Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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胡蝶の夢


セレン・ヘイズの記憶

今日も退屈な一日の幕開けだ。

結構な物語の中で、世を達観した主人公たちのそんな言葉が最初に出てくる。

 

「……」

私の場合本当にそうとしか言いようがないんだよ。

朝っぱらからそんな陰鬱なことを考えながら、16歳の少女、セレン・ヘイズは目を覚ました。

 

「昨日は何したっけ…」

というか、昨日もそんなこと言っていた。何をしたんだっけと寝ぼけた頭でしばらく考えて部屋に袋から出されないまま置いてあった服が見えた。

そうだ、あれを買ったんだ。買い物しているときはちょっと楽しかったけど、結局…。

そう考えて袋を蹴っ飛ばし、セレンは台所へと向かった。

 

冷蔵庫から取り出した牛乳を一気飲みしてシンクに投げ捨てる。

食器とゴミが溜まったシンクにはカビと埃にまみれており、クモの巣まで張っている。

 

どの部屋を見てもゴミだらけ…いや、本当はゴミでは無い物が大部分なのだが、履かれない靴や着ない服などゴミ同然だ。

とても16歳のうら若き乙女が住んでいるとは思えない。

 

「……ぐずっ…」

椅子に座ってぼけーっと壁を眺めて鼻をならしていたら30分経過していた。

今、自分が若く貴重な時間を無駄遣いしているというのは分かる。

ならばどうしろと?

 

「分かっている…」

家で腐っていても何も始まりやしない。外に出ることだ、とりあえずは。この完結した小さな世界では何も起きない。

いっそのこと大地震でも起こってくれればいいのに。

 

自分はプライドが高い、ということは分かっていた。

最強のリンクスとなるのだと、当然の選民意識を物心ついた頃から叩き込まれ、受け入れ育ってきたのだ。

今更それを変えることは出来ない。人に見下されるのは嫌だ。だから外に出るときは精一杯飾りたてる。

例え誰かと会う訳でなくても、ぼろを纏ってゾンビみたいな顔で外を歩く理由にはならないはずだ。

 

外はもうすっかり秋だった。いや、もうそろそろ冬だ。冷たく乾燥した風が髪を絡ませていくのを避ける様にして襟を立てながら歩く。

昨日は服を買って…どこで食事したんだっけ。おかしいな。別に頭は悪く無いはずなのにこんなに記憶が朧だなんて。

 

じゃあ今日はどうしよう。

 

(…本でも買おう)

ふらふらと本屋に入ってからそう考える。普通は入る前にそうやって考えるのだろうが…。

 

(なんにしよう)

本棚を眺めていると小さな少年が知恵と勇気を振り絞って怪物たちを倒すファンタジー物が目に入る。

私の方が十分怪物だけどな、と髪に隠れたジャックを触って自嘲気味に笑うとすれ違う男が明らかに一目惚れした様子で通り過ぎ棚にぶつかっていった。

 

「……」

結局店員のおすすめ、とポップがついた本を適当に買ってしまった。

ようするに余計なことを考えてしまうこの頭を何かで埋めて、時間が潰せればそれでいいんだ。

 

適当な喫茶店に入り、カフェラテを注文し外の席に座る。

肌寒いが、騒がしい店内にいる気にはなれなかった。というよりも、何かを変えるような出会いを求めているくせにむやみやたらに声をかけられるのが嫌なのだ。

 

「一人?誰かと待ち合わせしてんの?」

向かいの席に馴れ馴れしくパリッと服も髪もキめた優男が座った。

しっかりとコーヒーカップも置いている。

 

(こんな風にな…)

へそ曲がりなんだろう、自分は。何かが変わってほしいのにこうやって声をかけられるのが嫌なんだ。

 

「あ、それ、俺も読んだよ」

 

「……」

無視しているというのに顔を近づけて声をかけてくる。その自信はどこから出てくるんだ、となじってやりたい。

 

「その作者の前の作品、映画化されているじゃん」

 

「何の用だ」

冷たい声を出したはずなのに、反応を示したのが嬉しい、と言わんばかりに男の顔は輝いた。

 

「なんか声をかけられるの待っている感じだったからさ」

 

「……」

間違っちゃいない。変化を欲しているのだ。頭も心も腐らすような日常を吹き飛ばす変化を。

 

「どう?暇なら俺と見に行かない?」

 

「一人で行け…」

ダメだ。ファーストインプレッションで心が動かされなかった。

この男ではきっと何も変えられやしない。お前の求めている出会いとは違うんだ…とそれを説明するのも面倒極まりない。

 

「そんな事言ってさ。暗い顔して、失恋だろ?」

 

(…勝手なことを…)

やはり自分はプライドが高い。自分が失恋しただと?その一言で怒りにふつふつと火が付く。

 

「ね、お勧めの本もうちにあるしさ。良かったら貸してあげるし」

 

「いらない」

 

「奢ってあげるよ。慈善事業みたいなもんだ。困っている人がほっておけなくてさ」

男がそう言って自分の手に触れた瞬間、一気に沸点に達した。やたらと胸元で揺れるペンダントが怒りを煽ってきているような気がした。

 

