Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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ホワイトグリント撃破

『こちらホワイト・グリント、オペレーターです。貴方達は、ラインアークの主権領域を侵犯しています。速やかに退去してください…さもなければ、実力で排除します 』

 

冷たい声が聞こえる。それはガロアにも聞こえているようだ。

別段感想があるわけでもないが、オッツダルヴァというキャラクターに合わせたセリフを吐く。

 

「フン、フィオナ・イェルネフェルトか…アナトリア失陥の元凶が、何を偉そうに 」

 

「……」

バチリ、と足元にあった石つぶてが弾ける。

自分の周囲に展開された揺れる感情に合わせてPAが蠕動している。

 

『…どうしても、戦うしかないのですね…リアクティブレシーバー全展開』

 

『!?…これは…ある程度は予想していたが…ガロア、こちらの通信はあちらに筒抜けだ…ホームなのだから、この程度…当たり前…、か』

 

「……」

 

『いけるな?貴様。見せてみろ…お前の持つ可能性…』

 

『ミッション開始!ネクスト、ホワイト・グリントを撃破する…ランク1との二人掛りだ、これ以上は望めん…ガロア…!』

 

「……」

セレンの声、オッツダルヴァの声、フィオナ・イェルネフェルトの声、波の音、風の音。

全て雑音だ。空気を引き裂き音の壁を突き破り飛来する質量が奏でる轟音…交差する白い閃光。

 

ほんの一瞬の間にガロアは過去の凄惨な記憶を追体験していた。

 

(眼があった奴は皆殺しだ!!)

地に伏して血を流す怪物を足蹴に叫ぶ自分の姿。叫んでいる、というのは幻覚で当然声は出ていない。

 

(今日から俺がこの世界を地獄に変えてやる)

白い肌を隅々まで血に染めて牙を剥くガロアはもう人間では無かった。

 

ガロアの生きた世界は生と死が永劫回帰する地獄だった。

 

アナトリアの傭兵は何もかもを間違え自分のような存在を生んだ。

 

「……」

夢にまで見た、この光景。

気づけば起動しているブレードがブスブスと音を立てて道路を焦がす。

ゴギン、という怪音がまさかアレフ・ゼロのメインブースターが最大まで開ききった音だとはオッツダルヴァもそちらを見るまでは信じられなかった。

 

黒い閃光と白い閃光が激突した。

 

始まってしまった。

セレンは、ガロアが何も考えなしに突っ込んでいったのではないかと一瞬ヒヤリとしたが、

考えてみればホワイトグリントの一番厄介なあのアサルトアーマーはネクストの仕様上オーバードブーストの最中にはまともな威力の物は絶対に使えない。

ならばそこに速攻で斬りかかるのは正解だ。ガロアは冷静だった。

だが敵もさる者、相対的に3000km以上の速度で突っ込んでくるアレフ・ゼロの斬撃を止めた。

そこに放たれたステイシスの弾丸はただ道路に穴を空けるのみだった。

 

「……!?」

ビリビリと左腕がしびれる。

あれで決まるとは思ってなどいなかったが左上段から振り下ろした斬撃、避けるか、腕で受け止めるか、あるいは苦し紛れにアサルトアーマーを出すか…

そのどれが来ても対応できるように体が答えを出していた。

 

だが、ホワイトグリントはその右足をバレエダンサーのように高く掲げて受け止め、左腕を柔らかにひざ裏に挟み込んでいた。

広がっていた蒼い複眼が全てこちらに向き、両の腕のライフルがコックピットに向けられるのがやけにゆっくりと見えた。

 

 

激突の勢い消えぬまま後ろに急激に加速したため以前負った傷がやや痛む。

あのまま腕を振りほどいていなかったら死んでいた。

身体に流れていた血が加速して流れ出ていた汗が全て冷水となっている。

シミュレーションどころか実戦でも想像だにしていなかった対応。

一合かち合っただけで分かる。

ホワイトグリントは強い。今まで自分の目の前に立った何よりも。

 

「……」

ガロアは血が沸騰するような昂ぶりと身体を凍らすような冷や汗の矛盾の中で激しく笑いながらアレフ・ゼロを動かした。

 

『焦るな。こちらは二人がかりなのだ』

オッツダルヴァからの通信を聞きながらセレンは二機と上空から送られてくる映像を見て違和感を覚える。

多対一の基本を守り、ホワイトグリントの前後から挟撃をしかける二機。

正面からのレーザー、後方からのグレネード、さらに斜め上から飛んで来るPMミサイルを全て回避しながら…

全く後ろを見ることもせずに真後ろのアレフ・ゼロにライフルを命中させる。

 

(まただ…!また見てもいないのに当たる!)

音を聞いて場所にあたりをつけて撃ったとかそういうレベルではない。

ガロアは自分が叩き込んだ通り、不規則に動き、単純なロックオンだけではまず普通の弾には当たらないし、

目の前にいたって当てることは難しいと言うのは自分が一番、嫌というほど知っている。

 

不規則な動きから搭乗者の癖を見抜き、次の動きを予想して当てる。

超一流の射撃手ならば少なからず可能かもしれない。

 

それを観察し、見ていたのならば!

 

(なんだこいつ…根本的に何か違うぞ!)

最初のミッションでガロアが尻尾を巻くようにホワイトグリントとの戦闘を避けて帰ってきたときの言葉…『シミュレーションと違った』

あれはその額面通りの言葉ではなかったのか。

だが、余計なことを言っても混乱をさらに煽るだけかもしれないし、通信は全て傍受されている。

 

オペレーターとしてやってきたのに、ここまで来て何もすることが出来ない。

リンクスにも、オペレーターにも結局自分は…

 

(違う!)

今の自分の仕事はガロアだけでは見れない部分まで観察して発見しそれを伝えることだ。

絶対に見逃さない…いかなるヒントも!

 

『的になるつもりか!』

 

「…!」

挟まれたまま押しも押されぬ戦闘を続けていた突然ホワイトグリントは急上昇をする。

そして心待ちにしていたチャンス、分裂ミサイルが発射される。

全て撃ち落として間隙置かずに攻撃を叩き込む!

