Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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衛星軌道掃射砲防衛

『凄いというか…信じられんな…これは』

 

「……」

衛星軌道掃射砲攻撃作戦が開始されたから守ってくれ、と言われ戦場に辿り着いて早10分。

何か手違いでもあったのか敵が現れる気配はない。

 

『調べて分かった。真改という名前のリンクスがレイレナードにいたのだな』

ブレードを変えたと出撃時に告げられ、何勝手な事をしてくれるんだ、という怒りも取りつけられた『それ』を見てすぐに引いてしまった。

レイレナードがオリジナルリンクス、アンジェの為だけに生産した根本から発想の異なるブレード、MOONLIGHT。

 

『手に入れようと思っても手に入る物ではないぞ』

 

「……」

ブレードの中にそのまま小さなジェネレーターを埋め込んでしまうという思いついても普通はやらない考えから生まれた一振りは、

普通のブレードよりも重いものの、全くエネルギー消費が無く、それでいて威力・範囲共に桁違いの名刀である。

その上通常のブレード同様に機体からエネルギーを回せば刀身の長さは一時的にネクストよりも大きくなるという信じられない機能まで備えている。

ただし量産するには需要に対しあまりにもコストがかかりすぎる為、レイレナード無き今、ムーンライトは生産されていない。

 

「……」

重量が変わり微妙にずれた重心に慣れるために敵が来るまでの間ブレードを振り回していたが、そろそろ納得の行く振り方も出来てきた。

…それにしても敵が来ない。もう一度空気を薙ぐと通った線がムーンライトの熱で景色ごと歪んだ。

 

 

 

 

 

 

「…どういう考えがあってのことなのだか…」

三つあるうちの衛星軌道掃射砲のうち、湖を挟んでこちら側に一基、向こう側に二基あり、

自分のネクスト、月輪は一基を、アレフ・ゼロは二基の防衛を担当することになる。

守る数は実力で決まったというよりも機動性から決定された。まぁその点には全く文句は無い。

いざとなれば飛んでいく速度で勝負が決まってしまうのだから。

 

『……』

 

「……わからんのう」

寡黙で常に何かを考え込んで全く人に心を開かない男、真改が何を思って二つしかないムーンライトの片割れをあの少年にくれてしまったのか、その意図は理解できない。

 

『……』

 

「…だが、なるほど…」

その理由は分からないが、こうあるのが正しいと考えてしまう。

アレフ・ゼロが先ほどから素振りめいたことをしているが、あの紫電のブレードを装備している姿の安定さ…得も言われぬ一体感。

動かず停止している姿も、ブレードが空を切り裂く姿も完成された造形の芸術品のよう。

一度しかあの少年に会っていないが、どうしてか刃物が良く似合う様な気がしたのは何故なのだろうか。

 

「…いるのよな…たまにああいう輩が…」

重たいブレードを腕で振るのではなく身体全体を余すところなく使って振りぬいている。

その身体の使い方もバランスも勘が教えてくれているのだとしたら、それは武器に、ブレードに愛されているとしかいいようがない。

…見てみたい。彼が敵を切り裂く姿を。きっとそれは血なまぐさい戦場の風景の一つとは思えない程奇麗な光景なのだろう。

 

「…!来た!囲まれておるぞ!」

 

 

 

 

『囲まれておるぞ!』

 

『ようやく戦闘開始か。ノーマル多数接近』

 

「……!」

来たか。わらわらと蟻のように頭数そろえてノーマル共が。

 

『ひっ…アレフ・ゼロだ…!』

 

『退くな!数で畳めばそれでおしまいだ!』

 

(……?)

セレンの声も敵の声もほとんど聞こえていなかった。

ムーンライトが敵が現れると同時に歓喜するように震えはじめたのだ。

驚く間もなく、剣に引っぱられるようにアレフ・ゼロは前に踏みだした。

 

『あ…?』

 

『あ…れ…』

 

五機のノーマルが一気に機能停止に陥った。

最初のノーマルが崩れ落ちる前に五機目のノーマルはコアを切り裂かれ、動かなくなったノーマルの中で二機は斬られているというのに倒れもせずに立ったままその場で止まっていた。

 

「…!……」

格別に重い剣だった。腕で振っていてはダメなのだと理解する。

ブレードが行こうとするべきところへ空気を邪魔せず弛緩させた身体ごと使って導く。

何故ブレードがここまで自分から動こうとしているように感じるのか、ガロアは理解が出来なかった。

 

『な、なんだよこいつ…』

 

「…、……??」

もっとだ。もっと上手くこのブレードを使える。もっと斬ればきっともっと上手くなる。

そう自分が感じていたことにガロアは数秒して気が付いた。まるでブレードがこちらをも操ろうとしているかのようだった。

 

『おかしいですよあいつ!!滅茶苦茶動いたと思ったら急に止まって!!』

 

『退くな退くな!!休めるな!!畳みかけろ!』

 

「……」

 

 

3分後、そこには40機のノーマルの残骸が転がっていた。

 

『なんだあいつら…目標は衛星軌道掃射砲の破壊だろう?何故お前に向かってきたんだ?』

 

「……」

人間は本能として恐ろしいものに対峙した時に目を離すことが出来ない。

目を離した隙に飛びかかられたら、恐ろしい目にあわされたら。

そんな迷妄した考えが頭の中を埋め尽くし結果、最悪の結末を迎えることになる。

敵わぬとわかれば一目散に逃げ出す、そんな臆病さがある者はこの戦場にはいないのかもしれないが。

 

「……」

そんな事実はともかくとしてばったばったと斬り倒していくうちに改善されたブレードを振り、じんと痺れる左腕を見ていると…

 

『アームズフォートだ!もう一基の掃射砲に向かっている!』

 

「…!」

目をやると確かに水平線の彼方から円形をした巨大な何かがこちらに向かってきており、急ぎその場へオーバードブーストを吹かし飛んでいく。

 

『イクリプスだ!ここは一端距離をとってロケットで…』

 

「!!」

セレンの声が完全に届く前にガロアはほとんど無意識のうちに空に飛び出していた。

 

 

 

 

 

