Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
日曜日。
昨日も一昨日もひたすら走って登ってぶん回してと体を鍛えていたガロアだが、昔セレンに言われた通りに一応日曜日は訓練をやめている。
「……」
最近、ガロアが図書館で借りる本の中にちょっと毛色が違うものが混ざるようになった。
幼いころに読まなかった分を取り返すように童話を読んでいるのだ。
「……」
なぜ借りるだけなのか、買えばいいのにとセレンは言うが自分でも理由はよく分からない。買おうと思えば本屋ごと買えるのだが。
昔の名残で余計なものを持ち帰らないようにしているのかもしれないし、
あるいは今の住処が自分の家ではないと思ってしまっているから物を増やす気になれないと思っているからかもしれない。
素朴なタッチの表紙の児童書を片手で読むガロアは難解な書物を両手で読んでいたころに比べて随分成長した。
先日服を買いに行った際に計った身長、体重は198cm、99kgだった。完全にアジェイより…いや、すでにガロアの知る大人の誰よりも大きくなってしまった。
(こんなものを…小さなころから読んでいれば…甘っちょろい人間が出来上がるに決まっている…)
ほとんどの児童書には酷悪な現実も血もない。綺麗な世界と綺麗な未来、そして少しの戦いと美しい勝利だけが描かれている。
(でも…生き残るために…人を殺す子供よりはよっぽどいいかもな…)
首を切って31発の弾丸を手に入れた。それだけのことだったはずなのに初めての殺人は今になってガロアの脳裏にフラッシュバックしては苦しめる。
精肉工場の豚のように人間の死体を木に吊るしていた自分は何も考えていなかった。純粋に、本当に正義も悪も無い真っ新な状態からそんな残酷なことをしていたのだ。
「分かっているよ…分かっている…」
ぶつぶつと言いながらページを捲る。
やばい、今のページをちゃんと読んでいなかったかもしれない。
『心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ』
(…心で見る?)
捲ったページに書いてあるセリフを見てふと瞼をなぞる。
自分の目こそがこの世の誰よりもこの世界が見えていると自信があった。
そしてそれがいつの間にか失われてしまったが、特に何かが大きく変わった感じが無いのはもとから何も見えていなかったからだろうか。
この世界の全てが見通せると、自信があったのにこっちに来てセレンには教えられてばかりだったのだ。本当は何も見えていないというのは間違っていないかもしれない。
(分からねえ…多すぎるんだ…分からないことが…)
しかし、分からないことがあるのならば誰かに聞けばよいという考えはガロアの中にはほとんどない。
周りに頼れる大人がいなかった期間はあまりにも長すぎて、言葉を得てからの時間はまだ短すぎた。
あんまりこの話題は出したくなかった。
踏みこみ過ぎれば絶対に、出てくるはずだからだ。
じゃあ今一緒にいる理由って何?と。
それでももういい。
何がどうなってそうなったのか分からないが、ほとんど何もない自室で児童書を読みふけっているガロアにセレンは勇気を出して声をかけた。
「なぁ、ガロア」
「……ん?…まだ昼飯には早いだろ?」
「違う、そうじゃない」
一瞬きょとんとしていたのも無理はない。ここ数日思い悩みすぎて自分から声をかけていなかったのだから。
「……?」
「もう、やめないか」
「?何が言いたいかよく分からない、セレン。大丈夫か?」
「お、おま、お前は…」
「?」
「アナトリアの傭兵へ復讐するためにリンクスになったんだろう?!」
言ってしまった。誰だって分かってはいることだが、こんなことを本人に言える人間はいない。
「そうだ」
そしてあっさり認めてしまった。相変わらず泰然自若としている。
だがそれでいい。何故ならガロアは積み重ねて圧倒的な差をひっくり返し勝利したのだから。
あれは誰にも恥じることない綺麗な勝利なのだから。
「そうか……やっぱり、そうだよな…」
「……それを聞くためにここ数日うんうん悩んでいたのか?」
「ち、違う。そうじゃないんだ」
「じゃあ何なんだ?やめる、って何を?」
「リンクスをだ。もう、戦う必要もないだろう。お前は勝った。死にかけたが、それでも勝ったし喋れるようにもなった。もういいだろう。戦いは終わりのはずだ」
もう自分の人生に漕ぎ出せばいいのにとずっと思っていた。
そりゃあ簡単じゃないだろう。昨日まで殺人兵器に乗っていたのに明日は学校に通ってカフェでバイトとはいくまい。それでももう終わったはずだ。
ずっと思っていたと書いているが、セレンは本当は最初から『そんなことしなくても』、とも思っていた。その先には何も無いだろう、と。
予想していた通り復讐を遂げたからと言って何か変わったわけでは無い。
来る日も来る日も物事は続いて行き、ミッションは来る。いつ死ぬか分からない危険なミッションが!