 

天に坐す天使のように空を駆けるホワイトグリントの動きの全てを目に収めんと目を見開き…

 

「!!!」

拡張強化された視覚に容赦なく太陽の光が注がれ目が焼かれた。

 

『三日後のPM11:00だ』

作戦開始時刻、作戦エリアまでの航行時間、ラインアークの位置する緯度。

今、太陽は真上にあった。

 

「…ーッ!!」

苦し紛れに粒子の鎧を解き放ち、直後コックピットにいる自分をも揺らす轟音。

なんとかミサイルの直撃を免れる。

だが、これでしばらく自分は丸裸になってしまう。

 

(ガロア・A・ヴェデットの目の秘密を掴んでいるな…当たり前か)

ガロアよりも幾分か冷静なオッツダルヴァは流れるようにホワイトグリントに追いすがり、適性距離を保ちながら考える。

カラードでも恐らく最強の二人の攻撃を捌きながら冷静に時間を計算し、作戦を成功させる胆力…

 

(伝説以上の化け物だ…アナトリアの傭兵)

馬鹿げた噂話の数々。

下らぬと一蹴していた自分が如何に愚かであることか。

この男は…確かに魅入られている。超越した何かに。

間違いなく超一流の自分達を相手取って優勢を保っている。

 

正面から相対しているオッツダルヴァはかすかだが、しかし明らかであるはずの違和感に気が付けない。

彼もこの場で命を懸けて戦っていればあるいはその答に気が付いていたかもしれない。

だがしかし、オッツダルヴァはこの史上最高とも言える戦場で打算のみを駆け巡らせていた所為で、いくらかその勘を鈍らせてしまっていた。

 

『いったん距離を取れ!!!』

セレンが今まで聞いたことの無いような声で怒鳴ってくる。

言われなくても、この状態では不利を通り越して自殺だ。

 

「…!」

少々無茶な加速で身体中に軋みが入り特に全ての関節が細い釘が束になって刺されたように痛む。

ゴゥッ、という音は自分の機体が風を切る音…だけではなく、後ろからホワイトグリントが周到に追撃を仕掛けてきていた。

そうか、通信は敵に筒抜けだった。

さっきのセレンの怒号は自分がピンチだとむざむざ敵に教えていたのか。

やけに冷えた頭の一部が冷酷に答え合わせをしている。

 

紛れようとしたビル群に届きそうもない、と思った時。

 

バシュン、と音を立てて一筋のレーザーが空を切り裂き、海の一部が蒸発した。

 

『尻拭いなど、あまり趣味じゃないのだが』

 

「…!?」

速い。数瞬前までステイシスはホワイトグリントを追ってかなりの高度にいたはずだ。

しかし今、ステイシスはホワイトグリントを追い抜き、あろうことか間に立ちしかも一撃撃ちこむほどの余裕があった。

 

「……」

今まで見た中で一番速かったあのフラジールならばこの動きも可能なのかもしれないが、この男はその速度をモノにしている。

ランク1はやはり伊達ではない。

 

突如として広がった光が周囲を白に染めた。

 

フラッシュロケットが放たれたのだ。

アレフ・ゼロは陰さえも溶かし消えてなくなった。

 

(PAが回復するまで隠れる…まぁ、賢い選択だな)

しかし、強烈な閃光で強制的に目がくらむ時間があったとは言え、

十数mもある機械の巨人を気配すらなく隠すその透遁能力。

 

(やはりこいつは…)

煌びやかな光輝く戦績よりも闇に隠れ闇に死ぬ方が相応しい能力、少なくともそう思える。

 

「少しだけ、遊ぼうか」

プライベート回線でホワイトグリントに話しかけるオッツダルヴァ。

この男と自分、どちらが強いのか。

カラードから消える前にその答えだけは…

 

「…え?」

その数瞬の光景を見た、オッツダルヴァも、ホワイトグリントのパイロットも、

セレンもフィオナも、ラインアークの人々も、カラードの通信技術士も全く意味が理解できていなかった。

 

グレネードもロケットも実弾兵器の中では遅い部類に入る。

ライフルやマシンガンには当然の事、下手すればいつしかの試合のようにネクストにすら純粋な速度で追い越されることもあるぐらいだ。

 

二つの重なる轟音。

今、向かい合うステイシスとホワイトグリントの下をロケットとグレネードが通過し、マシンガンの弾に撃ち抜かれて大爆発を起こした。

 

「…何?」

時間にして一秒にも満たないが、確かにステイシスとホワイトグリントの動きが止まった。

 

意味がわからないのだ。

あの距離で爆発が起こってもダメージにはならないし、目くらましにもならない。ザバザバと同心円状に波を立てる海。

そもそも目の前でそれをやられたとしても、そんなことに集中するのならちゃんと当てればいいのにという感想しか出てこないだろう。

 

ステイシスのリンクスも、ホワイトグリントのリンクスもその声に違わぬ優秀な戦士である。

故に考えてしまった。この行動になんの意味があるのだろうと。これが次のどういう攻撃につながるのだろうと。

今までその解を看破出来たからこそ、ここまで生き残れたのだから。

もしもう少し頭の回転が鈍ければ。

意味が分からないし意味なんかないだろう、という結論に…つまり正解に至れただろう。

あるいは、この戦いに至るまでにどこぞの戦場で死んでいたか。

 

一瞬早く気づいたのはセレンとフィオナだった。

ビルの屋上から、猟銃に撃たれた鴉のように真っ逆さまに『音もなく』落ちていくアレフ・ゼロ。

電源そのものが切れており、落ちる機体が空気を退ける音は未だざわめく波の音と風の音にかき消されている。

二機の視線は今もさざ波が立つ海に。

 

高度がホワイトグリントと重なった瞬間、アレフ・ゼロは全ての電源を起動した。

 

(当たった!!)

それはセレンとフィオナ、二人の感想だった。

驚嘆の声を思わず漏らしそうになるセレン、悲痛な悲鳴を叫びそうになるフィオナ。

だが現実は確信を上回っていた。

 

『避…っ!』

 

「!?」

その通信よりも先にガロアが気づくのは当然の事だった。今、目の前で見ていたのだから。

頭からコアの上部を切り裂くはずだったその斬撃は、

完璧なタイミングで腰部を曲げたホワイトグリントに完全に避けられていた。

カウンターのアサルトアーマーが起動し、緑の粒子がこちらに向かってくるのがやけにゆっくりと見えた。

 

メキメキッビキッ、と外と中から音が響く。肉を裂き骨が軋む音だった。

 

斬ったと確信してなお心を置き油断しないこと、残心。

そして、このホワイトグリントは全くシミュレーションとは別物だ、という意識。

 

その二つの心構えが無かったら出来なかっただろう。

超が付くほど急激に…それこそ身体に重大な被害を与える程飛び退るなんてことは。

ガンッ、と音を立てて着地…失敗する。どうやら海上のビル群から海上道路まで跳んだようだ。

 

「…ッッブッ」

だがどういうことだ。

後ろに急激に下がったのならば、その慣性の法則から来る力は背中に来るはずだ。

ボウリング玉を腹に投げつけられたかのような感覚。息を吐いた瞬間に吹き出る鼻血。

明らかに、正面から衝撃が来ている。

 

(避けた!?完璧なタイミングだった!上からの映像を見ている私ですら直前まで気が付かなかったんだぞ…!?)

