Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

78 / 112
戦う道

「で?上手いこと行かなかったらどうするって?」

 

「そのままお前たちの敵に回るだけだ」

 

「……」

 

「ほぅ…わざわざ家に上がり込んでそんな言葉を使うとは相当に自信家か?」

机の上のティーカップを正しい姿勢で口に運ぶウィンにこめかみに怒りを浮かび上がらせながらメンチを切っているセレンを見て背中が冷える。

セレンもケンカ腰なのはどうかと思うが、ウィンもかなり横柄な態度なのではないか。

そもそもこの家のコンピューターに連絡を寄越すという事自体が何かおかしいのだ。各々にメールでも送ればいいものの何故ORCAの連中はこの家で待っておけなどと言ったのだろうか。

 

「もしくはって……お前…、まぁ…セレンは強いからやめておけ。俺はこの人に教わったんだ」

 

「なに?」

その言葉にウィンがぴくっと反応したことに対してセレンもさらに鼻息荒く突っかかっていこうとするのを押えているとコンピューターに連絡が入る。

 

「来たか」

 

「開くぞ?」

まあ許可をとるまでも無い。

この家の住人は自分なのだから自分が開くことになんの不思議も無いはずだ。

 

『私は副旅団長のメルツェル。今から作戦を説明するがその前に今回得た情報を聞いてほしい』

 

「何か収穫はあったのか?」

 

『ガロア・A・ヴェデット。まずは君に礼を言わなければならない。ありがとう』

 

「なんだよ急に…」

テロ組織の手伝いをしていて『ありがとう』なんて、遠すぎる言葉ではないか?もしくはそう思いこんでいるだけか。

 

『非常に有意義な情報を入手し、我々の作戦は大幅に修正されることとなった。まずはアサルトセルの性質についてだ』

 

「……」

画面につぎつぎと図面らしきものが開かれていくがそれだけではイマイチよく分からない。

 

『どの企業も差はあるが大体13000m以上に達した物体の真上を取りレールガンで攻撃するようになっている。真上からでなければ攻撃精度が著しく低下するからだ』

 

「そういえば普段は見えないよな?」

 

『その通りだ。攻撃対象となりうるものが地上から高度12000m以上にない場合は太陽光からのエネルギーを用いて光学迷彩で見えないようになっている』

 

「それで?」

 

『ここからが新しく分かったことだ。まずアサルトセルは攻撃圏内に二つ以上の物体がある場合、表面積の大きなものから攻撃していく』

 

「宇宙開発を阻止するためなら当たり前だな」

 

『そうだ。次にアサルトセルは自傷行為を避ける。何かにぶつかったり、攻撃を受けに行くような真似はしない』

 

「まだ他にあるのか」

 

『そして、一機では破壊できない物には集まってくる性質がある。その速度は時速2000km、平均的なネクストを上回る』

 

「つまりネクストではどうしようも無いという事か?ならばどうする」

ウィンの言葉通り、オーバードブーストでも2000km出るネクストは中々いないというのにそんな物をどうするというのだろう。

新しい情報とやらを手に入れてむしろどうしようもなくなった気がする。

 

『まあ待て。そもそもネクストの攻撃力程度ではデブリになってしまい結局意味がないのだ。この図を見てほしい』

 

「世界地図…か?」

セレンがぼやくが世界地図にしか見えないその図の上には点々と赤い光点が集まる箇所がいくつかある。

 

『アサルトセルはユーラシア大陸・アフリカ大陸・北アメリカ大陸・南アメリカ大陸・オーストラリア大陸・南極大陸の上に主に陣取っている。このことから我々は別の作戦を立案した』

 

「聞かせてみろ」

 

『ガロア・A・ヴェデット。クレイドル21を知っているな?建造中の』

 

「どうせあの作戦、あんたらが裏にいたんだろう?」

ミッションを思い返しても、あのミッションだけは本当になんだったんだとしか言えない。

自分にあれを見せるためだけに自律型ネクストを使い捨てにしたのは…もったいない気がする。

 

「な、聞いていないぞ!!それは本当か!?貴様!!ガロア!!」

 

「知らん知らん、なんも知らんって」

 

『謝罪は後でさせてもらう。エーレンベルクは知っているか?』

 

「…レイレナードの衛星軌道掃射砲か。それがどうした」

ぎゃーぎゃーと(主にセレンが始めた)ケンカをする二人を放っておいてウィンが話を進める。

 

『現在我々は全世界にエーレンベルクのある基地を七基所有している。大体一つの基地に三基はエーレンベルクがあり、その威力ならばクレイドルごと跡形も無くアサルトセルを焼き払える』

 

「それが分かっているからこそ私は貴様らと敵対するつもりだったのだ。どうするつもりか聞かせてもらおう」

 

『新造建築されたクレイドル21は現在六機空に浮かんでおり、まだ人が住んでいない。クレイドルはそのほとんどが居住区であり、メインエンジンが破壊されたり分断されない限りは墜落も無い』

 

「そうか!!クレイドル21を使って」

頬をぎちぎちとつねってくるセレンを押しのけながらガロアが言う。

セレンの気を逸らそうとしたが、ダメだった。最近あちこちに行っては悪い連中と付き合い始めたガロアに対しての怒りは収まらなかった。

 

『その通りだ。6つの大陸の上にクレイドル21を長時間浮かせていればアサルトセルは自ずとその上に集まってくる。そこを焼き払えばわざわざクレイドルを地上に降ろさずとも…』

 

「すげぇ、いけるんじゃないかそれ」

 

『ただし問題がある。企業からクレイドルの操作手段、つまりアルテリアを奪うか貰うかしなければならない訳だが当然奴らは認めない。アサルトセルを隠すために国をひっくり返した連中だからな。

一応、パイプを使って何人かに打診したがけんもほろろだ。そんな大規模な作戦が人々に隠せるはずも無いからな。間違いなく戦いになる』

 

「……」

 

「戦い!ほら、戦いって!コラ!!」

腕を押えられたセレンがガロアの耳元で叫ぶ。

ガロアはセレンが言いたいことは十分分かっていたがとりあえず黙っていた。

 

『もう一つは、先ほど話したクレイドルの耐久力だ。クレイドル21を手に入れた後、メインエンジンをアサルトセルのレールガンに…少なくとも三時間は耐えれる耐久力が欲しい。

その為の工事をするとなるとラインアーク、ORCA旅団の全技術者を動員しても一か月は最低かかる。つまりアルテリアを破壊では無く、奪取し守る…長期戦になる』

 

「戦力的にはどうなると考えている?」

 

『ウィン・D・ファンション。もしお前がこちらにつくとしても後リンクス三人は欲しいところだ。それも企業連から引き抜ければ向こうの戦力は下がり一石二鳥だ』

 

「……」

 

『もう一度最初から説明する。アルテリアを奪取し、クレイドル21の耐久力を構築する間は防衛する。その間にクラニアムから余剰エネルギーを衛星軌道掃射砲に回していく。

さらにその後、クレイドル21の高度を上げてアサルトセルの攻撃に晒させるわけだが、その状態になったら最低六機のネクストに大気圏まで上がってもらい、

アサルトセルを包囲するように電磁バリアを張ってもらいたい。電磁バリアと言っても大したものではない。農家の害獣よけの電気柵のような物を周囲に囲むように設置してもらうだけだ。

そうしてアサルトセルが逃げれなくなったところを一気に焼き払う。また掃射する際は一基の掃射砲で真下から撃つよりも、

数基で斜めから発射して交差する点にアサルトセルが位置するようにした方がより効果的だ。デブリすら残さずに消滅させるためにはむしろ必須だと言える。

急ぎ、クレイドルを新しく建築すれば汚染が地球を食らい尽くす前に全人類はクレイドルに上がれるはずだ。その後は宇宙開発に移るわけだが…それ以降の事は今は置いておこう』

