Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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アルテリアクラニアム防衛

アルテリアクラニアム。

他のアルテリアと違い唯一地下に作られたそれは、規格外の耐久力と防衛設備を誇り、例え核ミサイルが1万発降り注いできても破壊されることは無い。

このクラニアムは他のクラニアムからエネルギーを中継し全てのクレイドルに送る中継局で、唯一全企業共同出資で開発されている。

地下に侵入し徹底的な破壊をしてしまうと不時着ではなく墜落になってしまう為、ORCA旅団は目的の為にはどうしてもここに侵入し、

時間をかけてエネルギー供給量を減らし、海などに落ちないようにしながら全てのクレイドルを降ろす必要があった。

そしてここの施設にある最重要区画は企業の重要人物の虹彩、指紋、静脈、声紋認証が必要でありそれがどうしてもテルミドールがクラニアムに行くまで生き残らねばならない理由だった。

 

 

今回、企業側は降伏を認めたもののここからも部隊を完全に撤退させれば後に企業が完全降伏した事実が職員に明かされてしまう危険があった為、建前として防衛担当の兵士たちは残されていた。

降伏したわけでは無いと言うポーズを示すためだけに彼らは全員殺された。

 

『……テルミドール』

 

「ああ、今開ける」

真改が全て言うまでもなくリンクを外しコックピットを開こうとする。

 

『違う。来た』

 

「来た?…まさか」

 

『レイテルパラッシュとアレフ・ゼロだ』

 

「……喜んでいるのか?」

 

『…少しな』

 

「………つまり」

 

『ガロア・A・ヴェデットは俺が仕留める』

 

「分かった。…来るぞ!」

 

 

 

 

『もうすぐクラニアム中枢だ。お前たちには、感謝している…嬉しかったよ 』

たとえネクストが10機乗ってもまだスカスカなくらいだだ広いエレベーターの中そんなことを言ってくる。

 

「……」

 

『終わってから言え、そんなことは。とはいえ、そうだな…。戦って戦って…その果てがここだというのならば…存外甘い男なのだな、お前は』

 

「……」

 

『まあ、そんな傭兵も悪くないがな 』

 

「……」

エレベーターの扉が仰々しい音を立てながら開く。

全開になったものの、その先はネクスト一機がぎりぎり通れる程の幅しかない。

 

『成程な。大勢来てもここで出てきた阿呆を順に狙い撃ちして粉々にするわけだ』

 

「……」

 

『お前たち、やはり、腐っては生きられぬか』

 

『テルミドール!…久しぶりだな』

 

『やはり気づいていたか。食えない女だ』

 

「……?」

 

『今ここにいる四人の戦いが世界の運命を決める。ネクストなどという異形を駆り、リンクスなどという化け物になって戦った終着点がここならば、悪くないだろう』

 

「……」

 

『ロマンチックな事を言うじゃないか。だが、どう言ってもお前らがテロリストなのには変わりない』

 

『そんなものは歴史でいくらでも塗り替えられてきた』

 

「……」

 

『その通りだな…。聞け、ガロア・A・ヴェデット』

ウィンが声をかけてくる。この言葉が終わった時、戦いの火ぶたは切って落とされるのだろう。

 

「……」

 

『一見、世界は平和でもいつも誰かが動き戦っている。こうしてここまで人類が続いてきたのだ。表に出る英雄の数百倍も闇に生き闇に死ぬ者達が世界の在り様を決めてきた』

 

「……」

 

『勝て。お前ならそれが出来るはずだ』

 

『…来い!!』

 

二つの輝く光が向かってくるのが見える。

あのやり取りの中でも示されていた通り、向かってくる者達もまた光を背負っており、悪と断じることは出来ない。

ただ決めるだけだ。どちらがより強く正しいのかを。

 

最後の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

『ウィン・D・ファンション。貴様は一度私に負けているだろう』

 

『あの時と同じか確かめてみろ』

飛び出すと同時に短い会話を交わし、そうするのが当然のようにダークレッドのネクストに突撃するレイテルパラッシュ。

 

「……?」

意味の分からない会話を聞いてぶつかり合う二機に一瞬だけガロアは視線を向けてしまう。

 

『気を取られるな!前を見ろ!』

 

「!!」

気を離していたわけでは無かった。本当につい一瞬前まで大分遠くにいた白い機体は眼を戻した時にはもう眼前にいた。

 

