Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
国家解体戦争以前。
企業の間で着々と超兵器・アーマードコア・ネクストを一人で操れる一握りの天才、リンクスという存在が発見・認識されるようになってきた頃。
数世紀に渡って軍事兵器開発の名門であったウォルコット家当主夫婦の間から二卵性双生児が生まれた。
後にオリジナルリンクスとなるフランシスカ・ユージーン姉弟である。
その姉弟が両方ともAMS適性を有することが発覚したのは11歳の春。
年齢も技術も全く関係の無い最強の兵器を操る素質をその姉弟が持っていたというのは偶然か。
数世紀に渡る兵器開発販売の繁栄のうらはら、既存の兵器を全く寄せ付けないネクストの開発が進んでいく中でのウォルコット家の立場は非常に危ういものとなっていたのだ。
どれだけ兵器開発に精を入れても敵対する企業や一族に一人でもリンクスが生まれれば完全に力関係は逆転してしまうのである。それほどまでにネクストは既存の兵器から隔絶した存在だった。
そんな中で生まれた二人を両親がリンクスにしない訳が無かった。
二人が15歳の時にとうとう行われた国家解体戦争での戦績も上々、ウォルコット家は一時期の微妙な立場が嘘のようなV字復活を遂げた。
核兵器が台頭していた時代から、いや、そのずっとずっと前から人間の行動は変わっていない。
強い兵器があるのならばもっと所有したい。
その考えは当然のようにどの企業もどの一族も持つようになる。
その結果がテルミドールやセレンのようなクローンであり、リリウムのような存在である。
発想は同じでもリリウムは全く違うアプローチの元生み出された。
それは姉弟の両親が存命だったこと、その両親の元から生まれた二人が二人ともAMS適性を持っていたことから始まった研究である。
ユージーンとフランシスカの遺伝子データを元に父の精子、母の卵子から最も姉弟と遺伝子適合率の高い子を作る。
理想的な精子はすぐに見つかり直ちに冷凍保存されたが、卵子については中々許容範囲内の物が見つかることは無かった。
何しろ月に一つだけのチャンスであり、下手すれば毎日一億以上生産できる男のそれとはワケが違う。
プロジェクトの始動から約8年。奇跡のような確率で理想的な数値の卵子を発見できた。
直ちに受精は行われ、母の胎内で育っていくその女の子こそがリリウムであった。
その時母は47歳、父は51歳。母の閉経はその半年後だった。
ユージーン、フランシスカは共に20歳であり、二人の姉弟に非常によく似たリリウムは両親にとっては少し早い孫のようで、姉弟にとっては妹というよりは子供に近かった。
予想通り、いや予想以上。姉弟を上回るAMS適性を持って生まれたその赤ん坊を両親も大層仲の良かった姉弟も珠のように大事に可愛がった。
姉弟と違って最初からリンクスとなることが決められているリリウムを両親は優秀なリンクスであり既に大人となっていた姉弟の元に預けていた。
リリウムは姉弟のよく言う「間違えてお父さんって呼んでもいいぞ」「内緒でお母さんって呼んでみない?」という冗談が好きだった。
口にはしなかったがリリウムにとっては両親が4人いるようなものだった。
訓練は厳しかったし、戦いも好きにはなれなかったが4人が褒めてくれる、ただそれだけでリリウムは幸せだった。
そんな幸福の日々はリリウム10歳の時たった一人のイレギュラーリンクスにより崩壊した。
BFF本社クイーンズランス、BFF最高リンクスのメアリー・シェリー、南極のスフィアの元で防衛・抵抗を続けていたサイレントアバランチ及び部隊率いるウォルコット姉弟。
その全てがたった一人の男の手により悉く破壊された。
男はただ大切な人を守りたい、失いたくない一心で戦い続けており、その戦いは戦死者の数百倍もの不幸を生み出した。ガロアもリリウムもその一人だった。
「なんなんですか?お父さんは?お母さんは?」
「リリウム様…こちらへ!」
両親は既にクイーンズランスと共に沈み、「これからは私たちがお父さんお母さんだからね」と抱きしめ戦いに赴いた姉弟も既にこの世にいない。
三人のリンクスを抱え強権的な態度でBFFを率いていたウォルコット家は元々難癖は色々とつけられていたが、