 

「それだけか?…悪くは無いが、危い作戦だ。一つも負けられん」

オペレーターとしてやってきた頭でチンチンガシャガシャと勝率を計算したうえなのだろう、セレンは苦い顔をする。

 

『そうだな。後は民衆の支持が欲しい。今回様々な企業の闇が露見した。例えばオーメルだが…人道支援の名の元に極貧国にパンを無償提供していた。するとどうなる?』

 

「…その国のパンが売れなくなるわな」

急に話がミクロになってきた。ガロアは話の高低差に一瞬くらりとした。

それだけ企業という物が大きなことまで小さなことまで関わっているからだろう。

 

『そうだ。さらに公共事業と言って給与の良い仕事を用意した。すると小麦農家は馬鹿らしくなり、小麦の生産をやめたんだ。その土地をオーメルは高値で買い取った』

 

「それで公共事業は撤退か?」

 

『鋭いな、ガロア・A・ヴェデット。こうして自分達の土地となった農地で二束三文の給与で農夫を一日中働かせて民は餓え、オーメルは潤った。…オーメルを例に挙げたがどの企業も似たようなものだ。

BFFなんかは旧アフガニスタンのテロリストに裏で武器を回しておきながらワザと戦争を起こしたなんて話もある。…そもそもORCAが裏仕事を請け負う代わりにオーメルから資金援助を受けていた事さえある』

 

「ふーん…分かっちゃいたけど…腐っているな…どこもかしこも…」

 

『証拠は挙がっている。電撃戦でアルテリアを奪う間、どこかでこれらの事実を暴露し企業の求心力を落とす。その際にラインアークに主導に立ってもらい今回の作戦を人々に説明する。本来はレイレナードにもこういう闇はあり、他企業にも掴まれていたのだろう。お互いの秘密を秘匿するという暗黙の了解の元、これらの事実は葬り去られていたのだ。今となってはそのレイレナードも無い。全てを光の下へと晒そう。民主主義がいいとは思ってない…だが、企業の支配がいかに強引な物だったかはもう誰も疑うことは無い』

 

「流石…レイレナードの養成所を首席で出ただけはあるな、メルツェル」

 

『……ふん…どこまで…。だがお前は味方につくのだな?』

 

「…いいだろう。今こそ、企業と手を切るときなのかもしれん」

 

『先日お前はリンクスは企業の捨て駒でなく人だと言ったな。今回のブリーフィングの内容を全てお前の情報端末に送っておいた。それを使ってお前の信用するリンクス…人を説得してみせろ』

 

「…あとは?」

 

『ラインアークの受け入れ状態は既に整っている。八月十日、正午にラインアークに来い。以上だ』

 

ぷつっと通話は途絶えてしまう。

 

「さて…メルツェルは最低あと三人はリンクスが欲しいと言っていた。一人心当たりがある。私はもう行く」

 

「誰だ?」

 

「私の誘いに乗ったのなら…教えよう。ガロア・A・ヴェデット、セレン・ヘイズ。後日、お前たちをある場所に連れていく。私の知る事を全て教える」

 

「…?お前が私の何を知っていると言うんだ?」

 

「そうだな…なぁ、リンクスというのは何人いると思う?この地球に」

 

「……?100…とかか?候補生入れてもそれくらいだろ」

唐突な質問にガロアは全く別のことを考えていた。

今思えば何故この女があんなに強かったのだろうということだった。

普通にしていれば美人だし、なんら文句のつけようもない。見た目じゃないんだな、結局は、とセレンを見て思う。

外見なんてただの器だ。ようは中に何が入っているかだ。そこまで考えて先日のアナトリアの傭兵の事も思いだした。

 

「ウン十億いて100だぞ。それなのに…アレだ、地上に降りて…思ったのは。意外と世間はセマイ、な」

 

「ここはカラードだぞ。リンクスがその辺にいてもおかしくない」

あれ?と言った後に思った。

この女の言う世間というのはそういうことだろうかなと。

 

「お前は化物だ。なんか知らんが唐突に生まれちまった…月くらいの大きさで向かってくる隕石みたいなもんだ。説明は後からいくらでもしようがあるが…とりあえず避けられん。そう思うだろう?」

 

「……。何故それを私に言う?」

化物とか言っちゃって、今の言葉でセレンが突っかかっていくかな…と思ったら少しの沈黙の後に質問返しをしていた。

この世界で一番セレンの事を分かっているのはガロアだろう。だがそれでもガロアはまだまだセレンの事が分かっていない。

 

「だが化物だろうとリンクスだろうと意外と手の平の上だ。神様とかのな」

 

「何言ってんだ?ロマンチストか?」

ガロアが養成所に入ってすぐに聞かされたのはこのウィン・Dのことだった。完全なエリートでリンクスとはかくあるべし、といったように語られていた。

そしていざガロアがリンクスになれば既にランク3という遥かな高みにいた。

だが現実のこの女はいきなり襲い掛かってきたりあっさりテロリストの仲間になろうとしたり神様がどうのと言いだしたりと結構ぶっ飛んでいる。

 

「あのときは…もう二度としないと思ったが…根っこのところは変えられん。あれから考えていたよ。どうすればキめられたかな」

 

(その前にいきなり襲わなければいいだろう)

この意見に関してはまるっきりガロアが正しかった。

運動場か何かで申し込まれればガロアだって普通に相手にしていた。

ガロア自身、そうやって身体を動かす事は嫌いではないから退院してからすぐに運動をしたくなったのだ。だが…

 

「またやろう」

 

「ぜってぇやんねぇよバカかお前は」

どうやらこの女の中では気持ちのいい敗北になっていたらしいが、斬り傷も顔に残ったし警察沙汰になったしでガロアの中ではかなり悪い思い出だった。

 

「ふっ……男は嫌いだが…お前は嫌いだな、特別嫌いだ」

ウィンが来た時にガロアが出した紅茶をクイッと飲み干し背筋を伸ばしたままウィンは出口に向かっていく。

 

「……」

 

「……」

リンクスというのは変な奴ばっかりだ。

ガロアもセレンももうどう反応していいか分からず餌を待つ鯉のように口をぽかんと開けていた。

 

「最悪だが……リリウムのところにお前が行け」

 

「俺?お前が行けよ、なんでリリウムなんだ」

ランク2と言うくらいならそれは強いのだろうが、あの少女がこんなことに巻き込まれていいのだろうか。

百歩譲ってそれでいいとして、何故自分が?

