Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
国家解体戦争を経てリンクス及びネクストという物の凄まじさを経験した企業は、挙って二つの研究を進めた。
一つは自律型ネクスト。
もう一つがリンクスの量産、つまりクローンリンクスにAMS適性を発現させることであった。
自律型ネクストはどの企業もある程度の成果を上げることは出来たが、大成功とは言えなかった。
基本となるOSは、ネクストとACの形が変わらない事から無人ACに用いられていた物でもよかった。
しかしリンクスの操るネクストとは天と地ほどの戦力差があった。処理能力の限界からクイックブーストを使用できず、無人ACと同じく複雑な命令はこなせない。
結果、自律型ネクストも無人ACと同じく限定的な作戦にしか起用されず、コストも桁違いであるためそれが主流となることは無かった。
だがAMS適性の発現についてはただ一組の夫婦を除いて誰一人として現実にすることが出来なかった。
完全な人クローンの生成は出来ても、AMS適性は何故か発現させることが出来ない。
人間などこの世界に何十億もいる物をこれ以上増やしても何の意味もない。
リンクスという物にのみ、他のあらゆる人種、種族から隔絶した多大な価値があるのだ。
ある夫婦がその方法を手に入れたことを知った企業はあらゆる手を使ってかすめ取り、我が物にしようとした。
そしてその方法を入手した企業は次にその夫婦の抹殺を目論んだ。
どんぱちやるだけが戦争では無い。『敵の技術を盗んででも』兵器を開発し、そして相手の有効な戦力を潰すことも戦争だ。
企業にどんな思惑があり、夫婦がどのような人柄だったかは関係なく、人の価値を著しく変転させてしまうその研究は人には許されざる神の領域だった。
その通行料をソフィーとガブリエルは命で支払うことになってしまった。
神の怒りに触れることはどんな罪よりも重いのだ。
企業は偶然にもその『二人の息子』によってこれ以上ない危機に追いやられその代償を支払うことになる。
『二人の息子』は…これも偶然か、互いにクローンという企業の闇に対して並々ならぬ怒りを抱いていた。
一人は闇から闇へと何かに誘われるように力の持ち主を集い、もう一人は神か悪魔からか与えられた力を磨き抜いたのだった。
企業の崩壊する日は近い。
……あるいは人類の。
早朝。
かつてORCAの団員二人が送り込まれたインテリオルの実験工場で爆音が響き渡った。
「はーっはっはっは!!」
滅茶苦茶に武器を乱射しながらレイテルパラッシュが暴れ回っているのだ。
敵の攻撃を回避することなどを全く意識せず、ただひたすらに手にした武器で荒れ狂うということは口では説明できないほど気分がいい。
「これは最高だ!!」
四年間こつこつと積み上げてきた分だけ溜めていたフラストレーションを一気に解放し、ウィンは久しぶりに生き生きとしていた。
いや、人生で一番輝いている瞬間と言ってもいいかもしれない。
無人のギガベースが大きな音を立てて哀れにも崩れ落ちた。
『な、なにをしているのです!?ウィン・D・ファンション!』
時間帯が時間帯だけに、ほとんどが休息をとっていた職員や兵が飛び起きて通信を入れてくる。
「聞け!!私はカラードを裏切る!!家族がいる者!恋人がいる者!まだ死にたくない者!退け!」
『何を…何を言っているのですか!?』
「もし突撃を命令するような司令官がいるとしたらその者から吹き飛ばす!私に勝てるかどうかはそちらが一番分かっているはずだ!」
『本気ですか!?』
「本気だ!だがお前たちを殺すつもりはない!全員逃げろ!」
また一つ、無人のアームズフォートを高級な鉄くずに変えていく。
ORCAの連中が襲撃したのなら何か重要な物でもあるのだろう。それが何かは分からないが手土産に全てを破壊していってやる。
