Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
愛されることから逃れられない
たとえあなたがすべての人を憎むとしても
たとえあなたが人生を憎むとしても
自分自身を憎むとしても
Armored Core farbeyond Aleph Another Perfect Wonder
恋
殺した。
殺した。
殺した!!
どうしてこんなことになっちまったんだろうな。
生きる為に殺す?そんなことで俺の腹は膨れていない。
敵を切り裂いても…ただ胸から何かが抜け落ちていくばかり…
いつからなんだ…生きる為に殺すんじゃなくて…いつの間にか殺すために生きていたな…
はじめはただ………悲しかった。
そして、父さんを殺した奴が憎かったんだ。
それだけだったのに…。
あの森で父さんと…動物を狩って、本を読んで、雪をかいて…ずっとそうしていたかった。
それが出来なくなって…気が付けば沢山人を殺してきた。
もう、戻れないんだ。
逆間接のネクストが動き回り、眼にも留まらぬ速さで一機、また一機と敵機を撃墜していく。
戦闘開始から3分待たずに敵は全滅してしまった。
(強いな、あのネクスト…)
基地に戻ったその逆間接のネクストの背部から目つきが悪く背の高い男が出てきて、
基地の人間が全員頭を下げている。
(ん…?あれ、父さんだ?随分若いな。…強かったんだな…)
出撃しては敵を殲滅するその姿は正しく鬼。
それでも敵を倒して基地に戻った後、周りに頭を下げさせたまま一人で帰っていく姿が印象的だった。
(人が嫌いだったもんな…。人を殺して人を避けて…父さんリンクスじゃなかったらヤバかったろうな)
(あれ…?なんだあれ)
幾度も出撃を見ていくたびに、段々とガロアの知るアジェイの姿になっていく。
気が付けば髭がぼさぼさに生えて痩せ果てたアジェイが赤子を抱えて何事かを叫びながら砂漠を走っていた。
(俺か…?)
(ん?)
(あれ?)
育っていくガロアを見て不器用な笑みを浮かべるアジェイを見ながらあることに気が付く。
(父さんも…あいつと同じじゃないか)
(殺して殺して…でも、俺のことは守って育てて)
(俺は…。……いや、知っていたさ)
(でも…やっぱり憎かったんだよ。父さんを殺した人間が生きていて祀り上げられているなんて。殺してやろうと思った。だって憎いんだ、しょうがねえ)
(そうさ。殺しておいて今更守るななんて…後からとってつけた言い訳だよ。憎いから殺す。それだけだ)
(でも…よくよく俺って何なんだ?)
(父さんもあいつも…守っていた。守るために戦うようになっていた)
(俺だけが…俺だけが意味も無く荒れ狂っていただけだったのか…。救えねえ)
(でも…失ったんだ…孤独だったんだ…悲しかったんだ)
(気付くのが遅すぎる…そうだ…いつだって俺は気が付くのが遅すぎるんだ)
(回り道をしてきた。沢山間違ってきた。もう…失いたくない…あんな思いは…いやなんだ…。力も無く…失って…ただ泣くだけなんて…。ようやく力が手に入ったんだ。もう失うことは…)
(……?失う?何を?これ以上俺が何を失うってんだよ…)
「なるほど…大きくなったな、No.24」
その男を呼び出すのは簡単だった。
何故なら…セレンから受け取った携帯に唯一登録されていたのがその男だったからだ。
「……」
セレンと出会ってから二年、セレンと同じくらいの身長になった俺はなるほど、大きくなっただろう。
よく見ればこの男はリンクス養成学校の教官じゃないか。懐かしい。
「ふん…それを聞いてどうすると言うんだ?しかし…不思議だな。お前は霞と面識があったのか?そんな話は知らないが」
「……」
人と関わった数が極端に少ないので、最初のうちは全く同じ顔の人間と言うのも割といるのかもと思っていた。
だが、あれだけ似ていてしかも元リンクスとなれば、馬鹿でも血縁関係を疑うだろう。街で過ごして分かったが人間の顔で同じ顔というのは中々ないものらしい。
妹か、親戚か…あるいは娘だったり。セレンも俺の事を色々調べているようだがあまり俺の過去は教えることは出来ない。
万が一ロランおじさんに迷惑が掛かってしまったらそれこそ恩に仇を返すことになってしまうからな。
でも、俺だってセレンの事は気になる。つまり一体…彼女は何なのか。
「まあいい。どうせお前は喋れないのだからな。教えてやる。セレン・ヘイズは霞スミカのクローンだ。リンクスになるために生まれた」
「……」
なんだそりゃ。じゃあ今はなんで…
「だが、霞スミカの死が確かな情報となりどこかからリークしてしまい、もうセレン・ヘイズをリンクスとして使うことは出来なくなった」
「……」
使う?使うって何だ?