 

「お前…これから間違いなく女関係で苦労するし、それで泣かすようなことがあったらぶん殴ってやる」

ちらりと振り返ったウィンの視線は異様なほど鋭く、この女には負ける要素がないと思っていたはずのガロアは何故かたじろいだ。

そしてそれ以上は何も言わず、ウィンは出て行った。

 

「…フェミニストってやつだろ…つまりいてっ!!」

同意を求めたわけじゃないが、セレンにそう言うと派手にビンタされた。

力はそこまで強く無かったが、どうしてかかなり痛かった。

 

「私はフェミニストでもないし、あの女の味方でもない。だがあの女の言う事は正しい。リリウムが来るにしろ、来ないにしろ…行ってみるべきだ」

 

「……なんで?」

 

「お前が男だからとかは関係ない。教える気も無い。そういう事は…自分で知った方が価値がある。多分な」

 

「……」

教えてくれよ。

その言葉は何故か口から出ずに、パクパクと口を動かすだけに終わった。

自分とあの少女がなんだというのか。

 

『まだそこに誰かおるかね?』

 

「わっ!!」

 

「ぎゃっ!!」

突然声が出たコンピューターよりも、セレンの迫真の声と顔に驚いて情けない悲鳴をあげてしまう。

 

『今日の4時にジェラルド・ジェンドリンという男が中央塔に訪れるはずなんだが』

 

「それがどうしたんだよ」

 

「…ノブリス・オブリージュのリンクスか。随分固い男だと聞く。勧誘は無理だろう…」

 

『ジュリアス・エメリーが会いたがっていたと伝えてくれ』

 

「……?女か?そりゃ」

ジュリアス、と言われたがそれは一般的に男の名前のはずだ。

それともゲイなのだろうか。

 

『そうだ。そう言えば、恐らく来てくれるはずだ』

 

またプツンと切れてしまった。このORCA旅団とやらは言いたいことを一方的に言って終わる奴が多すぎる。

 

「…。じゃあ4時10分前に中央塔の入り口でいいか?セレン」

時計を確認すると現在は9時前。時間は十分にある。

 

「いいだろう。…あまりリリウムを揺さぶってやるなよ」

 

「?…うん」

 

 

外はもうすっかり真夏だった。

カラード管轄外にも小中高、そして大学はある。

夏休みとか言う奴だろう、恐らくはカラードでもいい地位についているであろう者達の子供…お嬢さんお坊ちゃんが車に乗ってガロアの前を通り過ぎていった。

 

(大学に行けって…?無茶言いやがる…)

先ほどの同年代の少年達の中に自分がいるということを想像して、あまりにも似あわな過ぎて一人で噴き出す。

自動販売機で冷たい紅茶を買って一気飲みする。

 

(じゃあどの辺から?)

どの年齢から学校とかに行っていれば無理なく馴染めていたのだろう。

『中学くらいからはちゃんと学校に行こう、ガロア』と父に言われたことを思い出す。

『この森と父さんから離れるならそんなの別にいらない』とは思っていたが。

 

(……あと数年もすればあの子供も学校に……?)

八か月だと言っていたあのアナトリアの傭兵の子供は何事もなければ二か月後にはこの世に生まれて、数年後には学校や幼稚園なんかに行くのだろう。

そして帰ってくるのだろう。家族の元に。父が守る世界と母が守る家に。

 

「……!!」

手にした缶は一瞬で歪な形に握り潰されていた。

そんなこと許せない。だが生まれてくる子供には罪がない。自分がかつては何の罪もなかったのと同じだ。

先ほどのウィンの話がどうという訳では無いが、神がいるならそれは人の悪意をこねくり回して出来ているのだろう。

 

「家族………家族……?」

それはふとした気付きだった。

あの時、自分はどうしてセレンのところに『帰ろう』と思ったんだろう。

今でも自分がセレンと一緒にいて、セレンが自分と一緒にいてくれる理由ってなんなのだろうか。

 

「痛っ、いたい……」

まただ。いつからだろう、頭の中に何度も何度も訳の分からないグロテスクな光景が浮かぶのは。

しかもそれは過去にあったことだ。昔を思いだすなんてレベルじゃない。とんでもない頭痛と共に訪れる。

群発頭痛という病気は知っているが幻覚まではなかったはずだ。

あろうことか、その幻覚は行動を暴力的な方向へ進めようと操ろうとしてくる。

 

(じゃあ俺は俺に勝ったんだ)

もしも思うままに、楽な方にと流れていたら、今頃はあのフィオナ・イェルネフェルトは殺されて細切れにされたアナトリアの傭兵と一緒に海に撒かれている。

それでも自分はまともに生きている。

 

(……でもなんで俺をリリウムのところへ?)

呼吸を落ち着けて頭痛を遠くにやりながら考える。

話せる様になって『年』経っていないのだ。まだ『カ月』しか経っていない。

おしゃべり経験値なんて赤ちゃんといい勝負なのにどうして二人して行けと?

 

(分からない。分からないが…分からないことは教えろ、だけではダメだよな)

そう考える様になったガロアは、ほんの少しだが成長していた。

 

ほとんどアナトリアの傭兵と自分以外に興味がなかった脳みそを動かし思いだしていく。

 

誰でも知っている。ウォルコット家の令嬢で、ウォルコット家はアナトリアの傭兵によって徹底的に壊滅させられた。

さらにこの前調べて分かった。

そしてリリウムは王小龍に引きとられて、事実上ウォルコット家も王小龍の手にある。

王小龍の悪評の根は多々あれどそれはかなり大きい。漁夫の利で全てを手にした男、と。

本当に血縁関係も何も無かったらしい。

 

だがそういうことじゃないはずだ。

結局リリウムは王小龍と一緒にいるし、どう見たってリリウムは王を敬愛し、王はリリウムを大切にしていた。過保護気味だとは思ったが。

 

(……。そうか…俺とお前は同じなのか……だから俺に声をかけたのか?)

全然気にしたことも無かった。そんなこと。どうしてか、なんて。

二人して同じ理由で同じように人生に大打撃を与えられて…このまま自分がカラードを離れればいきなり殺し合うことになるかもしれない。

交わるはずも無かったであろう人生の二人が、たった一人の男の行動によってそうなるなんて。

もしも、それを話に行ってそれで決定的に敵対することになってしまったとしても、やはり理由を知らないよりはましだろう。

同じ道にいた自分と戦う理由が。

 

他の誰でもない、このガロア・A・ヴェデットが選択を与えて答えを出させてやれ、ということだったのかもしれない。

あの二人が自分を行かせたのは。

 

(そうだな。いきなり敵に回って殺したら…なんも分からないまんま死んじまうもんな。知りたいよな)

せっかく話せる様になったのだから……だとしたら、この為に言葉というのを使ってみよう。

 

「リリウム、お前の人生は…あるいは今日…変わるかもな。今行く」

突然に大きく人生が変わる日というのはある。リリウムにとってそれが今日だった。

そしてその切っ掛けは意を決してリリウムのいる場所へと歩きはじめた。

 

でも、自分の意見を言えるのならば、戦いたくないとガロアは思っていた。

綺麗な女の子だから、とかは全く関係なく……ただ単純にそんな結末は悲しすぎるとガロア自身思ったのだ。

 

だが、これからは殺したくない者はもう殺さなくてもいい。

殺したい奴を殺さないことが出来たのだから。

 

 

 

 

………ガロアはまだ気付いていなかった。

自分自身、全く純粋であったはずの頃から普通に残酷で、ここに至るまでに自分の為だけに人を殺してきた存在だということを。

自分の為だけに人を殺す者とは一体なんなのか。それはまだガロアの頭にはない。

 

 

 

 

そういえば飛行機に乗るのは生まれて初めてだった。

誰もいなかったから良かったものの、大きな音を立てながら沢山の人を乗せて飛ぶ飛行機は何故だかとても怖く、隣にセレンでもいたら震えながら手を握りでもしていたかもしれない。

カラード管轄街のあるコロニーベラルーシから南東にあるコロニーウクライナ…の外にある王とリリウムが住むBFFの基地へと行く。

別に距離的には飛行機を使う程でもないのだが、時間短縮のためだ。

 

 

「でけぇ…」

前に自分達が住んでいた家の1000倍くらいの広さがあるのではないかという屋敷に案内される。

門番に『リリウムに会いに来たんだけど』と伝えた途端に銃を突き付けられたのは驚いたが、名を名乗ったら中の者と何やら通信した後に意外にもすぐに通してくれた。

この屋敷も基地も丸ごと、BFFから独立した王の私兵らしい。

一体何がどうなってそうなったのか分からないが、数百年前にこの地で起きた原子力事故のせいで汚染され、

その汚染が無くなっても風評のせいで誰も住む人がいなかったところを王が土地を安く買い上げて基地にしたらしい。

今現在は汚染どころか皮肉なことにこの地球上でも上から三つに入るくらいには安全な場所だとか。

 

