Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「作戦を説明する。雇主はいつものGA。目標は、アルゼブラの突撃型輸送AF…カブラカンだ」
説明を始めたジョージは以前のように飄々としてはおらずその表情は厳しい。
そして相対するセレンはさらに厳しい表情をしており、ガロアだけは何も感じていないかのようにその言葉を聞く。
「カブラカンは、ぶ厚い装甲でおおわれた、走る鉄塊だ。ネクスト級の火力であってもまったく歯が立たない。それ故に、これまでGAの頭痛の種だったわけだ」
カブラカン。その辺の量産型AFと違い、間違いなく地上最強に数えられるAFの一つだ。
マザーウィルを撃破されたときてカブラカンを落とせ。
それは経済戦争の面で見れば当然とも言えるが。
「カブラカンの弱点は、機体下部スカート内のキャタピラらしい。そこを壊せば、めでたく機能停止、作戦完了というわけだ」
「だがそれは…」
セレンが物申そうとするとジョージはさらに被せて言う。
「ああ。わかっている。車両なんだから足を壊せば動かなくなるよな。ガキでもわかる。…弱点でもなんでもない。当たり前のことだ。
正直、GAの連中も確証がないんだろう。最悪、体の好い当て馬になってしまうかもしれない」
そんな依頼をなぜランク17のリンクスに?マザーウィルを落としたから、というのはわかりますが素直にローディーに依頼すべきでは?
ジョージの当たり前の疑問は全て突っぱねられ、さらに。
「その上、これか」
「ああ…こんな依頼を持ち込んで済まない。GAのお偉いさんが何を考えているかさっぱりわからん」
持ち込まれた書類には
『依頼受諾されない場合はカラードの登録を除外する』
と書いてあった。
受けなかったらリンクスやめさせてやる!なんて子供のようなGAの理論は本来ならば通じるはずもなく、そんなことは誰だって分かっている。
だが、それを堂々と書くのはそうできる理由があるからだろう。
ジョージには分からないが、それが通ってしまう理由をガロアもセレンも分かっていた。
「しかも、僚機は認められないとのことだ。見返りは莫大だが…正直に言う。半ば命を捨てるようなもんだ」
「……」
「ガロア…」
引き返せ、受けるな。ジョージはそう言ってくれている。
それは人の心の機微を読むのが苦手なセレンにもよくわかった。
だが。
この道失くして目的を遂げる術なし。
それを知るガロアはただ不退転の意志を目に契約書にサインをした。
その顔はたかだか17の子供がする顔とは到底思えない。命が惜しくないのか、とはこの場ではセレンは言えなかったがやめて帰ろうと本当は言いたい。
「…やるのか。お前はいずれランク1にもなれる器だ。こんなところで死ぬんじゃねえぞ。お前に依頼を持ち込んだことがあるって自慢したいからよ」
「……」
精一杯ひょうひょうとした態度をとるジョージと不安を浮かべながら自分に目を向けるセレンにガロアはただ態度で示した。
口を出すなと。
『ミッション開始!AFカブラカンを撃破する』
「……」
超高度から着陸し目の前で砂煙をあげながらあらゆるものをなぎ倒し進む朱色の鉄塊に目をやる。
不退転の意志は変わらず、その意志を示すかのようにヘッドの赤いスタビライザーを左手の甲でなぞったあと手を勢いよく振り下ろしブレードを起動する。
勢いから起こる風に砂は巻き上がりブレードは地を焦がす。それら一連の行動ですら、粗製のリンクスには難しい。
破壊の意志は十分にカブラカンの乗組員にも伝わった。
「ランク17、アレフ・ゼロです!」
「ふん。適当にミサイルでも撒いておけ」
カブラカン艦長の言葉はいい加減に聞こえるが、
この状態のカブラカンには巨大な掘削機といくらかのスラッグガンとミサイルしか攻撃手段がないため彼に限らず誰が指揮をとってもそうなってしまう。
それに接敵されたとてネクスト程度の火力ではどうにもならないのだから。
「……」
ミサイルをいなし、砂に起動したままのブレードの跡をつけながら接近する。
敵の焦りはまだ見えない。
「…?」
今、キャタピラを覆い隠すスカートの一部が上がったように見えた?
