Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「ダンくん。準備はいい?」
「ああ、いつでもいける」
「……」
「な、なあ」
ガタガタと揺れる巨大な撤回の仄暗い内部でダンは尋ねる。
「ネクスト三機も使うミッションってなんだよ?そんなに難易度が高いのがなんで俺なんかに…」
「…それは…」
「デモンストレーションだ。企業に逆らう愚か者どもへの、な」
「デ…?概要すら聞いてないんだぜ、有澤社長。意味が分からねえよ」
「いいだろう。ミッションの概要を説明する」
灯りの一つも点いていないというのにほんのりとだが明るいその部屋には、無数の光源がある。
三機のネクストと数多のノーマルのアイの光だった。
「今回、アームズフォート、グレートウォール及びノーマル600機、さらにセレブリティ・アッシュ・雷電・メリーゲート、共同で行う作戦はテロ組織の鎮圧だ」
「中規模のカラード反対勢力の拠点であり、そこに所属する敵の数は不明確だ。見ろ」
言葉と同時に簡略化された地図がダンのコックピットに映し出される。他の機体にも映し出されているのだろう。
「面積5.1平方キロメートルの作戦領域内に潜伏する敵を全て殲滅する。どこに潜んでいるかは分かっていない。よいか、殲滅だ。制圧ではない。鼠一匹も逃すことまかりならん。
まず周囲をノーマル部隊で封鎖、後にネクストを発進させる。作戦領域の右方からはこちらが、左方からももう一基のグレートウォールがおり、敗北はまずあり得ない」
「よって、今回の報酬は歩合制となっている故、各自確認しておくように。以上だ」
通信が途絶え、コックピットに新たな情報が届く。
危険の少ないミッションと聞いて内心安堵しながら届いた情報を開いてダンは息をのむ。
ネクスト 100000C/1
ノーマル 10000C/1
MT 1000C/1
戦車・ヘリ 100C/1
人(武装) 10C/1
人(非武装) 1C/3
「な…え?」
ネクストが来るのかもしれない、それはいい。
いや、よくないのだが。
問題は非武装の人が三人につき1コームと表記されていることだ。
プライベート回線を開きメイに話しかける。
「な、なあ。非武装って…」
『言いたいことはわかるわ。ダンくん。こういう汚れ仕事は大して力もない、けれども一般兵力に対してはやはり絶大な力を持つ私たちのようなリンクスに回ってくるものよ』
人々の目標となるような上位リンクスには華々しいミッションを。
そうでないリンクスには汚れ仕事を。
そんなことはある意味当たり前だ。そうではなく。
「非武装の人ってどういうことだよ!逮捕とか、それじゃダメなのか!」
『何のために有澤社長が帯同していると?これはカラードが主体として行っている作戦なのよ。敵なの。カラードの。敵対せず、地下に潜んでいるならばよし。でも彼らは敵対することを選んだ。…その結末が今から始まるのよ』
『嫌なら、降りなさい。ネクストが一機いなくてもかわりないわ。蹂躙なんですもの、これは』
「…っ…」
『作戦開始までまだ時間があるわ。顔でも洗ってきなさい』
顔の見えない会話だがしかし、メイはダンの、ダンはメイの表情を実に的確に想像できていた。
ダンはリンクスに夢を見過ぎだし、メイは現実を知り過ぎている。
それに、どんな大義名分を得たところで、自分たちがこれからすることは大量殺戮には変わりない。
メイは優しい言葉などかける気にもならず、ダンはもう何も聞きたくなかった。
『何か妙だ』
「…?」
準備を終え、コックピットの中で耐Gジェルが充填されていくのを待っているとセレンからそんな通信が入る。
『何の策略の臭いもしない。本当に今は戦力が削がれているグレートウォールを落とせという風にしか聞こえない。今までは共倒れ万々歳という声が聞こえてきそうだったのに』
「……」
…いいことなんじゃないのか。…多分。
『まあ、策略がないとは言え、地上最強の一角と言われるグレートウォールだ。くれぐれも油断はするな』
発進する前に訝しんでもしょうがないしな、という呟きも聞こえてくる。
『とにかく、堅牢な装甲は厭味ったらしいあの仲介人をして認めざるを得ない物だと言っていたのだから相当なのだろう。内に入り、エンジンを破壊する。作戦通りにな。
しかし、グレートウォールは金剛不壊の輸送列車なのだが…内部に入れと言うのか?それも妙だ』
妙だ妙だおかしいおかしい、とセレンは呟き作戦の時間は近づく。
一秒ごとに人が消し飛んでいく。
思わず手をついた建物の外壁は崩れ中に潰れたザクロの色彩が花開く。
「…ひぃっ!」
それは積み重なった死体だった。ダンはリンクした感覚に慄き手を振り払うようにして建物から離れる。
幼子を庇う様な形で大人が囲っているがそのどれもが焼けこげ一部は炭となり子供の胸には人の拳ほどの穴が開きその目は何も映していない。
「もう…死んでる…!クソッ!」
直感と共に振り向き後ろに迫ったノーマルをライフルで鉄くずに変えるが最後っ屁とばかりに放ったノーマルのミサイルが巨大な棺桶と化していた建物を吹き飛ばす。
「うぅ!なんなんだよ…なんかおかしいぞ…」
確かに。
この一見平和に見えた町はテロリスト達の住処であり。
その富はどれも硝煙と血の臭いが濃いものであった。
だが、それだけではない。
自分達の襲来に対し多数のノーマル・MTが出現…しかしなぜだろうか、その中の何機かは同士討ちを始め空からは幾つもの尾を持った追尾する爆弾が人も機械も破壊し続けている。
視界内に入った敵ならばENEMY、味方ならばFRIENDと表示されるが今回は複数の認識不明機体、つまりUNKNOWNが紛れ込んでいる。
だがとりあえず今分かるのは、UNKNOWNも敵だということだ。
ドゴン、と後ろで鳴った爆音、ついで飛んできたひん曲がった銃は敵の物か、味方の物か。
「あ!」
機械により補正され強化されたその眼は正確に、逃げようとする三人の親子を発見する。
(早く逃げろ…!)