 

 

 

 

「…という事だ」

資料を渡して一気に説明したがリリウムは固まったまま動かない。

それはそうだろう。国家解体戦争の原因からリンクス戦争の発端まで遡って話してしまいには宇宙だなんだと話が飛び過ぎだ。

表情は固まったままだが開け放った窓から吹きこむ風がチュニックを揺らしていく。

やっぱり長ズボンとシャツにぼさぼさの髪の自分と違い色々とオシャレだな、なんてあまり関係の無いことが頭に浮かぶ。

 

「…リ、…リリウムにそれを伝えて…どうしようと言うのですか?」

 

「単刀直入に言う。お前の力が必要だから来い」

 

「…!」

予想はしていたのか、そこまで驚きはしなかったが、リリウムは目線と首を別の方へ向ける。

 

「人に答えを求めるな」

小さな頭を掴んでこちらへ向けなおすがその表情は混乱の色が濃い。

 

「で、ですが…」

 

「思うところがあるから爺さんも黙っているんだろ。なぁ?」

リリウムが見た自分の斜め後ろに向かって声を投げかける。

 

「全く…祖父の目の前で孫娘を誘惑するとは…どういう教育を受けたらそうなるのだ」

 

「連れていくな、とも行くなとも言わないんだな?やっぱり」

孫娘、祖父という言葉を聞き心の中で少しだけ笑う。

どうもこの男の評判はよろしくないが、噂では分からないことの方が多い。

そりゃそうだ。少なくとも陰でこそこそ噂をして叩いている者よりは自分の方がこの男の事を知っている。

 

「……」

王は複雑な感情に胸を痛めながらも静かに笑う。

この少年が敵となるかもしれない、といつか思った自分は間違っていなかった。

まさかこんな形でリリウムを連れ去ろうとするとは。

だが、今こそリリウムを自立させるときなのかもしれないと言う直感を信じ、こちらに答えを求めるリリウムの目をあえて無視する。

 

 

 

「そ…そのお話が本当なら…リリウムも、大人も、…ガロア様も?」

 

「死ぬな。全員。でも元々そんなもんだろう?世界は」

 

「え?」

 

「俺の本当の親も、育ててくれた人も…俺を可愛がってくれた人も…死んだ。人は死ぬ。それも驚くほどあっけなくな。あの日が最後の別れなんて、思わなかった」

 

「……」

 

「あっけなくてもなんでも俺にとっては大切な人で…俺は…その度に泣いていたよ。泣くくらいしか出来なかったからな。でも今は違う。力がある。力があるのに、大切な人が死んだとき、どう思うか…」

 

「う、うう…」

ガロアの言葉が一つ一つ、王の保護の下で心の奥底で厳重に封じられてきたトラウマをほじくり返していく。

唐突に何もかもが失われたあの日が。

 

「どうしてあの時、動かなかったんだろう、戦わなかったんだろう…って泣くんだろうな。もしそうなら結局ガキの頃から何も変わっちゃいねぇ。なら俺は戦う。大切な人がいる。今度は死なせない」

 

「ガ、ガロア様の…大切な人…セレン様の事ですか…?」

 

「そうだ」

 

「………ガロア様がおっしゃっている事は…正しいと思います…でも…」

結局自分では決められずに王の方を見てしまう。そんな自分にリリウムは心底嫌気がさしていたが今更そう簡単に変わることなど出来ない。

 

「爺さん」

 

「ふん。リリウムは私の所有物ではない。自分で説得するがよい」

どちらかと言うと親の持つ厳しい優しさからの言葉に聞こえるが、その突き放すような言葉にリリウムは酷く衝撃を受けているようだ。

 

「はぁ…。正直なところ、説得しろと言われてもな…俺の心の内側をそっくり渡せたら楽なのに」

あれこれ言う事を用意していたはずが、親の仇の前で泣き出してしまったという苦い思い出が頭に浮かび、ガロアはまた溜息が出る。

 

「……」

 

「だから思うままに言う事にする。俺は動物を狩って…いや、殺して食ってガキの頃を過ごしてきた。14までな」

 

「え…?あんなところで…?」

 

「?知っているのか?まぁいいや。そうだ、お前の言う通り、『あんなところ』だ。人間が人間らしく生きるのはちょっと無理な環境だった。大体狙うのは子供の動物だった」

 

「……」

 

「一撃で殺せないこともあった。みんな訳が分からない、どうしてって顔をしていたけど、それでも文句は言えねえな。それが生きるってことだし俺だって死ぬ可能性があった」

 

「……」

 

「どんな時でもあっけなく終わりが来る可能性がある。本人にとっても、周りにとっても。えっ?これで終わり?ってな。その時…正義の為に死ぬとか、悪の限りを尽くして死ぬとか…変わりは無い。

身体が自分の物じゃなくなって動かなくなるだけだ。だから俺はせめて自分に正直に戦って死にたい。呆気なく死ぬにせよ、苦しんで死ぬにせよ、劇的に死ぬにせよ、自分に正直にな」

 

「…、う…」

リリウムの中に全く存在しなかった概念が、ガロアの言葉から、目から、耳から流れ込んできてその場にへたり込みそうになるが、腕を引っ張られて座ることも許されなかった。

王はそれを見ながらも何も言わない。

 

「お前の身体は何で出来ている?血と肉と骨とかそんな話じゃねえぞ。お前が食ったもので出来てんだよ。

間接的か直接的かは知らないけどな、自分が生きる為に何かを殺しているんだ。自分は生きたいから代りにお前が死ねって言う勝手な都合で。

正しい理由なら死ねるのか?間違った理由はお前を殺さないのか?違うだろう…死ぬときは死ぬ。殺す時はどんなに理由をつけても殺している。だから強いリンクスのお前は今日まで生きてこれた。

そして明日もお前の勝手な理由で何かの命を奪って取り込んでいくんだ」

 

「で、ですが…リリウムはBFFの…」

 

「BFFの女王じゃなくてお前に話しているんだ。正しいと思えることをしても、悪行をしても、何かに依存してもお前の心臓はいずれ止まる」

 

「あっ…!」

ガロアの長い指がとんっと胸に、正確には心臓の真上に当てられてリズムが狂う。

正直、今この瞬間に心臓が止まってしまいそうだった。

 

「……。例え強大な基地の真ん中にいても、最強の兵器に乗ろうとも、心の弱さは守れねぇ」

そしてそんな自分の矮小な心を見抜いているかのようなガロアの言葉が突き刺さる。

 

「自分が死ねる理由の為に戦え。その上で生きればいい」

 

「……」

 

「それでも…所属企業や…誰かが掲げた『正しそうな理由』の為に戦うと言うのならばそれもいいだろう。その時は敵としてぶっ潰す。それが嫌なら戦いをやめてどっかで野垂れ生きてろ」

 

「……ううぅ」

どうしてそんなに簡単に?怖くないの?その疑問はそのまま自分の弱さだというのは分かっている。

 

「俺も…お前がどうしていたか、知っている。何を考えたかも、分かったような気がした」

 

「え?」

 

「思わないのか?思ったことないのか?この力があの時にあれば、あの時に戦えていたのならって」

そういうガロアが首のジャックに触れてくる。その逆の手でガロアは自分自身のジャックに触れていた。

思わないかって、そんなこと何度も思ったに決まっている。もしかしたらガロアよりも強く思っていたかもしれない。

あの時にはもう既に自分はリンクスになると決まっていたのにいざという時に逃げ回ることしか出来なかった。

 

