Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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the blossoming beelzebub

話すことが出来ないので知る者もいないが、ガロアは料理ができる。

彼はとある事情により同居者を亡くし10歳から14歳の半ばまで、即ちリンクス養成所に入るまで一人で暮らしていた。

どこでどうやってそういったスキルを身に着けたのかは不明だが家事洗濯料理、一通りはこなせる。

 

料理ができるという事実にセレンが気づいたのは一緒に暮らし始めてから八か月もたった日のことであった。

さらに詳しい事情を説明すると、その八か月間ずっと外食で済ませていたということでもあるのだが。

 

実は大の甘党であるセレンは、よく訪れる飲食店のホットケーキのクリームの量もシロップの量も焼き加減もイマイチ気に入っていなかった。

一番気に入ってるホットケーキの店は家から30分はかかる上、スイーツ専門店なので食欲を満たすには適していない。

セレンは一大決心をし、自分でホットケーキを作ることに決めたのだ。

 

決心してから次の週に大量の材料を買い込み家で昼食の後ガロアがシミュレータマシンに向かっているときにこっそりパンケーキ作りを開始した。

 

が、インターネットで見たレシピ通りにやっているはずなのに何度トライしても出来上がるのは黒く焦げた不細工な卵焼きのようなものだった。

 

 

なんでホットケーキの素から失敗した卵焼きが出来るのだ、何が悪いのだとイライラしながら顎に手を当て携帯型情報端末と睨めっこをする。

油のひき方もひっくり返すタイミングもホットケーキの素のたらし方もすべて悪いのだが、ここまで激しい失敗となると最早原因特定は困難かもしれない。

 

と、そんなとき、いつの間にか訓練から帰ってきたガロアが自分を後ろから見ていることに気が付いた。

 

「やっ、これはだな、糖分を補給することにより頭の働きを活性化させる目的でつまり三時のおやつにちょうどいいかと思ってその、」

こっそり作っていたことも、しかもそれが大失敗に終わってしまったことも重なりしどろもどろな弁明をするセレン。

 

が、そんな弁明にほとんど耳を貸すことなくガロアは台所のセレンの隣に立つ。

いつの間にかガロアの目線の高さがほとんど自分の肩辺りに並ぶようになっていた。

男の成長って凄いんだな、とあまり関係のない感想が浮かぶ。

 

あっちこちに飛ぶセレンの感情をよそにガロアはフライパンにさっと油をひき真ん中にホットケーキの素をたらし弱火で焼きつつ形を整え完璧なタイミングでひっくり返し、

あっという間にきつね色に焼きあがった二枚を完成させる。

 

皿の上で少しずらして重ね片方に適量のバターの塊を乗せ仕上げに周りにシロップを垂らす。

 

 

セレンが想像していた完璧なホットケーキがそこにあった。

 

ガロアに差し出された皿をぽかんとした顔で受け取る。

 

「食べていいのか…?」

 

机に座りナイフで一口サイズに切り口に運ぶ。

 

…美味い。文句のつけどころがない。

というか、店で食べるものよりも美味い。

 

 

思わず二口目三口目を口に運んでいく。

実際のところ、店の物より美味いのはセレンが材料を店で一番高いものを値段も見ずにほいほい買ったというのが大きいが、そこまでは頭が回っていないようだ。

 

「ご馳走様でした…」

つぶやいた一言にガロアは満足げに頷き風呂場へ向かう。戦う事しか頭にないと思っていた少年の意外すぎる一面だった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!お前、料理できたのか!」

 

振りむいたガロアが返すのは肯定のジェスチャー。

相も変わらず訓練の時以外に表情が変わることはほとんど無い。

 

驚愕の連続だったセレンはここでふと気が付く。

訓練の時に唐突に垣間見える激情以外は、普段があまりにも冷静、もっと言えば非人間的なので忘れていたがこの子供は一人の人間なのだ。

彼にも今までの人生がありそれまでに形成された性格があり訓練に打ち込む動機があるのだ。

リンクスや傭兵である前に一人の人間であるのだ。それはやはり自分のように。

 