この映像は後々カラードで検められ、そこで正確に戦果がはじき出され報酬が出される。
そして、もちろん怠慢も逃しはしない。
だが、それでもダンは見逃した。
言い訳なんて後でなんぼでも用意すればいい。
「!!」
その家族が曲がり角に差し掛かった瞬間にノーマルがぬるりと姿を現し明らかに家族を認識する。
「あれは…」
認識コードは…UNKNOWN!!敵だ!
そしてあの家族の味方とは限らない!!
「…ちくしょう!間に合え!」
それは謎の狂乱マシーンの一つだったのだろう。カメラアイが瞬き右手に持つ異様な口径のライフルを掲げ、母親は二人の子供を抱き機械に背を向ける。
母の愛がいかに強くてもアレは間違いなく母の心も子の心も空虚な穴とせしめるだろう。
「オラァ!!」
思えば狙ってブレードを当てれたのは初めてかもしれない。
けれども喜びに浸ってる暇はない。
まだノーマルは動いている。コックピットを貫いたのに!
そのまま建物まで激突させ動きを押さえつける。
母の眼にはどう映ったのか、こちらに頭を下げ走り去っていく。
まだ首が座ったばかりであろう赤子は母親の肩越しにセレブリティアッシュのエンブレムをその目に映し無邪気に笑い…
母親に手を引かれる10も数えぬ年頃であろう少年はその目に飛来する特攻兵器を映す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああ!!!」
飛び込んでも轢き殺してしまい撃ち落としても爆死させてしまい無視しても死ぬ。
瞬間、そこから眼を背けたのは精神の自衛の為だろうか。
一瞬遅れて聞こえた爆音に振り向く気にもなれなかった。
「社長!!戦力がおかしいぞ!!こいつらただのノーマルじゃない!!」
『こちらも確認している。一基のグレートウォールで完全に街を包囲、全機体を出撃させ、もう一基のグレートウォールに搭載した機体も最低限だけ残し全機発進させる。
さらに間近い基地に行き増援をグレートウォールに積みすぐに戻ってくる!待っていろ!』
グレートウォールには前後という物は無く、前にも後ろにも自由に進める。
加速こそ鈍重だが、限界まで荷を積んでも最大で1200kmで地上を走れる。
先に通信を入れ、増援の旨を伝え、滞りなく搭乗させれば計算では18分前後で戻ってこれる。
「グレートウォール移動を開始します!」
通信が入り有澤隆文はうむ、という言葉を吐き出そうとして喉もとで止める。
「私も行く」
「な、何故?」
「理由を説明する暇はない」
「…わかりました」
ハッチが開きすぐに機体をグレートウォール内に押し込む。
悪寒、予感、というほど立派なものではないがどうにもある種の嫌な感覚がある。
それは今回の作戦発案者がBFFの王小龍だということも恐らくは関係している。
奴がGAをBFFの支配下に置きたがっているのは、まぁわかりやすいものだ。
ではそのためにはどうするのか。
史実に倣えば…史実というほど時間を遡るものでもないが、つい最近でもリンクス戦争で力を失ったローゼンタールはオーメルと主従逆転している。
このグレートウォールはGAにとって主戦力の一つに他ならない。
総戦力の大半が削がれているグレートウォールに砂漠の中央を走らせるなんて襲ってくださいと言わんばかりだ。
GAと良好な提携関係にある有澤重工としては万が一にもそんなことは容認できない。
『アスタ・ラ・ビスタの東側に今回の目標となるグレートウォールが停留しているとのことだ。…街の傍に停まってしかも戦力がほとんど残っていないというのは…まるで火事場泥棒だな…』
「……」
大型ヘリの中でセレンからの通信を聞きながらマップを確認する。
カメラに映る世界の殆どが砂漠化していて、信じがたいがこの辺りは約20年ほど前までは大都市だったらしい。
『!ガロア!今すぐ発進しろ』
「…?」
理由を聞くまでもなくモニターに別のカメラからの映像が送られてきて訳を察する。
そこには砂漠を横走するグレートウォールが映っていた。
『いい加減な仕事ばかりしやがって…!走っているグレートウォールに乗り込めと言うのか!』
セレンの罵倒が終わる前にヘリの扉をマニュアルオープンし飛び降りた。
『有澤社長!敵機と思われる機影が!』
「やはりか…」
暗い車内で待機していた有澤隆文は通信に対しぽつりと呟く。
遠くから聞こえる雷鳴の如き戦火の音、
馬鹿げた大きさのエンジンから出る稼働音により車内は凡そ平穏とは遠い雰囲気なのだが、先ほどから何故か体の中にざわつくものがあり外の音がやたらと遠くに聞こえていた。
この肌を泡立たせるような矛盾した静寂。強敵との戦いの前には必ずと言っていいほど起きる物だった。
科学がこの世の理となるこの時代でも少なからず説明できないことはある。
魂が予感している、とでも言うべきだろうか。
「落ち着いて情報を報告しろ」
『あの…黒い機体は…ランク17、アレフ・ゼロ、です…』
「…!」