砂煙に紛れよくはわからなかったが、その内側まで見えたような気もする。
その謎の現象を前に動きを止め原因を探っているとセレンの声が響く。
『ガロア、私にも見えた。調べたところそのあたりにはリンクス戦争時に仕込まれたままの強力な地雷が埋まっている。浮いていれば当たらん。もう意味は分かるな』
その声には出撃前まで見せていた不安は混じっておらずセレンはセレンなりにできることをやろうとしているようだった。
「……」
スラッグガンを避けながら地面を観察する。
砂とほぼ同化し見にくいものの、いくつもの黒い兵器が埋まっているのがわかる。
…次にカブラカンが踏む地雷は…
「何事だ!?」
警報が鳴り響いたカブラカンの内部で艦長は声を荒げる。
「地雷です!」
「地雷程度でカブラカンが揺らぐか!」
「違います!地雷の衝撃に紛れて内部に侵入されました!!」
「なんだと…ぐぁっ!!」
想定されていない停止行動により起きる衝撃により椅子から転げ落ちる艦長。片方のキャタピラだけを破壊されたカブラカンは最早まともに進行することはままならない。
「……」
『カブラカン、停止。地雷というイレギュラーがあったとはいえ、あまりにもあっけない…』
その言葉通り、ジョージの警告からは想像もできない程あまりにもあっけなく地上最強の一角は停止した。
「……」
内部から脱出しようとスカートにブレードを突き立てるがギギギギギッ!!という音を立てて焦がしただけでびくともしない。
なるほど、これは地雷がなかったら実に破壊に難儀したに違いない。
肩甲骨の辺りに意識をやり一気に息を吐く。
その両肩からロケットとグレネードが放たれスカートがわずかに浮かぶ。
少々みっともないが地面を転がるように外に出ると砂漠の太陽が強くアレフ・ゼロの黒い機体を照らした。
『避けろ!!』
突然の光に目を細めていたところ響くセレンの声。
さらに前に飛び込み回転して振り向くと自分の機体が今あったところに巨大な鉄の塊が降ってきていた。
「…!?」
これはカブラカンの側面が剥がれたのか。
反撃にしてはお粗末すぎるとカブラカンに目をやると、まるで蜂の巣から巣を守らんと兵隊蜂が出るかの如く大量の自律兵器が飛び出てきた。
『自律兵器だと?何て数だ…これを全て撃破しろと言うのか… 』
依頼はカブラカンを戦闘不能に追い込むこと。つまりこれらすべてを撃破しなければ作戦成功にはならない。
その数はネクスト一機の撃破に用いるにはあまりにも多すぎる。
カブラカンはそもそもその頑強な本体で敵の攻撃を全て受け切りながら敵の基地をなぎ倒し、
破壊できなかった細かい敵を運んできた自律兵器なりノーマルなりで殲滅していくというスタイルのアームズフォートである。
今回は大量の自律兵器を輸送中だったが、襲撃の憂き目にあい解放したのであった。
「……」
あの時と同じ、幾多もの独立した殺意が自分に向けられる。
カブラカンの上空に飛び上がる。
ガロアの虹彩、角膜、瞳孔とその境目が異様にはっきりと縁取られて同心円状となっている眼。
右、左と振り返りその眼の縁、境目を全ての自律兵器が通過した時には数え終わっていた。
その数320。
「……」
武器を構える。弾はほとんど残っているがこれは足りないかもしれない、そう思案した瞬間、自律兵器からスラッグガンが放たれ始めた。
「…!」
マシンガンで一つ一つを撃ち落としながら観察する。
掠める弾が薄皮を切られるような痛みが断続的に襲うが直撃はしていない。
数と場所を把握している以上、一斉に撃たれない限りは直撃は無い。
「……」
こいつらは同士討ちを避ける為に機体を挟んで逆にある兵器同士が同時に撃つことは無い。
ならばそれに注意していれば…