どうせ敵対することになるのならば、変に仏心を見せない方がいい。それで長引けば余計泥沼になるのだから。
『くっ…退避!総員退避しろ!!』
「それで…いいっ!!」
守った場所を、地位をぶち壊していくこのカタルシス。
抑え込まれた性的欲求を一気に満たすのと似た快感がウィンの脳髄を駆け巡る。
既にオペレーターのレイラは荷物をヘリに乗せてラインアークに飛んでいる。
そうだろうとは思っていたが、やっぱり二つ返事でOKしてくれたのがさらにウィンの背中を押した。
「ははは!!楽しすぎるぞこれは!!」
手にした銃を地面に置いて戦艦をボコボコ殴り歪な鉄塊に変えていく。
昔ウィンがプレイしたレトロもレトロなゲームにこんなボーナスステージがあった気がする。
これを修理するなら最初から作り直した方がマシだろうというくらいに破壊してとどめの一発の蹴りを叩き込むと、レイテルパラッシュの細い脚では威力足りずにコケてしまった。
気を取り直して立ち上がる。
「そうらっ!!」
戦闘中にもあげないような声で倉庫の分厚い扉をブレードで焼き切る。
リンクスになって様々なミッションを受けてきたが、それでもやはりウィンが愛していたミッションは強敵との戦いと破壊だった。
後ろ暗い襲撃やMT部隊の一方的な蹂躙などは好きでは無かった。
「はっはー!!…ん?」
アームズフォートとノーマルしか置いてなかったが、ここに来てネクストの影がある。
なんだこれは、誰の物だ?とまで考えてウィンはそのネクストの正体に気が付いた。
「……!これは…。…いい土産になりそうだな」
ウィンは自分ならば決してしないであろうと思っていた邪悪な笑みを浮かべて倉庫番と化していたそのネクストを持ち上げた。
アフリカ。
傭兵集団「ファミリー」と「コルセール」、計120人の人々は巨大なキャンプファイアを囲み、長の二人が前に立ち話すのを黙って聞いていた。
燃え盛る火の影を受けながらロイは叫ぶ。
「以上だ!前々からヤバかったけどな、いよいよもって世界がやべぇ!!」
「テメェら!好きなように生きて好きなように死ぬ!!おお、それでいいだろうよ!!」
「だが理不尽に死ぬことになるんだ、このまんまじゃよぉ!!」
「ただ黙って奪われるだけの存在か!?俺たちは!!」
「違うだろ!!カミさんがいる奴、ガキがいる奴、犬飼ってる奴!!色々いるけどなぁ、奪われていいのか!?よくねえだろ!!」
「じゃあどうすんだ!!戦うんだよ!!馬鹿野郎ども!!」
ウォオオオオオオオオ!!!
「Are you ready to ROCK!?ハッ!一度言ってみたかったんだ!!」
ロイが腕を上げるのに合わせて手に持つ武器をそれぞれ掲げて叫ぶ者達。中には松葉づえやレンチを掲げて叫んでいる者もいる。
ジャケットを脱いで肩にかけたロイの身体は引き締まっており、その顔に似あわずにゴツゴツとしていた。
砂漠で生き、砂漠で死ぬ戦士の肉体であった。普段はお茶らけたロイ・ザーランドの本質は結局のところ戦いに魅かれる戦士だったのだ。
「あたしからは無いね。野郎ども、黙ってあたしについてきな!!」
フランソワ=ネリスの言葉は実に単純であったが、それだけでコルセールの血の気の多い傭兵連中は雄たけびをあげた。
性別は違うはずだがロイとネリスの身体付きはどうしてか似ている。
二人が違う傭兵集団の頭でありながら非常に気があっているのもそんなところから説得力がある。
「よーし、ラインアークに行くぞ!!バカども!!さっさとヘリに乗れってんだ!!」
ロイのその言葉と同時にヘリに荷物と人が積み込まれていく。そんなロイの元に杖をついた老人、ロベルト・セブンスフォルドが近づいてくる。
「ったく…どうするってんだ…クソガキが…」
血混じりの痰を吐き捨てて暴言も吐く。
「ロベルト、あんたもやることがあるだろうが」
「ああん?」
「医者に見てもらうんだよ。ちゃんとした場所にいるちゃんとした医者にな」
