Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「やはり…誰もいないか…」
クレイドルの要となるアルテリア施設の一つ、カーパルス。
平時からの十重二十重の防衛機構は一つとして動いておらず、人っ子一人いない。
『……』
「さて…どこから来…?」
とぷん、と音を立ててアレフ・ゼロが水の下へと沈むのを見た。
これから世界で一番苛烈な殺し合いが行われるというのにその意の無さは近所の八百屋にでも買い物に行くかのようだった。
「あ…?」
ノーマルもネクストも、結局は有人機であることが決定的となり、完全な密封は出来ていない。
また、汎用性を保つために各部位ごとにパーツの換装が出来ることも仇となり水中での漏電は免れず、
ネクストの冷却機構を以てしても漏電の負荷に耐えきれずに徐々に回路が焼き切れていく。
一体ガロアが何をしたいのか、全く分からなかった。
「……」
ステイシスの中でオッツダルヴァはただ沈黙していた。
『……』
『……』
『……』
残る三機も同様である。
「……」
企業も、ORCA旅団も、どこか現実離れした速度で淡々と壊されていく世界に対応できなかった。
水泡が弾ける様に、この悪夢のような現実から醒めるのではないかと誰もが思いたかった。
「……くそっ」
ORCA旅団は崩壊した。
いや、最早ORCA旅団があっても意味がない。
クレイドルの半分は叩き落とされ、企業も民衆も等しく致命傷を負った。
「……」
通常モードで海上を疾走するステイシス。
普段はFCSや機体制御に回されているエネルギーが全てジェネレーターとブースターのみに回されている。
レーダーの縮尺が一秒ごとに大きくなっていく中心には二つの赤い光点。リザとアレフ・ゼロがいるのだ。恐らくは罠だと分かってきているのだろう。
殺さねばならない。これまでの全てを無駄にしない為にも。
いや、ここで殺すことに成功しても人類は持ち直せるのか…
『オッツダルヴァ!!』
「…?」
『下だ!!』
「な…!!」
レーダーの拡大がオーバードブーストに最大までエネルギーを叩き込んで移動するネクストの速度に追いついていなかった。
たった今、拡大されたレーダーには確かに真下に一つ、光点が表示されていた。
暗い海の底から全てを断つ乱刃を手にした悪魔が極悪な粒子を迸らせながら飛びかかってきた。
その場にいた全員が濃厚な死のイメージに凍り付いた。
『あ…』
『ガ…ロア…様…』
『リリウム!リリウム!!ク…ソッッ!!』
「なんだと…!」
飛び出した瞬間にアサルトアーマーが放たれた。
緑の閃光に目が眩んだほんの数瞬の間にフィードバックは真っ二つにされ、二つの刃がアンビエントのコアを貫いていた。
(真改の月光…!!)
アレフ・ゼロの全ての武装は外されており、その代わりに両手には見慣れたブレードが装備されていた。
ORCA旅団の基地を強襲し奪い取った武装である。
「信じられん!!」
直ちにメインシステムを戦闘モードに切り替えると莫大な情報が首のジャックを伝って頭に流れ込んでくる。
(死ぬつもりか…!)
まさか海の下に潜んでいつ来るかわからない自分達を待ち伏せしていたとは。
死を覚悟というラインを完全に超えている。死のうとしていると言った方がいい。
誰がどこから来る、ということも分かっていなかったはずだ。海に潜ってこちらに来たのも、完全に水没する前に自分達が飛来したのもとんでもない不運だった。
ガロアは試している。全力、というよりは自分の死すらも覚悟した戦術をとって、果たして自分は本当に生きるのか死ぬのかを。
世界の意志を問うている。
「貴様の相手は…」
アンビエントを細切れにしたアレフ・ゼロの濡れたヘッドがこちらを見る。
自分も歴戦の戦士のはずだ。誰よりも辛い訓練を耐え抜いて頂点にいたはずだ。
そのはずなのに切り刻んだ味方機をもう忘れてこちらを見るその姿にゾッとする。
自分も追い付かれたらああやってゴミのように切り刻まれてすぐに忘れられてしまうのだろうか。
その不安を振り払うように武器を構えたその瞬間。
「かっ…」
後ろから強烈な衝撃が飛んでくる。
先ほどのアサルトアーマーでプライマルアーマーは消えており、何にも緩衝されていない生の衝撃が中身のオッツダルヴァを激しく揺らした。
『俺だよ』
「貴様…!」
ネクスト、リザがこちらにショットガンを向け舌なめずりするように揺らした。
『殺してやるぞ貴様ら!!』
『戦争屋風情が、偉そうに…選んで殺すのが、そんなに上等かね 』
「異常者が…やはり殺しておくべきだった!!」
今更隠すつもりも無い。もうORCAも無いのだから隠しておく意味は無いだろう。