『……』

咄嗟に目の前に出したブレードでなんとかその斬撃を受け止める。

フラジールと…いや、爆発力ならばフラジールより上だった。

 

ギギギギジジジジ、という火花散る音がレイテルパラッシュのいる場所から届く銃撃音を打ち消していく。

 

アレフ・ゼロの蒼いブレードと敵の紫電のブレードがぶつかり合いもう片手のマシンガンも相手のマシンガンと押し合い拮抗している。

 

『……』

 

「!!」

ひたすら鍛えてきた日々から裏打ちされるイメージを打ち砕き、相手の機体はアレフ・ゼロとのつばぜり合いを押し切った。

 

「……」

アレフ・ゼロの胸部に僅かに焦げ跡が付いている。

どうやら機体の出力だけでなくブレードの性能もあちらが勝っているようだ。

 

『……』

 

「!」

マシンガンを正確に向けてきながら超高速の一閃が見える。

かがむことで紫の光の線を何とか回避したが、冷や汗が浮かんでくる。

あのブレードは絶対に当たってはダメだ。理由は分からないが今まで相対したどの兵器よりも危険だと勘が告げていた。

だがそれと同時に自分の命が今この瞬間にも消滅するかもしれないという感覚がちりちりと焼け付く感情を呼び起こしてくる。

 

「……」

さらに接近して斬りかかってくる敵機を蹴っ飛ばし、引きながらマシンガンの弾を撒き同時にグレネードを発射する。

だが余裕で回避されてしまった。回避されるのは当然だと考えていた。だからこそ地面に向けて放った。

だというのに、マシンガンはいくらかPAを削ってくれたがグレネードの爆風は掠りもしなかった。

…あの肩のブースターはなんだ。

 

『そいつ…そのブレード!』

 

「!!」

セレンの通信に耳を傾けた隙とも言えないような一瞬の時間に目が焼かれた。

敵機からのフラッシュロケットが直撃していた。

 

「……」

眼にカメラのように焼きつけられた光景を頼りに頭上に虫の卵のように並ぶエネルギータンクの陰に隠れた瞬間、敵機はエネルギータンクごと切り捨てながらこちらに向かってきた。

 

「!!」

 

『…!ハハハッ!』

反射的に起動したブレードが相手のコアを僅かに傷つけたのを感じてか相手は何故か笑っていた。

だがどういう訳か、ガロアにはその感覚が分かる様な気がした。

一発でも当たれば死ぬというのに、きっと声があったら今の自分も笑っているだろう。

 

『ムーンライトだ!レイレナードがほんの数本しか生産していなかった根本から異なる発想のブレード…なぜこいつが…』

最早セレンの通信はほとんど雑音としか感じていなかった。互いにブレードを振り、必死に冷静に避け激しくぶつかり合う。

しかしその数秒後、示し合わせたようにお互いの動きが一転して止まった。

 

『ブレード…マシンガンにフラッシュロケット…お前の機体構成にそっくりだ…』

 

「……」

違うのはあの背中のブースターだ。

同じタイプの戦いをするネクスト。

もしまともにぶつかり合えば単純に力量が上の方が勝つ。それもごく僅かな時間で。

ガロアは笑っていた。ホワイトグリントを破壊した今でさえも心躍る強敵との戦いがあるとは思ってもみなかった。

 

『絶対にぶつかり合うな!距離を取れ!鍔迫り合いになったら間違いなく押し切られるぞ!!』

 

「!!」

150mはあった彼我の距離が一瞬で詰められ横薙ぎの斬撃が飛んでくる。。

空中でブリッジするような体勢で無理やり回避したが、セレンと出会って以来何度も骨を外されては入れられ、関節の可動域を広げられていなければ今の動きは想像すら出来なかった。

それでも機械には多少無茶な動きであったようで背部が軋んでいる。

 

「……」

とにかく敵が背を向けている今が隙だ。

 

そう思っていたらいきなり蹴られた。空中での回転蹴り故威力は乗っていないがそれでも動揺する。

つい今さっき『同じタイプ』だと考えたばかりなのだ。

それなら同じような戦闘をするだろうし、こちらがどう動くかも容易く想像がつくだろう。

だが、逆も然りだ。ガロアは燃え上がる様な感情に煽られながらも努めて気持ちを落ち着けた。

 

 

 

 

 