この戦場に関わるものでラインアーク勢以外は完全な混乱に陥っていた。

 

(フィオナ・イェルネフェルトが指示を出したか?いや、ありえない!爆発から一秒弱、屋上からホワイトグリントの高度まで三分の一秒もかかっていないんだ…)

もし仮に万が一ひょっとして避けろと指示を出せていたとしても、どういう攻撃が来るかと、細かな指示を出せる時間は絶対になかった。

指示が通っていたのなら…クイックブーストを使っていたはずだ。ネクストの常識として、前へ右へ左へ、あるいは激突を目論んで後ろへ。

しかし現実は完璧なタイミングの攻撃に対する完璧な回避。

達人の見切り…いや、見てすらいないのに見切った。

 

(見て…いや…まさか…)

未だに思考が纏まることは無いがとりあえず、圧倒的な現実としてわかることはある。

 

ホワイトグリントのアサルトアーマーの直撃を受けたビルの窓ガラスは全て割れ、鉄骨は歪んで曲がり、コンクリートにヒビが入っている。

アレフ・ゼロのAPは7割弱吹き飛び、バイタルサインが示している…ガロアが、ネクストの内側にいたガロアが怪我を負っている。

中距離にいたステイシスもPAが完全に消し飛び、幾分かAPにもダメージを負っている。

アサルトアーマーの直撃を受けた物質は中身を壊滅的に撹拌されぐずぐずに溶ける…はずだ。

だが、これは…それだけではない。

 

(強烈な斥力!!)

セレンも企業も出会ったことの無い未知の技術だった。

 

信じられない答と同時にセレンは叫ぶ。

 

「ステイシス!!」

 

『分かっている!!』

 

ギシギシと悲鳴を上げる身体と機体に鞭を打ち起き上が…れない。ステイシスが全速力で距離を取ろうとしているのがどこかのニュースでも見ているかのように現実感がない。

ステイシスが一番得意とする距離でもアサルトアーマーの影響を受けるとなれば、距離を離すしかない。

しかし、ホワイトグリントは何故か自分を殺す最大のチャンスでもあるこの瞬間にこちらを見向きもせずにステイシスを追う。

 

ぱすん

 

一番威力の低いグレネードを撃った時もあんな情けのない音がした記憶がある。

その音と共にステイシスが背部から煙をあげて急激に高度を下げていく。

 

『メインブースタがイカれただと!狙ったか、ホワイト・グリント!よりによって海上で…クッ、ダメだ、飛べん!ゴボッ…浸水だと?ザーッ…鹿な…こ…ゴボボッ……最期……!認…ザーッこんなザーーーー』

 

完全に沈んだ。

ノイズだけを垂れ流す通信。

人間は何分呼吸をしないと死ぬのだったか。

 

戦闘開始から2分10秒、あまりにもあっけなくランク1はやられ自分も大ダメージを負っている。

 

ふわり、とラインアークの中心へと向かう道へ降り立つホワイトグリント。

両の手に持つライフルをこちらに向ける

 

…のではなく、その先にある何かを守るように緩やかに両腕を広げる。

アレフ・ゼロはところどころにスパークを上げながら両膝をつき、ガロアは血と唾液で顔を汚している。

 

撃たないのか。

自分を。

 

『____!_____!!』

耳に入る声よりも大きく、静けさに耳を澄ました時の音が耳朶をうつ。

 

この後ろにいる人を守れればそれでいいと言うのか。

その力を以て、荒れ狂うのではなく弱き民を守護っているというのか。

 

ああ…素晴らしい事じゃないか。ラインアークの英雄。

 

なんて美しく。理想的で…理不尽なんだ。

 

人は皆それぞれが善と信じる物と悪と信じる物を持つ。

父が教えてくれた。だから争いは無くならない。

 

どちらも正しいと信じて戦い続ける人々。

 

あの白き守護神は己が善に従い、空に上れず死に行く民を理不尽に守り、脅かす者を正しく倒す。

 

強い者には権利がある。

己の善こそが正義だと主張し押し付ける権利が。

 

弱い者には義務がある。

強者の正義に従うかさもなくばこの世界から退場する義務が。

 

父はリンクスだった。兵士だった。父は負けて死んだ。

勝ち残った「奴」の主張は、きっと「理不尽に襲った父を正しく殺した」なのだろう。

正しい理由により父は死んだのだ。父は暴走する傭兵が世界に多大な損害を与える未来を食い止める為に赴いたというのに、それでも正しい理由により殺された。

強者の理不尽こそが正義なのだ。

 

そして自分はどうやらその正しい理由とやらに奪われたらしい。

父の大きく無骨な手で頭を撫でられる日常を、拙い言葉で学問を伝えてくれる日々を。

ただそれがあれば自分はそれでよかったのに。その世界の形が自分の正しさだったのに。

 

自分は世界に呑まれるだけの弱者だった。

 

力の無い自分はその正義が示す現実にただ従うしか無かった。

 

何故自分は正しく守られず、理不尽に奪われる側だったのか。

 

あの強大で正しく清廉な力は何故自分から理不尽に奪ったのか。

 

何故向こう側の弱者は守られ自分はあちら側の者と同じようにあの背中を見て祈ることが出来なかったのか。

 

何故勝手な都合で選別がなされたのか。何故自分は正義の庇護から漏れていたのか。

 

そこには何の理由もなかった。まさしく理不尽だった。

 

ブチッ、と普通は人間の身体から出ない音とともに額が裂けて肉が覗き血が流れる。

 

あいつが、許せない。

理不尽に守り理不尽に殺すあいつが。

 

自分も殺してきた。

リンクスになってからも、なる前からも、もう何十何百という人間を殺してきた。

 

勝ち残った自分は「正しく相手を殺した」のだ。

今生きている自分が正しいと言わずして何だと言うんだ。

 

「……ブッ…ぐっ…」

肉体が精神に抗議するように、鼻と口から新たな血が出てきた。

 

いいや。違う。自分はただ自分の為に敵と決めつけたものを殺してきた。

 

