Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
からっぽ
「ホワイト・グリントは戦闘不能 ステイシスは海中に没し、オッツダルヴァは生死不明、か。やりすぎだな、メルツェル」
薄明りの部屋、真っ白な髪を短く刈り込んだ短髪の男が一枚の紙を見ながら話す。
一切の油断ない厳しい目つき、深く刻まれた眉間の皺。
歴戦の戦士…という言葉通りの見た目だが歴戦というには声が若い。
「よく言う。誰が手間を掛けさせたのか」
メルツェルと呼ばれた男はややずれた四角く太い縁のメガネを直しながらチェス盤に向かい一人で駒を動かしている。
知性を湛えて薄く引き伸ばしたかのような緋色の瞳とその口から出る軽口が海藻のような髪が醸し出す重い雰囲気を飛ばしている。
「…楽しいか?」
一人でチェス盤にもくもくと向かい合うメルツェルに尋ねる。
「いいや、全然」
「そうか…」
自分もチェスのルールは分かるが、メルツェルの相手には全くならず、
それどころかこの「ORCA旅団」にもメルツェルに敵う相手は存在しない。
一人の時間をつぶすなら自分対自分の勝負をする方が長引いていい、らしい。
「誘うんだろう?」
「ああ。強いだけの阿呆でもないようだ。試すぐらいの価値はあるだろう。状況は既に手遅れだが、同時に緩慢だ。今更焦ることでもあるまいよ」
それに…とは口にしない。こんなことを口にすればメルツェルはきっと笑うだろう。まるで乙女だな、と。
だが、初めてあった日から感じるのだ。
奴と自分は同類だと。
いや、同類…もっといい言葉もある気がするがそれに当てはまる言葉が思いつかない。
簡単な言葉のような気がするのだが。
「さて、協力はしたものの…どうかな?ガロアは七月革命に参加できなかったからな…」
ポーンを動かす。
あれはどうやら…チェックメイトか。
「どういうことだ?」
「お前は少し歴史の勉強もした方がいい」
「……」
そんな二人が軽口を叩きあう夜と時を同じくして、ガロアの意識は覚醒した。
「…?…!」
眼を開けても真っ暗だった。
何も見えない。
ギシギシという身体を無理やり起き上がらせるとそこがベッドの上で、自分には布団が掛けられていることが分かった。
「……」
額に纏わりついている何かを取る。これは…包帯か。
取るとまずかったかもしれない。
(……)
笑えばいい。
なぜ、暗い部屋でぼけっとしているんだ。
声なんて便利なものがあればきっと大声で笑ってる。
そうだろう?
「……」
声は出ない。
あの時叫ぼうとして出たのは血泡。
あの戦いは、紛れもない現実だった。
自分は勝ったんだ。
「……」
あいつより強い。自分はあのホワイトグリントより強かった。
つまり、自分が正しかったんだ。
「……」
なんで?
奴は光り輝く太陽の元で大切なものを守り、自分は暗い部屋の中で声をあげることも出来ずにうつむいている?
「……」
なんで?
こんなに…虚しいんだろう。
いや…わかっていた。
何も戻ってこないなんてことは。
ただ、奴を倒せればそれでよかったはずだ。
こうなることなんて、最初からわかっていたはずだ。
もう、何もない。
家族も、拠り所も。
「!」
珍奇な音が響く壁を見ると白く弱弱しい文字が浮かんでいる。
6/6 0:00
日付が変わったことを知らせる音だった。
「……」
誰も知らない、祝わない。
当然だ。誰にも伝えていないのだから。
今日は自分の…
ガロア・アルメニア・ヴェデットの18歳の誕生日だった。
一人ぼっちで空っぽの18歳がそこにはいた。
「まずはおめでとう。念願の復讐を果たした気分はどうだ?」
「!?」
いつからそこにいた?
入り口は開いていない。
風も気配もなくそこにその女はいた。
今宵は新月、その上厚い雲がかかりクレイドルの光すら通さず、影もなく忍び込むには絶好の日であった。
「ウィン・D・ファンションだ。お前に話があってきた」
「……」
似たようなセリフでオッツダルヴァに誘われたのがあの戦いの引き金だったことを思い出し、知らず知らず掛け布団を掴む手に力が籠る。
「あれから一週間…今のお前は私やリリウムを差し置いて「カラード」最強のリンクスという呼び声が高い」
「……」
一週間も自分は寝込んでいたのか。
一週間休んでこの身体の痛み…相当の重症だったのか。
どこか他人事のように自分の身体の状態を想像する。
しかし今カラードという言葉を随分と語気を強めて言わなかったか?
「悔しくもあるが…事実だろう。前時代最強のリンクスが二人共乗っていたとは驚いたが、あのホワイトグリントと真っ向からぶつかり打ち破ったお前の力…本物だ。最早私ではお前を倒せないだろう」
「……」
こいつは何が言いたいのか。
こんな夜更けに明かりもつけずに忍び込んでわざわざ褒めに来たのか?
「だが今まで拠り所にしてきた目標を失った今、お前はどうだ?何が残っている?」
「何もないだろう?空っぽ、空っぽなんだよお前は。最強になった男が張りぼてとは…喜劇だな。戦いで死ねない最強なんてのは得てしてそんなものだ」
「……」
怒る気になれない。
その通りだ。この女が言うことは何一つとして間違っていない。
「これからお前が戦う連中も同じだ。奴らは…死に場所を求めている」
「…?」
唐突に何を言い出している?
