Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
そこからセレンはつい先日までの悩みなどまるで無かったかのように熱心にガロアに指導した。
また、ガロアもその小さな身体のどこに熱源があるというのか、どこまでも一途にセレンについてきた。
ガロアはまったく他のことに気を取られることはなく、ただひたすらに指示されたことに打ち込んだ。
そして指示がなくば自分が習ったことをひたすら繰り返していた。
まるで誰かに戦う術を教わるの待っていたかのように静かに静かにその灼熱の魂を燃やし続けた。
指示をしたセレンすらもぞっとしたことだが、ただ機械のように打ち込むのではなく、その一つ一つに執念に近い熱量が籠もっていたのだ。
ある日、セレンはインテリオルからの呼び出しを受けて1日家を留守にした。
その間は好きなように過ごせとガロアに言い、外に出た。
すっかり日も暮れ、そろそろ日没後の時間より日の出の時間の方が短くなるという時間に帰宅したセレンは玄関で感じたこともないような圧力を感じ、
肩を抱きながら小さく悲鳴をあげその場にしゃがみこんでしまった。
何があったのだと、ガロアの部屋をのぞき込むと、
そこには幽鬼のようにギラギラと目を光らせながらこの前格闘術の一貫として教えた技の一つ、発勁をひたすら空間に向かって繰り返す上半身に何も纏わぬガロアの姿があった。
小さな痩せ細った身体から放たれる格闘術はまだまだ拙いものであったが…。
その姿に背筋も凍るような寒さを感じると同時にこの世の美しさの極地の精神を見た。
ただひたすらに何かに打ち込む姿というのはかくも美しい。
しかし、たかだか14,15の少年が精神も身体も何もかもを取り払って修練に打ち込む動機は如何なるものか。
しばらく呆けたようにその美しい姿に見とれたあと、明らかに脱水症状寸前の汗の量に気が付き慌てて止めた。
もし帰るのが遅れていたらこのまま死んでしまっていたのだろうか。
とんでもないことだ。
厳しく修行してやると開始前は意気込んではいたものの、その想像を遥かに越えてガロアは自分に厳しい。
想像すらしなかったことだが、セレンはこの日、自分の目の届かないところで訓練することを禁じた。
休憩も強くなるためには必要だと言ったところ素直に応じた。
大抵の休憩時には何をするでもなく目を瞑って椅子を漕いでるだけか、
何かを紙に書いているかだけだったのはそれはそれでどう対応していいかわからずセレンを困らせたが。
一人の時間を過ごすのが得意なガロアと、
誰かが同じ空間にいるのに静かだとそわそわしてしまうセレン。
二人が落ち着いて過ごせるようになるのはまだかかりそうだ。
歩幅を合わせるのはどちらからになるのだろうか。
一緒に暮らしているとわかることもある。
それはガロアとセレンが、いうなれば正反対の性格をしているということだ。
ある日セレンがとある用事のために、またまた家をしばらく空けた後に帰った昼過ぎ、家の中の雰囲気が違うことに気が付いた。
単独での訓練は禁じているはず…一体どうしたというのか。
リビングに入ってセレンは帰る部屋を間違えたと錯覚した。
それもそのはず、まず部屋の広さが違う。
部屋に差し込む光が違う。
そういえば買ってからほとんど履いていない玄関に散らかりっぱなしにしていた靴もすべて無くなっていた。
使って洗っていなかった食器だらけだったシンクは銀色に光り、その水道からは健康的な水が出てきそうだ。
そう、家が片付いていたのだ。
愕然としているとセレンの寝室からガロアが出てきた。
「お、お前これはどうしたことだ…」
油をさし忘れ続けた玩具のようにギギギ、とガロアのほうを向き尋ねる。
紅顔の少年がつい、と指さした方にはもともとは物置と化していた机。
そこには「掃除をした」と、薄く細い文字で一言。
本はジャンル順に本棚に並べられ、
