Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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黒い鳥

文明は崩壊した。

ことの始まりから僅か4か月で空に浮かぶクレイドルは一つ残らず叩き落とされ、

宗主たる企業もクレイドルに移住していた首脳陣の死に次いで点在する都市を執拗に襲撃するアレフ・ゼロを打ち負かすことは出来ず、

破壊され、汚染され、かつて企業と呼ばれた世界の支配者は消えてなくなった。それはつまりこれまで連綿と紡がれてきた文化と技術が失われたことを意味する。

いくらか残った企業と関係の無い、あるいは企業に反対する武装勢力も少しでも派手な活動をすればどこからかアレフ・ゼロが飛来して悉くを焼き尽くしていった。

都市で身を寄せて大人数でいるとアレフ・ゼロを呼び寄せる結果になると分かった頃にはもう手遅れだった。

現在の世界人口5400万人。最盛期の200分の1以下にまでその数を減らした。

 

分かってはいても人々は安定を求めて群れずにはいられない。

文化の発展を、食料の供給を、人々の交流を。

それが無ければ「人間」は成り立たず、進化してこなかったからだ。

だが、その僅かに起こった希望の種火すらもアレフ・ゼロは踏みつぶすように執拗に消していった。

 

既に世界にガロア・A・ヴェデットの名はおろか、アレフ・ゼロの名を知る者すらいない。

ただ、皆口々に「黒い鳥」と呟きながら指紋が消える程手を合わせ祈る。

自分達にその無慈悲な災害が降りかからないように。

あるいは毎日のように来る武装した悪漢たちに裁きが下されるように、と。

 

人類は刻一刻とその数を減らしている。

氷は溶け、草木は枯れ、動物は死に絶えていく。

最後の戦いでの勝利はガロアの他と圧倒的に隔絶した実力によるものだが彼がここまで生き延びた事もそんな力を身に付けた事も、

そして選択を誤ってしまったことも全てが地球による人類への滅びの意志によるものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

あちこちが汚れた服を着る少女が太陽に熱される砂漠を走る。

まだ10歳にもなっていないくらいだろうか。

どちらにしろこんなところに幼い子供が一人でいるのはただ事ではない。

 

 

「はっ…はっ…きゃっ!」

砂漠を走る少女は何もない場所で転んでしまう。

躓いたわけでは無く、長い事まともに食事をしていなかったことに加え、ペース配分も考えずに思い切り走ってしまい脚が藁になっていたのだ。

 

「うっ…ううっ…」

怪我はそこまででも無いのだが、もう立ち上がる気力も無いようだ。

相当恐ろしい目にあい、命からがら逃げてきたように見える。

じりじりと身体を舐る太陽にますます気力体力が奪われていく。

とうとう膝を抱えて泣き出してしまった。

 

「ひっ…うぐっ…誰か…助けて…お父さん…お母さん」

 

「……」

 

「えっ…?」

自分を覆うように影が出来ている。

顔を上げるとそこには背が高く赤い癖毛と渦を巻くような眼が特徴的な青年がいた。

こんなところで人に会うなんて。ゆったりとしたマントのようなボロ布には砂がこれでもかというほどついており、

砂漠に長い事生身でいることが伺えた。

 

「……」

 

「あ…ありがとう…」

ぐぃっ、と手を引かれ立ち上がる。

一見細身に見えるがそこからは想像できない程の力があり、溢れるような生命力を感じた。

立ち上がるとその青年は見上げる程大きく少女の知るどんな人間よりも長身であることが分かる。

 

「……」

 

「あ、あの!」

この人ならもしかして、何とかしてくれるかもしれない。

そんな考えが頭に出て少女の口を動かした。

 

「……」

 

「助けて!お父さんとお母さんが…町が…悪い人に襲われて…」

 

「……」

 

「あ、あっちに…あるから…」

何の反応も帰ってこない。

確かにそこにいるのに、確かにさっき触れたのに。

もしや、既に自分は死んでいて幽霊にでもなってしまったのだろうか。

あるいは…

 

「……」

 

「お兄ちゃんは…何?ゆうれい?それとも…天使様?」

天国へ続く螺旋階段のような眼がじっと少女の顔を見つめる。

こんな眼をした人間がいるのだろうか。天使か、と訪ねると青年は静かに笑った。

 

「……」

 

「こ、これ…今日のごはんにしようと思ってたの…あげるから…」

少女が所々破れたポケットの中から出したのは萎びてはいるものの赤く熟れたリンゴ。

汚染された今の世界ではここまで育った果実にはそれなりの価値がある。

 

「……」

 

「あ…」

青年がマントの下から左腕を伸ばしそのリンゴをそっと受け取った。

少女からは見えなかったがマントに隠された右腕では同時にこの場にそぐわぬ精密な機械のスイッチが押されていた。

 

 

ゴォオオオオオオ

 

「く、黒い鳥…」

青年がリンゴを受け取って五秒もしないうちに地平線の彼方から黒い巨人が眩い閃光を奔らせながら飛んできた。

 

「……」

 

「お兄ちゃんは…」

結局最初から最後まで何も答えることは無く、

砂漠の上で跪き停止した巨人に青年はするすると登り、背中に飲み込まれて消えた。

 

「わ…!きれい…!」

その瞬間、どこか機械的だった巨人の動きに命が吹き込まれたかのような精細さが浮かびながら飛び上がった。

緑の粒子が迸り、光の屈折が少女の頭上に小さな虹を架ける。

 

ゴウッ!!

