Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
カラード管轄街から外へと向かう道にある、廃病院の前でガロアは座ったまま案内人を待っていた。
一応リンクスには一定の自由が保障され、コロニーの外に出るにしても何の制約も無いが、それでも誰がいつ外に出たかなどの記録は残る。
それを改ざんするためにも案内人と共に外に出ろとの事だった。
(つまりそれだけ組織力のある相手という事か?…いや、どちらかというと組織の大きさよりも企業とグルじゃないときついんじゃないか)
待ち合わせに美人が来てデートに行くというのならまだしも、テロリストのお仲間が来てその中枢へ連れていかれるのだ。緊張しない筈がない。
(心で見る…ねぇ)
先日本で読んだそんな一文が思い出される。
普通の大人ならば一笑に付すような文だがガロアには思うところがあった。
(そういえば…昔はやっていたな。10歳の頃…俺は…あの時見てもいない物を見ていた。確かに見ていたし当然の事だと思っていた。そういうことか?)
300年も前の児童文学書に対してここまで真剣に考える十八歳はいないだろう。それもコウノトリを信じているようなピュアな少年では無く、金で人を殺す傭兵なのだ。笑えて来る。
(とはいえ…あの感覚は…俺の中にあったはずだ。街の中じゃ…人が多すぎて忘れていたけど…思い出せ…)
目を閉じて辺りの気配を探る。だが、襲撃があった時に危険な区域ということもあり、ほとんど人がいないため気配もクソもない。
(……!誰か来る!人が…)
(これは…車!!)
(…車?…音で聞いた方が早いじゃないか…もう…バカか…)
すっと目を開けると、いかにも若者が好きそうな赤いスポーツカーが目の前で止まった。自分がミーハーな女性だったらこの時点でほいほいついて行ってしまうのだろうか。
「初めまして、こんにちは」
「誰だいあんた。どっかで会ったことあったっけか」
栗色の茶髪をツーブロックで今風に仕上げてサングラスをした自分と同い年くらいの顔立ちのいい男が出てきた。
傭兵業で稼いだ金を好きなように使ったらこうなるのだろうか。
「猿芝居はいりません。ハリです。ランクも年齢もキャリアもあなたより上なので覚えておいてもらいたいですね」
「……ふーん」
金もあり、いい男でランクも高いとなれば現状に何の不満もないだろうにどうしてテロリストなんかやっているのだろう。
サングラスを外すことも握手を交わすことも無く、乗れ、とジェスチャーされて素直に乗り込む。
高級車独特のシートに沈み込むような座り心地が素晴らしかった。
「…さて、今から目隠しと手錠をしてもらいます。理由はお分かりですね?」
「……まぁいいけど。いきなりズドンしてポイとかやめてくれよ」
多少のリスクは覚悟していたが、管轄街から出て10分でいきなり拘束と来た。
視界を布か何かで制限されて手錠で車にくくり付けられる。
(…1分…いや、30秒で解けるかなこのくらいなら)
手に触れた感触で分かるがこの手錠は電子管理されるような高級品でもなければディンプルキーを使う様な複雑な物でもない。
いざという時は手に握ったヘアピンで逃げられる…と思う。
セレンにこんな技術まで教えられたときは必要性が分からなかったが、例えば誘拐されたときなんかに自力で脱出するために必要な技術だったのだ。
「……」
(話しかけてこないな。…まぁ馴れ馴れしくされるよりいいか)
運転に集中しているという感じではない。というよりも運転に集中が必要なペーパードライバーだったらこんな車には乗らないだろう。
(警戒心…じゃないな。この息遣い…敵意?)