「…リンクスをやめろって?戦う必要がないって?」
「そうだ。もうやめろ、ガロア。今が天辺、ここで打ち止めだ。これ以上は…」
だがこれ以上ガロアが戦う理由は無いのだ。
そしてこれ以上あんな常識はずれのバケモノの相手をしてもらいたくないのだ。
「生きる限り戦いだ。殺すことでしか動物は生きられねえ。リンクスをやめても結局戦いは終わらない」
(何だそれは…。どういう人生を送ったらそういう考えになるんだ…)
「どっちにしても変わらない」
「死んでしまうぞ!これからもあんなバケモノと戦い続ければ!」
「そうしたら死ぬだけだ」
「…!!」
分からない。どうしてこういう考え方なのか。どうして自分が死ぬということをこんな平然とした顔で言えるのかが。
お前はそんなに壊れた人間じゃないはずだ、というのは自分の頭で勝手に作りあげたイメージなのだろうか。
「やめないか、なんて悠長な言い方をしたのがいけなかった。もうやめろ。リンクスを!!」
「やめねぇ」
「なんでだ!!」
「もう戻れねえからだ」
「……!?くっ、この…師の言うことが聞けないのか!!」
ゾッとした。『戻れない』と口にしたガロアの灰色の目の奥に一瞬夥しい量の鮮血と死体が見えたような気がしたのだ。
ああ、確かにこれはただでは戻れないだろうとすぐに納得してしまった。
これはガロアがここまで病的に頑固なのと無関係ではないだろう。
「リンクスなのは俺だ」
「だったらお前のオペレーターなんかやめ…やめ………!」
やめてやる、その一言が言えない。自分がオペレーターでなくなったら、もはや自分よりも強いであろうガロアのそばにいる理由は何なんだろう。
勇気がなくて言えていない言葉が本当はたくさんある。
お前のそばにいるではなく、これからもそばにいたいと素直になれたら楽なのに。
あれがあれば、これがあればとみんなワガママを言うが、あったところでそう簡単ではないのだ。
言いたいことを言える口があっても言えないこともある。
「セレンが俺のオペレーターじゃなきゃ嫌だ」
その言葉は救いだ。自分と同じくガロアも自分に依存している。
ならそれでいいじゃないか。嬉しいよ。ずっと一緒にいよう。
でもそれではダメなんだと思う自分もいて、残念なことにガロアはそっちの気持ちの方が大きいのだろう。
「リンクスやめろ!!」
「やめねぇ」
「私がオペレーターをやめ、……やめたら!!?」
「セレンがオペレーターじゃないと嫌だ」
「こ、の、…訳のわからないことを言うなぁ!!」
温まりまくった頭が勝手に身体を突き動かし、突きを放っていた。
だがその攻撃はいとも簡単にいなされ、頭ががっしりと掴まれていた。
頸椎外しか、首投げか、と決定打となりうる攻撃を予想していたのに。
「……。熱はないよなぁ」
どうも熱か何かで正気を失っていたと思われたらしい。
ここ最近ずっと、こんなにも色々考えていたのにその一言で片づけられるとは。
「…!!」
ビキビキと指先に力が籠る。物心つく前から鍛え上げられ、磨かれた指先によるセレンの貫手は喉や腹などの柔らかい場所なら衣服ごと貫く槍となる。
格闘の相手をするとして、最初は使っていなかった技術もいくつかある。これはその一つだ。あまりにも大怪我をする可能性が高いからと。
今はそれでいい。怪我をすればとりあえずミッションに出ないのだから。あくまで浅くだが、それでも病院に直行するように喉へと貫手を繰り出す。
「組手か。久しぶりだ」
「あっ…!?」
自分の出せる最高の速度の貫手は簡単に掴まれ、手首を捻られ勝手に膝が着いてしまった。
何度かガロアを相手に出した合気の技だ。完全に自分の物にしてしまっている。昔と全く変わらず、この男は底知れない才能を持っている。
空いた手で顔面を衝くのか、そう思ったのにパッと手が離されて解放されてしまった。
手加減をされている。
自分はもう、ガロアの師ではないのか。それならば。
自分がガロアといる理由は?
(ないよ!!ないさ!!だが!!)
