Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
(…?なんか色々考えていた気がするんだが…忘れちまった)
額をさすりながら入り口に眼をやるとどこかで見たような中肉中背の男が立っていた。
セレンも入り口を見て怪訝な顔をしている。
「すいません。何か邪魔してしまいましたか?」
(何の話だ?というか誰だっけ)
「…別に邪魔したなんて事は無いが!!決して無いが!!!何時だと思っている!!朝の五時だぞ、五時!!」
朝の五時だというのに、病院だというのに、セレンは動物園に連れてこられて一日目のゴリラのように腕を振り上げて大声をあげていた。
「早起きなんです」
(早すぎだ)
「早すぎだ!!」
なんだか最近はセレンが自分の言いたい事を代わりに言ってくれている気がする。
それとも長い間一緒にいることで考えが似てしまったのだろうか。
「というか貴様は誰だ!ノックもしないで!!」
「しました」
(そうだっけ…聞こえなかった)
「聞こえなかったんだが。それで貴様は誰だ」
「CUBEです。ガロアさんとはオーダーマッチで戦いましたし、ミッションもご一緒したこともあります」
(あー…あったなそんなこと)
「CUBE?ああ、あの変なネクストの」
セレンが歯に衣を着せぬ言い方で言葉を投げつける。どうもさっきから怒っているような気もする。
「そうです。その変なネクストのリンクスです」
「で?何の用だ」
「お礼に」
(お礼?)
「お礼?ガロア、お前何かしたのか?」
「していますよ。以前、不明ネクストとの戦いの時に私は間一髪のところをガロアさんに救われています。あれが無かったら私は生きていません」
(………忘れていた。あったな、そういえば)
その後の戦いと、敵ネクストの自爆の方が強烈ですっかり忘れていた。
しかし別に礼が欲しくてしたわけでもない。
(…?じゃあなんで助けたんだろうか?)
頭をひねり続けている自分の姿にCUBEは忘れているものだと判断したらしい。
「ま、覚えていてもいなくてもどちらでもいいのです。とにかく、あなたにお礼を」
「そうか。次からは時間を考えてくれると助かる」
(その通りだな)
「ガロアさん」
CUBEの無表情かな顔がこちらを向き黒い目がガロアをじっと見た。
なぜだかその時ガロアは、これが人生の岐路になるという事を感じていた。またかよ、と。
「声が欲しくありませんか?」
「え…?」
(は…?な…?)
何を言っているのかよく分からない。いや、よく分かるからこそ混乱する。
「すまん、よく分からないのだが」
「ガロアさんが望むのなら、声を与えられます」
(望むならってお前…)
「いや、待ってくれ。どうやって?」
(そんなもん…)
「手術をします」
(欲しいに決まっている!!)
今までどれだけ、周りの誰もが持っていて自分だけになかったそれを欲していたか。
どれだけ伝えたい言葉があったか。数えきれない。
「…本人の返事はいらないようですね」
そんなに顔に出ていたのか、自分が何か行動を起こす前に承諾したことになってしまった。
「待て。だが声帯の麻痺に加えて言語野に障害があるのに手術してどうにかなるものなのか」
「普通の人ならば無理です。ですがリンクスなら可能です」
「…!それはつまり…」
「はい。AMS適性があれば」
「そうか…?だが、大丈夫なのか?」
(あれ…?なんか…動かない物をAMSで動かすって…どこかで…)
ふっ、と何かが記憶の濁流の中で追憶の網に引っかかる。
CUBEに言われるまでもなく、そのヒントは知っていたような気がする。
「何を隠そう…私もAMSにより今の身体を得た人間だからです」
「何?」
(あ…。スミカさんが昔…やっていたのが…これか)
遠い遠い、幼い頃の記憶。まだ戦争もAMSも理解できない時になんとなく説明された気がする。
そうか、これが。
「10年ほど前、家族旅行中に交通事故に遭いまして。それで家族は即死、私も身体は全く動かせず口もきけない目も見えない触覚も無い。唯一耳だけが聞こえる状態で病院をたらい回しにされまして…」
(悲惨だな…おい)
「そのまま8年。耳が聞こえるだけの状態で呼吸補助器と点滴で生きていました。周りからは邪魔者厄介者扱いされて、医者からは匙を投げられて」
「悲惨だな…。いや、すまん」
「そうですね。ですが私は8年、ずっと諦めませんでした。再び歩く日を、世界をこの目でまた見る日を想像して希望を持ち続けました。それが良かった」
(んん?希望を持てば動けるようになるってか?そりゃ違うだろう)
「AMS適性の高さは3つの要素で決まります。そのうちの一つが想像力です」
「想像力?」