理不尽に生き、理不尽に殺し、理不尽に死ぬ。それがこの世界なのだ。

 

今更正当化するつもりなどない。

 

そして「奴」に正当化させることも許さない。

 

理不尽も、正しさも全部独り善がりなんだ。それを為す者、感じる者の。

 

最早それで構わない。

 

理不尽でいい。どうせ…もう戻りはしない。

 

どうせ…もう守られるモノは何も、ない。

 

ただ、許せないんだ。許すことが、出来なかった。

 

理由を知っても身体を突き動かす感情は許してくれなかった。

 

自分の「正義」が「悪」だと言うならば、かつて自分から理不尽に奪ったように、示してくれ。

 

お前の守る平穏こそが俺にとっての暴力なのだ

 

「何…あれ…」

擦れた声を漏らし震える。

椅子がカタカタと音を立て、後ろにいる通信士も呆然と顔を青くして画面に映るその光景を見ている。

 

糸の切れた操り人形のように沈黙し膝立ちで微動だにしなくなっていたアレフ・ゼロ。

戦闘の意志を失くしたのか、斥力の受け所が悪く意識を失ったのか。

 

あと10秒も待っていたら戦闘中止の声をあげていただろう。

 

ガクガクガクガクとオーバードーズで死ぬ寸前の人間のように異常に震えながらおかしな体勢で立ち上がったアレフ・ゼロの周囲に、濁った金魚鉢を激しく揺らしたかのようにコジマ粒子が揺れる。

やがて…水音が立っていると錯覚するほどの高密度な粒子の揺れが収まり、完全な円形と化した。

その濃度は最早、光すら逃さぬ黒に染まっているかのよう。

機体の影の視認も難しいほど視界が遮られる中で、カメラアイの紅い輝きがゆらりと動く。

 

どこまでも白いホワイトグリントに相対する真っ黒なアレフ・ゼロはアナトリアの傭兵の歩んできた人生と存在そのものに対するアンチテーゼのようだった。

 

そのどす黒い殺意を乗せた眼光はフィオナに理屈では無い感覚的な衝動を起こした。

 

大人しい性格の自分が。

争いを好まない自分が。

こんな指示をする日が来るなんて、思わなかった。

 

「その人を殺してください!絶対に逃がしてはダメ!!」

 

なぜ『逃がすな』と命令したのか、フィオナにも分からなかった。

 

顔中の血管が浮かんでいるのが分かる。スーツの中もきっとそうなのだろう。ボコボコとあちこちが膨らんでは萎み繰り返す。

ドロドロとしまりの悪い蛇口のように口と鼻から血が出て、眼ははち切れんばかりに充血している。

 

才能の代わりに身体を。

修練の代わりに魂を。

 

アレフ・ゼロが要求してくる。

ストローで吸われるように徐々に、だが確実に奪い取られていく、自分。

 

ドドドドドドドドドドドドド、と命を急かすドラムロールのようなあり得ない速度の心臓の鼓動が耳から洩れるように聞こえる。

 

理知的で優しげな青い眼光がこちらを見つめてくる。

 

知っているぞ。その姿、その力。俺はお前のような奴も殺して食ってここまで来た。

 

お前は何も守れやしない。

 

お前のせいで何もかもがこれから壊れる。

 

それを全て一つ一つ噛みしめて悔いながら死ね。

 

「……」

視界が赤く染まり、つーっ、と一筋血の涙が流れた。

最高の気分だった。

一対一。

文句なく、どっちの理不尽が正しいのか決められる。

 

お前と真逆の道を歩んできた俺を殺せるか?

 

ブレードを起動しながら振り下ろす。

建造中だった橋はその動作だけで分断され、橋では無い何かになった。

ホワイトグリントがライフルをこちらに向けた。

 

そう、それでいい。俺を殺してみろ。

 

「何?」

爆音が聞こえて橋が崩壊した。

それはなんとか見えたが、今、もう目の前でアレフ・ゼロがブレードを振りかぶっている。

左にグレネード、右にロケットの弾頭が見える。

上に避けるしかない。アナトリアの傭兵…マグナスは驚く時間もなかった。

 

『…グッブ…ガボッ…』

言葉の話せないガロア・A・ヴェデットから入ってくる通信は不気味な水音。この音は知っている。

血を、吐いている。

苦し紛れに上に避けたが、ブレードが掠り、さらに放たれるマシンガンがガリガリとAPを削る。

事前に入手している情報では、この男、相当にAMS適性が高く、自分のようにネクストに乗るたびに身も心も削り血を吐くような粗製では無かったはずだ。

急激に削れたAPに対し警告音が鳴り響きさらに緊急回避を続ける。

まだホワイトグリントのPAが回復していない。

アサルトアーマー主体で戦うこの機体のPA回復速度は恐らくは現存するネクストの中でも最高の物であるはず。

なのに何故、奴のネクストはPAを復帰させ、自分は丸裸のままなのだ?

道路にいたはずのアレフ・ゼロが瞬きの間に頭上に回り込み、ネクストの推力を全て注ぎ込んだ凶悪な踵落としを叩き込んでくる。

 

「ぐっ…!?」

空中で踏みとどまれるはずもなく、ホワイトグリントは隕石と化し、ラインアークの建築物に甚大な被害を与え大穴を空けながら海まで叩き落とされる。

間髪入れずに聞こえる轟音、グレネードが来る!

 

『し、心拍数280…!?ガロア、もういい!!帰って来てくれ!死ぬ、死んでしまう!!』

 

また雑音が聞こえる。

うるさい。俺に指図をするな。

 

「…ッ…ブ…」

真っ直ぐに追撃する自分に正確に放たれるライフル。

速度の違う二つの弾丸が緩急をつけて飛んでくるが、見えている。

 

「!」

ホワイトグリントの周りに清らかな緑閃が浮かぶ。

奴のPAも回復した。

 

来た。PAの回復に気を取られた一瞬、奴の両肩からミサイルが放たれる。

今は自分の方が上にいる。先ほどのような不覚はあり得ない。

ミサイルが自分の元に来るまでに辿る軌道が線となって眼に浮かび、そこに弾丸を重ねるように撃つ。

当たる直前に弾けて八つに分かれ、八股の怒りが二つ、16のミサイルが自分に向かってくる。

全部見えている。マシンガンの弾倉にある弾は22発、問題ない。

ごく短い周期的な音を奏でながら飛んでゆく16の弾丸。

 

その全てが分裂ミサイルを撃ち落と…せなかった。

 

