Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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失ったもの、取り返したもの

イクバール管轄コロニー…ではなく、コロニー外にある企業に認可されていない闇医者の元へぐったりとした赤子を連れて、アジェイは訪れていた。

 

「喋れない?」

自分といい勝負のガリガリの医者の話を聞いて目を剥く。法外の金をふんだくっているのだから飯には困らないはずだが。

 

「はい。脱水症状も見られましたがそちらはもう大丈夫ですが…この子は生涯口を利けるようにはならんでしょうな」

 

「どういうことですか?」

ミルクを与えられ点滴を打たれて今はぐっすり眠っている赤ん坊だが、喋れないなんてことはあり得ないはずだ。

他でもないあの赤子の泣き声を聞いてあそこまで飛んでいったのだから。

 

「酷い炎症を起こしていた上、多少の出血も見られましたが…こちらをご覧ください」

 

「これは?」

これは、と聞いたが見てすぐに分かった。声帯の写真だ。赤く爛れ、所々から出血している。

 

「あの子の声帯の写真ですな。全く動きがみられませんでした。反回神経麻痺…詳しく言うと両側声帯麻痺です」

 

「しかしそれならば…」

何かの書物で読んだ記憶があるが、遅くとも半年もあれば回復するはずだ。

それなのに「生涯口が利けない」とはどういうことだろうか。

 

「で、さらにこちらです」

 

「…?」

さらに続けて見せられた写真は脳のスキャンだろうか。

医師でも、その方面の心得があるわけでもないので見てもよくわからない。

 

「この部分…ブローカ野、一般には言語野と言われる部分ですが…」

 

(言語野!)

ここまで聞けば何を言わんとしているかは察せた。

 

「酷く損傷しています。脳のほかの部分が補って回復することもあるかもしれません。それでも失語症は免れないでしょう。

良くて運動性失語…聞いていることは分かっても自分の思っていることが言葉にできない状態ですな。軽度であれば筆談なども出来ますが…」

 

「……」

 

「こうなると食道発声も人工声帯も意味がない。…いや、なんというか…症状だけを見ると、まるで話すという機能を奪われてしまったかのような…」

 

「な、治らないんですか」

 

「私どもでは…」

 

「そ、それでは困りまする!」

 

「まする…?」

 

「あ、いや…」

これ以上この子供から何を奪うというのか、と思ったが医者が匙を投げているところに舌を多少かみながら食ってかかってもどうしようもないだろう。

 

「飲み込みやすい物を…と言うところですが、まだ乳飲み子ですな?ミルクを与えていれば炎症の方は自然と治るでしょう」

 

「……」

 

「では、お帰りはあちらで」

 

「何!?私がこの子を…」

 

「?」

 

「あ、いや、何でもないです」

それはつまりこの子を連れて帰れという事か。

とはいえ、コロニーの外のこんな場所で放置しても1日と生きてはいられないだろうし、コロニーでも今更孤児等引き取る場所があるとは思えない。

それにここで死なせてしまってはあの場から助け出した意味がない。

 

「……」

 

「あ、お、起きたのか」

外を歩いているといつの間にか眼を開いてこちらを見ていた。

そういえばこの眼について聞くのを忘れていたが、見えてはいるのだろう。

 

「よ、よしよし…」

弟も妹も腕に抱くどころか自分から近づくことさえしなかった自分がまさか血も繋がっていない他人の赤子を抱いてあやすとは。

 

「……」

 

「お前は…その声の全てを使って…私を呼んだのか…?しかし…よりにもよって呼んだのが私とは…ついていないな…」

 

(だが他の者なら殺していたかもしれん…)

思うところがあり過ぎて抱きながら色々と考えていると物言わぬ赤子の眼に涙が溜まっていく。

 

「い、いや、殺さんぞ。殺さん。殺さん。私は大丈夫だ…」

 

「……」

 

にこっ

 

「ひっ」

 

(救いがない…)

ただ自分を見て笑っただけの赤子に心底怯えてしまった。

いよいよもって救いがない。大丈夫だ、殺さない、とは言った物のこの子を死なせずに育てられるのだろうか。

 

 

 

 

三週間がたった。

ただでさえ地球上でもワースト100に入る程子育てに向く人物ではないと自信を持って言えるのに、それに加えて声が出せない赤子の世話は非常に大変だった。

オムツが汚れていてもぽろぽろと不快感に涙を流すだけで決して声は上げない。

更に当然ながら夜泣きもしない、と言えば聞こえはいいが乳を与える時間になってもこちらにはわからないのだ。

 