言葉に色があったら蒼白そのものであろう通信士の報告を聞き有澤も顔色を変える。
万全な状態のスピリットオブマザーウィルとカブラカンを落としたあの悪魔。
それが今、内在戦力も総弾数も最低限しかない状態でやってきたのだという。
「限界出力で進み続けろ。全ての弾をくれてやれ。後部車両の入り口の防御を固めろ」
酷く現実的な事しか言えなかったが、そこにさらに一つの案を乗せる。
「私は二車両目で待機する。万が一侵入してきた場合は…その位置を送れ」
『待ち伏せですか』
「虎穴に入らずんば虎子を得ずとな…」
『来ました…迎撃システム全展開します』
「ふむ」
低く喉を鳴らしながら有澤はまた愚か者を迎え撃たんと所定の場所へと向かった。
『!?』
「!?」
空中で砂漠に吹く風に流されないように操作しているときに地平線の果てが目に入りセレンと2人で息をのむ。
『なんだ…!?向こうは…アスタ・ラ・ビスタがある場所か?やはり大規模な戦闘が起きていたのか…途中でグレートウォールが撤退した意味はわからんが…
万全の状態ではないというのは信頼できそうだ。現在のグレートウォールの速度は320km、加速度は21.6m/s^2…恐らくは最大の加速をしているのだろう、ぐずぐずしているとあの化け物においていかれるぞ』
「……!」
あの鉄の塊でその加速度は異常としか言いようがない、早めに内部に侵入せねばと、思った瞬間にグレネードがダース単位で飛来してくる。
辛うじて躱したが、その砲門は正確にこちらを向いておりリロードが終わったら即座に放たれるだろう。
よほど腕のいい砲術士がいるのだろう。感心する暇もない。
彼我の距離は凡そ1km。まずはあの巨大なガトリングに似た大連砲を切り捨てる。
「…!!」
ゴォッ!という音は回避してから数瞬後に耳に届く。
あれだけの質量をあれだけの速度で放ったものに直撃などしたらただでは済まないだろう。
辿りつき刃を突き入れ機能を停止させる。
『そのままグレートウォールの上部に沿ったまま端まで行け。内側へ向く砲台などという酔狂な物はそうそうついていないだろう』
言われてみればその通りである。
その言葉に従いガロアは天井に沿い進んでいく。
『侵入されました!ダメです!内部戦力では止め切れません!』
「そうだろうな、それでいい」
あの怪物を数と地の利がある程度で封殺できるとは思っていない。
だが、それ以外にもう二つだけアレフ・ゼロとそれを囲む環境に差がある。
「奴の位置を雷電に送れ」
『了解!』
即座に内部の図の上にいくつもの赤い光点が光る簡易図と監視カメラからの映像が送られてくる。
赤い光点の一つは異様な動きで次々に別の光点を消しており、監視カメラからの映像はそれに違わぬ惨状を映し出している。
目の前に来た機体、隠れて機会を伺う機体、等しく撃破し次の車両へと向かう。
まず一つの差。
この車内は敵方の空中浮遊型遠隔操作カメラ、つまりリコンの視界内に入らず、敵とそのオペレーターに送られるのはアレフ・ゼロからの映像だけである。
一方の自分たちはその場所から目的、速度に至るまで寸分の狂いなく把握できる。
無論その程度でノーマルが押し寄せても撃破には至らないだろうが、それでも効果的に、いやらしいタイミングで攻撃が出来る。
「正しく、袋の鼠だ」
そしてもう一点。
閉ざされたシャッターの10m手前で有澤はその瞬間を待つ。
『二車両目に到達します!推定残り五秒!四…三…』
「…開け!」
恐らくは目の前で閉ざされたシャッターを切ろうとしたのだろう、合図と同時に開いたシャッターの向こうでは右上段に青いブレードを煌めかせたアレフ・ゼロの姿が見え、
そして完全に開く直前に発射した両手と肩に装着された有澤の技術の粋であるグレネードがアレフ・ゼロに反射の間もなく直撃した。
『AP10%!!なんだ!?何が起こった!?ガロア!』
「……、…」
遠のきかけた意識がセレンの怒声で引き戻される。
辛うじて、本当に辛うじて目の前に飛んできた三つの榴弾を切ることが出来た。
100分の1秒でも遅れていたら今頃アレフ・ゼロは胴体が吹き飛び自分はそのまま精肉店におかれてもおかしくない程の見事な挽肉となっていただろう。
だがそれでも現存する実弾兵器の中では最悪の部類に入る威力を持つそれは爆風だけでアレフ・ゼロを機能停止一歩手前まで追い込み、ガロアの意識を刈り取った。
有澤の言う差。
それは圧倒的な攻撃力だった。
『鼠が迷いこんだか…困ったものだ…』
『有澤…!?こんなところでか!ガロア、動けるか!?退け!!今は圧倒的に不利だ!』
「……」
まだ朦朧とする意識に鞭をうちなんとか立ち上がる。
追撃は、こない。
「鼠が迷いこんだか…困ったものだ…(何故…生きている…?)」
車外、車内で与えた今までのダメージ、そして同時発射された三発のグレネード。
計算するまでもなく間違いなく敵機をスクラップに変えていたはずだ。
なのに何故、まだ原形を留めており…あまつさえ動こうとする?
(…!)
