Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「鍵」の存在は確かに確認された。
そしてその取引…企業との交渉の要である鍵の譲渡との引き換えにガロア・A・ヴェデット含むORCA旅団のラインアークへの移籍の交渉は、
ホワイトグリントを倒したガロアがすることになった。
企業やORCAが仲介することなく、ラインアークを窮地に追いやったガロア本人が交渉すると言う子供でも分かりやすい物だった。
ホワイトグリントを持たないラインアークは最早その交渉の要求を拒むことは出来なかった。
交渉の場に立つための要求の一つとして、互いに武装解除する事があった。ネクストの持ち込みは勿論、交渉の場に爆竹の一つでも持ち込むことは許されない。
ORCA旅団長マクシミリアン・テルミドールとラインアークからの恨みを一身に負うガロア・A・ヴェデットを乗せてヘリは飛ぶ。
工事現場のような場所でヘリから降りたガロアを迎えたのは無数の敵意だった。そういえば交渉の場の人数制限はしていない。
交渉人と思われる男がこちらに歩いてくる後ろで恐らくは兵だと思われる人間たち、全てがガロアに憎しみの籠った視線を向けていた。
(俺の行動の…結果か…)
歩いてくる男は一見してそれなりの地位にあると分かる様な格好で、堂々と歩いてきているようにも見えるが後ろにこれだけぞろぞろ味方を引きつれていては虚勢にしか見えない。
「首長のブロック・セラノです」
差し出された右手を見るが、その手には敬意などは微塵も存在していない。
丁寧な言葉で包まれているが声にも敵意が溢れかえっている。
「ガロア・アルメニア・ヴェデットだ」
ピリッ、とその声が届く範囲にいた者の雰囲気が変わったのを感じる。
(信じられるか)
首長と名乗った男に右手を差し出し、その手が触れた瞬間
「!!」
左手を首長の懐に突っ込むと出てきたのはライターだった。
だがその奇妙な装飾のついたライターを空に向けて火を付けると弾丸が発射される。
護身用に作られた仕込み銃に違いなかった。
「おっと…いかんなぁ首長。交渉の条件忘れたのか?」
隙あらば自分を殺そうとしていたのか、あるいは首長ともなれば当然なのかもしれないが、自衛の為か。
だがどちらにせよ正真正銘非武装で来た自分とテルミドールに対してラインアークの答はこれ。
もっとも……自分は人を殺すのに……
武器などいらないが。
「失礼な!何をして」
「黙れ。大物ぶるな、さえずるな。そんなもん、ラップよりも防御力ねえんだ…!」
盾にするように首長を自分の前に持ってきて周囲に見える様に口に銃口を突っ込む。
周囲の敵意が膨れ上がり明らかに殺意さえ抱いている者さえいる。
「首長だか社長だか知らんが…俺が全力で殴ればまぁ死ぬぞ。普通は立場がアレだから出会わんのだろうが、もう目の前に立っちまった」
「は…、はが…」
「意味ないだろ。法律も倫理も。……立場も。庇護が消えたら我が身のみだ。消えた。負けたからな」
「貴様、何をしているのか分かっているのか!?」
テルミドールは金切り声をあげるが既に後の祭りだ。
一度転がってしまったものを止めるのはただ留め続けるよりはるかに難しく、そして元に戻すのは不可能に近い。
「お前は」
「…!…!」
カチャカチャと首長の口の中でライターを歯に当ててイライラしながらテルミドールに言葉をぶつけていく。
「なんなんだよ………仮にも戦士なら勝者と敗者の間に割って入る真似は恥じろ。負けてもいない相手に貪られる屈辱を与えるつもりか?」
「何を言っているんだ貴様」
「いたよ昔。勝手に俺の森に入ってきて、どうしようもなく腹が減ったからって俺が仕留めた獲物を持っていった奴。それとは全然関係なく死んだけどな、そいつ。弱かったからな」
「…!!」
「お前はその土俵に入っていないだろ。消え失せろ」
「く…、う」
テルミドールはガロアが何を言っているのか半分も理解できていなかった。
ただ、その『土俵に入っていない』という言葉だけが刺さった。自分の強さを疑ったことは無い。