思えば自分はこの少年の何を知っているというのだろう。

完璧なAMS適性や人間性を感じさせない訓練への打ち込み方ばかりに目が行き気が付かなかったが、セレンはガロアの上辺以外のことをほとんど知らない。

 

ガロアは不思議なことに、これくらいの年頃の男としてはおかしなくらい、セレンに女性としての興味を持っていなかった(少なくとも持っているように見えなかった)。

喋れないから分からないという訳では無く、それは今では誰も知ることの無いガロアの過去に因るものだった。

 

「……」

 

「あ、おい」

歩いて行ってしまう背中は日に日に大きくなっていく。

考えてみれば、誰かの成長というのをこの目で見るのは初めてだった。

 

(人間…)

初めて自分からまともに関わった人間はあまりにも人間性のない子供だった。

言ってしまえば野生の獣に近いものを感じる。だが、それでも人間なのだ。

 

セレンはやはり人間としてガロアの事が気になり、それからガロアの過去を調べ始めた…が。

不気味なことにこの情報社会だというのにどの地域のどの学校にいたのかすら分からず、コロニーの内側で今ここで暮らしているというのに出生届すら出されていなかった。

リンクス養成所に書いて提出されていたプロフィールも年齢以外はめちゃくちゃだった。よく入れたものだというよりはどうやってという疑問の方が大きかった。

 

自分が企業の闇から生まれたのだという事は正しく理解しているが、

それ以上にこのガロアという少年は自分も知らない底知れない闇から出てきたように思える。

街に出てから自由に一年の間うろうろしていたから分かる。この子供は下校途中に友達とダベりながらのんびり歩いている同年代の子供と決定的に違う部分がある。

しかし、それが何なのかをセレンが理解するのはずっと後になってからのことだった。

 

だが、それでもセレンは不気味といっても差し支えのないこの不思議な同居人を少しずつ大切に思うようになっていた。

気が付けば、訓練にも熱意以外に愛情がこもる様になっていたのが自分でもよく分からない奇妙な感覚だった。

何の意味もない日々と人生に、風が吹くようになっていた。

 

 

 

 

 

ちなみにこの日を境に食事はガロアが作ることとなった。

そして毎週必ず取らされている休息日にはガロアが食材を買いに行くということになったのだった。

 

 

そのような経緯で買い物をするようになったガロアは出会いから一年と半年経ったある日の午後三時過ぎ、毎週しているように食材を買うために町へ出た。

そのためのお金はすでにセレンからいくらか貰っている。

 

今日もいつものように安く良質な食材を選びつつ一週間分の食料を確保するつもりであった。

 

だが。

 

何かよくわからないが首筋あたりがピリピリする。

 

町の様子がおかしい…気がする。

 

誰かに見られているような感覚。

 

こんな街中でまさか、と思ったがそれは久しぶりの血煙飛ぶ戦いの香りだった。

 

 

野生動物のような勘で嫌な予感がする場所を避け続けるうちにすっかり人の気配がない場所に来てしまった。

 

 

「ターゲットはBルートを選択しました」

 

「よい勘をしているな」

 

普通の若者といった洋装をした集団の中で帽子を深く被った男が感心の声を上げる。

誰かに見られているというガロアの勘は正しく、この時ある団体から依頼され誘拐・暗殺専門のカラードに登録されてるものとはまた別の傭兵集団にある任務が舞い込んできたのだ。

 

『インテリオル管轄街に住んでるガロア・A・ヴェデットを誘拐せよ』と。

それは、いずれ強大な勢力になりうるであろうガロアを先手を打って我が物にしようという狙いがあっての依頼だった。

 

作戦としては群衆の中に何人か兵士を紛れ込ませておき、速やかにすれ違いざまに即効性の昏睡薬を打ち込んだのち、

倒れたガロアに驚きつつも一番傍にいたその兵士が救急車を呼び、間をおいて作戦前に用意しておいた偽救急車を向かわせ回収、という形であった。

 