「余計な気ぃ回してんじゃねえよ。…あっ、テメェ!」
ロベルトが飲もうとした酒を奪い取り、ロイは飲み干してしまう。
「死ぬなら…世界がもう一遍変わるところ見てから死のうぜ!?あんとき拾ってくれた礼に…おもしれえもん見せてやるよ!」
「けっ…ガキが…」
捻くれた性格というのは中々直らない。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。
それが年を食った老人ならば尚更だ。本心では喜んでいるはずなのに悪態を吐くロベルトをロイはがっしりと抱きしめた。
「愛してるぜ、ロベルト」
「何人の女に言ってきた?あん?」
やめろ、気色悪いとばかりにロイを突き飛ばすがロベルトはその言葉で涙が滲んでしまった。
「男には言ったことねえよ。あんたのやってきたことは誰に言っても誇れる素晴らしいことだ。テレビに出てちやほやされている連中の何百倍もな。埋もれている称賛されるべき物ってのを俺は知ってんだ」
遠くがよく見える老眼のその目には涙を通してヘリへと向かう元気な子供や彼の『家族』の姿が見える。
「ガキが…つっぱりやがって…」
悪態をつきながらヘリに向かうロベルトの顔にはボロボロの歯がよく見える笑顔が浮かぶ。
世界に新しい風が吹こうとしている。その風がまさかあの時拾ったぼろくずみたいな子供が今、起こそうとしているとは。
長生きもしてみるものだ。今までの気まぐれな行動の結果を見届けるという行為はそれだけでも案外楽しいものかもしれない。
ラインアークのネクスト発着場の壁のそばで座るハリは、自分と反対の壁に寄りかかってセレンと話すガロアを明らかに敵意が混じってしまっている目でじっと見ていた。
「……くそっ」
奴の頓狂な行動が何か物事をいい事に転がしていっている。それは分かっている。いや、分かっているからこそ気に入らなかった。
オペレーターだかなんだか知らないが女連れと言うのも気に入らない。何しろ自分はそこそこ長い付き合いのオペレーターとお別れしてきたのだ。
奴と自分の何が違うのだろうか。考えても何も分からず妬心ばかりが膨れ上がっていく。
「あ…」
「はっ。本当に来やがった…」
天使のようなデザインをしたネクスト、ノブリス・オブリージュがPAを切ってマニュアル操作で歩きながら入ってくる。
それを遠くから眺めていた黒髪の女が猫のように敏感にぴくりと動いた。
これで最後らしいが、自分を含めて九機のネクストがここラインアークに来ていた。
その全員がORCA旅団と合流するのならば、こちらのリンクスはジョシュアとマグナスも入れて21人となる。
現在カラードには行方不明のパッチと傭兵では無いCUBEを除いてリンクスは16人。
無論、全兵力では圧倒的に負けているし向こうにはアームズフォートもあるが、
リンクスが単純な数とみなしていい存在ではないことは企業が一番分かっているはずだ。
状況は少なく見積もっても五分以上になる。ガロアだけでなくセレンもそう感じていた。
「あ。飛び降りたぞ…」
「なんだぁ?バカだったのか?あの野郎は」
ノブリスの背部から出てきたジェラルドはそのまま10m近い高さから飛び降りて、見事な五点着地。
まだ衝撃が身体に残っているだろうに、そんなこともお構いなしに猛然と走り出す。
先ほど反応した黒髪の女の方へ。
「うわああああぁぁああああ!!ユリー!!ユリー!!」
母親に置いて行かれた幼児のように、大の男が目と鼻から水分を放出しながら叫んでいる。
当然声変わりもして、体つきもしっかりとした大人であるはずなのに、なびく金髪に透明な涙を絡ませ走るその姿は何故か良く似合っていた。
「ジェラルド…」
戸惑い気味だったジュリアスの表情を無視して大型肉食動物が獲物に噛みつくような熱い抱擁をかました。
「……」
「セレン、すげぇ…あれ…」
