Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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Withering to Death

ガロアは台所で小さな手を忙しく動かしながら野菜を切っているが、

その隣でウォーキートーキーはさらに体(?)中を忙しく動かしながらやいのやいの騒いでおり、ガロアはちょっと迷惑そうだ。

 

「駄目デス!!固い野菜からナベに入れるのデス!」

 

『味なんか分からんだろ?ウォーキートーキーは』

 

「分かりマス。例えばサーダナ様の作るシチューは野菜の切り方、入れる順番、調味料の量、等で大幅減点されて22点デス。我慢すれば食べれないことも無いというレベルデシタ。違いマスカ?」

 

『……』

 

「高性能なんデスヨ、ワタクシは!さぁ、固い物から順番に!」

 

『分かった分かった』

 

出来上がったシチューはとりあえず指示通りに作っただけはあり、普段のウォーキートーキーのそれと同じくらい美味しそうだ。

 

「いただきマス、デス。ガロア様。ハイ、手を合わせテ」

 

『俺が仕留めて俺が作った。誰にいただきますと言えと?』

 

「いただきマスと言うのデス!サァ!」

 

『…いただきます』

大騒ぎするウォーキートーキーのアドバイスにより、作っていたシチューは父のそれより断然美味しく出来てしまいちょっと複雑な気分になっている。

 

『結構うま…』

 

「64点デスカネ。肉の臭みがやや残っているのが残念デス」

 

『……外に行く』

 

「何をするのデス?雪が降っていマスヨ」

 

『狩り』

 

「お肉の備蓄は十分あるように思えマスガ」

 

『うるせぇよ…』

 

「分かりマシタ。デスガお気をつけてくだサイ。ガガガ…心配なのデス。ジジッ…もちろんこれはこういうようにプログラムされているだけで実際にワタクシが心配という感情を」

 

スピーカーがよく回ると表現すべきなのだろうか、喋れないガロアの分も補って余りある程喋りまくるウォーキートーキーの言葉を途中で聞くのをやめてガロアは外に出た。

 

(今日も寒い…)

こんな寒い日は洗濯をしたくないが、それでも清潔を保たなければ病気になってしまう。ガロアは知ることはないが、アジェイはガロアが家に来てからガロアの面倒を見る為に洗濯機を買って家に設置していた。

それが無かったら今日もこの寒空の下で川か何かで水に浸かりながら洗濯しなければならなかっただろう。

 

「……」

いつものように、そしてアジェイもそうしていたように、ガロアは川の傍で焚火に当たって何事かを考え込んでいる。

 

「……」

ウォーキートーキーを再起動したのはいいものの、ガトリングのように放たれる言葉から逃れるようにガロアは一日の大半を外で過ごすようになっていた。

焚き火のそばにいてもなお刺すようなその冷気は、自分の身体をより一層細らせていくような気がした。

 

(不味くは…無かった。でも…)

 

(美味しくなくても…二人で父さんと食べる方が美味しかった。美味しくても…一人で食べるのはただ悲しい…)

感情はある。だが感じるのは悲しいということばかり。この場所に一人でいても喜びはない。

 

(一人、か…)

 

「……」

どうしてウォーキートーキーにもっと温かく接してやることが出来ないのか、そのことをずっと考えていた。

嫌っているという訳では決して無い。その存在に少なからず安堵し、この白い孤独の中で発狂に至らずに済んでいる。

 

(ワタクシのことをお母さんと呼びなサイ!)

ならばなぜ、自分は最初にその言葉を言われたときにどうしても口に出来なかったのだろうか。お母さんと。

その理由が最初はわからなかった。

 

「……」

ガロアが手に持つ一冊の本はロボット工学に関する本だ。

アジェイにも好む本、そうでもない本はあったらしく、本棚の端で新品同然で置いてあった物である。

 

(ロボット三原則…か)

人を苛立たせるだけなのに『実際にそう思っているのではなくそう返すようにプログラムされているからだ』と何度も口にする。

一度、そう言うのはやめろと言ったがこうやって言うのはプログラムされているからだと返された。

 

(お母さんと呼べと言うのはまあいい…でも本当に母親になるなんてプログラムがあるのか?)

