Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
ブブブブ…と不快な音がする。
「チッ…こんな砂だらけの所にもいるのか」
三日後。
結局武器を使わないまま勝利したのは格好良かったし美しいとも思ったが、
投げ捨てた四つの武装を不器用な八百屋のように腕に抱えて飛んで戻ってきた姿は、どうもあの戦場での姿と一致しなかった
食堂の椅子の一つに座り周りを飛ぶハエを手で払いながらセレンは食事が出来上がるのをぽつんと待っていた。
犬か猫のように鼻からくんくんと息を吸い込む。
「やっぱカレーかな」
このビルはもしかしたら指定避難所か何かだったのかもしれない。
地下室があった。
数えてはいないが300組を超える寝袋と巨大な倉庫には冷凍された食料が山ほどあった。
がちがちに凍ってはいたが色のいい野菜と鶏肉を両手で持てる分だけ持って上がり、何を作るのかを予想していたらスパイスのきいた香ばしい匂いが漂ってきた。
ブブブブ…
「えーい…まったく…」
机に止まったり飛んだりを繰り返すハエを払うがふらふらしながらもどこかへ行ったりはしない。
(ガロアの料理…七点…切ることは無いよな、十点中だとして。そういえば)
16歳でほっぽり出されて放浪することになり、その間はほとんど外食だったが高い金出しても不味いものは不味かったし、安くても旨い物は旨かった。
大言壮語の似非料理店と報われない名店が犇き合う中でもガロアの作る料理はかなり美味しい部類に入ると思う。気取った料理では無く家庭料理と呼ばれる物を作るが気取ってないが故に、
肩肘張らずに食べられて全て美味しい。
(なんでだ?)
10歳で育て親が死んでいたとしてそれまでに料理を教えられたのだろうか。
百歩譲ってそうだったとしても、一人の食卓に手間暇かけた料理をする気になるだろうか。
(わからん。しかし暇だな)
書類作成やら何やらの雑務に追われることも無くなった代わりに本も音楽も映像も無い。
これで一人ぼっちだったらとっくにおかしくなっている。
(か、悟りでも開いているか。たまらんな、そんなの)
「……」
「ん?もう出来たのか?」
「……」
「ああ、そうか。煮込む時間が必要なのか」
「……」
ガロアが文字にして言葉を伝えてこようとしなかった理由は二つある。
一つは元々が何かを人に主張するような性格ではないからだろう。
もう一つは
「何分くらい?」
「……」
「20分くらい?わかったわかった」
三年以上二人で過ごしているうちに簡単な意思疎通なら表情と緩慢な身振り手振りで分かるようになっていたからだ。
「……」
「ところで」
「?」
「これをさっき見つけたんだ。飲もう」
中国語が書かれたラベルが貼られ透明な液体に満たされた瓶とコップを二つ机の下から取り出す。
「……」
「有澤圏の酒だが、旨いもんは誰が頂いても旨い!もうお前も飲んでも味が分かる年ごろだろう?」
正直興味はなかったが、断ったら一人で寂しく飲むのだろうと思うとガロアは断れなかった。
「…………」
左党は甘い物が苦手なはずなのにセレンは菓子も酒も渦潮のように吸収していく。
舌が馬鹿になったりしないのだろうか。
「……」
とくとくと注がれた酒は常温のままであまり美味しそうには見えない。
拙いイメージでしかないが、カラードの広告では爽やかな女性が冷えたビールを思い切り飲んで美味そうに声をあげていた。
多くも無い冷たくも無いこんなものが本当に美味しいのだろうか。
「いいんだよ、ぬるくて。そっちの方が風味があるからな」
と言いながらくいっと飲んでるセレンの顔は本当に美味そうだ。
「……」
そういうなら飲んでみるか、とコップに注がれた酒をガロアは全て口に入れた。
「あ、バカ!!」
「ブーッ!!」
「……」
「……」
全然美味しくなかった。
顔中から日本酒を滴らせているセレンの目は死んでいる。
「…私が悪かった。もう酒は飲まなくていい」
一気に口にしたのも驚いたが全部噴き出したのも驚いた。
多分もともとが酒に合わない体質なんだろうなと言い聞かせながら顔をハンカチで拭う。
「……」
「…あ」
拭いきれてなかった滴が目に入り数秒目をつむる。
かなり染みた。というか顔が酒臭い。
ブブブブ…
「……」
「…え?」
目をこすり顔を上げると先ほどと変わらぬ無表情のガロアが口の端を酒に濡らしながら左手を控えめに挙手するようにあげていた。
人差し指と中指の間にはハエが生きたまま挟まっている。
(……)
最近になってようやく分かったことだがガロアは眼が半端ではなく良い。
ただ視力がいいとかの問題ではなく、動体視力だとかそういう諸々の目に関する能力全てが優れている。
「……」
ブブブ…ブ
「……え!?」
ぱっと手放したハエは元気に飛び立って行ったがほんの一秒後には突然落下していた。
(…死んでる…)