膝を着いた状態から地面を蹴って出したストレートは今度はガロアの横っ面に思いきり刺さった。
当てるつもりでしたのだから当然なのに、セレンはその時『なんで?』と頭に浮かんだ。
「ふっ!」
「がっ!?」
疑問が纏まる間もなくガロアのカウンターパンチが頬に当たり口の中が切れた。
ぷちん、とセレンの頭の中に音が響いた。
殴られたことにではない。ガロアが喋れない頃から喧嘩なんてしょっちゅうしていたし、殴り合いだって頻繁にしていた。
だがガロアの体格ならば、今のタイミングのカウンターで自分の顔をぐちゃぐちゃにして反対側の壁まで吹き飛ばしていたはずだ。
確かに口の中は切れたが、晩飯の頃には忘れている程度の怪我だ。こっちに気を使って加減してくれているのだ。
どちらも無傷ではプライドが傷つくだろうと。だが大怪我はしないようにと。
むしろその魂胆が見えてしまいセレンは完全にキレた。
「本気でやれッ!!」
本気でやったら死ぬのは自分か?頭にそう浮かびながらもセレンは叫び、スカートが捲れるのも気にせずにハイキックを放ったが上体をそらしただけでかわされてしまった。
前ならこめかみがあの位置にあったのに、今空ぶった場所は顎の高さだった。
「この…!大きくなりやがって!!」
「精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えなければならない、だろ」
「破ッ!!」
自分よりもう強くなっただろうとは思うが、完全にそうとは言いきれない。
と、いうのも全てのステータスでセレンが劣っているわけでは無いし、仮にそうだとしてもそういうのは算数的な足し算では無い。
力で止められないならば技術で止める。
どれだけ実力が離れていても、こめかみに掠っただけで、顎の薄皮一枚に当たっただけで決することはある。
勝負は一瞬の稲光なのだ。自分でもこれ以上はないという程の速度、角度でフックがガロアのこめかみに向かう。
当たった!!ガロアの膝が崩れてその顔が自分の視界の下にと沈んでいくのが見える。
「ははっ。すげえ浮いた」
「…!!」
当たったと見えたのは気のせいだった。自分の出した全ての力を利用されて宙に浮かされていたのだ。あろうことか天井に頭がつく高さにまで浮いている。
「これ以上口出しするな」
どんっ、と押されてこれから臀部に訪れるであろう床の固い衝撃に目をきつく閉じたらぼすんと間抜けな音が響いた。
押された先はガロアのベットの上だった。そこまで計算済みだったと?
「今まで自分がやっていた事を全てすっぱりとやめて新たな人生に漕ぎ出す?そんなこと可能なのか」
「可能かどうかなんて」
「ああ、そうだ。分からないな。だが可能だとして、それは本当に自分か?変われねえんだ、そうそうな」
「!」
それはかつての自分が思い悩んでいた事と全く同じことだった。
出来るわけがないのだ。自分というのは人生という連続した道の先にあるもので、断絶した存在では無いのだから。
結局自分は人生で培った技術を伝える者という、普通に有り得る道の先の存在になった。現実的に、続いた道の先に有る者に。
「俺は殺して食って生きてきた今までも。そしてこれからも」
(なんだそれは)
ガロアの言葉の意味は分からないが、言いたいことは分かる。やめる気は無いのだろう。
すっぱりと。
それが出来たのなら自分はケーキ屋の看板娘にでもなって笑顔を振りまいていたのかもしれない。
自分にもできなかったことをガロアに無理やり押し付けようとしていたのだ。それは確かに『師』のすべきことではない。
「少し早いけど昼飯にするか。……カルシウムがたっぷり入ったヤツな」
「……!!」
ベッドに倒れこんだ自分をそのままにしてドアに向かって行ってしまうガロア。
話がこのまま終わってしまうと感じると同時に思い出すのは、コジマ砲でぐちゃぐちゃに融解したビル。
もしあれがガロアのネクストに当たっていたら…コアごとどろどろに溶けて原型も無くなってしまうのだろうか。
誰が?他でもない、ガロアが。砂漠の上で、意味不明な兵器に撃たれて狭いコアの中で溶けて死んでしまう。
「う、お、あ…そんなこと…許せるか…」
復讐を成し遂げたあとは戦場でぐちゃみそになっておしまい。
残されたのは結局空っぽのセレン・ヘイズ一人だけ。何一つ救いがない。そんな結末。
「うおおおおおおおおおお!!!」
そう遠くない未来に起こることだと、確信に似た想像が頭を埋めていくのをかき消すようにセレンは叫んだ。
「…は?」
セレンが何か叫んだと思ったら後ろから抱きついてきた。セレンみたいな美人に抱きつかれるのは嬉しいが、なんで?ガロアの頭が疑問で一杯になる。