「世界、常識、法律、ルール。全ては暴力に先手を取られてしまう。その一撃が取り返しのつかない致命的なものであるとき、後悔は深く重いものになる。死んだ人間は戻らないから」

 

「後悔…ガロア様でも…あるのですか…」

こんなに大きく強い人が?その手にそっと触れて思う。

この力強い手ならば、目の前に立つ敵全てを粉砕出来るはずなのに。

 

「あるよ、あるに決まっているさ。実際俺は強かった。それは正しかったんだ。ならなんで、もっと前から…」

 

「……」

そう、ガロアは強かったのだ。その化け物染みた才能も執念も。

その力があったなら、もっと前から使い方を知っていたのなら…

 

(ああならずに…済んだのかもしれない…)

家族を失うことなんてなく、今でも。大好きだった家族と、王と一緒に昼下がりにみんなでお茶でも飲んでいたのかもしれない。

 

「きっと…後悔のない人生なんてない。だが…取り戻せる後悔もあるんだと俺は思う。後悔を取り戻し克服したとき、前よりも遥かに強くなる」

感情の薄く見えるガロアの灰色の目に全てを焼きつくすような火が付いた。

最初から完璧に強かったわけでは無い。打ちのめされ、叩き潰され、それでも負けずに後悔を喰らったからこそガロアは強くなったのだ。

 

(リリウムも強く…)

どくんとまた心臓のリズムが狂う。だがそれは、痛いところを突かれて冷や汗をかくようなそれでは無かった。

この男、ガロアは強い。強い!屈辱も後悔も乗り越える強さがある。

弱い自分と正反対の、たとえどんなにちっぽけでも強い者に全力で噛みつける心の強さ。

それも頭を使った手練手管などない、虚飾のない純粋に積みあげられたものだ。

 

(ガロア様は…綺麗…)

惹かれる、強烈に。

昔、弱い自分を強姦し壊そうとした男の下卑た部分とは真逆、宇宙の端と端にいる。

親近感だけでガロアが怖く無かったのではない。本物の強さは怖くないのだ。弱さとは無関係の部分にあるから。

 

「なぜ…ガロア様はリリウムを…?」

 

「…俺一人なら、世界がどうなろうが生きていく自信はある。ただ、誰かを守るってなると俺一人の力だけでは到底足りないらしいんだ…どうもな」

 

「そのために…世界の支配者を敵に回してもいいと…?」

 

「それを滅ぼすことになってもだ。脅かす奴は全員蹴散らす」

ガロアの目から出ていた火花がぼんっ、と弾けて部屋に広がったのかと思った。

凄まじいまでの破壊力の言葉だった。王の帽子がふわりと5cmほど浮いた。

本気でやるつもりだ。いざとなれば企業をも叩き潰すなんてことを。

 

「…!!」

羨ましい。こんなにも想われているセレンが本当に羨ましいと思うと同時に、リリウムにも大切な人はいる。

地獄に落ちかけた自分の手を掴みここまで育て上げてきた…そう、ガロアにとってのセレンのような存在、王が。

老い先が短いとは分かっている。王も自分でそう言っている。

それでも。いつかは死んでしまうとしても。これからの世界を生きていってほしい。

 

この強さだ。小さな子供が世界最強の存在を倒すと誓ったこの強さ。

この強さがあれば次に待ち受ける後悔など無くなるかもしれない。

強くなりたい。心から強くなりたい。

 

そしていつかは強くなってこう言える勇気が欲しい。

 

(ガロア様が好きだって)

きっと長い道のりになる。それでもいつかはしっかり自分を認めたうえで見てもらって力強く抱きしめられたい。

 

リリウムはまともに恋をしたことがなかった。

すぐに王に引きとられたおかげで男性恐怖症にまではならなかったが、同年代の少年に恋をしたとして、その先にある行為があの日の恐怖と結びつき恋が出来なかった。

 

「い…」

今まではただ憧れていただけだったのに。

リリウムは、はっきりと憧れが恋に変わったのを自覚していた。

 

「……」

 

「う…ううぅ…い…」

 

「……」

ボロボロと泣くリリウムの目から零れる涙はあの日ラインアークで泣いたガロアと同じ色をしていた。

自分の信じていた物を壊して、新たな物を受け入れるという魂の痛みを伴う涙だった。

 

「行きます!リリウムを…連れて行ってください!」

リリウムは一歩だけ、強くなることが出来た。

 

「よく言った」

泣きながら叫ぶリリウムとは対照的にガロアは歯をむき凶暴な笑みを浮かべた。

 

 

「…ふん。小僧…だがそれでは足りぬだろう」

リリウムが自立した。少々乱暴だし、勧誘としては最悪な形の上、男に…しかも他の女に惚れている男に連れていかれると言うのは悔しいが、

そのリリウムの自立こそが王が最も欲していながら自分ではどうしようも無かったことだ。

 

「爺さんも来るのか?」

 

「いや。私が行ったところで大した戦力にはなりはせん。その代り…」

 

「?」

 

「情報を回してやる。貴様らが動きやすいように、私が得た情報を全て横流しにしてやる」

恐らくは今回のリリウムの決心は自分を守るためにだろう。

だが、それはもういい。どちらにせよこの身体では長くない。

それをリリウムが自分で決めたという事が大事なのだ。ならばその手助けをしてやらねば。

 

「そうか。助かる。…リリウム。明日の正午、ネクストに乗ってラインアークに飛んでいけ。既に受け入れの状況は整っているはずだ」

 

「…はい!」

その声には迷いも後悔も無く、心地よい響きがあった。

王は帽子のつばで顔を隠しながら優しく笑った。

きっと今のお前なら、自分がいなくなった後の世界でも生きていける。

そう言ってやりたいが、言葉にしては全てが台無しになることは分かっていた。

 

「爺さんとゆっくり別れを済ませな。なーに、戦いが終わったらまた会えるさ。…生きていりゃこの地球のどこにいたって会えるんだから」

 

「小僧」

 

「ん?」

 

「これからリリウムを…頼む」

 

「…ああ」

 

 

 

同時刻、カラード中央塔のシミュレーションルーム前で話し込むセレンとメイの姿があった。

 

「…本気?」

流石に年齢分の落ち着きがあるのか、固まりはしなかったがそれでもリリウムと同様混乱は避けられなかった。

 

「本気だ」

 

「百歩譲って本気だとしてもそれにあなたが着いて行く理由はあるの?…黙っててあげるからそんなことはやめなさい」

放っておけば死にに行くから一緒にいろ、と忠告したのにこれだ。明らかに死に急いでいる。

 

「あいつが…ガロアがようやく復讐の呪縛から離れて自分の道を行こうとしているんだ。私は着いて行きたい」

 

「そのために命を賭けるの?」

 

「ガロアが…オペレーターは私じゃないと嫌だと言っていた。だから…私がついていってやるんだ」

 

(…ふーん…そんな事言っていたんだ…)

前しか見えなかったあの少年の中で何かが変わったことは確かだ。

それでもあの強さを保てるのか、あるいは…。

 

「!リリウム・ウォルコットはこちらにつくらしい。王小龍も、戦力としてこちらには来ないが情報提供してくれるとの事だ」

レトロな音が鳴ったこれまた古い携帯を見たセレンがそんなことを言う。

 

「もしかして、ガロア君が説得に行ったの?」

 

「そうだが?」

 

「ふーん…いいの?リリウムちゃんが来て?」

 

「……私が行くよりガロアが行った方がいいと思ったんだが…?」

 

(難しい子だなぁ…単純に見えるんだけど…)

だが面白い。ウィン・D・ファンションも裏切ったという話だし、ガロアが説得に行ったのならリリウムが落ちたのは間違いないだろう。

戦況もどうやら悪くはない。

 