『リンクス!聞こえるか!こちらGA社、AF部隊だ。現在、そちらに向かっている!今しばらく持ちこたえてくれ 』
さらなる集中力を持って周りを飛ぶ殺意を潰さんとした時ありえないと思っていた情報が聴きなれない声と共に耳に飛び込んできた。
『援軍…?なぜだ?!』
その通信を共に聞いていたセレンもただ疑問符を浮かべるしか出来なかった。
「望遠カメラで確認できました!カブラカン、完全に停止しています!」
「よーし、やはりあのリンクスは本物だったな!」
映像に映し出される動かないカブラカンを見てランドクラブの艦長は笑う。
先日のマザーウィル撃破からすぐにカブラカン撃破に向かうリンクスの尻の軽さには驚くものの、ここで助けに入るのは悪くない。
あの仲介人、ジョージからの情報は正しかった。この地域を巡回する自分たちに突然寄せられた情報。
カブラカンが通る。それをアレフ・ゼロが撃破に向かった。その後何をしてくるかわからんから助けてやってくれないか、と。
「あと10秒で長距離砲射程圏内に入ります!」
「たっぷり恩を売ってやるぞ!この際GA専属にさせてしまえ!」
「通信です!」
「よーし、撃てえええ!…え?通信?」
きっかり十秒を数えもう動けない敵に対しての砲撃を気持ちよく宣言した艦長は拍子抜けする。
ここに直接通信できるのはGAでも一部の者だけのはずだが…
『ゴールドマンだ。そちらはランドクラブの責任者か?』
「ゴールドマン社長…!?っ、はっ!こちらランドクラブ艦長を任されております、エトムント・H・アンゲラーであります!!」
ゴールドマン・A・スミス。グローバルアーマメンツ社、つまりGA社の元最高権力、現相談役であり、
国家解体以前に立ち上げたGA社をアメリカ最大規模の会社にした稀代の天才張本人である。
今はクレイドルで暮らしており、普段は直接命令を下すなんてことはもうないはずの人物である。
ちなみにミドルネームのAはアメリカという意味であり、国家崩壊以降、国という概念が消えた今、元々の出身国を名前の間に入れる人間は多い。
それを縮め今ではAとなっている。ちなみにUSAからUと入れる者もいる。
ランドクラブの艦長のHは出身国のオランダからとっている。
『ランドクラブにそちらに行く指示は出ていないだろう。重大な反逆行為とみなされるぞ』
「…!?しかし、今目の前にアルゼブラ社のカブラカンが停止しているのですよ!?大チャンスではありませんか!?」
『そのような命令は出ていない。独断行為を働いた者たちがどうなったか、リンクス戦争にも参加していたお前ならわからんはずあるまい』
「…はっ」
エトムントは先じてのリンクス戦争でGAの子会社であったGAヨーロッパに所属しており、
またその反乱の動向を事細かにGAに横流ししていたスパイでもあった。
オランダ出身の彼が今GAアメリカでランドクラブの艦長という立派な職に就いているのはその功績によるものに他ならず、
そして裏切り者の末路も誰よりも傍で見てきた。
『以上だ。手を出すなよ』
「……」
一方的に通信は切られる。上からの通信の場合はこちらからは繋げることもかなわない。
「GAの為にやったつもりが…どうなっている…」
「艦長?」
呆然自失として自信を失う自分達の上官に乗組員は不安げに声を上げる。
「なんでもない…攻撃は中止だ。オープン回線をつなげろ」
「…?わかりました」
「…あー、聞こえるか」
意味が分からないという顔をする部下の気持ちを全て理解しながらマイクに声をかける。
「トラブルだ。AF部隊は行軍を停止した。すまんが、支援は難しい。そちらで何とかしてくれ。高い金を払っているんだ。できるんだろう?リンクス 」
極めて感情を出さずに述べる。