両腕の上からきつく抱きしめられて、前に回した手はばっちりと組んである。そう、これは確かジャーマン…
「絶対にぃぃいいいいい!!駄目だあああああああ!!!」
「ああああぁあぁぁぁ!!?」
メインイベントを張るプロレスラーでも目をひん剥くような見事なジャーマンスープレックス。
腕を押さえられていては受け身を取れるはずもなく、セレンより30kg近く重いはずのガロアはベッドに叩きこまれ、
負荷に耐えられなかったベッドは哀れにも脚が二本折れた。
「あああぁ!?ベッドが!?」
嫌な音が聞こえたのは現実だと示すように、ベッドの上で無様に横になっている自分の平衡感覚が斜めったまま横になっているという不自然を知らせる。
「ベッドは壊れても買いなおせばいい!!」
起き上がる暇もなくマウントポジションを取られておまけに両腕の関節を取られた。
これでは反撃できない。
「この!!」
「あがっ!!」
見目麗しい女性に似合わない豪快なテレフォンパンチがガロアの頬に刺さる。
「それでもお前は!!」
「痛ぇ!!」
バキィ、と頭に響く。
後頭部がベッドに着いて衝撃が逃げられない状態で真っ直ぐパンチがぶち込まれた。
「お前は!!」
「ふぐっ!」
胸倉を掴まれて引きあげられた勢いをそのままにまた殴られ大きくバウンドする。
もう技術もクソも無い。滅茶苦茶だ。
「お前は!!!…お前は買いなおせない……お前は一人しかいない…。死んだら、そこで終わりなんだ…」
(…なんで…俺をぼこぼこにしているセレンのほうが…こんな顔しているんだ…)
飛び散った鼻血がベッドを汚している。もうこのベッドはゴミ捨て場行きだろう。
「大学に行け!私がなんとかしてやるから…顔を変えて…ジャックを取り外して…普通の人間として生きるんだ」
「…っ。大学…いいな。はっ。だがそれは本当に俺なのか?ただ逃げているだけじゃないか?このクソみたいな現実から」
ようやくセレンが何を言いたいかわかってくると同時に、何かに気付きかける。
だが、セレンの言うことは正しくもあるが同時に逃避でしか無いということもわかる。
散々人を殺しておいて今更「危なそうだからやめます」、なんて腑抜けたことは…他でもない自分で許せない。
「……!」
いつの間にか押さえられていた腕の片方が自由になっていた。
関節技を自分から外してしまうなんて珍しい。
「それでも」
「うるせえな!!なんで、関係ねぇだろ!俺が戦おうが、どこで死のうが!!」
言っていることは間違っていないのに、ガロアは今、自分がとても残酷なことを言っているとすぐに気が付いた。
セレンは自分の上で憤怒と悲愴をかき混ぜたような顔をしていた。
ホワイトグリントと戦っているときもそんなことを言っていた。やめろ、帰って来いと。
自分は…指図するなと思っていた。
なら謝るか?間違ったことは言っていないのに。
「そんなこと、言わないで」
セレンは…初めてかもしれない。
その隠しておきたい心情を飾ることなく正直に吐露した。
(あ……)
ガロアはその時、一つ成長をした。
学んだのだ。
正論は時に人を傷つけることもある、と。
正しいことばかりでは生きていけない。
(……俺の、俺は、正しかったろ…アナトリアの傭兵は間違っていた)
だがその過程でどれだけの人間を殺したのか。そして守護神を失ったラインアークは…
そしてガロアは静かに理解した。
人が戦う理由が。戦いが終わらず、やめない理由が。
それを教えてくれたのはやはりセレンだった。
どれだけ自分が大きくなっても、強くなってもセレンは自分よりも大人でたくさんのことを教えてくれるのだ。
(なら…やっぱり戦いはやめられねぇ)
そしてセレンの望みは叶わない。いつかセレンは気が付く日が来るのだろうか。
セレンの願いとガロアが本心から望んでいることが似ているようで完全にすれ違っているということが。
「後は…何が…何が欲しいんだ?お前が望むならなんだってしてやる!」
「まずはそこからどけ」
「うるさいっ!!」
(理不尽だっ!?)
望みを言ったら殴られた。
「とにかく…なんだってしてやる。だから…もう戦うのをやめろ…死んでしまう…。お前は…お前は私にとって替えが利かない…一人しかいないんだよ…」
言葉の最後のほうは死にかけの蚊の羽音よりも小さくなり、顔を自分の胸に沈めてしまった。
(何が、ほしいかだと。決まっている…俺は、ずっと前から)
ガロアの欲しいもの、望みはある意味幼い頃から全く変わっていなかった。