食器は食器棚に皿は上、コップは下段、フォークスプーンは引き出しにおさめられている。
放りっぱなしであった服もコートなどは全てハンガーにかけられ、その他もキチンと畳まれタンスに入れられている。
ここからでは見えないが玄関のほうも、買ってから一、二回履いただけで出しっぱなしであった靴はすべて下駄箱に綺麗にしまわれ、
そのとなりの物置にはトイレットペーパーなどがしまわれていた。
どうもガロアは綺麗好きだったらしく、このとっちらかった空間が我慢ならなかったらしい。
そして爆発した。
「な、なんという…なんという…」
長年飼って人に慣れた金魚のように口をパクパクさせながら呆然としているセレンを見て、ガロアは何か自分はとんでもないミスをしたのかもしれないと思った。
「どれもこれも合理性に基づいておいてあったんだぞ!必要なものはすぐとれる場所に!着替えは飯の後にできるように机の横に!玄関の靴も、すぐに選べるように!し、寝室もか!?寝室もなのか!?」
一緒に暮らし始めてそろそろ四か月。
思春期の男子特有の勇み足による大きな間違いを犯すといったこともなく、静かで(当然だが)、一緒にいて無音でも安心できる奴だと思っていたのにここにきてやらかしてくれた。
一人でいたころは静かすぎて余り好きになれなかったが、新たな同居人が出来てからはその寂しさもなくなり完璧な自分の城になったと思っていたのに、どうやらそれは砂上の楼閣であったようだ。
(……………)
大騒ぎをするセレンをぼんやり見ながらここ三分の一年間のセレンをガロアは振り返っていた。
ゴミ捨てに行くのは気分が向いたとき。
皿洗いするのはもっと気分が向いたとき。
水道管の洗浄?何それ?
洗濯物はそのまま乾燥機にかけたらそのままそこらに放りっぱなし。
しかも靴下やストッキング、下着なども分けずに洗うので絡まり放題である。
買い物はほしいものをがっちゃがっちゃと適当にかごに入れて値段も見ずにレジへ。
日によってソファで寝たり洗濯物の中で寝たり。それを見てガロアは一緒に住み始めてからすぐに家事を買って出ていたのだったが…。
そう。
このセレン・ヘイズという女性にはまったく常識がない。
教官として、リンクスとしては優秀なのだろうが、それ以外の面は破綻しているといってよい。
最低限生きていけることしかしていないのだ。
風呂上がりに髪を乾かすことも寒い日以外はしない。
それでいてこの髪の艶を保てているのはリンクスだからか若さ故か。
「……」
ガロアは自分が九歳になるまで育ててくれた今はもうこの世にいないある人物のことを思い出していた。
あまり饒舌なほうではなく、愛情表現もとてもぎこちないものであった。
その上人と交わることが極端に苦手な人物だったがそれでも生きる術を教えてくれた。何よりも自分と一緒にいてくれた。
例え言葉に出すことはなくとも、いつもそれは心にある。ガロアは思い出の中の温もりを感じ目を細めた。
決して自分から語ることはないであろう。
その淡い温もりこそがリンクスになる動機であり、自分を殺して訓練に打ち込む不滅の動力源なのだということは。
セレンにはいろんなことを教わった。尊敬もしている。
今の自分ではリンクスとして敵う部分は何もないだろう。
リンクスとしては、だ。
この女性は変な人だとも思っていた。(もしもセレンがそれを知ったら激昂するだろう)
だからこそ、それ以外の常識は自分が寄り添って伝えていかなくてはならない…ような気がする。
それはこれまでここで暮らしてきて新たにガロアの中に生まれた思いであった。
どちらにせよ、無許可で部屋を掃除するのは自分勝手だが。
言葉を持たない自分が如何にして「正しい常識」を伝えられるか。
気を引き締め直し、筆談用の紙とペンを持ってセレンの方に歩んでいった。
それは難航を極めたのは語るべくもない。
出会いから半年。
朝から40kmのマラソンをし、午後には借りた運動場で倒れるまで組手をする予定だ。