姉弟が南極で抵抗を続けたせいでサイレントアバランチもスフィアも失ってしまった、という決定的な理由の元この戦争での損害のほとんどの責任を押し付けられ今日、崩壊しようとしていた。
「い、いや…怖い…」
「貴女がウォルコット家の未来なんです…お願い、走って!」
広い館に鳴り響く銃声。ウォルコット家に10年以上仕えリリウムが生まれたときから傍にいるメイドに手を引かれ走る。
GA雇いのゴロツキ共に来た依頼。
兵器及び設計図の奪取、金品の確保、そして抵抗する者の抹殺。
GA正規部隊では無く雇われ傭兵が来たのは後々に有りうる責任追及を逃れる為であった。
単純に傭兵たちから商品を買い取っただけとでも言っておけばよい。
いつの時代も敗者の扱いは変わらない。
「こちらへ…っ!!」
「あ、え?どうしたの!?アリーシャ?ねぇ、あ、ねぇ…」
「…お願い…逃げて…」
後ろから放たれた乱雑な銃撃は幸か不幸かリリウムには当たらなかったが致命的な器官を幾つも破壊しながらメイドの身体を貫いた。
「いや…血が…」
「………」
背中からどろどろと真っ赤な血を流しながら既に動かなくなったメイドの前でしゃがみ込み震えるリリウムの前に三人の男が立った。
「おい、女まで殺すなよ」
「お前も撃っただろうがよ」
「待て、このガキ、とんでもない上玉だぞ」
太った禿げ頭の男に乱暴に顎を掴まれ血と涙に汚れた顔を舐め回すように見られる。
下卑た笑いをする男に息をするのも忘れ動くことすら出来ない。
「はぁ?まだ胸も膨らんでねぇぞ」
「まぁでもダンナ方に売り飛ばせばいい金にはなりそうだな」
「……」
「震えちまってるぜ…カワイーなぁお嬢ちゃん」
ウォルコット家の虎の子のリリウムはリンクスであることを公表していないどころかその存在すらも外部には隠伏されており、
この子供がまさかウォルコット家の正統な跡継ぎでリンクスであるなどということは男たちに想像すら出来ない。
その存在が隠されていたのは危険に晒したくないという愛情ゆえか、単純な隠し玉として扱う戦略だったのかはもう確かめようも無い。
「…ひ…ひぅ…」
「ちょっとこっちにおいで」
売り飛ばせば金になるどころか同量の宝石よりも価値がある希少な存在だとはつゆ知らずに倉庫へ引き摺りこむ。
「電気つかねーぞ」
「派手にやったからな…で、どうするんだよ」
「……ふっ、うっ…」
「味見」
壁に突き飛ばされ痛みに呻いていると陰に隠れてよく見えないが太った男が下半身を露わにしたのが分かる。
「え…?」
「やめろよ、壊れちまう。価値が下がっちまうだろ」
「今のうちにほぐしといた方がいいだろう?今度一杯奢るからよ、な?」
「変態ヤローが。まぁ好きにしろよ。どうせ歩合制ってワケでもないからな」
「こ…来ないで…やめて…」
意味は全く分からないが、自分の知る男という物とは全く違う恐怖が舌なめずりと共に歩み寄ってくる。
「た、助けて…ディア…」
ずっと手に持って走っていた熊のぬいぐるみも壁際に投げ飛ばされており、辛い時や苦しい時に相談を聞いてくれた彼女は何も答えずにただ虚ろな命のない目でこちらを見ている。
「暴れるなよ、お嬢ちゃん」
その手がリリウムの小さな服を引き千切る。本能か、とっさに胸と股を隠してしまいそのいじらしい行動がさらに太った男の興奮を煽った瞬間。
タカァン
「誰だテメェ!?」
軽く響く音。男には馴染み深い拳銃が発砲される男だった。
「……」
「…こっ…おぁ…」
振り返った時には既に仲間の一人が脳漿をまき散らして倒れており、正体を尋ね終わる前にいつの間にか入ってきた男から投げられたナイフがもう一人の仲間の首に深々と刺さっていた。
一見細身に見える白髪交じりの壮年の男。血なまぐさいこの場に似合わぬ高級そうなスーツに身を包み左目にはモノクルがかかっている。
「てめっ…!」
太った男は激昂し腰に手をやるが、先ほどズボンを脱いだばかりであり、その他の武器も全て部屋の入り口付近に置いてある。
一瞬ヒヤリとしたがよくよく見れば男は左手で杖をついており若くも見えない。
体格に勝る自分なら武器が無くても抑え込めると判断し飛びかかる。
「…大男総身に知恵が回らず、か」
ガガガガッ!