「消えろ!!」

手にカップを持ったままビンタすると男は顔に熱々のコーヒーを被って吹き飛んでいった。

そしてそのまま道路でうつ伏せになって動かなくなった。

自分より弱い男などお断りだ。そう思う反面、自分より強い男などそうそういないことも分かっていた。

だが、そんな軟弱な男に自分がはいはいと着いて行くと思われたのが頭に来る。

何よりも自分の見た目や、話術といった自分の価値に自信を持っているその態度が気に食わなかった。

本をしまってレジに向かう。

 

「すまなかった。カップ、弁償する。それともう一杯カフェラテを頼む。持ち帰りでな」

 

「は、はい」

 

怯えた店員の目を見てようやく、やってしまったと思った。

暫くはあの喫茶店には行けないな。

 

だが少なくとも家で腐っているよりは良かった。

一時の激昂が自分を取り巻くどうしようもない日々の事を忘れさせてくれた。

 

平和に子供たちが遊んでいる公園のベンチで座って本を読む。

 

いろんな本を読みながら思うことだ。

中には歯の浮くようなラブロマンスや童話なんかもあった。

 

シンデレラは愛では無いと思う。

美女と野獣は真の愛だと思う。

悪いドラゴンに囚われた姫を助けに行く勇者も愛だと思う。

 

愛はどうすれば見えるのかは難しい。

 

要約すれば…

 

誰もが認めるようなイケメンが、大好きだ!と言って、それを主人公の女が、私もよ!と返す。

 

…それで終わるどうしようもない小説を読んだことがある。やけに世間からは評価されていてドラマ化もしていたが。

自分の感想は「いいな、単純で」だった。今読んでいる本もまさしくそんな感じだ。なんでこんなのが話題になるんだ。

 

そんなもん、上っ面の言葉で取り繕っていないだけ出会ってニオイで確かめて交尾する動物の方がまだ幾分かマシだ。

やはりその間に時間とドラマがあるからこそ、その愛が本物だと信じたくなるのだ。

 

街で声をかけてくる男は私を愛しているから声をかけるのだろうか。

 

どんな敵がいたとしても立ち向かってでも自分を連れ去りに来るか?

美女と野獣のように、自分の見た目が違っても?

早い話、この皮がなかったとしても?

 

(嘘を吐くな)

誰がそんなのに声をかけるんだ。

知らないだろう。自分は世間が怪物と評価する「リンクス」という存在だということを。

あるいは怪物なら自分を愛してくれるかもな。

 

その時セレンの足元にボールが転がってきた。

子供がダッシュでこちらに来るのを、辿りつく前にボールを蹴り返す。

ヒールがボールを蹴るのに向いているはずがなく、やや変な方向へと飛んでいったが子供たちは大声で礼を言ってボールを追いかけていった。

 

「……」

あの子供には母親がいて、その母親には夫がいる。

家族がいる。

誰にだって。

当たり前だ。

 

(私にはいないんだ)

そんな当たり前の物が…自分には、クローン人間には存在しない。

 

(別に…愛じゃなくてもいい)

自分を認めてくれる何かが、誰かが欲しい。そんな存在はいるのだろうか。

だが世間からはAMS適性という才能一つに恵まれただけで化け物と言う評価になってしまうらしい。

それまでの人生なんか、人格なんか関係ない。

 

力を付ける為に自分がどれだけ汗を流したか、どれだけ血を流したか、どれだけ訓練をしたか。

 

関係ない。リンクスは化け物なのだ。

 

いつか自分を見た目でなく認めてくれる人…例えば目が見えない人や、まだ幼い子供と繋がりが出来たとして。

自分はリンクスの上クローン人間なんだと言えるだろうか。

あなたに過去がある様に、自分にも過去があると。

 

自分はまともな生まれの人間でもまともな人間でもないと。

 

(出来るわけがないよ…)

自分ですら自分の事を異様な存在だと思っているのに、馬鹿馬鹿しい。

 

ならば自分で自分のアイデンティティーを見つけに行くしかないのだろう。

でもどうしろと?

 

(…今日はもう帰ろう)

今は何時なんだろう。この時期で日も沈んでいないからまだ3時4時とかだろう。

まだ読みかけの小説をゴミ箱にぶち込んでセレンは帰路についた。

 

 

 

 

「くぁ…ふぁー…あ…あぁ…あ」

ベッドの上で大あくびをする。どうせ誰も見ていないと思うとこんな顔も出来るもんだ。

出前の食事を好きなように好きなだけ食べてようやくパンパンだった腹も少しへこんできた。

栄養管理されていない食事というのは悪く無い。だが…

 

(一人で食ってもうまくない。つまらない)

そう考えてからまた自嘲する。一人だとつまらないなんて、誰かと食事したことなんかない癖に。

蛍光灯に透かして細かい傷だらけの手の甲を見る。

 

「……」

何のために身体を鍛えたんだろう。

何のために訓練を積み重ねたんだろう。

 

(何のために…生きているんだろう)

解放されたとしても、染み付いた習慣はなかなか消えないものだ。

しっかりと食事をとったら運動がしたくなってきた。

 