虫も鳥も墜落して苦しみながら死ぬことはあれど、空中で突然死ぬという事があるのだろうか。
少なくとも自分は聞いたことが無い。
(命を奪うことだけに特化した手…)
自分自身、ひたすら強くなるために身体を鍛え、そしてガロアの身体を鍛えたから分かる。
ガロアの手に薄くぼんやりとある張り詰めた気はリンクスなんて関係なく武闘家としても最上級のものだ。
それを見てセレンは心の中の戦いを好む面が震えながら出てきたのを感じていた。
「ガロア、手伝え。…ぃいよいしょ!」
「…?」
突然机を力づくで押し始めるセレン。
当然隣の机、さらに隣の机にぶつかり徐々に動かなくなっていく。
「こんなもんか」
「…??」
訳も分からずガロアも手伝い、自分達の周りから机が押しやられて全て端に行った。
もうすぐ食事が出来上がるというのに何がしたいのか。ガロアは首をかしげているとセレンが突然上着を脱ぎだした。
確かにちょっとした運動にはなったがそこまで暑くなったか、と言葉があったら言っていただろう。
「もう大分長い事…組手をしていない。…久しぶりに…煮込み終わるまででいいからどうだ?」
「……!」
自分が構えると同時にガロアも飛び退り構えを取った。
いい反応だ。久しぶりだというのにちゃんと気取れている。
腰を落として重心を下げ、手は柔らかく開き関節と内部破壊に重点を置いた構え。自分と同じだ。当然といえば当然だ。教えてきたのは自分なのだから。だが。
「…舐めるな。あの時ネクストでした構えはそれではないだろう?」
「…!……」
(!…それがお前が選び取った形…)
開いた左手を前に腰より下に下げ、右手は顎の高さで固く握られている。
足は肩幅ほど開いているが重心は見ただけではわからない。
(剛柔一体…!女の私ではまず無理だ)
固く握られた右手は拳銃を突きつけられているよりもよほど迫力がある。
一撃でも当たれば筋肉が爆ぜ骨は砕けるだろう。
開かれた左手は子供の頭を撫でるかの如く柔らかく、空気の通り道を邪魔していない。
構えその物に無駄が無く殺気も無い。この場にある空気とカレーの匂いに混ざってしまっているかのようだ。
(何故…?ネクストに乗って戦っていただけなのに強くなっているんだ…?)
勿論身体をひたすら鍛えていたのは知っているがそれでも素手の相手と向き合う機会など一度たりとも無かったはずだ。
むらむらとセレンの内側に試合いたいという好奇心が湧いてくる。
物心つく前から鍛えられた技術、身体が通用するのかどうか。
そこまで考えてセレンはいつの間にか自分が挑む側になっていたことに気が付く。
「今まで…一度も本気で相手していなかった」
「……」
(知っているって顔だな)
「本気を出す。急所を狙え。私も狙う。手加減していることが分かれば殺す」
「……」
「心技体。勝負を決める三つの要素だ。覚えているだろう?」
「……」
「だが、客観的な評価としては二つしかない。体格と技術だ。その二つとも劣っている相手にはまず勝てない。体格はお前が上だが…さて、どうなるか」
「……」
「……」
シーン…と、無音の音が二人の耳に届いた。
(……!)
刹那、右手が掴まれていた。
(相変わらず…!呼吸の間を読む天分だけは変わってない!)
腕を取られ身体の構造には逆らえずにその場でグルンと回転させられながら、その勢いでガロアの後頭部に蹴りを飛ばす。下手をすれば死ぬかもしれない攻撃だが、ガロアは問題なく避けるだろう。
ミシッ
(指かっ!)
鋭い痛みに蹴りが止まってしまう。
右手を掴んでいたはずのガロアの左手はいつの間にか親指の付け根を掴んでいた。
どっ、と胸に重い衝撃が響いた。指の痛みと胸の痛みに同時に襲われ脳みそはショートしていた。
(しまっ…)
空気が肺から抜けると同時に吹き飛ばされる。まるで口から吐く息で空を駆け抜けているかのような錯覚に陥りながら先ほど端に寄せた机にぶつかり身体中に鈍い痛みが走った。
ここで追い詰めろ、甘さを見せるな、と痛みに麻痺する頭で考えていると素晴らしいタイミングで追撃を繰り出したガロアの拳が見えた。
地震が起きたと勘違いするような音はガロアの鋼の拳が顔の数cm横に刺さる音だった。
「…勝負ありか…。…強くなったな、お前」
「……」
拳が離れた床には僅かにヒビが入っている。
床の材質など知らないが、それでも人ほどの重さが10人以上乗っても壊れ無いはずの床にヒビを入れる一撃。どれだけの内功がその身体に渦巻いているのだろうか。
「……」
「…もう飯も出来るか。机は戻しておく」
くるりと踵を返し厨房に向かう背中に声をかける。
恐らくは分かっているのだろう。自分が怪我をしていないということが。
手加減したら殺す、と言っておきながら多大な気遣いが混じる程の加減をされてしまった。
(昔から…呼吸の間を読むことの才能と…もう一つ。底が知れないことだけは変わっていない。もう私ではあいつの底は見えない)
体格、技術、眼、呼吸。