結果として、すやすやと眠る赤子の前で椅子に座りこっくりこっくりと半分寝ながら、赤子が目を覚ますとミルクをやる。

そんな生活を三週間も続けたアジェイは完全にグロッキーだった。

 

 

 

さらさらと流れる小川の前で赤子を抱えてアジェイは座ったまま寝ている。

目の前には釣竿が置かれていることから分かる通り、自分の飯を確保するために釣りをしていたのだが、

三匹ほど釣ったあたりで眠りの世界に落ちてしまった。

ひげむくじゃらの中年男がすやすやと眠る赤子を抱えながら寝ている姿はそこだけ見れば結構絵になっている。

 

そんなとき、ぴくっと竿が動いた。

 

「ん…ああ?あ…魚が…かかったか…」

畳んだコートの上に赤子を乗せて慌てて釣竿に手を伸ばすが時すでに遅し。逃げられてしまったようだ。

 

「……はぁ…」

三週間なんとかやってきたし、二、三時間起きに目が覚めるということも慣れてきた。

 

(とはいえ私には…この子を育てる…自信がない…。自分の飯も確保できないようでは…)

 

「…まぁ、三匹いれば……う?」

この子が来てから独り言が増えた気がする。

元々かなり多い方だったが、会話でもしているつもりなのだろうか。

例え成長しても言葉は返ってこないというのに。

と物思いにふけっているとぷ~んと漂う臭い。

 

「……」

 

「…よしよし。まぁ、生きている証拠だからな…しょうがない…」

全く泣きも騒ぎもしない赤ん坊の布おむつを替えて、さてどうするかと思案する。

家にも替えはあるし、ここにも一枚替えは持ってきたが、実はこの子が来てから洗濯の回数がかなり増えたのだ。

布おむつにしたせいなのは間違いないが、紙おむつにしても捨てる場所がないし(外にポイ捨てするのはなんとなく嫌い)、洗濯といっても川まで来て服を一枚一枚洗っているのだ。

この汚れ物をわざわざ持ち帰らなくてもいいだろう。

 

「…洗うか」

 

「……」

赤ん坊が興味深そうな目で見る中、水にちゃぷちゃぷとつけるとどんどん汚れが落ちていく。

 

(…この汚れも魚にとって栄養なのか?…それにしても冷たいな…やはり…)

六月とは言え、北極圏なのだ。

川を流れる水は凍ってはいないがそれでも身を切る様に冷たい。

 

「……」

 

「つめ、つ、へ、へ、へぁーっくしょ!!」

 

「!」

手を伝って凍えていく身体はくしゃみを引き起こし、うとうとしていた赤子が目を覚ました。

 

「あ、あーっ!!」

くしゃみの勢いでつい手を離してしまい流れに乗ってゆらゆらと布おむつが流れていく。

 

「い、いかん!」

 

「……」

 

「いひひひひ、ひぃーっ…冷たい…」

下半身に見つけていた物を全て脱ぎ川に音を立てながら入っていく。

意外と川底はぬめっており、少々気色が悪いがそれ以上に冷たくて仕方ない。

気温は10度を下回っておりこの中で川に入るなどアホもいいところだ。

 

「はははは…寒い寒い…うっふっふっふ…」

あまりの間抜け加減に自分でも可笑しくなりながらもうついでだ、と布おむつを洗っていく。

 

「寒い…寒い…寒い…いや、寒いと言うから寒いんだ…」

 

「なんだったかな…心頭滅却すれば火もまた涼し、だったかな…そんな言葉があったな…ううぅ…」

 

「熱い…熱い…熱い…」

 

ざぼん

 

「ざぼん…ざぼん…ざぼん……………ざぼん?」

途中から口ずさんでいる言葉が変わっていることに元の音が聞こえてからたっぷり十秒かかってから気が付く。

 

「…わーっ!!わーっ!!わーっ!!」

どんぶらこ、と赤子が小さく波を立てながら浮かんでいた。

 

「わーっ!!うおぁっ!!」

手にしていた布おむつを放り投げて駆け出す。

だが、慌てて駆け寄った結果、思い切りぬめりに足をとられてこけてしまう。

どぱぁん、と派手な音を立てて水が高く上がった。

 

「わーっはっははははは!!寒寒寒…さささあさあさ…寒…」

コントのようなずっこけ方に爆笑しながら歯を鳴らして震える。

そうしている間にも赤子はゆっくりと流れていき、それ以上にこの凍てつく寒さが急速に体力を奪い取っているだろう。

 

(泣き声をあげて助けを求めることもできないのか!!)