「なにぃーッ!?!」

容赦なくアレフ・ゼロに当たるミサイル、桁を減らすAP、レッドラインを超えっぱなしのバイタルサイン、セレンの脳内はあらゆる懸念に支配されていたが、

今目撃した光景を抱えて全ての懸念を思考の端にやり、考察を開始する。

当たったミサイルは10発。6発は撃ち落とされたが、問題は撃ち落とされなかった方だ。

 

先ほどのアレフ・ゼロからの映像をスローにしてもう一度見る。

撃ち落とされなかったミサイル、その全てが当たる直前に不自然に弾道をうねらせマシンガンの弾を「回避」していた。

ガロアは外していない。避けられたのだ。ミサイルに。

 

「……」

執拗に撤退しろ、と繰り返すのをやめてデータバンクから情報を取り出す。きっと自分がどれだけ叫んでもガロアは帰ってこない。

悲痛な現実がセレンの頭に靄をかからせる。ならばせめて、自分に出来ることはガロアが生き残れるようにすること。

 

戦場からの二つの映像、再生され停止された戦場の画、アレフ・ゼロの情報、バイタルサイン、カラードからの通信、データバンクへのアクセス情報

 

画面に表示される情報は既に両の目で処理できる量を遥かに超えている。汗が顎を伝いタッチパネルにぱたり、ぱたりと小さな水たまりを作っていく。

冷房のきいている部屋なのに汗が止まらない。上着を脱ぎ捨て顔を拭い、極めて冷静に必要な情報だけを抜き出していく。

 

アナトリアの傭兵、その半生を。

 

「……」

伺っている…機会を。

先ほどまでは自分から距離をとるばかりだったホワイトグリントが積極的にインファイトを仕掛けてくる。

あのアサルトアーマーはコジマ粒子の爆発だけではなく、正体も意味も分からないが中心から強力な斥力が発生しダメージを与えてくる。

外と中、両方に。

先ほどアサルトアーマーを食らったときに海上道路まで退避したのはガロアにとっても予想外だった。

そこまで飛ぶ程に出力した覚えなどない。

ダメージは負ったがPAが剥がれたというのならすぐにでも斬りかかり決着をつけるつもりだった。

あそこまで飛んだ理由、そして身体の前方にかかった圧力。

奴が飛ばし、自分が飛んだから道路まで届いたのだ。

それだけのヒントでガロアはその攻撃の要訣を看破していた。していたが。

 

滅茶苦茶だあんなもの。

近距離戦なら出しただけ得する必殺の一撃だ。

それこそ中身と外殻の距離が遠く、替えがいくらでも存在するアームズフォートならばまだ勝ち目があるだろう。

だが、あの力がある限り、MT、ノーマル、ネクストではまず勝てない。

 

流した血の分だけ冷静になる頭。

しかしそれと同時に自分の命を吸い上げ続けるアレフ・ゼロが悪魔が囁くように教えてくる。勝機を。

 

ミサイルの音が聞こえた。

 

「今度こそ…!」

最初に当てたアサルトアーマー、直撃した10発のミサイル、何度かよけきれずに掠めているライフル。

このミサイルで間違いなくあの機体のAPは0となる!

爆発に包まれたアレフ・ゼロをホワイトグリントと空から送られる映像で見て確信するフィオナ。

あの禍々しい姿に心の底から凍り付いたが、ホワイトグリントと戦って勝てる者など存在するはずがないのだ。

 

「…え」

だが続く映像は爆風と煙を切り裂き飛び出す悪魔の姿を映す。

 

(叩き落としたの!?全部!?)

迫る16のミサイルを全て斬ったというのか。

いや、違う。

叩き落としたのは確かだが、アレフ・ゼロの右手にあったマシンガンは最早ただの鉄くずと化している。

両の手に持つ武器で対応したのだろう。それだけでも人間離れしているが、そこからすぐ反撃に移るあの姿は噂に違わず化け物染みている。

だが、唯一スピードのあった遠距離武器であるマシンガンを失い、直撃ではないものの爆風を受けて確実なダメージを負っている。代償はそれなりにあったようだ。

 

「……」

ミサイル全てを叩き落としたことに少なからず動揺したのか一瞬のスキができ、そこへ縦に並べるようにアレフ・ゼロはロケットとグレネードを放つ。

さらに動きを読み右手のマシンガンを思い切り投げつける。

優雅とは言えない体勢で海上道路に着地するホワイトグリント。

予想通り。

 

「カッ!!」

崩れた姿勢を正す時間も与えずに斬りかかると、噛みしめた歯から危険を知らせるような高音が鳴った。

が、それも躱されブレードが虚しく地に刺さり、それと同時にホワイトグリントを取り巻く翡翠色の光が収縮する。

そう動くことも知っていた。

 

奇妙な光景。

ホワイトグリントのカメラが映し出すのは敵の中心で渦巻きながら収縮していくどす黒いコジマ粒子。

 

「……何だと?」

向こうもアサルトアーマーを使ってくる!

だが今更発動を止められるはずもないし、残りのAPから考えても吹き飛ぶのは向こうだ。

ラインアークに、フィオナに仇為す悪魔。塵も残さず消し飛んでしまえ。

 

「きゃっ…!」

轟音と共に映し出されるホワイトグリントからの映像は真緑に染まる。

だが、その隣で映る上空からの映像。これは…

 

「アサルトアーマーどうしがぶつかってる…!?」

ホワイトグリントの放つ清らかな光に、この世の全ての憂いを凝縮したかのような殺意が拮抗している。

拮抗するはずがない。

斥力をあの距離で受けているなら吹き飛んでいるはずなのに。

 

「……!…!!」

突き刺したブレードを軸にして放った回し蹴りと共に発動したアサルトアーマー。

黒い意志が荒れ狂う暴力に動きを与えてその脚に合わせ一点、集中するかのように拮抗しホワイトグリントのアサルトアーマーを打ち破った。

反動でほんの少しだけ動きが止まっているホワイトグリントの姿をガロアは見逃さなかった。

不可思議な体勢から放たれたロケットとグレネードはしかし、超至近距離ゆえに外れることなく全てホワイトグリントに直撃し、

そこに渦巻いていた光も闇もホワイトグリントも、そしてアレフ・ゼロ自身も吹き飛ばした。

 

『___ァ!ガロア!!』

 

「……」

青い空が見える。

ああ、自分は仰向けに倒れているのか。

意識が一瞬トんでしまったらしい。

逆流した鼻血が肺に入り、咳き込む。

カラードに登録されている中では比較的細身である機体のホワイトグリント。

PAも無く、三連ロケットとグレネードの直撃を受けて機能停止に追い込まれないはずがない。

起き上がるとあちこちの塗装が剥げたホワイトグリントが紫電のスパークをあげながら倒れている。

 

だが知っている。あれはあくまで許容範囲以上のダメージを負い、

リンクス、ネクスト間の接続が強制的に切断されただけだという事を。

 

即ち、まだあの中身は生きている。

 

アナトリアの傭兵が!