だが、過去に幾度かあったことだが、そのような危険を事前に察知し回避出来るものもいた。

ならばその回避の方向が人気のない場所へ向かうように兵士を配置しておけばよい。

 

今のガロアは正しく袋の鼠だった。

 

「エコー、お前が正面から行け。ノーブ、ホットは指定ポイントで待機。」

帽子の男が静かに告げる。

このまま穏便に過ぎればそれに越したことはない。

ガロアは成長期と訓練により徐々に大きくなったとはいえまだまだ熟練の傭兵に徒手空拳で単独で勝てる程の力はないだろう。

 

 

静寂のビル群に囲まれた空間で、向こう側から中肉中背で特徴の無い顔立ちの男が歩いてくる。

こちらと目が合ったまま静かな笑みを浮かべて歩いてくる。

 

「すいません、迷ってしまって…道を尋ねたいのですが…」

いかにもなセリフを口にしながらさらに歩み寄ってくる。

 

危険だ。口で説明できるような類の物ではない感覚がガロアの総毛を立たせる。

ガロアはポケットに手を入れてポケット電話を操作する。

男との距離はおよそガロアの歩幅六歩分。

ガロアは脱力をする。

 

さらに近づいてくる。一歩、二歩、三歩

 

男の四歩目が踏み出されると同時に、ガロアはポケットにしまわれていた右手の中指を薬指と人差し指で固め、

さらに五歩目を繰り出さんとした男の顔に、ポケットから閃光のように繰り出された三本貫手を叩き込んだ。

 

 

 

 

「ガロア!?」

突然携帯が滅多にならない電話の着信音を鳴らしたので何事かと思えば、それはガロアからだった。

声の持たないガロアが電話をかけてくる。

それはつまり、緊急性の高い連絡を即座にセレンに伝えたかったということだ。

携帯に表示されるガロアの位置情報を確認し即座に家を飛び出す。携帯に表示された場所はここから走ってもそれなりの時間がかかる距離だった。

 

 

 

 

「思い切りがいい。普通、怪しいと思ってもいきなり攻撃は仕掛けられんものなのだがな。N、Hかかれ。Eはしばらく動けんだろう」

 

ガロアが繰り出した攻撃はビルジーと呼ばれる目つぶしで、正しく決まれば相手の動きをしばらく止められる効果を持つ技であった。

 

「クソ、ガキがぁ!てめぇ…!」

エコーと呼ばれた男は喚き散らしながら後ろに下がりうずくまる。

実際、眼球というものは想像より遥かに固いものなので失明などはしないだろうがそれでも目を直接、しかも思い切り突かれてすぐに動ける者はいない。

 

「…!」

男のあごを蹴りぬいて気絶させたその隙にガロアはすぐにその場を走り去った。

時間はわからないが、おそらくセレンが今全力でこちらに駆けつけているはず。

そうでなくとも人通りの多い場所に走っていけばいい。

 

その思考は正しかったが、セレンの到着にはやはり時間がかかる上、この辺りの地理にガロアは詳しくない。

一方の誘拐集団はガロアがこちらに来ることも、周辺の地図も把握しており、先ほど配置した二人の傭兵も人通りの多い方面へ向かう道に待機していた。

つまりガロアは逃げれば逃げるほど人通りの多い方から離れることになる。

本来ならターゲットが大声で叫んだ場合なども考慮しなければならないのだが、ガロアは声が出せない。

最初の一撃こそ驚いたがそれでもいつも暗殺を依頼されるような屈強な戦士やボディーガードで固められたギャングに比べれば楽な相手には変わりなかった。

 

 

「……!!」

走り出した時点で、目をつぶした誰か以外の人物が追いかけてきていたが、

後ろからさらにもう一人、気配が増えた。

 

「!」

 

眼前に迫ったのは行き止まりの壁。

設置されていたパイプを伝い、無理やり乗り越えたが、その先にはさらに五人ほどの集団が待ち受けていた。

 