「なんで私を誘ったの?自分で言うのも悲しいけど…そんなに強くないし、危なくなったら絶対に逃げるよ?」

 

「え…?友達…だからじゃないかな」

 

「友達?」

 

「ち、違うのか…な。友達って…そういうものだと思っていたんだが」

 

(友達だと思うけど…この子どういう人生を送ってきたんだろう)

セレンがクローン人間で、16歳まで普通の人間としての生活を送っていなかったことを知らないメイはセレンが単純な理由も複雑な理由も当然分からない。

 

(友達、か…損得勘定なんかしていないんだろうな…私を誘う意味なんかないって言っているのに)

 

(GAはBFFに支配されてしまったし…所属していても明るい未来はあるのかな…いっそこの革命に成功したのなら…)

 

(ああ…また損得でものを考えている。セレンは自分の心の声に従って動いていると言うのに)

ダンを、ガロアをバカと表現したメイだが、セレンも大概馬鹿だと思う。

そしてそんな馬鹿達を羨ましく思う自分。羨ましいのなら、なってしまえばいい。

今まで賢く立ち回ってきて心から救われた事なんて一度だって…

顔に張りついた笑顔と生ぬるい評価だけだ。一度しかない人生を救われずに生きてみるか…ならもういっそのことぶん投げてみるか。

このままここにいれば状況がかなり悪くなるのは間違いないのだから。

 

「しょうがないなあ…」

 

「!じゃあ!」

 

「もう一人、連れて行っていいんだったら…行くわ」

 

「もう一人?」

 

「ダン君、聞いているんでしょう?」

 

「何だと?」

その言葉と共にロッカールームからそっと複雑な表情をしたダン・モロが出てきた。

最近ずっとメイと一緒にいるがやはり恋人なのだろうか、とセレンは思ったが口には出さなかった。

 

「あ、お…その…俺…」

 

「……言いたいことがあるのならはっきり言いなさい」

 

「い、一度企業の言いなりに…なって…力の無い人まで巻き込んで…」

 

「……」

 

「ああ…いいのかな、俺なんかが行っても」

 

「気にするなとも言わないし、しょうがないとも言わないわ。ただ、その人たちを殺せと命令した企業にまだいたいのなら…好きになさい」

そういう人間じゃない、そう分かっていて焚き付ける。

なんで自分はこの少年の成長が見たいんだろう?理由を考えてもよく分からなかったが、今はそんな『理』で説明できる状況では無い。

こんな自分でも分かるのだ。世界が変わる風が吹いていると。ならばヘタレだけども敏感なあの少年はもっと激しく感じ取っているだろう。

 

「い、いやだ。…俺、俺なんかじゃ…ガロアに比べて全然力にならないかもしれないけど…ヒーローになりたい!戦う!」

 

「…一緒に行くわ、ダン君」

 

「決まりだな。これで三人だ。目が出てきた、という事か」

 

「目?」

 

「どういう事か、俺にも説明してくれよ」

 

「最低、後三人はリンクスが欲しいと言われていたんだ。…ウィン・Dが誰かを説得に行ったがリンクスの引き抜きなどそう簡単に行くものでもないだろう。今が上手くいきすぎなんだ」

 

(下手くそな勧誘って自覚はあったのね)

 

 

 

 

その頃ウィンはやはりというか当然と言うか、ロイを呼びつけて話をしていた。

ロイが自分に好意を持っていることを知っていての事である。リリウムがガロアに好意を持っていることを知りながら行かせておいて自分は人の思いを利用するのは嫌だ、とは口が裂けても言えなかった。

 

「そこで私たちは…」

 

「いいぜ。力になる」

 

「えっ?」

話し半ばでまだどうしてくれとも言っていないのに求めていた答が返ってきた。

 

「前にも言った通り、俺はお前の味方さ、ウィンディー」

 

「…だが、企業を裏切ることに…」

 

「独立傭兵だからな」

 

「……」

確かにその通りなのだがそんなに簡単に決めていいものなのだろうか。

 

「それに…ラインアークにも変革の機が訪れているってんなら…今がそういうときなのかもしれねえ」

 

「どういうことだ?」

 

「仲間…いや、家族がいるんだ。70人程。そいつらも連れていく。全員技術なり戦闘経験なりあるからよ、大丈夫だろう。来る者拒まずがラインアークだったよな。………俺ってカッコいいねぇ」

 

「家族が70人??」

すっとぼけた男だと思っていたがここに来て理解できない類のボケを言い始める。

からかわれているのだろうか。

最後の言葉は完璧に無視する。

 

「あと…そうだな。二人。リンクスに心当たりがある。そいつらも誘おう。多分、そのうちの一人は誘えば二つ返事で来ると思うぜ。俺と似ているからよ」

 

「…?そうか。もう一人は?」

 

「んー…多分今頃酒でも飲んでいんだろ。行こうぜ、ウィンディー」

 

そう言われて連れていかれたのは街外れの知る人ぞ知ると言った感じの小洒落たバーだった。

こんな店にロイのような男に連れてこられただけで普通の女性だったらもうメスの顔してメロメロになってしまうのだろうか。

もしかしてさっきのは口実でここに連れてくるのが目的なのだろうか。

 

「お、いたいた。おっさん!」

 

「久しぶりだな。…!ウィン・D・ファンションか?」

 

「ローディー…!」

四人は座れる席を一人で使ってちびちびと高価そうな酒を飲んでいる壮年の男は、所属企業だけで言えば間違いなく一番の敵だった男だ。

 

「何故…お前が?」

 

「まあ待てよ。そういきり立つなよ、二人とも。とりあえずキープしてあるボトルを頼んでくる」

ロイがカウンターに行く間にローディーの対面に座る。

王ほど陰謀屋ではないし、オッツダルヴァほど毒舌でもないが、老獪で舌も回るうえ腕も立ち、普通ならば挨拶もしない仲の男なのだ。

間違っても一緒にバーで酒を飲み語り合う様な間柄では無い。

 

「…お前が私に用があるようだな?」

 

「ロイの話次第だ」

 

「……」

 

「……」

 

「そう険悪になるなって。ほら、ウィンディー。飲むか?」

 

「いらん」

酒を飲みながら話せるような内容でも無い。

考えることもなくその杯を一蹴した。

 

「はぁー…。まぁいいや。ウィンディー。さっきの資料をそのままオッサンに見せてやりな」

 

「……」

ぼりぼりと頭をかくロイの言葉通り、

手渡しもせずに机の上にぱさりと音を立てて投げられた資料をローディーは手に取った。

 

 

 

 

 

「…それで?私にどうしろと?」

 

「それは…」

 

「いい。ウィンディー。俺が言う。おっさん、カラードを裏切れ」

 

「…リンクスは企業の駒だ。企業あってのリンクスではないか」

思考停止している。それは分かっていたがローディーは既にその思考を数十年前にやめてしまっている。

だがローディーの心の奥底のソレは『随分と面白く、激しいことをやろうとしている』と羨ましがっていた。

 

「こんな汚れた企業の下でいいのか?…って言うのは無駄か」

 

「今更驚きもしないな。上に行くために私もあらゆる手を使った。企業も支配者たるためにあらゆる手を使ったそれだけなんだろう」

いつからだろうか。そんな汚れを受け入れていたのは。

このまんまじゃ出世できないな、と考えた時だったと思うがそれがいつのことだかもう覚えていない。

 

「貴様…」

 

「お前には分からんだろう。たった四年でランク3にいるお前には。私は粗製だった。ノーマルの相手が関の山…その通りだった。正当な評価だった」

いつからだろうか。純粋に人々の為に戦いたいという気持ちも忘れて、そんな汚れは当然の物だと思うようになっていたのは。

 