「あがっ!!」
飛びかかる男にモノクルの男は杖を構え目にも留まらぬ速さで突き、四肢の関節を破壊した。
「うぅう…いてぇ…」
「少し黙っていてもらおうか。リリウム・ウォルコットだな?」
「…………はい」
不思議だった。さっきまで歯の根も合わない程に震え、目を瞑れば動かなくなって弛緩したメイドの生気の無い顔が思い出され何もされずとも心が壊れる寸前だったというのに、
今、目の前で繰り広げられた鮮血飛び散る悍ましい光景を前にして震えは止まっていた。
「最初の授業と行こう。これはなんだ?」
「これ…?」
「なんでもよい」
「……」
これ、と言われて冷え切った頭で辺りを見渡す。
血をまき散らし既に動かない死体、呻く男。
耳をすませば銃声に悲鳴は未だに鳴りやまない。
「世界…?」
何か深いことを考えたのでもないのに口を出た答。
「そうだ。どこに行っても変わらぬ。弱者も敗者も奪われ弄ばれる。そうならないためには?」
男は淡々と告げながら拳銃を取り出しマガジンを確認してからリリウムの足元に投げる。
カラカラとやけに軽い音で目の前に落ちたそれはいとも容易く人の命を奪いさる。
「…だ、ダメです…できません…」
銃を手に取ったものの、ここでこの銃を渡された理由は分かる。
目の前で下半身を出したまま転がり呻く男を撃て、と言われているのだ。
「何故だ?こ奴らはお前の家を焼き使用人を殺しお前自身も蹂躙しようとしたではないか」
「分かりません…でも、でも殺したらおんなじに…」
「そうだ。強くならねば自分の大切な者も、その身すらも守れぬ。だが、同じではない。守るためにその力を使うのだ。ただ泣きわめき助けられるのを待つ者は真っ先に死ぬ」
「リリウムの事を知って…」
「お前の父と母から頼まれている。何かあったらよろしく頼むと。だが私は荷物を抱える程お人よしではない。その力の使い方を教える以上の事は出来ん」
「…うぅ…やめてくれ…頼む…」
「……」
「さっさと選ぶことだ。ここで延々と話しているほど暇でもない」
「……あ、あなたは…あなた達は…どうしてリリウムに…リリウムのお家に…」
「知らねぇ…金、金貰っただけだから…頼む…」
「家を壊して!人を殺して!あ、アリーシャも殺して!!勝手な事を言わないで!!」
タァン、と火薬の臭いに紛れて人の命を奪う軽い音が響いた。
「ハァ…ハァ…」
撃っていない。自分は撃っていないのに男の頭には大穴が開きもう動いてはいなかった。
「それでいい。その怒りを忘れるな。そうなりたくなかったら強くなるのだ」
杖の男の右手には硝煙を上げる銃が握られている。リリウムに渡した銃の弾はもともと全て抜かれていた。
「あなたは…」
「私の名は王小龍。一緒に来てもらうぞ」
数年後のある日。
BFF所有の基地にある居住区の一つに14歳となったリリウムは呼び出されていた。
「大人、お呼びでしょうか」
「リリウム、その少年の事を調べてほしい」
「この方は…?」
王が指さす机には一枚の紙が置いてあり、顔写真と名前、出身地などが断片的に書かれており察するに一人の人物のプロフィールなのだという事が分かる。
「先日インテリオルで新たに生まれたリンクスだ。見てみろ、そのAMS適性を」
「……!」
「お前も来年には15になる。兄と姉がそうだったようにお前にも戦場に出てもらう。その前に危険となりうる要素はしっかりと把握しておくべきだ」
「一体…この方は」
「長い間、人を見てきたが…お前を天才というのならば、その少年は何か意味があってこの時代に送られてきた化け物だ。…あくまで数値の上ではな。それ以外のことを調べ上げてきなさい」
「分かりました」
「……」
部屋から出ていくリリウムの方を見もせずにじっと背を向けている王。
ドアが閉まる音と共に振り向き机の中を探る。
口からは血が細い線となりながら垂れていた。
「……う…ふぅ…」
ハンカチで血を拭い薬を服用し、紅茶を一気に流し込んでようやく一息つく。
突然の喀血はタイミングを選んではくれない。