「チェックメイトだ」

 

「……」

 

帽子の男の呟きと共に五人が同時に麻酔弾を装填した拳銃を構える。

列として構えられたその銃口はどちらによけても直撃するだろう。

 

「うっ…?」

 

「なっ!?」

 

臓腑が握り潰されるような強烈な悪寒に男たちが一斉にたじろいだ。少なくとも見た目は普通の体格の少年に大の男が五人も集まって対峙しているというのに。

癖の強い赤毛が逆立ち同心状の円が渦巻く灰色の眼が見えた。その眼に浮かんでいるのは一人の子供、いや人間が出しているとは信じられない程凶悪な殺気だった。

中でも殺しの経験がまだない左端の男の銃の照準が震えてずれると同時に肉食獣のように口を開いたガロアが飛びかかろうとした。

 

が、その時。

 

「ガロアアアア!!」

遠方の空からセレンがエアスクーターに乗ってすっ飛んできた。

 

 

「何!?」

「ぐあっ!」

「危ねぇ!」

「うおっ!」

帽子の男は回避を取り、周りの傭兵もそれに追従したが、荒っぽいエアスクーターの着陸に傭兵が一人巻き込まれ派手に転がって行った。

 

すとっ、とネコ科の動物のような重力を感じさせない柔らかな着地をしたセレンはバランスを思い切り崩して膝立ちになっている帽子の男の元へ一直線に向かう。

 

「貴様が頭か」

 

「…ふっ!」

ねめつける様に見下ろすセレンが間合いに入った瞬間に帽子の男は袖の中に入れていたナイフを目にもとまらぬ速さで突き出した。

 

ガッ、プチプチプチ、ボグンッ、とどこを切り取っても聞きたくない部類の音が夕暮れの街に響いた。

 

「……!」

セレンに師事して十八か月。

何度も叩きのめされ地面を舐め、それでも諦めずにかかり続け、ようやく少しは相手になるようになってきたかと思っていたガロアだったが、

その一瞬のやり取りを目の当たりにしてセレンが全く本気を出していなかったのだということを嫌というほど思い知った。

 

実際力を込めているようには見えなかった。

稲光のように一瞬で相手の右手を握り、突き出されたナイフの外側に周り左手で手首を掴んだ。

 

およそ戦闘技術的な物を用いていたのは相手の正中線から速やかに外れて回り込んだ足さばきだけだったろう。

 

だが、後になって思い返してみれば自分の腕の外側に回り込まれ腕を押えられた状態で反撃する術はもうなかった。あの時点で勝負は決していたのである。

 

右側に回り込んだセレンに右腕を掴まれていては文字通り手も足も出ない。

そのあとセレンがしたことと言えば回転しながら倒れこんだ、ただそれだけであった。

柔らかく掴まれた帽子の男の右腕は回転に逆らえず関節の限界まで開かれ、セレンの左ひじと男の右ひじが当たる鈍い音がした。

それでも回転は収まらず男の右ひじから何かがプチプチとつぶれるような嫌な音がした後に倒れこむセレンの動きと共に一緒に倒れ、全体重をかけられた男の肩の関節は完璧に外されていた。

ただ何かを握って身体の内側に抱え込んだままくるりと回って倒れた。それだけなのにもう帽子の男は戦闘不能であった。

 

「ぐ…ぐっ…う…」

地面に伏せ脂汗をかく男の前でしゃがみ込みセレンは声をかける。

 

「光り物をチラつかせずに不意打ちに使うあたり…プロか貴様ら…一応は」

 

(何故俺に…声をかける?何故逃げない?)

 

「一応だと!?」

帽子の男が激痛に顔を歪めながらセレンの真意を図っていると部下がセレンの言葉につっかかる。

 

「戦闘技術がてんでお粗末だ。どうせチンピラ上がりのごろつきどもだろう」

 

(……時間稼ぎか!!)