「顔を変えて機体を変えても…DNAまでは変えられない。万が一にも霞スミカのクローンがインテリオルでリンクスをやっているなんてばれてみろ」
「……」
なぁ。この話にはさ。
「セレン・ヘイズは…むしろインテリオルにとって不利益な存在になったんだ」
「……」
セレンがどう思っているかなんて全くないよな。
道具みたいに作っていらなくなったらポイ、か。
そりゃ誰だって産んでくれって頼んで生まれる訳じゃないさ。
勝手に命が与えられて必ずその命は奪われる。
でも、死ぬまでの間は何をしたって自由のはずだろう?それをお前らは…
「だが…今お前をリンクスとして育てるという役割が見つかったのはいい。今のお前を見ればどういう指導をしているのかもわかる。
元々リンクスであり、技術・頭脳共に申し分ないセレン・ヘイズは最高のリンクス育成者になるだろう。リンクスの見る世界はリンクスでなければ分からんからな」
「……」
勝手に決めるなよ。
大体あの人は先生として尊敬しきるには…だらしなさすぎる。
「お前も…」
「……」
もういいや。聞いていて胸糞が悪い。帰ろう。
「行くのか。精々…あの娘のそばで…学ぶといい」
「……」
言われなくてもそうするつもりだ。気が向いたらぶっ潰してやるからな。気分が悪い。
そうして去るガロアは後ろを振り向くことは無く、教官だった男の微妙な表情の変化に気が付くことは無かった。
「あー、クソ…むかむかする」
「勝手に生んでおいて…勝手に役割を決めておいて…ダメでした、さよなら…ってか?」
「ふざけんなよ。なんだよそれ…」
「でも、しょうがねえじゃねえか。世界はそういう風に出来ている。殺し殺され奪い奪われ利用し利用され。強くなってようやく…しがらみから一つずつ逃げていけるんだろ?」
「セレンは奪われただけじゃないか」
「いやいや…なんでそんなに怒っているんだ。どこでもあることじゃないか。こんなこと」
「なんでって…そりゃ…あれ?俺…喋れてるな?」
という事は夢か。ああ、明晰夢というやつか。
いつも夢の中では饒舌で…夢からさめるといつも通り、俺は喋れないんだ。
「というか、お前、俺か?ああ…もう…これは完璧に夢だ」
「答えろよ。なんで怒ってるんだ?」
「お前…俺なら俺に口答えするなよ。あれ、なんか頭おかしくなっちゃったかな」
「どうせ他人だろう?セレン・ヘイズが死んでもお前は死なない。お前は一人で生きていけるじゃないか。今までだって…誰かが死んでもお前は生き延びただろう。強い生き物なのだから」
「お前は本当に俺か!?ふざけたことばかり言いやがって!!」
とうとうそいつ…?に掴みかかってしまった。
見た目は完全に俺だけどなんだか背が俺よりも低い。何よりも頭に来る。
「じゃあなんで怒っているんだ?今だって…お前は何故怒る?」
「そりゃあ怒るだろう!セレンの事をそんな…物みたいに扱いやがって!!」
「だから。どうしてそれで怒るんだ?」
「だって…だってさ…」
「……」
「セレンは俺の大切な人だ。だから怒るんだ」
「……」
「あ…?お前…?」
笑った。そう思った瞬間、胸倉をつかんでいたそいつの服装が変わっていき、ざわざわと髪が伸びていく。
肌にはそばかすが浮かび上がり、髪と服以外はあまり変わっていないのにすっかり女性になってしまった。
セレンより少し年上くらいだろうか。呆気に取られていると…
「わぷっ」
思い切り抱きしめられた。というか俺じゃなかったのか。どうも意見が合わないと思っていたんだ。
「……」
「何?なんだって?聞こえないぞ?というか離してくれないか」
さっきまでべらべらと言いたいことを話していたわりには今度は口をぱくぱくと動かすだけになってしまった。
聞こえないと言いながら引きはがすと隣から肩を叩かれる。
「……」
「ん?…おおっ?誰だ、おっさん」
びっくりするほど背の高い男が隣にいた。
やはり何事かを話そうと口を動かしているが何も聞こえない。現実と真逆だ。
「……」