四つの才能に愛されたガロアは時代が時代ならその体一つで世界の頂に立っていただろう。
(何故この時代に生まれたのか…意味があることなのか…。それに、分かっているのかガロア)
右手を取った瞬間に今まで自分がガロアにしてきたように関節を外すことも出来ただろうし、頭を中心に回転していたあの瞬間に人中に打撃を叩き込む事も出来たはずだ。
あのまま親指も折れていただろうし、掌底ではなく拳で衝いていたのなら肋骨を折ることも出来ていただろう。
何よりも、あのまま掴んだ手を離さずに衝撃を身体の内側に残していればあの場で強制的に引き起こされていたヘーリング・ブロイエル反射により意識は抵抗も許さず刈り取られていたはず。
現実は胸の脂肪に守られ肺どころか筋肉にも響いてない。ただ派手に飛ばされただけだ。
胸の脂肪が無かったところで精々打ち身程度だろう。攻撃された自分がこれだけの事をわかっているんだ。
ガロアは全部わかっているだろうし、もしかしたらそれ以上の隙があったのかもしれない。
(そして最後に私の顔に打撃を叩きこまなかった)
(私の頭を砕かなかった)
当然、世間的に見ても100%正しい判断だし、自分だってあんなことで死にたくない。
だが、そんな正気で以て進めるような選択なのだろうか。自分が所属していたところと敵対するということは。
今ガロアが歩んでいる道は。
(もうお前より弱い私では何も言えん。…でも)
ガロアは分かっているのだろうか?自分の弱さ。怒りの根源を。
それにケリをつけるか狂気に身を委ねない限りは死ぬこととなるだろう。
「……」
「分かった分かった。今行くよ」
バキバキに折れた机を見ながらぶつぶつと言っていると気が付けば真横にガロアがいた。
もうとっくに食事の準備は出来ていた。
(まぁ…ガロアに殺されなくて良かったけど…)
(ん?でも他の奴に殺されるのはもっと嫌だな)
(あれ?なんか変な事考えている?)
「…?」
「…んん?」
「「?」」
丁度二人で同時に首を傾げている時、セレンのパソコンに一通のメールが届いていた。
「なんだこれ。メールが届いてる」
「?」
食後、風呂に入りやることも無いからさっさと寝てしまおうと宿直室に戻るとセレンのラップトップにメールが来ていることに気が付く。
カラードの明確な裏切り者になった自分達に今更メールが来るはずもないし、ミッション連絡ではないのも確かだ。
無題のメールぽつんと未読のままが残っている。
「?とりあえず見てみるか」
「……」
『天下無双になれ
月光を託す
真改』
「?」
「ジャパニーズ…日本語だ、これは。中国の文字にこの丸っこい文字が混じっているのは多分日本語だと思う」
「……」
「世界公用語が英語になった時代にわざわざ日本語でメールを書くか?普通」
幾度もの混乱を経たものの、国家解体戦争以前に経済の中心がほとんど欧州と米国となり、ここ百年の間で英語を話せないものは地球上でもほぼ0と言ってよかった。
日本やインドネシアなどの閉鎖的な島国でも、独特な文化こそあれどそれでもバイリンガルとなっているのが普通であり、他人に送るメールで英語以外を使うのは少々常識が無いと思える。
「……」
「いや、私は日本語は読めないよ。日本語はな…。まぁでもこれだけ短い文章なら…」
画面の上で青く選択された部分が翻訳され、詳しい意味も出てくる。
「天下無双…天の下に双つと無き者。最強の称号、比類なき者、だと」
「……?」
「月光は…普通に月の光だ。ちょっと意味がわからんな?」
「…?」
「真改…少なくともコンピューターの辞書の中では日本国の刀鍛冶としか書いていない。数百年以上前の人物だ。…なんだこれは」
「…?」
「…んん?」
「「?」」
またしても同時に首を傾げる二人は三年間の同居生活で少なからず行動が似るようになっていた。
若干18歳で並ぶ者のいない程の武闘家となっているガロアですが、この異様なまでの力を付けるの代わりにあるリスクを背負っており、それが企業連ルートの最後の方でも表れていました。
ORCAルートではあまり関係ないので忘れちゃって構いませんが、どんな力にも代償がつくものです。セレンがこの若さでこれだけ強いのも物心つく前からひたすら鍛えられたお陰なのですから。
当然ですが、セレンとガロアの使う技は似ています。
ですが、セレンは相手の攻撃を返して相手の身体を破壊する技が得意なのに対し、ガロアは相手の攻撃を受け流して吹き飛ばす技の方が得意です。
あまり本編には関係ないか…
がろあ は げっこう を てにいれた !
一応レギュレーション最新でもアレフ・ゼロに月光を積むことは出来ます。
というか普通にミッションクリアを目指すなら月光の方がいいです。
セレンはガロアが元仲間を殺せないのではないか、と勘づいています。
テルミドールの言う誰にも平等な強さをきちんと最後まで通せるのでしょうか。
次はリリウムの過去です。