Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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作戦開始

「久しぶりの再会はどうだった、ジュリアス」

いつの間にか後ろで壁にもたれて腕を組むジュリアス・エメリーにメルツェルは声をかける。

 

「…別に…。何も面白いことも無く終わったよ」

大したことなどないように語る彼女だが、今日彼女は地上に存在するあらゆる施設の中でも最重要の施設のうちの一つ、アルテリア・カーパルスを制圧していた。

だが、大したことではなかったという感想は本物でありそれは彼女の強さに他ならない。

 

くるりくるとうねる西洋の魔女のような黒髪を肩まで伸ばし目の下、口元と覆う様な髪はどう見ても明るい雰囲気は演出していない。

真っ赤なバラのような色をした唇を微かに緩く下方に曲げ、大きなネコ目も細めて憂い気な表情をしている彼女はまともな格好や表情を繕えばきっと美人なのであろうが、

その姿はそう思われるのを拒否しているかのようだった。

そしてその表情はいつもよりやや暗いことにメルツェルは気が付いていたが何か言いだす前に言葉を口にした。

 

「トーティエントを増援に出したのはお前だろう。余計な事を」

 

「まあそう言うな。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と言うだろう」

 

「それは私が負けるという意味か」

 

「勝負に絶対はあるまい?ジュリアス・エメリー」

 

「…ふん」

 

「くくっ…だがお前の言うガロア・A・ヴェデットという小僧は来なかったぞ。ジェラルドと…ダリオとかいうガキだ」

ガロアとランク11のダリオを子供扱いして話す四十路ほどの男の名前はトーティエント。ジュリアスとジェラルドとの戦いを陰から見ていたダリオ・エンピオを撃破したのはこの男だ。

かつてカラードでもランク一桁にいた強者であり、自分と敵の強さを理解する賢さも持っている。

自分を知る、つまり自分の体調までも。

超近距離戦向けの攻撃的機体・グレイグルームを操る彼の身は通常よりも遥かに速くコジマに蝕まれ既にボロボロ。

実のところまだ30半ばにも達していないほどの年齢なのだが、こけた頬に目の下の隈、カサカサの唇に薄くなった髪からは正しい年齢が判断できない。

コジマに汚染される速度も症状も人それぞれなのだが彼はその中でも特に酷い方だった。

 

「だが、その日のどのミッションにも出ていないことは確認しているのだったろう?案外寝込んでたりしてメールも読んでくれてないのかもしれんよ」

ははは、と軽い声で笑う好々爺は白髪に深い皺と丸く出たお腹、やや弛んだ目元といい歳を食っているのは間違いないだろうが、

少なくとも見た目の上では表情や雰囲気などからトーティエントとそこまで変わらない年齢のようにも見えてしまう。

笑顔はそれだけで人を若々しく見せるのだろうか。

そしてその後ろからその10倍は大きな笑い声が響く。

 

「ハーッ!!あっはっはっはっ!!あのラブコールが無視されてんのか!わざわざかっこよくテルミドールがボイスまでつけたのによ!だぁーっはっははは!!」

 

(暑苦しい…)

と、ジュリアスがストローでコーヒーを飲みながらさりげなく目を逸らしたその男の名はヴァオー。

ぴっちりとした黒シャツにはこれ見よがしに筋肉が浮かんでおり、迷彩柄の長ズボンの下がどのようなのかは想像に難くない。

黒光りした顔で白い歯をむき出しながらジュリアスでは決してできない角度で口を曲げて笑っており髪の一本もない頭に光が反射している。

 

「ハッハー!!」

腰に手を当てたままぴくぴくと胸筋を動かし誰となく見せつけるその容姿はジュリアスの好みと完全な真逆であった。

一緒の組織にいなかったら目を合わせることだってしなかったはずだ。

ジュリアスの好みのタイプの男は金髪青目で背筋は真っ直ぐとしてハンサムな王子様のような男なのだ…とは誰にも言っていない。

 

「…来なかったのならそれでも構わん。次の作戦からハリも参加する」

 