「…走るか」

何よりも、過去に積み重ねてきたことを全てやめてしまっては、気が付けば一番なりたくないものになってしまう気がするのだ。

 

 

 

 

何時間走っていただろうか。もっと走れ、と言われれば多分夜明けまで走れるがとりあえずいい汗をかいたな、と考えてゆっくりと足を止めるとそこは昼間に来た公園だった。

もうすでに虫の鳴く季節でも無いらしく、色の抜けた葉が散る公園にはもう誰もいなかった。

 

「……ふーっ…」

意識する前に一本の小さな木の前に立っており、自然と身体は弛緩し熱い息を吐きだした。

 

「はっ!!」

どっ、と鈍い音が響き木が揺れる。発勁を放った…つもりだったのだが、葉が落ちるのみ。失敗だ。

木に凹みが出来たがこれなら全力で蹴った方がマシだろう。

 

「肘間接が鈍ってる…」

毎日やっていた事でもやらなければあっという間に錆びつく。

多分うまく体重を伝えられていないだろう。よく思い返してみれば大地をちゃんと踏みしめていなかった。

 

(勁能く発すれば…)

今一度息を吐き内功に意識を集中する。自分は一つの流れだ。その流れを意識するのだ。

 

「ふっ!!」

セレンを中心に円となった風が巻き起こり、その手が木に触れた瞬間。

一気に数週間後の姿になったかのようにバッと一斉に葉が散った。

そのすぐ後に手の触れた箇所に亀裂が入り、派手な音を立てながら木が倒れた。

 

(やりすぎた!やりすぎた!)

 

「はっはっは!!」

笑っていい様な事態では無いのだが、大笑いしながら家へと走る。

懐かしい思い出が浮かんできた。

 

基本的に他の候補生と違って最強のリンクスとなることを決められていた自分は当然他の者とは違ったカリキュラムを物心つく前から叩き込まれてきた。

だが組手などはどうしても一人ではできる物では無く、インテリオルの養成所から連れてこられた者達を相手にさせられた。

性別も年齢も体格もバラバラだったが、一致しているのはどいつも自分以下だったということ。

自分より30kgも重い者を投げ飛ばし、20cmも背が高い者の関節を外して全てに勝利してきた。

 

「…ちっ」

そんな連中が、自分以下だった連中が、リンクスになっているのかと思うと頭がおかしくなりそうだ。

その誰よりも努力したという自信はあるというのに!!

 

「ああ…くそ…」

走っているうちにマンションに辿りついてしまった。

誰も待っていない、誰も自分を見ない埃臭いマンションに。

ここは自分の棺桶なんだ。なら引っ越せばいいだろう、と思うがそう言うことではないのだ。

 

玄関に入って鍵を閉めると適当に汗濡れの服を脱ぎ散らかす。どうせ洗濯カゴはいっぱいで入りやしない。

 

 

風呂場に入ってお湯の蛇口をひねるとキュッと高い音がしたのがやけにムカついた。

頭から一気にお湯を被るとさらさらとした黒髪が流れ額や肌に張りついていく。

 

「……」

曇る鏡に映る自分の身体をまじまじと見る。生まれた時から戦士として改造を続けて完成された身体。

極めて優れた栄養状態のお陰でオリジナルの霞よりも身長体重共に上回っているらしい。

 

「なんなんだよもう…」

それでもやはり女性として育った大きな胸や丸い尻に目が行く。

これから10年前後が食べ頃だとして、今がその始まり。当然熟してはいないが、一番瑞々しい時期なのだろう。

それを考えるたびにセレンはゾッとするのだ。霞を抱いた男もこの世界のどこかにまだいるのだろうか、と。

 

この身体と同じ身体を。この顔と同じ顔を。

 

「くそっ…ふざけるな…!私の身体だ!私の…お前のせいで…!なんでこんな…!」

仮にもインテリオルの管轄している街に住んでいるのだ。そんな男とすれ違うこともあるかもしれない。

もしもそんな男と街中で出会った時に、この身体を隅々まで味わった記憶をその男だけが勝手に思い出し舌なめずりをするのだとしたら、と考えたら今すぐにでもこの皮を剥いでしまいたかった。

誰にも心も身体も許していないというのに!

自分の身体が自分だけの物では無いという気持ち悪さ、恐怖はどれだけ頭を回しても離れてくれない。

 

頭を掻きまわす陰鬱な考えはたった一つの原因から来ている。

自分はクローン人間だということ。

元になった人間がいなければこの悩みすらも浮かんでこなかったはずだというジレンマ。

 

最早何が何だか分からなくなってくる。自分はこの世界でたった一つの個であるということは何に対しても最初の原動力のはずだ。自分にはそれが無い。

本当なら今頃オリジナルにとってかわって戦場を駆けていたはずなのに。結局自分はコピーどころかまともな人間ですらない。

 

 

 

 

身体を拭いたタオルをそのまま枕に巻いてベッドに身体を投げだす。

 

「まぶしい…」

何が?と考えてとりあえず目に入った中で一番眩しかった蛍光灯を消す。

 

今日こそは何かが変わるかも、とおしゃれをして外に出かける。

男でなくてもいい。

女でなくてもいい。

出会いでなくてもいい。

何か、生温い酸に身体をじくじくと溶かされていくような日常を変える何かが起きるのではと期待して。

 

結局そんなことは一つも起こらない。

夜にはすっかり明日への希望もなくなって、明日の美の為に髪をブローする気もなくなる。

そして朝になるとちょっとだけ朝日と共に淡い希望が浮かんできて夜には打ちのめされている。毎日だ!