「……」

数発のマシンガンが掠った程度で全くと言っていいほどダメージは無い。しかしそれは向こうも同じだ。

自分と同じ戦法を選び取りアナトリアの傭兵を打ち破りとうとうこのステージにまで来た猛者。

まだ片手で数えるぐらいしか攻撃していないしされていないがもう分かった。

こいつは今まで戦った近距離型の中では一番強い。湧き上がる感情を抑えても笑顔が溢れてくるのは真改の人生で初めての経験だった。

 

「…!」

着地した瞬間に斬りかかってきたのを回避する。

瞬間足払いが来たのを飛び上がりながら斬りかかるがまさかの頭突きで手首を弾かれ未遂に終わる。

紅い眼光が鋭くコックピットの中の自分を射抜いてくる。

 

「この感覚…!」

何故アンジェは全てを捨て戦いを選び戦いの中で死んだのか。

大した戦闘も経験せずに地下に潜ることになり、その後もおよそ好敵手と呼べるものには恵まれなかった為、今日までまるで理解できなかったが今ならわかる。

アンジェの見ていた世界が。

最強を決める舞台で命のやり取りをする。人生においてこれほどまでに心躍り魂が高揚する瞬間は他にないだろう。

 

『……』

 

「行くぞ…!」

互いにマシンガンでけん制しつつ接近する。

この距離なら自分のブレードの方が先に届く。

そう思いながら斬りかかると奇妙な感触が手に残った。

ブレード同士がぶつかって弾かれるような感触でも、堅いネクストを斬った感触でもない。

 

「!?」

自分のブレードとぶつかりあったのは相手の右手のマシンガンだった。

 

「つっ!!」

バターにナイフを入れる程度の抵抗で容易く切られたアレフ・ゼロのマシンガンだが、それでもまだ敵機の右手に握られていたマシンガンの半身がスプリットムーンの頭部に当たりその瞬間僅かに視界が奪われる。

頭部に当たる直前にアレフ・ゼロがブレードを持つ左腕を激しく動かしたのが視界に入っていた幸運のお蔭ですぐにクイックブーストで避けることが出来た。

 

「く…」

相手が無理な体勢でブレードを起動していたこともあり、何とか避けられたがそれでも肩の一部とマシンガンが斬られた。

これで自分の攻撃手段はブレードのみだ。

 

『……』

着地したアレフ・ゼロはマシンガンを捨てた後、地面から一歩も動かずに制止している。

パシュンッ、と間抜けな音を立てて放ったフラッシュロケットが直撃したがまるで無反応。

 

『……』

 

「……」

目を閉じているのか、気にしていないのか。

どちらにせよ肩に乗せたグレネードとロケットに当たるほど自分のネクスト・スプリットムーンはのろくない。

それは相手だって百も承知のはずだ。

そしてあの右足を前に出し、左脚を屈めた構え。ならば狙っているのは。

 

(…居合か)

相手が間合いに入った瞬間に斬る抜刀術。

守における攻のみに全神経を集中させたそれは、達人が行えば斬りかかってきた者は攻撃だけに意識が向く瞬間に斬られ、死んでも斬られたことに気が付かない。

 

(まやかしだ)

しかしそれは才能のある者が剣一本で数十年修行にひたすら励みようやく到達できるか否かの域。

真剣など握った経験があるはずもなく、齢20にも達していない少年がその極意を手にしているはずがない。

 

(ブレードの範囲、運動性能…すべてこちらが上だ。斬る!!)

例え間合いに入った時点で斬りかかることが可能だとしてもこちらの方が間合いは広く速い。

小細工をしてこないというのならばそれでもいい。この手で、この剣で奴を斬る。

本当はこの距離からでも攻撃する手段がスプリットムーンにはもう一つだけあった。

だが真改はあえてその選択を捨てていた。アレフ・ゼロが曲がりなりにも自分の前で居合いの構えを取っているということを、小狡い手を使ってうやむやにするのは何よりも自分自身が許せなかった。

たとえこれがORCAの最後の局面であろうとも。

 

(確信がある)

オーバードブーストを着火する。

空気が吸い込まれる音が響く。

奴にも聞こえているだろう。

 

(奴に打ち勝った時、俺は到達する。人生最高の刻…!)

数えきれぬほどの敵を切り捨ててきたアンジェが追い求めていた最高の瞬間。武の頂点。

この男ならきっとそれを見せてくれる。

 

加速が始まる。

スプリットムーンなら二分の一秒で時速2000kmに達する。

躱してみろ。対応してみろ。と挑発的な感情がさらに真改を笑わせた。

 

(!)