向こうにも言いたいことは多々あるだろうがそれはこちらとて同じ。
そもそもこの援軍は予定されていたものではなかったはずだ。ゴールドマンの言う通り。
「……」
苦々しい顔をして腕を後ろで組み、画面上で乱舞しながら確実に一機一機潰していくアレフ・ゼロを見てエトムントは思う。
自分が忠誠を誓ったGAの本質とはいったい何なのかと。
「……」
絡みつく死ごと断ち切らんとその左腕を振るいまた一機両断する。
さらに後ろに陣取った自律兵器を振り返りざま撃ち抜く。
目まぐるしく回転する景色にもはや線となって映る自律兵器はその数をあと2つまで減らしていた。
『よし、ガロア!もう少しだ!気を抜くな…』
「!」
とうとうマシンガンの弾も切れた。1000発以上の容量があるマシンガンを撃ち尽くすのはこれが初めてだった。
既にロケット、グレネードはその役目を果たしてしまいただの重りと化したのでパージをしている。
一騎当千の兵器と言われつつも実は圧倒的な数の暴力には弱いのかもしれない。
「…!」
小一時間は続いた戦闘に汗も流れる。
右手に持ったマシンガンを思い切り投げつけ自律兵器に当てる。
落ちはしなかったがどこかの回路が狂ったのか一面に弾を巻き散らかす。
それに巻き込まれアレフ・ゼロの背後にいたもう一機の自律兵器は哀れ地面へと落ちていった。
もし人が乗っていたら死んでも死にきれなかっただろう。
「……」
さらに飛び上がり上から一刀両断。
とうとう320機すべての自律兵器を破壊し終えた。
そのまま着陸すると辺りは鉄くずの海と化しており、
その戦闘の凄まじさとアレフ・ゼロの底知れぬ戦力を物語っている。
「……」
流石に疲れた。
自分自身はコックピットにずっと座っているものの、意識を落ち着け膝を立てて座るイメージがそのまま機体に反映され空手の右手と右膝が地面につく。
うわんうわんと頭の中で鈍い音が響いており、今はまだ長い間集中していた副作用は消えそうにもなかった。
「自律兵器の全滅を確認。ミッション完了だ。まさか、援軍なしでやるとはな。最高だ…お前は…よくここまで育った」
空中カメラから映し出される鉄くずの戦場にただ一機ほぼ無傷のままそこにいるアレフ・ゼロ。
弾薬はすべて使い果たしたものの修理費は恐らく微々たるものであるだろうし、弾薬費も今回の報酬から考えればどうということは無い。
そしてセレンは確信をする。あの兵器を見てから変わった世界。もうこれで終わり?とんでもない。
こいつは、ガロアは企業の黒い思惑なんかに潰されるようなタマではないと。
不安を抱えていた自分というものが消えていき自信が湧き目に力が宿る。
(まだまだ、これからもこいつをサポートしていかなくてはな)
帰還命令を飛ばしたセレンはヘッドセットを外し髪をかき上げながら暗くも砂漠を映すモニターの光で明るい部屋の中で息を吐き静かに笑った。
「アレフ・ゼロ、全ての自律兵器を落としました…」
「一体、あいつは…」
このやりとりは奇しくもランドクラブとカブラカン内部で全く同じタイミングで行われた会話である。
巨大な夕日に向かい飛び去るアレフ・ゼロが丁度重なり影となり、太陽が悪魔の笑みのようになるのを見て敵も味方もただただ戦慄した。
既に世界を巻き込む戦争の種は萌芽していた。
ある回線で、今回のカブラカン撃破を受けて談合が行われていた。
「カブラカンをおとすか。どうして、なかなかいるものだな」
しゃがれた声から察するにそれなりの年齢に達していそうなものだが、その語り口は若々しく軽妙で話し方だけで年齢を察するのは心もとない。
「テルミドールの言葉通りならばむしろあの自律兵器の山の相手は得手なのだろう」
静かな知性を湛えた声で話す男はまだ若者と呼べる年齢であろうか。