「え……?」

オーバーヒートの情報が伝わってきた。

ジェネレーターが過剰消費されたエネルギーに耐えきれずに蒸気をあげて停止している状態になっていることを告げている。

それでも数秒で収まるのだろうが、戦場で数秒間ブーストを使えずに突っ立っているなんて論外だ。

 

「お前なんでこ…!…イクリプスが…」

着地して動かなくなったアレフ・ゼロを見て声をあげた瞬間、すれ違い、掃射砲に向かって飛ぶイクリプスがパンケーキのようにぱっくりと真ん中から斬り割られ墜落していくのを見た。

 

『……』

 

「なんて奴だ…いや、ブレードが凄まじいのか?」

少々無茶のきくジェネレーターを一瞬でオーバーヒートさせるほどのエネルギーで以て一刀両断。

リスクもリターンも大きいがどちらにしろ正気の沙汰ではない。

 

『……』

だがそれはガロア自身もまともな考えだとも思っていなかった。

斬り終わり、機体が動くようになった今、なんて馬鹿げたことをしたんだと震えたくらいである。

すれ違うほんの一瞬の間にガロアの頭の中を巡った様々な考えが左手のブレードに握り潰され勝手に身体が動いた。そんな感覚。

 

『やっぱりとんでもないわね、貴方』

 

『…!』

 

「!誰だ貴様」

墜落したイクリプスの残骸からラクダ色の細身のネクストが飛び出してくる。

 

『初めまして。私はリザイア…って言ってもわからないわよね。貴方、他人に興味なんて無さそうだもの。でも、私はずっと前から貴方を知っている』

 

『…?』

 

「どういうことだ」

戦場で敵からの通信は珍しいことでは無いのだが、何故かセレンの鼻頭がひくつく。

話し方か?距離感か?何故か分からないがこの女は『自分』の敵であると勘が断じている。

 

『例え口が利けなくとも…あんな鳴り物入りで入って戦績もパーフェクト…目立たない筈がない。でもそんなことはどうでもいいことでね…』

 

『……』

 

「…?」

 

『毎週日曜日はよく図書館にいたでしょ?私も本が好きで…そこにいる貴方をよく見ていたわ』

 

『…?』

 

「あ゙~?何が言いたいんだ貴様」

こんな声が自分でも出せるとは思わなかったという程ドスの入った声を出してしまう。

 

『でもね…これも同じくらい好きなのよね』

ブンッ、と右手に持つブレードを目にも留まらぬ速さで振り砂を焦がす。

 

『……??』

 

(なんだこいつ)

 

『大学を出て…企業に就職して…なんでこんなことをしているのか…。貴方ならわかるでしょう?理知の光と蛮性は矛盾しない。図書館で見かけてすぐに分かったわ。

あなたの内側にある獣性。一見冷静な人に見えても渦巻いているのよ。自分と相手ならどちらが強いのか。示したい。力と血で以て…ってね。同類よ』

 

『……』

 

「戦場なんだから殺し合うのは当たり前だろうが」

などと口で言いながらもこの女の言っていることは分かる。

つい先日、食堂でガロアと対峙した時に湧き上がった静かな激情。

どちらが強いのか?自分と相手、どっちがより優れているのか?確かめたいと希求する本能。

 

『戦う為に全てを捨ててリンクスになったのに…活躍すればするほど、ランクを上げればあげる程ミッションに出してもらえなくなっちゃってね…だからそのランクでカラードを裏切った貴方が羨ましい』

 

『……』

 

「……」

 

『でもね、感謝もしている。貴方がオーダーマッチでいつか挑戦してくる日を楽しみにしていたけど…敵に回ったのならもう言うことは無いわ』

言葉と共に左手のショットガンを明後日の方向に投げるリザイアのネクスト、ルーラー。

 

『……』

 

「これは…」

先日のトラセンド戦の再現か?何がどうなっているんだ、と混乱しているとアレフ・ゼロも右手のマシンガンを砂に突き刺し手放してしまう。

 

「馬鹿野郎!そんな誘いに乗る必要があるのか!?」

矛盾している。分かってはいるがガロアの身を案じる一心で口から出る言葉は考えと真逆となる。

 

『嬉しいわ。でも、近距離戦に特化した私の機体の方が有利なのは明白』

 

『……』

 

『だから…戦場の常。私を倒せたらそのまま私を好きにしてちょうだい。…私は…あなたに抱かれたいの』

 

『????』

 

「だーっ!!なんだお前は!!」

机をどかどかと叩きながら叫ぶ。

今ここにネクストがあったら乗って飛んでいき即ぶっ飛ばしてやりたい。

この女は徹底的に私の敵だ。ずっと一緒に暮らしていて分かったのだ。ガロアは不思議なことに恋も性もほとんど分かっていないらしい。

そりゃいつかはそう言う事を学ぶ必要もあるのだろうが、今こんな女に接触するのは免許取りたての子供をF1マシンに乗せるような物だ。害でしかない。

 

『うるさいわね…誰よ貴女』

 

「オペレーターだ!!オペレータァーっ!!私のリンクスを誘惑するな!!淫売め!」

 

『失礼ね。これでもこの年までそれなりに綺麗に生きてきたつもりよ。…さぁ、とことん殺り合いましょ!!』

 

『……』

 

(…?どうしたんだ?ガロア)

当然のことだが、ガロアからの通信は沈黙しか返ってこないが、小さく溜息が聞こえた。それはまるで目の前に現れたルーラーに一切興味が無く、「つまらない」とでも言っているかのようだった。

 

 

 

 

戦場に似合わない会話が繰り広げられる少し前、アレフ・ゼロがノーマルの大軍をなぎ倒していく中、

ネオニダスのネクスト、月輪も同様に迫りくるノーマルを撃破していた。

 

「少しつまらんなぁ」

ちらりとアレフ・ゼロに目を向けると明らかにこちらよりも多い…下手すれば倍近くの数のノーマルが詰めかけている。

おまけに遠くの空に見えるあの機体は年でボケた目のせいとかなければアームズフォートだろう。

それだけあっちの方が危険視されているという事なのだろうか、と少しだけ拗ねているとバシュン、と耳に音が届いた。

だが歴戦の戦士として優れた勘を持つネオニダスはその音が耳に届く前にもう回避していた。

 