一週間全く元気かと思えば三十分ずっと咳き込みながら血を吐くこともある。
「……」
窓の外に広がる基地を見下ろす。見渡す限りの兵器も人も王の指一本で動かせ、その気になればその兵器すらもやすやすと壊滅できる超兵器をこの身で操ることも出来る。
先ほどのハンカチも紅茶のカップも普通に買える物とは価値が5桁ほど違う。
およそ名誉とか地位だとか呼ばれる物もほしいままにし、金も唸るほどある。
「……」
だが、60を超えてようやく分かった。
自分には何もない。何一つない。
「……」
きっと自分が死んだ日には壮大な葬儀が執り行われるのだろう。誰も悲しまずに。
そして遺した物はハゲタカが死骸をつつく様にして何も残されないだろう。
「……」
人を信じず、信じられず、家族も作らずに裏切り奸計策略…その行き着く果てがこれとはなんともこっけいな話だ。
信じなかった結果信じてくれる者もいない。
「リリウム…」
よい拾い物だと、これを有効に使ってもっと自分の力を誇示していこうと、それくらいにしか思っていなかった。
そんな自分の性格をよく把握しているからこそウォルコット夫妻は自分にリリウムを任せたのだろう。
リンクスの戦略的価値をよく理解している自分ならばリリウムを粗雑に扱うことは無いはずだ、と。
そしてそれは間違ってはいなかったのだが。
「…ふん…まさかな…」
何も残っていない自分の汚い手を握るあの小さな手には全幅の信頼があった。
道具としてしか見ていない自分に何故あのような目を向けられるのだろうか。
どこに行くにも、何をするにも大人大人、と。甘えたい盛りを過ぎた今でもだ。
「……」
この五年間、付きっきりで育て、教育をしてきた中でわかったこと。
それはリリウムが徹底的に戦いには向いていない性格だという事だ。
あんな目に遭いながらも人を信じ、愛してしまう。
人間の善なる部分だけが切り取られて生まれてきたような少女だった。
「……」
どうしてそんな子にこの世で最も罪深い兵器を扱う才能が宿っているのだろうか。
しかし、その反面その才能が無かったらもうリリウムはこの世にいないか嬲られるだけ嬲られて廃人になっていただろう。
あまりにも悪意が過ぎる矛盾。
「……何故…」
自分の性格を知りつつも、強くあらねば、価値が無ければ生きていくことすら難しいこの現状を理解し淡々と訓練をこなしていくその様は見ていて痛々しくすらある。
その姿と純粋な目は王の猜疑心と欲に凝り固まった心を日に日に溶かしていった。
今まで誰にも負けずにこの地位まで登り詰めた王の世界を壊したのは今まで出会った中で一番弱い存在だった。
「……う…」
本当ならばもう訓練などもやめにして普通に生かしてやりたい。
だが、その才能も周りに知れ渡ってしまった今、そう生きることも許されない。
いや、自分が生きているうちはそんな我儘が許されても、自分がいなくなればそれこそハゲタカに啄まれていく遺した物の中にはリリウムも含まれるのだろう。
「…あり得ぬ…あり得ぬだろう…」
また流れてくる血をハンカチで拭い乱暴に屑籠に投げ捨てる。
自分がいなくなっても生きる力をあの子に授けてほしい。
その為には災厄の象徴に乗せて一番危険な場所へと送り込まなければならない。
ひたすら厳しく訓練をするしかない。
これまで悪事に散々用いてきた頭脳はこんな時に限って何の策も出してはくれない。
「せめて…」
まだ。まだ、今の内なら自分もネクストに乗れる。
あの子が一人で立てる様になるまでは自分もネクストに乗って守っていく。
乗れば乗る程寿命は縮まるだろう。それでも。
もう自分にはそれ以外の方法が思いつかないから。
(おい…あれ…)
(しっ…目を合わせるな…)
(王の新しいオモチャかよ…まだガキじゃねぇか…)
(いくぞ…)
「……」
すれ違う人が自分を檻に入れられた猛獣でも見るかのようにちらりと見ては去っていく。
また大人の悪口を言っているのだろう。言い返せない自分がちょっと嫌になるが、大人自身は何も言わなくていいと言っている。
(…どうして?)