 

この街のどいつもこいつも誰かと繋がって何かをしている。

 

(私は?なんなんだ?)

何と繋がり何をしているというのだろうか。何かあるのだろうか。

一流のスポーツ選手や芸術家、あるいはたった一つの愛の為に全てを捨てる主人公のように、自分の身も心も焼き焦がしてしまうような途轍もない出会いが、いつか自分の人生にも。

この空の下で、自分と出会う何かがいるのだろうか。

 

 

 

(……)

 

(……)

 

(……)

 

ちゅんちゅんと窓の外から鳥の声が聞こえありがちな朝を迎えた。

 

「あ………なんだ夢か」

そうして身体を起こすと左手に痛みが走る。

なんでこんな怪我したんだっけ、と昨日も考えていた。

正直そんなこと考えても意味ない。毎日生傷だらけになっているんだから。

 

「ふっ…」

普通の人間ならば身体の傷や怪我を見れば溜息の一つでも吐くのだろう。

だがセレンはその傷を見て笑った。

 

「くぁ…ふぁー…あ…あぁ…あ」

大あくびをしながら立ち上がる。疲れも完全にはとれていないし、本当ならまだ寝ていたい。今は六時前だから寝ててもいいはずだ。

でもそんなだらしないことを今の自分は言えない。

 

(なぜなら…)

と考えを頭の中で自己完結させて隣の部屋に入るともう起きていた。

あくびをしながら目をこすっている辺り、自分と同じぐらいのタイミングで起きたのだろう。いいことだ。

 

「おはよう、ガロア」

 

「……」

 

(私は師だから)

言葉は返ってこないが、二人して同じタイミングで首を回すとべきべきという音が共鳴した。

さぁ今日も厳しくいくのだ。

 

 

 

体育館に入って向き合う。

ランニングを終えて自分も汗だくだがガロアはさらに息が上がりっぱなしだ。

だがこうやって心臓を鍛えなければネクストの負荷には耐えられない。

今日も血や吐瀉物で体育館は汚れるだろうが清掃費込みだから構いやしない。

 

「……オェップ」

今日はとうとう一回も気絶しなかった…とはいえ既にサッカーでフルタイムを走り回った選手のように何もしていないのに吐きかけている。

朝も昼もめちゃめちゃ食わせたから吐くとしたら盛大に行くだろう。

午前中いっぱいは全てシミュレータマシンに乗っていたから精神もくたくたに消耗しているはずだ

 

「体格が劣るものは…相手の虚を突く。それが突破口だ。突いてみろ」

背は伸びたとはいえまだまだ小さい。おまけに力でも劣っているのだ。自分の虚を突くしかないだろう。

一度だらんと力を抜いた後、サポーターとバンテージで固めた腕を構えてくる。運動もそうだが勉強もあるから手を怪我してもらっては困るから一応そうしている。

極力その辺は加減しているが怪我した後にやっちまったと言っても何にもならない。虚ろだった灰色の眼に力が籠ったその瞬間、ダンッと音を立てて踏みこんできた。

 

(速くなっているな!)

今日も昨日より進歩している。あの拳で自分を殴ろうとしているというのに自然に笑ってしまう。

一撃一撃が確実に威力が強くなっている拳を全て受け流す。上背はまだまだ小さいがそろそろ同い年の子供にも負けなくなっているかもしれない。

 

(!…うまい)

しっかり握って固めた拳に見せかけて一発だけ貫手の形で手が飛んでくる。

狙いは脇の下だろう。他の攻撃は全て正中線を狙っているのだ。普通は対応が遅れる。

 

「ところが、技術で翻弄される。どうするかは…考えるんだ。戦場では…誰かに教えを請う暇はそうないぞ」

貫手に合わせて手首を掴む。

 

「……??」

そのまま押しこむとガロアはがくんと膝をついた。

訳の分からないという顔をしているが合気とはそういう物だ。

意思とは関係なく身体の仕組みを利用しているのだから。

自分が生まれて十数年毎日毎日叩き込まれた技術を体系的に一つずつ教えてもいい。

だがそれでは時間がかかる。何よりもガロアならその技を受けていくうちに覚えるという確信がセレンにはあった。

 

「…!!」

さてどうするのかと見ていたらその場で側宙して技を外された。少々派手過ぎるが及第点だ。

空中で回転しながら飛ばしてくる蹴りにカウンターを叩き込んだつもりがいなされていた。素晴らしい眼をしている。

 

「よける、いなす…正しいが…まだある筈だ。相手の攻撃を受けないための何かが」

言いながら構えを変えてデトロイトスタイルのポーズをとる。

ここでこのスタイルを選択するのは悪手だ。ガロアはもうこれからフリッカージャブが飛んでくるのを見抜いているだろう。

それでいい。一瞬の判断力をつけさせるために、たまに外れの選択をするのだ。

 

「そうだ。息を付かせない攻撃も正しい」

上手く拳の威力が最大にならない位置を取り、低く構えて脚に蹴りを放ったかと思えば飛んで踵落としをしてくる。

言葉では褒めながらも全て流しており、ガロアの身体にも疲労が溜まっていくだろう。まだまだ脚が短く上手く届いていないのが減点だがそれでも悪くはない。

 

「フシッ!」

空中に飛び上がろうとしたガロアの、一瞬後に顎があるであろう位置にジャブを放つ。

 

(なに!?)