先ほどの自分とシャッターの距離は10mほど。
そして現在の相手との距離は30mはある。
つまり、あのまま振り上げていたブレードでグレネードを切り、そのまま飛び退りダメージを軽減したというのか。
「…後部車両を切り離せ。内部は爆破し、外装を後日回収する(化け物め…不利になったのはこちらか)」
『よろしいのですか?』
「全てを失うよりはましだ。やれ」
『了解』
大艦巨砲主義を掲げている有澤の技術の結晶である雷電はその通り、一撃必殺を旨とした攻撃と防御だけを突き詰めた機体である。
しかし、そのコンセプト故、小回りを利かせるなどという中途半端な発想は取り入れていない。
つまり、弾の再装填にも時間がかかる。
さらに敵は近接戦闘重視型だが雷電はそもそも敵を近づかせずに殺すのが本来あるべき姿である。
また、実弾防御は最硬であると間違いなく言えるがEN防御の面ははっきり、弱点と言うべきだ。
この距離は非常に頂けない。もしすぐにでも敵の体勢が整えば斃れ骸と化すのは自分の方だろう。
それならば今自分がやるべきことは…
「今は攻撃をするな。(時間を稼ぐことが最優先だ)」
『了解』
下手に刺激をして飛びかかってこられてはこの勝負は五分とはいかなくなる。
社長にまで成り上がってきて培ってきたその口を以て時間を稼ぐ。
「忌まわしき人面獣心の小僧…人の道を外れし復讐者、何故迷いなく進む?」
『……』
「貴様が殺した者の数だけ悲しみと自分の同類を産むとは考えぬのか?」
『……』
「この機体も、このAFも成程、殺しを為す兵器ではある。が、その一方で世界の安寧を保つという役もある。力を持つものとしての貴様の生き様はなんだというのだ?」
もちろん自分の言っていることなど詭弁の類である。
須らくリンクスもレイブンもただの兵士もただのコマでありその行動の正しい理由など存在しようがない。
あえて言うのならば殺人を成さねば生きていけないこの世界を作り上げた国、そして企業にこそ罪があるのだろう。
『……』
だが、相手には思うところがあったのだろうか、自分の話を黙って聞いている。
距離は開けて120m。
「大義もなくただひたすら己の目的の為に死を蔓延させるお前に真っ当な理由はあるのか。その復讐は世界の均衡を崩してでも釣り合う物なのか?貴様は、ただ強い。それだけだ…」
準備は整った。
「死ぬがよい」
確実に引導を渡す、その引き金を引いた。
『ガロア!退け!聞こえないのか!!』
「……」
再び飛来したグレネードを避け車外に飛び出す。
グレートウォールは徐々にスピードを上げ、いずれは全力でも追いつけなくなるだろう。
「……」
そして、しまった、とも思う。
辛うじて避けた二発目の両腕からのグレネード。
このような連射の出来ない機体を相手にするときは、弾丸の再装填までの時間を計ることがなによりも重要である。
それぞれの兵器のリロードにかかる最短時間がわかってさえいればその隙を縫って攻撃を叩き込める。
だが今、再装填は終わり、そして両腕と肩についたグレネードを同時に撃つような愚はもう犯さないだろう。
交互に、リズムを掴ませずに撃ち、再装填の時間は計らせない。
隙を見せたときだけ撃てばよいのだ。
なぜなら敵の勝利条件はこの場の離脱であり、雷電はその場を動かずともその入り口に坐しているだけでその条件は達成される。
一方の自分はロケットもグレネードも空中で撃つには反動が大きすぎ、いざ撃ってその隙に反撃を食らっては今度こそ死は免れない。
マシンガンでつつくような攻撃をしても雷電はビクともしないだろう。
状況は限りなく不利である。
「……!」
今度はしっかり見える。
肩からの砲撃を余裕をもって回避する。
回避に専念をすればとりあえず死にはしない。
『退けと言うのが分からないのか!!』
自分が数瞬前に把握した状況をセレンは最初のダメージの時点で把握していたのだろう。
かなり感情がこもっているが、正論であるその言葉を何度も口にする。
「……」
だが。光明はある。
奴は少なくとも二連撃までしか出来ず、そして『立場が逆転』すれば勝利はほぼ確定となる。
やるなら今しかない。
「…ぬ!!」
唐突にアレフ・ゼロが緑の光に包まれ有害という言葉をそのまま具現化したような風が吹き荒れる。
PAが引きはがされ雷電の装甲が空気に晒される。
中途半端な距離でいたのが災いしたか、だが今引いて侵入を許すわけにはいかない。
「…ぐっ!」
一挙一投足も見逃さぬ、と目を顰めながら見つめていたのが仇となり今度は激しい閃光が目を焼く。
まだだ、今ヤケになって撃てばその隙に間違いなく斬られる。PAが剥がされた今、それは確実に致命の一撃となる。
がっ、と装甲に銃弾で撃たれた類の物ではない衝撃が走り、瞬間有澤の脳内にあらゆる情報が駆け巡った。
実弾兵器では通らぬとみて肉弾戦を仕掛けてきたか、こやつの得意技はブレードと通常考えられぬネクストの格闘技術による接近戦であったはず。
雷電の重厚さ、自社の機体の堅牢さを何よりも信じ今まで何万発もの銃弾を受けてきた。何千発ものミサイルもグレネードも受けてきた。
そのどれとも違う衝撃。間違いなく敵は今目の前にいてすぐにでも斬りに来る。
ゼロコンマ数秒の間の思考が経験と結びつきついに両腕のグレネードを撃ちだした。
「…?」
だが、直撃し、確実に来るであろう爆風は来なかった。
目をゆっくりと開け、そこに映った光景は遠ざかる後部車両。
そして重力に従い落下していくグレネード砲と三連ロケット砲だった。
空蝉
その言葉が浮かんだ瞬間に盲点となっていた足元に目が行く。
マシンガンが落ちている。
(さっきの衝撃はこれを投げ…)
奴の勝利条件は?
破壊?
