Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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幾重にも爛れし腸の咲く地獄 永久までも君に残さん


NO WAY BACK

結局ロラン(だとガロアは確信している)が食料を持ってこなくなるということは無かった。

間隔はバラバラだがそれでも食料が完全に尽きる前にいつの間にかそっと置いておいてくれるその食料がなければ栄養の偏りによってガロアはとうに死んでいたかもしれない。

 

あの街にもあの後何度か行ったがあれ以来そこで人に遭遇することは無かった。男の死体は血痕を残して消えていた。

というよりも世界そのものがスカスカになってしまったのではないか、と車一つない街の大通りをスノーモービルで100km/hで爆走しながら思ったのが11歳の初夏。

 

コンピューターで世界情勢を調べたところ、リンクス戦争とやらで世界の汚染が深刻になり大半の人々は空に浮かぶバケモノ飛行機へと逃げたらしい。

どうも世界がそうなった原因をたどるとアナトリアの傭兵と呼ばれる一人のリンクスの戦いが引き金となったらしい。

父を含むオリジナルリンクスのほとんどが殺害、または戦闘不能に追い込まれどうやら世界を支配していたらしい企業とやらの内二つが壊滅、

世界はボロボロになり、原因となったアナトリアの傭兵ことマグナス・バッティ・カーチスともう一人の原因、

ジョシュア・オブライエンごとコロニーアナトリアはちりも残さず吹き飛んで戦争は終わったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

結局金のために戦ったアナトリアの傭兵、世界の破滅を止めるため、あるいは企業の為に戦ったリンクスたちのどっちが正しかったのかはよくわからない。

 

分かるのは父が言っていた黒い鳥なんてものはいなかったのだ、ということだ。

当たり前だ。たった一人の人間が世界を滅ぼす引き金になるなんてありえない、ってことは考えればすぐにわかることだろうに。

 

 

まぁ別にいいさ。どうせみんなそのうち死んで土になるんだ。

父さんも、スミカさんも、本当の両親も俺よりは早かったってだけだ。

この森で動物を狩って、いずれ体が朽ち果てて、死んで終わり。

構わないよ、変わらないから、どっちにしても。同じくらい苦しいだけだ。

そう、生きることは苦しいんだ。

生きる意味を探して今日まで生きてきたけど、それしか分からなかった。

苦しいのに、生きる理由は分からないのに、今日も生きる理由を探して生きている。

 

 

 

 

 

CE19年 晩秋

14歳になったガロアは本来ならば中学校で友人とともに勉強しながら将来の夢を語り合うような年齢である。

本当の両親から受け継いだ才能と、幼いころから貪るように読んだ本、そしてウォーキートーキーの教育のおかげで、

同い年の子供に比べれば圧倒的に頭脳面ですぐれてはいるものの、やはり人として大事な要素がいくつも欠落してしまっている。

 

 

「……」

木の前でしゃがんでいるガロアの前には蟻にたかられる蜘蛛の死骸があり、そのそばの木では今まさにサナギが蝶に生まれ変わろうとしていた。

 

 

「……」

見始めて5時間、ゆっくりと、ゆっくりと開いたサナギからやはりゆっくりと、ゆっくりと白い蝶が羽を広げていく。

 

 

(綺麗だ。…でも…やっぱりわからない…)

その見事に生まれ変わる姿に美しさを感じる正しい感性を持ちながらもガロアには地べたで蟻にたかられる蜘蛛の死骸とその蝶の何が違うのかが説明できない。

そして羽も乾き、いざ飛び立たんとした蝶をそっとガロアは両手の中に入れる。

 

(今…ここに…命とやらがある)

手の隙間の中に蠢く存在を感じる。確かにこの中に命は存在する。見えていないのはあえて見えないようにしているからだ。

動きと重さだけで命を感じている。

 

(これで消えた)

ぐしゃっ、と握りしめると重さは変わっていないのに動きはなくなってしまった。命が消えたのだ。

 

(命…命ってなんだ…)

手の中で圧死した蝶をそのまま口へと運ぶ。

 

(まずい…味気ないな…)

美しく変身した直後に自分の胃袋に直行した蝶と蟻の巣へと細かく砕かれ運ばれていく蜘蛛。

ここに何の差があるのか。ついでに木に張りついていたミミズも土を払ってから口に運んでさらに考え込むがやめてしまった。

 

(まぁいいや…考えてわかるものでもないだろう。……でも考えるのか…それが人間の仕事か、本能か…)

すっと立ち上がったガロアは10歳のころに比べればさすがに背は伸びていたがそれでも145cm、39kgとかなり頼りない体格をしている。

ウォーキートーキーの教えもあり、料理の腕は上がったがそれでも一人で作って一人で食べる食事には楽しみはなく、作業のような感覚に近い。

隠し味だって自分が入れているのだから全然隠れてないだろ、というガロアの言葉にウォーキートーキーはガガガ、とかジジジ、とかノイズを混ぜながら、わけのわからない反論をしていた。

そんなこともあり、ガロアの食べる食事量は成長期の男子としては少ないと言わざるを得ない量だった。

 

(…だれか来る!)

手についた蝶の汁を舐めている時にかすかな人間の足音を聞き取ったガロアは音をたてないように木の上へとのぼった。

そう多くはないが今までにも何度か人間が迷い込んでくることがあった。

だが大抵は本当に迷ってしまった人で、そのままいけば凍死か獣に殺されるかだったし、楽な方へと歩く思考を持つ普通の人間ならまずガロアの家まで辿りつけない。

問題なのは明らかに略奪の意思のある者だ。そういう者たちに対しては「的確に」処理しなければならない。

 

「北に行けばバンディットはいないという考えは正しかったな」

 

「だが食料もない。どうするんだ?そろそろ尽きる」

話しながら歩いて来たのはアサルトライフルを持った二人の男だった。

迷ったのではなく選んでここまで来たらしい。

 

「俺たちと同じ考えにたどり着いた者は必ずいるはずだ。北へ北へと逃げた者達がな。見ろ。カスミ網まで張ってある。明らかに何者かがここで狩猟して生きている。生活の場がある」

 

「奪うのか?」

 

「こんな時代だ。コロニーに近づくだけで無警告で射殺されるなかで生きるために人を殺して何が悪い?奪うんだ」

 

(もっともだな)

上下関係は見られない二人だが、片方の男の意見はすべて的を射ておりガロアは静かに同意した。

 

だが男は冷静な意見は述べられてもまさかこんな場所で小さな子供が木の上からミミズクのように自分達を見下ろしているとは思わなかったようだ。

 

「…やっぱり不気味だ。戻らないか?」

 

「何故?」

 

「俺の田舎で大人がガキによく言っていたんだ。暗くて深い森の奥には人知を超えた何かが住んでいて…森を荒らす者を飲みこむってな」

 

「……」

その時、何羽かの鳥がギャアギャアと声をあげながら飛び去って行き、二人は必要以上に身体を強張らせた。

ガロアにとって見ればうるさく鳴く鳥なんてのは静かに潜んでいる獣よりはよっぽどありがたいのだが、

そういった精神を持ってしまっていること自体が普通の社会で生きる人間からかけ離れているということなのだろう。

 

「森が怒っている…」

 

「馬鹿なことを言うな。…やはり人がいるようだ。さっき見えた煙は焚火が何かだったようだな」

ガロアがいる木とは別の木に不自然に巻き付けられたロープを男が指さす。

 

「…確かに。しかし何の意味が?こりゃ」

カスミ網の用途は分かってもそのロープの意味は分からなかったようだ。

先ほどから意見を仰いでばかりの男がそのロープに近づいた時だった。

 

(…バカが)

 

ガッ

 

「ああ!!?ぐっ!?」

そのオブジェは『獣にとっては』意味などなかった。

ただ意味を探ろうとする人間を引き寄せて注意を引くための罠だった。逆に罠を仕掛けたガロアにはあの場所に罠があると分かる目印となる。

足元のトラばさみに足を砕かれ男は呻く。

さらにトラばさみに絡まっていたまた別のロープの一部が切れて一気に男の首元に巻き付いた。

 

「ぅごっ、ごぁ、か」

 