幻覚…いや、フェイントだ。

というよりも本当に飛び上がろうとしたのを自分のジャブを見て強制的にやめたという感じだ。

この眼は天性の才能なのだろう。驚いている自分の人中に拳が飛んでくる。

 

「もう一つ。『先』だ。これを制すればずっと自分の攻撃だけが届く」

今度はガロアが驚愕する番だった。

ガロアの腕が伸びきる前に拳がセレンの細い指先一つで止められていた。

状況を判断し行動に移す隙とも言えぬ一瞬の間に足払いをすると、軽いガロアの身体は簡単に一回転してしまった。

しまった、頭を打つかもと思ったが。

 

(っ、素晴らしい!)

片手を床に着けて倒立したまま顔に蹴りを放ってきた。

避けるのがやや遅れて前髪が少し切れてしまった。

日に日にアビリティーが上がってる。もうひ弱な子供とは言えなくなった。

成長を見る、ということがこんなに楽しいとは。今のセレンにかつて身を腐らせていた退屈はこれっぽっちも無かった。

だがずっと頭を下にしたままで大丈夫なはずも無く、立ち上がった時は隙だらけだった。

少々強めにリバーブローを打つ。

 

「グッ、!ブッ…」

前まではこれで吹き飛んで床の上を転げ回っていた。体重も増えたのだ。

だが我慢出来るものじゃないはずだ。動きが止まっているガロアの腹にもう一発拳を入れる。

 

(!?出たっ!)

入ったと思った拳は掴まれていた。明らかに眼つきが変わり癖の強い赤毛が逆立っている。

掴まれた拳がみしみしと痛みを伝えてくる。握力が完全に測定値を越えていた。

 

(痛み、そして怒りで出るのか)

ガロアの中で眠る巨大な怪物性。危機に瀕するといきなりリミッターが外れて身体スペックの限界の能力が引きだされる。

腕を掴まれて動けないまま肘を振ると空を斬る音と同時に生々しい音が聞こえた。ガロアの額がセレンの肘で切れた音だ。

 

「…!!」

流れた血に視界を奪われると同時に手の拘束が緩む。

その機にその場で回転して頭の後ろで縛っていた髪を顔に叩きつける。

これで完全に視界を奪った。

 

(今日はこれで終わりだ)

よくやった、と後でたっぷり褒めてやろう。そう思いながら回転の勢いを緩めず地面に手をつき、回る足でガロアの顎を挟んだ。

 

(よしっ!首を刈った!)

今の一撃で脳はシェイクされ完全に意識を吹き飛ばしただろう。そう思ってほんの少し気を緩めた瞬間。

 

ダァン!!

 

「!!?!!?」

体育館に響き渡った大きな音は自分がぶっ飛ばされて床に叩きつけられた音だった。

受け身すら取れなかったのは完全に終了したと思っていたからだ。

 

(なんだ!?何が起きた!?)

 

(純粋に力で押し返されたのか?…やっぱり男の子だな…だがまだ、そこまでの膂力は…)

床で擦れて火傷した部分をちらりと見て、ガロアに目を向ける。

 

(いや、違う!勁だ!)

握られた両手首はへその下あたりで甲の側へと曲げられ、指同士がつくほどの距離で静止している。

両脚は弛緩しているようでしっかりと大地を踏みしめている。全身から勁を発する為の忠実な構えになっていた。

 

(馬鹿な…全身から発する方はまだ教えていないだろう…化獣め!)

打投極絞、全てにおいて自分が勝っているはずだ。自分の方が強い、当たり前に強いのにそう思ってしまうのは何故なのだろうか。

そう、時にガロアは途轍もなく獣染みているのだ。だがおかしい。あの感触は確実に脳を揺らして意識を飛ばしたはずなのに。

 

(…出たか…なんなんだお前は)

気絶している。それは間違いないのに何故かゆらゆらと揺れながらも倒れない。

ガロアの脚に芯を入れている何かがある。セレンは気が付かないがその時、体育館を含む運動場の周りから動物が逃げ出していた。

何かが眠っている。半端なことでは目覚めない何かが。恐らく引き金は…恐怖、怒り、痛み、危険…。普通に生活していれば出てこない

命の際になると出てくるものがガロアの中にはある。そしてその何かが必要だった環境で過去、生活していたということだ。

 

「おい、…ガロア?」

反応はなくゆらゆらと揺れながらも立っているだけ。もしかして立ちながら気を失っているのかもしれない。

わざと足音を大きくたてながら近づいても反応はない。

 