散々悪評の聞こえる王小龍だが、リリウムの目にはどうしてもただの寂しそうなおじいさんとしか映っていなかった。
何がここまで彼らを怯え竦ませ評判を落としているのか。リリウムにはわからない。
「……」
王と出会ったあの日から一年ほどは夜泣きが酷かったらしい。
らしい、というのは自分ではそんな記憶がさっぱり無く、王から言われて知っただけだから。
ただ、一つだけそれを裏付ける確信のようなものがある。
酷くおぼろげな夢。
不協和音のような銃声が鳴り響く中をひたすらに走っていた。
目の前で自分の手を引き走る女性の脚にぬたぬたと何かが絡みついて倒れこむ。
どうしてかまともに呼吸も出来ず、走る気力もわかずに女性の前で涙を流す事しか出来なかったが、それでもぬたぬたと絡みつく何かはとうとう女性の身体を完全に包み込んでしまい、
自分の脚にまで迫ってきた。とうとう動きたくても動けなくなった瞬間に大きな手が自分の手を掴んで足も地面につかぬ速度で引っぱっていく。
自分の身体に纏わりついていた何かは剥がれ落ち、流れる空気が風となり肺に流れ込んでいつの間にか息も出来るようになっていた。
ひんやりとした汗が身体をべたつかせる中、目を覚ますと、自分のベッドの傍の椅子に腰かけ、左手を握ったまま片手で杖をつきフクロウのように眠っている王の姿があった。
記憶はその一度限りだが、それまでもずっとそうしてくれていたに違いないと、左手の感触とカーペットについた椅子の脚の跡が教えてくれた。
「……」
最初は王の傍にいなければ歩くことも出来なかったBFFの基地を胸を張り堂々と歩く。
王の道具だとかオモチャだとか囁かれていることはどうだっていい。
大切なのはあの日、王が閉じかけた自分の世界を壊して助け出してくれたのだという事実だけだ。
「……」
戦いは好きではないが、それでも最近調子の悪そうな大人を守るためならばあの巨人に乗り込む日が来ても怖くない。
いつまでも守られているのではなく、いつか自分を救ってくれた恩を返したい。それだけだ。
「よし!調べます!」
鍵を開けて情報管理室に入る。自分には珍しく気合を入れる声なんてあげてしまった。
「…どうしましょう」
気合を入れたのはいいが、調べろと言われても漠然としすぎてどこから手をつけていいのか分からない。
暫く紙を眺めてあることに気が付いた。
「……あれ?」
ガロア・アルメニア・ヴェデットと名前はなっているが、母の欄に何もなく、父の欄にアジェイ・ガーレとあるのみ。
「養子?」
苗字が完全に違うし、もっと言えばその名を聞く国すら違う様な気がする。
「…単語『アジェイ・ガーレ』を含む言葉をすべて出してください」
ぼんやりと白く輝く画面に声をかけると数秒のローディングを経て検索結果が表示される。
「多すぎます…。…じゃあ、この人とこの人」
ぶわっと出てきた人物一覧から何人かを適当に指さし情報を見る。
どうも旧ネパール周辺によくある名前のようだ。
「…『アルメニアの地図』」
今度は量も多くは無く、瞬時に表示される。
東ヨーロッパ周辺の地図と共に中心に旧アルメニア王国が出るがそこでまた変な事に気が付く。
「出身がロシアのムルマンスク?」
出身国をミドルネームとする風習は国家解体戦争以降に自分の出身を主張するために急速に広まったが、名前と書いてある出身、親の名前が全く一致してこない。
顔を見るとオランダ系の赤い癖毛に灰色の眼。まさか全部デタラメに記入してあるのだろうか。
「……?」
一向に情報が纏まらず、ほけっとその顔を見ていると眼の部分にインクが滲んでいることに気が付く。
「??あれ?違う?」
眼だけ、それも両目が滲むなんて変だな、と思いよく見ると滲んでいるのではなくその眼にいくつもの渦が巻いているのだと分かった。
(変な眼…)
「…『ムルマンスク』」
とりあえず育った環境でも見てみるかと思い情報を呼び出す。
人口は完全に0。
数年前まではまだ人が住んでいたようだがテクノクラート・アルゼブラの支配を逃れている代わりに配給も流通も無く、
調べれば調べる程不便さにかけてはこの下がないほどの街であり、住んでいる者も相当な頑固者か変人としか言えない。