『……』

見上げれば太陽を背にする形で細身ながら優美な姿をした薄紫のネクストがいた。

100人に聞いたら100人が女性が乗っていそうだと答えるそのネクスト、アンビエントに乗るリンクスこそリリウム・ウォルコットである。

 

「ほほ。お嬢ちゃん、王小龍はどうしたのかね?」

 

『大人は…体調が悪く臥せていらっしゃいます』

 

「ほぉ。あの男が人に弱みを見せるとはな」

 

『これ以上お気を崩されないようにするためにも…あなた方はここで排除します』

若干17歳ながら事実上のカラードのトップに立っているだけはある、立派な圧は例えORCAの猛者を率いていたとしても勝負は怪しいだろう。

どうにも気にくわなかった王も、人に物事を教える才は認めねばなるまい。

 

「…ならんのう…。私はあの子らの行く末を最後まで見届けると決めとるのよ」

 

 

 

 

対岸でもネクストの戦闘が開始され、いよいよこの戦場も大詰めとなっている中、リザイアは心中の苛立ちと不安を隠せなくなってきていた。

 

『……』

 

(また…!!)

この勝負は公平なように見えて実にリザイアの有利になる様に仕組んでいた。

まずショットガンを放ったはいいが他の武装は手放していない。

当然、この後も戦場に残るであろうアレフ・ゼロがほいほいとつけたり外したり出来ない背部の装備を外すはずも無いが、

飛び道具を捨ててブレードのみと一見公平に見せかけて、背部に取り付けられた重たいグレネードとロケットが枷にならない筈がない。

ルーラーに取り付けられた軽いミサイルとレーダーと比べれば天地の差だ。

それに加えて軽量級のルーラーでは中量級のアレフ・ゼロと元々のスピードが違う上に肩に取り付けられた追加ブースターがある。

これはまだオーメルのリンクス、つまりオッツダルヴァと自分以外には明かされていない秘密兵器であり、オッツダルヴァが消えた今それを知るのは自分のみの隠し玉だった。

相手が引かずにブレードに応じてくれると言うのならばバックやフロントのブースターより遥かに重要なのがサイドのブーストのはず。

あちらは当然のように肩部のフラッシュロケットは使っていないがこちらは堂々と追加ブースターを使っている。

使うな、と言われてもオートで発動するのだから無理な話だが。

さらには刀身は短いが居合い刀と呼ばれるほど出の速いブレードを用いている。

これだけ有利な条件が揃っているというのに全く優勢では無く…いや、驚異的な回避性能のお蔭で直撃こそしていないものの劣勢なのは間違いなく自分だった。

 

切っ先が音速を超えていることを示す音が聞こえる。今の斬撃だって間違いなく下手くそな物では無かったはずだ。

 

(また…!どうして!?)

攻撃の悉くが躱される。

実のところ、近接戦を申し込んだのは、アレフ・ゼロの汎用性、ミサイルを全て見切る眼のよさなどを把握し、それならばいっそブレード一本の方が勝率があると見込んでの申し出だったのに。

さらに踏み込んで斬りかかると一歩動いただけで避けられて敵のブレードが飛んでくる。信じられない圧力だ。

 

「くっ…!!」

アレフ・ゼロはほとんどその場から動いていない。ただ首がこちら側を向いているだけ。

スピードで劣るのだから釣られて動き回らないのは当然の選択だと分かってはいても、周囲をぐるぐる踊らされていると思うと頭に血が上る。

斬りかかった所を躱されてカウンターでブレードが飛んでくる。

不満を口にしたりはしないが、ブレードの色も範囲も明らかに動画で見たものとは違う。裏切ってから装備を変えたというのか。

しかし、だからと言って普通の勝負になれば空に浮かんだまま帰ってこないでずっと爆撃されるだろう。不利なのは明白だ。

 

多少のリスクを冒して一気に踏み込み三回腕を振ると指揮棒を振りまわした時のようにヒュンヒュンと高い音が聞こえた。つまり当たっていない。

 

『……』

 

(……!)

その全てが躱されたが確かに見た。一撃目を躱した直後に二撃目を振る前には躱せる場所に立っていたのを。

 

(眼…眼がいいんだ)

だが、いかに動体視力が良いと言えどクイックブーストに乗せて放たれたブレードの切っ先はマッハ4は超えている。計ったことは無いが。

そんなものを見切れる生物がこの世にいるはずがない。となると…

 

『……』

 

(起こりを見られている…)

攻撃が始まる前の身体の動き、意識の先端を捉えられてしまっているのだろう。

先ほどから息も上がってしまい平静からは遠い状態だ。

 

(整えなくては)

一旦動き回るのを止め、息を吐いた瞬間

 

(!!)

アレフ・ゼロの機体がピクッと微かに震えるのを見て反射的にブレードを振った。

 

ガッ

 

(しまった!!)

横薙ぎに振るったブレードは完全に空を斬り、しゃがみ込みながら脚に放たれた蹴りに思い切りつんのめり無様に転げる。

 

『……』

 

(危なかった…!)

普段の癖で斬りこむ時にクイックブーストを吹かしていたお陰で転んだ後もその勢いでアレフ・ゼロの攻撃範囲外に逃れられた。

過剰な反応だったかもしれないが、それでもあんな一撃死のブレードを持った機体が少しでも動けば反応してしまうのが当然だろう。

 

(私より10も年下の子供に!)

悔しいが翻弄されている。あのブレードから目を離せないしこの距離であの左手を動かす事は言葉の無い恫喝に近い。

 

『ブレード以外も使った方がいいんじゃないか?』

 

『……』

 

「うるさいっ…!」

相手のオペレーターからの嘲笑交じりの声にいら立ちを隠さずに答える。

それ以外の武器を使ったら圧倒的に不利になるのは自分なのだ。

だからといってアレフ・ゼロのように蹴りや拳で殴るなどの真似は付け焼刃ではできない。

 

(というかやらないのよ…普通は!)