 

(そんなものあるはずがないよな…ロボットで一番あっちゃいけないのはどうやら…人間になろうとすることらしいからな)

 

(だから自分は人間じゃないと、使用者に知らせるためにああやって言ってるんだ。そういう風に製作者にわざと作られたんだ)

 

「……」

 

(押しつぶされそうだ…)

ウォーキートーキーがいなければもうとっくに人間をやめているか死んでいるかしているだろうに、ウォーキートーキーがいるがゆえに苦しみが深くなる。

結局人間がここには…自分一人だと思い知らされる。孤独ばかりが光っていく。

 

(まぁ…それでもいないよりはずっといい…ずっといいんだけどよ…)

霞が死の際に寂しさに耐えられなくなりガロアを呼んだ理由が今になって分かった。

あの頃はお喋りなウォーキートーキーがいるのになんでそこまで寂しいのだろうかと思っていたが、

スピーカーから出る声は時々全く同じトーンでいつか聞いた言葉を発し、冷たい身体は人とはほど遠く、そして何より機械的な見た目はあくまで孤独を紛らわすために作られた物では無かったのだ。

 

 

 

(…なに?なんだって?)

森を歩いていると、声が聞こえる。声のする方へと赴くとそこにはガロアの身長を軽く超える大きな岩があった。

底の方には深緑に染まった苔が生えており、恐らくは自分の数十倍の年月をこの場で過ごしてきたのだろう。

 

(なんだ…?砕けたいのか?)

他人が見ればそれは気狂いの子供がただただ岩を見つめているだけに見えるだろう。

この間命を失いかけてから、この静かな森は非常に騒がしい物となっていた。あらゆる物質、生物が固有の音を出しており時にはその音に意味すら込められているように聞こえる。

どれもこれもがあるがままに在るために生きて、死ぬ。その音はそれぞれが自分勝手でありながら美しい。

もしかして本当に気が狂ってしまったのかもしれない。しかし、それを指摘する者はおらずガロアの自意識は確かにそれを捉えている。圧倒的な孤独の代わりにガロアの現実は誰にも侵食されない。

 

(……?なんで?岩をやめたい?ずっと岩だったくせに)

岩から聞こえる音が砕けたい砕けたいと言ってくる。意味が分からないしやる気が起きない。何よりもこんな貧弱な自分に頼むなんて間違っている。

 

(他のケダモノに言え。あっちにいる熊っこに言えばいいだろ)

ガロアが指差した先…先と言っても明らかに人間の視覚聴覚で認識出来る距離ではない場所に確かにまだ幼い熊がいた。

子供ではあるが、それでも同じ子供のガロアよりはずっと膂力があるはずだ。

 

(俺は知らん)

歩き去ろうとすると更に大きな音で語り掛けてくる。流れる川に石を投げ込むような心落ち着く音だが、これを延々と聞かされ続けるのはたまらない。

なぜ自分なんだと思うが考えてみれば当たり前かもしれない。普通のことだが、動物は生きる為に自分勝手なのだ。誰が好き好んで岩の言う事など聞くというのか。

 

(ああもう…なんだよ)

試しに蹴っ飛ばしてみるが、当然びくともしない。

 

(…砕けたいなら、教えろ)

お人よしだなと思ったが、その前にキチガイだと思った。誰に言ってもこんなこと信じないだろう。…と言っても言う相手がいないが。

ぼんやりと岩を眺めているとある一点が光っているように見えた。もちろん岩は光を出してなどいないが、ガロアの灰色の眼には確かに光が映っていた。

 

(ここか?)

さして力も込めずにナイフを押しこむと不思議なことに泥と同じくらいの柔らかさで先端が沈んでいった。

柄を掴んで思い切り押しこむと一気にヒビが広がった。

 

(よし、待ってろ)

そのままナイフを蹴り上げると見る見るうちにヒビが全体に広がり、数百年にわたってこの地の歴史を見てきた岩は砕けて石になった。

 

(………!水だ…)

岩が鎮座していた場所から地を割って水が噴き出しており、それは今まで見たどんな液体よりも輝いて見えた。

手に一掬いして飲んでみると体の中の不純物まで浄化されるような透き通った味で、これをあの岩が妨げていたのならなるほど、確かに砕けてしまいたかっただろう。

後で料理に使おう、と水筒に水を入れていく。

 

(……どこに行くんだ)

地面に耳を当てると水の流れる音がさらさらと届いてくる。まだまだ噴き出てくるようだった。

流れていく先を見ると川の方へと続いていた。どうも川に合流したかったらしい。この水はその後どうなるんだろう、と着いて行くことにした。

 

(……ん?なんだ…?何か……?)

川のせせらぎに紛れいくつもの足音、そして地響きが耳に届く。

川のそばにあるロープがぶらさがった幾つもの木の一つにロープを伝って登っていく。

 

(……バックか!?あれは…)

川の向こう側、かなり遠くガロアの視力をもってしてもぎりぎり見える地点で白く巨大なヘラジカが角を振りかざし暴れ回っているのが見える。

元々狂気を孕んだ目と共に暴れまわる化け物だったが、流石に空中に攻撃するほどイカれてはいないだろう。

 

(オオカミ…ホッキョクオオカミか…?)