その数少ない者達も少しずつ他の街やコロニーに流れ、リンクス戦争の汚染を境に残った者もクレイドルに乗せられ完全に無人の街と化している。
写真を見れば別に汚染が進んでいるという事も無いのだが見渡す限りの雪に包まれた針葉樹林にツンドラオオカミや時々白熊、
いかにも冷たそうな川などどう考えてもまともな人が生きていける環境ではなかった。
「……」
行き詰った。
もっとこう…別のアプローチは無いのだろうか。
「…どうしてリンクスに?」
もしこんな辺鄙な場所に住んでいるとしたらリンクスなど頭にも浮かんでこないはずだ。
なにせこんな戦略的価値の無い街にはネクストどころか兵士の一人すら攻めてくるはずがない。
食料を求める盗賊などが来るかもしれないがそれでももっと栄えた場所を襲うだろう。
普通に生きていればアーマード・コアなるものの存在を耳にしているかいないかがぎりぎりの線だ。
「…育て親がリンクス…軍関係者、とか?『アジェイ・ガーレ リンクス』」
「!」
一件、一件だけが該当した。いきなり大当たりだ。
「でもそんなリンクス聞いたことも…あ、偽名!?」
王もリリウムも本名だが最近のリンクスの中では偽名を使う者も珍しくは無い。
該当者のプロフィールのウィンドウを開き詳しく見る。
『アジェイ・ガーレ
旧イクバールの最高リンクス・サーダナと同一人物
バーラッド部隊隊長 数学者 神学者 配偶者は無し
CE15年 ゼクステクス世界空港をバーラッド部隊を率い襲撃したがマグナス・バッティ・カーチスに撃破され死亡した 享年46歳』
「!!!」
線が繋がった。
「この方は…!」
時々は考えていたことだ。
ついにそれを実行するまでの怒りを持てなかったし、そうできない自分を情けなく思った日も多々あった。
自分の家が崩壊した元凶を考えれば間違いなくその男だと言えるのに、とうとう真っ当な怒りをぶつけることも出来ずにこの日まで来てしまった。
リンクスになってアナトリアの傭兵に復讐すること。
王がそんなことは考えていてはキリがないから放っておけと言っていたのも事実だろうが、それよりも現存するリンクスの中で間違いなく一番危険な相手という事実の方が大きい。
それなのにこの少年は一人で立ち向かおうとしている。自分にはない感情、怒りにかられて。
「…映像記録を…」
スパイから送られてきているインテリオル管轄街の出入者の映像を遡って調べる。
ちなみにこれくらいの情報の偸盗ならどの企業も行っており、それは暗黙の了解とされている。
盗まれてもあまり不利では無い情報と絶対に盗まれたくない情報という物が存在し、出入者の映像自体は前者、この少年の情報は後者であろう。
「……!小さい…?」
紙に書いてあることが正しいのならば自分と同い年のはずだが随分と小さい。
と言うよりも戦闘全般に向く体格には全く見えない。
ガラガラと身体と同じくらいの大きさのトランクを引き摺り街へ入っていく。
「金属探知」
映像が黒と白の輪郭のみになり、ぼんやりと金属が白く浮かび上がる。
銃や刃物の類は身に着けていないようだが、トランクに軽く1mはありそうな金属の輪郭が浮かぶ。
トランクの中身はほとんどそれで埋まっており、どちらかと言えばその荷物に合わせて大きなトランクを選んだ印象が持てる。
「…?ブーメランでしょうか?」
あんな大きな金属のブーメランがあるわけ無かろうと王がいたら呆れながら言いそうだが、リリウムはしばらく考え込んだ後にこの形をどこかで見たことを思い出した。
「あ…!『ネクスト アートマン』」
何度もシミュレーション内で戦ってきた最高峰ネクストの画像を出す。
「頭部のスタビライザー!」
もう今では電子の世界にだけある企業が生産していたスタビライザーの形は先ほどの少年が引き摺っていたトランクの中の曲線と完全に一致していた。
早足で駆けながら王がいた部屋へと入る。
この衝撃を上手く伝えられるだろうか。
この広い世界にはこんな人もいたのだと。
「何かわかったのかね」
「この方の目的はホワイトグリントの撃破です」
ぴくっ、といつからか刻まれていた王の皺が動く。