 

「本当にいたんだ…!」

まるで夢だったのではないかと思う程、出会いも別れもあっという間だったが飛んでいった方角には確かに砂が風の模様を作っている。自分の住む町の方角だ。

それに目を瞑れば、今そこにいるかのように思い返せるあの巨人…黒い鳥の力強さ。瞼の裏に焼き付いている。

きっと自分が帰る頃には悪い奴らはみんな退治されてしまっているだろう。

自分が黒い鳥を呼んだんだ、そう皆に自慢しよう。

 

「帰ろ…、あれ?」

自分の足跡と風の模様が続く方へと向いた瞬間、目の前が真っ赤になる。

 

「え…?なにこれ…」

次々と結膜の毛細血管が破裂していき血の涙が溢れ、最後は黒かった瞳まで血の赤に染まりとうとう何も見えなくなる。

それと同時に喉からせり上がるようにして血が零れた。

 

「…う…」

がくがくと震える細い脚が血尿に染まり少女は血だまりの中に倒れた。

 

「……」

何も見えなくなった世界で少女が思い出せるのは両親の顔でも狂宴に叫ぶ悪漢共の姿でもなく、黒い巨人の紅い眼がこちらを冷淡に見つめてくる姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れていたり、劣化している場所などほとんどないのに誰も住んでいない奇妙なゴーストタウンの軍事基地でガロアはリンゴを齧りながら機械を操作していた。

汚染さえ気にしなければ物資も食料も腐るほどあり、大破していたりパーツが欠けていなければ元のデザイン通りにネクストの姿を修繕してくれるこの街はガロアにとっては都合がよかった。

 

機械の操作を終えると巨大なフックがネクストを釣り上げコンテナへと収納していく。

2時間もあれば僅かな損傷も完全に修復され弾薬も満タンになって出てくる。

ただ、直らない箇所が一つ。

大きな0の上に鳥の羽と剣で描かれていたエンブレムが燃えてしまい、僅かに焦げ付いた羽が残るのみとなった。

ペイントデータがあれば元に戻るのだが置いてきてしまったらしい。

どちらにせよネクストはおろか、まともなノーマルすらとんと見かけないこの状況では最早エンブレムに意味など無いのだが。

 

 

「……!」

ぽとり、とリンゴを落とす。

 

「……」

そのリンゴが砕けると同時にガロアは力なくその場に目を見開いたまま倒れた。

 

「…………、……」

そしてそのまま二度と動くことは無かった。

地球に犇めいていたほとんどの人類と動物を道連れに人類史上最大の邪悪、ガロア・A・ヴェデットは19年という短い生涯を終えた。

この世に生を受けた日から呪いのように染みついていたその眼の円環は憑き物が落ちる様に消えてなくなっていた。

 

 

 

「……」

その僅か10分後、VOB整備兵の作業服とガスマスクに赤外線ゴーグルといった画一的な装備に身を包んだ一人の人物がガロアの死体までやってきた。

 

「……」

ガスマスクの上からでは顔は見えないが、死体の傍で膝をつき愛でる様に頬を撫でるその動作からは女性的な物が感じられる。

溢れる思いに腕が震えるのを努めて抑えながらガスマスクの人物は見開かれていたガロアの瞼をそっと閉じた。

 

「…っ…」

明らかに体格的に劣るというのに、その死体を両腕で抱えてガスマスクの人物は巨大な廃墟と化した都市から姿を消した。

 

 

 

 

ザッ ザッ

 

「……」

嬌艶な黒髪に砂を絡ませながらシャベルで穴を掘り砂の山を作っていくその女はセレン・ヘイズその人である。

 

ザッ 

 

「……」

一年前、まだぎりぎりの所で形を保っていた企業が仕掛けた最終戦に参加したセレンはその場で殺されることは無かった。

生き残ったのではなく、明らかに殺さないように意識して倒された。

その動きを世界の誰よりも知っている自信はあった。実際次の動き、その次の動きと分かっていた。だが身体が付いていかなかった。

あっという間に四肢を切断され、プライマルアーマーを切ったアレフ・ゼロにコアを抱えられ汚染の無い場所まで連れていかれて、捨てられた。

連れていってくれたなら、と今でも思っている。

 

ガッ

 

『R.I.P Galois Armenia Vedett』

木で作った簡素な十字架をたてる。誰も名前を憶えていない者の墓に一体どれだけの意味があると言うのだろうか。

誰が見たって世界に何億とある墓碑の一つだとしか思わないだろう。まさか世界をこんな有様に追い込んだ張本人の墓だなんて想像すらしないだろう。

だが、それでいいのかもしれない。死んでいった者の分だけその墓に一人一人唾を吐きかけていくことですら百年や二百年では済まないのだから。

 