「変な夢だなぁ…誰なんだい、あんたら。…ん?おっさん、リンクスなのか?」
ここ最近は人を見上げる経験なんか無かったな、と思いながら隣の男を見上げると首に光るジャックを見つける。
「……」
頭を指さし何事かをジェスチャー混じりに話している。ように見えるだけだ。
「だから聞こえないって。それにしてもあんたみたいなリンクスいたか?」
「……」
「わぷっ」
また女性の方に抱きしめられた。言っちゃなんだがこんなに自分とそっくりな奴に抱きしめられてもそんなに嬉しくない。くすぐったいだけだ。
「……」
「分かった分かった!なんか知らんがよく分かったから離してくれ!」
「……」
「……」
「ん?行くのか。あー、分かったよ。じゃあな」
今気が付いたが二人とも白衣だ。何かの研究者なのだろうか。
なれなれしく手を振る二人に溜息を吐きながら手を振り返す。
なれなれしい夢ってのは聞いたことがない。
そんなことを思いながら二人が歩く先に眼をやる。
「……!と…父さん?」
遠くで昔のように岩の上で座る男は間違いなくガロアが父と心で呼んだ男に違いなかった。
「父さん!!父さん!!」
「……」
いつの間にか前を行く二人は消えていた。
しかし走れど走れど近づけない。
父の視線がこっちに向いた。
「行かないでくれ!!もう一人は嫌なんだ!!」
「……」
こちらを見て何秒もしないうちに立ち上がってしまう。
「嘘だろ!?もう行っちゃうのかよ!!分かってるんだ…俺はもう死にかけているんだろう!?」
「……」
「もう…俺は生きていても…殺す事しかできない…なんでこうなったのか俺にも分からないけど…もう…」
「……」
「俺も連れてってくれ!!殺して…殺して…何もなかった!!何もなかったんだよ!!」
「……」
背を向けて「あちら側」に歩くその背中は…ああ、そうだ。
最後に家を出ていったあの背中と同じなんだ。
「待ってくれ…待ってくれ父さん!!行かないで!!もうこの世界には何も無いんだ!!」
「……」
「…!!!」
真っ暗闇だった。
(痛っっってぇ…!!)
父を追う時に伸ばした手が虚しく空を切っていた。
ここは…どこだ?
(ベッドの上?…痛い…身体中が痛い…)
勢いで寝たまま起き上がったらしい。どれだけ夢に入れ込んでしまっているのか。
(何故俺は…あんな夢を…)
身体中に違和感と痛みがあるが、特に違和感が酷い額に手をやり、はりついた何かを引きはがす。
(包帯…そうか…俺はアナトリアの…クソッたれ傭兵をぶっ殺して…)
(生き残ったのか)
(今何時だ?ここはどこだ?痛くて動けねえ…)
見回しても暗くてよく分からないが、うすぼんやりと壁に6/3と浮かんでいるのが見えた。
(三日も寝てたのか?まるで…長い長い旅をしてきたような感覚だ…。でも…帰ってきちまった…このクソみたいな世界に)
(アナトリアの傭兵を殺して…なんだ?何もないよな…)
(…聖人だろうが悪魔だろうが憎いもんは憎い。それの何がいけないんだ…)
(でも…自分が正しいのか間違っているのかも分からなくなってきちまった…ああ…もう…)
「…?」
ふわり、と夏が訪れる前の夜の柔らかく温かい風が吹いた。
(窓が開いて…ん?)
外からの僅かな光で窓際に何かが置いてある事に気が付く。
(あれは…アルメリアか?)
かつてリリウムにあれこれ言われてセレンに贈ったややこしい名前の花。
ArmeriaとArmeniaなんて見間違えるなと言う方が無理だろう。結果、買ってしまった。
気に入ってくれたようで何よりだが、自分はこれ以外にあの人に何が出来ただろう。大きな恩を受けておきながら何も返していない。
いや、自分のような人間に何が返せるというのか。この手で殺す以外に何かをした覚えはない。
(ん?なんであの花が…わっ!!)
気が付かなかった自分も相当間抜けだろう。
ベッドの横の椅子に座って崩れ落ちるようにしてベッドの端に頭を乗せて爆睡しているセレンがいた。
(びっくりした…。え?ずっとここにいるってことか?)