「なんだ!?くそ、罠か!?持ちこたえろ!」

ロープの片方に巻きつけられた岩が落ちると同時に締まり、男は足にトラばさみが挟まったまま木に吊るされた。

首はぎりぎりと締まっており、なんとかはずそうと指でひっかくが肌を傷つけるばかりで食い込んだロープはどうにもできない。

 

「!あっ、がっ!!」

 

「待ってろ!今、くそ、このロープ、ワイヤーが入っている!」

 

「違っ、ぐぶっ」

ロープを切るのに必死な男は、とうとう吊るされた男の言いたいことを勘違いしたままだった。

吊るされた男の目にははっきりと弓矢でこちらを狙う子供の姿が見えているのに。こんなに暗く深い森に子供が?と消えゆく命を感じながらゆっくりと冷静なことを考えていた。

 

どすっ、と音がして鮮血を首からまき散らしながら必死にロープを切ろうとしていた男は声も出さずに絶命した。

 

(…、…やっぱり…近づかなければ…)

灰色の眼をした少年が何の感情も見せずにただ自分が死にゆく姿を木の上から見つめているのが現実なのかすら分らぬまま男は窒息死した。

 

 

 

 

 

(…明日、また様子を見に来よう)

裸にして吊るした二人の死体の足元に罠を仕掛けたガロアは、二人の衣服で作ったロープの強度を今一度確認しながら思った。

運が良ければこの死体を食べに来た動物が罠にかかるはずだ。そうでなくとも好奇心旺盛な動物ならば近づいてにおいを嗅いだりする。

そのまま死体を食べてしまえばよかったのかもしれないがこの前読んだ医学書では、人が人の肉を食べた場合に罹る病気についての記述があり、それはかなり治療が困難な物だった。

 

(…有効活用…とは違うか)

労力に見合っているかと言えば微妙だ。腐って利用できなくなった肉を使った方がずっと楽なのだから。

期待していた荷物も大した物はなかった。今更銃が増えてもありがたくない。銃弾は口径が合わなかった。

 

首をくくられて息絶えた男のポケットに入っていた『ずっとあなたと一緒に サラ』と裏に彫られていたもう動いていない腕時計を遠くに放り投げ、

弓で殺された男のバッグに入っていたサラミを齧る。かさばるだけだというのにボードゲームの駒と板が大事にしまわれていたが、ルールが分からないので捨てた。

ウォーキートーキーに聞けば教えてくれるのだろうが、どうでもよかった。何やらなんのために使うのか分からない薬と、小さな袋に入ったぬるぬるしたゴムのような物を手に入れたが、

これは何かの使い道があるのかもしれない。持ち帰って調べて見ることにした。

 

(血の臭いがする…あー……血の臭いがとれねぇ……)

どれだけ消毒しても手から血の臭いが消えてくれないような気がする。

そのうち手を洗い過ぎて血が滲んできてしまった。もう一度臭いを嗅いで顔をしかめた後ガロアは立ち上がった。

 

(もう五回目か…)

この森で(と言っても相当広い森だが)、人と出くわすのはもう五度目となる。ガロアは知る由はないが、赤道から緯度±60度以下の場所、

つまり人の過ごしやすい場所が主な戦場だったためやはり汚染が酷く、最早汚染を逃れている場所は北極南極にごく近い場所か海の上あるいは島国ぐらいしか無かった。

無論、探せば汚染を逃れている場所は点在しているが、地上を這い回る人々が汚染に怯えてその場所に留まるよりも、汚染を避けてそう動くのは当然の事だった。

 

(……来なければ死ななかった)

そんなことはガロアには関係ない。自分の縄張りだと思っている場所に踏みこんだら殺すだけだ。森で迷わずに歩くのはかなりの慣れが必要だ。

あのままいけばどうせ他の獣かバックに殺されていたとは思うが、もし万が一ひょっとして自分の家を発見された場合、大人二人と真正面から戦って勝つ自信はない。

子供だから助けてくれるかも、許してくれるかも、なんて考えは最初からなかった。物心がついた時からだ。だからこそ、今もこの場所で生きている。

何よりも、最初に街で出会った人間に殺されかけてから、ガロアにとっては人というのも獣と同じくらい危ない存在でしか無かった。

 

(変わらねえよ。俺もお前らもそのうち土に戻る。それだけだ)

 

(でも………バックに殺されたらもっとぐちゃぐちゃになっていた)

自分が直接この森で人を殺めたのは三回だが、人の死体や白骨化した遺体を見たのは10回では済まない。

食い荒らされているものもあったが、踏みにじられて骨交じりの肉団子になっていた死体はバックに殺された物だろう。

死ぬにしてもあんな死に方はごめんだ。そう思いながら食料をがつがつと乱暴に口に入れていく。家にいると行儀よくしろとウォーキートーキーがうるさいのだ。

どうせ誰も見ていないのに行儀良くしてなんの得がある?この世界には自分しかいないのだ。自分が行儀悪くしても機嫌を悪くする人間も叱る大人もいない。

ガロアの精神はこの白い孤独の中で確実に摩耗し、徐々に人間性が削ぎ落されていっていた。それもこれもただ生きる為だった。

本来なら青春を謳歌し、恋をして性を知る年なのにただ一日を生きることしか頭になかった。

 

その時、ぴくりとガロアの癖毛が動いた。

 

「…!」

ガロアは反射的にそばの草むらに向かってショットガンを向けた。

 

引き金を引くのとオオカミが飛びかかってくるのは同時だった。

気の抜けたような高い音が森にこだまして鳥が一斉に飛び立った。

 

(馬鹿な奴…狙うなら隣の肉袋を狙えばよかったのに…)

頭蓋が砕け散って即死したオオカミは明らかに自分を狙っていた。血の臭いに釣られてきたのだろうが何故よりにもよって生きている獲物を狙うのか。

既にガロアの研ぎすまされた感覚は人間の域を超越していた。その代り、もう人間をほとんどやめてしまっていた。

 

(……あ?)

しゃがみ込んでオオカミの脚を縄で括っていると更に草むらから何かが飛び出してきた。

 

(…!犬!?)

銃を構えるのが間に合わず、熊の皮から作ったガントレットのついた右手を差し出すと、首輪の付いた犬が唸り声をあげながら噛みついた。

人間もそうだが、動物達はそれ以上に敏感に察知して汚染から逃げていたのだった。

この場所はそんな動物達が集まる野生の宝庫となっており、その点だけで見ればこの場所に限ってはどの時代よりも命の溢れる大自然となっていた。

 

骨が軋むような痛みを堪えながら周囲を見渡す。

人の姿は無く、その犬の目を見れば隠しようのない憎しみが浮かんでいた。

 

(飼い犬だったのか…人を恨んでいるのか?)

殺意よりも憎しみが先行し、命よりも痛みを与えようと必死に噛みついてくる。

押し倒されて死体となったオオカミの上に乗ってしまった。

 

(捨てられたのか?主人を失ったのか?可哀想に)

こんな時代だ。捨てられることもあるだろうし、主人を失うことも珍しいことでは無いだろう。そしてどちらにしろそれは人間のせいだった。

間違いなく命の危機だというのにガロアは腕の痛み以外に何も感じていなかった。

 

(でも死ね)

腰から抜いたナイフを目玉に刺しこむと大した抵抗もなく柄まで入っていった。ピクピクと動いていたが中を掻きまわすように動かすと完全に動かなくなった。

 

(雌…狼の方は雄か。…一匹狼と番だったのかな。はぐれ者同士お似合いだな)

死体を重ねてその上に座る。この野犬にそそのかされて襲ってきたのか、それとも元々馬鹿だったのか。もうさして興味が無かった。何を考えようが事実としてこれはただの死体だ。

ガントレットを外すと血が滲んでいた。牙で傷がつけられたのではなく、金具がズレてしまったらしい。放っておくには少々傷が深く広かった。

 

(しょうがねえ)

布を噛んで食いしばり、消毒薬をかける。痛みで涙が滲んだがそれでも生きている感覚はした。

そのまま布を食いしばりながら針で傷口を縫っていく。

 