それが無くなり歪んでしまい、暴走したがそれでもガロアは帰ってきた。自分の本当の望んだことに。
「何を…笑っている…」
「ようやく…わかったんだ。人間が…戦い続ける理由って奴が。戦いが終わらない理由が…俺が…生きてきた理由が…だから俺は、俺の望むままに生きる」
「…?」
「とりあえずどけよ」
「!!!」
「あ?」
こんな押さえつけられて関節を極められた状態ではまともに話すことも出来ないと思い、上に乗るセレンをどかそうと手を伸ばしたら前にどこかで味わった心地よい柔らかさが手に広がった。
「…!!…!!」
「あ、わ…あ…」
全くの偶然だが伸ばした右手はセレンの胸を思い切り掴んでいた。
こんなの全然ラッキースケベなんかじゃないと、最初から分かっていた。
「わああああああああああ!!!」
「あああああああああああ!!?」
そこからの記憶は一分ほどセレンもガロアも無かった。
一言で言えばセレンがガロアの事をタコ殴りにしていた。
ガロアは自分が悪いと思ったので何も出来ないまま殴られ続けた。
「どさくさに紛れて!!何をしているんだお前は!!お前は!!お前は!!」
「ち、ちがっ、…ぶっ…」
言い訳をすることも出来なかった。詰まった鼻から息を吸いこんだら血が逆流してきて口から血が吹き出た。
「む。そうだ」
「ゔぅ~……?」
「私を抱け。私の身体を…す、好きなようにすればいい。欲しいだろう!?」
「……あぇ?」
何を言っているのか分からない。
『抱け』という意味が分からないのではない。
(何がどうなっているんだ…性行為って…関節極めてぼこぼこにしてから迫るものだっけ…)
と思いつつも昔見た鹿の交尾は、確かに押さえつけながらしていた記憶がある。でもあれはオスが上だったような気がする。
でも結局自分はそんな隙だらけの二匹を纏めて殺して食べていた。なんでこんなことばかり思い出すのだろう。
「お前ぐらいの年頃なら異性の身体に興味があるだろう」
「あ゙、ある」
それは間違いない。それもこんな美人の身体を好きにしていいと言われて嬉しくないはずがない。
こんなにぼこぼこにされて出血していなかったら下半身に血液が巡って行ってしまっていただろう。
そうしたらもう言い訳も出来ない。
「そうだろう。だ、だからその欲求を好きなだけ満たせばいい。金もあるんだ。文句ない生活だろう!?」
「じゃあ俺に!!日がな一日女を抱いて美味い飯食って好きなだけ寝て脳細胞死滅させてろってのか!!」
「そうだ!!これから戦いに負ければ…脳細胞死滅じゃすまないだろうが!!もう戦いをやめろ!!」
「うるせぇ!!俺の行く道が正義だとは言わねえ。だが俺の戦いは俺だけのものだ。命を賭して敵を蹴散らす。俺は戦う。戦うんだ!!」
「うぅー、うっ、頼む、から、ど、どこにも…行、ぐ…く…こ、ん…のぉ…」
がーっ、とガロアの口からマシンガンのように出た言葉に打ちのめされ、ガリガリと頭を掻いて髪を振り乱したセレンは熱暴走寸前のコンピューターのように理解不能な音を発し始める。
「……だ、だいじょ」
「バカ野郎がぁ!!」
(ヘッドバットか!!)
胸倉を掴まれたまま、セレンの頭が空を切りながら近づいてきた。
セレンの頭の固さ(中も外も)をよく知るガロアは頭突きの衝撃に備えて顎を引き、額の厚い部分で受ける姿勢を取る。
ガブッ
「ガブッ?」
セレンの桜色の唇から覗く白い歯が、ガロアの首筋に深々と食い込んでいた。
ブシュッ、ブチッ、と嫌な音が身体の中から音が響く。
「ぐ、ぅ、あがっ!」
拳で殴られる痛みを倍ほど先鋭化させた刺激が首から広がり思わず声が出る。
腕を押し付け離そうとするが力を振り絞って組みついているようでビクともしない。
「が、ぐ、ぐああああああああ!!」
「……、…」
これ以上痛みが続いたらぶん殴ってでも引き剥がしてしまう、と思った瞬間、セレンが顔を上げて血に染まった唇を拭った。
その表情は言葉では説明できない程の不機嫌に満ち満ちている。
「ぷっ!!」
「……!」
血混じりの唾液を顔に向かって思い切り吐き棄てられた。
首には冗談では済まない傷の深さで歯形が浮かび、だらだらと出血している。
「勝手にしろ!バカ野郎!!」
「うあぁ…」
バターン!!と上下三階に渡って響き渡ったのではないかと思う程の音を立ててドアを閉めてセレンは自分の部屋に引っ込んでいってしまった。
殴られた顔の痛みはもうそうでもないし、鼻血も止まっているが首の痛みは半端ではない。
そっと指で触ると唾液と血で濡れた先に、見なくても痛々しいと分かる傷があった。
その時最近よく鳴るような気がするチャイムの音がピンポンと聞こえた。
(誰だ…?)
