Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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The Beginning

 

『アナトリアの傭兵

 

こちらはカラードランク1、オッツダルヴァだ。

 

カラードを介さず、貴殿に個人的な依頼をしたい。

 

無論、報酬は支払う。

 

今から12日後、我々はラインアークに襲撃を仕掛ける手筈となっている。

 

だが、カラードとしては無辜の市民の大量虐殺等という世間からの支持を下げるような真似はしないはずだ。

 

恐らくは私にラインアークの主戦力、つまりホワイトグリントを撃破するよう依頼が来るはずだ。

 

そして一機で出撃させるような愚もしないだろう。

 

私は僚機としてアレフ・ゼロを選択する。

 

ランクこそ低いものの、今までの戦績を考えればこの戦場でも役不足は無いはずだ。

 

ここからが依頼だ。

 

ホワイトグリントとステイシス、アレフ・ゼロとの戦闘の最中、私がそちらにプライベート回線で合図を送る。

 

そうしたら一気に海上まで移動するのでそれを追いかけ、ブースターを狙い撃ちしてもらいたい。

 

当たらなくてもいいが、要するに私が貴殿に海上で落とされ沈められたように見えるよう、一芝居うってもらいたいのだ。

 

報酬も支払うし、カラードのランク1の首を取れ、平和を手にするとなれば損は無いだろう。

 

だが、アレフ・ゼロのリンクス…ガロア・A・ヴェデットは貴殿の蒔いた種だ。もう知っているだろう。

 

その日でなくても彼はいずれ貴殿と対峙する。

 

そちらは貴殿が対処するべきなのだ。運命から逃げるな。

 

よい返事を待っている』

 

 

 

 

ジャラリと音を立てながらいくつもの小さな金属の玉が指につままれる。

 

カラードの運動場にてガロアはコップに入った金属の玉…

今では地上からほとんど消えた娯楽に使われた道具、パチンコ玉を左手にいくつか掴みそして放り投げた。

宙に浮かんだ玉は最初は固まって飛んだが、速度がゼロとなるころには離ればなれになり、

そしてバラバラになった玉が日の光を反射しながらガロアの周りに落ちてくる。

 

見える。

軌道が視える。

数は17。あの玉が一番早く落ち、あの玉が一番遅く落ちる。

ぎょろぎょろと波紋を浮かべる眼球を動かし二本の腕を散らす。

それは傍目には乱雑に空をはたいているかのようにしか見えなかっただろう。

 

「……」

全ての玉は地に着くことなくガロアの掌に納められていた。

 

生まれた時から自分と共にあったこの眼。

眼に見える全ては莫大な情報を含みながらもしかし理路整然と一瞬で頭に染み込んできた。

揺れる枝葉の動きも、一斉に飛び立つ鳥たちの舞い散る羽根の数も軌道も、

コーヒーを注ぐポットの液体の動きでさえも、

全ては赤子がやがて立つことを知るように、

言葉を口にすることを知るように、

自然と自分の理の内側にあった。

それがガロアの普通であり、自然であった。

 

…ただ、話せないという事も、ガロアの普通であり自然であった。

 

そしてその眼は、理由はあるのかすら定かではないが、

リンクスになってからというもののますます冴えわたり、

見上げた空に浮かぶ雲が散り散りになった先のその数すらも当然のように頭に浮かんできた。

 

 

だが。

得意を語ることをしないガロアは同様に苦手も語らないが…

彼は射撃が苦手だった。

 

まだ自分の戦闘スタイルを決める前、

セレンのスタイルに倣いガロアも中、遠距離の装備で固めてシミュレーションに挑んでいたが、全く話にならなかった。

ミサイルを全て撃ち落とすという神業染みた真似をするガロアだが、

それは自分に向かってくるという絶対の規則の元、辿る軌道に重ねて発射していただけの事、動いているようで実のところ動いていない的に当てているような感覚だった。

だが、縦横無尽に上へ下へ横へと動きまわるネクストに自分も動きながら弾を当てるという真似は、

例えロックオン等のネクストからの補助があっても、少なくとも彼にとっては至難の技だった。

マシンガンを選んだのは近距離での乱射の為。

グレネードとミサイルを選んだのはせめて爆風だけにでも巻き込む為。

事実、これまでの戦いで両肩に積む実弾兵器はリンクスとの戦闘に於いてほとんど命中していない。

特に強敵との戦いが多くなったここ最近ではそれはますます顕著となっている。

 