人と獣の死体の傍で小さな子供が何の感情も無い顔で傷を縫っている光景は異様だったが、それを見る者は誰もいなかった。

今のガロアは蛹のように心に動きがない。その殻を割って出てくるのは果たして。

 

蝶では無いことだけは確かだろう。

 

 

 

「……」

倉庫に向かって歩く足音も小さいが、何故か足だけは体に不釣り合いなほど大きく、

きちんと栄養を摂取していれば大きくなっていたのであろうことは間違いない。

この年にしては小さい、と言いつつもアジェイがガロアが10歳になる前に買った服はさすがに小さくなっており、

かなりぶかぶかだがアジェイの服を折りに折って着ている。街からとってこようとはたまに思ったが、結局食料と薬と弾薬で一杯になるのでやめた。

ちなみにアジェイと今のガロアの身長差は40cm以上あり、そんな服が似合うはずがない。

殺したオオカミと野犬をずるずると引きずって冷凍庫に入れる。予定外の収穫だが、それでも明日も狩りはやめない。何もしていないと頭がおかしくなりそうだった。

 

(一応…明日の天気を見たら家に帰ろう)

倉庫にあるコンピューターで天気などが見られることがわかってからはほぼ毎日起動している。

眼に絶対の自信がある分、視界がかなり限定される大雪の日の狩りや戦いなんかは出来る限り避けたい。

今は短いながらも雪の降らない夏なのでそう天気を心配する必要はないが雨なんかはやはり避けていきたい。

 

(明日は…晴れか。それなら………………ん?)

正直なところ、あまり当てにはならない天気予報のサイトを見ていると一つのニュースが眼に飛び込んできた。

 

 

『ラインアークの英雄ホワイトグリントのリンクスはやはりアナトリアの傭兵説が濃厚か』

 

 

(え…?)

 

 

 

叩きつけるような雨音が二重窓を超えて耳に届く。やはり天気予報は当てにならない。人工衛星で空から見ているくせにここまで外しまくるのはどういう事なんだ。

まだ外で空気を感じて空を見た方が天気は当てられる。

 

家に帰って夕飯を作って食べて、窓際の椅子に座る。

ずっと上の空…いや、一つの事を考え続けていた。

 

(生きていた…?あの戦いに全部勝って生き残ったってことか?)

 

海馬から誤作動のように眼球の裏に映し出される映像は殺した動物の割いた腸。

 

(そうか…そうだよな…父さんは負けた。奴は生き残った。それだけだよな)

 

人を殺した時の不快な感触が鮮明に蘇る。見開かれた虚ろな目には何も映ってはいない。

 

(俺も…俺もやっていることだ…殺して生き残る…そういう風に出来ちまっているんだ…この世界は…)

今日も殺した。この前も殺した。悪いことでは無い。だってそういう世界なんだから。

これが悪いなら今生きている人間は全員救いようのない悪だろう。

 

≪英雄≫

 

≪ラインアークの守護神≫

 

≪民衆からの支持≫

 

過呼吸による酸素供給不足で曖昧になった視界で見た文字の数々が脳をきりきりと締め付けていく。

 

(それが正しい世界の形なのは間違いないのに…なら…この俺の苦しみはどこから来る?)

父の遺書を見て以来、痛み以外では流れなかった涙が熱く流れてくる。

頭痛、発汗。明らかに普通の状態では無かったガロアに洗い物をしていたウォーキートーキーが声をかけてきた。

 

「ガロア様、体調が優れないようデスガ」

 

「……」

角ばった身体に泡をつけながら出す機械的な声が頭に響き渡る。

 

「ガロア様?」

 

『ウォーキートーキー…英雄ってなんだ?』

 

「英雄?Heroのことデスカ?敬慕の的となる人物、もしくは物語の主人公デス。一般的には弱きを助け強きを挫く勇気ある者が英雄と呼ばれて尊敬されマス」

 

『正義の味方ってことか?』

 

「そうデスネ…同義という訳では決してありマセンガ、偽りの英雄でなければ、人の道に背きながらなれる英雄なんてモノはアリマセン。正義の味方と言っても差し支えないデス」

 

頭と胸を壊そうとする痛みが最大になった。それってつまりどういうことなんだ?

 

『俺は強いのか?』

 

「質問の意味が分かりマセン。デスガ、身長、体重も恵まれているとは言エズ、加えてガロア様は言葉が話せマセン。その上幼くして家族を失う事になりマシタ。身体的かつ社会的弱者、という評価が妥当デショウ」

機械的に、言葉を避けるようなことはせずにズバズバと言ってくる。

 

≪弱きを助け強気を挫く者、英雄≫

 

(…?なんだ…?なんなんだ?)

 

「どうかしマシタカ?」

 

『続けよう。俺は悪か?』

 

「質問の意味が分かりマセン。デスガ、ガガガ…、ワタクシの観さ、イエ、見た限りでは悪と評される行動をしているようには見えマセン。ガロア様はただ生きているダケデス」

 

「……」

 

「タダシ」

 

『ただし?』

 

「正義でアルカ、と聞かれるとそれは決めかねマス。人道的な行動をしようにもこの場所では何もできませんカラ」

 

『そうか……俺は…悪でも正義でもないのか‥』

 

「そもそも正義と悪というのは一方的な決めつけであることが大半デス。だから戦争は終わらナイ。多くの賢人がそう言いマス」

 

≪常々話していたな、この世には正義も悪もないと。見方によって変わるだけだ≫

 

(く…う…あが…気持ちが…悪…い…)

雨音。傾く視界。ガロアの記憶はここで一端途切れている。

 

 

人であれば伸びる愛憎の鎖からは逃れられず、愛憎広がり善悪生まれる。生き物の中で唯一人間だけに課せられた業。

 

ガロアは立ち向かう。立ち向かわねば最早ガロアがガロアとして生きることが出来なくなるからだ。

 

 

 

「…………!……」

気が付けば部屋のベッドの上にいた。

 

(…気絶?…したのか……)

時間は分からないが、午後11時以降だということは分かる。

設定でウォーキートーキーは11時以降は充電器の上で待機モードになるようにしており、

実際今、ウォーキートーキーは机の隣の充電器の上でスリープモードになっているからだ。

 

「……」

いつの間にか寝間着になっていた。よくまぁあんなトングもどきみたいな手で器用に人間の服を着替えさせられるものだ。

ベッドから降りて額にべっとりとついた汗をぬぐい部屋の出口へと歩いていく。

 

「どこに…ジジッ…行くのデスカ」

赤いカメラアイも切れており、完全にスリープになっていると思っていたウォーキートーキーから声が聞こえてくる。

 

『待機モードになっているんじゃなかったのか』

 

「ガッ、ガガガ…心配ナノデス」

 

(また…プログラムだからってやつか?頼むからこれ以上…俺を…)

 

『命令だ。明日の朝までその上で黙ってじっとしてろ』

 

「了解デス」

 

(いらつかせないでくれ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻の雨が嘘のように外は静まり返っている。

森の動物たちは息を潜めているかのようだ。

 

(狩ろうにも…これじゃあな…)

家から持ち出した猟銃を置いて森を歩き出す。

この辺りは水はけがよく雨が降っても翌日には乾いた土のみが残るが、流石に数時間前に降った雨が消えてなくなることは無かったようだ。

靴に纏わりつく泥が気色悪い。

 

(…オーロラか…)

細い月を隠すように空に浮かぶオーロラはまるで星が砕けて夜空を覆う霧になっているかのよう。

 

(苦しい……一人ぼっちだ…)

満天の星と輝く月、煌めくオーロラの下で泥に足を取られながら歩く。

冬の気配が近づいてきたのか肌を刺すような寒気を感じ、一層孤独が際立つ。

 

(俺は何なんだ…こんな森で…父を殺した男が祀り上げられているのを知って苦しんでいる…)

 

(でも…そもそもなんで苦しんでいるのかが分からねえ…)

 

(……前からずっと…苦しかったけどな…。生きることは…苦しみなんだ…)

誰か助けて。

これぐらいの年の子供ならば、どうしようもない苦悩に苛まれたときにそう叫ぶのが普通なのだろう。

ガロアにはそう言う大人もいない。そう言う言葉も無い。そう言おうとする考えも無い。

生きるも死ぬも全てが自分の責任の世界で生きているからだ。…………苦しくないわけがなかった。

 

 

…オオオオオオ…

 

(この声…バックか!?)