「大丈夫か…?…、!!!」

肩に手をかけると同時に…矛盾しているようだが意識のない眼で強烈に睨まれた。

呼吸を吐いて筋肉を締め、身体を丸めて腕を前で交差する。本能からの防御行動だった。

そしてその0.01秒後にセレンは再びぶっ飛ばされた。

 

「痛っ…!!」

痛みを自覚するのと同時に鎖骨から腹部にかけて腕を通ってななめ一直線に刃物で斬られたように出血する。

凄まじい速さでしなる腕が肌を肉ごと抉り飛ばしていったのだ。ガロアの指先からは血が滴っていた。

 

「!まずい!」

今度こそ完全に気絶したガロアはぐらりと床に倒れそうになる。

あわや顔面強打、鼻骨バキ折れ骨折というところを何とか滑りこんで胸で受け止める。

 

「……」

 

(あっ、戻ってる)

その顔にはもう先ほどの獣性はなかった。あろうことか安らかに寝息を立てている。

あの一撃で全てを出しきったのだ。とんでもないことだ。

AMS適性と同じ様に、天賦の才というものは絶対にある。ガロアを見ているとよく分かる。

 

(養成所の連中の目は節穴か?いや、画一的な教え方だったら気が付かなかっただろうな…)

別に人を見る目があるとは思わないし人と関わった数も少ない。それでも確信できる。

信じられない程の大器だということが。

普段は無口…なのは当然としても、あまり感情を表に出さず冷静なのにたまに出すこの化け物染みた部分。

どこから来て何が目的なのか分からない、思考は堂々巡りする。

教えてもくれない。

 

(まぁそれは自分も教えてないからおあいこだ)

間抜け面で寝息を立てているガロアを背負って体育館に鍵をかける。

腕が痛むのを感じる。

簡単な止血はしたが家でしっかり治療しないといけないかもな、と考えながら夕暮れの街を歩く。

 

ガロアは最初の時点で霞を知っていると言ってきた。

それでも何も言ってこないのは不思議だが自分で言いだす勇気はない。

なんとなく、お互いに秘密があると分かり切っているからこそこんな関係でいられるんだろうなと思った。

 

「…、…!…?」

 

「おっと…まだ休んでいていい。家帰ったら飯食って勉強だ」

目を覚ましたガロアが背中から降りようと腕に力を込めるが、上手く力が入らずまた背中に身体を投げだしたのを感じて声をかける。

 

「……」

 

「軽い軽い。もっと体重増やさなきゃな…な?」

申し訳なさそうな顔しているんだろうな、と思ってそんな事を言う。

確かに体重を増やさなくてはいけないが…それでも今日二回も吹っ飛ばされたのは事実だ。

まだ自分より全然軽いというのに。

 

「んー…前は50kgだったか?今は53kg…?とかかな。今度また計るか」

 

「……」

 

(ああー…楽しいな…)

十数年生きてこんなに誰かに頼られ世話をするなんて初めてだ。

ずきずきと身体は痛むしかなり疲れた。それでも楽しいとしか言いようがない。

そういえば自分は今までリンクスとなるための訓練を受けて楽しいなんて思ったこともなかった。

初めてのことだらけだ。夕暮れの帰り道、ガロアの体重を感じながらセレンはもう一度楽しいな、という思いを胸いっぱいに満喫した。

 

 

 

 

 

「……ウップ」

吐きます、もう吐きます、と青い顔したガロアの前には教材とチョコケーキ、甘ーいココア。そのどれに手を付けても吐き気が増すだろう。

ガロアが作った料理なのだから不味いという訳でなく、単純に食べ過ぎだ。というよりもセレンに食べさせられたのだ。

 

「えー…と…まだ弾道計算の範囲だな。微分方程式だ」

セレンは同じ量の食事をとったわけだが全く平気そうだ。

おまけにケーキも自分の分は平らげてしまった。

二人とも身体のあちこちに絆創膏と包帯を付けてはいるがとりあえず元気ではある。

 

「……オエッ」

 

「これは…えー…リッカチ型だから…」

そー…っとガロアの後ろから手を回しガロアの分のケーキのイチゴを取りながら今日の部分の授業に入る。

 

「……」

だがガロアは指示も聞かずに問題を解き始めてしまった。

それを見て自分の言っていた事が違っていたということに気が付く。

 

「あ、ベルヌーイ?そだな」

本当に勉強に関しては全く文句が言えない。まるで自分の前に優秀な教師に勉強を教えられていたかのようだ、とイチゴを頬張りながら考える。

本来なら勉学の為にもっと時間をとるのだろうが、この点に置いては教えることは無いか、あったとしてもすぐに吸収してしまうのでかなりの時間を肉体改造とシミュレータマシンに回せる。

自分が飲みこむのに時間がかかった箇所をさらさら解くガロアを見て溜息を吐く。

 

(可愛げない奴)

ココアを飲んでいるところをわざと頬を強めに指で押すとココアが吹き出た。

 

「!? !?」

 

「なはは、ぴゅーって出た、ぴゅーって」

 