腕が、脚が当たる距離ならば斬った方が断然いいのだから。ブレードを持っているのなら誰がやったって当然斬るに決まっている。

蹴られたり殴られたりすれば多少はびっくりするし、ネクストならば衝撃が伝えられて痛み苦しみはあれどやはり斬られた方が怖い。

どう考えてもネクストで人間のように格闘の練習している方がトチ狂っているのだ。

 

(だけど…)

認めるしかないだろう。その理外の修練こそが、アレフ・ゼロの説明不能な不気味な強さに繋がっていると。

 

『……』

 

(その代り…見えてきた!)

ルーラーの超音速のブレードと違い、刀身に差があるとはいえアレフ・ゼロのブレードの速さは全く見えないという訳ではない。

ここまで何回も踏み込み、ぎりぎりで避けてきた甲斐あってようやくその刀身の長さが計れた。これならもう見切れる。

 

(ここから反撃を……っ!!)

 

ザンッ、とここに来て初めて何かが切れる音がした。まだ攻撃していないのにどうして、と考える前に回避行動をとっていた。

 

(自分から攻撃してきた…どうして意識が切り替わる瞬間を読めるの?!…でも残念ね、もう見切って…、ッ痛っ!?)

自分でもなんだかやけに頭が回っているな、と思った瞬間に激痛。

眩んだ視界の中でアレフ・ゼロの足元にブレードを持った右手が落ちているのが見えた。

 

 

 

 

『どうして!?なんで!?』

 

「……」

泡食っている敵の前でガロアは特になんとも思っていない顔。

何てことは無い、この一回限りムーンライトに機体からエネルギーを少しだけ回したのだ。

 

『後は一方的に終わらせられるな』

やってしまえやってしまえ、と心の声が聞こえてきそうなセレンの声。

 

「……」

この女の言葉には思うところがあり少々不利な勝負も受けたが全くつまらなかった。

さっさと終わらせてしまおう。そう考えるガロアは最早自分でも違和感を覚えなくなってしまう程に自然に力に取りこまれてしまっていた。

 

『ひ、引き分けね!この勝負、次回に持ち越し!』

 

『は?』

 

「?」

訳の分からないことを言い出した。

 

『確かに強かったわ、アレフ・ゼロ。でもまたいつか必ず貴方を殺しに来る』

 

『二度と来るな』

 

「……」

 

『後はウォルコット嬢に任せるわ』

 

「……?……!!!!!」

ウォルコット、と言いながらとんでもない速さで空の彼方に消えていったルーラーは放っておき、もう一方の戦場に目をやった瞬間、空気を爆砕せんばかりの轟音と衝撃がアレフ・ゼロを襲った。

 

 

 

 

ウォルコット家が斜陽の時代に苦し紛れに作り出したオーバーテクノロジー一歩手前の超兵器。

攻撃的な技術の粋であるその兵器に付けられた価値は全くの0。

例えネクストでも積めば重量過多は免れず、発射すれば有澤製のタンクでも反動で木っ端みじんに砕け散る。

敵を殺すことだけを意識しすぎて並大抵の機体・リンクスでは扱う事すら出来ず、起動出来たとして、外しても当てても使用者はまず間違いなく死ぬ。

かつてコロニー・アナトリアを襲った最悪の機体「アレサ」ですらこの兵器の前では良心的に見える。

即座に敵を殺しその場を離脱すればまだ生き残れるのだから。

 

それ自体がACに積まれる武器程もある21の薬室が蠕動しながら超高熱の蒸気を排出し、平均的ネクストの体高を完全に超える銃身の先にある、大型の二脚銃架が砂に降ろされ大きな穴を穿っている。

その超兵器『ヒュージキャノン』を積んだ四脚ネクストは、全ての武装を外し、もうこの先にジェネレーターが使えなくなっても構わないという程無茶な出力でオーバードブーストを吹かし、

それでも通常の半分以下の速度でようやく今回の作戦が行われているエリアの一歩手前まで来れたのだ。大型タンカーが用いるような錨を四つある脚からそれぞれ地面に降ろして食い込ませている。

 

既にチャージは完了しているがまだ撃ってはいけない。ここで外しては何の意味も無い。

コックピット内の温度は既に150度を超え、細く開かれ小刻みに震える目からは蒸発した体液が筋となって昇る。

まだだ。ノイズ交じりに映るモニターの先では明らかに苦戦しているのが見て取れるが、二機とも動き回るこの状況では確実には当てられない。だからまだだ。

パキパキと音を立てながら爪が浮き上がって沸騰した血液が赤い蒸気となり狭いコックピットを染めていく。白い髪にはとうとう火が付いてしまった。

痛みと熱で転げ回りたい衝動を抑えながら巨大な砲身を握りしめその時を待つ。

40年以上前、まだノーマルにすら乗ってない頃から始めたスナイパーという役。近づくことを避けて見えない場所から、安全な場所から敵を、時には味方を殺してこの年まで生きてきた。

狙撃主として生きてきた自分のラスト・ショットがまさか生き残るためでなく生かすための物となるとは想像もしなかった。だからこそ、絶対に外せない。

 

「…!」

赤くなった視界の中で銀色の機体の動きが一瞬止まり緑色の光線を発射する。

 

「リ…リ…ウ、ム」

開いた口から覗いた舌は灰となってボロリと崩れ落ち、

 

 

 

王小龍、生涯最後の弾丸が発射された。

 

 

 

 

 

 

「くぅ…!」

強い。カラードの外にこんなに強いネクストがいたなんて信じられない。

普段ある援護がないということを差し引いても強すぎる。かつて一度だけ負けた相手、オッツダルヴァとも張っているかもしれない。

今日死ぬんだな、とリリウムは頭の冷静な部分で残酷に理解していた。

 

『弱い。お前さんには命の輝き…魅力が無い…。対応者なのだ。戦士では無いのよ。…それではな』

月輪に緑の光が集まってゆく。

 

ドッ!!