「テルミドール…!ウルナはどうした」

先じてメルツェルとその時に一緒にいたヴァオーにだけは顔を見せていたテルミドールだったがその他のメンバーには声すらかけていなかった。

 

「PQに任せた」

 

「やあ、どうもどうも」

悪びれなく眼鏡のずれを直しつつ片手をあげ軽快に挨拶をするPQ。

 

「貴様…」

勝手な行動をしORCAの存在を世間にちらつかせしかも戦力の一つまで失ったPQの行動はジュリアスだけでなく、

どのメンバーからしても容認しがたい物であったが、貴重な戦力を、しかもネクストをそれだけで失うのはあまりにも痛かった。

 

「長らく待たせたな…。最悪の反動勢力、ORCA旅団のお披露目だ。諸君、派手にいこう…。始まりだ…!」

声こそ上がらぬものの色めき立つ室内。

 

「……」

その中でただ一人、爬虫類のように体温を変化させず、周囲にさして興味を示さず煙草を吸う男が一人。

そこに声をかけるのは今の今までこの男と同様に黙りこくっていたもう一人の男だった。

 

「…勝手な真似はするな」

隙の無い歩み、自然と圧のある声、鷹のような眼光。

短く、しかしその内の闘気により立つかのような獅子のような髪。

こけているのではなく一切の贅肉を削ぎ落したうえで細った頬。

左腰には相当な業物であることが伺える日本刀が帯刀されている。

その顔を斜めに横切るようについた傷はかなり古い物だということがわかる。

真改はこの部屋でただ一人、部屋の隅で煙草を吸う男の空気の違いに気が付いていた。

 

「……」

誰となれ合うことも無く、

輪にも混じることなく一人で佇んでいるのはこの男の常だったのだが、

真改はほんの少しの混じり気、嫌な予感を敏感に察知していた。

いたが、何もしていないのに自分の一存で押さえつける訳にもいかない。

聞いているのか聞いていないのかもわからないこの男の態度も普段の通りであり、その不安を説明できるものは何一つないからだ。

結局一言言う以外には何もできず真改はその場を離れる。

 

 

「……」

ジジジと音を立てながら吸い上げ、白煙を吐き出す。

 

「……」

 

「……」

 

(……)

 

(……懐かしい…。楽しい再会になりそうだなぁ…………)

オールドキングはこの日久々に心からの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

暗雲と不自然な光が織姫と彦星の逢瀬を絶つ七月七日。

一年に一度だけの二人の時間は悲しくも引き裂かれその声すら届くことは無い。

心が通じ合っているから、遠くにいても寂しくないなんて話は綺麗事で、

心が通じ合っているからこそ何度だって言葉を交わし抱き合いたい。

そんな二人の願いは世界の力にいとも容易くねじ切られる。

 

 

「……」

 

「もう痛まない?そんなはずないだろう。ゆっくり休んでくれ…」

まだ包帯も取れていないガロアが椅子に座り痛くないと伝えてくるが、だったら行動の端々に苦しい顔をしないでほしい。

本当ならベッドに叩き込んで縛りつけてやりたいところだが、何を焦っているのか諌めても直ぐに動き出し冬眠前の熊のように部屋をうろうろとしている。

 

世間では同時多発した史上最大規模のテロだとか騒がれているが知ったことではない。

いや、むしろそんなヤマには今のガロアを絶対に巻き込まないでほしい。

もう分かっている。そんな事を知ればこいつはすぐに戦いの場に飛び込んで行ってしまう。

関係のない事だろう、と説得しても無駄という事も。

とにかく放っておいてほしかったので煙を上げるゴミになったコンピューターはゴミの日にゴミ捨て場に放り込み(ちなみに捨て方は間違っているのは言うまでもない)、

半ば強制的にガロアを家に閉じ込めている。

 

(しかし…)

 

「……」

この焦燥感の溢れる表情。

長い間体を鍛えれてないとか、訓練をしていないとかそういう類の物ではないのだろう。

きっと感じ取っているのだ。

その恐ろしいまでに鋭い直感で今の世界の動きを。

 