「!!」

言葉は当然出てこないが、口が利けたら文句の一つでも言ってくるのだろうなという顔をしながら手で押してくる。

からかいすぎたか、少し怒っているようだ。

 

「お?まだやるか?もうくたくたのくせに」

額を指で小突くと動物のように喉を鳴らしながら机をぼかぼか叩き始めた。漫画やアニメだったら頭からぷんぷんと蒸気が出ているだろう。

勉強の時間を邪魔しているのは分かるが、どうせ完璧に出来ているのだ、可愛くない。

 

「後で風呂入れよ。汗臭いぞ」

外にいるときは気が付かなかったが隣に座ると分かる。

つんとした汗の臭いが相当漂ってくる。

 

「……」

 

「え?私も?…そりゃそうだな、うん」

お前も臭い、とノートに…書かれたわけではないがしかめっ面で指を指されて気が付く。

同じだけ運動しているのだから当たり前だ。

 

「じゃあ風呂入ってくる。終わらせておけよ」

 

「……」

机を拭いているガロアのそばに置いてあるケーキを一つまみ取って口に入れる。

 

「うん。美味い」

ガロアはむすっとしていたが文句は言ってこなかった(言えないが)。

毎日こんなことをしていて思った。二人で食べるとどんなものでも美味しい。

たとえこのケーキがスーパーの安い量産品でもだ。この百倍は高いケーキも食べたことがあるというのに。

 

指を綺麗に舐めとって洗濯物の溜まっていない洗濯カゴに服を入れたセレンは機嫌よさげに鼻歌を歌いながら風呂に入った。

 

 

 

 

 

「ふぁー…」

風呂から上がってほかほかと湯気を頭からあげているセレンはあくびを噛み殺そうともせず大きく口を開けて機械的にテキストに丸をつけていく。

見ろ、全問正解だ。可愛くない。これで変なミスでもしていれば…いや、しない方が望ましいのだろうが。

 

(髪乾かそうかな…)

頭の上で縛ってあげた髪に触れる。放置すればダメージが溜まるのは知っているが。

 

(ま、どうせ明日もボサボサになるだろうしな。今は色気より訓練だ訓練)

いつの間にかもう日も変わろうとしている。時間が過ぎるのが早すぎて眩暈がしそうだ。

もう一度大あくびしているといつの間にか出てきていたガロアがほかほかしながらこちらを見ていた。

大口開けているのを全部見ていたのだろうに、笑いも目を逸らしもしないのを見て逆に恥ずかしくなってくる。

 

「歯はどうなった?どれ」

口を開かせて中を見ると、奥歯が一本ない。既に血は出ておらず痛くはなさそうだ。

先日力加減を間違えてパンチしたときに歯が飛んでいってしまったのだ。

 

「……」

 

「ふむ、今度差し歯にしてもらうか」

喋れないから発音は関係ないにしても食事がしにくかろう、と思いながら無意識に唇をぷにぷにといじっていたら、嫌がるように離れた。

それを見てなんだか吹きだしてしまう。

 

「明日は日曜だから休みだ。お前の料理もいいが…何かどっか、うまいものでも食べに行こうな」

癖の強い髪を掻き分けてがしがしと強く頭をなでる。

着々と背は伸びている。いつかこんなふうに出来なくなるくらい大きくなる日も来るのだろうか。

 

「……」

 

(あっ。笑った)

厳しくしても泣きわめくどころかいやな顔一つしない。そんなところがやはり人間性をあまり感じさせない。垣間見える怪物性のせいもあるだろう。

だが、優しくするとたまに笑う。その時は素直に可愛いと思う。そういえば自分もよく笑うようになった。

 

(弟がいるのってこんな気分なのかな)

自然にそう考えてから、今日初めて少しだけ暗い気分になる。

 

(…何を馬鹿なことを)

今は師と弟子。将来はオペレーターと傭兵。いずれ戦場に弟を送る姉なんて血なまぐさい血縁があるか。

自分には家族なんていないのだ。

 

「……」

 

「うん、寝るか」

ガロアもあくびをしたのを見てそう言うと、ガロアは踵を返して自分のベッドのある部屋へと向かってしまう。

 

「おい、ガロア」

自分に家族はいない。だがそれでも。

 

「おやすみ」

挨拶は返ってこないがこうやって言えることが大事なのだ。

ガロアはまた少しだけ笑って部屋に引っ込んでいった。

 

 

(なんで喋れないんだろうなー…今度病院に連れて行ってみるか)

こんなことを考えているうちに眠っているんだろう。

ベッドの中で考える。

そうしたら自分のことをなんと呼ぶのだろうか。

 

(普通にセレンとかかな…もしかして、お姉ちゃんとか?まさかな)

まさかな、とは思ったがそんな想像をしたとき自然と脚がばたばたとして派手に埃を立ててしまった。

 

(明日晴れればいいな…)

そんなことを思う日が来るなんて思わなかった。

そのうちセレンは幸せな想像をしているうちに眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱちり、と何かが弾けた。

 

「!……、あ……あぁ…」

焚火が弾けた音だった。揺らめく炎を見ているうちに眠ってしまったのか。

時計を見ると最後に見た時から30分も経っていなかった。

それなのになんて長い夢だったのだろう。

 

「…あ…ぅ…」

暖かい布団で心地よい疲れに沈みながら寝たはずだ。

星空の下、砂漠の上で寝たんじゃない。あっちが本当の私なんだ。戻りたい。戻らせてくれ。

 

「うあぁ………」

もう一度眠ろうと目を閉じたら大粒の涙が零れた。浅く速い呼吸が身体を震わせる。

 

(どうしてあんな夢を…)

幸せだった。これさえあればもう何もいらない、と思えるほど。

どうしてそんな物を見せてまたこの現実に叩き込むんだ?