 

「え!?」

目の前でアサルトキャノンを発射した月輪が一瞬にして嵐のような風と轟音と共に遥か彼方、衛星軌道掃射砲まで吹き飛び、掃射砲もろとも崩れ落ちた。

 

『…ガガ…王小龍…変わったな…ザ…お前さんも…あっちで会うことがあるならば…ガガガ…話でもザー』

下半身が完全に吹き飛びカタカタと震えていた月輪が何事かを呟き静かにコアが爆発した。

だが今はそんなことよりも。

 

「え…?」

砂地に一直線に残る焦げ跡の先。

そこには見慣れた四脚が煙を噴きながら倒れる姿があり、コアが地面についた瞬間に凶悪なコジマ爆発を引き起こした。

 

 

 

 

『いやあぁあああああああああああああああああ!!!!』

 

「!?」

強烈な爆発のあった方へと向かう途中、絹を裂くような悲鳴がガロアの耳に届いた。

 

『ストリクスクアドロだ!月輪を一撃でスクラップにしたレールキャノンをぶっ放して自分も崩壊した!…あんな物を撃てばどうなるかなんて分かるだろうに!』

ネクストを巨大な塔のような掃射砲ごと一撃で破壊せしめる核弾頭。

そんな物を使えばどうなるかなんてことは作用と反作用を学んだばかりの中学生でも分かるだろう。

 

「…!」

つまり、分かっていながら使ったのだ。自分の死を覚悟していたのだ。

 

『……』

 

『ネクスト、アンビエントだ…』

 

「!」

強烈なコジマ汚染の中心、四脚のネクストの残骸の傍で力なく膝をつくアンビエントを見て、

あまりの痛ましさに見ていられず敵だという事も忘れて汚染地から引き摺りながら連れ出す。

 

『……』

 

『……』

 

「……」

砂塵が巻き起こり硝煙があちこちから上がる戦場で二機のネクストは音も無く向かい合う。

一人のリンクスは言葉を失い、もう一人のリンクスは言葉を持っていなかった。

 

『BFFに…リリウムと…大人が住んでいた基地に…見たことも無い女性と女の子が訪ねてきたんです』

 

『…?』

 

「……??」

突然訳の分からぬことをぼやく様に話し始めたが『住んでいた』と言っているからには悲しいかな、正気ではあるのだろう。

 

『がめつくて…名誉と昇進だけしか頭になかったあの人が…どうして最後はあんなに愚直に死んでいったのか…あのネクストに乗っている人はどんな人なのかって…』

 

『……?』

 

「…!!」

 

『今カラードで一番強いのはあなただと聞いたから…殺してください…倒してください…アレフ・ゼロを…と』

 

『……あ…、…』

 

「……」

セレンの呆けたような声とリリウムの絶望の声。

ガロアはこれから自分が行うべきことを静かに理解していた。

その一方で理解したくなかった。

 

『リリウムも余り…好きではありませんでした…誰でも彼でも見下したようなことばかり言って…尊大で傲慢で…でも…奥さんもお子様もいたんですね…あんなに泣いてくれる人が…』

 

『ねぇ…ガロア様…嫌いでも好きでも人間は…人間なんです。人は人でそれぞれ繋がりがあります…』

 

「……」

 

『リリウムを…殺さないのですか?カラードのリンクスですよ』

 

「…、…」

 

『ガロア様が戦う理由…よくわかります。本当は知っています』

 

「……?」

 

『リリウムも…お父さん…お母さん、それに兄さんと姉さんを殺されているんです…アナトリアの傭兵に…』

 

「…!!」

 

『……』

セレンは知っていた。というよりも軍事に少しでも詳しいものならばウォルコット家の事は誰だって知っている。

その一族がどういう結末を辿ったかも。だからこそ、一人生き残ったリリウムもリンクスとしての価値しか見い出されずに拾われた傀儡だろうと思い込んでいた。

 

『大好きだった!悲しかった…恨もうともしました…』

 

『でも…出来なかった…アナトリアの傭兵にも守る人がいて…その為に戦っていると思うと…』

 

『分かっています。よく分かります。怒っていたんですよね、ガロア様は…。家族を奪っておいて守りたいなんて勝手な事を言わないでくれって、自分を不幸に貶めながらそんな事許せないって』

 

『お金も名誉も欲しくない…ただ殺したかったんですよね。リリウムも…そんなものはいらない。ただ、守りたかった』

 

「……」

 

『あのノーマルにも…イクリプスにも…何か意味があったのか無かったのか…祝福されたのかされなかったのか…この世に生まれ落ちた人が何人も乗っていました。幼い子供がいた人、病に犯された人、

ただ何となく生きていた人、何かを夢見た人、お金の為だけに戦っていた人…』

 

「……」

 

『ガロア様が、終わらせたのです。その人達の人生を』

 

「……」

 

『ふふ、うふふ。分かっていてやっているのですよね…。その覚悟の上でホワイトグリントも斬ったのですよね…ふふ』

 

『彼らを殺して…リリウムは殺さないのですか?どうして、あの中からリリウムを…放っておけば…死んでいたのに…』

 

『殺すのも殺されるのもこの世界ではもう当たり前のことですものね…でも…でも…あなた方が起こした戦争で…た、大人も死んじゃった…またリリウムは一人ぼっち…』

 

「……」

 

『リリウムを…こんな怪物を…誰が色眼鏡なしで見てくれるというのですか?おべっか、畏敬、崇拝…もう…いや…もう誰もリリウムを見てくれる人はいない…』

 

「……」

 

『誰かを殺しておいて、誰かを殺さないという選択をすれば、そこに矛盾が生まれてしまう。リリウムは…それを分かって怒りを忘れようとして、人を許そうとして、

守ろうとして、ここまで来ました。ガロア様が…それが分かっても、許さず、殺してここまで来たように』

 

『初めはあなたと同じでも…選んだ道は違ったのです。あなたとは決して交わらない…何がその違いを作ったのかは分からないけれど…。…リリウムは、あなたの敵です。ガロア様』

 

「……!」

 

『その道を行くと言うのなら、曲がらないで』

 

「……」

死のうとしている。ここでもうそのまま離脱したとしても、彼女はあの場に留まり続けていずれは汚染され尽くして死ぬだろう。

結果だけを考えれば、時間の問題だ。放っておけばいずれ死ぬ。

 

『……』

セレンは何も言わない。ガロアがカラードを裏切ると決めたその時からずっと考えていてとうとう言い出せなかった事を今、リリウム・ウォルコットが問うている。

ガロアが選んだ道は修羅の道。その道を進むのならば果てには好嫌関わらずに屍が積み上がる。

今、試されている。信念を持って突き進むか、人間らしい弱さと共に沈み溺死するか。

 

「……」

そう、同じことだ。放っておけば勝手に死ぬだろう。

それでも、リリウムの言う通り殺さなければ自分の選んだ道は成り立たない。

この手を彼女の血で汚さなければ成り立たない。

 

「……」

何をそんなに嫌がるのだろうか。

下衆と断じたあの男を殺したのと何が違う?