(まぁ…当然か。少なくとも仲間を一人ぶっ殺しているしな…ん?あれは自殺だったような…)
(しかし…思い出してきたぞ。あの感覚…。隣に一人、十代の男がいる!…なんて。………くぁ…暇だ)
(…………)
(………)
(……)
コロニーの外で十代の少年が手錠で拘束されてもう一人の十代の少年の隣で押し黙っている、
というのは何も知らない人が見たら珍奇な…いや、直接的に言えばゲイのプレイの一環と思われてもおかしくない光景だった。
「着きました」
「…もう?」
「目隠しは外します。手錠はそのままで」
「……ふーん…」
いつの間にか砂漠に埋もれたビルの前にいた。スピードメーターを見れば時速600km/hまで出るようなので相当遠くまで来ているのかもしれない。
「どうぞ」
「……」
入り口は砂で埋もれているらしく、二階の窓から入り、ハリと名乗った男について行く。
「……」
「……」
両開きの大きな扉を開けると真っ暗だった。ただでさえ廊下も薄暗かったのにこれでは中は何も見えない。
入れ、と顎で示されて入るとハリは自分の後ろに立ち腕をそっと押えてきた。
(別に暴れやしねぇよ…それにしても…これで俺だけが丸見えってことか…)
薄暗くも、多少明かりがあった廊下からの光に照らされて自分の一挙一投足は見られているのだろう。
(……カマかけてみるか…。この息遣い…気配の数…思い出せ…)
靴で床を叩き響き方を感じ取る。この警戒心を交えて観察されている感覚は不思議とあの森と近かった。
今なら分かる。もし外れてもその時はその時だ。
「…九人?このハリって奴もリンクスなんだよな?お前ら全員リンクスか?十人もリンクスがいる組織なのか」
「「「「「!!!」」」」」
(大当たりか)
空気が騒めくがそれ以上に、自分の腕を押えているハリに震えと若干の発汗が認められた。
恐らくはこの腕で脈を計って嘘を見抜くつもりだったのだろうが、別にここに嘘を吐きに来たわけでは無い。
「旅団長のマクシミリアン・テルミドールだ。まだ握手は出来ないな」
深い影の向こうから現れたのは白い髪に黒い目がよく映える歴戦の戦士といった風貌の男だった。
歴戦というにはまだ若いような気もするが団長と言うからには感じた第一印象は間違っていないのだろう。
「…?俺、あんたとどこかで会ったか?」
不思議とその視線、聞こえる鼓動に覚えがあるが、会った記憶はない。
カマをもっとかけてやろうと思ったことも忘れて素直に質問してしまう。
「っ!?気のせいではないか」
(会った事あるのか?…あるんだな?…どこだ…)
あからさまに異な反応をしたのを見逃さなかった。
光の下に出てきてくれたのはありがたい。
だが一体どこで会ったというのだろう?
「…さて、話をしようと持ち掛けたのは君だ。何を話そうと?」
「うん…まず、あの空の危なっかしいのがあんたらの本当の目的だな?」
「…アサルト・セルが我々の目的だといつ気が付いた」
「へぇー…アサルト・セルって言うのか。あの自律兵器は」
「……?」
「俺が言っていた『空の危なっかしい奴』ってのはクレイドルの事だ。あんなもんがいつ落ちてくるかなんて思えば危なっかしい事この上無いだろ」
「!!」
「まぁいいや。話を続ける」
見事に墓穴を掘ってくれた旅団長とやらに親しみを覚える。強さがどれだけのものかはわからないが、この男は御しやすい。
「……」
「つまりそのアサルト・セルとやらが地球を覆っていて人類は宇宙に出れないまま、クレイドル体制のせいで汚染死する。それを回避するのが目的だな?」
「その通りだ。企業の罪であるアサルト・セル、それを隠蔽するために行われた国家解体戦争。その禊を人類の為にも実行するのが我々だ」
「へぇ…」
最早隠す意味も無し。ここで死ぬか仲間になるか、としか考えていないのだろう。
まぁこんなテロ組織なら当然だが、やはりこいつらも抱え込んで終わりだ。人類の為にだがなんだが知らんが人がそんな事であっさり死ねるものか。
そうするしか無い、と思い込んでいるのだろう。
そんな暗い目的ただ一つの為に人が完全にまとまりきれるだろうか。ましてやそれぞれが力あるリンクスならば。
「…………」
「聞いてくれ。多分この世界で一番アナトリアの傭兵の事を考えていたのは俺だ。まるで恋をしているみたいに。理由は分かっているんだろ、どうせ」
「復讐か」
「そうだ。褒められたことじゃないけどな。とにかく誰よりも奴の事を考えていた。この四年間」
「……」
「すると企業の行動にちょっとおかしな部分が見えてくる」
「それは?」
「ラインアークなんか放っておけばいいだろう?クレイドル体制に批判と言ったって基本的に1万メートルも下の地べたで吠えている連中がなんだってんだ」
