Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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バック

月日はあっという間に流れていき、ガロアは5歳になっていた。

当然時間は誰にも平等でアジェイも42歳となっていた。

いつの間にかイクバールの女と結婚していたロランと、霞の助けもありそこそこ働こうと思えば働ける状況だったのだが、アジェイは必要以上に金を貯めようとはしなかった。

彼が人の次に嫌いな物が金だったのだ。

 

昼前。

川べりでたき火を焚いて火をくべながらアジェイはガロアに何よりも大事だと思っていることを教えていた。

 

「見ていろ」

ナイフを取り出して自分の指に少し傷をつける。

じんわりと赤い血が流れ、地面へと滴っていく。

 

「血が出ているな?…ガロア、手を出すんだ。少し痛いぞ」

 

「…!」

自分にもしたようにガロアの指に少しだけ切り傷をつける。

 

「お前からも血が出た。…見ろ」

新緑芽吹く木にナイフを鋭く投げる。

訓練された動きで投げられたナイフは空を裂いて木の枝に突き刺さった。

 

「…樹液が流れ出ているだろう?」

 

「……」

 

「この流れがあることが生きているという事だ」

そのままナイフの食い込んだ枝を折りたき火に放り投げながら言葉を続ける。

ガロアはただ真剣に聞いている。

 

「では、生きているという事が流れるという事ならば…生きるという事は?」

 

「……?」

 

「この水たまりを見てみなさい」

川のすぐそばには石で囲まれた水たまりがあり、黒く澱んでいる。

アジェイが数週間前に川の流れから切り離しておいたものだ。

 

「腐ってしまっているな?流れていないからだ…」

水を囲み流れを止めている石垣を崩して元の川へと戻していく。

 

「これであの水は川に取り込まれ、あの川は強くなった」

 

「生きるという事は殺すことだ。人間も動物も植物も内側の流れは放っておけば自然に外へと流れだしてしまう」

 

「……」

 

「その前に取り込まなければならない。他の命から流れを。あの川は生きている。だがその流れをバラバラにしてしまえばあの水たまりのように死んでしまう」

 

「……」

 

「死なない為に殺して流れを取り込む。だが…流れを取り込み続けてもいずれ私と言う器もお前と言う器も壊れてなくなる」

 

「……」

 

「この世に正義も悪も無い。流れ移ろい変わっていく。絶対と言える物などただ一つを除いてなにもない」

口にしながらアジェイは自分の人生を振り返る。

人の中にいて何が一番馴染めなかったか、というと殺さなければ生きれないということや物事は移ろうというそんな簡単な事実を遠ざけて見えないふりをしているうちに本当に見えなくなってしまった人々だった。

 

「生きている者は必ず死ぬという事だ。そうしたら器は砂となり水となり空気となる。この世界の一部に戻る」

 

「万物は流転する。この間読んだ本に書いてあっただろう」

 

「……」

 

「金…文化…それ自体を否定するつもりはない。だが、それが前に出過ぎて人はその本質が見えなくなってしまった。…もう、数千年も」

 

「……」

まだ子供のガロアには難しすぎた話かもしれない。

それでも今のうちに命について教えなければこのガロアの純粋な眼も曇ってしまうだろう。

 

「黒い鳥の話をしたな。それに何度も本で読んだだろう」

 

「……」

 

「人がその真実を忘れて澱み続けたとき、一度0に戻す神の使いとされる『何か』だ」

ただの伝説や神話なのだろうか?どうしてもアジェイにはそうは思えなかった。

平和を欲して戦い続ける矛盾した人々。それは善でも悪でも無いごく普通の自然に生きる動物の姿でもある。

破壊と再生、死と生は不変の真理だ。人間だけがそれから逃れて永遠の繁栄を得られるなんて思うのは傲慢もいいところだ。

 

「この場所は厳しくも自然のルールが保たれている。だが、今の世界では徒に生き物が死んでいき流れに戻ることなく破壊されていく」

 

「もうすぐ現れることになる…」

世界を敵に回してなおそれを叩き潰せる力を持ち、世界を巻き込む戦争を起こす生物など存在しない。

恐らくは常人の身では及びもつかない程の力を持ったリンクスが『今回の』黒い鳥なのだろうとアジェイは予想している。

そうは言うものの『前回の』それがなんなのかなんて知らないし、本当に存在していたのかすら分からないのだから。

 

 

昔は早く来い、早く来い、こんな世界は滅びて然るべきだ、と祈っていた。

だが、人は人によって滅びるのが必然だと分かっていてもアジェイは今ガロアが生きるこの世界に滅んでほしくない。

ただ、ガロアに生きていてほしい。この子が理不尽に死んでいくなど許せない。

 