夜が白み始め、眠りこけるセレンの顔が照らされる。
(やっぱり…美人、だよな。俺みたいなのはもう放っておいて…恋人でも見つけたらいいのに…)
風になびくと光る天鵝絨のような黒髪は広がって艶めき、桜色の唇はこの世のどんな花よりも美しい。
明日もまたあのサファイアのように蒼い目でこちらを真っ直ぐ見てくれるのか。そう思うだけでなんだか元気になるような気がした。
(こんなに美人なのに…俺のそばにいていいのか…。どうしてか…俺に関わった人はみんな壊れちまうんだ…)
実は出会う女性が悉く美人に類されるという数奇な人生を送っているガロアだが相当面食いなのか、美人と評した女性は二人しかいない。セレンはその一人だ。
だからこそ引け目がある。自分みたいに殺す事しかできない男が傍にいてはいつまでもセレンは幸せにならない。
(となると…俺の身体が治ったら…最初にすることは…)
セレンの傍から消えてなくなる事、だろう。どうせ自分にはまともな人生なんか待ってやしない。
どこぞの企業のリンクスになって使い捨てにでもされよう。
そんな自虐的思考100%の考えをしているとセレンが起きた。
「んぁ…?あっ!?起きていたのか!?」
(あーあ…よだれが…それに寝癖も…)
ぱっと顔から眠気が退散するがベッドに付けていた方の髪はぐしゃぐしゃで、口元からは幾つもよだれの線が付いている。
それなのに表情だけはばっちり目覚めているのは違和感ありまくりだ。
「よかった…もう起きないんじゃないかって…」
(…ずっとここにいたのか。ダメだろ。セレンは若いのに…そんなことに時間使ったら)
「ずっと言おうと思っていたんだ」
(?)
「この戦いが終わったら…お前は…自分の事をいらないだとか、消えてしまえだとか…投げやりな事を考えるんじゃないかって思ってて」
セレンにもそんな時期があり、思い当たる節どころか思い当たる部分しかなかったからこそ、分かっていたのだ。
(やべぇな、当たってる)
やはり伊達に三年以上も一緒に住んではいない。考えが筒抜けだ。
その時、窓の外から爽やかな鳥の声が聞こえた。夜明けの時間だった。
たとえこの世界のどこの誰がどれだけ身体も心も傷ついてもまた陽は昇る。
なんでだろう。この日の出は自分の為にある様な気がした。
「だから…そう、だから。お前がどう思おうと関係ない。世界中の誰が謗ろうと関係ない!どんな目で見てこようと知るもんか!!」
顔を出した太陽が優しく放つ朝日が窓から差し込み、セレンの白い肌を照らし蒼い瞳がきらきらと輝いていく。それはどんな宝石よりも価値がある。
あの瞬間に人生が激しく変わったな。
後になってそう思う瞬間というのは誰にでもある。
そして人はある程度の経験を積むと、その瞬間の寸前に何かが起こると感じ取ることがある。魂が予感しているとでも言うべきか。
「……」
何かとても大切な言葉を贈られる、この言葉は自分の人生を変えて何よりも綺麗な宝物になる、とガロアの空っぽの心と頭がそう告げてぶるりと寒くもないのに大きく震えた。
「私がいる!私がお前のそばにいる!お前は、幸せになっていいんだ」
その時の衝撃をガロアは死ぬまで忘れないだろう。
頭を思いきり殴られたかのように一瞬意識が遠のき、歓喜が鼻から上がってきて眼と鼻の間あたりがつんと痛み何でもない病室の空気まで分かる様な。
どうしてそんな言葉を目を逸らさずに真っ直ぐに言えるのだろう?
何もかもが、どこを切り取っても綺麗な言葉だった。そこには微塵の打算も無く、真心があるのみ。
こじれにこじれたガロアの心が洗い流されていく。
ああ、何かが自分の中で今、変わった。
どうして生きているの?
ガロアの頭に浮かび続けていたそんな捻くれた疑問が静かに、静かに消えていく。
(どうしてかだって…?)
どくんと心臓が大きく動いて、当たり前のように『だってこの人がいるから』、と思えた。
なんでそんなに?
朝日の光を受けて、疚しいところなど何一つないと言わんばかりにそんな事が自分に言えるんだ?
同じセリフを同じ場所で同じように、他の誰かに言われても絶対に信じられないのに、この人のこの言葉は心から信じられる。
(痛っ…!)