「……」
「クレイドルに直接攻撃をしてくる訳でもない。いや、むしろされれば叩き潰す口実になるってのはどっちも分かっていた事だろう」
「つまり?」
「ホワイトグリントにさえ気を付ければラインアークは企業がそこまで目の敵にするようなもんじゃない。しかもそこそこの商売の相手でもあるんだ。むしろ放っておいた方が利益になる。つまり」
「潰したい理由があった…?」
「俺はそう考える。ホワイトグリントを撃破した後に俺に来た依頼でラインアーク関係の物は『メガリス破壊』とか『ラインアーク支援団体襲撃』とか…」
「嫌がらせだな」
「そうだ。直接ラインアークを叩けという依頼は全く無かった。そんなに嫌いなら、クレイドル体制に批判的な奴らなんて潰しちまえばいいだろう?俺なら出来るし理由もあった。皆殺しにしろと言われればした」
「……」
「抵抗する力も無い人々を虐殺したら民衆は批判するかもしれんが、情報統制をして一年もすれば忘れるさ。所詮自分が攻撃されるわけじゃないからな。それが人間だろう?」
「ラインアークを直接攻撃できない理由が…」
「ある。エグザウィルを襲撃したのがアナトリアの傭兵なのは知っているだろう。多分、この中にもレイレナードの残党は紛れているはずだ」
「……」
「調べていけばエグザウィルを破壊した直後からだ。オーメルグループからのアナトリアへの執拗な攻撃が始まったのは」
「……?」
「ジョシュア・オブライエンのアナトリア襲撃もオーメルが裏にいたというのは有名な話だろう。そしてその行動を他の企業も消極的に黙認している」
「……」
「現在エグザウィル跡地はオーメルグループが管理している。似たような建築物を再建する…と言いながらもただ管理しているだけで何もしていない」
「…何が言いたい?」
「金がかかるのにずっと管理する理由はあるのか?水の上の建築物にとらわれ過ぎている、俺たちは。恐らくはあの湖の下に、何か重大な情報がある」
「…!」
「恐らくは消し去りたい部類の情報だろうな。技術の情報ならば、レイレナードから流れた研究者から得たはずだ」
「……」
「そしてその情報は厳重に…例え核ミサイルが100万発降り注いでも開かないような場所にあるんだろう。そこを開く鍵を…」
「ラインアークが握っていると?」
「そうだ。アナトリアの傭兵はエグザウィルを襲撃したときに鍵を見つけたんだろう。恐らく今はフィオナ・イェルネフェルトが持っている」
「だから嫌がらせを…」
「そうだ。今ちくちくと企業から嫌がらせを受けながらも踏ん張って交渉しているんだろう。その鍵の値段を…恐らくは住民全ての命の保障と引き換えにな」
「そうか…直接攻撃して鍵がミッシングになったら困るのは…」
「他でもない企業だからだ。だが一つ、この仮定には問題が残っている」
「なんだ?」
「ホワイトグリントがいればエグザウィル跡地を奪う事も出来たはずだ。そうして鍵を使って情報を手に入れればよかった。例えば…あんたらの言うアサルト・セルの詳細な情報ならば」
「クレイドル体制へのこれ以上ないジョーカーになる…、か」
「そうだ。それをしなかったし、企業もその可能性を知りながら放っておいた理由があるに違いない」
「それは?」
「レイレナードの重要人物の生体情報が必要なのだと考える。声紋、指紋、虹彩、網膜、静脈。鍵を持っていてもその全てが重要人物に該当する人物でなければ開かないのだろう。
そして恐らくはレイレナードの重要人物…幹部なんかは全部企業が管理しているはずだ。後はレイレナードの主要リンクス…ベルリオーズやアンジェくらいしか…どちらも死んでるがな」
「…!!」
「つまりまず最初に企業からレイレナードの重要人物を誘拐するのが」
『その必要は無いだろう?マクシミリアン・テルミドール』
言葉を手に入れてから間違いなく一番口を動かしている、と思いながら言葉を続けているとガロアの胸元から女性の声が響いた。
「「「「「!!!」」」」」
「てめっ、この野郎!!ふざけんなよウィン・D・ファンション!!」
周囲から一斉に銃を向けられ、背中からもハリが銃を突き付けているのを感じながら冷や汗を流す。
『養成所でも一番の頭脳の持ち主だったと聞いていたが…なるほど。よく頭が回ることだ』
「今のこの状況は頭が悪すぎる!!」
「…どういうことか説明してもらおうか、ガロア・A・ヴェデット」
テルミドールが額のど真ん中に銃を突き付けながら迫ってくる。
「どうもこうも」
『お前がいれば重要人物など必要は無いだろう?ベルリオーズのクローンのお前ならば』
「は?」
「!!貴様…ウィン・D・ファンション…何故それを…」