地響きのような音はあの化け物鹿から発されたものに違いない。

思えば腐れ縁とも言うべき長い付き合いだ。父の話通りならば奴は自分と同い年だと言う。

 

(………!?ホッキョクグマ!?なんでここまで!?)

木の上に登り、声のした方を向くと月明かりを反射する白い毛皮が見えた。

バックかと思えば身体中から血を流すホッキョクグマだった。時々ならば見かけることも有るが、それでもこの時期にここまで降りてくるのは珍しい。

 

 

「ブオォオオオオオオ!!!」

 

 

(バック!!)

木陰から飛び出した白い影は間違いなくこの森の暴君、アルビノのヘラジカのものだった。

手負いのホッキョクグマに向かって突進し間の木々をへし折っていく。

 

(地形を変える気か!!あの野郎!!それにしても…デカい!)

地上最大の肉食獣であるはずのホッキョクグマが仔犬のようなサイズに見えてしまう。

それぐらい桁外れにバックは大きい。巨大な角がまともに当たりホッキョクグマの両腕から骨が飛び出た。

 

(もうだめだな…あいつは…)

と思った瞬間に突進を受け止めきれなかったホッキョクグマは崖に激突しバックの角に挟まれて口と肛門から臓物を噴き出して絶命した。

 

(運の悪い奴…大人しく海でアザラシでも捕っていればよかったものを…)

ピクリとも動かなくなった死体に眼をやり記憶を探っていく。確かホッキョクグマの肉は寄生虫に気を付けなければならなかったはずだ。

体重7~800kgはあるように見える。しばらくは食事に困らないだろう。

 

(……あ?)

その時、ガロアは信じられない物を眼にした。あらゆる動物学者にとっては当然の光景かもしれないが、ガロアの知るバックには絶対に有り得なかったことだ。

何頭ものヘラジカがホッキョクグマの死体から離れていくバックの元へと寄り添っていくではないか。

 

(な…?あ……?どういう…ことだ…?)

ヘラジカは元々群れをなして生きていく動物だが、あの気狂い鹿は同族だろうが肉食獣だろうが突き殺して何物も近づけなかったはず。

ガロアが混乱していると一頭のメスのヘラジカがバックの首に自らの首を擦りつけて息を吐いた。

 

(群れの…長になっていたのか?お前…あれだけ…殺しておいて今更…?)

何頭もの鹿の先頭に立って歩きはじめるバックの赤い目にはかつてのような狂気は見られない。

泰然自若と構えてそれでいて威風堂々としている。ちらりと視界を何かが横切った。

 

(…初雪か。また…長い雪の季節が始まる…)

いつの間にか雲がかかった鈍色の空からはしんしんと雪が降り始めて、この森で一番巨大な動物の姿を白く掻き消していく。

 

(アナトリアの傭兵は英雄…お前は森の王…俺は…俺はなんだ?…俺だけが何も変わっちゃいねぇ…)

 

(…っ…。…………!!)

木上でぎりぎりと歯を食いしばり鳴らしていると雪の向こうからバックの赤い眼光がガロアを射抜いた。

 

(見つかった!!クソ!!武器を持っていない!!……え?)

細い木の枝の上で狼狽してしまい、落下しそうになっているとその視線は興味を失くしたかのようにふいっと別の方向を向いてしまった。

 

(そんな…お前…もう俺を殺しに来ないのか…)

幾つもの足音と共に遠ざかって行くバックの気配。

そんな感覚が自分だけが何も変わっていないのではないかという思いに拍車をかける。

 

(群れの敵だったのか?あのホッキョクグマは…)

何故?奴に近寄る動物など、同種も自分も含めていなかったというのに。

何故そんな奴が長になっているんだ。

 

(!…そうか…お前…)

先ほどの首を愛おしげにすり合う姿が思い出される。

 

(殺すのをやめて…弱い奴を救うようになったのか?ただの暴力の塊には…何も寄ってくるはずがないもんな…)

いつからか。それは分からない。ただ分かるのはいつの間にかバックは強い敵を追い払い、弱い同族を守るようになっていた。

それがそのまま長になっていたのだろう。

 

(散々殺しておいて…今更群れを守れればそれでいいだと…そんなことが許されると思ってんのか)

森を歩けば血の臭い、辿れば簡単に見つかる無残な死体。辺り一面を踏み散らかした蹄の跡。

気が付けばそんな暴力の権化に一方的な親しみでも覚えていたのか、純粋な暴力の塊のバックは嫌いでは無かった。

バックとの凌ぎ合いはガロアに生の感覚を与えてくれる数少ない戦いだった。

 

血肉が沸騰するような怒りで赤い癖毛が逆立つ。ガロアの掴んだ場所から木に殺意が染み込んでいき、葉がはらりはらりと落ちていく。

敏感な小動物や虫は来る冬への冬眠を中断し逃げ出していく。

 

人は生きている限り何かに夢中になり狂乱する時がいつか必ずくる。

心の中に燃え上がるのを今か今かと待っている火種やろうそくがいくつもあるのだ。

 

一つのろうそくもついておらず、死んだように生きていたガロアの火種の全てに突然火が付いた。

 

小さな身体を食い破らんばかりの凶悪な殺意だった。

 

 

(俺もお前も…今更変われやしねぇ。虫のいいことを考えすぎたな…いよいよ…お前も土に還るときが来た)

鼓動は幼い身体を爆発させそうな速さとなっておりガロアの身体に触れた雪が次々と溶けていく。

 

(お前は王じゃない)

食いしばった歯からは毒を持つ蛇が鳴らすような音がなり、渦巻く灰色の眼が剣呑な光を放った。

 

生まれては死ぬという自然が守られているこの森で、新しい獣が一匹生まれた。

 

 

 

例年よりも遥かに厳しい冬が来た。連日のように叩きつける雪がこの地方に住まう生き物全ての命を奪おうとする。

生い茂る木々と濃い雪は5m先も見えない程だ。

バックは分厚い毛皮に雪を受けながら森を歩き回っていた。

 

群れの長になったはいいが、何故か昨日から一匹足りない。

群れからはぐれるなんてことはよくあることで、ヘラジカの巡回するコースは決まっているのでぐるぐると動いていればいずれ再会できる。

だがそんなことが問題なのではない。森一帯を濃厚に包む殺気、そして漂ってくる血の臭い。野生の獣の勘は最大級の危険の鐘を鳴らしていた。

 

「ブルルルル…」

オオカミよりも白熊よりも危険な動物がこの辺りにいる。

 

 

 

 

(そうだ…ここにいるぞクソ野郎…俺を殺しに来い。殺してやる)

 

 

 

 

「ブルルッ」

血の臭いと殺気が強くなる方へと巨大な蹄を雪に埋もれさせて歩を進めるその姿に恐れはなく、まさしく森の王者であった。

 

出入り口…少なくとも四足歩行の動物が出入りできる場所はそこしかない窪地に足を踏み入れる。

そしてそこには探し続けたはぐれた群れの一匹、メスのヘラジカの惨殺死体があった。

 

「ブオオオオオオオオオオ!!」

 

 

(このメスはテメェの子供を身籠っていたな?)