よく見ると何頭もの犬型の動物の影が見える。目を細めると真っ白なオオカミとそうでない灰色のオオカミが見えた。

ツンドラオオカミと生息範囲の広がったホッキョクオオカミの交配種であるが、どちらにしろ下手すれば2m近く、60kg以上にまで成長する肉食獣は警戒すべきである。

 

(馬鹿な奴らだ…よりにもよってバックを襲うなんて…)

子供のシカやウサギ、キツネも探せばいるのになんで襲うのかなと思った瞬間に、勢いよく振られた頑強な角が当たったオオカミが宙に浮いて木の枝に突き刺さって即死した。

 

(信じられねぇ…10mは飛んだぞ…)

怪物じみたその力もさることながら、体高は角まで入れれば4mに届きそうな程であり、体重も少なく見積もっても1トンはあるだろう。

その巨躯だけでも危険極まりないが、バックは完全に気が触れており、目に入った生物をお構いなしに殺して回って屍の山を築き上げている。

 

(!…逃げていく…当然だな)

オオカミが蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、そのうちの一頭を追ってバックは森の奥に消えていった。

 

(回収は…不可能か…)

木の枝に刺さったオオカミの死体を見て眼を細めて息を吐く。

川の向こう側に渡る手段はいくつもあるが、地上10mの高さにある枝に刺さった死体を回収するのは危険だし、

仮に出来ても川のこちら側へもってくる方法が思いつかない。引きずっていけば出来ないこともないだろうが、そこまでのリスクを冒すようなものではない。

 

(どうせまたどっかで動物の死体を見かけるはず…)

アジェイがいた頃から、ガロアが物心ついたころから、この森でぐちゃぐちゃになったまだ温かい動物の死体を見つけたことが数えきれないほどある。

アジェイは何も言わずに回収していたが、あれは間違いなくバックに殺された動物だろう。

殺すだけで食べない肉食動物など少なくともこの森では見たことがない。そんな事を考えているとガッ、と言う金属的な音が聞こえた。

 

(……罠にかかったか。…オオカミはあんまり美味くはないんだが…文句は言えないか)

必死に逃げていて罠にも気が付かなかったのか、いつの間にか一頭のオオカミが川を渡ってこちら側に来ており、雪に埋もれたとらばさみに見事に足を挟まれて喚いていた。

 

「……」

罠の上の木まで、木から木へと移動して、辿りついたら幹にロープを巻いていく。

きゅんきゅんと肉食動物にしては情けない鼻声をあげながら罠をなんとかしようとしているが、そうしている間にも血がじわじわと広がっていく。

もし仮に外れたとしても足の骨は粉砕されており、白い雪の上で弱った動物が痕跡を隠しながら逃げきれるものでは無い。

 

(苦しいか…今終わらせてやる…)

そこまで考えてふと、木の枝に突き刺さっているオオカミに眼を向ける。

 

(本当に…命ってなんなんだろう?あのオオカミはやがて骨となり…土となる。俺がここで罠にかかったオオカミを殺して食っても俺だっていずれ土に還る。

あのオオカミとこのオオカミになんの違いがある?動いているかいないかだけだ)

 

 

(じゃあ…必ず土に戻るのなら…何故生きる?生き物は…なぜ生まれる?)

ガロアの問い自体は人間だれしもが持ち、そして何千年も考えても出なかったものである。

そこから各々が自分自身の答を見つけたり、あるいは宗教に縋ったりするものだが、

ガロアのこの当たり前の疑問を答えてくれる大人がいなかった事と育った環境、そして何よりも目の前の光景が良くなかった。

 

(…結局命にあんまり意味は無いんだろうな…過程はどうあれ皆死んで…同じ流れに戻るからな。…今は…俺の流れになれ…いずれ俺も骨となり…土となる…それだけだ)

いつの間にかガロアは人として最も危険な部類に入るであろう考えを持つようになっていた。

人の命だけが尊いと思う様な傲慢さは無いが、命を大切にしようという考えも無い。

既に思想だけを見ればガロアは人ではない。言葉を交わす人間もおらずに動物を殺して森で一人生きるガロアは人と言うよりも頭の良い獣であった。

これほど危険な考えの子供が人間社会から隔離されているのは幸運なのか不運なのか。それはまだ誰にも分からない。

ガロアはまだ善でも悪でも無い。

 

(……一撃で殺す。お前は先にこの世界から出て行くんだ)