全く動きの無かったアレフ・ゼロの肩から突然火が噴いた。

天井に向けて放たれたロケットとグレネードは空のエネルギータンクを砕き、破片が雨となって降り注いだ。

 

(見えなくなった…だが!)

大きな破片を避けながらアレフ・ゼロがいた場所に紫電のブレードを空気を切り裂きながら振りぬいた。

 

ザンッ、とネクスト一機を両断する心地の良い音がクラニアムに響き渡った。

 

「ぐ…お…」

テルミドールは伝えていなかった。

ガロアが目にした物の数と軌道を見切る特異な眼を持っている事を。

忘れていたという事ではなく、スプリットムーンの武装に、ミサイルなどそれが弱点になるような武装が積まれていなかったから言ってなかっただけだ。

そしてそれが運命の分かれ道となった。

 

『……』

突撃の邪魔となる大きな破片を回避するであろうことを予見していたガロアにとってスプリットムーンが辿る軌道を見切ることは実に容易かった。

 

「……無念…」

スライスされたハムのように斬られたスプリットムーンの右半身は勝手な方角に飛んでいき壁にぶつかって制止した。

残った左半身もバチバチと煙を昇らせながら倒れている。

 

『……』

見下ろすアレフ・ゼロの視線は何も語っていない。

自爆することを知っているのだろう。

 

 

≪私を殺しに来い、真改。もしも私を殺せたのならばその時は…天下無双を名乗れ。この世でお前に勝てる人間はいないだろう≫

ずっとその背中を追い続けた姉から貰った言葉が走馬灯になり思いだされる。自分の知る限りアンジェほど強さに異様な執着を見せて何もかも捨てた人間はいなかった。

だがそれでも彼女はアナトリアの傭兵に負け、目指した境地には辿り着けなかった。

 

 

(アンジェ…)

そして結局自分も同じく辿り着けなかった。アンジェの見えた世界が、その理由がようやく理解できたというに。

アンジェと同じように最強という名の頂点に指をかけてあと一歩のところで敗北してしまった。ただ、無念。

 

最後に真改は、息子も娘も戦争屋になって実家を飛び出し、今も一人寂しく生きているであろう自分の父親のことを思い出した。

そして真改の身体はスプリットムーンの機能が停止するとともに速やかにその心と共に砕け散った。

 

 

 

 

 

飛び回る二つの機体は一定の間隔を広げ、または縮めながら削り合っていく。

どちらも相当な達人であることが伺えるがそれでも軍配はややダークレッドの逆脚機体に上がるか。

 

『まさか…真改が』

 

「今のあいつは正しく百戦錬磨だ。…お前は些か腕が鈍ったか?カラードから重宝されるようになり、まともな仕事は無くなったからな」

 

『それはこちらのセリフだな。それとも後ろはやはり見えないものか』

 

(PMミサイルか?!いつの間に!?)

相手のネクスト、アンサングの肩に積まれた異形のミサイルは特殊な軌道を辿り死角から迫ってくる。

発射される瞬間を見落としたというのか。僅かに後方に目をやるがそこには二機のネクスト以外何も無かった。

 

「キサ…がぁっ!!」

こすい手を。そう叫ぼうとした瞬間に距離を詰められレーザーバズーカとプラズマキャノンをほぼ0距離で数発当てられた。

ぎりぎりコアへの直撃は避け即死は免れたがそれでも甚大なダメージを受け直ちにレイテルパラッシュとの接続が切られた。

 

『気を張っているのさ結局…お前も、私を前にしてな』

 

「……く」

 

『そこで見ているがいい、ウィン・D・ファンション。…お前が何を求めたのか 』

 

「く…お前より…奴のほうが強い…」

コアへの直撃を避けたのではない。わざと攻撃をコア以外にされた。結末を見届けさせるためにだろう。

 

『ふん』

無様だがこうなってはもう何もできない。

後は託すしかない。世界の運命をまだまだ子供のあのリンクスに。

 

 

 

 

 

『死んでもらおう』

言葉と共に肩から放たれたミサイルを目で追って気が付く。

 

「……!」

全て見えてはいる。辿る軌道も分かる。

だが大きく曲がるその攻撃を眼で追うと敵機が視界から消えてしまった。

 

「!!」

なんとか全て躱した途端にレーザーバズーカが掠めていった。

 

『気が付いたか。そうだ。このミサイルはお前の為だけに角度を変えてある』

 