後だ
「ッッッッ!」
真後ろで機関部に向かって進むアレフ・ゼロの幻影を見て通常雷電ではしない旋回…クイックターンと呼ばれるクイックブーストを使った技術を用いて振り返る。
だがそこで見えたのは格納されたノーマル、黒い脚、閉じられたシャッター。
脚?
考えたときにはトリガーに手をかけていた。
人は最高のパフォーマンスで同時に何か二つのことを成し遂げられるようにはできていない。
有澤の意識が全て攻撃に向くその瞬間をガロアは待っていた。
有澤の指がトリガーに数100gの力をかけるよりも速くアレフ・ゼロは雷電の肩に装備された最強のグレネードランチャーであるOIGAMIを斬り、
そして天井のパイプに右手で掴まったままクイックブーストを吹かし強烈な蹴りを叩き込む。
「しまった!!」
空中に放り出される機体。
雷電はクイックブーストを連発できない。
先ほどターンにそれを使ってしまったのは手痛いミス。だが、振り向いていなければ文字通り致命。
冷却が終わりクイックブーストが再び使用できる頃には既に機関部と共にグレートウォールの先頭車両は最早追いつけない場所に届かない速度に至っていた。
立場は逆転した。
そして十数秒後、起こってはいけない類の爆発が先頭車両から起こり通信士からの怒号は途絶え、
先ほど自分が無様に落下した入り口からアレフ・ゼロが飛び出て遥か彼方へと飛び去って行った。
「私はお前のオペレーターなんだぞ!?意味がわかっているのか!?」
「……」
戦闘から戻ったガロアはまずセレンに病院に連れていかれた。
もちろん痛いとも辛いとも漏らしていないのだが、
あの爆風をもろに受けさらにPAが剥がされた状態で全力で飛び退ったガロアは、
急激なGを受けてその身体のどこかに絶対に異常があるはずだという流石はセレンと言ったところか、見立ては当たっており、
肋骨と左腕にひびが入っていた。
実弾兵器はエネルギー兵器に利便性で劣っているような面が多々見られるが、確かな質量のあるその攻撃は物理法則に則ったダメージを確実に与えてくる。
雷電のOIGAMIは反動・威力共に現存するネクストの兵器の中で最高の物であり、その爆風の威力だけでも甚大なダメージは免れない。
部屋に戻り、ガロアを椅子に座らせたセレンは少しずれた包帯をいったん外しついでに軟膏を塗りながら怒鳴り散らす。
「お前に安全かつ正しい作戦を提供するということだ!生きていたからいいものの、何故いざという時に私の指示に従わない!?」
「……」
怒鳴りながら怒りもヒートアップしてきたのか軟膏を塗る手に力がこもり、鋭い痛みにガロアの顔が歪む。
戦闘中はほとんど痛みは感じなかったのだが今になって相当痛い。
「指示を聞かないのにオペレーターなんているのか!?このまま言うことを聞かないようならお前のオペレーターなんかやめ…!や…!辞めないが!」
「……?」
怒りが頭の血の流れをおかしくしたのか少々理解不能な言葉を口走り始めるセレン。
だが力は籠っているものの手はてきぱきと動いており包帯を巻き終える。
「と、とにかく!こちらの指示に従ってもらわないと困る!お前が怪我をすると…その、ほら、稼ぎが止まるだろう!?」
「……」
実際はきちんと成功を収めれば1~2か月に一度の出撃でもこの街で十分生きていけるはずであり、
ガロアの出撃頻度は仕事人間も真っ青の出撃厨と揶揄されてもおかしくない。
ランクが異様なスピードで上がっているのは確かだが、受けたミッションの数とランクは実は釣り合いが取れている。
…なのだがそのような反論はせずにひたすら頭を垂れて聞き流す。
「…風呂に入る前は伝えろ。ちゃんと処置するから」
聞き流していることがばれたのか、今までの経験から無駄だと理解したのか定かではないが大きなため息を吐いた後、チャイムの音が聞こえる。
友人の多くないセレンとガロアだが、住処に尋ねてくるような友人はもっと少ない。
公的な要件の尋ね人だろうか、それともメイ辺りが来たのだろうか。
だがメイは今日は朝からいなかったような気がする、と思いながらガロアにシャツを渡しドアを開ける。
「よ、よう」
(誰だっけ…えーと、面白い髪、面白い服、面白い顔…)
ド失礼である。
「ダン・モロだったか。何の用だ」
癖が髪全体に広がっており、顔色も良くはなく、目の下に隈がある。
恐らくはこいつも任務上がりなのであろうことは想像できた。
ならば休めばいいものを何をしているのか。
「ガロアいるだろ?」
「…うん?ああ」
いるか?ではなく、いるだろと確信を以て聞いてきたのはなぜだろうか。
「……」
声が聞こえたのか奥からシャツを着たガロアが出てくる。
流石に片腕がまともに動かない状態では普段の厚着は身に着けられなかったようだ。
「飯はまだか?ちょっと遅いけど…一緒に食いにいかないか」
「……」
少し悩んでガロアは頷いた。
料理をしようにもこの腕のありさまではまともに出来ないし、今から作る気もしない。
ちらりとセレンの方を見ると…
「私はいい。まだやることが結構あるんでな」
ガロアに連れ添い病院、自宅と回ったセレンはまだ任務報告書等を書いておらずそれを早めに終わらせなければと考えている。
未提出や一週間以上の遅れなどは問題だが、別に即座に出さなければいけないというわけではない。