太陽を受けて輝くセレンも、桜色の唇から出る声もあんまりにも綺麗で、何故か心臓が大きく跳ね上がりひびの入った肋骨が痛む。
何かが心の中でもがいて鼓動がおかしくなっている。
顔が赤く染まっていき痛みのせいだけではなく呼吸が乱れた。
コミカルに表現するのならば、二頭身のアレフ・ゼロがぱたぱたと飛びながらガロアの胸についたギザギザでボロボロのハートをグレネードで木っ端みじんにしていったのだ。
(あれ…この人…)
そう、空っぽになって自暴自棄になりかけたガロアの心を埋めたもの。それは…
(本当に綺麗だ)
恋心だった。
(どうしたんだ…固まっちゃって…)
セレンにしてみれば単純な事だった。
『お前を心配している。お前のそばにいる』
ずっと思っていながらも伝えられなかったその言葉を伝えられた。
「……」
ただそれだけでガロアの魂にまで食い込んでいた価値観が壊され、作り直され、別の物に変わった。
(何かまずいこと言ったか?私は…)
「……」
あくまでも切欠に過ぎず、元々ガロアの心のどこかに有ったものだが、とにかく目標を果たして空っぽになったガロアの心を埋めたのは恋。
それは間違いない。
ただ…普通は、乳飲み子の時に母親に、幼稚園の時に保母に、少年時代に同級生に…ゆっくりと確実に経験を積んでようやく理解できる恋と言う物は、
まともに少年時代を過ごさず、同い年の子供もおらず、しかも一時期は人を食料程度にしか見てなかったガロアにとって理解が難しすぎた。
その上セレンは出会った時からガロアにとっては大人であり正しさと強さの象徴であり、しかも師と来ている。
その人に恋をしたなんてことに気が付くのは、幼稚園児にウォッカを一気飲みさせて味を理解させるよりも難しい。
(気を…失ったのか?いや…そういう訳でも無さそうだが…)
だがそれはセレンとて同じこと。まともな少年時代を過ごしておらず、兵器として育てられて。
そして捨てられてこの広い世界で迷子になって彷徨って。出会ったガロアはその時はまだ小さな子供。自分より30cm近くも背が低い子供だったのだ。
異常な早さで大きく逞しくなっていくガロアにいつの間にやら異性に向ける目を持っていたが、セレンもそれには気が付かない。
三年で急に子供から大人の男になったガロアをいきなり異性として捉えるのはやはり無理がある。
ただ、自分はガロアの保護者だ、先生だとかいう義務感交じりの言葉が先に出てしまう。口には出せないが弟のように思っていたなんてことも原因の一つだろう。
「……」
「あっ。お前、包帯取っちゃったのか?ダメじゃないか、ちゃんとつけていないと…」
切れ目が入ってしまっている額に顔を近づけるとがくんと動きが止まる。
(あれ?)
包帯で肌がほとんど隠されたガロアの手が、自分の手の上に重ねられていた。いつの間に?
「……」
(あれ?あれ?なんか変だぞ?)
いつも自分に向ける視線とは完全に別物の視線がセレンの蒼い瞳を射抜く。
ぐるぐると渦巻くその灰色の眼がセレンの思考を操ろうとしているかのようだった。
「……」
恋という物をしらなくても。本能に従えばいい。ほとんど脳みそを停止させたガロアは自分でも気が付かないうちにその手を重ねていた。
(待て待て待て。何かよく分からなくなってきた)
「……」
なんでそんなに見つめてくるんだ、何かが起きるのか。
もしかして、いやまさかとヒヨコの代わりに妄想が頭の周りを回る。
コンコン
(いや、待て!風呂に入ったのは三日前だぞ!!歯ももう三日も磨いていない!ん!?何を考えているんだ!?)
「……」
(うおおおおおおお!?何が何だかさっぱり分からん?!)
結局脳みそがショートしたセレンは顔を真っ赤にしながら目を閉じてその場に固まってしまった。
これから何が起こっても構わない、そう思ったのだが。
「おはようございます」
「わあああああああああ!!」
ゴッッ
「!!!………」
あらぬ方向から声をかけられてパニック状態に陥ったセレンは思わずガロアに全力で頭突きをかましてしまい、
まだまだ回復していないガロアは鼻血を噴いてそのまま気絶した。
何かが起こる前に、何かを起こす前に、ガロア君はセレンが自分にとって大切な人だと気が付けました。
セレンにとってはずっとそうだったんですけどね。
これで何かが変わるはずです。
RAVEN WOODが閉鎖することになってかなり悲しいです…