腰にしっかりとロープを巻いてナイフを手にする。

銃があればよかったのだが、木を登るときに置いてきてしまった。

手負いの動物はたまに信じられぬ力で思わぬ反撃をしてくることがあるので、遠くから一方的に殺すか、

気づかれないようにとどめを刺すのが良い。

 

「……」

音もなく木の上から跳んだガロアにオオカミは最後まで気が付かないまま、足に食い込んだ罠に必死だった。

 

ズンッ 

刃が全て首の後ろから刺さり、喉から切っ先が飛び出てオオカミはワケも分からぬまま絶命した。

 

「……」

ガロアが先ほど考えた通り、苦しみも無く一撃で死んでいった。

一方は木の幹に、もう一方は腰に結び付けたロープはガロアが地面に足がつく前に身体を止めた。

相当の衝撃だったが分厚い服とナイフの刺さったオオカミが衝撃を分散させてくれたおかげで恐らくは青あざが少し残った程度だろう。

 

 

(あの場で生き残っても…俺に殺されて死ぬ…。変わらないよ、どっちにしても…この世界は苦しみだ)

ほんの数秒考え込んだ後がっちりと食い込んだ罠に手を伸ばそうとして届かず、

ロープをほどこうとした時に地鳴りが近づいてくるのが聞こえた。

 

(バック!!)

いつの間に川を渡ったのか、赤い目をギラギラと光らせて純白のヘラジカがこちらに一直線に走ってきていた。

 

(くそぉ!!)

身体に結び付けたロープを伝って急いで昇っていく。

 

「ブオオオオォオオオオ!!」

 

(っ…あぶねぇ…)

足にその角が掠っただけで軽いガロアの身体は振り子のように揺られ、片足のブーツは遠くへと飛んでいった。

あのままの勢いで直撃していたらガロアの身体中の骨が砕かれ即死していただろう。間一髪である。

 

「ブルルル……」

 

(キチガイジカが!クソッたれ…)

どうあっても殺したいのか、ドスン!!ドスン!!とガロアの登った木を執拗に揺らしており、木が軋み始めている。

だが木が折れるよりも早くバランスが崩れてガロアは落ちてしまうだろう。

ガロアは知らないが、バックにこれだけ襲われても命があるのはこの森でガロアだけであり、その点だけ考えるとこの森の生態系の頂点は、

荒れ狂う暴力の化身のようなバックか、またはとびきり頭のいい獣のガロアか定まっていなかった。

交差する二匹の視線は互いの生き方を認めているのだろうか。

 

(仕方がない…)

もしも銃があれば一方的に攻撃が出来るが、それでもバックには半端な銃ではまず効かない。

結局こちらが逃げるか、あちらを追い払うしかない。

治療に用いる消毒用エタノールをポケットから取り出しバックにかけていく。

 

「ブルルル…」

 

(どうなってんだ…野郎…)

不快そうな声はあげたがそれでもその場からは去らずに木の周りをうろうろしている。

普通の動物ならエタノールの刺激臭だけでも転げまわりそうなものだが、しかし鼻にもかかったというのに目を血走らせたまま殺気だけを振りまいている。

 

(これでどうだ)

焚火に火をつける時に使うマッチに火をつけてバックに投げつける。

 

「ブルルロォ……」

 

(なんなんだこいつは…)

身体に火がついても暫くはその場を離れなかったが、やがて肉が焼けるような臭いがしだしてようやくバックはその場を去っていった。

 

 

(あーあ…ぐちゃぐちゃだ…)

地面に置いておいたオオカミの死体は踏み荒らされて口と尻から血が飛び出しており、

動かした途端にどういう訳か喉元の傷口から臓器が飛び出た。

 

(…そうだ。薪が足んねえんだ。今のうちに持って帰ろう)

当然だが、ガロアの小さな身体から出る力などたかが知れている。この森の動物の中でいえば下から数えた方が早いだろう。

 

ひゅっ、と息を吐いて大きく、ゆっくりとナイフを木の枝に向かって振る。枝と言ってもそれなりの太さだ。例え大人の力であったとしても、それを折ったり切ったりするのは難儀したはずだった。

だというのに大して速くもないその刃は、歪で不完全なはずの人の腕から繰り出されたとは思えない程綺麗な真円を描き、音もなく木の枝を切り落とした。

この大自然との渾然一体を経験したガロアの身体には理が宿っていた。刃をどのように振れば、この物体を解体するにはどこから切りこめばいいのか、それが無意識のうちに分かっていた。

ただただガロアにとっては自然…音を聞いてその声に任せて動いているだけだった。

 

(後で乾燥させよう)