だがあの時、あの勝負だけは、まともにやっていないということは今、自分が普通に生きていることが証明になってしまっている。
それでも薄汚れた策士でなく、戦士でありたいなら……テルミドールは沈黙するしか無かった。
交渉は開始1秒で決裂した。
それが分かった者から順々に懐から銃や武器を抜いてくる。
「まぁ、普通探らねーもんな。懐なんて。ああは言っても」
ガロアに向けられる銃はそのままほとんど自分にも向けられていることに気が付いている首長はガタガタ震えながらガロアの目を見てくる。
全てガロアの言う通りだった。普通は相手の懐を探らない。これから受け入れてもらおうとしているのにそうするのは『あなたを信用していないのです』と言っているようなものだ。
気の短い国家だったら即開戦である。『武器を持つな』というのは『信用しろ』という意味だったのにラインアークはそれを逆手に取った。…いや、取ろうとした。
最初からどっちも信用していないのだ。
「あるいは…企業ほどデカくないから下に見たか?分かってんのか?現実が。お前らを照らす太陽は………俺に食われたってことが」
首長の口に銃を突っ込み人の輪の中へ歩いて行きながら大きく息を吸い込む。
オーバードブーストを起動するような空気の音がガロアの喉から漏れた。
「聞こえてねえ奴がいるみてえだからもう一度言ってやる!!俺が!!このガロア・アルメニア・ヴェデットが!!真っ黒なネクストに乗って!!ホワイトグリントをぶっ壊して!!お前らを追い込んだ!!怖いか!!悔しいか!!恨め!!憎しめ!!怒れ!!本当に俺を殺したいくらい恨んでいるのなら!!俺がやったように殺してみせろ!!!」
腹がビリビリと震えた。首長の耳がつぶれる程の大声で叫び、この場所の隅々まで声を響き渡らせる。
今一つ何が何だか理解できていなかった者達もようやく自分がどういう人物で何をしに来たか分かったらしい。
魂が凡そ耐えきれないのではと思う程の質量を持った憎しみの視線がガロアに刺さる。
「…実に……」
そんな血液が沸騰しそうなほどの憎悪を目を閉じながら感じ、丸飲みして味わうようにしていたガロアだが、感情に異物が混じっていることに気が付き、
半ば首長を引き摺る様にして歩き一人だけ違う感情を見せる男の前に立つ。
まだ年は20歳になったばかりくらいだろうか。あどけなさが残る白く滑らかな肌をした顔には緑色の目が静かな感情を奏でて浮かび、黒に近い茶髪がより落ち着きを見せている。
こんな状況の中でも落ち着いて煙草を吸っているというのも異常だが、なによりも荷箱の上に座るその大人しそうな男が纏う静謐な空気には覚えがあった。
レッドラムのリンクスに仇だと言われた時の自分と同じ空気、同じ表情であった。
「俺は戦いの中で生まれた。大体それで終わりだ。あとは生きようとしたら戦っていた。戦って、戦ううちに、戦っている俺が俺なのか、平々凡々としている俺が俺なのか分からなくなっちまったっ…!」
首長の耳元で早口のように呟いたガロアは次の言葉を大きく、ゆっくりと口にした。
「なぁ、アナトリアの傭兵。……嫌われているな、流石に…死神に」
「「なっ!!?」」
テルミドールと首長は同時に驚き声をあげる。ガロアの言葉を聞いていた周囲の者も同様に信じられないといった目で自分とその男を見る。
まずばれるはずがない、と首長は思っていた。
アナトリアの傭兵…マグナスは極端にメディアへの露出を嫌い、アナトリアの傭兵の声ですら知る人物は少なく、
ラインアーク全体でもマグナス・バッティ・カーチスがどのような人物かを知る者は軍関係者を入れても50人程度であり、
民間人はまずどのような見た目をしているかも知らないからだ。
テルミドールも周りの人物も驚くのには理由があった。国家解体戦争以前からレイヴンとして活躍していたことを考えればアナトリアの傭兵はどう考えても40歳を超えているはずなのに、
まだ20そこそこに見えるこの男がマグナスと呼ばれ、呼ばれた方も否定していないことに驚いていたのだ。