誘うようにカーパルスの壁の中に飛んだリザを二機のネクストは激昂を隠そうともせずに追った。
「……」
海に落下したアンビエントがたてた波が収まる頃になっても増援の気配はない。
「……」
来ると信じている。その言葉があったから来たというのに。
普通ならここでその言葉も罠だったと思うのだろうか。
だが、セレンはそんなこすい嘘で自分を騙すような器用な人間ではない。
恐らくは、考えていることは同じはずだ。
なら、さっさと残りの木っ端を片づけてしまおう。
「く、ぅ…お…」
強い。流石にORCAのリーダーだけはある。
レイテルパラッシュも確実にレーザーを当ててきている。
ミサイルは超高速で動きまわる二機にロックを吸われまともに機能していない。
さらに苛烈にしかけられた攻撃を避けた先でステイシスが待ち構えていた。
しまった、と思う暇もなくアサルトアーマーが装甲を溶かし肌を焼く。
『殺人鬼め…貴様には地獄すら生ぬるい…』
「そうだ…俺の心を打ち砕け…」
ああ、まただ。また頭に浮かびやがる。
俺の何もかもを奪ったあの日が。あの時も俺への怒りの炎が全てを奪っていったのか?
だったらくれてやるというのに。ここまで来てようやく終わってくれるのか?
全身のダメージのフィードバックはネクストの見せる幻覚のはずだ。だというのにロランの身体にあの日負った致死ギリギリの火傷が聖痕のように赤く浮かびあがり血が吹き出た。
待ち焦がれた終わりが来てくれた。
『終わりだ』
「…ガロ…ア…」
レーザーバズーカがコアを直撃する直前、オールドキングがこの世で最後に見たものはステイシスを貫くアレフ・ゼロの姿だった。
とうとう生まれたのだ。自分も含む、この世に生きるあらゆる生命と引き換えに全てを焼き尽くす化け物が。あの底すら知れぬ深い闇の眼。自分とは器が違う。
ロランは笑いながらも泣いていた。
(リザ………)
どうしてなんだ。
それが自分の人生の大半を占める言葉だった。
母の命を奪って生まれた?どうして、俺はそんなことがしたかった訳じゃない。
なぜお前の方ばかりに才能があるだって?俺はそんなこと望んでいた訳じゃない。
どうしてAMS適性なんて力があったんだ。もっと正義の味方のような、誰もが好くような人間が持つべき力だったはずだ。俺はそんなもの別に欲しくなかった。
だから、どうしてかは分からないけどリザが俺を選んでくれた時、理由なく全てを決めてきた神とかいうものに初めて感謝したんだ。
なのに。
どうして、どうしてどうして。俺には、俺たちにはただいたずらに力ばかりが与えられてそれ以外の全てが奪われたんだ。
俺にはお前の本当の苦しみが分かる。俺と同じだ。
たった一つだけなんだ。
俺たちは、ただ幸せになりたかった。それだけだったんだよな。
俺たちは互いに世界から見捨てられ、虐げられ、理解しあった。そこには一切の救いはなかったがそれでも…
「よかったぜ…お前とは…」
苦しむのが自分一人でなくてよかった。最後にアレフ・ゼロと眼があった気がした。
力以外の全てが奪われたガロアは過去の自分だった。その力はどうするかはお前が決めていいさ。俺にはどうなるか分かるけどな。
(もう一度だけでも…会いたかった…)
地獄に落ちていく。ああ、そうだろうな。それだけの事をしてきたよ。どうせ地獄に落ちるのならどうして早くに裁かれなかったんだ。
どうして幸せになることが許されずに地獄へと落ちていくのだろう。どうしたらリザと会えたのだろう。生まれてくるはずだった娘と幸せな家庭を持てたというのか。
あのまま歯を食いしばって生きていればまた幸せになれたとでも?馬鹿を言うな。俺の幸せは全て焼き尽くされて残ったのはこの力ばかりの身体だけだった。
極限まで薄く伸ばされた時間の中でステイシスが細切れにされていくのを認識すると同時にロランの身体は砕け散り、肉体から魂が解放された。
そこから上がった煙は人類史上最悪の殺人鬼の魂とは思えない程に透明だった。
お前の幸せも、俺の幸せもどうして消えてしまったんだろうな。
『……』
「オッツダルヴァ…くそっ…」
無機質な紅い複眼がこちらを見てくる。
命の宿っていない、背筋が凍るような目線だ。
『……』
「貴様は本当に人間か?関わる人間を…ことごとく死なせて…」
ガロア自身も知らないガロアの過去の全てを知るウィンは、切り裂いたステイシスを何の感想も無く、ゴミを捨てる様に海に捨てる様を見てゾッとする。
望んでか望まずか、過去に彼に関わった者はウィンの知る限りではセレン・ヘイズただ一人を除いて全員死んでいる。
歩く災禍、本物の死神。陳腐な表現は現実感がないが、自分以外全滅していることは間違いない現実だった。
『……』
(次は私の番か…?くそっ、くそっ、くそっ!!)