それでもそういうことはさっさと終わらせてしまおう、という考えが基本なのは元々が生真面目だからだろうか。
そう言うのならば無理して連れ出す必要もない。
ガロアは軽い準備だけをしてダンと外に出た。
ダンと食事に行くのは珍しいことではないが、家まで来て呼び出されたのは初めてだ。
そわそわと俯いたり、右手の人差し指第一関節を噛んだりと大丈夫とは言えない状態で歩くダンは普段と打って変わって無口であり、
何か話したいことがあってきたのは間違いないとわかる。
だが自分から話を振る、ということが出来ないガロアは黙ってダンについていくしかない。
そこまで考えて気が付く。
話したいことが、とは言うものの自分にできることなど精々相槌を打つことぐらいであり、壁に向かって話すよりはマシといった程度である。
それは決して話と言えるものではないだろう。
「話し相手」が欲しいのならそれこそダンと同じくらい口の回るカニス辺りでも誘えばよいのだ。
それが自分をわざわざ選んで誘ったというのには自分でなければならなかった理由があるのだ。
「ここにするか」
「……」
ここにするか、といいつつも来たのはガロアといつも食事をする店。
ダンは奇抜な格好はするものの、毎日必ず(何事も無ければだが)銭湯に通い、寝る前にアニメを見て、決まった曜日に洗濯物をして、12時半に床につく。
そう、見た目以外はいたって普通の人間なのだ。普通から外れない、とでも言うべきかもしれない。
「あ、あの俺、ジャンボステーキのBセット。コーンスープね」
「………」
「かしこまりました~」
いつも通りダンはステーキセットを頼み、
ガロアは片手でも食べやすいようなものを紙に書いて頼む。
「……」
「……」
何が楽しくて若い男が二人テーブルを挟んで黙って見つめ合わなければいけないのか。
世間の意見はこの状況にそのようなものとなるだろうがガロアは何かを促すことも無くただダンとその後ろの虚空を半々ずつ見つめダンは唇を震わせている。
「あのさ、あのー、あれ」
「……」
アノアノ繰り返すダンの言葉は要点すら掴めない。
水を取りに行きたいが今はそうしてはいけない、となんとなく思う。
「グレートウォールを破壊したのってお前だろ?」
「……、…!?」
ただただ普通に頷いた後に気が付く。
今日依頼として届き、今日成功したミッションを何故ダンが知っているのか。
「やっぱりお前か…。いや、俺は…そう、アスタ・ラ・ビスタにいたんだ」
「……」
詳しくはわからないが、あの町で何が起こっていたのかは想像がつく。
「町」とは人が住む場所であり、そこに戦火が上がるということは多くの非戦闘員が巻き込まれることを意味する。
付き合いが長いわけではないが、この調子のいい男がそんな作戦に参加するのは想像できない。
「いや、別にだからなんだってわけじゃないんだけどさ」
別に、とは口にしつつもグレートウォールが破壊されたことにより包囲網に防ぎきれない穴が出現、
それに気が付いた住民はテロ集団の兵士の先導もあって大量に逃亡した。
任務は失敗、特にダンは敵民間人を見逃していたこともばれて報酬も無し。
大損も大損なのだがそんなことは問題では無い。
「……」
「正義の味方って言うけど、どこが正義なんだろうな…」
大量に逃げたのなら何故あの親子は理不尽に死ななければならなかったのか。
なぜテロ集団と呼ばれるような連中が人命救助を優先して動いたのか。
ならば、自分の今日の行動は正義だったのか。誰でもない自分に誇れるような。
「……」
ガロアは答えない。
だがガロアはその問いに対して自分なりの絶対の回答を持っている。
話せないし、話す気もないし、それが普遍の真実だとも思ってはいないが。
「俺、わからなくなったよ…名を挙げて、最強無敵のヒーローにって思っていたけどそれって沢山の任務に成功してってことだろう?罪もない人を殺して…」
ああ。言ってしまった。罪もない人達であったと。それを殺したと。
現実がどうであれ、自分自身は殺すべきでないと思う様な人達を自分の勲功の為に殺してしまったのだと。
企業が、力ある者が貼るレッテルなど実のところ関係ない。
清く正しく生きたいのであれば自分の信ずるところに背いて生きるべきではないのだ。
でも、もう遅い。
「俺さ、カニスと友達なんだ」
「……」
「多分、いやきっと一番の友達だ。あいつもそう思ってくれている。…でもな、お前には分からないかもしれないけど、独立傭兵って言ったって大抵は贔屓にしている企業があるんだ」
「……」
こぞって雇われるガロアにはピンとこないが、名も力もない傭兵は企業に名を売るため、
優先して新商品と仕事を回してもらうため、やりたくもない仕事でも受ける物なのだ。
「俺はGA。カニスはローゼンタール。このまま戦い続ければいつか俺はあいつと戦うんだ」
「……」
「わかってるんだ。戦いたくないのならやめちまえばいいって。でも、もう出来ない。俺にはその権利が無くなったんだよ…」
そこで我儘を言うのならば、今日自分の信念を無視し、生きるために殺した人たちは何のために死んだ…いや自分に殺されたというのか。
最早自分は止まることは出来ない。泳ぐのを止めれば死ぬ魚のように。
「あいつの方が強いってのも知っている。でも死にたくねえ。戦いたくもねえ。…どうすりゃいいんだ…。ガロア、教えてくれ…お前はなんで戦えるんだ?