だがセレンは部屋に引っ込んだままうんともすんとも言わない。
下手に声をかけてまた噛みつかれてはたまらないので、噛み跡を手で隠しながら玄関のドアを開いた。
「……」
「なにをどたんばたんやって…うぉ!?お前どうした!?ぼこぼこじゃねえか!」
ダンが立っていた。
「??なんだ?どういうことだ?」
「あれ?俺お前らの下の部屋に住んでいるんだけど。2408号室。言ってなかったっけ」
(知らなかった…)
「で、どうしたんだよお前。ぼこぼこだし、首から血が出ているし…」
「え、え、えー…」
まさかセレンにぼこぼこにされて性交を迫られて噛みつかれました、なんて言うわけにはいかない。
「お、大きなおじさんが暴れていった」
「!!マジかよ…リンクスを狙う大男…マジでいるのか…戸締りしっかりしておこ…」
「は??」
こうして、都市伝説に新たな1ページが追加された。
その夜。
ぶっ壊れたベッドは仕方がないのでその隣に布団を敷いたガロアが寝てから二時間も経った頃、セレンはふらりと起きてトイレに入っていた。
「ちっ」
廊下に響き渡る大きな舌打ちをしながら出てきたセレン。
月に一度必ず来る体調変化、生理だった。
重くない…どころか痛みも怠さもない、非常に軽い部類だったがそれでも股から血が出るのは煩わしい。
台所でコップに水道水をついで一気飲みする。
「ぶはぁ!」
カルキの味がほのかにして実に不味い水道水を飲み干してコップをシンクに置く。
水を一杯飲んだだけのそのコップを洗うのはもちろん明日のガロアだ。
「……ちっ」
また舌打ちをする。
初潮は11歳の頃だった。それが来るとすぐに研究員から一通り性についての教育を受けた。
要は繁殖に必要な機能らしいが、何故か女にだけその苦労は毎月あるらしい。
だがそれよりも不思議だったのは私にそんな機能は必要なのか、ということだった。
戦場に立ち人を殺すことを生まれる前から決められていた自分が、命をこの世に生み出す機能など必要なのだろうか、と。
レオーネメカニカとしてもそれは余計な機能だった。どこかでまかり間違って子供を作られてしまっては堪らない。
だが体調のちょっとした変化でリンクスが使い物にならなくなる可能性があることを霞スミカの一件でよく知るレオーネメカニカの研究者は、
下手に刺激することを恐れて子宮や卵巣を摘出するような真似はしなかった。
結果としてセレンには女性としての機能が丸々残っている。
「……」
リビングに戻り電気をつけずに椅子に座ってなんとなくガロアの寝る部屋を見る。
ちなみにこのマンションは全ての部屋が同じ構造をしており、玄関からすぐ左にトイレ、もう少し先の左に風呂があり、
さらに行くと大きなキッチンがある。
そこから扉を開くと十六畳のリビングダイニングがある。この時点でセレンの私物が散らかり狭さを感じるようになる。
その先に二つのドアがあり左がセレンの部屋、右がガロアの部屋となっており共に十畳の広さがある。
つまり2LDKとはいえ二人で暮らすには広すぎるくらいであり、事実、貧乏性のダンなどは一室しか使っていない。(彼女ができたら同棲するんだ!などと考えていた)
このような部屋に無償で住めている時点で価値が落ちたとはいえリンクスの特権階級ぶりが垣間見える。
そーっとガロアの部屋のドアを開く。
「…あ、やっぱり」
右側の壁にくっつけるようにして置いてあるベッドの隣に布団を敷いて寝ているが、
掛け布団を蹴っ飛ばして布団からはみ出し腹を出して寝ている。
「しょうがない奴だ…」
重たい体を正しい位置まで直し、布団をかけなおす。
誰かに言われるまでもなく自然にそうするその姿は母親そのものであり、
かつてウォーキートーキーもガロアが布団を蹴っ飛ばすたびにこうして直していた。
「あ……」
首につけていた絆創膏も寝相の悪さがたたってとれてしまったようだ。
もう血は出ていないが思い切り噛みついたため相当に傷は深く、きっと跡が残るだろう。
ガロアの白い肌に雪に足跡を残すようにくっきりと赤く残った自分の歯型はとても痛そうで…
「……??」
なんだかぞくぞくとした。
訳の分からない感情をとりあえず無視して絆創膏を貼りなおす。
「なんだか…目が覚めちまったな。……メイからもらった酒でも飲むか」
寝る前に酒を飲んでいるとガロアに微妙な顔をされるので何となくしていないが、
寝てからは文句も言えまい。言葉を得たばかりでは寝言も言えぬだろう。
そう思い台所から酒瓶とグラスを持ってくる。
「……美味い!!」
テーレッテレーとSEが聞こえてきそうなほど見事な笑顔を咲かせる。
「酒の肴は…ガロアの寝顔か?なはは…悪くないんじゃないかな」
メイもそうだがセレンも酒好きのわりに相当酔いやすい。
コップ一杯でいい気分になってきてしまった。
「大人に…なったなぁ…あんなに激しく主張するなんて…」
14歳の子供だったのがいつの間にか18歳だ。当然主張の一つや二つも出てくるだろう。
「あんなに私の言うことを聞かないなんて…。あの頃は可愛かったのになぁ。写真を撮っておけばよかった、本当に」
ガロアは急激に成長しすぎたしセレンは人というものをよくわかっていなかった。
昼間に性行為を迫ったかと思えば夜には母親のようなことを言い出す。
今の今でも親の目と女性としての目の間で揺れており、その絶妙なバランスが思春期の男女を二人で何年も同じ場所で生活をさせても過ちを起こさせなかった。
「ん…?でも、可愛かったけど…思えばあの頃から…」