この冷たさ、あの小さな体では心臓麻痺もあり得る、と頭に浮かび四足歩行しながらキャッチする。

なんとか心臓は止まっていなかったが身体はがくがくと震え目は見開かれている。

 

「つつつつ冷たかったよなななな…」

 

「……」

 

「かかかか帰るぞぞぞぞ」

とりあえず荷物はその場に全て置いておき、我が家に走る。

暖炉の火をつけっぱなしにしておいて良かった、とアジェイは少々呑気な事を思いながら走っていた。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ…」

時々木が弾ける音を立てながら燃える暖炉の前に座って眠る赤子を抱く。

もう完全に育てる自信が無くなった。

まだ温暖な6月だったから良かったものの雪降る季節だったら間違いなく死んでいただろう。それもあっさりと。

 

「何故私が育てているのだろうか…同情か?今更?…今まで何人殺してきたと思っている…」

 

「もう捨ててしまえば…いや、そうすればいよいよ私も生きる価値がないだろう…」

 

「…?この前まで死のうと思っていたのに…何を…?」

 

「…どちらにしろ…こんな場所では…この子は私がいなければすぐに死んでしまう…」

 

「誰かに…いや…そんな知り合いはいない…ロランは…ダメだ。絶対に子育てには向いていない…」

イクバールで訓練に打ち込んでいた時代に知り合い、唯一ほんの少しだけ本音を打ち明けられた男、ロラン。

かなり年下だったが奴には自分と似た物を感じた。

人を信じられない、馴染めない変わり者。自分が考えすぎてわからなくなったのと逆に奴は思考をやめて訓練に打ち込んでいた。

日が暮れて同期が女を買いに行くか飯でも食いに行くかと騒いでいる中一人黙々と帰る準備をしていたあの後姿は今でも覚えている。

 

「……」

ぶつぶつと独り言を言うアジェイをいつの間にやら赤子が目を覚まして見つめていた。

 

にこっ

 

「…っ…」

 

(この子の笑顔を見るたびに…怯えて目を逸らしてしまうのはなぜだろう…後ろめたいのか…?)

原因不明の震えを抑えながらそっと指を顔に近づけたとき、赤子は笑いながら小さな手でその指を掴んだ。

その時だった。

 

「か…!あ…、は!?」

ビリビリと脊髄に強烈な電流が流れた。

握られた小さな手から求め続けた答が津波のように押し寄せ流れ込んできたのだ。

 

 

 

政治家の言う『国民の皆様の信頼に応えて』だとか娼婦の言う『あなただけしかいないの』とかいう言葉を信じる人間は馬鹿と言ってしまっても問題ないだろう。

アジェイにとってはあらゆる人の吐きだす言葉全てがそれと同レベルに聞こえていた。根本的に人を信用していなかったからだ。

 

だがこれは一生に一度の誓いや血の繋がりにかけてなどという生易しい物では無い!

この赤ん坊は自分がいなければ『本当に』この世界に存在できない。この場所には自分しかいない。すなわち、全ての信頼が自分のみにあるという絶対的な証拠なのだ!

頼り切ることによってのみしかこの子は成長が成し遂げられない!

 

この子は自分がいなければ何もできない、何者にもなれない。ただ死んでいく。

自分がいなければ存在も保てない程弱い者が持つ本物の信頼。

全てを自分に預けてくれているのだ。

 

自分がいなければこの子はいない。こうして手を握ることすら出来なかったのだ!

 

(この子がいなければ私は)

何もかもがどうでもよくなっていた日々に比べて今はどうだ。

どうでもよかった自分という存在にこの子の全てがかかっている。自分という存在の上にこの子は生きている。

それはつまり。

 

(この子がいなければ私は何者でもない!!)