 

「……」

何も、違うはずがない。

同じように家族がいて、大切な人がいて、自分の手で未来と共に命を奪い去った。

例え今この場であの細身のネクストを抱え離脱しても結局生まれた矛盾の怒りは彼女にまで向くだろう。どうしてあなたは殺されなかったのかと。

 

「……」

殺さねばならない。カラードを裏切ると決めた日から。

いやもっと前、アナトリアの傭兵を殺すと決めた日から、何よりも恨んだ歪みを生まぬために誰よりも強くなり、自分は自分の正義だけを信じて目の前に立つ者全てを倒していくと決めたのだから。

 

『…ガロア様…』

 

「……」

直立していたネクストに意志を送り込み、緩やかに構えてブレードを起動する。

今までのどの戦いの前よりも肌が泡立ち、震えと共に熱い息。そして本当に少しだけ、涙が零れた。

この異様なブレードは無粋なまでにこれから吸う命を感じて大きく震えていた。

 

『リリウム・ウォルコット。…礼を言う。ありがとう』

 

『いいえ、いいんです…リリウムも、殺します。本当はガロア様を殺したくない。あなた方の言う事が全部間違っているとも思えない。それでも』

 

「……」

 

構えたまま向き合う二機。

凪いでいた砂漠にふわりと風が吹いたとき、二機のネクストは激突した。

 

 

 

 

『…!』

 

『…!…!!』

画面に映る戦闘は明らかに実力に差があり、片方が1ダメージを与えればもう片方が10ダメージを与えていると言っていいほどだ。

元々月輪にかなりの損傷を与えられていたこともあり決着までは時間がかからないだろう。

 

「……」

セレンはその自殺としか言えない行為に一つの答えを得ていた。

ダリオ・エンピオが自分の腕を引き千切ってでも向かい死んでいき、

自分でも殺されるならガロアがいいと訳の分からぬことを考えていた理由。

 

平等な時間の中でいずれは必ず骸を晒し砂となる命。

戦いに生きる者ならば誰もが持つ、戦いで死ぬのならばせめて訳の分からない下衆に殺されるよりも自分よりも強い者と戦って美しく散りたいという散華の願い。

この男と戦って死にたい。濁っていないこの男ならば望む死にざまを与えてくれる。

ガロアと対峙するとそんな気持ちになってしまう。もしそれだけの器があり、戦う者全てを屠る道にいるのならば。

やはり曲がることは許されない。誰かに利用されることなどますます許されない。ただ己の道をのみ真っ直ぐ進む強い男であってほしい。

 

「…強くなれ、ガロア。この世界の誰よりも」

 

 

 

 

(あぁ…)

駒のように回転しながらアンビエントの肩に落とされたアレフ・ゼロの踵の力に逆らえず地面に叩き落とされた瞬間にグレネードの炎が右腕を溶かす。

 

『……』

 

(幸せ…)

アレフ・ゼロの紅い複眼には怒りも恨みも籠っていない。ただただ純粋な血のような赤。

手加減の一切ない苛烈な攻撃がリリウムの命を燃やしていく。

 

『……』

 

(嬉しい…ダリオ様もきっとこうやって……こんなに強くて真っ直ぐな人に倒されるというのなら…最後がこれなら…まるで…)

他でもないこの人の手で自分の命が散らされていくという幸福。

強いということはただそれだけで価値がある。それは奸計や打算などこの世のあらゆる汚さをも正面から打ち砕ける力だからだ。

これだけの強さ。一体どれだけの才能と執念でどれだけの時間をつぎ込んでその位置に到達したのか。

自分がこれまでに積み上げていた全てが一つ一つ焼かれて砕かれて丸裸になっていく。

最後に残った弱い自分はガロアに心からの惜しみない称賛を贈っていた。そしてそんな感情とは関係なく、あるいはリリウムがそう望んだように今度はアンビエントの左腕が斬り飛ばされた。

 

(まるで夢を見ているみたい…!)

大切な人を守れなかったという慙愧、消えゆく命への痛惜、業火に炙られるかのような激痛が大量の涙となり顔を濡らし、失禁しながらもリリウムは確かに笑った。

 

求める様に差し出したどろどろの右腕は弾き飛ばされ、すみれ色の刀が鬼が哭くような音を立てながら振り下ろされる。

 

(純粋な眼……)

ただ力のみを求めたガロアの灰色の眼が目の前の紅い複眼と重なる。

自分とガロア、どちらが正しかったのかなんて決められない。ただ結果だけを見るならば、ガロアはその強さで今日も眼前の敵を…自分を殺して生き残る。

自分は守ることも生き残ることも出来なかった。それでもいつか自分を壊そうとした汚らわしい男達に自分の人生を終わらせられるよりもずっと良かった。

もしも殺されることが避けられない運命だったのならば、どこまでも純粋なこの男に殺されたかった。

 

(素敵です、ガロア様…純粋で混じり気が無くて…誰だって同じ眼で見るあなたが…そんなあなたが好きでした)

最後にリリウムは気が付いた。王の強さである知恵や戦略、企業の扱う金も兵器も全ては純粋な力に対抗するため、あるいはそれに近付くための物だったのだ。

純粋な力の前では全てが平等に消滅するのみだからだ。だからガロアはどんな相手でも同じ眼で見ていたのだ。

自分も同じ眼で見てくれるんだと。そんな風に思っていたのだろう。

 