 

遠のく意識に鞭を打ち血を吐きブレードにエネルギーを注ぎ込む。

一歩進むごとに身体中が悲鳴を上げている。あのまま空を見たまま意識を手放せていたのならどれだけ幸せだったろう。

 

だが…

唐突に父を奪われひたすら暗い感情に身を沈めていた四年間。

強くなることを主軸に只管前に進み続けた三年間。

自分の青春そのものであった…怒り。

 

この手で奴を惨たらしく殺して、ようやく終わる。

これで、自分は…………どうなるんだろう。

 

その時、蒼い複眼から怒りの圧力を漏らしながらホワイトグリントはこちらを睨み、立ち上がった。

 

複雑に絡み合うようにぶつかり合い、離れては激しく撃ち合う二機の映像を見ながらセレンはそっと告げる。

 

「…もう聞こえているのかもわからない。お前がどういう状況なのか想像もできない。でも、話すから。この言葉がお前の耳に届いてくれることを願う」

ぶつかる度に警報を鳴り、どこかしらが壊れていくアレフ・ゼロ。

ホワイトグリントもその破滅からは逃れられず、二機がぶつかる度に黒と白の塵が舞う。

 

「その機体は二人乗りだ。マグナス・バッティ・カーチスとジョシュア・オブライエン。二人がその機体に乗っている」

あの複眼。凡そ360度全てが見渡せているのだろうが、人間の視界は約180度。一度に前後を認識することは例えネクストに意識を拡張されても出来る物ではない。

あのミサイル。発射した後の軌道を操作する技術はかなり前からあったし、それを積む兵器だってあるだろう。だが機体を操作しながらミサイルも操ることは例えネクストであれ不可能だ。

あの異様なコア。細身な機体に似合わず大きく堅牢なコアは中身を守るためなのか、しかし弱点を大きくしてどうするというのだろう。あの速さなら避けられるのだから余計な重さは削ればいいのに。

あの再起動。強制的に切断されたリンクを別の人物が再接続すればなるほど、すぐに再起動出来るだろう。基地に帰り、代わりの人物を乗せてやれば。

 

二人の人物が乗っていると考えれば全ての辻褄が合っていた。

 

(あの爆発で生きていたのか…二人が)

アナトリアは現在存在しない。

かつてロイが住んでいた街のように壊滅的被害を受けたのではなく、

そこに在ったものがその欠片も残さずこの地上から消滅している。

 

公式に残るアナトリアの傭兵最後の戦いで死んだとされていたリンクスは三人。

 

マグナス・バッティ・カーチス

ジョシュア・オブライエン

セロ

 

されていた、というのはコロニー・アナトリアは人類の歴史の中で間違いなく最大であろう爆発により堅牢な機体であったアレサですら痕跡すら残らず一切合財が消えていたからだ。

普通、爆発に巻き込まれても死体が確認できないのならば行方不明とされるはずだがそうならなかったのは、異様な爆発跡。

半径数十キロの巨大なクレーター内には一切の生物、ごく小さな虫ですら存在せず、あらゆる命が消滅していたからだ。

人類史に残る日本での核の爆発でもその中で生き残った者がいたというのに。

 

アナトリアの傭兵が生きている、というように認識が改められたのはそのパートナーであるイェルネフェルト博士の娘がラインアークでホワイトグリントのオペレータをしていたからだ。

何より…あそこまで強いリンクスをアナトリアの傭兵以外に誰も知らなかったからだ。

 

だが、その認識すらも間違っていたのだ。

 

元々ホワイトグリントはジョシュア・オブライエンの機体だというのに。

 

誰も考えなかったのも無理はない。

二人の強力なリンクスがいるのならば二機のネクストに乗せた方がよほど使えるというのにあえて一機に搭乗させるというありえない発想。

それがこの簡単なタネに霞をかけ誰も近づけなかったのだ。そもそもネクストは凡人なら操るのに十数人の息の合ったパイロットが必要だ、というのはネクストの開発史を学んでいる者ならば誰だって知っていることなのだ。

 

何よりも今までホワイトグリントの前に立って食い下がった者すらいなかったのだから、その力を目の当たりにしても語る者がなかったのだ。

 

今日、今この瞬間も剣戟を交え、刃鳴散らすガロア以外は。

 

「向こうにばれた!」

アレフ・ゼロに入る通信を聞き、驚き戸惑いながらも通信をする。

これでもうカラードにもその正体を掴まれ、これまで以上に厳しい戦いが強いられるようになるだろう。

 

『優秀なオペレーターがあちらにいたか…』

ジョシュアも驚きが隠せていないようだ。

先ほど操縦をしていたマグナスに代わって現在ホワイトグリントの主操作をしているのはジョシュア。

余計なゆさぶりをかけるような言葉を言わなければよかったか。

 

『構わない。分かったところでどうなるものでもない』

大がかりな手品のタネは案外簡単なものであり、

そのタネが分かったところでどうしようもならない物の方が多い。

 

「そう…そうよね…」

愛しい人の声。

そうだ。今までだってこの人は多くを語ることも無くその背中で私を守ってきてくれたんだ。

 

『倒してください…絶対に!』

 

「当然だ。…マギー、ミサイルだ」

 

「ああ」

後ろからの声と同時に発射されたミサイル。

右肩の発射口は潰されていてダメだったがもう片方は生きていたようだ。

タッチパネルに表示される赤い光点に両手の親指以外の全ての指で触れるとその光点は一気に散らばりマグナスの触れた指に追随するように動く。

複雑に動かしながらも敵の元へとミサイルを向かわせる…が、ダメ。

 

「全て斬られた」

ロストしたミサイルの情報を淡々と口にするマグナス。

 

「強いな…」

先ほどの十発が捌かれたのだからたったの八発では陽動にすらならない。

 

「そうだな。こいつは今まで戦った者の中で一番強い」

 

「ああ…」

不吉な言葉に対し苦々しく返すジョシュア。

自分にとってもそうだ。

今まで戦った者の中で一番強い。

 

すなわち、マグナスよりも!