だがその声が意味する内容は若者が話すものとしてはあまりに含蓄がありすぎる。
「で、どうするのだったかな」
「これで企業も理解したはずだ…最早自分達の手に負える存在ではなくなってしまったとな」
「リンクス戦争の二人の英雄のようにか?メルツェル」
談合の中には女性もいたようだ。
そしてその声は先日インテリオルの施設を襲撃した白いネクストの搭乗者と同じものであった。
「そうだ。手に負えないとなれば全力で殺しにかかる。手綱を握れないリンクスなど弱者にとっては不安でしかないのだよ。
もうあのリンクスの相手を出来るのはホワイトグリントくらいなものだろう。どちらが撃破されても企業の得になるという意味ではな」
かつてのリンクス戦争にはそれぞれ一つの企業を壊滅させた男が二人いた。
その力は企業の理解が及ぶよりも早く企業の作った世界の一部を破壊した。
このままでは自分達も崩壊する。そう考えた企業はその二人の男をつぶし合わさせた。
どちらにも死んでもらうために。
今、企業にとってのその悪夢が再現されつつあった。
すなわち、凶悪な力を持った独立傭兵である。
もし誰も勝てないのであれば、雇った時点でその企業の勝利が決定となる。
それは価値の急速な上昇を意味し、雇うには莫大な資金がかかり、雇わなければ自社は崩壊する。
そのようなバランスブレイカーは経済成長の糧となる戦争には求められていない。
「ほうほう…つまりホワイトグリントとぶつかるとな?彼の当初の目的通りに」
「ああ。恐らくな。そこで勝利をすれば、あのリンクスは目的を達成し同時にその力の向ける先も失う。だからこそ首輪を外すのだ。もう準備は終えている」
「ハリのように、か?それもいいがな、メルツェル」
「案ずるなよ、ジュリアス。間も無く、マクシミリアン・テルミドールは我々に戻る。…それで準備は終わりだ」
「よう、おっさん」
「…ロイか」
カラード管理街の外れにある味のあるバーでローディーが一人で苦い酒を飲んでいるとロイがやってきた。
二人とも自分自身のネクストを収める場所を持つ身だが、このバーが気に入っておりよく来る。
というのも…
「丁度いいタイミングで来たな。始まるぞ」
「お、ラッキーだな」
カウンター席に座るローディーの隣でロイはとりあえずビールを頼み、二人は同じ方向を向く。
暗い店内の最奥にあるほんの少しの段差の上は柔らかい灯りに照らされ数人の男が楽器を持ち演奏を開始する。
夜明けの太陽を連想させる静かなシンセサイザーの音から入り、ディレイのかかった綺麗なアルペジオが響きミスマッチなはずのハスキーボイスが全体をまとめ上げる。
その曲は今から数百年前に作られ、特に国家解体戦争以降誰もが生きるために戦う時代になってから演奏する者がとんといなくなってしまったバンドミュージックというものだった。
今世界で耳にする音楽というのは企業の勧める半プロパガンダ的な商業音楽であり、音そのものよりも内容や演奏する人物が売られる時代である。
「これは?」
ロイは曲の邪魔にならないように静かにローディーに尋ねる。
「…通りの名前がない場所という曲だ」
「すげぇ…」
自由の名の元に建前を失った資本主義が世界を支配し今日を生きて明日を買うこの時代では偉大な先人の思いの籠った歌を歌う者などほとんどおらず、
ましてや同じ思いを持ったものが集まってその曲を演奏するなどということはまずない。
強大な力は、一つ一つの微弱な物が持つ人を揺り動かす力というものをもう長いこと人々から忘れさせている。
ロイとローディー、年も生まれも育ちも全く違う二人はどういう理由からかその古き時代の人の心を動かした音楽というものを愛しており、