「何故だ?」
「この方はリンクス・サーダナの子…恐らくは養子です」
「奴が…?」
王はもう10年以上会っていないサーダナの顔を思い浮かべながらその尊大な態度や話し方を思い出す。
出会う者の大半は彼の持つ地位と雰囲気に飲まれ騙されていたのであろうが、自分には分かる。自分と同じだ。
人を信じられず、人を信じず、取り繕った自分しか人に見せられない現代人としての落伍者。偽りの塊。
そんな男が血も繋がっていない子供を育てるなどと、冗談もいいところだ。
「あり得んな、同姓同名の別人だろう。奴の性格はよく知っておる」
「……」
「なんだね?」
同族嫌悪なのだろう、つい感情が籠って吐き捨てる様に言うとリリウムはそんな自分を見て小さく笑っていた。
「それはどうでしょう?人は…変わっていく物ですから」
「………間違いではないな」
ついさっきまで自分が考えていたことも、過去の自分が見たらあり得ないと吐き捨てていたのだろう。
だとしたら、サーダナも変えられたのだろうか。この少年に。
「しかし、なぜホワイトグリントの撃破だと思うのかね」
「リリウムがもっともっと不幸に不平に怒りをぶつけられる人間だったなら…そうしていると思いますから」
「…詳しく話してみなさい」
「一時期はアナトリアの傭兵を恨もうとしたこともありました。ですが…」
「……」
「調べれば調べる程、分かるのはただ彼が必死だったという事だけ…。私利私欲の為に戦うのではなく、ただ大切なモノを守りたかっただけ…それしか見えてきませんでした」
「……」
「大人の仰る通り、人の中にも獣にも劣るような者もいるとは思います。そういった獣から身を守るために力をつけなければならないことも。…でも…リリウムはこの力で『人間』を殺せません…」
「…結局、最初に出会った時も我が身の不幸よりも物や人が身勝手な理由で破壊されていることに怒っておったからな、お前は。…では何故この少年はアナトリアの傭兵に立ち向かおうとしていると言いきれるのかね」
「ある日突然自分にとって大切な方が殺されて不幸に叩き落とされる…リリウムもこの方も同じです。何もしていない…ただ生きていただけなのにいきなり地獄に落とされた事への怒りはよく分かります」
「……」
「それでも普通に生きてきて、ラインアークの守護神となったホワイトグリントの噂を耳にし姿を見たらどう思うのでしょうか。企業側のリリウムでもアナトリアの傭兵の行動は正しいと思ってしまうのに」
「自分の大切な者を殺され、その相手は英雄と讃えられあたかも正義そのものであるかのように扱われる。自分にとって大切な者が殺されたのが正しい理由なのか、そうでないのかは重要ではなくて、
突然奪われた上に相手には何の裁きも下らずに讃えられ、自分だけが弱い立場のまま…悪であるかのように扱われる。そんな状況が堪らなく許せなくなったのだと思います」
「…最初の授業で『その怒りを覚えていろ』と言った理由がわかるかね」
「はい。怒りはその人そのもの…身を焼く怒りは偽れず、その人がどういう人物かを如実に示すからではないかと思います。…きっとこの人は…もう一人のリリウムなんです」
「お前はお前だ、リリウム。怒りが人を表すのならばその怒りを飲み込み先に進んでこそ人は人として成長していけるのだ」
「大人がそう言ってくれるのは嬉しいんです。でも…少しだけ…この人が羨ましい…」
「……」
修羅の道か人の道かを問うのならば、やはり人の道を生かしてやりたい。
しかし冷たい機械のように怒りを忘れていてはいずれ人ですら無くなるのもまた事実。その先に待つのは生臭坊主の語る釈迦ぐらいか。
リリウムは揺らいでいる。この少年から何かを感じ取ってほしいと思う自分もあれば、絶対に見習ってほしくないと思う自分もいる。
「いずれ…敵対することもあるやも知れぬ。その日に負けぬように訓練には手は抜かん。よいな」
「はい、王大人」
季節は瞬く間に過ぎていき、リリウムも17歳。カラードランク1からは転落したもののそれでも不動のランク2としてカラードの顔となった頃。
あの少年はカラードにいた。
あ、カニス!