 

(その力で……貴様は何を守る?)

マグナスの頭の中でかつて敵に言われた言葉が浮かぶ。

汚い手を使って殺したあのリンクスは…自分の目から見て、正しい人間だった。

清い理由の為に戦い、身を削り、守っている人間…。

 

それを卑怯な手で理不尽に奪った自分を彼の仲間は許さず、復讐をしかけてきた。

だがその復讐…いや正しき報復も叩き潰し食らいながら今日ここまで生きてきた。

 

リンクスになってから苦しくなかった戦いなど一度も無かった。

あいつの頭部のスタビライザーも覚えている…サーダナ。

苦しい条件下であったもののなんとか勝利を収めた。

それでも奴は今まで葬った中でもかなり強い方だった。

 

あの子供は復讐に来ている。

理不尽に奪った自分に怒り、悲しみ、殺すために。

 

きっと正義はあの子に、いや…いつからなのかはもう覚えてもいないがきっと正義なんてずっと自分の側にない。

ただの贖罪。

 

それでも、死ねない。

正しさを食いつぶし、暴力を振るいなんとか生き残った今日。そして自分の背中を見ている愛しい人。

 

「負けられん」

淡々と、しかしその目に炎を宿らせながらマグナスは呟いた。

 

肩に少女を乗せた男が青ざめながらビルに取り付けられた巨大スクリーンに映る映像…ラインアークの外れで起こっている戦闘を見ていた。

 

日曜日。愛しい娘と散歩をしていた男は突然始まったその戦闘をニュースで知り、その後ここで呆けたように見ていた。

カラードのランク1として鳴らした青い機体を圧倒的な実力で倒し、もう一機もボロボロ。

 

これまでずっとラインアークはあの英雄的機体、ホワイトグリントに守られてきた。今日だって。

映し出される映像を見ながら男の顔からはいつしか血の気が引いていた。

 

もう一機はランク17だと言っていた。上から17番目ってことだろう?そんなに強くないんだろう?

途中、異様な姿で迫ってきたあの機体を見てもホワイトグリントなら追い払えると、そう信じて疑わなかった。

 

だが今…これは…押されている?ホワイトグリントが?

いやいや、違う!そう思うのは自分が素人だからだ!最初に二対一でも圧倒してたのにそんなことがあるわけない!

 

「きれいね」

 

「は?え?」

肩に登り、自分の頭にしがみつく娘が呟く。

何を言っているんだ、こんな時に、という言葉はスクリーンをよくよく見て引っ込んでしまう。

 

そうなる運命だったと言われても信じてしまうほど綺麗に絡み合う二機。

ホワイトグリントの背中から噴出される交差する白い閃光。

敵の黒い機体の背中から噴出される炎がその背中の白い大型のスタビライザーを照らし、

まるで翼の生えた白い巨人と黒い巨人が、天使と悪魔が全てをかけて戦っているようだ

 

間に挟まれる人間の建築物はその戦いの余波に耐えられず次々と崩壊していく。

 

火花を散らしぶつかる二機から剥げ落ちる塗装がキラキラと海に落ちていき、それは天使と悪魔の羽が散っていくかのよう。

 

自分達の運命がかかったその戦いは紛れもなく…

 

「ああ…綺麗だな…」

 

「やめて!退いてください!」

フィオナは叫ぶ。

もう自分に出来ることなんてそれぐらいしかない。

 

「貴方に何が分かるの!?ただ力を持っただけの子供が…ホワイトグリントはここにいる数百万の人々を守っているのよ!」

信じられないことだ。だが、確かに少しずつ、ホワイトグリントが押されている。

このままでは…。

 

「復讐!?その二人を殺して…貴方にここに住む人たちの命まで奪う権利があるの!?正しいことをしていると胸を張って言えるの!?」

痛々しい。

フィオナの事ではなく、フィオナがアレフ・ゼロに抱いている感想である。

ただ怒りに任せて力を振るい、壊れていくその姿は…痛々しく…悲しい。

たかが17歳の子供だというのに死を覚悟して殺しに来ているというのだ。

未来への希望、その全てを贄に。

だがそれを奪ったのは紛れもないマグナスだというのはフィオナにも分かっていた。

 

「あ、貴方は…貴方は、昔の私達と同じです…考えてください。何のために戦うのか…その力を…」

ブツン、とアレフ・ゼロとの通信が一方的に切られる。

これは…中から切られたんじゃない!

 

「あっちのオペレーターが!?」

 

『余計な横やりを入れるな…どっちが正しいかなんてのは勝者が決めることだろう』

明らかにこちらに向けて放たれたその言葉。

ラインアークの用いている変則周波数を解析して声をかけてきたというのか。

 

「あ、あなた…分かっているの!?死ぬわ、このままだと、あの子も!!」

 

『そんなことは!!お前なんかよりもずっと分かっている!!』

 

「じゃあ何故!?」

死ぬとわかっていながらこの言葉。フィオナには理解できない。

 

オペレーターとリンクスの関係なんてものは金の繋がり以上の物が無いのが普通なのだから、フィオナの疑問の方が間違っているのだが、この場面に関して言えばそれは的を射ていた。

 

『あいつには…それが全てだからだ』

そして絞り出すような声で耳に入ってきたその言葉は、あの黒い悪魔と同じくらい痛々しかった。

 

「!?」

奴のPAが回復した。

ガロアが認識すると同時にホワイトグリントが一気に距離を詰めてくる。

もはや3桁にまで減っている自分のAP、PAも回復していない。

次食らえば間違いなく負ける…いや、死ぬ。

 

「背を向けた!?追うぞ!」

 

「ああ」

ジョシュアの声に頷きながらもマグナスは違和感を覚える。

本気で逃走するつもりならば全ての武器をパージしてわき目もふらずに逃げてしまえばいいのだ。

それに気づかない程愚鈍な相手か?

 

「……」

眉を顰めその後姿を注視するマグナス。

その背中からはやはり戦いの意志が消えていない。

 

「!」

ビル群に紛れ込もうとしているのか。

確かにあの時一瞬で姿を消したのは驚いたが、全方向が見えているこの機体にまたあんな作戦で挑むつもりか。

あのオペレーターからも伝えられて分かっているはずだ。

 

「何!」

 

「!」

突然遁走をやめこちらを向くアレフ・ゼロ。

いや、こちらを向くというのは正しい表現とは言い難い。

勢いそのままお辞儀をするように回転、倒立してこちらを向き、閃光を放ってきた。

 

「ッ!!」

 

(しまった!)