「そうです。妄想でも空想でもなんでもいい。頭で思い描く力。それがAMS適性を育てる要因になります。ですが…現実の戦闘は想像通りに行かない物。ベテランの兵士程それをよく知るからこそ、AMS適性と戦士としての優秀さがかみ合うことは少ない…」
手痛い敗北を思い出し俯くCUBEだがその表情は変わらない。
「つまりどういうことだ」
「ガロアさんのAMS適性は歴代で2番目です。私が歴代最高のAMS適性保持者でした」
(ああ…そういうことか…)
「!?お前が!?しかし…でした、とはどういうことだ」
「ひたすら再び自由に動ける日を想像していた私のAMS適性の高さに興味を持ったアスピナ機関は私にある契約を持ちかけました」
「!そうか、それは…動けるようにする代わりに…」
「リンクスとなり、フラジールのパイロットになれ、ということです。本当ならば全身を完全に回復できたのですが…ネクストの操作分を回したところ表情筋が動かせなくなりました」
(あんな変なのに乗るのが契約…割に合わねぇなあ)
シミュレーションで戦った時に現実にこんな動きが出来るもんかと思ったが本当にあの速さそのままで動いていたし、CUBEも振り回されていた。
しかもあの紙耐久。あんなのに乗って戦場に出るなんてほぼ自殺だ。
「私の手術をしてくれたアスピナ機関の者がガロアさんに興味を持ちまして…珍しい症状だから是非見てみたいと」
「珍しい?」
(変な動物みたいに言うのやめてくれ)
「声帯麻痺に言語野障害。まるで言葉を奪う事だけを意図したような障害だと言っていました。コジマ汚染ですよね?」
(まぁ…そうらしいな)
その言葉にうなずくと途端に身体に激痛が走った。
これは多分むち打ち症もある。
なんで自分だけ喋れないんだろう、と思ったことは一度や二度では無い。特に街に来て、セレンに出会ってからは…
(……?俺…セレンに何を言いたいんだろう)
言いたいことがあるなら筆談でも構わないはずだ。
言葉だけが原因じゃない。自分は本当に言いたい言葉、その答えをまだ掴んでいないのだ。
「伝えたかった言葉、話したかった事がたくさんあってそれをずっと考えていたのでしょう?あなたのAMS適性を見てすぐわかりました」
「ガロア…。私は…その…お前が喋れるようになったら…それは、素晴らしい事だと思う」
そして、それでも正直アスピナ機関は怪しいと思う、とはセレンは口にしなかった。
AMSがいくらか下がる、と言われているのにセレンの頭の中には「NO」が一つもなかった。
「想像通りにあなたは喋れるようになります。どうでしょう?私なりのお礼です」
(…そんなもの…)
その言葉を断る理由は無かった。
二日後。
「やぁー!!君ね!!君がガロア・アルメニア・ヴェデット君ね!!会えてうれしいよ!アハハ!」
(何だこの人…)
アスピナ機関から来た学者なのか医者なのかよく分からない黒髪の男が耳まで裂けんばかりの笑顔でこちらを見てくる。
その顔にはいくつもの刺青があり本当にホワイトカラーなのか怪しい。
「よろしくよろしく!アッハッハ!!」
差し出された手にまで暴力的な刺青が入っており、ここまで来て急に手術が不安になってくる。
間違って気管にぶっすりメスを刺しても『間違えちゃった!!アッハッハ!!』ですまされそうだ。
(ん………?)
握った手をぶんぶんと振られ、少々肩が痛んだがそれ以上に違和感を感じる。
セレンなんかは手とかはやはり女性だからか結構冷たかったりするがこの人の手はそれ以上に冷たいような気がした。
氷枕でもいじっていたのだろうか。
「はい!!じゃあここに寝てもらおうかな!!明日の朝くらいまでは寝てもらうよ!その間に色々調べるついでに声をあげるよ!!大丈夫!すぐに喋れるようになるさ!!」
(怖いなぁ…)
男が手に持った呼吸器のような物をつけたら強制的に眠らされるのだろうか。
身動きも取れずに、いきなりこの男に寝かされて手術をしたのであろうCUBEに少し同情する。
「最初に話したい人間はいるかい!?いるだろう!?大丈夫!!君が目覚める時間は伝えておくよ!!」
(うわ…怖い…)
(そういえば…俺が入院する前も手術したのかなあ)
(最初から気絶してたからな…そっちの方が気楽だわ)
(しかし…すぐに…?手術がそんなに簡単に…?まぁ、いいや)
(最初に、か…そりゃ…最初はセレ…ン…に…)
色々考えたいことはあったが、呼吸器から流れ込んでくる気体を吸い込むうちに意識がどこかへ行ってしまった。
そうだった。俺、セレンのこと大事に思っていたんだ。
そりゃそうだ。だって、こんな俺とずっと一緒にいてくれた。
なんだろうな、血は繋がっていなくても一緒にいてくれたって人が結構いるんだな。そんな人がいなかったら俺はそもそもこの世界にいないのか。
ああ、今だって脇目もふらずにこっちに走ってくる。
(ん………?)
