオルのやんわりとした監視・管理のついてる中で、好きに生きてみろというのが土台無理な話である。

色恋に走ろうにもそもそも関わる同年代の男を知らないので好きになる相手もいない。

彼女の容姿に惹かれ近寄ってくる不埒な男もいたが、回し蹴りをかましてやった。大体この見た目は自分の物では無いのにいくら褒められても頭に来るばかりだった。

全く管理のされてない場所でケーキ屋か何かで笑顔で働く自分…というものに多少憧れはするが空想の域をすぎないし、こんな状態では好きなように生きていけるはずもないというのもまた現実。

何よりも、「霞スミカ」となるために生まれ16年間育てられてきたのに突然放り出されてしまい、彼女のアイデンティティは空っぽ。

しかし、青春真っ盛りの16,17の少女としての彼女は熱く、熱く、確固たるアイデンティティを求めていたのであった。

 

 

 

 

とあるインテリオル管理下の街の喫茶店にて、話をする男女の姿があった。親子ほどは年が離れているだろうか、しかし二人は特に親子というわけでも明確な上下関係があるわけでもなさそうだった。

 

「そういうわけなんだ…どうしたらいい…」

セレンは顔を伏せながら16年間自分の教育をしてきたある種、親とも言えるかもしれない企業の男に尋ねていた。

 

「ふむ…お前はどうしたいのだ?」

 

「それがわからないから聞いてるんだ…」

企業の男は腕を組み、眉をしかめ息をついた。

彼は現インテリオルのリンクス養成所の教育係であり、セレンの教師でもあった。

そしてこの少女の処分について、「殺さなくても放っておけばいいだろう」とレオーネメカニカに提言したのも彼である。

もっとも、そんなことをセレンは知らないし、彼自身も特に深い理由などなかったのだが。

 

ジェルでオールバックに固められた髪、深い眉根の皴、洒落っ気のかけらもないメガネなどから分かる通り厳格な人物である。

だが、リンクスを育てるにあたって「戦場に送るのだからあまり感情移入するな」と言われてはいるものの、10年以上も教育してきたのだ。

小指の先ほどではあるが情もある。何よりこの人間らしい悩みを打ち明けているのが自分だというのも少し嬉しい気もする。ほんの少しだが。

 

五分ほど考えたあと、以前から頭にあったアイデアを思うままに話してみた。押し付けるのはよくないが何かしたいと本人が希望しているのならいいだろう。

 

「お前、リンクスを育ててみる気は無いか?その後オペレーターにでもなったらいい。いや、なれるかどうかもわからぬが…」

 

「育てる?オペレーター?」

 

「ああ、そうだ。俺がリンクス養成所の教師なのは知っての通りだ。そこから生徒一人を連れていけ。口利きはしてやる。

うまく教育できればリンクスになるかもしれん。そうすればその次はオペレーターとしての人生を始めることになる」

 

「出来るのか…?私に」

 

「白兵戦の基本から戦術の基礎知識、戦況報告、作戦立案、電子工学、もろもろ、全ての技術はお前に叩き込んだ。そのままオペレーターとしてもその知識をいかせば一流になれるはずだ、おそらくな」

 

「おそらく…?」

 

「努力次第ということだ。やってみるか」

セレンは思う。今までの霞スミカとしての自分の経験を活かしつつ、セレン・ヘイズとして生きて、熱くなれる可能性。

それは今までどんな男に言われた口説き文句よりセレンの心に響いた。

 

「やってみたい…やる!やらせてくれ…!」

 

「ふむ。じゃあ今から養成所に行くとするか」

男は鞄を手にとり会計に向かうときにふと気が付く。

セレンはココアとショートケーキを頼んでいた。

自分が教育していたときは毎日決まった時間に決まったものを摂取させていたため、好物なんて知らなかった。

この一年、うろうろしてる間に好みも出てきたのだろうか。

 

「じゃあ、養成所に向かうぞ」

 

「ああ!」

セレンがぎこちなくも自然な笑みをしながらついてくる。

この笑みもいつかは完璧に自然なものとなる日がくるのだろうか。

 

そういえば霞スミカの好物にココアとショートケーキなんてあっただろうか?

そもそも甘党でも無かった気がする。

 

(もうこいつは霞スミカではなく、セレン・ヘイズとして歩み始めているのか)

そう思った時、男は胸のうちに感じたことのない感覚がほんの少し湧き上がり、また消えていくのを感じた。

エリート至上主義な上、独身で孤独な男には縁の無いものであったが、それは親心と呼ばれるものだった。

 

 


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