「………言えばよかったなぁ」

最後に残った後悔も力の前では何の意味もなく、リリウムはブレードに貫かれ死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

王の後を追うリリウムを苦しみも無く一瞬で終わらせたのはガロアの優しさだったのか、それは誰にも分からない。

ただガロアは静かに泣いていた。

 

『ミッション完了だ』

 

 

 

 

 

元アルドラ十二階建てのビルに戻り、ガロアは屋上で両膝を顎の下に抱えて砂漠に飲まれた街を見ていた。

小さな体を閉じる様に三角座りをして物思いにふける。

十歳前後からインテリオルに来るまでの間、ガロアはずっとそうして自分と向き合ってきた。

 

街も人も喧騒も無い。あるのは時間だけ。一人で考える時間は腐る程あった。

さらさらと流れる川、しんしんと降る雪、木の実を運ぶ虫、土に還る死骸。

時間は彼の前で平等だった。即ち、皆死ぬということ。

 

あの箱庭のような世界は夢だったのではないか。

そう思える程に目の前には砂しかない。

いや、砂に埋もれている無数の民家はある。

一つの大きな企業によって支えられた企業城下町。

他に大きなビルが無いことを考えればそれがこの街だったのだろう。

 

砂でも民家でも同じ。

自然が生み出した砂漠などでは無く人の業が生み出した砂。

人の技で埋め尽くされていた頃と何も変わっていない。この場所には自然などなかったのだ。

 

大きく強くなった身体を幼い頃と同様に抱えて目の前に広がるのは人の砂。

あるいは精神世界の顕現のよう。

 

小さくて弱くても自分の眼の前には全てがあったあの頃が100年以上前のことのようだ。

 

帰りたい。

厳しくも自分の全てだったあの世界へ。

 

「ここにいたのか。…やけに髪に砂が絡む。嫌な場所だ」

 

「……」

いつの間にか後ろにいたのか、セレンが声をかけてくる。

 

「後悔しているか?」

 

「……」

 

「悲しいか?」

 

「……」

 

「もう終わりにしたいか?」

 

「……」

全ての問いに首を横に振る。

そうじゃない。そういう訳では無い。

 

「そうだろうな。当ててやるよ」

そう言いながらセレンは隣に自分と同じ体勢で座り込む。

ああ、小さい。初めて会った頃はあんなに大きかったのに。

 

「……」

 

「寂しいんだろ」

 

「……」

あの勝手に騒がしかった連中も、少しくすぐったいような感情を示してくれていたあの少女ももういない。

出会う前は寂しくなどなかったのに。

 

「一度手にした物を何もかも手放して進む。そんな道が寂寞としていない筈がない…お前の選んだ道だ」

 

「……」

そうか。だから故郷に帰りたいなどと思ってしまったのか。

心に入り広げてきた物を捨てて、ぽっかり空いた空間に入れる何かを探そうとして。

 

「友人だと、そう思っていたのか」

 

「……」

初めてだった。

もう会えないと分かってようやく寂しくなる。

一緒にいるときは時に嬉しく、それでも自分の目的を忘れてしまいそうで、時に煩わしく感じていたあの存在を、友と言うのか。

ガロアは友という存在を、全て失ってこの手で殺してその時初めて知った。

それは18歳まで生きた人間としては考えられないようなことだった。

この年まで友がいた事がなかったなんて普通はあり得ないことだ。セレンも同じだったので気が付かなかった。

 

「向こうもそう思っていたんだろう」

 

「……」

乾いた風はセレンの髪を梳いていくが自分の癖毛はただ揺れるだけ。

 

「彼女は他の誰でもない、お前を選んで殺されたんだ。分かるだろう。大切な者が…驚くほどあっさりと死んでいくこの世界で…殺される相手を選べるのならば地獄の中の幸福だったのかもしれん。

お前は思いを汲んだんだ。逃げる子供を後ろから撃ったというようなことは無く、誇りを持って戦った」

 

「……」

 

「だが、世間はそう思ってはいない」

 

「…?」

 

「ただお前に殺されたとだけ伝えられ、カラード全体がお前を恨んでいるらしい。…自分では怪物だと言っていたがそれでも人に好かれる人物だったのだろう」

 

「……」

 

「だが誰もお前を殺しには来ない。強いことを知っているからだ。実質カラードのトップだった者まで倒した奴に誰が真正面から挑みに来る?」

 

「……」

 

「もう、強くなっても心を埋めることは出来ない。だから後は心を強くしろ。傷を舐め合う事を拒んでここまできたのだから」

 

「……」

 

「弱い生き物は…群れるものだからな。そう考えると人間はこの世で一番弱い生き物だったのかもしれない」

 

「……」

寂しかったのだ。

群れて傷を舐め合い過ごすよりも真正面から受け止めてくれる存在が欲しかった。

世界で一番憎んだアナトリアの傭兵だがその反面、世界で一番尊敬もしていたのかもしれない。

世界の全てを敵に回し寒風を受けてなお立つその強さを。自分のワガママだけを通そうとするその我を。

だからこそ、いつの間にか人々を守り傷を舐め合うようになったアナトリアの傭兵が許せずに壊してしまった。

 

「強くなれ。身体だけじゃない。心もだ。一人ですべてに向かって立てる強さを手に入れろ。もう誰も、お前を理解できる場所にはいないのだから」

 

「……?」

 

「どうした?」

 

「……!」

その時ガロアはいつか見た鋭い視線を思いだした。この世の全てが敵だといわんばかりの目。

そうだ。一人だけいるのだ。

自分と同じく積み上げたものを捨てて強さのみで孤高に立っている男が。

あの男なら自分を理解してくれるだろう。

 

そしてガロアはいつまでも、全てを捨ててでも自分のそばにいてくれるセレンの事は理解しないまま、立ち上がった。

セレンが自分のそばにガロアがいるのを当たり前だと思っているように、ガロアもセレンが隣にいてくれることを当たり前だと思い込み気が付かなかったのだ。

誰かがそばにいてくれるということの尊さを。

 

 

 

 

オーン…

オーン…

 