「……」

 

「粗製だったからこそ頭も体も使って上り詰めようとしたのだ。それだけだ。粗製という評価も、英雄という評価も、企業があってこそだ」

置いたグラスがカランと音を立てるが、さっき口に運んだ時と量が全く変わっていない。

 

「おっさん」

 

「私と戦うつもりか、ロイ」

 

「今までと変わらねえさ。俺はやりたくないことはやらねえ。おっさんが敵に回ったら尻尾を巻いて逃げるとするさ。まだまだ聴いていない曲があるからな」

やりたくないことはやらないなんてよくもまぁ子供みたいなことを言える。

だがそれはいつだかにロイに言った『自分自身の声を聞こえないふりをし続けると…本当に聞こえなくなってしまう』という言葉がまた別の形になって帰ってきたかのようだった。

もうほとんど聞こえなくなっている、自分の内側の声。それで恐らくは3年もしたら完全に成仏して、割と長生きした自分は病院のベッドで結局何を成したかも分からない人生を振り返りながら死ぬのだろう。

 

「裏切るのなら裏切ればいい。お前たちを倒す。それだけだ」

だが、ウィン・D・ファンションが裏切ったとなれば自分が勝てる可能性はあるのだろうか。

いや、そこで勝った先に何があるのだろうか。知っているはずだ。ここまで勝ってきても得たのは実態のよく分からない作られた名誉と企業の保障する金だけだったのだから。

自分が欲しかったもの。それは…

 

「おっさん、もう頭を動かすのをやめろ。今まで十分やってきて何も無かったんだろう?だから、もう自分のやりたいようにやれ」

 

自分に誇れる自分だった。だがそれを無視しなければここまで生きてこれなかったのだ。

子供は大人に憧れるし18禁コーナーののれんの奥に進む日を楽しみにしている。

逆に大人になればなるほど口では説明できないような張り詰めた汚さに疲れて、鼻水を腕で直接拭ってかぴかぴにしながら走った日々の輝きに憧れてしまうことになる。

いつかは子供だった大人の少年時代のイデアだけを抽出したソレ…名付けるならば『おっさん魂』は少年のように叫んでいた。『やってみたい』と。

ローディーは祖父の部屋にあったCDをかすかすになるまで聴いた日を思いだした。バンドの名前はなんだったか。英語で歌っていなかったがそのアルバムの名前はHigh Timeだった。

 

「自分のやりたいようにやって…」

 

「自分自身の声を聞こえないふりをし続けると本当に聞こえなくなってしまう、だろ?覚えているぜ。酔っぱらいでも、老兵でも、あんたは強い!まだ遅くねえ…いや、力をつけた今だからこそだろ!」

ため込んだ鬱憤を加齢臭と共にぶっ放してやれ、と言葉を続けるロイを羨ましいと思うが実際自分はもう本当に中年で力も出ない。

 

「だが…頭ごなしに生きてきた今を、そうだとしても簡単に捨てることは」

 

「リリウムがこちらについて、王小龍が情報提供者になってくれるということが先ほど連絡が来た。王小龍は…思ったほど俗な人間ではなかったようだな?ローディー」

 

(!あの陰謀屋が…)

遅くは無いのか。もう40も過ぎていると言うのに、誇れる自分なんていう青臭い物を追ってもいいのか。

だが老獪さを捨てた自分がぼろぼろで弾切れの武器腕を泣きながらぶりぶりとぶん回しながら戦っても全然強くない気がする。

ああ、でも。

酒浸りの劣悪AMS適性の脳みそを抱えて病院で『何のために生きていたんだっけ』と自問自答しながら生きるよりそうやってみっともなく死んだ方がいい気がする。

 

「おっさん。あっちでも…酒は一緒に飲めるぜ?あと、女もいるしな」

そう言ってくれるのか。女は別にいらない。

なんだかんだ、この後も数十年ぼーっと生きるよりも愛着のあるフィードバックと数カ月で燃え尽きた方がかっこいい。

上からどっしり押えつけてくる世界の手にぷちっと潰されるのは…、それは誇れる自分に違いない。

 

「私は想像よりも身体にガタが来ていて一日ちょっと歩いただけでも小便が真っ黄色になるぞ」

 

「俺の頭の中はドっピンクだ!!」

だが現実として自分は中年なのだと言ったらロイは明後日の方向の答えを返してきた。

ウィンはゴミを見るような目でロイを見ていた。

 

「…いいだろう。日にちを教えてもらおうか。…ロイ。向こうではいい酒を奢ってもらうぞ」

 

「いいぜ」

 

「…悪くない。悪くないな、ローディー。…少しだけな」

 

ウィンの言う通り、リンクスは人だ。

言葉に心揺さぶられ、一人一人に想いや願いがある。

 

初めは小さな出来事だった。

一人の少年に大切な人が出来た。

それだけだったのに、いつの間にやら世界に風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

四時きっかり十分前。

中央塔入り口で落ち合った二人は内部を歩きながらジェラルド・ジェンドリンを探す。

一応前情報は調べてあり、カラードのヒロインがリリウムなら、みんなの優しい王子さま、つまり完全無欠のヒーローがこのジェラルドという男なのらしい。

非常に優しく安定した性格で、見た目もモロにお伽噺の王子さまのようであり、何よりも強いという完璧超人。

一回カラードに来ればそれだけで10人以上の女性に言い寄られるという、世の男から嫉妬を集めただけで蒸し殺せてしまうような男だった。

問題はそいつがどこにいるかという事だ。一概に中央塔と言えどかなり広い。四時に来る…だけでは今更ながら情報が足りなさすぎる

 

「考えてみれば、カラードってのは都合のいい存在だな」

 

「どうしたんだ?ガロア」

 

「危ない兵器はみんなひとつの場所に集めて分かりやすく管理しておこうって…いずれ殺しあうかもしれない「人間」の顔を突き合わせてな」

 

「……」

 

「狂っている。俺たちは人間扱いされていねえ」

 

「怒っているのか?」

 

「人間扱いされてないんだ、セレン。俺達は…」

 

「…確かにな。分かりやすい特権だけ与えて縛りつける。企業の腹黒さは最初から丸見えと言っても過言では無かったか」

 

「リンクスがこの街に住めば安全ってのも、こっちは攻撃しない…だからお前も攻撃するなよって。その暗黙の了解があるからだ」

 

「……」

 

「むしろ向こうから攻撃されたら報復という名の下に攻撃しやすくなるってな。それが分かっているからこの街は安全なんだ。絶妙…砂粒一滴で崩壊するようなバランスの安全だ」

 

「それを捨てるのは…どうなんだろうな。惜しいような…スカッとするような」

 

「おっ。あいつだ。セレン、頼む」

目の前を歩く男はロイのような女を狂わせるイケメンでは無く、女を夢の世界に連れて行ってくれそうな完璧に整った顔をしている。

綺麗な金髪が眉にかかり、青い目は歩いているだけなのにどこまでもまっすぐ前を見ている。ジェラルド・ジェンドリンに間違いなかった。

 

「…ああ」

返事をするやいなや、セレンは駆け出しジェラルドの後ろに回り腕を押えてしまう。

 

「な、なにをする!?」

こう言ってはアレだが女性に駆け寄られ激しいボディタッチをされるのも常のジェラルドは関節を極められるまで害意に気が付かなかった。

 

「よう。ちょっと時間をもらうぞ」

 

「君は!ガロア・A・ヴェデットだな!?何をするんだ!」

 

(騒がれちゃ困るからな………お、丁度いい)