今はもう前線で活躍しているのはマグナス一人だろうし、これから作られることもないだろう。
ノーマルACをさらに上手く強力に扱う為に改造された強化人間と呼ばれる物の生き残りだった。
強化人間に老いは無い。
20歳前後の容姿で成長、または老化が止まってしまい、戦闘に最も適応した年齢の期間が長くなる。その代わり老後は存在しない。
しっかりと医療機関で定期健診を受けていれば普通に100歳以上まで生きられるこの時代で、個人差はあるが50手前から60前後で老衰も無く、つい昨日まで戦っていた者でもぱったりと死ぬ。それが強化人間だ。
男の周りにいた人物が一斉に拳銃を抜きガロアに向けるのを、その男はそっと手をあげてやめさせた。
「強化人間か、貴様…哀れな旧世代の遺物が」
首長をバスケットボールのように遠くに放り投げて言葉を吐きだし銃を構える。
「……」
「いつっ、いつまでもっ、この世にしがみ付きやがって、俺がっ引導を渡して、やる」
マグナスは何も言わずにただガロアを静かに見つめている。
なんだその目は、なんだその目は、と怒りとどす黒い感情がガロアの中にぶくぶくと湧いてくる。
「俺がなぜ、きさま、の前まで、力をつけ…て、来たか…わかるか」
ピキピキ、と何かにひびが入る様な音がガロアの頭に響いていた。
「貴様の守る全てを」
ガロアの中に棲みついた純粋な暴力の塊の怪物、あるいは神が声をかけてくる。
(皆殺しにするためだ)
その言葉は口から出なかった。
代わりに幼い姿のガロアが心の内で、かつて誓った姿そのままで呟いていた。
「お前だけが、お前だけが、お前だけが!!」
見渡す限りの人間全てが敵。自分はただ一人。どうしてなのだろう。
この男こそが世界をメチャクチャにした原因だというのに。誰も分かっていないのだろうか。
「がっ!!、あっ、か!…ふっ、うっ」
ピキピキという音が鳴り止まなかった。
その場にいる全ての人間はガロアが変貌していくその姿から目が離せなかった。
そして、後に『今までの人生で一番怖かったことは?』と訊かれれば全員がこの瞬間をあげるだろう。
あの穏やかな顔をした茶髪の少年がホワイトグリントのリンクスなのだと知って、誰もがある意味で納得していた。
分かりやすい。あの白いネクストに、守護神に乗るのならばこういう優しげで静かな空気を纏った男だろうと。
だがあの暴力の権化のような黒いネクストのリンクスだと名乗った男は、ただでさえ危険を示すような赤い髪に感情の分からない灰色の目をした険しい顔つきの大男だったのに、
目があちこちに飛んでぴくぴくと震えながら肌がどんどんと赤く赤く染まり完全に化け物となった。
一目見ただけで彼我の戦力差を把握してしまい絶対に勝てないと分かる生き物の存在を、その場にいた人間は言葉も無く理解した。
この男はネクストなど無くても人を紙のように引き裂き殺すだけの力があるということを。
「おまっ、え、俺のなんじゅぶ、倍、ひところしって、こんなことしブッ、グッ」
加速した心臓が急速に体温を上昇させ、細かな動作が出来なくなり、呂律が回らなくなる。
口の端から泡となった唾液が正気とともに垂れて消えてゆく。
脳の設けたリミッターが壊れ、理性が霞んでいき本能だけが残る。
「……」
いつからか。ガロアは自分の最強を疑わなくなった。
カラードのランクも他人の評価も全く気にしておらず、ただ最強の自分が一人いた。
実際、己が肉体のみで挑みガロアに勝てる人間はこの世界に存在しない。完全に開花したのだ。
なのになぜ、ガロアは目の前のマグナスに手が出せないのか。
少しでも攻撃を…いや、マグナスが刃物に手をかけただけでもガロアの最後の理性は決壊し攻撃に移れる。
だが、マグナスはただ静かにガロアを見るのみ。
「強化、人間のくせに、たたかっうための、いきもののくせに」
何故だ。上り詰めたはずだ。この男の強さまで。そして凌駕したのだ。
打ちのめした!!勝利した!!叩っ斬った!!食らい尽くし君臨した!!