観察していたのが仇になった。二人同時に目を焼かれる。

本来ならば光を遮る膜も搭載されているというのに。

 

響く轟音。

それに紛れるように小さく何かが弾ける音した。

 

見えていないながらもジョシュアはクイックブーストで後ろに下がる。

当たることは無かったロケットとグレネードが水を大量に巻き上げる。

 

「ジョシュアァ!!」

 

「分かっている!」

外したんじゃない。これは目隠し。

あの時聞こえた音は間違いない、オーバードブースターの着火音だ。

 

(あの時…)

自分が初めて負けたあの時。

この音を聞きながら自分は攻撃を受け間違えるという愚を犯した。

アレサの持っていた試作型アサルトアーマーだったら完璧なカウンターが出来たはずだった。

…そうして今自分はこうしている。

 

あの時自分が勝てなかったのが正しかったのか間違いなのかは断定できない。

 

(だが…今!今度こそは負けん!!)

 

「おおおぉおぉ!!」

圧倒的な質量が壁となって襲い掛かってくるような圧。

これが殺気だというのならば大したものだ。

今まで起こした中でも最高の威力のアサルトアーマー。

間違いなく凶悪なオーバーヒートを起こしてもう今日はPAを展開することすらできないだろう。

だが、それで構わない。これで終わりだ!

 

「手ごたえありだ」

マギーが言うまでもなく、わかる。反作用により自分も押し返されるようなこの感覚は、間違いなく直撃している。

そして巻き上がった海水を突き抜けてきたのは

 

こちらに倒れこんでくる巨大なビルだった。

 

バターのように斬って、蹴り倒したビルを見て、顔にある穴という穴から血を出しながらガロアは眼をぎょろぎょろと動かす。

 

「…ブッ…ガハッ…」

ホワイトグリント最後のアサルトアーマーで幾分か砕けたビル。

圧倒的質量に叩き落とされ、海に沈んだが、それでもその隙間をくぐって浮かびあがってくるはずだ。

だが。

砕ける様も倒れこむ瞬間もぶつかる瞬間も全て見ていた。

 

最後のオーバードブーストを着火する。

 

ホワイトグリントが出てくる場所は分かっていた。

 

波が揺れ、水しぶきが上がる一見ほかの場所と何も変わらない荒れる海の一点。

 

「ッッッガッゲボッッッ!!」

声があったならば叫んでいたのだろう。本能が叫べと言うが声の無い自分の口から出たのは血の泡。

右手を伸ばし、たった今浮かんできたホワイトグリントの頭を掴み、奥歯も砕け散らん程の力で歯を食いしばったガロアは…

 

「…~~~~~~ッッッ!!!」

本来ならばあり得ない出力をアレフ・ゼロにもたらし、その頭部を果物のように握り潰してブレードを一閃した。

 

「……」

頭が砕かれる直前に見えた振り上げるブレード。

その瞬間からまだ0.01秒もたっていないのだと、極限まで遅くなった時間の中でマグナスは知る。

 

あの時アマジーグが最後に自分へ投げかけたあの言葉。

 

そうか。

まるで呪いだ。

どこまでいっても解けることなく永遠に縛り続ける呪い。

 

最後にマグナスは静かに笑いその言葉を口にした。

 

『終わりか…あるいは貴様も…』

 

「……」

左上から振り下ろしたそのブレードは不協和音を立てながらホワイトグリントに壊滅的なダメージを与え、右腕を斬り落としコアに地獄の裂け目のような痕を残し、左脚を溶かして海に叩き落とした。

 

終わった。

勝った。

 

だが勝利の余韻に浸る間もなく、激痛がガロアの身体を襲う。

 

「……」

生き残らねば。生きて、正しかったのは自分だと示さねば。

断続的に途切れるブーストで何度か沈みかけながらもなんとか海上道路を支える柱の傍まで辿りつき、

起動しなくなったブレードの柄を思い切り叩きつけその手まで柱に食い込ませる。そしてアレフ・ゼロはその動きを止めた。

 

プツッ、とリンクが切断され、視界が聴覚が思考が、世界がコックピットの中に戻される。

悲しくもないのに出てきた涙を拭うとそれは透明な滴ではなく真っ赤な血。

 

「……」

狭いコックピットの中が真っ赤に染まっている。

鼻から下を拭うと大量の血が滴り落ちる。

胸がズキズキと痛み、吐血が止まらない。

これは、全部自分の血なのか?

 

特に最後の…オーバードブーストを吹かしながら直角に曲がることを繰り返しビルの周囲を斬ったあの動きが良くなかった。

時速2000km近くの速さで直角に曲がるなんて行為が人体にどんな影響を及ぼすかなんて想像しなくても分かる。

 

血が止まらない。

折れた肋骨が肺に食い込んでいるのか。

それとも内臓自体が傷ついているのか。

 

自分は正しかったと示す?

誰に?

 

考えが最後まで纏まることはついになく、その眼はグルンと上を向きガロアは気を失った。




AC4をクリアして、ACfAをプレイしてホワイトグリントに初めて対峙したときに思ったのは「何やってんだこいつ??」でした。
世界をメチャクチャにしたわ卑怯な手でアマジーグを殺したわと散々しておきながら結局ラインアークの守護神ですからね。

アナトリアの傭兵を恨んでいる人間がいないわけがない。

そんなわけでアナトリアの傭兵と真逆の存在としてガロアを作りました。

ところでホワイトグリントのアサルトアーマーに斥力をつけてしまいましたがそれにはしっかりと理由があります。
ACfAを初めてプレイしたとき、オープニングの最後でホワイトグリントがアサルトアーマーをかましたのを見てワクワクしました。
高校生の間で流行っていたマカンコウサッポウのように中心から外へと全ての物を弾き飛ばす力。そりゃあもう楽しみでした。

ですがゲームを実際にプレイしてがっかり。

「斥力じゃないじゃん!!」

建物のそばで使ってもただ崩れるだけ、敵にはただダメージを与えるだけ。
オープニングでは確かにド派手な斥力を起こしているのに…。

という訳でホワイトグリントだけが使える能力としました。
ちなみにホワイトグリントだけが使える理由も作中で出てきますよ。


これからガロアには企業に従う道、ORCAに入る道、そして自分で考え行動するオリジナルルートがあるわけですが…
とりあえずゲームのように企業連ルートから投稿していきます。




というか乙樽水没のタイミング完璧すぎると自分で思った(自画自賛)
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