『お前が知らないことも知っているぞ。お前は今、自分がどれだけ奇妙な運命に弄ばれているか分かっていないだろうがな。目の前のガロア・A・ヴェデットが自分にとってどういう存在か分かるまい?』
「……なにを…?やはり貴様が一番警戒すべき敵だったか」
『いや、むしろその逆だ。話次第では協力しよう』
(なんかすごい蚊帳の外にされているけど怖いから黙っておこ…)
手錠をされていては手をあげることも出来ず、複数の銃口を向けられてガロアはだんだん投げやりな気分になってきた。
せっかく言葉を手に入れたのだからすぐに暴力では無く、口を動かしてどうにかできるならしていこうと思ったが、どう考えたってこうなるなら普通に戦った方がまだ安全だった。
「何?」
『私は人々の命を………。いや。その場に飛び込んだガロア・A・ヴェデットのクソ度胸に敬意を表して…格好つけるのをやめよう。クレイドルに、家族がいる』
「……」
(わざわざ降りてきたのか?何を考えているんだ…)
『家族を守りたい。だが、このままいけばいずれ全員死ぬ運命だ。少しでも助かる可能性があるのならば協力しよう』
「…もし、結局我々が最初の予定通りに行動したら?」
『その時は私が全身全霊を以て貴様らの敵となる』
「ふん。だがインテリオルに長くいたお前が今更敵対できるのか?」
『リンクスは…企業の都合のいい捨てゴマでは無い』
「…?」
『人だ。それを忘れた企業がしっぺ返しを食らう日は、いつか来る』
「面白い…」
「いいな。ウィン・D・ファンション。あんたの事嫌いだったけどちょっと好きになってきたぞ」
皮肉の籠った声を出すガロア。帰ったら二、三発ぶん殴ってやりたいとも思っていた。
ガロアには女だから加減するという考えは一切なかった。
なにしろ人生で一番関わった女性は強さの塊だったし、このウィン・D・ファンションですらも暴力万歳の脳筋女なのだから。
『嬉しくない。他を当たれ』
「はっ。言うじゃねえか。…テルミドール…でいいのか?あんたは」
「なんだ」
「ラインアークに俺が行く。ホワイトグリントをぶっ倒したのは他でもねぇ俺だ。俺が交渉して鍵を貰う」
「ここ一か月あまり…ラインアークの生活を考えるに…お前は死ぬほど恨まれているぞ」
『死ぬつもりか?』
「大丈夫だ。恨みじゃ人は死なないって死ぬほど知っているからよ」
「……」
『……』
「ラインアークに連絡を取ってその鍵とやらの存在の裏をとってくれないか。その後ラインアークに行く日にちが決まったなら教えてくれ」
「待て。交渉と言ったが何をこちらは渡す?」
「まぁ…俺が勝ったんだからつべこべ言わずに全部寄越せ!!って…」
『ふざけるな』
「…言ってもいいんだけど。奴らが今何よりも欲しがっているのは住民の命の保障なんかじゃない」
「………」
「企業とも渡り合える戦力のはずだ。この団体まるごとラインアークに移っちまえばいいだろ」
「なっ……」
「どうせ企業と敵対する気ならこんなカビ臭ぇビルに引っ込んでいる理由なんかねえだろ。世界をクソに放り込んだクソ企業に陰から文句言ってんなよ!!」
テルミドールと額を突き合わせて発破をかける。この男が本当のリーダーだったかどうかも怪しかったが、ウィンの反応を見るにリーダーで間違いないのだろう。
大体世界を敵に回すと言いながら、こんなところでこそこそしている時点でもうやられ役臭いのだ。企業が間違っているというのならば、堂々と主張すべきだ。
「いいだろう…」
「テルミドール!!」
ハリが拳銃を突きつけるのも忘れて叫ぶ。いつの間にかもう誰もガロアに銃口を向けていなかった。
「また近いうちに連絡させてもらおう。どちらにせよ、もうお前に企業の下での居場所は無いと思え。準備をしておくんだな」
「…ああ」
「ハリ。送り返してやれ」
「…分かりました」
(ふぅ…なんとかなったか…もうこんな緊張はごめんだ)
結局交渉は思った以上に上手くいった。
ますます自分だけではどうしようもならない状況に転がっていってしまったがもうこうなったら後は野となれ山となれだ。
だが、ほっと息をつくガロアの後ろでハリがギリギリと歯を食いしばっている事には誰も気が付かなかった。
会話多すぎて笑う
アナトリアの傭兵は大変な物を盗んでいきました
これからガロア君はラインアークに乗りこむことになります。
どうなるかは…続きをお楽しみに。
RAVENWOODに投稿していた方は全部消滅していました。
新天地がどうやら出来るみたいで、そこがどうなるかは今は静かに見ています。
どうなるか決まったらそっちにも投稿するかどうかを考えます。
でももうここだけでいいんじゃないかな……
それにしてもガロア君はよく頭が回りますね