巨大な鯨の鳴き声のような音を立てながら宙を浮かぶ傘のような機械の浮かぶ地面の下には三機のネクストが這いつくばっている。

既に二機はコアから煙を噴き全く動いていない。

残った一機もあちこちからスパークを走らせ大破寸前である。

 

生き残っているのは実力が他の二機よりもあったというよりは、

中距離で銃撃戦を挑む二機よりも近距離でブレードを用いるこの機体、スプリットムーンの方が上手く攻撃の死角に潜り込むことが出来たというだけである。

 

「!ゲェェッ!!」

後頭部を鈍器で殴られたかのような頭痛に視界が揺らぎ真改は思い切り嘔吐する。

このアームズフォート・アンサラーの前ではどんな手だれでも関係なく地に這いつくばる事になる。

ゆっくりと、だが確実に周囲のビルは砂になっていき、自分の意識も同様に砂になっていくかのようだ。

動かなくなったクラースナヤとリザも同様に形を崩していく。

 

(なんてことだ)

いつかは起こると真改は確信していた。だがそれが今日だとは。オールドキングは唐突に裏切った。それは発作のようでもあった。

敵のアームズフォートを目の前にして、リザは突然クラースナヤに攻撃を始めたのだった。やはりあんな奴は仲間に入れるべきでは無かった。

ハリは死亡し、何とかオールドキングを斬ったがそんなこととは関係なくアームズフォートは苛烈に攻撃を仕掛けてきた。そして今自分は死にかけている。

だがどちらにしろ同じことだったかもしれない。一機で、自分だけで向かってもこの超兵器を倒せるとは到底思えなかったからだ。

 

「う…ああぁぁあああああ!!」

中心部。どこに人が乗っているか皆目見当もつかないが、乗っているのならばそこだろう。

巨大な棘が幾つも付いた球体に向かって最後の一刀を振る。

 

シュゥウウゥ…

 

(アサルト…アーマー…)

収縮した緑の閃光が嵐となって吹き荒れブレードを持つ右腕を、ヘッドをコアを溶かしていく。

そんなにゆっくり見える訳ない。アサルトアーマーは一瞬の稲光なのだから。

 

ああ、走馬灯か。真改は自分の死をゆっくりと理解した。

そして見るのはやはり戦いだけを求めて全てを捨てた姉の姿だった。

 

(アンジェ…見ろ…)

溶け消えていく自分の機体と命を感じながら真改はただ思う。

 

(もう…剣で頂点に立つような時代じゃない…)

 

(圧倒的な力と数で蹂躙…それが世界だろう…一体…何になりたかったんだ…アンジェ…)

かつて同じ屋根の下で育ち、やがて個の力に飲まれて飛び出した女性、アンジェ。

彼女の考えを、目指した物を見ようとしてここまで来たがついにそれを見ることは叶わなかった。

なぜ?どうして?と答えが返ってくることない疑問を繰り返しながら最後に、月光を託した少年の事を少しだけ思い出して真改は砂となった。

 

 

 

 

 




王 小龍

身長163cm 体重51kg

出身 中華人民共和国

非常に優れた才覚の持ち主であり、また自分の能力に絶対の自信がある反面誰のことも信用してこなかった。
スナイパーとして一兵卒からメキメキと出世し、BFFでもその地位を確かな物としたが、その一方で自分を信用してくれる者は誰もいなかった。
故メアリー・シェリーの才能を見抜き力を与えたり、BFFに多大な貢献をしたりと成功を一つ一つあげていけばキリがないが、コジマの毒に侵され肺を患った頃になって自分には何一つ残っていないことに気が付いた。人を信用しない者は信用されることもまたないのだ。
そんな時、リリウムだけは自分に無条件に全幅の信頼を置いてくれているということに気が付いてしまったのが彼の天国と地獄の始まりだった。
リリウムは戦いに向いていない、戦わせたくないと思う自分と戦わないリリウムには価値がないと冷静に判断している自分に常に苦しんでいた。

ORCAルートではリリウムの為に死を選んだがその時、王は自分の想像していた自分の最期よりも遥かに心が救われていることを知った。
だがそのすぐ後にリリウムが自分を追ってガロアに殺された現実はなんとも救いがない。

自分を老獪で知性的なイメージを持つフクロウに例えているが、心の中ではリリウムの事を尻尾を振りながらついてくる犬のようだと思っていた。
裏では未だに地球上に多く存在する華僑を纏め上げる存在であり、その上いくつもの国の言語を話せるという高性能じいちゃん。
グレートウォールを失ってしまいあわやという状況に陥った有澤を支援したのも王であり、堪能な日本語で憔悴している有澤を「がんばれ♡がんばれ♡」と励まして傀儡にした。

見た目は小柄な老人だが杖術の達人なので杖を持った王に近づくと危ない。


趣味
仏跳牆を作ること
鼻毛を抜くこと(人前では決してやらない)


好きなもの
ボルトアクションのライフルのコッキング
新品の本のにおい




もしも親が殺されたりしていなければ、ガロアは普通に優しい子に育っていたのでしょう。
本当に力だけに執着する存在だった亡き友を思ったりしませんから。
げに恐ろしきは戦争なり、ってことですね。

ここまで来てしまったガロアは理解者を求め始めました。
横を向けばセレンがいてくれることを分からないガロアは愚か者に見えるし、実際大馬鹿者なのですが、
実はガロアは強くありたいと思っていると同時に自分を育ててくれたセレンにだけは最後の弱さを見せたくないという最後の意地っ張りなプライドを持っています。

親が一番自分の甘えを許してくれることを分かっている反面、せめて親にだけでも強がっていたい子供のようなものです。



なんて書きましたがそれで戦争を起こそうなんてこと、他の人から見たらたまったもんじゃありませんね。
そんなしょうもないわがままですら通せてしまうからリンクスというのは普通の弱い人々にとっては途轍もない脅威なのです。



次は真改とアンジェの過去編です。
自分は特に時代劇や座頭市のようなど派手な剣戟が好きなのでその要素を盛り込みました。
真改の見た目は劇場版ナデシコの北辰でイメージしていただけると私の頭の中の真改の見た目に近いです。

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