ずしりと重たい枝を持ってもう一度ぐちゃぐちゃの死体を見る。

 

(どうしよう…エタノール使っちゃった…)

マッチならまだまだあるし、時間をかければ火も熾せるからいいものの、消毒用エタノールは自分では作れないしそんなに数も無い。

とりあえずの処置として、擦り傷に樹液を塗りこんでいきながら考えにふける。

 

(やはり…この前考えた通り…)

三週間前にロランが届けたのであろう食料も底が見えており、いつ次が来るのかは分からない。そもそも次など無いのかもしれない。

銃の弾も潤沢とは言えず、足りないものをあげていけば正直きりがない。アジェイがいない中でこの森から出たことの無いガロアは内心怖くて仕方が無かったが、一つの決心をした。

 

 

 

「ワタクシもついて行きたいのデスガ」

 

『どちらにしろ一人乗りなんだ。この家をしっかり守れ』

がらがらの倉庫で見つけたスノーモービルの上でガロアは雪から眼を守るためにゴーグルをかける。

大人が使うその乗り物は身長140cmにも満たないガロアにはサイズ的に合っているとは言い難く、短い手足を精いっぱいに伸ばしている。

 

「了解デス。くれぐれもお気をつけてくだサイ」

 

『うん、分かってる』

当然免許などなく運転の仕方なども知らなかったが、一応の操作方法はコンピューターで調べたらすぐに出てきた。

直近の街まで約42km。この機械があれば30分で行ける。人は既に住んでいないらしいがそれでも何か物資が見つかるかもしれない。

 

『じゃあな』

 

「ハイ」

 

ガロアなら森の中では決して出したくないけたたましい音を立て、ウォーキートーキーが見守る中スノーモービルは西へ向かって走っていった。

 

 

 

 

(酷い雪だ…なにもこんな日でなくても良かったかもしれねぇ…)

10分ほど走ったら舗装された道路が見えてきて、そこからフルスピードで走れている。

ここまで視界の悪い日なら普通は車に乗らないものだが、幸いにもこの辺りの道路を走るような車も人ももういない。

 

 

(!そろそろか…)

途中からぽつりぽつりとなら民家らしきものはあったが一々そこを虱潰しに探して回るのはあまり頭のいい考えとは言えない。

最初の民家から20分、100km/hでとばしてようやく街らしきものが見えてきた。

 

(さて…)

適当な場所でスノーモービルを止めて降りたガロアは一応迷わないように歩きながら目的の店を探す。

 

(すぐに見つかればいいんだが…)

食料品店とドラッグストア、そして銃弾販売店を目当てに街に来たが銃弾については少し探した程度では見つからないかもしれない。そもそもの需要が前者の二つに比べて少なすぎるからだ。

だがそれでも、人々が街を去るときには銃弾よりも食料を重視して持って行ったはずだ。一件銃を取り扱う店が見つかれば銃弾はかなりあるだろうとガロアは考えている。

 

(ドラッグストアか。すぐに見つかってよかった)

アジェイと違い、英語以外話せないガロアだがそれでもこの地方で生きていく以上は一応ある程度のロシア語を読むことができ、

ドラッグストアと書かれた看板を読むことも難なく出来た。

 

(シャッターが閉まっている…仕方がないな)

裏手に回り、換気扇の高さまでゴミ箱やらを積み上げて昇って、入り口を金具でこじ開けていくと子供ならぎりぎり通れそうな穴となった。

 

(汚ぇ…まあいいや)

ゴム製の手袋のお陰で滑ることも無く中に入ることができたが、やはり服はかなり汚れてしまった。

 

「……」

案の定店内は真っ暗だが、懐中電灯を点けるとまだかなりの商品が残っていた。

 

(そりゃそうか)

パニックが起こって我先に移動したのではなく、一人、また一人とコロニーや他の街に移り住んだのだから、当然誰かに奪われるようなことも無く残っている。

 

「……」

薬や消毒薬の期限を確かめながらバッグに放り込んでいく。抗生物質や鎮痛剤があったのはありがたかった。枝が突き刺さった時などはこれがないと痛みで治療もままならない。

一番前の棚に置いてある商品の期限を見るにこの店が無人になってから7~8か月といったところだろうか。

 

リンクス戦争によって急激に広がった汚染がじわじわと迫ってくることに耐えられなくなった店主は祖父から代々受け継いできたこの店をやむなく捨ててコロニーに逃げたのだ。

その頃には既にこの広い街に三桁も人は住んでいなかった。

 

(!ありがたい)

健康食品なのか何なのかよく分からないが、消費期限が切れていないブロック型の栄養に優れたクッキーのようなものを見つけ、一端薬を漁るのをやめて齧りつく。

 

(普通の食べ物は無いのか…?)