ノーモーションで飛びかかってくるアレフ・ゼロから距離をとりつつも頭の冷静な部分ではもう敵う相手ではない、と呟いている。
カラードの最上位四人でかかってもう自分しか残っていない。そういえばセレン・ヘイズも四人でかかっても勝てるかどうかと言っていた。
オッツダルヴァもといマクシミリアン・テルミドール率いるORCA旅団との水面下での争いも自分では必死でやっていたつもりだったのに、
あれが全て茶番だったのではないか、そう思ってしまう程この男はあっさり舞台ごと破壊してしまった。チェスの基盤と駒を壊すように、地球という盤面と人という駒を。駄々っ子が癇癪を起こすように。
『……』
「戦争を起こさないためには人間がいなくなればいいということか?ふざけるなよ…」
そんな高尚な考えで動いていたわけでは無いのだが、どちらにせよガロアは答えられないし、ウィンもそのことは分かっている。
時間をなんとか稼いで勝ち目を探そうとしているのだ。揺れ動くアレフ・ゼロに両腕を突き出し狙いをつける。だが。
「がはっ!?」
距離をとっていた筈がいきなりブレードが伸びて両腕が切断された。
電気的に伝えられる痛みに呻いた瞬間、つんのめった機体に痛烈な蹴りを入れられ壁に激突させられた。
「げうっ…あっ…悪魔め…」
壁から離れる前にさらに蹴りがもう一発。レイテルパラッシュのコアが壁にのめり込み身動きが取れなくなったところに真下と右にそれぞれブレードが刺さる。
もう五秒後に自分がどうなるかウィンは確信した。
『……』
「お前は…何なんだ…」
真下と真横から迫る連斬を避ける術はなく、辞世の句を詠むことも許されずにウィン・D・ファンションは塵も残さず消滅した。
「……」
四つに分断されたレイテルパラッシュが間抜けな音を立てて地面に落ちた。
壁に刻まれたブレードの跡は偶然にも巨大な十字架となっていた。
それはカーパルスに散ったリンクスへの追悼か。
それともこれから死に行く人類の墓標か。
知る者はいない。
「……」
比較的平らな場所を選んで着地してゆっくりと周囲を見渡す。
ネクストの残骸が転がるばかりで波の音以外は非常に静かである。
両手のムーンライトに全てのエネルギーを送り紫電のブレードを翼を広げるように構えて回転すると、カーパルスにあった壁も含めて全てが切り刻まれた。
青い空の下、立っているのは自分だけだった。
「……」
また、一人になってしまった。
こちらに来てからはもう二度と味わいたくないと思っていた感情、すなわち孤独。
「……」
自分の選択でここまで来た。
それに、自分にはこの荒涼とした世界がお似合いだ。
だが。
(…セレンに…会いたい)
もう自分にはその資格も無い。会って殺されるかもしれない。
それでも、会いたい。そしてセレンは必ず来てくれる。
この自分だけが立っている戦場にどれだけ時間をかけても必ず来てくれる。
そしてガロアの思った通り。
夜のとばりが空に降ろされ始めてから少し、西の彼方から桜色に輝く機体が夕陽を受けて憂いを含んだ紫色に染まりながら高速で飛来した。
シミュレーションで一番戦った機体、シリエジオだ。
『待っていてくれたのか…信じていたよ。ふふ。あいつら…みんなお前を殺せる気でいやがった…お前が殺せないことは…お前の強さは…私が一番分かっている。…屁でもなかっただろう?』
「…、…」
この声が。
『もう…こうなってしまった以上…どうにもならないから…聞いてくれ…』
「……」
この感覚が。
なんて愛おしいのか。
『お前が成長していくたびに、お前がミッションを成功させるたびに、喜んでいるうらはら…ずっとある思いが私の中でくすぶっていたんだ』
「……」
駆け寄って抱きしめたい。そんな幼子のような衝動がガロアを突き動かそうとした。
だが、ガロアはそれを伝える言葉を持たない。
それにこんな機械の身体ではそれも叶わない。何よりもそんな資格も無い。