目を開けるとこの前見た天井が入ってくる。
(またこれか……)
病院のベッドで気が付けば朝。なんかそんなパターンが多い気がする。
いや、数えてもリンクスになってから二回しかないはずだがやけに多い気がするのはなんでだろう。
(もう…声が…出るのか?)
食事をするときのように口を開き、自分が言葉を口にする想像をいざしようとした瞬間。
「ガロア!!」
セレンが飛び込んできた。
一旦家に帰っていたらしく。部屋に飛び込んできたセレンの服装は最後に会った時と変わっていた。
しかし、まだ六時だというのに…CUBEの事を言えない。
きっと家でずっとそわそわしていたのだろうな、と思うと言葉よりも先に笑顔が出た。
(最初は…この人の名前を…)
「よかった…あの医者…あんなノリで手術なんてふざけた奴だと思って…大丈夫か?」
「セ…れん」
(!本当に声が出る……)
「!!!それが…。それが、お前の声なんだな…。何か…言いたいことがあるか?いや、なくてもいい。もっと声を聞かせてくれ」
自分でも目を見開いて驚いたが、セレンはそれ以上に驚いていた。これは本当に現実なんだろうか。夢よりも奇跡じみている。
「こ…あ…俺…」
「うんうん。どうしたんだ?」
涙ぐみながら話を嬉しそうに聞くセレンを見てつい自分も目頭が熱くなり鼻呼吸が辛くなる。
感情がぐちゃぐちゃになっていく。
なんだったか、色々言いたいことがあったのに一気に分からなくなってしまった。
セレンに言いたいことなんかたくさんある。大したことないことから小さなことまで。まずは何を?
「俺…」
「ゆっくりでいい」
(もっと…あ、え、なんだっけ…いっぱい言いたいことあるんだよ…他にもさ…何か…何か…)
言葉が見つからない、という言葉がよく分からなかった。言いたいことを言うだけなのに何故言葉が見つからないんだと思っていた。
それはこういう事だったのか。何を言っていいのかわからないという事。
視線をあちこちに飛ばしてふと、あることに気が付く。
「え、あ…お、俺…」
「ああ…なんだ?」
「俺…今日…誕生日だ…」
時計の上に表示される日付の文字。6/6。
ガロアの18回目の誕生日だった。
ガロアが生まれて初めて口にした主張。
それは自分の誕生した日を伝えて願わくばセレンに自分が年を重ねたことを祝ってほしいということだった。
「誕生…日?」
「うん…」
「……」
セレンには誕生日がない。正確にはいつかが決められない。
受精卵が出来た日か?試験管の中で手足が動いた日か?はたまた培養器から出てきた日か?
昔、いつだったか覚えていないが、誕生日と言う物の存在を知ってなんとなく担任だった男にお前に誕生日はあるのかと尋ねたことがある。
当たり前だ、と答えられて気分が悪くなりながら誕生日なんか下らんと一蹴した。自分になくてもしょうがないよな。いつにすればいいのかもわからないんだから、と思う自分が嫌だった。
世間を歩く誰もが誕生日を持っていてその日に祝ってくれる家族や友人、恋人、大切な人がいる。
そんなことを知って誕生日なんかクソ食らえと思ったのが16歳、外に放り出された時だったか。
そうか。ガロアにも誕生日があるのか。
「18歳の?」
「そう」
クソ食らえ。そう思っていたのに。
「お、お、お、おめでとう!!そうか!!おめでとう!!祝おう!!祝ってやるぞ!!ガロア!!」
説明不能にこんなにも嬉しいのは何故だろう。騒ぐ自分を馬鹿みたいに口を開けてガロアが見てくる。
やばい、また目頭が熱くなってきた。戦いしか頭になかった子供の初めての自己主張がこんなにもきらりとした物だなんて、この感動を誰にどうやって説明すればいい?
「ケーキを買おう!!でっかい奴を!ちゃんとローソクを18本さして…ひ、火をつけて…」
あ、やばい。頬に涙が伝ってしまった。というかなんで泣いているんだろう。
それってあれだろう?生まれてきてよかったなと思いたいから言ったんじゃないか?