戦ったら死ぬかもしれないって相手に。絶対的な相手に」
ダンの言う相手、というのはAFのことでもあり敵対する、あるいは自分の贔屓する企業の事でもある。
「……」
理由なら、ある。
かつてのリンクス戦争の英雄、アナトリアの傭兵は修理も満足にいかない愛機のルブニールを駆り不可能と紙一重のミッションを全て成功で納めてきた。
そんな背水の陣で生き延び続けた彼と自分では今でなおその力にはいかんともしがたい開きがあるだろう。
だから。多少不利になった程度で退くわけにはいかない。
勝利が難しそうだからと尻尾を巻くわけにはいかない。
その背中に追いつくのではなく、追い越さなければならない。
ならば回り道などという生ぬるい選択は許されないのだ。
明確な言葉で表現していたわけではないがセレンは心配してくれているのだろう。だが、それでもだ。
「……、」
そう簡単に言葉にしていい事なのではないが、今のダンには自分の答えを示すべきだろう。
紙とペンをとろうとし、ダンに止められる。
「いや、いい。知っているよ。戦う理由なんて人それぞれだ。それを信じぬける芯の強さが大事だってことも知っている。だから、でも、だとしたら、俺の信じた…いや、縋ってきた正義っていう言葉は…」
「ガロア様?」
後ろからか細い声が聞こえダンは言葉を止めガロアは振り向く。
「リ、リリウム様?どうしたんです?こんな時間にお一人で外にいらっしゃるなんて…」
と、言う様な時間でもないのだが確かにリリウムがこの時間に一人でカラード管轄外にいるのは珍しいことだった。
「いえ…その、色々と…。…?ガロア様?そのお怪我は?」
今回のグレートウォール撃破を予想していたかのように先じて王小龍の指示により大量に株の売り約束を浴びせかけており、
今日のガロアの任務完了を以て王の見通しと策略により、BFFはマザーウィルを一から建造しなおしてなお余るだけの資金を獲得、
逆にGAは株価の低下、及び主戦力の一つの喪失により大幅な縮小を余儀なくされ、とうとう総資本においてBFFとの立場が逆転するに至った。
今後は王率いるBFF主導のもと、GA陣営もといBFF陣営が形作られていくだろう。
今現在BFFはそんな嬉しい混乱の最中にあり、普段は王のそばから離れないリリウムだが、
本日の多忙さに王はまるで若返るかのようで、
それを手伝うのは喜びも減らしてしまう様な気がして何となく憚られ、社内でボーッとしていても邪魔だろうし、暇だな、と思いカラードに来たのだ。
「……」
「ミッション中の負傷だそうです」
「まあ、その手では…あの、ご一緒しても?」
「あ、あの!俺、もう実は飯食ってたんですけどなんとなくまた注文しちゃって!よかったらリリウム様代わりに食べてくれませんか?あ、もちろん会計は俺がしておきますから」
一から十まで全部嘘。
ただ、今までダンが自分にしていた話をリリウムには聞かれたくないのだろうという事に察しがつき、
その瞳の不安定な光の反射につい自分も席を立とうとするがダンは半ば睨むようにこちらを見て矢継ぎ早に言葉を口にする。
「お前はまだだろ?奢るから食っていけ!ちゃんとリリウム様を送って差し上げろ!夜道は危険だからな」
普段のダンならまずあり得ない気遣いの言葉、いや、普段のダンならこの場に留まり聞く聞かないに関わらずずっと話をしていたはずだ。
早足で去るダンとすれ違いに店員が来て料理を置いていく。
事情を理解していない店員は当然ステーキセットはガロアの対面の席に置く。
そしてリリウムはガロアの隣に座り、
自然体でラブコメじみた…ロイ辺りが見たら「この甲斐甲斐しさなら王のジジイは老後も安心だな」等と失礼な感想をかましそうな親切行動をしようとしたが、
片手で食べられるものを注文している上、利き腕は無事なガロアは「ですが…」と何度も繰り返すリリウムを何とか対面に座らせた。
ちなみにステーキセットはリリウムには多かった。
「あれ?何もいない…」
豪運を自称する男、パッチ、ザ・グッドラックは今日も小規模のノーマルの殲滅というみみっちいミッションを受けて砂漠地帯に飛んできたが、
そこには何もいなかった。
「まいったなオイ…出撃費負担なんてごめんだぜ俺は…」
システムを通常モードに移行し、カラードへの通信を試みる。
本来ならこういった仕事はオペレーターに任せる物なのだが、
吝嗇、爪に火を灯すと言った言葉が実に合うパッチはオペレーターを雇う金も惜しみ、それらを全て自分でこなしている。
だが本人は「能力の高い自分にはそんなものは必要ない」と思っており、
通信機器の知識にも深い自分は凄い、などと自画自賛を惜しまない。
それでも比較的経歴の長い辺り、その考えは完全に間違っているとは言えないが、
今までの仕事で赤字になったミッションも報告書の書き上げで寝不足になったことも正しいとは言えないし、
導くものもいなかった彼は未だにランク27止まりとなっている。
それこそオペレーターを雇っていたり、もっと戦場で勘を磨いていたのなら気が付いていただろう。
今、ここら一帯は強烈なジャミングを受け電波障害が起きていることに。
『SIGNAL LOST』
「あれ~!?頼むぜ~…空にあんなに馬鹿でかい飛行機浮かべられるのになんで電波弱いところが出てくるんだよ…ケチらねえでしっかり人口衛星浮かべろ、衛星っ」
ぶつぶつと砂漠で独り言を言うパッチはオアシスの夢を見て死に行く放浪者よりも救いがたい。
『こんにちは』
「…え!?」
その声が聞こえると同時にカメラからの映像が消える。
パッチには見えていないが唐突に出現したその赤茶けたネクストはパッチのネクスト「ノーカウント」のカメラアイに深々と指を突っ込んでいた。