いくらリンクスとしての才能があったとしても本質的には闘争であるその力は、身体が弱くては開花しようはずもない。
本当なら3時間以内で40kmを走破したいところだが途中で何度か気を失いその度に水をかけて叩き起こし5時間かけてようやく終える。
遅くなった昼飯は中々喉を通らないようだったが無理にでも詰め込み、少しの休憩を挟んで組手。
これがリンクスになることと何の関係があるのか、というのはセレンも小さい頃から身体を鍛えながら思ったものだ。
逃げ出そう、辞めようと思ったことも数えきれないくらいあったが、逃げる場所も無かったし辞めれば用無しだということも分かっていたので必死に食らいついていた。
ガロアにはそんな義務も無いし苦しければいつでもやめていいとも言ってある。
だが、何度倒れてもどれだけ怪我をしてもその眼には逃避の光が映らない。
肉体の限界に気力及ばず気を失い、叩き起こすがそれでも決して前に進むことをやめない。
目を覚ましてもその眼がすることと言えば自分はどうしていたのかと確認する事だけ。
辺りを見回してすぐにまた走り始める。こんなところで倒れていていいのか、と言う前に走り出している。
発破をかけなくてもすぐにエンジンがかかってしまう。
この執念は一体どこから来るのか。
休憩を終え、自分の3m手前に立たせる。
もう既に意志とは関係の無い限界が来ているようで立っているだけでフラついている。
だが確信している。この灼熱のような魂に肉体がついて行くようになったとき、この少年は前人未到の領域に達すると。だから今日も手は抜かない。
「……」
「敵と相対したとき、勝負が決するには三つの要素がある。体格と技術と気だ。体格はそのまま力と速さに繋がり、技術は肉体の可動限界や反射神経を逆手に取る理。
気はそれら二つが劣る相手を目の前にしたときに状況をひっくり返す機転を呼び起こす。ネクストの相手が務まるのがネクストだとして、有利な戦いばかりであるはずがない。
不利な相手もいるだろう、数で攻め立てられることも有りうる。ならばそこから逃げていけばいいのか。答は否だ。それで一流のリンクスになることはあり得ん。
敗色濃い相手にこそ冷静に立ち向かえる為の頭を作るには日々の鍛錬しかあり得ない。仮想現実の世界だけでなく、な。肉体の事柄をこれ以上口から語るのは無意味だろう。
口で教えるのも得手では無いからな…。来い」
「……」
肉体改造もはや半年。多少なりとも体格に変化が表れ始めたが、セレンは今この瞬間でしか学び取れないことを身体に叩き込むために組手を始めることにした。
女である自分よりもいずれは強く大きくなるであろうがその時になって技術を教え込むよりも今この瞬間にまだ自分では絶対に勝てない相手に向かっていく気概を教え込む必要がある。
「…!」
「甘い」
自分の呼吸の裏をかき飛びかかってきたのは驚いたが速さが無い。
軽く足払いするだけで受け身も取れずに転んでしまう。
「立…!」
まただ。
立て、と言おうとして息を飲む。
ギラギラと光るあの眼。足元もおぼつかない子供があのような眼が出来るものなのか?
自分でも少々やりすぎだと思うくらいにやっているが、ここ半年であの手負いの獣のような眼に気圧される事が何度もあった。
少なくとも都会でぬくぬくと育っている子供にあんな眼が出来るはずがない。
こいつはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
旧ロシアの片田舎で育ったということ以外には何も分かっていないし何も語らない。
「!」
倒れた姿勢から利き足への蹴りが放たれた。
「舐めるな」
体重が逆だったならそのまま倒れていたかもしれないが如何せん技術体格ともに差があり過ぎる。
蹴り脚を両足で挟みこみ投げ飛ばすとそのまま5mほど飛んで行ってバウンドした。
(やり過ぎたか…!)