混乱するガロアだがそちらに目を向けても何も見えない。
明かりをつけるにもスイッチは入り口にあり、自分は身体が痛くて動けそうもない。
「私はこれまでずっと止めようとやれることはやってきた…だが、ダメだった。うねり始める時代の流れは私一人の力では止めようもなかった」
「??」
「ORCA旅団。これから全世界を敵に回す集団の名だ」
「……」
「そこに所属していたリンクスは12人!文句なく、歴史上最悪最大のテロリスト集団だ」
「…?」
いた?
過去形なのが気になるが尋ねられないし、筆談の道具も光もない。
「そう。いた、だ。今は9…いや、10かな。お前も覚えがあるだろう?近頃現れたイレギュラーリンクス共…ブッパ・ズ・ガンとPQ、ラスター18はそのメンバーだった」
「!」
「そしてその集団を纏めるのが旅団長のマクシミリアン・テルミドール。強いぞ。恐らくはお前よりも、な」
「お前の生まれも力をつけてきた理由も納得のいく物だが、奴は文字通り生まれからして違う。戦うために生まれ戦いの中で死ぬ為に生まれた男だ」
「奴らの戦う理由はこうだ。現在のクレイドル体制により人は生まれながらに格差が生じ、さらにその高度を維持するために地上の汚染は進み、罪のない人たちの苦しみはますます進む…」
「さらに、その汚染はいずれ空まで届きいずれは人類が腐敗する。だからそうなる前に全員地上に引きずりおろす、と。なるほど、聞こえは良い。正しい理由かもしれん」
「だが、現在地上にいる人間4億人…この内のどれだけが安定した生活を送れている?大半は今日明日の食い扶持を確保するだけでも精一杯な者ばかりだ」
「……」
そうだ。自分はあの戦いでその内のいくらかの者の安寧をぶち壊したのだ。
後悔は無い。悪いとも思っちゃいない。だが、どうしてか身体は震える。
「そんな中で空から大量の人が降りてきたらどうなる?それも自分たちの苦しい生活の原因だったモノがのうのうと降りて来たら…」
「人間は例え資源が有り余っていても奪い合い、自分の物にしなければ気が済まない生き物だ。それが戦いが終わらない理由であり、世界がこうなった理由でもあり、私たちのような化け物が生み出された理由なのだ」
「殺し合いだ。人が人を喰らう羅刹国がこの世界に顕現する。かつてない規模の戦争が起こり夥しい数の人が死ぬ!」
「…こんな少し考えれば気づくことも分からんほど馬鹿な連中でもあるまい。言っただろう、奴らは死に場所を求めている。空っぽだからな。戦いの中でしか自分を示せない張りぼてだからな」
「お前も誘われるぞ。力のみが増長し中身のないその身体。奴らはきっとお前を仲間にしようとする」
「……」
正直、どうでもよかった。
誘うなら勝手に誘ってくれ。殺し合うなら勝手に殺し合ってくれ。
自分を使ってたくさんの人を殺すというのならそれも結構。
どうでもいい。
「…今のお前は誇れる存在か?お前は正しく導かれ清く成長したか?」
「……」
「そんな事、あるわけ無い。親を失い復讐を胸に憤怒を喰らいながら生きてきた子供が、まともに成長するわけがない!」
「……」
褒めてたと思ったら、なんだ今度は。馬鹿にしているのか。
でも、いい。
好きなように言えばいいさ。
「…大切な者の喪失は人を歪めるよな、ガロア・A・ヴェデット。お前も、まともだったはずなんだ。…ぞくぞくと出てくるぞ。お前のような鬼が、憎しみで歪んだ者が!これからの戦いで!」
「…!」
自分のような者が?増える?
この世界に?
…それは…最悪、なんだろう。きっと。
ひたすら怒りに生きて、残るのは抜け殻になった自分だけ。
そんな奴が増えるなんてのは。
「空っぽのお前に身勝手な大義名分を吹き込もうとする奴ら…ORCA旅団だけじゃない。沢山現れるだろう」
「……」
「私がお前に理由を与えてやる!私と共に戦え!奴らの望む死に場所をお前なら用意できる!私がお前を導いてやる!」
「……」
闇に紛れる女から発せられる誘い。
ORCA旅団とやらにしてもそうだし自分だってそうだが、あの女も闇だ。自分が正しいと信じて動かず、その為に人の命を消すことをも厭わない。
「また会おう。…願わくば味方で。じゃあな」
「……」
言いたいことを言いたいだけ勝手に言い散らかしたその女はベッドを横切り窓を開け飛び降りてしまった。
あれは…光り輝く聖戦への誘い文句なんてものでは決してなかった。
高圧的で身勝手で…、しかしガロアの止まりかけていた心がほんの少しだけ、動く。
「ガロア…?気が付いたのか!」
ここ一週間ガロアに付きっきりで傍にいたセレンだが、
トイレに行くついでに飲み物を買っていたわずか五分の隙にウィン・D・ファンションは潜入していた。
「……」
今宵は新月。
窓の傍で開きっぱなしの窓からの風を受け揺れるその花に、ガロアが気が付くことはついになかった。
それが運命の分かれ目となった。
今のガロアに何も無いことを知って…
というよりもホワイトグリントを倒したらガロアに何も無くなることを分かってこのタイミングでガロア君を誘惑しにきました。
悪いお姉さんですね。
パートナーはこれからウィン・Dとなるわけですが、作中でも表現されている通り、ウィン・Dは男は好きじゃないのでガロアがウィン・Dを好きになったりウィン・Dがガロアを好きになったりする甘い展開は一切ありません。