 

「ガロア……」

あっちに歩けば数日前に埋めたガロアが眠る墓がある。

もう腐敗しているだろうか。まだ人の形を保っているだろうか。

どっちでもいい。抱きしめに行きたい。ぼろぼろと涙を零すセレンの元に近づく集団があった。

 

「お、お、女だ…」

集団の一人の男がセレンの前に回り込んで唖然とした顔で言う。

 

「ガロア…今行く…」

 

「す、すげぇ…すげぇいい女だ、おい、お、俺がこいつ見つけたからな!俺が先だ!」

 

「何?次は俺だからな、コラ!」

 

「待っていろ…ガロア」

うるさく騒ぐ男達のことなど最初から頭になかった。

 

「へ?」

その声を出した男以外も同じ感想しか出なかった。なにやってんだ?と。

セレンのそばで俺が先だ、と主張していた男の顎に拳銃が突きつけられていた。

 

「今度はちゃんと…正直になるから…」

男の脳漿が後頭部から砂漠に巻き散らかされた。

 

「なんだぁーっ!!?」

セレンは倒れようとする男の身体を盾にして、武装した悪漢たちの脳天に一つずつ、機械的に穴を空けていく。

 

「……」

男達から放たれる弾丸が盾にした男の死体をぐちゃぐちゃにしていくが、セレンには掠りもしなかったのが幸運かも不運かも分からない。

 

カチカチ、と引き金が無為になる音がした。

 

「……」

13の死体が転がる砂漠でセレンは一人立っていた。

丁度全員殺したところで弾が切れたのだ。幸運なのか、不運なのか。

 

「すぐ行くから…もうちょっとだけ…待っていて…」

放り投げた男の死体から順に漁って食料と武器を奪っていく。

やたらと重武装のこの男達は食料も豊富に持っていた。どうしてかなんて考えるまでもない。

自分と同じだ。奪って回っていたのだろう。

 

「あ……」

ころん、と男の死体の懐から何かが転がってきた。

手榴弾だった。まるで自分に見つかるべく転がり出てきたかのようだった。

 

あの夢は。全て本当にあったことのはずだ。

今、自分は地獄で這いまわる餓鬼のように死体を漁っている。

なんでだっけ……

 

「もう………、……いい……もういい…分かった…」

手榴弾と拳銃を手にして、そう呟きながらセレンは立ち上がった。

 

「今、そっちに行くから…会いに行くからな、ガロア」

そうして手榴弾のピンを抜く。

セレンは目を閉じてこめかみに銃口を当てて引き金を引いた。

 

頭蓋が砕け散り、黒い髪が地面に着く寸前にセレンの身体は粉々に吹き飛んだ。

 

 

漠々たる砂漠はその全てを包み込み、やがて何もかもを砂へと変えて何も残さなかった。

 

 

 

 

天敵ルート END

 

The Worst Ending Ever

 

 

 

 

何もかもを焼き尽くす死を告げる鳥…なぁんてねぇ

あたし、そんなの話にしか聞いていなかったけど、本当にいたのね

 

あーあ

これからこの世界で死ぬまで役割を果たさなくちゃいけないなんて、面倒ねぇ。とりあえず、話し相手になってちょうだい

 

世界最強の存在になって…この世の何もかもが思い通りにできたはずなのに

何がそんなに気に入らなかったのかしら…?

 

 

そうねぇ…まずは

ガロア君はどこから変わったのか、もう一度見てみたいわぁ…ウォーキートーキー

 

END




ガロア君とアナトリアの傭兵には決定的な違いがあります。

ガロア君はこれまで受けたミッション、戦いの中で、それが救援にせよ襲撃にせよただの一度たりとも誰かの為に戦っていないんです。
全部自分の為に、自分の為だけに戦っています。

コロニーアナトリアとフィオナを守るために戦い続けたアナトリアの傭兵とは真逆です。


そしてもう一つ大事なことがあります。
この世の全てがどうでもよくなり破壊しつくしても、セレンだけは殺したくなかったという事実。

その二つがオリジナルルートへの鍵となります。

その前に過去編に行きましょう。

とはいえ過去編もオリジナルルートもぶっちゃければどっちもオリジナルということになりますし、ACfA以外から出るキャラもいます。分からない時は気軽に聞いてください。

今までもちょこっとだけそんな場面ありましたが…完全にガロア君を物語の中心にするために、過去編の真ん中らへんから彼は喋りまくります。と言っても()でですが。


それにしてもセレンが可哀想だ。

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