……
ようお前、前評判は聞いているぜ。仲間が必要な時は俺を呼べよ。楽させてやるぜ
……
やんややんやと騒ぐ二人の少年の間で一人、明らかに周囲の温度と違う蛇のような静けさと冷たさの少年が見える。
影からそっと様子を見ていたが、どうやら喋れないという情報の確かさ以上に根っから泰然自若な性格のように見える。
だがそんなことよりも…
(大きい…!背が伸びている!あの時よりもずっと!)
隣の変わった格好した少年も中々ひょろりとした長身ではあるが少なくとも上背では劣っていない。
まだパイロットスーツのままなのがちょっと不思議だが、その上からでもはっきり分かるくらいに引き締まった筋肉に包まれた身体。
(たった三年で…)
身長の伸びは年齢が年齢だからまぁ置いておくにしても、厚着をしていても隠せなかったあの痩せぎすの小さな身体が三年でここまで変わるのは尋常な事ではない。
鍛えたのだろう、想像を絶するほどに。その日々を支えてきたのが狂おしい程の怒りだとしたら…
とくん、と一つ大きく胸が高鳴った。
(…?何か不思議な感じ…。とりあえず声をかけてみないと…)
「あの、少しよろしいでしょうか」
「!」
「リ、リリリリリリリウム様!はっはは初めまして!俺、ダン・モロっていいいます!あなたのファンです!」
「存じております。初めまして、ダン様」
「……」
(声をかける前からこちらに気づいていた…?)
顔を赤くして押し黙る・騒ぐ二人の間で静かにこちらを見つめる眼は何かを言う前からこちらを見ていたような気がする。
「ガロア様、初めまして。リリウム・ウォルコットと申します。突然不躾ですが、リリウムと同い年のリンクスと伺いまして…どうでしょう?一緒にお食事でも」
「はいはいはいはい!!行きます!俺、どこにでも行きます!食事!食事行きます!」
「お前には言っていないだろ…」
「……」
あたふたする二人とは対照的に表情も変えずに頷いてただこちらを見るだけ。
だがその渦巻く灰色の眼の奥には隠しようの無い感情が見えている。
怒り狂う鬼などでは無かった。だが先ほどの冷たく静かな蛇のようだという感想も全く的を射ていない。
静かな眼の奥には押しとどめられ極限まで濃縮された、全てを焼き切る青い焔ような修験な光が剣呑に輝いている。
とくん
(…?また…)
「行きましょう行きましょう!リリウム様!行きましょう!!」
「は、はい」
邂逅のようで必然、もう一人の自分との出会い。
もしかしたら自分が歩んでいたかもしれない道を行く少年との出会いは僅かな火照りをリリウムの心に残していった。
ガロアはリリウムが持っていないものを全て持っています。
そしてリリウムはそんなガロアに、出会う前から淡い憧れを抱いていました。
裏を返すとリリウムはガロアが持っていないものを持っているということでもありますが、しかし超自分主義のガロアはそれに気付くことはありませんし、
リリウムが自分に対して抱いている感情に気が付くこともありません。
性犯罪被害に遭いかけたことはリリウムのトラウマになり今まで自分によってくる男を好きになったことはありませんでしたが、
ガロアが自分にそもそも興味がないということが逆にリリウムがそんな感情を抱くきっかけになってしまいました。とことん報われない恋です。
そして次のミッションでガロアとリリウムは戦う事になるのですが…
どうなるんでしょうね(すっとぼけ)