電気はまだ来ているようで、スイッチを入れれば照明はついたが冷蔵庫にはアイスや飲み物などわざわざ持ち帰るには値しない物ばかりある。

 

(…?二階があるのか)

盲点になっていたがレジの後ろに二階へと続く階段があることに気が付く。

服に付いた汚れを払いながらガロアは階段をのぼった。

ここでレジに全く眼が向かないのはやはり人の社会で生きていないからなのだろうか。どうせレジの中は空だが。

 

(…ここには人が住んでいたのかな)

服やらテレビやらには残念ながらあまり興味が無いし持ち帰る気もさらさら無い。

奥へと進むとキッチンらしき場所がありさらには家庭用のゴツい見た目の冷蔵庫があった。

 

(!もしかして!)

世界に広く普及している冷蔵庫は、四季の移ろいによる気候の変化が激しい環境の極東にある島国の大企業有澤で作られた物が殆どであり、

その性能は例え傷みやすい生肉を入れても電気さえあれば、元々の品質にもよるが1~5年は保存できるという、他の企業をして変態と言わしめた超技術の塊である。

 

(やった!!)

開けた冷蔵庫の中には野菜や肉などがかなり置いてあり、それらを詰め込んでいくとバッグがどんどんと埋まっていく。

 

(これは…挽肉?牛か?…懐かしいな)

昔、三年ほど前に霞に手を引かれて連れていかれたレストランで食べたハンバーグが確か牛の挽肉から出来る物だったと記憶している。

一度しか食べたことがないがあれはとても美味しかった。帰ったらウォーキートーキーに作り方を聞こうと思いバッグに詰め込んでいく。

 

(ついでにこっちにも何かないかな…)

なんだか少しワクワクしながらキッチンの棚を開いていく。

食器類がほとんどだが冷凍の必要のない食材などもそれなりにあり、ほくほくしながら手に取っていく。

 

(ほっとけーき?なんだそりゃ。まぁいいや、持って帰ろう…)

 

(ティーパックだ。紅茶…暫く飲んでないや。持って帰るかな…)

ホットケーキの粉やティーパックなどの多少の嗜好品も手に入れ、バッグの六割が埋まった。

 

(一応…これくらいにしておくか)

まだまだ街を探索する気なのだ。あまり欲張ってもいけない。

それにこの場所を覚えておけばまたこれる。

 

(………二人…爺さんと婆さんが住んでいたのか?)

一階へ続く階段に幾つもの写真が額縁に飾られていることに今更気が付く。

若い男女がどこか知らない場所で笑顔でいる写真、男児二人に女児一人と両親らしき男女が写った写真、

年老いた男女が店の前で笑う写真。階段の写真がこの家に住んでいた者の人生を語る。

 

ズキン

 

(……さっさと…次の場所へ行こう)

先ほどまでの浮かれた気分から一転、胸を締め付けるような不思議な痛みにガロアは幼い顔を歪めながら換気扇の穴から外へと出ていった。

 

 

 

 

(寒い…しかもなんか気分が悪いな…帰るか…。……?)

胸のあたりのムカムカに悩まされて歩いていると一件の変わった形の店が眼に入った。

店の外にも席が置いてあるカフェテラスである。一見して人はいないがシャッターは閉まっておらず、入り口も鍵がかかっているいないに関わらずガラス叩き割れば中に簡単に入れそうだ。

 

 

(よし…入るか……?………!!!)

侵入を決意した瞬間、雪に人影が映るのを見た。

まさか人に会うとは思わなかった。

暫く固まっていると、人影が手に持った何かをこちらに向けるのが見えて反射的にその場にしゃがんだ。

その数瞬後に問答無用の銃撃がガロアを襲う。

 

(ショットガン!?ふざけやがって!!痛ぇ!!)

しかも壁に空いた大穴から察するに大型の動物以外にはまず使わない散弾銃用の弾、バックショットを放ったことが分かる。

当然、人に向けて放つような物ではない。

素晴らしい反射と直感で何とか直撃は躱したがそれでも右腕を弾が掠めていき少量の出血とうずくまりたいほどの痛みがガロアを襲った。

 

(ああ、クソッ!!)

こちらにも銃はあるがどう考えても不利だし、射撃はあまり得意な方ではない。

急いでカフェの裏手に回ると裏口のドアが見えた。

 

(頼む!)

一か八かでドアノブに手をかけると幸運にも施錠されておらず、店内に入ることが出来た。

即座に鍵を閉めると間髪置かずにドアノブを乱暴に開けようとする音が聞こえた。

 

(……これじゃダメだ!)