なのにどうしてこの男にだけ銃を抜いてくれる人間が?
自分が力に全てを捧げて、振りまわされてきたのに対し、この男は制御し手に入れているのか。
手に入れているのだ。何を語ることも出来なくなった犠牲者たちの上に。
「なにもっ、かも…じゃまだ」
さぁ、今すぐ周りの雑魚どもを消して、もう一度俺とお前だけで決着をつけよう。
抵抗しろ。泣き叫べ。刃物を使え。銃を使っても構わない。
素手でバラバラにしてやる。
「……」
マグナスはただ沈黙を続けている。
怪物から放たれる怒りと嫉妬の炎が南国にあるラインアークの気温を急激に上昇させる………幻覚。
幻覚だ。温度計は32度だった。海から吹く風のおかげでそう悪くはない、気持ちのいい汗をかける。
だがその場にいる全員が肌が焦げる程熱いと感じてしまっていたのならば、それは幻覚なのだろうか。
ガロアの中で渦巻く感情が、それぞれの現実をも侵食し始めていた。
「フィオナ!行くな」
ガロア・アルメニア・ヴェデットと名乗った少年がマグナスに銃を突きつけ恐ろしい怪物に変わっていくのを見て思わず駆け出しそうになったところをジョシュアが止める。
「ジョシュア…」
「来るべき物が来たんだ…ここであの少年を殺すのは容易い…だが…見ているんだ」
マグナスよりも年が下なのに明らかに年を食っていることが分かるその顔の皺を深めてジョシュアは呟く。
ここであの恨みの化け物の少年が殺されても、逆にあの少年がマグナスを殺してもそれが終わりの始まりになるとジョシュアはどこかで理解していた。
「ラインアークの、リンクス、戦争のっ、英雄、英雄!!」
「……」
「いいさ、好きなだけ守れば…王は何もかっ、もに平等な貴き暴力だ」
「……」
「俺には、もう…誰も」
(違う、ある)
意識を現実に引き戻すような激しい頭痛がした。
言いかけてガロアは今一度我が身を振り返る。
初めてその人にあった日から、いつの間にか中身に隙間が出来て入ってきた。
心に、生活に。最初は10パーセントくらいだったか。
だがそれでも多い。
自分の為に力を付けるつもりが、一日に十回頑張ろうと思ったらそのうち一回はセレンの期待に応えたいと思うようになっていたのだ。
今はどれくらいあの人が自分の心にいるのだろうか。
ずっと考えている気がする。ああ、こんな時でさえも。
細かな血管が弾けて鼻から血が吹き出た。
(殺して、何も無かったって思っただろ)
ここでこの男を殺せば…自分には分かる。
セレンは責めやしない。それでも、きっと悲しむのだろうと。
自分が傷つけばあの人も傷つき怒る。同じだ。この男の周りにいる者達と。
たった一人だけでもいてくれたのだ。自分の身を心から案じてくれる存在が。
「おっ、ぐっ、俺にだっで、守りたい人くらい、いる。い゙るんだ」
もう自分でも何が起きて何を言っているのか分からなかった。
ここに来て、この場面で、この男の前でガロアは泣いていたのだ。文字通り、顔を真っ赤にして。
鬼が哭いたという表現はまさにこの為にあった。
「……。フィオナ」
「……!!」
呼ばれて出てきた女性こそがアナトリアの傭兵のパートナー、フィオナ・イェルネフェルトなのだろう。
その手には一辺10cmほどの薄ぼんやりと光る直方体を持っており、恐らくはあれが鍵だ。
鍵と言うよりは情報の記録機、メモリーのようにも見える。となるとエグザウィルの下にあるのはあの直方体から情報を再生する機械なのだろう。
だがそれよりもガロアの頭を揺さぶる光景が目に飛び込み混乱を招く。
「こ、こどもがっ、いる、いるのっか」