同好の士としていつからか交流するようになったのだ。このバーはその二人の出会いの場所であり、古い音楽というものを時代に逆らい演奏し続ける気骨の塊の店でもある。
オフの日はここで演奏される曲を聴き、知っている曲ならばその生の迫力に感動を覚え、知らない曲ならば新たな出会いに感謝する。
どんな時代でも愛好する者がいればそれは途絶えることは無いのだろう。
いくつかの曲の演奏を終え段差の上を照らす光はゆっくりと消え代わりに店の中がほんのり明るくなる。
「いやー、よかった」
「素晴らしいものだな」
店の中にパラパラといる人々と同じくロイとローディーも惜しみない拍手を送る。
認める人は少なくとも、本当にその文化を愛する人がいればきっとまた続いていく。
「マスター、オールドプルトニーを」
「……」
髪をオールバックにした寡黙なマスターに酒を追加注文し、ローディーに声をかける。
「おっさん、マザーウィルがガロアの野郎に落とされたって本当か?」
「ああ」
「マジかよ…」
「カブラカンも落としたそうだ」
「っ、カブラカンってあのアルゼブラの化け物か?」
「そうだ」
「んな、ばかな…あれをどうやって…」
ロイがまだインテリオル寄りでもなく、普通に独立傭兵であった頃にこのローディーと一緒に襲撃をしたことがある。
GAの施設をなぎ倒しながら進む鉄の化け物に全ての弾を当ててもなお全くびくともせず、二人で弾切れとなりやむを得ず撤退したのだ。
「ブレードに弱かったとか?いや、ありえねえな。そんな弱点があるなら真っ先に改善するはずだ」
「スカートの中にもぐりこみキャタピラを破壊した」
「……そりゃあ理論上は可能なのかもしれないけどよ…」
そんなもの弱点とは言えない、と誰もが思うことをロイも思う。
「それだけじゃない。カブラカンは艦内に実に320機もの自律兵器を搭載していた。それを全て、しかもほぼ無傷で撃破してのけた」
「…おっさん、なんでそんなことを知ってるんだ?」
その情報にも驚いたが、何故そこまで詳しく知っているのかが気になり酒を一気にあおった後に話を聞く。
「なに、GAに古い友人がいてな…そいつから映像が送られてきたんだ」
「どこかで撮っていたってことか?」
「いや、アームズフォートで援護に向かったところで足止めを食らって見ているしかできなかったらしい」
「…それで、どうだった」
ロイの表情がちゃらんぽらんな酒飲みの顔から傭兵の顔へと変わっていく。
聞き出せる情報はここで聞き出しておくに越したことは無い。
「信じられなかった…まるで舞踏家だ。ひらりひらりと舞っては敵を斬り撃ち…」
それを語るローディーの顔は淡々としているが、ロイにはそこに僅かに混じる感情が読み取れる。
「……」
「私は粗製と呼ばれ…それでも腕を磨き自分を鍛え上げてきた…それが自分の誇りでもあった…だが、だがそれでも上に行くには足りず、いろいろ汚いこともやってきた」
「…おっさん…」
「さっきの古い友人もそうだ。この激動の時代に汚れず自分を殺さずにのし上がっていくことなど出来なかったのさ。
人も自分も殺し周りを壊していくうちに自分が何をしたいのかなんて忘れてしまったよ」
小さめのコップに注がれた苦い酒を口に入れる。
昔は一口飲んだだけでも体が震え頭に耐えがたい衝撃がきたものだがそれもいつの間にか普通に呑み込めるようになってしまった。
「……」
ロイには何も言えない。
ロイだって、かろうじて自分の守りたいものを守れてはいるもののその手は幼き日とは比べられない程に汚れてしまっている。
「ただの傭兵。そういう風にはもう生きられん時代だと思ったさ。だが…それは違った。圧倒的な力…それが全てを押しのけ育っていくのを私は同じ時代で見てきたのだ」