そのまま肩に腕を回して話を続ける。
『お話があって参りました』
「ひぃ!?なんだあんた!?こ、この辺には何もいなかった!レーダーにもかからなかったのに!」
『まぁまぁ。落ち着いて。多分殺されませんからコックピット解放してくれませんか?』
慇懃無礼なその言葉にはぞっとするような冷酷さが潜んでおりパッチは言われたとおりにせざるを得ない。
「…ヒィイィイ!な、なんだあんたたちは!」
コックピットを開くとそこには不気味な緑色の光を放つ砲身があった。
数秒遅れてそこに四脚のネクストがいることに気が付く。
レーダーには本当に何も映っていなかった。
熱源探知もしっかりした。
なぜ、何も映らなかったのか。
種は簡単で四脚のネクストは瓦解した建物の陰に全てのシステムを切って潜んでいた、それだけだ。
音も熱も無くレーダー上ではそこらへんの鉄くずと完全に同化していた。
常識的に考えて通常、戦場で全システムをダウンさせるなどという自殺行為をすることはありえないのでパッチは気がつけなかった。
『名前は?』
「あ、あんた…」
『名前は?』
銃口を突き付けてるネクストから通信が入る。
「パ、パッチ、ザ・グットラックだ」
『…カラードランク27、豪運を自称するリンクス、か…』
「あ、あんたらカラードの所属じゃないな?なんでネクストを…」
『豪運!素晴らしい!今日の出会いに感謝しましょう!』
至極当然の疑問は肩に手を回したネクストからの通信にかき消される。
『いや、全く運がいい!もしもあなたがこんなしょうもないミッションを受ける小物でなければ!もしもあなたが独立傭兵でなければ!消していましたよ!』
「え、へ、へぇ?」
『時々赤字…ほう…、お前、金が欲しくないか?その様子だとまだその機体分の金も入っていないだろう?…やるよ』
『そのかわり少しだけ協力してほしいんです』
断れば殺される、というのは最早脳みそに血液を回さなくても分かる。
だが。
「待て待て待て、待ってくれ!金が入ってもあんたらテロリストに加担したとなればカラードから追い出される!いや、殺される!金があっても意味がねえよそんなの!」
『いやいやいや…』
赤茶けたネクストは肩から手を放し、四脚のネクストも銃身を下げる。
『何も街を襲って金を奪えとか、カラードを襲撃しろと言っているわけではない』
2人はこれまでのやり取りでパッチの性格という物を完全に把握していた。
即ち、保身である。
身の安全が保証され、金が入るのならば、建前として渋るだろうがこちらに引き込めるだろう。
「そ、そんな…」
『何、簡単なことですよ』
『ガロア・A・ヴェデットを知っているな?』
「あ、ああ」
今目の前にいるこいつ等ほどではないが、
あの化け物もやはりパッチにとっては絶対に敵に回したくない相手であり、
独立傭兵である以上、いつでも当たる可能性があると踏んでいたパッチはその動向は欠かさず調べていた。
『彼が暇な時、かつ他のリンクスに依頼が回っている日を調べて教えてください』
『全員が出払うことは無いというのは知っている。あくまで一番リンクスが出払う日、ということでいい』
「ま、待て。あいつは今怪我をしていて少なくともこれから一か月は暇だ…!多分」
『とは?なんですか?』
『何かミッション中に怪我をしたとかでしばらくはネクストに乗れないんだそうだ!も、もういいだろう』
「……」
『いや、実に素晴らしい!早速役に立ってくれましたね!さぞかし、カラードでも優秀なのでしょう』
『だがそれだけでは足りない』
「も、もう知らねえよ!」
『どういう怪我なのかを教えろ』
「知らねえんだって!」
『なら調べろ。…金は先に渡しておく。しっかり仕事出来たら追加でやる』
四脚のネクストが言うと、赤茶けたネクストがトランクを差し出す。
『30万コームあります。役立てて下さい』
「さ、さんじゅう!?」
『我々とコンタクトの取れる通信機もあります』
『通信の知識もあるんだろう?』
「あ、ああ」
『では、行ってください。くれぐれも…』
「わ、分かってる!」
パッチは言うや否や転げるようにしてその場を去る。
何という事だ。
断る暇もなく仲間内に引き込まれてしまった。
だが、今コックピットにあるこの金。
これだけあればしばらくは金策に頭を痛めることも無い。
自称豪運のパッチは自分の運に感謝しながら、人生で初めて悪運へと繋がる選択をしてしまった。
有澤 隆文
身長172cm 体重78kg
既婚。娘が一人。
およそ百年前に日本の企業を統合、支配した有澤一族の一人。
間違いなく社長ではあるが、有澤一族全体で株の51%を保有している中の一人であるため、全ての権限があるという訳では無い。
AMS適性があった為に社長(矢面)に祀り上げられたと言った方が正しい。世界最大の検索サイトで有澤隆文を調べると一発目に自分のアイコラが出てくる。
仮に死んでもとりあえず問題なく会社は回るが、一応企業の顔の一人であるし敏腕なので扱いは軽く無い。
日本は国家解体戦争以前も後もあまり変わらず、島国であるため汚染も割と逃れている。
未だに一億人程日本国には人が住んでおり、コロニーでなく国としての様相を保っているのは元日本だけ。
それでも有澤重工が支配してからは、堂々と軍が配置され徴兵制になり、と平和からはほど遠くなってしまったが…。
今日も日本のインターネットで影武者だと言われてコラ画像が作られていると思うと少しやる気がなくなる有澤であった。
グレートウォール破壊の責任を取らされそうになったが、結局この男以上に社長(矢面)を出来る男が居らず、BFFからの支援もあり未だに社長。やったぜ。
趣味
BON SAI
ON SEN
好きな物
SUSHI
MISO SIRU