その大きなお腹はあまり知識の無いガロアでも明らかに中に子供が入っているのだという事が分かった。
あろうことか、それを見た瞬間にガロアは思ったのだ。
アナトリアの傭兵が生きていてよかったと。親がいなくならなくて良かったと。
あのお腹の中の子に、18年前の自分を重ねてしまっていた。
もうこの時点で、ガロアの心に後に決定的となる崩壊の亀裂は入っていた。
「何、か月だ」
思わず体調はどうなんだ、栄養状態はどうなんだと聞きそうになり、その反面ラインアークを後がない状況に追い込んだのは自分なのだという事実がガロアを苦しめる。
親がどうだとして、守られる者がどうだとして。これから生まれてくるあの子供には一切の罪がないというのに。
自分がしてきたことの最後の一歩だ。後一押しでこの幸福は壊れる。この拳をあの女の腹に打ち込むことで全て終わりだ。全力を出す必要も無い。
「八か月だ」
淡々と答えるマグナスは最初に座った位置から動いておらず、引き金を引けば殺せる状況には変わりない。
この左手の人差し指にもう少し力を加えるだけで全てが終わる。
あのお腹の中の子の親を奪うのだ。いつか自分がそうされたように。
「うっ、ぐ?ふっ、おま、え…」
食べごろの大きさだ。
あの日のように、この女も引き裂いて赤子を引きずり出し目の前で食ってやればいい。
心の中で残酷さを喰らって大きく育った化物がそう声をかけてくる。
目が充血し映る景色全てが真っ赤になった。これだけ赤ければもう何を殺しても変わりない。
「……」
「このっ野郎、俺から…親を奪っておいて、親に、なるだと。そんなの、一体っどれだけの人間からお前が、家族を奪ったか分かってんのか」
もう死んでいるだけで。力がなかっただけで。
どれだけの人間がここに立ちお前を撃ちたいと思っているのか分かっているのか。考えたことはあるのか。
なんだその目は。なぜなにも言い訳をしないんだ。
口から出る音にならずとも責め立てる言葉は次々と頭に浮かんでくる。
「俺もっ、お前も…そんな幸福を受けられる存在か!!?ゴミみたいに死ぬんだ…!俺と一緒に!!その女も、そのっ、こど、もも…俺は」
アジェイが帰らなくなってからセレンと出会うまで、完全に人として道を踏み外していた四年間。
当たり前のように人を殺して奪い、生肉を食らい血を啜り、あらゆる生き物の心臓を止めてここまで来た。
腹を空かせた肉食獣のように喉を鳴らしながらフィオナを睨むと、それだけでフィオナは竦み…そしてマグナスはそのとき初めてピクリと動いた。
自分があと一歩でも前に出れば攻撃してくるだろう。周りにいた男たちもまた一斉に大小さまざまな銃を突きつけてくる。
(こいつら、こんなもんで俺を殺せると思ってやがる)
ぱたぱたと地面に垂れていく鼻血と唾液の音が一つずつ理性を消していく。
だが同じなのだ。
父はあれだけ強く、ネクストに乗り国を解体し弱い人々を殺すということをしながらも、赤子だった自分を守り育てた。
セレンも自分が傷つけられればその相手がなんであろうと激怒し攻撃するだろう。
自分だってそうだ。セレンを殺そうとするものがいるのならば、それが世界であろうとも許さない。クローンだからなんて知ったことではない。リンクスだからって関係ない。
自分はセレンを大切に思っている。それだけが自分にとっての現実で後はクソほどどうでもいい。
自分もこの男と、同じになってしまっている。
逃げられない。戻れない。人の世界に組みこまれてしまっている。
なんということだろう。せっかく最強になったのに、『人間』になってしまっている。
強くなんてなっていないじゃないか!!