 

「女ァァア!!」

その目的にはっと気が付いたときには遅かった。

部下が力任せに放った大ぶりなテレフォンパンチ。

あんなもの落ち着いていれば素人でも避けられる。

もっと訓練しておくべきだったと思うが後悔先に立たず。

 

「ガロア、丁度いい。よく見ておけ」

戦闘中だというのにシミュレータマシンの外からかけてくる声とほとんど変わらない冷えた声を出しながら怒りの込められたストレートを難なくいなし重心を下げ、相手の懐に潜り込んだ。

 

「あ…が…」

その掌が男の左胸に当たっても男は吹き飛んだわけでも、ましてや一歩でも下がったわけでもなかったし、大きな音が鳴ったという事も無かった。

 

静かに倒れピクリとも動かない男から血だまりが広がっていく。

 

「……!」

発剄だった。それも自分が何万回と空に打ってきたなんちゃって発剄とはレベルが違う。

今の一撃は間違いなく本気で打ちこんでいた。だというのにあの意の無さ。ほとんど出ない音。

かなり加減のされた発剄をその身に何度となく喰らってきたガロアだが、それでも内臓が沸騰し転げ回る程の苦しみが身体を襲うのだ。

左胸、つまり心臓に向かって放たれたあの発剄は心臓振盪を起こし下手したら死んでいるかもしれない。

 

「お前の発剄は最初から最後まで気を出し過ぎだ。あれではいずれ死ぬ。脱力し当たる瞬間のみ掌に全ての内功を乗せて逃さず相手の体内に衝撃を叩き込む。

…何度も教えてきたことだが、口で言っても分かる物ではないからな。今のをよく頭に焼き付けておくんだ」

 

「ぶっ殺してやる!」

 

「生かしちゃおけねぇ!!」

血だまりを作っていく仲間の姿に沸き立つ部下達。

 

「馬鹿野郎が!早く後ろのガキをさらえ!!」

既にセレンの意図に気が付いている帽子の男は怒喝を飛ばす。

 

「もう遅い。ここまでだな、狼藉者ども」

 

 

「くそ…!」

倒れた勢いで帽子の取れた男が無念の声を漏らす。

セレンが乗ってきたこのエアスクーターという乗り物は、空に浮かぶクレイドルでこそ一般的な乗り物だが、

地上では一般市民の個人使用は重力の違いやビルへの直撃などの危険を考慮され許可されていない代物だった。

唯一使用が許可されているのは市民街警務部隊…いわゆる警察と呼ばれるものでり、そのスクーターが一定以上の速度を出した時点で警務部隊本部に連絡が行くようになっていた。

 

 

(どこかで拾ったのか!)

実際はパトロールをしていた警察をセレンが必死に呼び止め、近くに止まった警察の鼻っ面に思いっきり裏拳を叩き込み哀れにも吹っ飛んでいった警察から強奪した物であった。

男の思考が回転すると同時に警務部隊のサイレンが聞こえてくる。

 

「…撤退だ!」

男の掛け声と同時に、倒れていた仲間をまだ動ける仲間が担ぎ、瞬く間に夕闇のビル群へと消えていった。

 

後に残ったのは息を切らしてるガロアとセレン、そして大破したエアスクーターだけであった。

 

 

 

 

「え?上から通達?釈放!?今すぐ??現行犯なのに!?え??」

 

暴行及び窃盗の現行犯でセレンを逮捕した警務部隊であったが、突然に上、つまりインテリオルから「即座に釈放せよ」と命令が来て訳の分からぬまま、

特に顔面にいいのを貰った部隊員の一人は納得いかないといった顔で渋々とセレンを解放する。

 

 

「…帰るぞ」

 

ガロアに声をかけるセレン。

追従するガロア。

そのまま二人の若者は警察にその背中を見送られながら夕闇の街へと消えていった。

 

「一体なんだってんだよ…」

鼻に湿布を貼った警官が不満げにつぶやいた。

 

 

 

「食材は、買えてないよな」

夜の帳が街にかかり、ビルの窓からの明かりと月、星、街灯、そしてクレイドルの灯が街を照らす。

どこかで西の空へと向かうカラスがカァと鳴いた。

 