 

 

「ブルルル……」

バックの赤い目に暫くは欠片も無かった狂気が宿り始める。

荒々しく切り刻まれたその死体の首は皮一枚でなんとかつながっているが、

噛み裂かれたようにギザギザと痕がついた腹からは趣味の悪い芸術作品のように腸が飛び散り心臓肝臓が外に転がり出ている。

当然、生きていない。犯人の隠しきれない残酷さがにじみ出ているかのようだった。

 

 

(美味かったぞ…テメェの子供は…)

 

 

バックの目の裏でまるで見てきたかの様にそのメスの死に様が再現されて行く。

頭上から強襲され、凶悪な武器で嬲り殺され、引き裂かれていく様が。悪魔の所業だった。

 

 

「……」

鼻をつく血の臭いに紛れて感じる人間の臭い。この死体の周囲で一番濃厚になっているのは当然だろう。殺したのはその人間しかいないのだから。

何度となく遭遇し何度となく逃げられた人間の姿が思い返される。

 

(そうだよ…人間の気配を感じるだろ…?でもどこにいるかわからねえだろ?怒れよ、怒れバック…)

 

「…ブルルッ…」

死体から何本もの縄が伸びて周囲の木々に結びついているが、バックにはそれが何なのかはよく分からない。だが、人間の仕業だという事はよく理解できた。

 

対面の崖には赤い血で大きく「BUCK,NO WAY BACK」と書かれていた。もちろんバックにはその意味など理解は出来ない。

だが、野生の暴力の権化であるバックの勘が告げていた。森の王である自分に挑む者が来るのだと。

 

「……」

死体の腹から伸びる縄の一本の向かう先へと目を向けた瞬間、

 

ズルッと死体から腸が零れた。

 

(死ね!!)

身体中に縄を巻いて血塗れのガロアが手にチェーンソーを持ってメスのヘラジカの死体の中から飛び出したのだ。

 

ビィイイイイイイイン!!と自然の中では聞くことの出来ない不快な高音が響き渡る。

 

「……!!」

 

(もう遅ぇ!!)

ガロアの手で唸りをあげるチェーンソーは街で手に入れた電気とガソリンで動く最新式で、エンジンをかける必要も無くスイッチ一つで起動し、

僅か0.2秒で秒間回転数が500に届くという森林伐採用には過ぎた代物だった。

 

ガッ

 

(嘘だろ)

だが、そんな文明の利器もバックの角に触れた瞬間に思い切り弾かれ明後日の方向へと吹き飛んでしまった。

 

「ブォアアアアア!!」

 

(死、んだか)

ガロアのその感想に反してドンッ、と軽い音が響いた。

バックはただ軽く小突いただけだった。それでも巨大な白熊を一撃で圧殺せしめるバックだ。

ただそれだけでガロアの小さな身体は木の葉のように宙を回転しながら舞い、その頭突きをもろに受けた右腕はあらぬ方向へと曲がり、

ヤマアラシの針のような毛に削られた首筋の肌がぐずぐずになってしまっている。そのまま崖にまで吹き飛ばされ思いきり衝突した。

 

(ぐっ………)

衝突した時に首が可動域を超えて上向いてしまい、一瞬意識が飛んだ。

 

「ブルル……」

弾き飛ばしたガロアに数秒目を向けたあと、バックは出口へと方向転換してしまう。

その目には既に狂気も敵意も無い。

 

(ぐ…ぅ…何を…見下してやがる…ケダモノがぁ…)

その対比のように地にひれ伏しているガロアは焦げ付くほどの怒りに心臓の鼓動を速め、歯の隙間から血の泡を噴きながら森へ帰ろうとするバックを狂気の宿る眼で見つめる。

言葉は出なかったが空を切り裂く呼気が喉から出た。異様な呼吸が更に鼓動を速める。

 

(憐れんでんじゃねぇぞ!!?)

動かなくなった右腕に括り付けておいたナイフを掴み、身体中に巻き付けておいた縄を全て断ち切った。

 

その瞬間、窪地の周りの木々からシュルシュルと何かがほどける音が聞こえ、出口へと向かうバックに縄で括られた丸太がダース単位で襲い掛かり避けきれずに衝突した。

 

「オッ、アアッ」

ブランコのように勢いをつけた丸太に脚をやられたと見え、立ち上がろうとして右前脚が上手く動かずにバックは再び地に伏せた。

 

「シッッッ!!!」

空気が爆ぜる音を歯の隙間から出しながらナイフを投げる。

もちろんガロアはナイフ投げの訓練など受けていないしフォームも滅茶苦茶だったために真っ直ぐには飛ばずに回転しながらバックへと向かう。

刃の部分が当たるだけでも上等だったはずだ。しかしガロアの死神めいた悪運のせいか、その刃はバックの右目に突き刺さった。

神様だとか、勝負を決める何かそれらしきものがいたとして、この時点でそれがどちらに味方しているかは明白だった。

 

「ガッ、!!…」

 

(吼えるだろう?)

怒り、痛み、爆発する感情。バックは次の瞬間吼える。間違いない。

だがそれを実行に移すにはどんな生物でも必要な過程がある。息を思い切り吸いこむことだ。

へし折れた右腕の痛みはアドレナリンにかき消されどこかへ消えていた。今にも空気を肺一杯に吸いこもうとするバックに懐から取り出した袋を投げ付けると黒い粉が舞った。

ガロアがいくつもの弾丸を分解して取り出した火薬である。黒い霧が一気にバックの中へと吸いこまれていく。バックに銃は通用しない。だが。

 

(ぐちゃぐちゃにしてやる)

空に舞う火薬にライターで火を付けた。

 

ボッ、と自然ではあり得ない音が森を成す木を揺らす。

ガロアは爆発に巻き込まれなかった。足が雪に埋まった状態だというのに、その場から後ろへ数mも跳んで退いていた。

明らかに肉体の限界を引きだしている。爆発にもろに巻き込まれてしまったバックは、焼けた肺から血を吐き、純白の毛皮も焦げて煙をあげている。

 

「グガァアアアアアアア!!!」

血を口から巻き散らかしながら、小動物ならそれだけで命を失いかねない爆音でバックは吼え、鼓膜を超えてガロアの三半規管までもが揺れて堪えられない吐き気が襲いかかった。

 

「グッ、ブッ!げぇえええええ、!!……、…ペッ」

吐き気に逆らえずにガロアは不気味に膨らんだ腹の中身をぶちまけた。

身体中を血に染めたガロアの口から更に深い赤色の物が出てくる。胃液にまみれた獣の肉である。

最後に吐きだした物は丸い形をしていた。もうすぐ生まれていたであろうバックの仔の目玉であった。

 

「ガァアアアアアア!!」

バックの赤い目に狂気が戻ってくる。この姿をしたバックに近寄る生き物など皆無のはずなのにガロアはそれを見て口の中の肉を吐きだしてから極上の喜びだと言わんばかりに笑った。

 

(この仔は母の屍の腹で俺に貪り食われて外の世界も見れずに死んだ…お前の仔だからだ、バック)

 

「ブルルルル…!」

ふらつく脚も、痛みも無視してバックがこちらに向かってくる。

街で見るトラックよりも大きいその圧倒的な存在感はやはり森の王に違いない。

 

(何も戻らねえ、戻れやしねえんだ)

ブチブチと乱暴にボタンを引き千切って血染めのコートを投げ捨てる。

 

「ブルアアアアアアア!!」

 

(ここで惨たらしく死ぬがいい)

真っ赤に染まったマフラーがバックとガロアを結ぶ赤い糸のように雪原の上に落ちた。

 

獣は勝てない相手には挑まない。だがガロアの頭の中に響くのだ。

代償を恐れるな。死を恐れるな。戦えと。悪魔、亡霊、鬼。そう呼ばれる者共の声なのだろう。

 

(ああ…分かっている…こんなもん…惜しくもなんともねえ…いつだって捨ててやるさ、この一瞬を魂に賭けて生きれるのなら)

体温が上昇していく。ガロアの周囲に薄い膜でもあるかのように、ガロアの肌に触れるかどうかの場所で雪は溶けていく。

地獄へと続く螺旋階段のような眼が強烈な光を帯びた。

 

(テメェと俺の…)

背中にくくり付けた小さなガロアには大きすぎる大型のナイフを左手に握る。アジェイが用いていた物だった。

 

(本能の違いを教えてやる!!)