「……!」
叩きつけられた衝撃で横隔膜がせり上がり肺から全ての空気が漏れ出て地獄の苦しみのはずだ。
だというのに一端中断して駆け寄ろうとした自分に向かって突進し思わず突き出した右腕を掴まれる。
(関節を取られた!?)
「ふっ!」
「……!…!」
反射的に指を取り、腕を外して背後に回り、一気に頸動脈を締め上げる。
数秒バタついていたが肉体の反応には逆らえずに失神した。
(少しだけ…本気を出してしまったか)
ぐったりと腕にぶら下がり気を失っているガロアの背中に軽く衝撃を与える。
とりあえず今日のところはこれで良しとしよう。そう思った。
ギロッ、という音が出ているのではないかという程血走っている眼がこちらを射抜く。
「くっ!?」
眼を覚ました瞬間に眉間の急所、烏兎への一撃。
やはり速いとはお世辞にも言えなかったが完全に虚を突かれ少しだけ額から血が流れる。
(なんて奴だ)
終わりを告げようとした瞬間にまたあの鬼気迫る眼がこちらを睨み一瞬身が竦んだ。
「……」
「…教えた急所は覚えているな?構わん、遠慮なく攻撃しろ。どうせまだお前では私は倒せん」
自分もかつて言われたように冷たく言いながら流れた額の血を舐める。
確かに体格は同い年の子供の中では最も恵まれていない部類に入るだろうし、技術も拙い。
だが、鍛え始め、シミュレータマシンに乗せて早半年。目にも止まらぬ速度で成長しているし何よりもこの気迫。
圧倒的に優っているはずの自分が何故か時々気迫で押されることがある。
間違いなくこの子は一流のリンクスに成れる。口にはしないが。しかし、どうしてこの年の子供がそんな気迫を宿しているのだろう。
一緒の生活を始めてすぐに気が付いたがその身体は既に傷だらけだった。虐待を受けたとかそういう傷では無い。どちらかといえば、常に厳しい環境に身を置いていたような傷だった。
「……」
(真っ直ぐ突っ込んでくるとは舐めてるのか…正中線狙いか…)
正中線上には人体の急所が集合しており、例え外れても身体のどこかに当たる可能性が高いため悪い判断ではない。
だがそれはあくまでもある程度の力があればこそだ。あの細腕で急所以外の所を衝かれたところで痛くもかゆくもない。
空を切る音が聞こえたが、それは人間の拳や脚を出した音では無かった。
「!!」
腰を落としどのような打撃もいなせる構えを取った瞬間に目の前が真っ白になった。
(シャツを投げたか!)
構えの移行をする瞬間の隙にそれを実行に移す才能。
肉体的にほとんど恵まれていないというのに呼吸の間をつくその才能だけは何故かある。
(どこに…!)
と探した一瞬に後ろから腕が伸びてきて首を絞め始める。
(身長で劣るのに裸締めか)
ぎりぎりと首を絞めつけられているのに冷静なのは、その締めが完全には決まっておらず気道は締まっているものの頸動脈を捉えられていないから。
「投ッ!」
頭から落ちないように腕を掴みながら前へと勢いをつけて飛び込み前転する。
二人分の体重を勢いと共に背中に受けたガロアは本日8度目の失神をした。
身体のバネを使って起き上がり、ガロアの顔を見る。今度こそ完全に気を失ったようだった。
「……!」
頬をやや強めにはるとすぐに眼を覚ました。
「今日はもう終わりだ。飯食って帰るぞ。ちゃんと休めよ」
「……」
こくりと頷くその顔には悔しさが滲んでいる。まさか勝つつもりだったのか?