なら、この手でセレンさえも消してしまえば、もう自分は空に輝く星のように何にも邪魔されないたった独りの最強になれる。
「……ぐうっ、ぶ、ぅ…」
そんなことが出来るはずがない。世界の何を壊してどこで誰が死んでも、セレンだけは。
ひとりぼっちになってからあんなに優しく、大事にされたのは初めてだったから。
だからこそ、セレンは今この世界で唯一、自分にとって大切な人なのだ。
「殺して殺して…俺はな゙んのた、めに、ここまで来たんだ?」
どうして、あれだけ完膚なきまでに倒したのに。
「……」
今でも頭の中に、……こいつと俺のどちらが強いんだ、という疑問が浮かぶのだろうか。
「決まっている、お前を殺すためだ」
いつの間にか下がっていた腕をもう一度持ち上げる。
だがその銃口を真っ直ぐとマグナスの額に向けることは出来なかった。銃をあげようとする左手を右手が必死に押さえつけている。
殺意と理性の拮抗だった。むしろ純粋な怒りに取りこまれているよりも身体に悪い。
速まるだけの鼓動ならまだしも、遅くなってまた速くなってと繰り返し、一秒ごとに心臓に強烈な負担がかかる。
頭の中でぷつぷつと小さな血管が切れてじわじわと何かが広がっていくような感覚がする。
「……」
「殺してやるっ、お前が生きているせいで…俺はずっと…」
大粒の涙が手に零れてマグナスを心配そうに見つめるフィオナの顔ごと視界が歪んでいく。
呼吸が安定せず浅く速く、鼻は液体で塞がってしまい口でみっともなく呼吸をしている。
「……」
「テメェを殺して…父さんを…お、あ、あぁ?」
いつか夢で見た、赤子の自分を拾って、叫んで走っていた父の姿が何故かこの男と重なる。
殺してどうするのだろう。もうこの世界のどこにもいない父に報告でもするというのか。
「……」
「う、お、お…お…あ、あ゙あ゙あぁあああぁあ゙あ゙ああああああああああああ!!!」
『関係ない。皆殺しだ』
『うるせぇ』
ちかちかと頭の中に響く声。
もうどちらが自分なのかも分からなかった。
ガロアの身体が今までで一番赤く染まり、心拍数は人生で最高値に到達した。次の瞬間に、周りの人間を全て殺していても不思議では無かった。
そして…金属のひしゃげる気味の悪い音が青空の下のラインアークに響き渡った。
「てめぇに…うっ…協力してやる…ぐっ…ラインアークに…ひぐっ…クソ野郎…」
銃を握り潰して血塗れの両手を見ながら呟く。
膝をついて泣きながら絞り出すように、思っている事と逆のことを言っていた。
ああ、いったい自分は何を言っているのだろう。八年間の苦しみをまだ背負うというのか。
「絶対に死なせない。お前も、その女も、その子供も」
自分の愛した父のあの姿を守るために。
矛盾だらけの頭と行動の中で、その心にだけは嘘偽りがなかった。
(俺たち人殺しの人生なんてもれなくクソまみれのはずだろう?)