爆発的な鼓動を続ける心臓が全身に血液を過剰に送り、血に染まった顔が更に赤くなった。

今この瞬間、ガロアの脳が設けていた身体のリミッターが完全に壊れ、握りしめたナイフの柄にヒビが入る。

殺し合う二匹の獣を包む空気すらもその場から逃げる様に二匹を中心に風が巻き起こり、樹上の雪が落下していく。

 

「オアアアアアアア!!」

天を仰ぎ咆哮するバックに向けて痛む身体を広げたガロアも歯を剥く。

ガロアの小さな体から冥々たるどす黒い殺気が漏れだしバックの咆哮と共鳴し森を揺らしていく。

遠くでその戦いを感じ取っていた老熊が心臓麻痺を起こした。

 

(そうだ!!その姿がお前の本当の姿だろう、バック!!殺してやる、殺してやるぞ)

地割れが大地を裂くように波紋の浮かぶ灰色の眼が充血して赤く染まっていく。その瞬間ガロアの体感する時間の速度は限りなく0に近づいた。

動きのない地面は音も立てずに崩れて視界から消え去り白い空は黒く染まった。動く物だけがガロアの眼に映る。無数に降る雪の数すら刹那の時間で数え終わり、真後ろで落下する木の葉すらも捉える。

右脳がフル回転し、こちらへと向かって全速力で走るバックの歩幅を誤差なく捉え、辿る軌道の全てを映し出した。

この瞬間、バックの運命は決まった。一秒後にバックがいる場所に踏みこみ喉を裂く自分の姿すらも見えたのだ。

耳に届く全ての音が生死関わりなく奏でられる生命のワルツ。自分も、バックですらも弱肉強食の舞台で踊るだけの演者だった。

 

「オオオオオオオ!!」

頭を下げて突き出された巨岩と見紛うばかりの角を、一歩前に踏み出して地を舐める様に深く潜り込んで回避する。

バックの赤い目は、更に身体中を赤くしたガロアが凶暴に笑うのを最後に見ていた。

 

「カッ!!」

ガロアが真っ赤に染まった歯を打ち鳴らす高音が雪原に響き渡る。

砕ける程に噛みしめた歯を通じて左腕、脊髄、右脚が一直線となり地面を完全な形で踏みしめた。

 

ズブッ、とバックの鎧のような筋肉を冷たい金属が貫いた。

 

(じゃあな。テメェの…白さが嫌いだった)

体高は3倍、体重に至っては20倍近くの差があり、生物としてまともにぶつかり合えば敵うはずも無く、手にしたナイフも普通ならば体重が足りずに毛皮に弾かれる筈だった。

だが、小さなガロアを突き飛ばすためにバックが頭を下げた事、偶然にもガロアのナイフから軸足となった右脚までが地面に一直線となった事が作用し、

バックはさながら大地から生えた剣に自分の全体重を乗せて喉から刺さりにいくことになった。

 

「……」

勢いをつけて走り出したのが急に止まれるはずも無く、ガロアに大量の血を浴びせてぱっくりと気管が縦に裂けたバックは断末魔をあげることも無く死んでいった。

 

「カッ…ガハッ…カッ…」

魂から叫ぼうとして吐き出す空気は声帯を揺らさないがそれでも喉をズタズタに切っていき、ガロアは血を吐き出した。

喀血しても叫ぶまねごとをやめずにバックの死体の前で天を仰ぐ。

 

(俺がこの森の王だッッ!!!)

動かなくなったバックの角を踏みつけて森へと叫ぶ。もちろん声は出ていない。

 

(こいつに代わって俺が秩序になる!!)

音は出ていなくても森に住む全ての獣は生態系の頂点が入れ替わったことを鋭敏に察知していた。

 

(怯えろ!!竦め!!これからは俺が支配する!!俺が脅かしてやる!!眼があった奴は皆殺しだ!!)

新たな王の君臨に森がざわめく。これからはどんな動物もガロアの姿を認め次第逃げだすだろう。その証拠に…

 

(ウルフパックの…長か…)

崖の上から一目で歴戦の戦士だと分かる様なオオカミを先頭に群狼がガロアを見下ろしていた。

ガロアは小さな子供で、しかもそばには良質な肉の死体が転がっている。千載一遇のチャンスのはずだった。

 

(殺すぞ)

ガロアの渦巻く悪意の波紋が浮かぶ眼と目を合わせぬように全てのオオカミが尻尾を巻いて逃げだした。

かつてのバックがそうであったように、ガロアはこの瞬間に狂王になった。

 

「……」

バックの虚ろになった赤い目が自分の方を見ていることに気が付き、あどけない顔を邪悪な笑みで歪めて、ガロアは声を出さずに口を動かしバックの死体に囁いた。

 

『大丈夫。今日から俺がこの世界を地獄に変えてやる』

 

 

 

 

 

(父さん、見てよ)

 

ズズッ ズズッ

 

(こんなデカい獲物を仕留めたんだ。俺がやったんだよ)

 

(暫くは罠の点検だけでいいよね)

 

(だから、もっと色々教えてくれよ)

 

ズズッ ズズッ

 

(もっといっぱい…まだまだ教えてもらいたいことがあるんだ、俺)

 

(もっといっぱい、あったんだ。……あったんだ…それだけだったんだ……)

 

ズズッ ズズッ

 

「……ジジッ、……ムムッ?」

ガロアの命令で家の周りの雪かきをしていたウォーキートーキーは奇妙な音が接近してくることを感知した。

 

「ナッ……」

雪の上をなめくじのようにゆっくりと滑るそりの上にはウォーキートーキーの記憶領域にある偶蹄類からは完全に逸した大きさのシカが乗っていた。

それを引いているのは同年代の子供よりも小さな身体をした真っ赤なガロアだった。

 

「ナンデスカ…それハ!?」

 

『……晩飯』

ウォーキートーキーの記憶領域にある『子供』とタグづけられた画像とその姿はかけ離れ過ぎていた。

 

 

 

幸いにも性質の悪い折れ方はしておらず、一か月もすれば治るハズ、とウォーキートーキーが治療してくれた右腕を見ながら、

ただの肉になったバックを焼いた物を口に入れていく。

 

(美味いな…極上だ…)

焼いて塩をまぶしただけの鹿肉を口に運びながら外を歩く。

森は静まり返っていた。

 

(当たり前だ…)

バックを殺したところで代わりに群れの長になれるという訳でもない。

王になったからと言って傅く者がいる訳でもない。この暗い森の一人ぼっちの王なんて一体どれだけの価値があるんだ。

 

(俺はあと…どのくらい生きればいいんだろうな…バック…)

バックは敵だった。それも何度も自分の命を脅かしプライドにまで砂をかけた敵だった。

なのにどうしてかただの肉となり果てたバックに語りかけてしまう。

 

(戻れやしない、分かっているよ)

戻りたい時が、大切だった時間がずっと頭の中にある。時間は前にだけ進み、何も戻ってこない。

じゃあ、どうして。誰がこの地獄に自分を叩き込んだ?

 

(でも戻れないとして、先に進むしかないとして)

 

(生きて生きて殺して食ってまた戦って)

 

 

 

 

 

(この戦いの向こうに、『答え』はあるのか?)

 

もうガロアに答えてくれるものはいなかった。

 

 

 

 

≪ラインアークの英雄≫

 

 

(クソッ…)

不快な記憶が脳を掠めて気分が悪くなる。

バックを殺す準備をしている間はなんとか忘れられていたが、それでももうこれからは向き合っていくしかない。

何故、自分はこんなに苦しんでいるのかを。

 

(平和の為に…弱い者の為に…戦うだと?平和が欲しくて戦争を起こしていちゃ世話がねえ)

 

(何が平和だ。何が悪だ。そんなに平和が欲しけりゃ…誰とも関わらなきゃいいだろう。ここには正義も悪も無い…)

ガロアがその考えに至ったのは幼さ、そして関わった人間が極端に少ないがため。

人の中で生きながら我を絶対として突き進むのならば、いずれ敵だけでなく味方や友ともぶつかることになるということには気が付かない。知らないからだ。友というものを。味方と呼べるものを。

人の中で歩いていけばすれ違う人だけではなく横を歩く人とも身体がぶつかるものなのだから。

 

(お前が正義なら…俺は…俺は何だ?父を奪われて…動物を殺して血を啜って生きている俺は…)

 

(悪なのか?ただ生きていただけなんだけどな…訳が分からねぇ)

 

(だって…正義の味方で…弱き民の希望とやらなんだろう?俺には希望でもなんでもない…ただお前が…)

 

(憎い)