「痛かったか?怖かったか?」
「……」
服を着ながら唇を噛みしめまた頷く。
そうか。あんな眼をしながらでも怖いものは怖いのか。
「それでいい。恐怖を知らん奴は戦場に出てもすぐに死ぬ。例えリンクスでもだ」
「……」
「…行くぞ」
既に血は止まっていたが一応額に絆創膏を貼り歩き出す。
一体この子はどこから来て何のために戦おうとしてどこへ行こうとしているのか。
その答がわかるのはまだまだずっと先のことだった。
大掃除事件からさらに八か月、出会いから一年。
シミュレーションでの戦闘回数が三桁に達したとき、とうとうセレンは一対一の勝負では勝てなくなった。
このシミュレーションマシーン内では大抵の既存の製品は登録されており好きなように組み合わせて使用することができる。
そして気に行った武装をまた現実で購入するのである。シミュレータといいつつもこれは良くできた広告マシーンでもある。
ちなみにシミュレータ内でその性能をそっと良くする、なんてことはどの企業もしない。
一応企業連法で決まっていることだし、そんなことで目先の利益を得たとしても詐欺まがいの会社だと噂が広がればそれは将来的に大きな損失につながる。
むしろ他の企業の製品の性能を書き換えて、その後の悪評で株価を暴落させ利益を得ようなんていうのはどこも考えることである。
つまりこのシミュレータは各企業が睨み合って出来たバランスの上に成り立っている奇跡の産物なのだ。
ちなみに登録されていない武装というのは自社の専属だけに渡す虎の子であったり、実験途中の兵器であったり、個人が勝手に改造したものなどがある。
このシミュレータに一番初めに接続したときはとりあえず武装は何も持たせずに、運動性能の良い機体を適当に選んで挙動だけを確認させた。
確認だけのつもりだったが、ガロアの駆る機体の歩行、旋回、浮遊…等々すべてがあまりにも人間臭く、肌が泡立つのを感じた。
指先の一つ、ブースターの一つにおけるまで本当に自分の身体のように扱うその様にAMS適性の差というのはこれほどまでにはっきりと表れるのかと、口にも表情にも出さずに驚いたものだった。
そうして10回目からはMTとノーマルを数機設定して武装は持たせず敵の攻撃を回避する訓練を開始した。
それぞれの企業がどのように教育を施すのかに興味はないが、セレンは回避こそが勝利において最も重要なファクターだと考えていた。
そもそもネクストが最強兵器と成り得たのは圧倒的な機動性と攻撃力の二つによる。
が、圧倒的な火力で敵を全滅させましたが機体もオシャカになりました、ではお話にならない。
だったら鈍重で頑丈な戦車に凶悪なキャノンでも積んでおけばよいのだ。
スピードで翻弄し強力な兵器で敵を蹂躙する。それがネクストであり、リンクスの目指すべきところであるのだ。
事実、スピードの遅いとされるタンク型のネクストでさえうまく動かせば平均時速は300km/hを切らない。
つまるところ、セレンの言いたいことは敵の攻撃を避け、自分は攻撃を当てろ。それだけだった。
それは戦いの基本でもあり勝利のための不変の真理でもあった。
そしてその要求にガロアは悉く答えてみせた。
敵の攻撃に当たらないどころではい。
射線の上にすら入らないのだ。
敵のカメラアイに入ることすらなかなか無かったのだ。
そしてその後行った武器を持たせた訓練でも、スピードに振り回されることなく冷静に敵を粉砕した。
訓練の数が50を超えたころからはセレンが相手をつとめた。
当初は全くセレンに敵わなかったガロアも、次第に白星をとるようになり、その中で自分の戦闘スタイルと武装を選び取っていった。
初めに戻るが、そしてシミュレーションでの戦闘回数が三桁に達したとき、とうとうセレンは一対一の勝負では勝てなくなった。
ただ負けるということではない。
ほとんど完封されるのである。
それも大抵は開始して30秒以内に機体を叩きのめされる。
自分も優秀なリンクス…のはず。