ピンポーン、とからっとぼけた音がセレンの暗い心を砕くように部屋に響いた。

 

「……」

 

「…待っていろ」

恐らく自分とガロアが想像したことは一致している。

先日の擦過傷と切り傷で未だに赤らむガーゼと包帯のついた右手を腰にやり、「それ」を確かめながら玄関の扉を開く。

 

「ミッションが…」

オーメルのミッション仲介人の眼鏡男が要件を言うより速く左手でネクタイを掴み上げ、足払いをしひねり上げる。

 

「よく来た…よく来たよ…えぇ?」

 

「ク、クレイドルが…」

 

「黙れ…」

腰に差していた今時珍しい回転式の拳銃を取り出し額に押し当てる。

 

「ひっ」

 

「ぶち撒くぞ…脳漿…自分達でどうにかしろ…私のリンクスが怪我をしていることもその具合も貴様らが一番知っているだろうが…」

蒼い眼にありったけの怒りを込めて睨み、誰もが美人と評する顔を歪みに歪め桜色の唇から腹の底に響くような言葉をひねり出す。

 

「そ…それでも貴方がたの力が必要なのです」

 

「勘違いするなよ貴様…お前らにあるのは依頼する相手を選ぶ権利、私たちにあるのは受けるか決める権利だ」

撃鉄に指をかけコキリ、と音を立てながら親指を引き発射準備をする。包帯にほんのり血がにじむ。

 

「う、撃っても構いません!一億人の命がかかっているのです!」

 

「何?」

ピクリと気配が緩んだのを感じたのか一気に捲し立てるかのように口を動かす。

 

「今世間を騒がせているテロ集団のメンバーが僚機を複数連れてクレイドル03に向かっているのです!お願いします、もう時間が無い!

その中にいるネクストを倒せるほどの戦力は今日全て出払ってしまっているのです!無理は承知しています!それでも!」

 

「そんな危険な相手を大けがしているガロアに任せるというのか…?いい度胸だ貴様…、!」

 

「……」

 

「ガロア…」

肩に手を置かれ振り返る。

ああ、今自分はきっと情けない表情をしているのだろう。

あふれ出る感情が抑えきれない。

 

「……」

 

「……分かってる。分かってるよ…いい、もういい。行っていい。行け…。だけど、一つだけ約束してくれ」

こうなったらもう誰にも止められない。

波紋の浮かぶ眼が透明な炎を宿している。

 

「絶対に死なないって」

 

「……」

こくりと頷き上着を羽織って外へ向かうその背中を見つめている今の感情は何?

悲しみ?悔しさ?

なんだっていい。

結局、こうなったら自分に出来ることは一つだけ。

死なないように精一杯サポートするだけだ。

 

 

 

 

 

 

「………」

曇り空の地上では見えなくてもここからならはっきり見える、ミルキーウェイ。

地上で曇っていたら逢えないんだっけか。

…それでも、一年に一回でも逢えるチャンスがあるのならば幸せなことなのだろう。

 

「……」

喜怒哀楽、どの表情にも当てはまらぬその表情、虚無。

目の前で行われている大量殺戮を見てもピクリとも心が動かない。

 

「…アイムシンカー…トゥートゥー、トゥートゥトゥー…アイムシンカー…」

どこかで聞き覚えの合ったうろ覚えの曲を口ずさむ。

一人部屋で煙草を吸っているときも、

クレイドルのエンジンに穴を空けているときでも変わらない、一繋がりの心。

うつろ。

 

 

 

『ロランはどこへ行きたいの?』

 

『君と一緒なら、どこへでも』

 

「……」

 

『ロランはこの世界が好き?』

 

『君がいるから、好きだ』

 

「……」

 

うつろ。

 

 

 

 

 




どうでもいい話かもしれませんが、自分はこの作品の中でジュリアスとジェラルドの関係が一番好きです。
そのうち二人の過去もやるので待て、過去編。

ちなみにこの後アディはセレンにぼこぼこにされました。

ガロアに締め上げられセレンにタコ殴りにされて…散々ですね。
もうこのコンビには関わらない方がいいんじゃないかな…

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