(私はずっとお前が生まれてよかったと思っている。生きていてよかったと思っている)
祝う人がどうして祝ってくれるか、そこまで考えたことはなかった。
だから羨ましくて誕生日なんてものが嫌いだったのかもしれない。
「セれ、ン…どうし、て泣いているんだ?」
「馬鹿野郎、な、泣いてなんかいるか!!人もたくさん呼ぶぞ!!メイだろ…えーと…それから…えー…」
涙を拭って指を折りつつ友人の名をあげていく。乱暴に拭ったから少し化粧が崩れたかもしれない。
(私…友達少ないなぁ…………)
歓喜の涙から一転、虚しい現実に引き戻され口角が一気に60度下がった。
(相変わらず…表情がよく変わるなぁ…)
指を一本まげて固まってしまったセレンを見てガロアは静かに笑う。
(そっか…祝ってくれるのか…俺の誕生日を…)
自分の誕生日は自分の本当の両親の命日としか思わなかったあの頃を思い出して感情が揺れる。
(セレンは…この人は…俺を…)
そうだ、言いたいことを言おう。もう伝えたいことを伝えられずに落ち込むことも無いんだ。
「セレン」
「ん、ん?」
色々考えても本当にメイ以外に友人と呼べる存在が思い浮かばなかったセレンはガロアの声に急に現実に引き戻される。
「セレンは綺麗だな」
言いたいことを、思っていることを言うんだ。それしかガロアの頭にはなかった。
「あ?え?は?」
(うわ、すげえ)
白い肌が一転、見る見るうちに茹でたカニのように赤く染まっていく。
(言葉ってすげえんだ)
思ったことをその場で口に出して相手が反応してくれるという当たり前のことがガロアにとっては何よりも温かい感触となって包んでくる。
「ば、バカお前急に何を言い出して」
「今まで会った人の中で一番綺麗だ。本当にそう思っている」
「ふ、ふ、は…、み、水を買ってくる!!」
「……病院の廊下を走るなよ…」
綺麗に回れ右をして、完璧な短距離走のフォームで走り去っていくセレンの背中に声をかける。
「あっは。はっはっはっは!!すっげえ!!どいつもこいつもこんなものを持っていたのか!!凄いじゃんかこれ!!あっはっは!!これが笑い声か!?はっはっは!!」
思っていた言葉を口にすると感情が膨れるという事も新発見だ。これは凄い物を手に入れてしまった。
カンカンに怒るセレンを口だけで完封するなんて日も来るのかもしれない。
「いやー…そしたら先に手が出るか。セレンの場合。はっは…あー、喉が渇いたな…いや…これは口に出さなくてもいいか…」
水を買ってくるとか言っていたが多分あれは30分は帰ってこない。そうか。言葉を口にすると喉が渇く物なのか。
まだ言いたいと思っていることと、思っていても口に出さないようにする言葉を上手く分けられないが構いやしない。
今まで18年間言いたいことも言えなかった分だけ言いたいことを言いまくってやる。
「いててて…」
痛む身体に力を込めてベッドから立ち上がる。大けがなのは間違いないが、一応はもう動ける。
(水飲んでいいのかな。まぁ…あの医者もなんも言ってなかったし…いいだろ)
普段の三分の一程度の速度で入り口に向かいドアを開く。それにしても身体が痛い。
ドッ
「きゃあ!」
(痛ぇ)
ラブコメのような速度で看護師とぶつかってしまったが体重の関係は非情で自分はよろめいた程度だが、看護師は吹き飛んで手に持っていた何枚もの書類が散った。
(あー…えーとこの場合は…)
「大丈夫か?いつつつ…」
生まれて初めての心配を口にしながら腰を曲げるがやはり痛い。
書類を拾うのを手伝おうとしたが、ちょっと無理そうだ。
「あ、大丈夫ですよ。無理なさらず。ごめんなさい」
よく考えたら看護婦の方が悪いような気もする。病院で部屋から出た患者とぶつかるなんて。
「悪いな」
結局、のろのろと腰を曲げたり伸ばしたりしているうちに看護師は書類を拾い終わってしまった。
「37,38,39…大変!一枚足りない!」
ああ、こんな怪談だかなんだかを昔ウォーキートーキーに聞かされたっけと関係のない事を思いだす。
「ん?どっかに飛んで行っちまったか?」
と、そこまで言って奇妙な事に気が付く。
(あれ!?)
書類が散っていくシーンも、看護師が転ぶシーンも、ついでに言えば看護師のパンツも全てこの目で見ている。
なのに散らばった書類の数が分からない。
「あれ!!?」
ガロアの灰色の目に生まれた日から染みついていた同心円状の模様はすっかりと消えてなくなっていた。
二つ目のAMS適性の要素は想像力です。
ガロア君のAMS適性の高さは上から二番目だったこと、覚えていましたか?
18禁コーナーに入れるよ!やったね!
ちなみにノックはしています。