すぐ横の会議室が都合よく、鍵もかかっておらず誰も居ぬままだったのでそこに連れ込む。

これでセレンとジェラルドの性別が逆だったら完璧に婦女暴行罪の現行犯逮捕間違いなしだろう。

 

「何が目的なんだ!」

 

「暴れんな。ちょっと話があるだけだからよ」

 

「これが話をする態度か!?離せ!!」

 

「セレン、片腕だけ離してやれ」

 

「ああ」

片腕が自由になればもう片腕を外す方法などいくらでもあるが、やはりジェラルドはセレンには手を出さない。

女性には手を出さない主義という奴なのだろうか。泣けてくる。もっとも、ここで手を出せば三秒以内に骨を折られている可能性が高いが。

 

「なんなんだ一体!離せ!」

 

「うるさい。うるさい。うるさいぞ。少し黙れ」

まるでだだをこねる五歳児のようにうるさいと連呼しながら机をガロアが数度ブッ叩くとそれだけで頑丈そうな円卓は壊れてしまった。

 

「………!」

ガロアが目の前で机を破壊していくのを見てジェラルドは甘いマスクを青ざめさせて鼻水を流しながら後ろに下がろうとしている。

 

「……」

セレンはもう慣れてしまったが確かに目の前でこんな大男が机を破壊し始めたらこの世界の誰だってこうなるだろう。

なんだろう、育て方を大なり小なり間違った気がする、とセレンが思っていることも知らずにガロアがジェラルドに資料を差し出した。

 

「は、は、話をしたいのならばせめてアポイントを取ってほしいものだ!こんな乱暴な手を取らずとも…」

手渡した資料を片手で器用に読んでいくジェラルド。

ページを捲る度に、面白い程顔が青くなっていくのが見えた。

 

「読んだか?」

 

「……」

 

「なんだっけ?貴族の誇り?素晴らしいことだ。民衆を犠牲にして上が甘い汁を啜るのが貴族の誇りなら俺もあやかりてえもんだ」

 

「く…何が言いたい…!」

 

「まぁまぁ。話はここからなんだが」

 

「…言ってみろ。一応は聞いてやる…!」

 

「仲間にジュリアス・エメリーって女がいるんだけどな」

 

「!!!!!」

青い目玉が飛び出た、と思う程分かりやすい反応が返ってきてガロアの頭の中で瞬時にシナリオが出来上がった。

一体どういう関係なのかは知らないが、要は色恋沙汰なのだろう。だったら自分が悪役になればそれでいいはずだ。

 

「こいつがもう…毎日のようにジェラルドに会いたい、ジェラルドは元気にしているだろうか、こんなことになるなんて、ってうるさくてな」

 

「ユリーが…そんな…まさか…生きていたのか!?」

 

「このまんまじゃテメェ使い物にならねえから、一応来るように説得はしてやる、とは言ったんだ。ま、でも来なくてもいいぜ」

 

「!?どういうことだ」

今にも飛びかかってきそうなジェラルドの金髪を掻き分けて耳元で囁く。

自分で言うのもなんだが、体格からしてスペックが違い過ぎる。

ガロアが軽くパンチしただけでもジェラルドは入院コースに間違いなのに、そんなことも忘れて飛びかかろうとしているのだ。

それだけそのジュリアスとかいう女に思い入れがあるのだろう。

 

「ジュリアスはいい女だな。俺たちむさい男としちゃあそんな昔の男の事をぶつぶつ言われてちゃ興ざめだ」

 

「貴様…!!ユリーに何をするつもりだ!!」

 

「明日の正午。ネクストに乗ってラインアークに飛べ。女一人を見捨てるのが貴族の誇りってんならそれでもいいぜ。そうだと言うのなら…まだ誰も手を出しちゃいねえが…もう知らん」

 

「…卑怯な…!!」

 

「じゃあな。セレン、行こう」

 

「ああ」

セレンが極めていた腕を離すと、ミュージカルのように大げさにそこに膝をつくジェラルド。これは多分…迷った果てに来るだろう。

あの男が言っていたことは正しかった。

 

 

 

 

(それにしても…ハマり役だったな…)

元々が悪人面だし背も高いからそういう卑劣な事を言うのは物凄く似合っていたような気がする。

 

「なぁ、ガロア」

 

「ん?」

 

「その…ジュリアス・エメリーという女は…そんなにいい女なのか?」

自分でもそこは聞くところじゃないだろう、と心の中でツッコんでしまうがもう聞いてしまったものは仕方がない。

それに気になるのも確かだ。

 

「え?知らん。そんな女がいるのかどうかも知らん」

 

「えぇ?」

 

「あれでのこのこ来たってんなら周りを囲ってステレオで協力しろ協力しろって言えば洗脳されるだろ。単純そうだったし」

 

「…はぁ…」

 

「もし従わなくてもどっかに放り込んで戦いが終わるまでパンでも与えて閉じ込めておきゃいい。カラードのランク5を封殺出来るんだ。戦うよりゃずっといいだろ」

 

(…こいつ…頭がよく回るなぁ…しかも悪い方に…。なんでこんな子に育っちゃったんだろう…)

セレンの教育は関係なく喋れなかっただけで元々こういう性格だったのだが、それが分からないセレンはちょっぴり罪悪感を感じはじめる。

 

「口は災いの元と言うんだぞ?ガロア」

 

「嘘も方便ってな。さ、連絡する奴にして、飯食って荷物まとめようぜ」

今日明日で全ての決心をさせるというのは少々性急な話だったが、冷静に考える時間を与えてしまった結果、やはりやめよう等と言わせないためのメルツェルの指示だった。

 

 

 

 

二人の家には沢山の物がある。

さらに、とてもではないが運べない量の物がセレンの部屋にはあった。

だが、最初にセレンが持って行こうと思ったのはガロアから貰ったアルメリアの花だけだった。

 

「それはトランクに入らないから手で持つことになるぜ?」

 

「私はこれだけあれば後は何でもいい」

 

意地でも見栄でも無く、本当にそう思っていた。

買い続けた服も靴も、もういらなかった。

 

結局ガロアの元々持っていたトランクに二人の服を少しずつだけ詰めて終わった。

 

二人の服を一人分の荷物にしてしまうことに何故だかセレンは少し笑みがこぼれ、ガロアに不思議な顔をされた。




前回マグナスのプロフィールを載せましたが、当然彼の全てを書いた訳ではありません。

「優しくされたのは生まれて初めて」と書いていましたがそれはマグナスの主観です。実は彼はある年齢までの記憶がほとんどありません。
実際は彼も人間なのでちゃんと親がいて家族がいて、としているはずなのですがそれらの記憶をほぼ失くしています。

彼の人生もストーリーも考えましたが、それは物語のラスト、根幹にあまりにも関わり過ぎているので文章にはしませんでした。

とはいえ一番気になるのはやはり第一話から出ちゃっている彼の名前のことだと思いますがそれはおいおい。





プリピャチは相変わらず立ち入り禁止だろうなと作者は考えていますが、今後作品にその設定が関わってくることはないです(断言)

うっかりフラグを立ててしまったぞどうするんだガロア


ダンはカニスに何も言いませんでした。何故なら絶対に止めてくるのは分かっているし、大げんかになるのも分かっているからです。
カニスは絶対に来ないということも、自分の気持ちが止められないということも。

ただし、今のダンは自由を手に入れました。戦場でカニスと出会ったらダンは戦わないという選択肢を持てるようになったのです。


こんだけ大戦力を揃えればイケるでしょ!!

なんて甘くないんだよなぁ


次回、ジェラルド プロポーズするの巻



ツイッター始めました。 @k_knot_ac
彼氏いるの?とかパンツの色は?とか聞いてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。