「……」

セレンに企業から責任追及が来ることは無かった。

そうなる前に企業自体が崩壊していた。企業の重役は勿論のこと関わる人まで一人残らず殺され、アームズフォートもネクストも悉くが破壊されていた。

そこから一年の間、長いようで短いアレフ・ゼロとガロアを追いかける旅があった。

バイクやヘリを乗り継ぎ、その腕っぷしと頭脳でここまで生き残ることはそれほど難しいことでは無かった。

見目麗しい女性を手籠めにしようという男の魔の手が迫ることも一度や二度ではなかったが、その度に皆殺しにして食料を奪う自分も、もうとっくに浮かばれる存在ではないと知った。

 

「……」

生き残ることが難しくなくても追いかけることは困難を極めた。まだ残る都市でもネクストを格納したり修理したり出来るような場所は無く、かと思えばそんな都市も次の日には殲滅されている。

残ったのはネクストの存在を知らない、知っていても精々オリジナルリンクスまでという程度の文化の集落に住む人々である。

いつからか「アレフ・ゼロを知らないか」ではなく「黒い鳥を見なかったか」と聞く様になっていた。

とは言え、目撃したという情報があってもネクストが本気で移動すれば半日後には地球の裏側にいるのだ。

仮にその情報が本物でも追いつくのは雲を掴むように困難だった。

セレンはそんな集落や村々の外で一人でキャンプをしていた。

元々人に馴染めない性格だったし、後ろめたさもあったが何よりもガロアもこの瞬間に一人なのだと思うと自分だけ人の中で生きていくのが気が引けてしまい自ら風餐露宿の道を選んだ。

その生活を続けて半年。もしかして人が住むような場所にいないのではないか、と気が付いた。

ガロアはいつだって勝とうとしていても生き延びようなどとはしていなかった。

もう汚染が進み人が住んでいなくてもまだ都市機構自体は生きている場所ならば腐るほどある。

その考えに至り世界各地を放浪しようやく、超高速移動物体による風紋を発見しそれを追いかけた。

だがやはりもう二度と交わることは無い運命だったのか、そこで見つけたのはまだ温かいガロアの死体だった。

 

 

 

 

「……」

震えてガチガチと歯を鳴らしながらひたすら十字架のたつ墓の前で手を合わせて祈る。

だがどの神に何を祈ればいいのか分からない。

ほとんどの宗教はすでに崩壊しており、今一番世界で祈られている存在が黒い鳥なのだから。

 

(お前は死んでどこに行けるんだ…)

地獄では手が余るだろうし天国には勿論行けないだろう。

完全な消滅か、あるいは輪廻転生か。

 

(私はお前に捨てられたのかと…ならいっそ…殺してしまおうと…)

そう思っていたのに、ガロアは自分だけは殺さずに明らかに命が助かるようにしていった。

 

(お前は私を…どう思っていたんだ?なんで殺さなかった?殺さないのなら…何故私を連れていってくれなかった?)

 

(着いて来いと、そう言ってくれれば着いていったよ…どうなろうとも…勝手に生み出しておいて…勝手に捨てたこんな世界より…私に生きる理由をくれた…お前の方が…大切だったんだから…)

だがガロアにはそれを伝える言葉が無く、あったとしてもこの道にセレンを引き込むつもりは無かった。

ガロアにとって自分を育て導いてくれたセレンは正しさの象徴でもあったからだ。

しかし当のセレンはそんな立派な物ではなく、結局誰かに由って自分を立たせている弱い人間の一人だった。

 

(お前の師であるとか、年上なのだからとか、押えこまれて動けないからとか、そんな言い訳で本心に気づかないフリをしていないで…あの時ただただ抱きしめていればよかった…)

例え力を得ても歪んでいても、時にガロアが優しくしてくれることが嬉しくて。ずっとこのままでいるのだと。変わらないのだと信じてしまいたかった。

人は物では無い。ずっと近くにあるとは限らないし、変わらないという事もあり得ない。

それに気が付けなかったセレンを責める者も、もういない。

 

(お前の事が…………好きだった……。許してくれ……愛がどういうことなのかすら…受けたことがないから…分からなかったんだ)

その言葉の欠片でも気取らずに真っ直ぐぶつけていればあるいは何かが変わっていたのかもしれない。

それが例え、クレイドルを落とし何億人もの人々を虐殺した後でも、その言葉があればガロアは止まっていたかもしれない。

だが既に全ては後の祭り。砂に染み込む涙がもう戻らないように、死んでしまった人々もガロアももう元には戻らない。

 

「さよなら、ガロア…」

そのままそこで枯れ果ててしまいたかった。

だがこれ以上この世界にいないガロアの存在に縋っていてはガロアは安らかに眠ることさえも出来ない。

セレンはゆっくりと立ち上がった。その目にはもう一切の光はなかった。




次が最終話なんですけど、自分でも見ていて気分が悪くなるくらいだったんで鬱ENDとか嫌いな人は読まない方がいいかもです。
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