数秒ほど、回転しようとするドアノブを呆然と見ていたが、このままではいけないことに気が付き、すぐに表口に走る。

 

さほど広くは無いが店内にもいくつかの机と椅子があり、そのうちの一つ、端に固定された机の脚にロープを結んで、ロープのもう片方を持ったまま店の奥のレジの裏まで走り滑り込む。

息を吐く暇もなく、入り口のガラスが派手な音を立てて叩き割られ、先ほど銃を放った男が割れたガラスを踏み越えて慎重に店内に入ってきた。

 

(……やはり一人か…ならば…)

レジのそばに転がる空きビンに映る陰から侵入者を確認する。

 

(まだだ…焦るな……)

男は辺りを見回しながらゆっくりと奥へと歩を進めており銃を構えたまま警戒を解いていない。

 

「…ガキでもなんでも殺す!殺すんだ!この街の物は俺たちの物だ!!」

その声は今のうちに逃げろと言っているようにも聞こえる。

獣が威嚇するのは、戦って怪我したり死にたくなどないからだ。

だが、もしも対峙したのならば本当にこの男は自分を殺すだろう。

 

(……俺を殺すだと?)

死ぬ。ああ、今日もまた一匹殺したからな。

それだけだ。変わらないさ。

そう思っているはずなのに。

 

(やれるもんなら…)

ふつふつと激情がガロアの頭を支配していく。

 

(やってみろよ!)

男はたるんでいるロープが机の脚に結ばれている事にも気が付かずに超えていき、

周囲を警戒するその視線がガロアから見て右側、つまり空きビンが落ちてない方を向いた瞬間に、ガロアは空きビンを拾い上げて入口へと思い切り投げた。

 

ガシャン、とガラスの砕ける軽快な音が店内に響いた。

 

「この野郎!そこか!」

男が銃を構えたまま振り返り走り出すと同時にガロアは手にしたロープを思い切り引いた。

 

「ぐぉっ!?」

 

(死ね!)

両手で散弾銃を持っていた事、思い切り走ったことが災いし、

ロープに脚が引っ掛かり顔面から前のめりに転んだ男に向かって風のように飛び出たガロアはその首元へと左手のナイフを突き刺した。

 

「かはっ…ごぼっ…」

深々と突き刺さったナイフは頸動脈と気管を致命的なまでに切り裂いた。

 

(よし)

そのまま一気に、あえて周囲の血管を巻き込むように乱暴に引き抜くと壊れた蛇口のように血が噴き出て男は速やかに絶命した。

 

(…?刺した手ごたえがてんでねぇ。水袋を刺したみたいだ。屈強な筋肉も毛皮もなきゃ当たり前か…)

刃物を刺すにしても抜くにしても手ごたえが無さすぎる。

だがそれでも男の首には明らかに致命傷の穴が空いており、人間の身体の空虚さと脆さに少々不快感を催しながらナイフを置く。

 

(……散弾銃…弾を持っているのか?)

心臓の音を耳元で感じるような緊張が解けていきそのまま男の身体を漁り始める。

 

ガロアにとって人に遭遇するのは不運だったが、男にとっての人生最大の不運は出会ったのがガロアだったことだ。二人がこの場所に今日来たのは全くの偶然、いや、不幸だった。

せめて男が何も考えずに逃げていればまだ何とかなったかもしれないが、ガロアがただの小さな子供にしか見えなかったことが、

今なら人を呼ばれることも無く簡単に殺せるのではないかという勘違いを生んでしまった。

 

 

(うん…結構な数の弾を持っていたな)

ガロアのバッグも8割程埋まり、そろそろ帰ることを考えてもいい。

 

(その前に…)

置いておいた血塗れのナイフで男の服を切り裂いていく。

 

(全部持って帰るわけにはいかないからな。栄養価の高そうな部位を持って帰ろう)

罪も罰も人も倫理も無い場所で生きてきたガロアが死体となった男の肉を持ち帰ろうと思ったのはごく自然な事であった。

今までも殺した生き物を食べてきたのに、ここに来てこの死体を食べないという選択肢は元から無かった。ただ、持ち帰るには大きいから切ろう。普通にそう考えていた。

 

 