『私なら出来たのだろうか、と。なぁ、ガロア。…どう思う?私は結局…お前には勝てなくなってしまったから…』
ガシャン、と音を立てながら手にした武器を向けてきた。
「……」
もう、やるしかないのだろう。
チリチリと肌を刺すこの感覚は紛れも無い殺気。自分を殺しに来たのだ。
なのにその声に愛情が混じっているのを感じ、愛おしいとすら思ってしまう。
ああ、やっぱり自分は、セレンの事が…
「でもそれは許されない事だった。私は霞スミカじゃない、そう決めたのに」
ガロアの成長が喜ばしかった。誇らしかった。だが一方で、その輝かしい光はセレンの中の闇を確実に浮き彫りにしていった。
リンクスのコピーで最高のリンクスとなるべく育てられたセレンの心はやはり戦いに惹かれていたのだ。
あるいは、ガロアがリンクスになっても凡庸な戦士だったらその思いに気づかずにいられたのかもしれない。
だが、今となってはそんな思いはどうだっていい。人は誰もが表に出せない思いの一つや二つは抱えているものなのだから。
『……』
「お前がいなくなってから…今一度、振り返った」
『……』
「お前の事以外まるでない私には…振り返って…思い出したんだ」
「お前の肉を打つ感触…お前の骨を砕く衝撃。甘美な…」
「狂おしい…」
レールガンとレーザーを構えた手が震える。
ああ、まさかこの手で、ガロアを守り育てたこの手でガロアに銃を向けるなんて。
どうしようもない悲しみと後ろ暗い喜び、相反する二つの感情がセレンの顔を歪め熱い滴が頬を濡らす。
『……』
「誰よりも私がお前を知っている。お前の強さ、お前の動き、お前の戦いを。ずっとそばで見てきたんだ」
「お前が誰かに傷つけられるのは許せない。お前が誰かに殺されることなど絶対に許せない」
怪我をして欲しくない、と思いながらもこの手で何度も傷つけていた矛盾。
『……』
「お前は…私の物なのだから…」
そういう事なのだろう。
例え言葉が返ってこなくても…いや、何も言わずに、ただ黙って自分にひた向きに着いてきてくれたからこそ、あたかも物言わぬ所有物のように愛してしまっていたのだろう。
16歳になるまで人とほとんど人らしい関係を持つことも無く戦う為に育てられ、自由になった後も人とまともな関係を持つことなどまるでなかった。その術を知らなかった。
そんな中で自分を頼ってくる存在なんて初めてだった。しかもそれが自分以外に頼る者もいない子供だとなればなお一層のことだった。
焼け付くような独占欲と歪んでいると自覚することすらできない愛情が心を支配し、当然ガロアは自分の物なのだと思うようになっていた。
その結果、自分の元から離れてしまったと分かった時にはこれ以上ないくらいに取り乱した。
もう、自分の元に戻らない、戻ることが許されないというのならば。
『……』
「私だけがお前を傷つけていい。私だけがお前を殺していい。…お前だけが…私を殺していい。だから…」
せめてこの手で。
…いや、違う。誰にもそんなことはさせない、許さない。自分が、自分だけが、自分のこの手で終わらたい。
『…、…』
「始めよう。お前を、殺す」
『……』
星々がちりばめられた夜空にせせら笑うように浮かんだ下弦の月が見下ろす中で、二機のネクストが激突し、稲光がカーパルスを照らした。
開幕コジマキャノンをぶっぱなしてごり押しした思い出。
カーパルス内に入ってくるまでただ飛んでいるだけの四機に容赦ない攻撃です。
多分ネクストにも戦闘モードと通常モードあるだろうな、ということで入れました。
しかし、これよりトライ&エラーしたミッションって他のゲームでもないなぁ
セレンのセリフはさりげなくVDのマギーをオマージュしています。
多少の独占欲はあったとは言えセレンはどのルートでもガロアの事を何よりも大事にしています。
そしてガロアはそのことをセレンから離れてようやく気が付きました。
遅すぎる。