「無事でよかった。私の指導は役に立ったか?」

 

「……」

肯定の響きを持った沈黙。

その眼には静かに、しかし激しく尊敬の光を湛えている。

 

だがセレンは見ていた。大型の猛獣が威嚇するようにガロアが得体の知れない殺気を放って男たちの動きを止めていた事を。

あの隙が無ければ無事では済まなかったかもしれない。

しかしそのことを知らないふりをして言葉を続ける。

 

 

 

「阿呆どもは子供でも刃物を持てば人を殺せると抜かす。なるほど、それも間違ってはいないだろう」

 

「……」

 

「だが気概の点では全く違う。あいつはナイフを持っていたから、拳銃を持っていたから、ノーマルに乗っていたから、ネクストに乗っていたから。

だから強かった、だから負けた。あいつの強さは不当なものだ。そう思われては例え勝利をおさめても遺恨が残る」

 

「……」

 

「完全な勝利。つまり戦いの後に次の戦いを引き起こさないためには徹底的な殲滅と兵器に頼った物ではない圧倒的な強さが必要なんだ。微塵も向かってくる気が起こせない程のな。

ただAMS適性があるからネクストに乗せて敵を殺せばよいという物ではない。十全の精神と肉体そろってようやく一人前のリンクスだと私は考える」

昔、若干14歳でリンクスになった少女がいた。リンクスとしての腕はともかく、そんな少女はネクストに乗っていなければ簡単に抑え込まれ殺されてしまうだろう。

そう相手に思われたままでは結局勝利しても意味がないのだ。

 

 

「……」

セレンの言葉にまやかしはない。

最早シミュレーションの世界ではセレンはガロアの相手にはならない。

だと言うのにセレンには全く頭が上がらない。

そんな自分がただネクストに乗って暴れ回ったところでたまたま包丁を拾って振り回す子供と何が違うと言えるのだろう。

AMS適性が高くても優秀な戦士とも限らないし逆もまた然り。

そこには様々な理由はあるがセレンの言葉もまたその現実の理由の一つであった。

 

「私はお前を一人前のリンクスにする。それまで飯も寝床も心配するな。危険な時は助けにも来る。だが、お前の為にも決して甘くはしない。

…少なくともあんなチンピラ、徒手で撃退できるくらいにはなってもらうからな?」

 

「……」

目の前を歩くセレンがちらりとこちらを振り向く。

ほんのり笑う彼女は自分とたった三つしか違わないのにどうしようもないほど大人だった。

 

「とはいえ、もうこんなに心臓に悪いことはごめんだな…今日は外食にするか」

その日、セレンは久しぶりに以前はよく行っていたレストランに入り、ガロアの食事量が自分と並ぶほどまで増えていることに気が付いた。

そしてガロアの眼の奥にある剣呑な光が日に日に強まっていることにも気が付いたが、口には出さなかった。

 

帰りに色々言ったもののそれはあくまで戦闘の心構えだし、目の届かない所で襲われて殺されなどした日には自分でもどうなるかわからない。

戦いを仕掛けてくるのではなく卑怯な手でまだ子供のガロアを攫おうとする不埒者にどうして遠慮する必要があろうか。

この日からセレンはガロアの外出時には動物の散歩に追従する主人のように後ろからついていくこととなった。

…懐に護身用の銃・ナイフを山ほど仕込みながら。

 

垣間見える怪物性はまだ目覚めていない。

開花するのが怖い様な見てみたいような、どちらでもあるし、それが自分で出来るのならばやってみたいという好奇心もあった。

そしてガロアは静かに着実に覚醒していった。

 

ガロアが力を欲する理由にセレンが気が付いたときにはもう、ガロアは開花してしまっていた。

それは全人類を巻き込む大渦の小さな始まりだった。

 




一体ガロア君は何者なのか?どんな性格なのか?

過去編はありますがそれも大分後の話です。

彼がどんな性格で何を考えているかを想像しながら読んであげてください。

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