アジェイはよくガロアを育てた。

アジェイを知る人物が今のガロアを見て、アジェイが育てた子供ですと言われれば誰もが驚くだろう。

だが彼は人としての道徳を教えることをすっかり忘れていた。

しかし、人と関わらない場所に住んでいたということを考えればそれも仕方がないのかもしれない。

人が人を食べてはいけないなんてことは人の社会で生きていればどこかで覚えることだが、それが無かったガロアにとって目の前の死体はもうただの肉である。

ガロアは言葉遊びでもなんでもなく、本当に人の命と動物の命との間に差を感じていない。それは現代社会から見たら純粋なのか、悪魔なのか。

ごく普通に死体に刃物を押し込もうとするその姿に今は無きガロアの両親が見たら泣き叫ぶだろうか。あるいはアジェイが見たら悔いるだろうか。

 

 

(腹を割くと臭みが酷いだろうな…太腿の肉がいいか。…のこぎりがないから難儀しそうだ…)

さも当然のように餓鬼道に踏み出そうとした瞬間、足音がガロアの耳に届く。

 

(人がこっちに走ってくる!発砲音のせいか!?ガラスが割れる音のせいか!?クソッ、考えている時間がない!!)

死体の肌に食い込む寸前だったナイフを、男の服で血を拭って懐にしまい、裏口へと走る。

 

(三人…一人は子供か?…視認されずに仕留めるのは無理そうだ)

足跡から確認できる歩幅から走ってくる人数と年齢を把握する。

 

(……まぁ肉の備蓄はあるからいい)

裏口から外へ出て、そのまま路地裏から街の外へと抜けようとした瞬間に声が届いた。

 

「いやああああああああ!!あなた!!あなた!!」

 

「お父さああん!!お父さぁあん!!」

 

「親父!!薬…いや、包帯があるから!!お袋!!消毒しなきゃ!!」

 

「あなた!!しっかりして!!お願い…あなた…」

 

(……、…)

カフェから出てくる様子も無かったので、少々危険だが陰から店内を除くと、そこには三人の人間がいた。

特に血だまりに沈む男の死体のそばで泣き叫んでいる女児は自分と同い年くらいのように見える。

 

南西から迫るコジマ汚染に住処を追いやられ、人々は逃げ惑ったが大抵は気候の厳しくない南へと逃げており、

この家族は珍しく北へ北へと逃げていた。強盗のように無人の店に押し入り商品を奪い、時には出くわした人を撃ち殺していたがそれもこれも家族を守るために必死になった結果だった。

ガロアとここで遭遇してしまったのは人生で最大最後の不幸だった。あと二か月も待っていれば人々を受け入れて空を飛ぶ飛行機が完成したというのに。

 

 

 

(……)

 

「おと、おとう、さん…うっ…うっ…」

 

ズキン

 

(………っ、……)

泣き崩れる女児を見てまたしても不可解な痛みがガロアの胸を締め付けていく。

その痛みで動けなくなる前にガロアは足跡を立てないようにそそくさとその場を去っていった。

 

(…あそこで臓物ぶちまけて死んでたのは俺かもしれなかったんだ)

 

(…そうしたら…もうお前らみたいに泣いてくれる人もいないんだ…俺には…)

 

(……身を守っただけだ…)

 

(お前はそこで骨になれ)

 

『命にあんまり意味は無い』

と断じる自分。その一方で父や霞の死に泣く自分。

矛盾している事には気が付かないふりをしてスノーモービルまで歩いていく。

 

(あー…痛ってぇ…)

結局、銃弾が掠った傷は大したことなく既に血は止まっていた。

どこまでか血痕が続いていたかもしれないが、足跡と共に雪で埋もれてしまっている。

 

(ふん………帰るか……)

痛む右腕を消毒して包帯を巻いて、ガロアは再びスノーモービルのエンジンをかけた。

 

(どこに…どれだけ…行っても)

通りに並ぶ店が責め立てるように自分を見ているような気がした。

生き残るためにやったんだ、と弁明する口はない。

 

(俺は俺から逃げられない)

生きている限りはガロアは苦しみから逃れられなかった。

 

 

 

 

 

誰にも話すことは無いが、ガロアは10歳の時に既に人を殺めている。

 

ガロアが悪いのか、と問えばその答えは出ないが、

あえて言うのならば殺さなければ殺されていた、子供がそんな状況に置かれているこの世界が悪いのだろう。

 

胸の痛みも、頭の中で首をもたげた矛盾も無視して街から去るガロアの姿は雪に飲まれて消えていった。




大山倍達もびっくりのナチュラル山籠もりですからね。自然への馴染み方が半端ないです。


罪を感じる心、人間性もガロア君にはあったのに自衛のためにそれを封じてしまったことが分かるでしょうか。
何よりも最悪なのがこのイベントでガロア君の頭に「人間も獣と変わらず危険だ」と刻まれてしまったことでしょう。

また一つガロア君は獣に近づいてしまいました。

次回、いよいよ過去編ラスト。

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