きっともう少ししたら途轍もない力を持った存在が生まれる。その時は我が身全てを焼くことになっても守る。

 

人の世から離れ、動物のように自然に従って生きていたアジェイだが、いつの間にか彼は自分はなるまいなるまいと思い続けていた『人間』になっていた。

大切な者を守るために戦う、遥か昔から続いた人の姿に。

その純粋な思いこそが正義を生み悪を生む原因となると分かっていても、その瞬間が訪れればアジェイは戦うことになるだろう。

 

理屈を長々と語ってきたアジェイだが結局その思いは理屈では無い。ただ感情だけがある。

だとすれば正義が生まれ悪が生まれ争うのも必然の流れではないのかと、先ほどの言葉と矛盾した気付きを無視しながら言葉を続けた。

 

「お前も五歳になった。そろそろ生を食らう事を覚えなければならない年頃だ…これをやろう」

軽めだが殺傷能力の高い両刃ナイフ、小さめだがてこの原理をフル活用して威力を底上げした弓、そして反動のほとんどが吸収される拳銃。

アジェイはガロアが離乳食を卒業し、普通の食事となる前からガロアを連れて動物を狩り、血抜きし捌く様子を見せていた。

そしてその日の獲物が食卓に乗る。上手く狩れない時は三日以上水と保存食の燻製しか食べれない日もあった。

生きる為には殺さなくてはならないという理解を芯までしてもらう為、いざという時に腰が引けないようにする為にはどうすればいいか、と考えた不器用な親心からの結果だった。

 

「……」

今までは練習で的や小さく弱い動物を相手にするときだけ持たせていた道具を渡されてガロアは少々困惑している。

 

「大丈夫だ…練習通りにやるだけだ。…さて…まずは獲物を…」

 

「……」

 

「なに…?」

足跡か何か見つけて獲物を探さなければ、と思った時にガロアが自分の後ろを指さした。

その指の向こうには一本の木があり、その上には雪風景とほぼ同化していたが確かに鳥が止まっていた。

 

(視力どうこうの問題じゃない…)

野生の獣のような鋭敏な感覚を持っている。

これがガロアが自然に馴染んでいると思った原因だろうか。

 

「よし、あの鳥を狩るぞ。まずは獲物が届く距離まで近づく」

 

「……」

 

 

ゆっくりと鳥の視界に入らないよう静かに歩を進めていく。

雪に勢いよく足を入れてしまえば不自然な音が出てしまう。

あくまで自然に、川の音に溶け込むほど小さな音で進んでいく。

 

ぱきっ

 

「……!」

ガロアが踏みしめた雪の下に木の枝でもあったのか、何かが折れる高い音が響き渡り、

周囲を時々見るだけで、あとは木を突いていた鳥がこちらに目を向けた。

 

(落ち着け…気が逸れるまでじっとして…周囲と同化するんだ)

鳥の目はただこちらをじっと見ており、怪しい動きを一つでもしたらどこかへ飛んで行ってしまうだろう。

待たなければならない。警戒すべき対象ではない、ただの風景だと鳥が勘違いして再び木の中の虫か何かに注意が向くまで。

 

「……」

 

(素晴らしい…気配がほとんどない。天性のハンターか…)

ガロアの呼吸の音は川の流れと同じリズムを刻み、弛緩した体中の筋肉から個にしがみついてるエネルギーが消えていく。

見ていても人型の岩か何かと勘違いしてしまいそうな程に存在感が希薄になっている。

 

動きを止めて視線も感じられない二つの人らしきものを鳥は暫く見つめていたが、結局目を離して木を啄み始める。

 

「……」

 

「……」

どちらともなく歩き始めて彼我の距離およそ40m程まで詰める。

 

「……」

頷き合い、遠距離武器のうち拳銃を選び取り構える。

 

「……」

何も言わない。

練習も何十回としてきたし、構え方にも問題は無い。

今ここで余計な事を騒いで集中を削いではいけない。

 

 

 

パスッ、という音とともに煙が上がった。

 

 

(当たった!)

血飛沫を上げながら木の影へと落下していく鳥。

恐らくは何が起こったかすらわからぬまま絶命しただろう。

いたずらに苦しめることも無く終わらせた文句の無い一発。

このまま成長すればこの地で生きていくのに全く問題の無いハンターになるだろう。

 

「……」

ガサガサと、抑える必要の無くなった足音をたっぷりと立てながら木の裏へと落ちていった鳥の元へとガロアは一直線に走っていく。

 

(落ちていった場所が分かるのか…?さて…鳥の捌き方を教えなけれ…!?)