この世に蔓延るあらゆる人の悪意から隔絶され、限りなく純粋に育ってきたはずのガロアの心に次々と芽生えてくる。

嫉妬、怒り、殺意、狂気。

純粋ゆえに危うかったガロアの心が闇に取り込まれて行く。

 

(何故俺は…悪なんだ)

暗い森は厚い雲に覆われいかなる光も届かない。

ただ幽鬼のように眼をぎらつかせる少年が歩く音のみが響く。

 

(…?あ…月が…)

気づかぬ間に足元に出来ていた影を辿って空に眼をやるとまんまるい月が覗いていた。

 

(暗い森…が…)

月の生み出した光が辺りを照らし、森に形を与えて黒一色だった世界に影を作る。

 

(そうか…正義も悪も無い…ただ…)

光が無ければそこは一切の闇だったはずだ。

 

(正義が生まれると悪も生まれる…そういう風になっているのか…)

世界が真に平和で人が完全に善なる存在ならば、正義という概念そのものが必要なかったはずだ。

そして生まれた正義は零れた物を悪とみなす。

 

(一体どれだけの人間を殺して…どれだけの人間を地獄に落としての英雄様なんだ…いったい何人俺のような人間が呻いて這い回っているんだ)

 

(そりゃそうだ…誰だって最初から強くは無いんだ…戦って…戦って…磨き上げなきゃな…)

敵の死体の上に立たなければ英雄はあり得ない。悪と決めた者どもの不幸の上に英雄の守る平和は存在できる。

 

(ただでさえ殺して奪わなきゃ生きられないんだ…そんなに守る物があったら…犠牲が必要だよな…夥しい量の)

人と接することが無くなってから早四年。

ガロアはとうとう人としての最後の欠片を投げ捨てようとしていた。

 

(許せねぇ…やるならなぜ徹底的にやらねぇ?戦争を起こしておいて…世界を滅茶苦茶にしておいて…父を殺しておいて…今更誰かを守るだと?

そんなことが許されると思ってんのか…それが正義だと思ってんのか。それが…どれだけ俺を苦しめているか…分かる筈もねえだろうな…)

心臓の動悸がまたもやおかしくなる。

肌が赤く染まり身体中の血管がぼこぼこと不気味に蠢く。鼓動に合わせて指先が激しく震えていた。

 

(俺が王だ…紛い物め…俺が王になる…!)

力には代償を。

ガロアは………孤独、障害、コジマの汚染に加え、生物にとって未来や希望とも言うべき『ある物』を生まれた日から失う代わりに凶悪な力を得ていた。

そんなもの欲してなどいなかったというのに。

 

(群れなんぞクソ食らえだ…力だ……力だけだ…個として力のみが生き残るためのたった一つの保障だ…)

脳に障害を負った影響による身体能力のリミッターの破壊。

 

(今は俺が悪でいい…そういうことにしておいてやる)

人の領域を超えた眼、獣の勘。

 

(だが…強くなった俺はテメェを殺すぞ…その時は英雄様もろとも守られている民衆も…)

神から、あるいは悪魔から授かった……

 

(皆殺しだ)

 

周囲の全てが死に絶えても生き残る豪運。AMS適性。

 

 

そして制御不能の爆発的感情。

世界の頂点に独り立つ魂の資質だった。

 

 

……ぽっかりと空いたガロアの心の孔に怪物が巣食った。

 

この世で最も高等な生物は最後の進化を遂げた。

そして進化し頂点に立った生物にその『ある物』はもう必要無かった。

 

 

その日、後にこの世界に生きる全ての者を巻き込む化物が生まれてしまった。

 

その化物を生んだのがこの世界ならば、後に起こる戦いも破滅も世界の意志なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

あっという間にCE20年となった。国家解体戦争から20年、世界は驚くほど悪い方向に転がっていった。

それでもしぶとく人間は生き延びようとしており、滅んではいない。

だが、もうそう遠くない未来に人間は人間の業に飲まれて消滅するだろう。

 

ロランは今はガロアだけが住む家の近くにヘリを降ろして、食料の詰まった袋を手にして歩き出す。

 

(最後に会ったのは…五年か?いや、六年前か?どうなったか…)

死んではいないというのは分かる。置いていった食料が毎回無くなっていることからもよくわかる。

ただ、まともに生きているかどうかは分からない。

 

(俺だったら…こんな場所に一人でいたら…発狂してしまうがな…)

ザクザクと雪に足跡をつけながら倉庫の前まで来た。

こんな単純で未来の見えない事をよく今日まで続けてきたものだ。自分でも感心する。

 

凍り付いて固くなった扉に力を入れて開こうとすると、想像よりも軽く開いた。

 

「……」

 

「ガロ…ア…?」

布団と食料、そして幾つもの本が置かれた傍の椅子に座る赤毛の少年は間違いなくガロアだろう。

年にしては小さい気もするが、それでもあの顔、あの髪、そして何よりもあの眼は間違えようがない。

 

(一体何が…あったんだ…?)

自分より遥かに…例えば、やろうと思えばこの手で簡単に捻り殺せるほど小さく弱いはずのガロアから漏れ出るこの圧力。

底すら知れぬ深く暗い闇から這い出てきた化物のようだった。

 

『今まで世話になった』

 

「あ…?」

もともと書いていたのか、そばにあった紙を取り出すとそこには文章が書いてあった。

こんな場所で人と関わらずに暮らしても字を書くことは忘れなかったらしい。

 

『最後に頼みがある』

 

「なんだ…言ってみろ…」

食料を届けていた人間が自分だという事を知っていたのか。いや、それよりもよく一目見て自分のことを「ロラン」だと認識できたものだ。

それほどよく見えるのか、あの眼は。

 

『リンクスになる。連れて行ってくれ』

 

「………。何故?」

一瞬笑みがこぼれそうになるのを抑えて問う。

 

『アナトリアの傭兵は力の使い方を間違えた。だから殺す』

 

「どう間違えた?」

 

『誰かを守って誰かを殺しているから世界は壊れてしまった。誰よりも強い者は目の前に立った者を』

 

「……」

 

『全員殺さなくてはならない。そうしてようやく』

 

「……」

 

『正義も悪も無くなる』

 

「……いい。実にいいぞ…ガロアァ…」

この考え、この表情。

愛する者も無く、命を奪い奪われる日常に身を置いてようやく得られるものだ。

これこそが自分が求めていた思考の持ち主だ。おまけに雪のように純粋な状態からこの答えを出したという生粋の鬼の子だ。

誰にそそのかされるでも無く、ガロアは自然に闇に取りこまれた。

 

「だがガロア…リンクスはなろうとしてなれるものではないぞ…知っているのか?」

それ自体が何となく馬鹿げた話だというのは理屈では無く本能で察していた。

こういう奴が選ばれてしまうから世界は理不尽で面白い。

 

『俺はリンクスになる。俺が王となる』

ビリビリと臓腑が震える。ガロアの小さな身体から漏れる異様な気配が形となり自分の心臓を握っているかのようだった。

萌芽した悪意の芽は、地獄を見て生きてきたロランの目にはよく映っていた。この凄まじいまでの大器は世界を業火に包むだろう。

 

「へはっ、はっ、ははははははははははは!!面白え…!連れて行ってやる…連れて行ってやるぞガロア!!お前の目の前に立つ敵をどいつもこいつもぶっ殺せ!!」

古き王と名乗っていた自分はまさしく古き王だったのだ。この小さな少年こそが骸の重なる戦場に一人立つ王だ。

 

「……」

 

「お前ならなれるさ!!この世界で最高のリンクス…、暴力の化身に!!災害に!!」

 

「……」

 

「お前は生きろ。生きて…この世界を見てみろ」

 

「……」

 

友と語り合う経験も、親に将来の希望を身振り手振りで話す経験も無く、少年の夢は復讐となった。

 

ガロアの人生は生まれた日から血に塗れている。

いったい誰が望んでそんな事になったのか。……少なくとも、本人は望んでいなかった。

 

 

 

 

 

 

こんなことをしていてリンクスになれるのか。

インテリオル管轄街に来て三日が経った。

 

学力テストに身体能力検査。

二つを総合してぎりぎりの合格だったらしい。

どうやら俺は身体が小さく力も弱いらしい。

 

所長の挨拶やら部屋の割り当てやらで訓練らしいことは何もせぬまま三日だ。

来週から始める、とは聞いたがよく分からん。

 

やはり街は…人は好きになれない。こんなに人がいても俺は一人なんだ、そういうことが身にしみる。

 

だが怖い物など何一つとしてなかった。失うものがないからだ。

命だけがある。だがどうでもいい。生きていたって苦しいだけだ。

何も俺を食えなかったからまだ生きている。それだけなんだ。

 

 

 

 

『俺はもうお前と会うことは無いだろうガロア。俺はテロリストなんだよ』

 

『……』

 

『リリアナって組織の長だ。もし…お前がリンクスになって俺の敵に回るようなことがあったら…殺すぜ。お前も俺をきちんと殺せ』

 

『……』

 

 

 

 

時間は平等で、世界はゆっくりと変わっていた。

父もスミカさんも死んでロランおじさんはテロリスト。

俺だけが、何も変わっていない。

 

森の王になっても捨ててしまった。

 

俺はガロア・A・ヴェデット。でもその中身はなんなんだろう。誰も俺を知らない。俺自身でさえも。

 

「おい。オイ!お前」

 

(…?俺か?)