「……!」

ぐるぐると螺旋を描く様に迫ってくるミサイル。

見えているが、ぼーっと見ているだけでは反撃に移れない。

 

『ミサイルを目で追えばアンサングが見えない。かといって私だけを見る訳にはいかない。それにマシンガンが無いとなれば、如何にいい眼を持っていようともな』

 

「!!」

気が付いている。誰にも教えなかった自分の眼の秘密に。

 

(……)

見えないのならそれはそれでいい。辿る軌跡も速さも分かっている。

ならば何秒後に自分のところに来るのかも分かっている。

あえて何も見ずに発射から数秒後、虫を払うようにブレードを振ると飛んできたミサイルが爆発を起こした。

その隙を逃さずに撃ちこまれるレーザーバズーカを避ける。

 

『逃がしはしない』

その動きすらも想定済みなのか、動揺せずに苛烈に攻撃を仕掛けてくる。

 

「……」

確かにこれはマズイ。弱点を上手く突かれているし眼の秘密に気づかれたのもかなり動揺した。

何より近づかせないように攻撃してくるというのは如何ともしがたい。

だが既にガロアの眼には勝利への戦略が詰将棋のように見えていた。

 

「……」

PMミサイルを回避するように飛び、そのまま天井に無数にぶら下がるエネルギータンクの隙間に潜り込む。

 

『何…!』

放たれていたミサイルはエネルギータンクに阻まれてこちらに届く前に爆発していた。

これが壊れたことで後で何か被害があるのだろうが知ったことでは無い。

 

 

また過去の記憶が蘇ってきた。

白い森の中で間抜けな獲物がこちらの位置にも気付かずに狼狽しているところを後ろから首を射て仕留めた記憶だ。

あの森の木も、この大量のエネルギータンクも同じだ。動かないならば全ては自分の身を隠す為の囮になる。

 

 

『く…がっ!』

 

「……」

動揺の隙を突きまずは右腕のライフルを切り落とす。

もう嬲り殺しは確定した。コアの中でガロアは不気味な笑顔に顔を歪めた。

 

 

 

 

『……』

 

「く…!そんな、そんなわけがあるか!」

一瞬だけ見えた影に向かってレーザーキャノンを放つが外れる。

当然だ。ロックオンもされていないのに当たるはずがない。冷静さを欠いている。

見えない。

 

『……』

 

「なんということだ…!」

真改を最後の作戦まで残しておいたのは偶然や真改の実力ゆえ生き残ったという事ではなく、

狭いクラニアムの中なら近距離格闘戦のみに主眼を置いたスプリットムーンが一番役に立つだろうというメルツェルの采配だった。

果たしてその読みは間違っていなかったと、格闘戦を仕掛けてくるアレフ・ゼロが如実に示している。

こちらの攻撃は障害物に邪魔されて当たらず、下がろうとしてもすぐに背中がぶつかりアンサングのスピードが全く活かせない。

かと言って地上に降りればグレネードとロケットで滅茶苦茶に爆撃され完全に回避することは難しく、レイテルパラッシュとの戦闘で多少ながらもダメージを負い、

そもそもが頑丈ではないアンサングには僅かな実弾攻撃でも大きな痛手となる。加えて。

 

『……』

 

「どこだ…おあっ!?」

危なかった。つい今まで自分がいた場所をブレードが裂いている。

…あの日ホワイトグリント戦でこの目で見た巨大なネクストの存在そのものを霧のようにかき消してしまうほどの透遁技。

目にもとまらない程早いのではなく視界に入らない。獲物をいたぶる様にして遊ぶ残酷な肉食獣のような気配がコアの中にまで届く。

このままでは…

 

 

 

 

『まさか、そんな!そんなことがあるか!あってたまるか!!』

 

『……』

 

「やはり…」

動かなくなったレイテルパラッシュの中で頂点の戦いを見ながらウィンは呟く。

ウィンの見立てではほぼ二人の実力は伯仲。

だが、それでも僅かにガロアの方が上だった。

テルミドールが実戦から離れている間も身も心も削りながら戦い続けたガロアの力は、生まれたその日から戦いを宿命づけられていたテルミドールの力を髪の毛一本分程の差で上回っていた。

 

『ぐっ、クソ!負けるわけにはいかないんだ!人類の為に!』

 