ドッと派手な音を立てながらガロアがすっ飛んでくる。

ゴロゴロと雪を身体中に纏わりつかせて転がっていき、5m程転がって倒れたまま動かなくなってしまった。

 

「ブルルルル……」

雪の色に紛れて木の影から現れたそれは目算で体高4m、角の幅は2m以上ある真っ白なヘラジカだった。

 

「バック!!?」

自分の事は無視して転がったまま気を失ったガロアに唾液をダラダラと垂らしながら狂気を孕んだ赤い目を向けている。

 

「クソッ!!」

手にした散弾銃を二発放ったが、そいつは身体中から血を流しながらも全く気にも留めていない。

 

「何て奴だ!」

散弾銃を放り投げ、ガロアの元へと走る。

 

「ブオオオオオオオオオオオ!!!」

 

大地ごと森を揺らす雄叫びがアジェイの耳をつんざく。

あちこちから鳥が飛び立ち、獣がその爆音地から逃げようと走る音が耳に届く。

 

重たい荷物は全てその場に置きガロアを抱えて焚火の元まで走る。

その数秒後に地響きのような足音が聞こえてきた。

スピードは倍以上の差がある。

間に合うかどうか怪しい。

 

「おおおおおおお!!」

一瞬の判断が命取りになる。ガロアを落とさないようにして、焚火を思い切り蹴飛ばす。

 

「……!」

火の粉に怯んでその化物…『バック』の動きが止まる。

やはり獣だ。一応は、と思ったが怯んでいるというよりもうざったそうにしているだけだった。

 

「消えろ!」

火のついた棒を手にし、傍に置いてあったガス噴射ボトルを用いて火炎を噴射していく。

 

「ブルルル…」

普通の獣ならば一目散に逃げていくものだが、バックはそれでも退かず、

白い毛皮に火がついてようやく退散していった。

 

「はぁ…なんてことだ…っ、いかん、ガロア!」

 

「……」

気絶したガロアは額から血を流して全く動いていなかった。

 

 

 

 

夜。

ガロアが殺した鳥を回収して家へと帰ったアジェイはガロアの包帯を変えながらあの鹿について話をしていた。

 

「服と雪に守られたな…無事でよかった」

額を切った事と腹に青あざが出来ていた事以外には大きな怪我も無く、20分もしたら自然とガロアは目を覚ましていた。

 

「……」

 

「奴の名はバック。と言っても私が名付けたのだが…ここら一帯の森を縄張りにして暴れ回っているヘラジカだ」

 

「……」

 

「そうだ。奴は群れに属していない」

筆談も出来るが、アジェイは五年間ガロアを育てて共に暮らしていくうちに何が言いたいのかが表情で大体分かるようになっていた。

 

「一匹だけで森をのし歩き、目に入った物を殺して回る暴君だ。五年前…お前は一度会っている…と言ってもあの時お前は赤ん坊だったしバックも小鹿だったから覚えてはいないだろうな…」

 

「……」

 

「いいや、分からん。何故か時々ああいう暴力の化身みたいな怪物が生まれてヌシと呼ばれる」

 

「……」

 

「とにかく、奴を見たらすぐに逃げろ。こちらに気付いていたら木に登るんだ。わかったな」

 

「………………………」

ほんのわずかな時間だったが記憶に残ったあの異様。

神々しさすら感じた純粋な暴力性はガロアの心に深く刻まれた。

 

ガロアはその純粋な暴力の向こうに神の姿を見たような気がしたのだ。ただ、言葉に出来なかった。

 

そして不思議と怪我を負わされたのにバックを恨んでなどいない自分に気が付いたのだった。




ジョシュアもアナトリアの傭兵も大切な者を守るために強くなった訳ですが、果たして同じ思いを抱いたサーダナは…AC4の結果で言えば、…まぁ…

バックは「Buck」というスペルなのですが、意味は「牡鹿」です。そのまんまやんけ!

ガロアは殺して食うことを覚えました。アジェイの言葉に間違いはありませんが、純粋なガロアはこの特殊な教育のおかげで殺すということに対して罪悪感を抱かなくなってしまいました。もちろんそこには人も含まれてしまっています。

これで後々どうなるかは…今まで見た通りです。初めてのミッションの時ですら大した感想も無くノーマルを切り裂き人を殺していました。


今回は短かったか。
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