滅茶苦茶な訓練をするし、勝手に部屋は片付けるしで、戦場でこちらの指示を無視する今とあまり変わっていない。
「…あの頃から制御不能なところはあったのか?主張する口がなかっただけで」
「………しょうがない奴だ」
「セレンがオペレーターじゃないと嫌だ、か。こいつには…私がいないとダメなんだな。ダメな奴だ…ふふっ」
ペースを落とさずに酒を胃袋に注ぎながら月明りに照らされるガロアの寝顔を見てふと思う。
「……なんか…」
寝ているガロアの髪を上げて額から下だけを見る。
昼間に殴りすぎてちょっと歪んでいるがその顔は…
「こいつ…女顔なんだな。体格と…普段の顔つきのせいで気が付かなかったけど…」
普段のガロアは顔に力が入りすぎてぶっちゃけて言ってしまえば悪人面であるが、
ぐっすりと眠りの世界に落ち込んだガロアの顔からは魔が落ちており元の形がよく分かる。
「男前…じゃなくて…紅顔の美少年って奴かな。綺麗な顔だ」
その顔は20年以上前にガロアの父、ガブリエルが惚れてしまったソフィーに生き写しであり、
もう少し身長が小さくて筋肉がなく、髪を伸ばしていたら双子と言っても通用するほどであった。
「背も高いし強いとなれば…もうちょっと顔から力を抜けば近づいてくる女もいるだろうに」
(それはやだな…)
「ん?」
心からそっと上がった声は耳を傾けた瞬間に消え失せてしまった。
「待てよ?ガロアが普通の生活を送ったら…いずれ…結婚相手なりなんなりを見つけて私のもとからいなくなる…の、か」
大きくなった体で運命の女性を抱えて自分のもとから去っていくガロア、それをハンカチを噛み泣きながら見送る自分…。
「うおおおおおお!?いやだ!?いやすぎる!!くあああああ!!」
ここまでの言葉が全てセレンの独り言というのは驚きという他ない。
独り言の世界選手権があれば入賞間違いなしだろう。
「うぅー…いやだ…畜生…」
ほろ酔い幸せ気分から一転、涙酒である。
「あれ…?ガロアが私の元から去るということは…」
「私もパートナーを見つけてガロアの元からいなくなる可能性もあるということか…?」
レオーネメカニカ改めインテリオルからお払い箱になってから一年、街を歩いているだけで最低一日一人は男に声をかけられた。
ああだこうだと耳聞こえのいい美辞麗句を並べても結局は自分を生殖相手として認めたから性行為をしようという誘い。
下手に暇つぶしに読んだ女性誌で性の知識を身に着けていたことも相まって、飾り立てた姿で飾り立てた言葉で近寄ってくる男が気持ち悪くて仕方がなかった。
一体何人の男をぶっ飛ばしたことか。
それよりも気に入らなかったのが「見た目」で自分を選んできたことだ。自分にとって自分の容姿は自分のものではない。
この姿は「霞スミカ」のものだからだ。
「気持ちが悪い…こんな生殖機能など…。…?」
「でも昼間はガロアに…」
結局何事もなく終わってしまったが、もしもガロアに生殖相手と認められたとしたならばそれは別に悪い気はしない。
気持ち悪くもない。
(いや、むしろ…それに…ガロアになら綺麗だって言われるのは……)
「…?氷とってこよ」
何かよく分からないことを考え出したので一旦思考をやめて氷を持ってくる。
「……」
カランと音を立ててまたグラスが空になる。
一升あった瓶が半分もなくなってしまっていた。アルコール度数などを鑑みても明らかに飲みすぎである。
「しかし…女みたいな顔だなぁ。寝ている間に化粧とかしたら怒るかな…」
やはりDNAまで同じだから仕方がないのか、霞が十数年前に考えたことと同じようなことを考え始める。
「…母親に似たのか?お前は…育ての親のことばかりで…全然そっちのことは…」
「気にならないのか?本当の両親のことが」
もちろん全く気にならないわけではない。
だがガロアは本当の両親のことを調べて大好きな父の罪を見てしまうのを怖がっているのだった。
本人は自覚していない。ただ、「自分を産んだだけの奴に興味なんかない」と自分に言い聞かせているのみである。
「私は…気になるよ。お前がどこから来て…どこへ行くのか…」
出会った時が14才ならば、14年分の歴史が、人格形成の道があったはずだ。
これだけ一緒にいた相手の過去を知りたいと思うのは間違ったことではないはずだ。
「はっ…思えば…私ほど単純な人間もいまい。戦闘用に作られて何も出来ぬまま捨てられたクローン。それだけだ。親もいない」
「親…親か。親になるっていうことは…やっぱりそういう相手がいて…」
そのとき、セレンの脳内に時々浮かんでいた疑問が再浮上する。
「私に手を出さなかったんじゃなくて…手の出し方を知らないのか!?やっぱり…」
10歳の時に親を亡くして一人で生きてきたのならば性教育をしてくれる大人がいなかったはずだ。
生きるために大事な知識ではないが、人間社会で生きていくのには大事な知識である。
「な、ななな、ならば…大人で師匠のわわわ私が最初から教える…べき…か?」
何故か緊張し酒で赤くなった顔がもっと赤くなるが、どうやって切り出せばよいのだろう。
まさか「そこに座れ!これから性の授業を始める」なんてやるわけにもいかない。
そもそも座学に関してはガロアに教えることはほとんどなかったのだ。今更どうやって「授業」なんてやるのか。
「う、お、おおお…必要なことだ…だがどうすればいいかわからん…うぬぬ…」
ぶつぶつと頭を抱えて悩みながらまた酒を胃袋に注いでいく。
「う、う…ガロアも大人になっているんだ…。ちゃんと知識もあるかもしれん…。今日だってしっかり主張を…」
『命を賭して敵を蹴散らす』
(敵?)