『……』

脇から見ているウィンですらも、死角から飛び出したアレフ・ゼロに寸前まで気が付かなかった。

今度は大型のレーザーバズーカの砲身が斬られた。あれではもう撃てないだろう。

まるで王手がもう見えているかのようにじわりじわりと一歩づつ追い込まれていくアンサング。

アレフ・ゼロのAPも削られてはいるがもう勝負は見えてしまっている。

 

「…あれ?」

その戦いをその場で見るただ一人の観客のウィンは、何故か涙を流していた。

 

『あああああああ!父さん!母さああん!!』

 

『……』

テルミドールが錯乱したところに無慈悲にグレネードが直撃する。

 

『がああぁあ!!』

カラードで奴が感情らしい感情を見せたところなど見た事が無い。

命の際まで来てやっと見えた心の底らしきものはあまりにも痛々しい。

 

『ウィンディー…?どうしたの?』

嗚咽が聞こえたのか、レイラから通信が入る。

 

「なんで…なんで…涙が…」

調べていくうちに僅かな点からだが垣間見えたマクシミリアン・テルミドールの人生が思いだされる。

酷い物だった。調査が及ばなかった彼の過去も自分の想像を下回るような楽な人生ではなかっただろう。

 

「…何故…同じクローンでこうも違う…」

ふと思い浮かぶ霞スミカのクローンの顔。

会ったことも数えるほどしかないし、会話もほとんどしていない。

だが、控えめに言っても彼女は幸せそうだった。

企業の勝手な理由で生み出され戦うことを義務付けられたその命。

テルミドールは小さな希望のよすがもたった三歳の時に奪い去られ戦うか処分かの道しか残されていなかった。

それでも戦い続けるテルミドールはその希望の拠り所を「人類」という幻想に求めるしかなかったのだろう。

 

『貴様に!貴様に!!私の運命の崇高さが分かってたまるか!!』

 

『……』

 

「見てきたはずだろう…テルミドール…人という物を…」

彼が見てきた人間という物は全て底知れぬ悪意の権化でしかなかったはずだ。

悪意と偽善の狭間から産み落とされ、ただただ拝金主義の豚どもの償いの為だけにすり潰されてきた人生でどうして人に希望を持てるというのか。

 

『ウィンディー?ねぇ、ウィンディー?大丈夫?!どこか怪我したの!?』

 

「本当なら…お前たちは…」

流しても意味がない、ここで流すべきではない何の慰めにもならないとわかっていても涙が止まらない。

命を懸けて削り凌ぎ合う二人。

本当ならあの二人は…

 

『ぐああああぁああああああ!!』

 

『……』

 

「あ……」

勝負は全く地味に、そして必然のようにロケットの爆風をアンサングが避けきれずに決した。

 

『くぅ…うっ…心しておけ…お前たちの惰弱な発想が、人類を壊死させるのだと… 」

 

「……」

勝敗が決してなお大義からの言葉のみを口にするテルミドール。大義しか縋る物が無い人生なんてあまりにも空虚ではないか。

小さくアンサングのコアが爆発し煙が昇っていくがこんな地下深くでは天国へと行くことも許されないだろう。

それでも、彼は妄信するしかなかったのだろう。

絶望から再起する人類という物を。

手を取り協力し宇宙を目指す「人類という幻想」を。

例えそれが虚構だと気が付いていても。

 

(人類…お前の言う人類なんて…お前を産み落としたのも…お前が戦う理由を勝手に作ったのも今の人類だろ…お前が縋る人類…そんなもの)

現在の人類は間接的に殺人をし、安全な所から人をなじり、その不幸さえも極上の糧とばかりに喜び食らう肥え膨らんだ薄気味悪い何かにすぎない。

テルミドールの言う人類。そんなものは。

熱いものがさらに頬を伝っていった。

 

「人類など、どこにもいないさ…オッツダルヴァ…」

もういい。ただ、何もかもを忘れて眠ってくれ。

 

不思議なことにウィンは最後に敵に向かって祈りを捧げていた。

アレフ・ゼロの紅い複眼がそんな感傷的な自分も戦死した敵も嘲笑うように光っていた。

 




「人類の為にがんばるぞい!」
テルミドールがそう思えるような人類なんて本当はいませんでした。

でもその幻想しか縋る物はなかった、というオチ。

彼の過去はまだまだ先の話ですが、一切の救いがありません。
いや…あるにはあるのですが、その鍵を握っているのがウィン・Dなので彼が救われるのは難しいでしょう。

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