その言葉はどうしてか、河原の焚火のそばで赤子の自分を抱えて笑う父の姿と共に浮かんできた。
(全然クソじゃない)
人を殺して生きていたはずの父が作ってくれたあの日々はクソなんかじゃなく、値段の付けられない宝だった。
自分にとって金も名誉も地位もまるで意味がない。
死ぬからだ。懐に腐るほど金を入れた小太りの男も、偉そうなバッヂを襟に沢山つけた禿親父も、チャンピオンベルトを腰に巻いた筋骨隆々の男も、自分の全力のキック一撃で。
昇天するのだ。金もバッヂもベルトもあの世まではついて行かない。
ガロアにとって強さとは、死をも恐れずに戦い勝利し、そして生き残ることだった。
故にガロアは強い者にのみ敬意を払い、それがこの世界から死んで消えたとしても心の片隅で覚えている。自分を動かす、絶対の自信の一つとして。あのバックですらも。
だが自分はずっと覚えている。あの日…自分に負けて自爆して消し飛んだあの男も、負けても無様に生きているこの男も。強い、と。
強いってなんだ。
この世界には俺の知らない強さがある。
結局この男は二言しか言葉を発していない。
俺は負けたのだろうか?少なくとも勝ってはいないだろうな。
もうセレンのところへ帰ろう。
何かを言って同情なんかされたくないが、普通に少しの話をして、美味しい物でも作って笑ってもらいたい。
自分は新しい宝を持っている。
「…持っていけ」
直方体がテルミドールの手に渡されるのをどこか遠くで見ながら鼻をすする。
まだ涙は止まらない。
「いいだろう。ORCA旅団はラインアークに協力する。だが二つ」
「……」
「ORCAとラインアークは基本的には別の勢力だ。あくまでも傘下では無い。そしてもう一つ」
「……」
「エグザウィルに一緒に来てもらうぞ、アナトリアの傭兵。貴様しか場所を知らんだろう」
「分かった」
「ふん…良かっだな゙…話が纏まって…俺は…帰る…」
掌は血塗れなので手の甲で鼻水と涙を拭い踵を返す。
なんでか無性にセレンに会いたかった。早く帰りたい。
美味しい物を作ってあげよう。冷蔵庫にいい感じのチーズと鶏肉があるんだ。
そのあとは一緒にケーキでも食べたい。あまり甘い物は好きじゃないんだが。
「待て」
「んだよぉお!!!もう!!!」
後ろから声をかけられ半ギレで振り返るとマグナスはタバコを吸いながらのほほんとした顔で立っていた。
いらっときた自分を誰も責められないだろう。
「食事をしていかないのか?ラインアークの海産物は絶品だ」
煙草の火を消して灰皿に押しこんで立ち上がるその姿は、まるで今から一緒に行こうとでも言っているようにも見える。
「バカなのか?お前は…」
ついさっきまで銃を突き付けていた相手に対してあまりにも気の抜けた一言。
バカなのか、と言いつつも一番のバカは自分のような気がして仕方がないままガロアはヘリに向かった。
また後日、連絡が来ることになった。
その時、自分はラインアークに移住するのだ。
この世で最も憎んだはずの男が守った場所を守るために。
何がどうなっているのか…もう自分でも分からなかった。
マグナス・バッティ・カーチス
身長 169cm 体重 80kg
出身 ???