せいぜい二流の射撃センス。

もともとノーマルやネクスト用の訓練をしていなかったのだから、これはある意味当然か、

と当時のセレンはある意味妥当な結論を、今まで神がかったセンスを見せていた少年がここまで来て難儀をする姿に対して下した。

年端も行かぬガロアではあるが、その手に銃を握った経験があると言っていたのでこれも当り前のように最高の結果を出すものだと思っていたのだが、

ライフルの命中率は低く、スナイパーライフルに至っては最早持たせない方がマシというレベルだった。

がっかり、とはいかないまでも、これから一流のリンクスに仕立てるのは長い道のりだと覚悟を改めるセレンの傍らで、

ガロアは自分の力の無さにセレンの何百倍も強い感情で力の無さを呪い、奥歯も砕け散らんほどに歯噛みしていた。

 

人に教える何てことはセレンも初めてだったから、とりあえずありきたりな装備で普通に普通に、あくまで普通にやらせていた。

だが何となくセレンの勘は告げていた。近接戦闘の方が向いているのではないか、と。

どこからどう見ても普通の子供では無いし、尋常の吸収力では無いのに普通のカリキュラムでやっている自分の方が間違っているのではないか、と。

 

理由を付ければ、組手をしているときに時折放つ獣のような殺気や、怪我は多くともすぐに治るその身体、身体中に刻まれた傷痕、

そして日に日に磨かれていく格闘センスからそう思ったのかもしれない。

 

ものは試しだとある日ブレードのみを持たせ、セレンもブレードのみの装備にし、その日も二人は電子の世界で向かい合った。

 

その時セレンは、ガロアとガロアの操る機体に刃物とブレードが異様に似合う事に気が付いたが黙っていた。

 

 

 

ガロアにしても驚きという他なかった。

ものの10秒もしないうちにシリエジオが自分の前でスパークを散らしながら機能停止している。

震えながら汗に濡れる自分の手を見る。

 

悪戯な神によりおよそ肉体的に恵まれない少年に与えられた無二の格闘センス。

痩せぎすな身体に込められたその才能が、本来なら数十年の修行を経て開花するところを、機械の巨人の身体を得ることによって電子的に無理矢理引き出され、解放された。

考えなくても自分が次に動かすべき部位が分かり、相手の力の流れが分かる。

 

夢のように動く手足、

羽根のように軽い身体、

翻弄される相手、

訳も分からずただセレンを見下ろしている自分…。

 

 

超人の目覚め!

 

 

以来ガロアは命を削るようにその身体を鍛え続けた。

自分の肉体が強靭になればネクストもそれに応えるという、

セレンの言葉と本能が教える理屈抜きの叫びを妄信して。

 

肉体的に恵まれなかったその身体は重ね続けられる地獄のような訓練と燃える魂にいつしか着いてくるようになり、

大きく、強靭に成長した。

 

そして、ガロアが自分に課した修行の最後の段階が今、終わった。

 

ホワイトグリントが肩に積むあのミサイルは、途中で分裂しまた追いかけてくるという優れもの。

八つに分裂し自分を追いかけてくる、とは分かっていてもそれを認識し直すのにも数瞬とはいえスキが生じ、

避ければその方向に正確な射撃が飛んでくるか、下手すればまごついている間に接近され強烈なアサルトアーマーを喰らう羽目になる。

分裂する前に撃ち落とせれば文句は無いが、どうやらその分裂のタイミングは決まっていないようであり、確実な迎撃は無理と断定せざるを得なかった。

 

だが、それも地道に続けてきた習練と成長した眼により、その軌道すらも最早完全に見切るようになった。

 

準備は整った。

シミュレーションと実戦が違うことなど百も承知だ。

もう後は正々堂々と相対し、倒すのみ。

 

「……」

パチンコ玉が入った手を握るとギチギチと音を立てる。

見上げた空に浮かぶ雲の流れが異様に速い。

後ろを振り向かずともわかる。

 