言葉にして出した主張の中に混じっていた一つの違和感を感じる言葉。
(お前の今の敵って誰なんだ?ガロア…)
不倶戴天の敵であったアナトリアの傭兵を打ち負かした今、ガロアにとっての敵とは何なのだろうか。
独立傭兵という建前上、どの企業も敵になりうるがそういうことでは無いだろう。
最強のリンクスを倒し、各企業の主力AFも難なく叩き壊したガロアが「敵」と呼ぶ者はなんなのだろうか。
(分からん…)
(こうなったら…)
(飲もう。そうしよう)
結局独り言とグラスを口に運ぶ作業を繰り返しているうちに外は白み始め、気が付けばセレンは眠っていた。
そしてセレンが眠りに落ちてから二時間後。
「……ん…!!?」
目を開けると目の前3cmの距離にセレンの艶やかな唇があり、一発で最高に目が覚めた。
だがそれ以上にガロアから眠気を引っぺがすものが部屋に充満していた。
「…!?ゔあぁ!!臭ぇ!!」
文字通り、目と鼻の先にあるセレンの唇からは純然たる酒の臭いが濃厚に漂い、部屋もこれ以上無いくらいに酒臭い。
しかもよく見ればセレンは、自分の部屋で寝ているのはまぁいいとして何もかけずに酒瓶を抱いて寝ている。
「何やってんだこの人!?何やってんだこの人!?」
「ゔ~…頭痛い…」
大騒ぎしながら換気の為に窓を開けるとセレンがぼやきながら目を覚ました。
「おい、大丈夫…」
「ガ、ガロア…」
「ん?」
「お、おしべは…めしべに花粉を飛ばして繁殖するんだ…」
脈略無く意味の分からない事を勝手に言って布団に倒れこむセレン。
(本当にやべえ…ダメだこの人…俺がいないと…)
ぶっ倒れたセレンの顔は二日酔いの一言で済ますにはちょっと見逃せないくらい赤く、おでこに手を当てると案の定熱があった。
訳の分からない事を言い出したのは酒じゃなくて熱のせいだったのか、と顔をサーッと青くする。意識が混濁するほどの熱はちょっとじゃすまない程マズいのではないか。
「ああもうこの馬鹿!!」
「師にむかって…バカとか言うな…」
「大馬鹿だろ!!」
悪口にはしっかり反応するセレンの軽い身体を抱えて布団の中に入れる。
抱えたままセレンの部屋まで行ってもいいが、物の多いあの部屋で何かに躓いてセレンをブン投げてしまったら目も当てられない。
「……」
布団に入れて三秒で眠りに落ちており、騒いでいた自分一人が間抜けに思える。
「あ」
とりあえず窓は閉めておくか、と思った瞬間、
「ん~…?」
首の後ろに両腕を回され、
「わぷっ」
思い切り抱きしめられて鼻が胸の谷間に不時着した。
「…………」
酒と汗の臭いに混じって凄くいい匂いがする。いや、この汗の匂いも嫌いじゃない……というか好きだ。ずっと嗅いでいたいかもしれない。
それに柔らかくて温かくて心地がいい。このまままた一緒の布団で寝てしまおうかな、とそんな考えが頭に浮かぶ。
「……!!うぬっ」
寝ぼけて自分の頭を抱く腕を剥がして布団の中にしまう。
「…?……??…なんなんだ………セレン…しっかり寝ろよ」
目覚めから五分で色々な刺激を受けた頭をぶんぶんと振って部屋からそっと出ていくガロア。
色々考えてパンクしてしまった結果おしべとめしべの話なんかしてしまったセレンだが、心配せずとも少しずつではあるがちゃんと知識を付けていっている。思春期なのだから。
そして同時に人としての良識…例えばここでセレンを襲う様な真似は恩を仇で返すようなものだ、とか考える頭も身に着けていっていることが、セレンのもどかしい悩みの種にもなっている。
身体は大きくなってもガロアはまだまだ人として成長の途中である。
セレンの必死の説得はガロア君の中の何かを変えたようですが、それはセレンの望んだ変化では無かったようです。無念。
何故セレンはガロアにそういう目で見られても嫌だと感じないのでしょうか。
好きだから!主人公だから!ずっと一緒にいたから!
とかではないですよ。ちゃんと理由があります。
ガロア君は人が戦う理由が分かったようです。
でもそれをペラペラしゃべっても物語にならないので、彼に戦って傷つきながら証明してもらいましょう。
ところでガロア君が読んでいた本が何か、分かりますか?