国家解体戦争以前、最強と呼ばれたレイヴンであり強化人間。
自分がどこの生まれで何の為に生きているかなどまるで興味が無く、植え付けられた強烈な闘争本能の赴くままに戦っていた。
国家解体後も国側で戦っていたのは何かの信念の為では無くまだ見ぬ強敵と戦う為。恐らくは作中で一番純粋に戦いに好かれ戦いを好いた男。
アンジェの駆るオルレアと相打ち死にかけながら彷徨っていたところを、当時16歳のフィオナに助けられる。
何故かは分からないが、その時フィオナに完全メタメタドロドロに一目惚れされる。
しかしマグナスは助けられたことには感謝していたものの子供であるフィオナに全く興味が無く、繰り返されるアプローチを全て無碍にしていた。
だがフィオナの親であり、これまたマグナスを匿ってくれた恩人でもあるイェルネフェルト博士の死、コロニーアナトリアの危機にマグナスは力を貸すことに。
その時にフィオナに「戦わなくていい、戦ってほしくない」と毎日毎日言われ絶対に生きて帰ってくると誓ってネクストに「ルヴニール」と名付けた。
戦っていくうちに、自分をずっと案じて優しくしてくれるフィオナと、生まれて初めて誰かの為に戦っている自分に気が付く。
誰かに優しくされたことも生まれて初めてだったことに気が付き、即座にマグナスはフィオナにプロポーズをしていた。
「うるさい」「あっちにいけ」「お前に興味ない」「消えろ」「寝るから出て行け」
という言葉を合わせて1000回は言われたというのに、「俺と結婚してくれ」の一言でフィオナの全ては吹き飛んだ。
フィオナは一秒でOKしてすぐに寝室に向かった。
その後身体も精神もボロボロになるまで戦い続け、戦友のジョシュア、そしてフィオナとともにアナトリアを去った。
その際アナトリアは未知の兵器で完全に消滅している。
昔は死ぬことなど全く恐れてはいなかったが、今は愛するフィオナと生まれてくる子供の為に何があっても生きて帰るつもりである。
誰かを守り戦うということをしているうちに、味方と呼べる物ができていることにも気が付いたマグナスは、
本能で戦うのではなく理性で考え行動し戦うThinkerになった。
本来は粗暴で自分勝手な性格をしているが、今はそれを感情に流されて表に出さないように抑えている。
それが無表情かつ冷静沈着な彼の性格に繋がり、非常に誤解を生みやすい。
今では常に理性的な判断で物事に当たるが、理性と感情を混ぜない為に、冷たい人間、ずれた人間だと思われることも多々ある。
コロニーアナトリアにおけるジョシュアとの決戦の時には既に大分消耗し憔悴していたが、強化人間の特性のおかげですぐに元気になった。
そもそもの寿命は短いのに変わりはないが。
極悪生命力を支える為に三大欲求全てがブーストされており、常人の五倍は食事をとり、寝ようと思えば24時間寝続けられ、女を10人連続で相手出来る。
レイヴン時代は稼いだ金で食いまくり、女を買いまくっていたので世界一強いレイヴンだったのに一銭たりとも残っていなかった。
老化しないため、今でも性欲お化けのド変態であるが、フィオナが身重であることもあり残念ながら作中でそれが描写されることはないだろう。
改造された身体は非常に筋肉質で、見た目に反して異様な体重がある。
実はガロアが目の前で濃厚な殺気を出して『俺と死ぬまで殺し合おう』という雰囲気と共に挑発してきていたとき、彼も心底うずうずしていた。
10年前だったら喜んで殺し合っていただろう。
趣味
将棋
釣り
好きなもの
戦い
タバコ
マグナスはあらゆる面でガロアの反対…というよりもガロアより成長している人間です。
ちゃっかり生きていました。
ガロアは強くなったのでしょうか。
前までのガロアはこのフィオナの姿を見ただけで勝手に自壊していました。
今は自分にも大切な存在がいて、その人も自分を思ってくれていると気が付いていることがぎりぎりガロアを支えてくれています。
ガロアの感情に呼応して身体のリミッターは外れて主に心臓の動きを中心に強化されますが、もちろん無事では済みません。
心臓はそれだけボロボロになるし、記憶の混濁や理性の消失と共に幻覚が見えるなど…。
力には当然代償が伴うのです。
それ自体ガロアが望んだものではなかったのですが……。