「アナトリアの…傭兵か」
「そうだ。あの少年もそれと同じ刹那的な何かを持った生き方をしている。何十年かに一人ぐらい、ああいうのが出てくる。そして人はそれから目を離すことが出来ない…灼かれることを知っていても、弱い生き物は光から目を離して生きることは出来んのだ。…私と同じ時代を生きたリンクスはほとんど奴に再起不能にされてしまった」
「……」
「今の私は結局自分を中途半端に生かし続けた酔っぱらいの老兵に過ぎん…ロイ、お前はまだ若い。いずれ壁に当たるだろう。辛い選択をしなければならない日も来る。
だがそこで…自分自身の声を聞こえないふりをし続けると…本当に聞こえなくなってしまう」
「……ああ」
ロイが返事をするよりも早くローディーは席を立ち、大目に金を払い店を出てしまった。
普段であればまだまだ飲むはずなのだが話しているうちに思うところが溢れてきてしまい、先にいっぱいになってしまったのだろう。どこかが。
「……」
年寄りが酒飲むと説教臭くなるからいやだぜ!と普段なら軽口で返し、ローディーはそれに笑いつつもなおも説教染みたことを続ける。
それが二人の酒と音楽で作られる会話だった。だが今日のそれは、説教というよりはまるで慙愧の念が音を得たかのようだった。
「…ぎりぎりだけどよ…守りたい物は守れている…それでいいじゃねえか…」
さらに酒を注ぎ飲み込むロイ。
彼はまだ気が付かない。いずれしなければならない選択の日がじわりじわりと迫っていることを。
「おねーさん、ジャンボステーキのBセットお願い。コーンスープで」
「ぶっ…かしこまりました」
呼ばれて振り返るとそこにはありえないファッションセンスをした青年が一人で座っており注文を述べてきた。
きっと友達いないんだろうな…なんてことは吹き出しはしたもののセリフにはせずに了解の旨だけ告げる。
「…ああ~…」
ガロアの奴、ランクも17になってマザーウィルも落とした。
オーメルグループは必死に否定しているけどカブラカンを落としたってのもマジなんだろうな。
俺が想像する完璧な俺より強えよ、うん。
で、俺は?未だにランクは28のままAFには尻尾を巻いて逃げてる…か。
「ヒーローの道も楽じゃねえな…」
それでもやれることを一個一個やってくしかねえ。
沈んだ心に蹴りを入れ奮い立たせていると見慣れた顔が入ってきた。
「お前も飯か?カニス」
「まあな…ヒーローの道ってなんだ?」
「聞こえてたのか。そりゃあ巨大な悪に立ち向かう道さ」
「…ガロアの事か?」
サングラスに隠れてカニスの眼は見えないが、ズバリと言い当てられて視線から逃げるように眼を背ける。
「そうだよ!あいつは俺より強い!でも負けてられねえ!俺には夢がある。だから落ち込んで進まなくなるよりも、小さくても一歩一歩踏み出していかなけれりゃならねえ」
「…なあダン」
「あん?」
「俺はお前の事、変な奴だと思ってるよ。だけど友達だとも思ってる」
「な、お前、ばっかやろ…俺だって…そう思ってるさ」
思ってはいても中々口には出来ないような事をカニスが口にしてきてダンは焦りながらも言葉を返す。
「…ガロアの事は見るな。あいつは俺たちとは違う世界の生き物だ。普通の魚は深海魚と同じ世界では生きられないんだよ」
「…カニス?」
言葉では疑問を打ち出しながらもダンは知っていた。
この男、カニスは実はランクとは不釣り合いなほど強い。
そして大言壮語に違わずミッションの成功率も高い。
だがそれはランク相応の依頼に対して不釣合いな強さを持っているが故である。
そしてそのことをカニスは分かっている。
ランクで真ん中より上にも行けるだろう。
だがそのランクに来て舞い込んでくる依頼では死ぬ確率も高くなる。