…来た。

 

「ガロア・A・ヴェデット」

うなじがピリピリとざわめくのを感じながらその言葉の主に背を向けたまま耳を傾ける。

 

そこには鷹のような眼光をした男がいた。

 

「話がある」

一度しか会った事がない。

投げかけられた言葉もごく少ない。

 

そもそも自分が何なのか。

考えた事もないし、答えなど無いのかもしれない。

だが、分かるのだ。

 

「来い」

オッツダルヴァは自分と同類の人間だと。

 

 

 

 

「企業連はラインアークを陥すことを決めた」

ウェーブのかかった黒髪、鋭い眼。

そしてこの前会ったときと寸分変わらぬ無表情。オッツダルヴァは淡々と告げる。

 

「!…、…とうとうか」

カラードにあるオッツダルヴァの自室にガロアと共に招かれたセレンは極力表情を変えないようにしながら答え、身震いする。

この話を自分達にしている理由が分かるからだ。

ついにガロアはその執念で此処まで来てしまった。

 

「……」

 

「ホワイトグリントを撃破する。私と来い、ガロア・A・ヴェデット。貴様はこの任務に不足の無い力を付けた」

 

「……」

 

(ガロアが…笑ってる…)

身体が小さく震えるのがさっきから止まらない。

それは確かに笑っているものの笑顔などと呼べるようなものでは到底なく、

例えるならば牙をむく肉食獣だ。

二人のぶつかり合う視線が弾けて空気に混ざりこの部屋を異質な空間にしてしまっているかのようだ。

 

(なんて部屋だ…)

二人の顔に視線をやることが出来なくなり部屋を見渡す。

がらんどう、という表現を超えて最早空虚でしかない。

ガロアの物の少ない部屋よりも物が無い。

ノートパソコンとベッド、それだけだ。

カラードのランク一位…天才だと聞いていたが、そもそも人間なのかこいつは。

全く変わらぬ表情といい、闘う為の機械とでも言われた方がよっぽどしっくりくる。

 

「……」

 

「あ!おい!ガロア!」

ガロアが踵を返し出口へと歩き出す。

いつの間に話が終わったというのか。

 

「三日後のPM11:00だ」

 

「……」

 

「いつ話がまとまったんだ!おいって!」

当然答えが返ってくることも無く、ただ扉が開く音だけが聞こえる。

 

世界がうねり始めた。

 

 

 

 

 

その背中から交差する白き閃光を放ち私から遠ざかって行く。

いつだってあの光が私達を守ってきた。

 

必ず帰ってくる。

そう言って遠くへ飛んでいって

 

必ず帰ってきた。

 

 

大丈夫。今日だって絶対に帰ってくる。

いつもみたいに帰ってくる。

ああ、でも。

ずっとそう。私はその背中を見ながら祈ることしか出来なかった。

今だって画面の前で手を合わせてる。帰ってくるって分かっていても、守ってくれているってわかっていても、

その背中を見送るのはいつもいつでも苦しい。

 

『フィオナ』

 

「うん…」

通信が入ってくる。

彼が私の名前を呼んでくれる、それだけで幸せなのに、世界はそれだけでただあるということを許してくれない。

 

『オペレーターの仕事は…』

 

「祈ることじゃない。一緒に戦う事…」

 

『そうだ。必ず…帰ってくる』

誓いをその名に刻んだ機体は砕けても、その誓いまでは砕けなかった。

いつからか出撃前には必ず言うようになった言葉を今日も贈ってくる。

 

「分かっている…分かっているわ…。全力でサポートします」

 

『……』

 

「敵機は二体。ランク1・ステイシス及びランク17・アレフ・ゼロ。二機の航行スピード、依然変わらず後三分で領域に侵入します」

大丈夫。もっと苦しい状況はいくらでもあった。

四機同時に相手したことも、数えきれない軍勢を相手にしたことも、化け物のような兵器を相手にしたこともあった。

全部、勝ってきた。

今回の敵は二機。たった二機だ。ランク1とだって戦って勝利してきた。

 

『あの二人だったら』勝てる。

 


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