自分を信じてくれる者こそが自分という存在を確かなものとしてくれるのだ。

アジェイはわなわなと震えながら今までの苦しみの全ての原因を理解した。

 

なぜ私は人に馴染めない、なぜ私は人を信じられない。私は人間ではないのか。

そう考えて考えて分からなくて、それでもここまで生きてきた。

 

馴染めなかったんじゃない。

自分から捨てていたのだ。

信じられなかったんじゃない。

自分が信じることをやめていたのだ。

 

 

この小さな手には、この純粋な眼には100%本物の信頼がある。

赤ん坊は目の前の人物をただ信じることしかできない。

そうしなければ生きていけない。

目の前の人間が与える食事を口にし、与えられた寝床で睡眠をとらなければただ死んでいく。

 

初めは持っていたはずのそれを、いつの間にか自分は捨てていたのか。

 

(だから…怖かったのか…この眼が…自分の捨てた物を持っているこの眼が…)

 

「……」

いつの間にか赤子は両手で自分の指を握っていた。

弱弱しい赤子だが、その手には溢れんばかりの生命の輝きと温もりがある。

人も動物も生まれたときには持っているはずの信じる力。この子供の小さな身体はそれで満ちている。

 

(…なんて愛しい。…ああ…私は…この自分の感情にただ従って生きていれば…人間だったんだ)

自分を信じてくれる人間がいて、それを愛する。それが全てだった。

気が付けば大粒の涙がぼろぼろと零れていた。

生まれてこの方泣いた記憶など無い。

 

とるに足らぬ愚物が溢れるこの世界。異物は排斥しようと群れる割には弱い人間。

誰にも負けず、だが誰も信じずに生きてきたこの世界でアジェイのコンクリートのように凝り固まった心をぶち壊し、

その矮小で弱い本心の奥底を開いたのは、声をあげることすら出来ない赤ん坊だった。

 

信じることが出来なければ信じられることもない。そんなよくある言葉をこの子は誰に教わらずとも実践していたのだ。

 

「私がいなければ死んでしまう…。わ、私が…私がいなければ…か…」

 

「お、お前は絶対に死なせん。お前の信頼を絶対に裏切らんぞ…私が守ってやる…いいな?」

 

「……」

 

にこっ

 

言葉が通じたのかどうかは分からないが、笑顔を返してくる。

アジェイには分かりようもないが、この赤ん坊は声は上げないものの特別よく笑う子だった。

 

「はっ…はは…今度は…目を逸らさない…お前を見ているぞ」

 

「……」

と、思えば今度は目に涙を浮かべはじめた。

ミルクは先ほどあげたばかりだし、オムツも汚れていない。

一体何を泣くというのか。

 

「ああ、よしよし、泣くな泣くな…いい子だ…あ、ああ。そうだ…そうだ…」

声をあげずにただ涙を零す赤ん坊を一端椅子の上に置いて、本棚をがさがさと漁り一冊の本を持ってくる。

 

「お前の…名前を決めていなかったな…。そんなものを…私が決めていいのか…戸惑っていたんだ」

 

「……」

赤子の涙はなおも止まらない。

 

「よしよし…泣くな…。私がお前の親だ…。親だから名前も決めるんだ…」

伸び放題伸びた髭を撫でながら涙をぬぐい、本を開く。

 

「見ろ…この少年を…世間からは認められず…何度も叩きのめされ…それでも強く、自分の道を行った。例え認められなくても、必要とされなくても」

 

「あらん限りの勇気を奮って自分の道を生き抜いた強い少年だ。…お前の名をこの少年からあやかろう。お前はガロア。ガロアだ。強く生きるんだ」

 

「……」

 

にこっ

 

「はっ…はは…気に入ったか?よしよし…ガロアはいい子だな…。この少年にはそれでもただ一人味方がいた。…父だ。私がお前の父となるからな…信じろ、これからずっと」

本を放りその手に抱く。当たり前だがとても軽い。軽いが、ここに命があると思うとそれだけで重い。

思えばこうして感情のおもむくままにこの手にこの子を抱いたのは初めてだった。

 

「親を失い…私なんかに拾われて…運が悪いと思っていた」

 

「逆だ。ガロア。運が悪いんじゃない。運がいいんだ…驚くほど。私でなければ殺されていたか無視されていた。川に落ちたのもこの時期じゃなかったら死んでいた」

 

「……」

 

にこっ

 

「わ、私もきっと運がいい…死なない…お前を育てる…死なないぞ…」

 

 

 

その日アジェイは初めてガロアと名付けた赤子の横で眠った。

記憶にある限りでは、誰かの隣で眠った経験は無い。

自分より遥かに小さいガロアの隣はただ、温かかった。

 

 

「…………と…」

ぱっと目を覚ます。

隣を見ればガロアも目を覚まし涙を浮かべていた。

ばっちり授乳の時間だ。

 