だからその辺りのランクに落ち着いているのだ。
そう、早い話が…カニスは見た目からは考えられない程の現実主義者だったのだ。
「あいつの事を追っかけてったり…一緒のミッションに出たりしたら…その内死んじまうぞ」
「…だからってただ眺めてぶつぶつ言ってりゃいいってのかよ」
「違う!自分のいる世界で出来ることをやれってんだ!」
カニスなりの思いやりなのだろう言葉を机を叩きながら吐き出してくる。
だが、その言葉はダンを癒すことは無くただ傷つける。
「今いる世界で出来る事だけをやっていたらいつまでたっても出来ることが広がらねえじゃねえか!」
「広がったからって何だってんだ!お前がどんなに速く走れるようになっても空飛ぶ鳥には追いつけねえ!違うか!」
「……」
「もうリンクスなんてのはほとんどが使い捨ての時代なんだよ…わかれよ、ダン。あのガロアにしてもだ。空高く飛んで…太陽に焼かれて落ちるんだ。このままいけばあいつは絶対にろくな死に方はしない」
「…何が言いたいんだカニス」
「もっと自分を知れ…賢くならなきゃ辛いことばかりだ」
サングラスに隠れたその眼がどんな感情を浮かべているか。
もう想像に難くない。
きっとこいつは頭がいいんだろう。
だから自分をわざと愚かに見せて、それでいて出来ることを器用にやって満足してきたんだ。
自分は賢い、お前らはそれを見抜けない、だから俺は生き残っているって。
「…お前の言ってることは正しいよ、カニス」
「ダン?」
正しいと認めたにしては語調が少々おかしいことに違和感を覚えるカニス。
「このままだと俺はいずれみじめに死んじまうんだろうな」
「そうだ、だから…」
「でも俺にとっては目標に向かえないで生きていくことの方がみじめだ」
「…ダン、わかったよ俺は。…お前と俺は根本的に考え方が違う」
「ああ、だから」
「仲良くなれたんだろうな」
決別の色は目に見えないが存在する物なのだろう。
今ここにある空気の色がきっとそれだ。
「…お前とは戦いたくないぜ」
「ダン、わかってるんだろう…俺とお前がやりあったらどっちが勝つかは」
「……」
戦場で向かい合ったら放たれるのであろう殺気がダンにぶつけられる。
カラードに来て初めて話して友になったのがこのカニスだった。だが現実はどちらも傭兵なのだ。いつかはどこかで殺し合うこともあるのかもしれない。
「お待たせしました~。そちらのお客様ご注文は?」
「いや、すいません。ちょっと忘れ物取りに来ただけなんで」
ステーキセットを運んできた店員に頭を下げカニスは行ってしまう。
暫くするとメールが入ってきた。
『この世界で命をかける価値のあるものなんてない』
それがカニスの世界観なのだろう。
「……カニス…」
敵対企業同士の主力の喪失。
そこから考えられる戦争の激化。
そして繰り出されるリンクス達。
カニスは察したのだろう。
自分が必ずクリアできる依頼をこなしていくのならば、
これからダンと当たる可能性があることを。
そのことを警告しに来てくれたのだ。
「……じゃあな、カニス…」
ほかほかのステーキの前でふざけた格好の男がぶつぶつ言っている姿は不審者以外の何物でもない。
青年の繊細な心の傷を気づくものは誰もいなかった。
カラードに所属する傭兵たちは誰もが一度は考えたことがあった。
同じ街で過ごして同じ食事を食べて会話した者達が殺し合うというのはどういうことなのだろう、と。
企業は自分達をどんな風に見ているのだろうかと。
ガロアはろくな死にかたをしない、とカニスは言いきっちゃってますね。
メイとカニスは同じタイプの賢い人間ですが、二人が二人ともガロアに危うさを感じています。
それが正しいかどうか分かるのはまだ先の話。