自信がなくなってくる。
自分の…シリエジオと一体何が違うというのか。
ガロアの駆る中量級高機動型ネクスト「アレフ・ゼロ」は中量級には少々重めなジェネレーターを搭載し多少の無理をしてもついてこれる機体となっている。
左手にインテリオル製のレーザーブレード、右手に今は崩壊したレイレナード製の大火力マシンガンを、そして左背部に有澤製の弾量重視のグレネードを、
右背部に技術力は企業中最低だといわれるテクノクラートの三連ロケットを積み、肩にはフラッシュロケットを搭載している。
メインブースターに空中での継戦を重視した物を使用し、FCSにはロック速度を重視した近距離~中距離高機動戦用の物をチューニングして使用している。
AMSが高すぎるお陰で無茶苦茶なチューニングもシミュレーション内のことだけではなく現実の物になるだろう。
機体構成から想像できる通り相手に空中で張り付きながら削っていき、隙あらば高火力を叩き込んでくる。
そう、それが分かっているのに全く対応ができないのがセレンが完封されている原因であった。
まず、戦いにおいての引き出しの多さが尋常ではない。
遠距離にいても大出力のジェネレータのお蔭ですぐに貼りつかれてしまう。
中距離で戦闘を仕掛けようものならマシンガンでガリガリとPAを削られたところをグレネードで一撃もらって轟沈する。
建物の陰に隠れていてもロケットで炙り出され、
近距離にいるならばふわふわと空中に浮きながらマシンガンをばらまいてると思えば唐突にそこにフラッシュロケットを混ぜてきて、
混乱しているところにブレードで微塵切りにされるか威力バカのロケットで木っ端微塵にされる。
ガロアの場を支配し自分の戦場に引きずり込む力はまさに圧倒的であった。
それに影響されてしまえばあっという間にすべてが終わる。
その全てに確かにセンスが感じられたが、それ以前に戦いや命の奪い合いという物にどこか慣れているような感じがした。
だが真に恐るべきはそこではない。
各武装に秘められた継戦能力と、相手を選ばない性能にこそ、その恐ろしさはあるのだ。
どの武装もネクストだけでなく、多数のMT・ノーマル、そして巨大兵器、どれにも対応でき、さらにはそこにネクストを交えた混戦かつ数では圧倒的に不利な状況になっても、
この組み合わせなら腕次第でひっくり返せる力を秘めた、恐ろしく理に敵った武装選択であった。
レイレナードのアーリヤの頭部とコア、
そしてアルゼブラの運動性能重視の腕、
積載量と消費ENを重視したインテリオルの脚部を用いた、やはりあらゆる状況に対応できる機体だ。
スタビライザーを見てみると、
肩にレイレナード、腕にローゼンタールの大型、尾羽を象徴するかのようなレッグバックにレイレナードの大型のものを一つ、
そして背には天使の翼のような大型のスタビライザーを装着している。
全身を闇に紛れる黒を基調とした色に染め抜いているが、背の天使の翼のような白く塗ったオーメル製スタビライザー、と全体的に何かの意志を表しているかのように見えた。
武装もバランスも典型的な前方突撃型となっている。
紅く光る頭部のカメラアイを持つ黒い機体が疾走する姿は悪魔のようにも天使のようにも見えた。それを見た時にふと何かのネクストを思いだしそうになったがすぐに忘れてしまった。
風変わりな機体名をそのまま象徴するエンブレムは、大きな0の上に鳥の羽と剣でアルファベットのNが描かれていた。
そのうち一対一では物足りなくなったのか、過去に存在したレイレナードやアクアビットのリンクスたちとシミュレータ内で多対一の戦闘を繰り広げるようになり、そしてそれにも勝利するようになっていった。
その姿を後ろから眺め、成長を喜びながらもセレンは仄暗い感情が本当に少しだけ、自分の内側に出てくるのを感じていた。
自分ならできただろうか。
あのままリンクスとして訓練をし続けて、自分ならここまでできるようになったのだろうか、と。