「よしよし…ガロアは賢いな…」

目の前に哺乳瓶を持っていくと手で掴んでそのまま口元に持っていくその姿は素直に賢いと思う。

と、思っているアジェイはすでに親ばかに片足突っ込んでいた。

 

「…ん?あ…」

そういえば釣りの道具と魚を置きっぱなしである。

明日取りに行こうかと思ったが、折角釣った魚が夜中に獣に食われてしまうかもしれないし、

その弾みで釣竿が流されてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

「よーしよし…寒いけど外に行こうな…」

返事が返ってこないと分かっていても声をかけ続けるその姿は正しく世間に見られる親の姿のそれである。

違うのは例えどれだけ時間がたっても声は決して返ってこない点だろうか。

だが名前を付けてから数時間。アジェイは元々多かった独り言を、話しかけるという行為に昇華させ内心喜んでいた。

 

100m先まで照らすビームライトを手にして川までの道とも呼べぬ道を歩く。

オオカミや肉食動物に出くわさないか少し心配だが、往復で1kmあるかないかの道だ。一応銃もある。大丈夫だろう。

以前の自分ならそこで死んだらただ土に還るだけだ、と考えていたが今は絶対に死にたくはない。

 

「そういえば…」

ガロアガロアと声をかけていたが。

 

……ッ

……ッ

 

「ガロアというのは名字だったな…」

普通にガロア理論と呼ばれる理論があり、誰もが彼をガロアを呼んでいたから忘れていた。

 

……スッ

……スッ

 

 

「名前からとった方が良かったか?」

 

……ドスッ

……ドスッ

 

 

「ちょっと変えて…エヴァ…とか…エヴァンジェとか…」

とは言うものの既にその名前で頭に馴染んでしまった感じはある。

 

…ドスッ

…ドスッ

 

「まぁいい。私は変に思わん…それでいいだろう」

などとぶつぶつと言っているうちに川岸についた。

荒らされた様子はなく、全ての荷物は無事にそのままで置いてある。

 

ドスッ

ドスッ

 

「……?」

内側の世界に籠っていて気が付かなかったが先ほどから響いているこの音は何だ?

 

「…うっ!?」

ビームライトで周囲を照らすと対岸に異様な生物がいた。

 

ドスン!ドスン!

 

雪よりも白い毛皮に血のような赤い目をしたオスのヘラジカがひたすら木に頭をぶつけている。

 

「ヘラ…ジカ?…あの白さ…アルビノか?何故こんな時間に…群れは?…何故あんなことを?…あの大きさはまだ…子供じゃないか…」

その目に狂気を浮かべながら辺りの木に頭をぶつけ続けるヘラジカはまだほんのりとしか角が生えていない。

生後1年…下手したらまだ半年程度かもしれない。

 

「色が違いすぎて群れから追い出されたか?…いや…凶暴過ぎたのか?」

どの動物にも言えることだが、異質な存在・弱い存在はただそれだけで群れからいじめを受けて追い出される。

さらにこちらもどの動物にも言えることだが、生まれながらに気性が荒く手が付けられない凶暴な動物もいる。

 

 

「ブオオオオオオオオオオ!!」

 

「……!」

 

「う…お…!」

血がダラダラと流れる頭を震わせ、臓腑に響き渡り森全体を揺らすかのような低い鳴き声を放つ。

これが子供の鹿の鳴き声とは信じられない。

震える森に驚きガロアも目を覚ましヘラジカに目をやる。

 

「…う!?」

目があった。今にも飛びかかってきそうな剣呑な雰囲気を体中から発していたが、間の川はどうすることも出来なかったらしい。

踵を返し夜の森の中へと消えていく。

 

「なんだ…?あれは…」

狩りは成長していない子供を狙うものだがアレは別だ。

基本的に人を見れば動物は逃げるものだが、アレはなりふり構わず襲い掛かってくるかもしれない。

 

外気と冷えた心にぶるりと震えながらアジェイは荷物を手早くまとめ家へと走った。




喋る機能だけ奪ったのは神じゃなくて作者の底意地の悪さだぞ

ガロア君が喋れなかったのはコジマ汚染患者だったからなんですね。
その代わりにあの眼を手に入れました。

ガロアは声を失いましたが、アジェイは信じる心を取り戻しました。


最後にアルビノのヘラジカが登場しましたが後々大事になってくるキャラ(?)です。
ヘラジカというのは馬鹿でかい鹿です。ご存知ない方は是非検索していただけるとその怖さが分かるかと。

名前が危うくエヴァンジェになるところを回避しました。

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