 

「お前だよ!不思議そうな顔してんじゃねえよ」

 

「口だけじゃなく耳も遠いのか?」

 

「どうしようもないな」

 

後ろから声をかけられたかと思えばよく分からないことを喚く三人組。

 

「お前みたいにちびっこくて喋れねえ奴がリンクスだと!?笑わせんな」

 

「どうやって周りと意思疎通するんだよ?戦闘中に筆談でもするのか?」

 

「人生をかけてギャグとか面白すぎるだろ」

 

(なんだ?こいつら)

三人組の特に真ん中の奴は背も高く、目つきも鋭い。

こういう血気盛んな奴が兵士に向くと言うのはまだ分かるが残りの二人はなんなのだろう。

 

(取り巻き?まだ三日しか経ってないのにもう?…それで生きていけるのか?)

 

「おいおい、何シカトこいてんだ?一辺死ぬか?テメェ」

 

「いいじゃん、やっちゃおうぜ」

 

「どうせ喋れないんだしよ」

 

(いっぺんしぬって何だ?死んだらもう戻ってこれないだろう?でもまぁ…俺を殺して食おうってんなら…)

 

 

 

(仕方ないよな)

 

 

 

 

「な…なんだよ…その眼は…」

 

「こ、こいつやっぱりおかしいんだよ!!」

 

「普通喋れないのにこんなところに来ねえもん!!」

ガロアに詰め寄っていた三人の身体が小刻みに震えはじめる。

原因不明の震えが何となく、目の前で口も開かないこのちびっこい少年のせいなのではないかぐらいにしか分からないが、それは認めたくない。

平和な街でのびのびと暮らしていた少年達は、純粋な暴力が服を着て歩いていると言っても過言では無いガロアの異様さに気が付かなかった。

 

(……あまり美味しくなさそうだけど…まぁいいか)

戦闘が始まったとして、並はずれた視力以外は体格も技術も全て劣っているガロアだが、ただ一点、命を奪った数という点で圧倒的に違い過ぎた。

既にこの時点でどちらが捕食者なのか、三人の魂は理解していたようだ。殺意が三人を包んでいき、ガロアの口が黄泉の風のような呼気を吐きだしながらその歯を覗かせた。

 

「テメェ!!」

 

「やばい!教官だ!!」

 

「なんでこんな時間に!?」

真ん中の体格のいい少年が拳を振り上げようとした瞬間に、取り巻きが声をあげる。

 

「クソッ、テメェ、夜を楽しみにしてろよ!!死んだ方がマシだってくらいに殺してやるからな!!」

捨て台詞を残し、野生動物もびっくりの速さでどこかへ去ってしまう三人組。

残されたガロアは何も言えずにただそこにいる。

 

「……」

 

(何を言ってるんだ…死んだ者は戻らない。壊した物は戻らない。俺はこんなことをしていて本当にリンクスになれるのか)

ぶかぶかの服は、あえてガロアが選んで持ってきたものだ。

これから大きくなるのだから、今ぴったりのサイズの服などいらない、と。だがこんなことをしていて強く、大きくなどなれるのだろうか。

 

(でももう戻れない。死んだ者は戻らないのと同じ…)

 

「と、言われてもな…」

 

(!!?!!?)

ガロアの耳に飛び込んできたその声を聞き間違えようはずもない。

ガロアが記憶している人間の声などほとんどいないのだから。

 

「別に見たからと言って見た目で才能がわかるわけでも…ん?」 

記憶に違わぬ声と同じく、記憶と違わぬその姿。

 

(戻らない…嘘だ……戻らないはずだ…どうして…)

まるであの日の弱弱しい姿が、あるいは死の報せが嘘だったかのように。

いや、自分と会ったことすら無かったというように。

青い目がこちらを見てくる。

 

「……?」

 

(スミカさん…)

 

 

人の溢れる街の中で自分を見つけられない少女。

人のいない自然で自分が分からなくなった少年。

 

二人の出会いは必然か、偶然か。物語は進んでいく。

 

 

 

 

 

Lapse Of Time 完




FUCK BUCK,NO WAY BACKの方が語感がいいかなと思ったけどお下品なんでやめましたでございますわ。うんち。


この主人公、ガロア・A・ヴェデットを作るにあたって考えた要素は三つです。
一つ目は純粋さ。
言ってしまえば何色にも簡単に染まる危うさです。
二つ目が強さ。
AMS適性や肉体的な部分もそうですが、何よりも凶悪な精神を養うために厳しい自然の中で生き抜いてもらいました。
最後が心の穴。
アナトリアの傭兵が手に入れて、ガロアからなくなったもの…大切な人の存在です。
要するに、アナトリアの傭兵と真逆の存在、真逆の戦う理由を、と考えて作ったのが彼です。
首輪付きの曲である「Scorcher」が良く似合う男になるように、と。
オリ主とは言え、ACシリーズの主人公は性格も何も分かりませんからね。
fAだって若い男としかわからなかったので、頑張って(妄想して)最強たる存在を作りあげました。
後は…AC主人公だから喋れないよねとかいう安易な考えが……。


実はガロア君、セレンと出会った時が一番危険だったんですね。
そこからしっかりと教育されて一応は力の使い方を覚えます。それで強くなったのか弱くなったのかは…うーん。

脳のリミッターが外れると100%の力が出ますが、当然身体は耐えられないので人間は固く制約を受けています。
ガロア君のそれはコジマ汚染の影響でガバガバのユルユルになっています。で、セレンの元で鍛えて頑強な肉体を手に入れて…大変な怪物になりました。
脳のリミッター解除についてはセレンの記憶やホワイトグリント戦なんかは分かりやすく表現されていました。早くからはガロアを誘拐しに来た連中に相対したときなんかも出ています。
ただし、PAの急速回復はその辺とは関係ないです。また別の話。


ガロアの見た目は初期から赤毛、灰色の眼とオランダ人の特徴を色濃く書いていましたが、母親にそっくりだったんですね。
男の子は母親に似るものですから。ちなみに体格は父親に似てくる訳です。

見た目のモデルも決まっていまして、
14歳くらいまでは「二の国」の主人公、オリバーとタイ・シンプキンスを混ぜたような非常に可愛らしい見た目をしていました。
そこからセレンと出会って成長していき、「リアル」という漫画の登場人物である戸川清春とフロムソフトウェアから発売されたAnother Century's Episode3のベルクトを足して二で割ったような見た目になります。

NO WAY BACKと書いていますが、あれはどちらかというとガロア君が自分自身に言い聞かせているようです。
戻りたいのに戻れないからもう進むしか無くなっちゃったんですね。

でもそう誓った瞬間に霞スミカと同じ見た目のセレンが現れた訳ですからもうガロアの思考回路は弾け飛んでしまいました。






次からオリジナルルートの投稿となりますが…

今までは暴力的な表現を考えてR-15タグをつけていましたが、これからは性的な表現もヤンジャンくらいのレベルで入ります。
苦手な方は気を付けてください。
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