「俺が間違っていた!!俺が間違っていたんだ!!勇気が無くてごめんよ!!ユリー!!」
「あ…」
いったん抱擁をやめ、ジェラルドが懐から何かを取りだす。
それは遠くから見ても分かる大きな宝石のついた所謂結婚指輪などと呼ばれる物だった。
ジェラルドが昨日、リンクスを引退して以降自分の師であったレオハルトに勇気を出して全てを話したら怒るどころか質のいい宝石を扱う店を教えてくれた。
カラードに来て、ランクを上げてからのジェラルドはモテてモテてモテまくっていたが、それでも彼は女性の手を握ったことすらなかった。
ジュリアスの手を、指を忘れぬために。その指輪のサイズは間違いなくぴったりのはずであった。
「けっ、結婚してくらはい!!ユリー!!」
「う…え…う…あっ…その…、!!…はい…」
返事を聞くや否やジェラルドはそのまま再度熱い抱擁をし、腰を思い切りジュリアスの方へと曲げながらかぶりつくようなキスをした。
ジュリアスもおずおずとだがジェラルドの首に手を回し完全に愛し合う者同士の接吻の図となる。
それを見ていた者はセレンもガロアも含めて口をあんぐりと開けて状況に全くついていけていない。
次々と来るネクストを遠くから確認していたメルツェルとテルミドールも埴輪のように目と口を丸めて言葉も出なかった。
八年もネオニダスの元で姉弟同然に育ってきた女の意外過ぎる一面に二人はコメントを出すことも出来なかった。メルツェルはお祝いの文を頭で少し考えてやめた。
テルミドールは子供が生まれたら髪の色はどうなるんだろうと考えて、また深い混乱の中に落ちていった。
「嘘から出たまことか…。幸せそうじゃんか」
ガロアとしても適当な事しか言っていなかったのにこんなことになるとは思っておらずに頭をぽりぽりと掻いた。
最近になって思うようになったがもしかしたらもしかして、リンクスというのは頭のネジが外れた人間が多いのではないだろうか。
必要条件でも十分条件でもないだろうが、統計をとったら絶対に外れている人間の方が多い。
(いいなぁ…羨ましい)
そんな光景を前にしてセレンはただ羨ましいと思った。
(…?羨ましい?…散々男をブン投げておいて…?)
でもあれは間違いなく女の幸せの頂点だと思う。
周りの目も全く気にならない程なのだから。
(そもそもガロアがそばにいたら結婚なんかしないだろうな…)
というか結婚なんてする気も無い。でもそれを羨んでいる自分がいる。
結婚ってなんだろう?小学生あたりからコツコツとやってみればわかるかも。
隣でぬぼーっと立っている馬鹿のっぽのガロアは結婚や恋愛とかと最も遠い部類の人間に見える。自分と同類だ。
さっぱり分からない。
なんだか過去の自分を否定するようなことをいろいろと考えていた自分に疑問が生じて考え込んでいると、肩を突かれる。
「おい…なぁ…セレン。セレンって…」
「…ん?なんだ?」
「あれ…あれなんだ…?俺分からない…」
ガロアが物を尋ねるなんて最近じゃ無かったことだな、と思いつつガロアが指を指す方を見た。
「なんだ…あれは…」
日焼けしたボディービルダーのような身体にスクール水着とニーソックスを着た男がいた。
いや、男かどうかも分からない。顔は化粧をやりすぎたように白塗りされ、口紅が耳元まで塗られており、シャンプーハットを付けた髪の無い頭の上には象の形をした如雨露が乗っている。
おまけにスクール水着にはひらひらと白いレースがついており、ガロアの言葉通りなんだあれはとしか言えない。いや、一言で言えば変態だ。
「うあぁ…」
「ひっ」
柱の影から運動部のエースに想いを寄せる女学生のように、抱き合うジュリアスとジェラルドを見ていたその生命体がこちらの視線に気が付いたのか、
こちらをぐりんと向いてどこからが口か分からない唇を広げて笑った。小学生だったらそれだけでトラウマになっている。
((食われる!!))
二人がそう思った瞬間。
「ついてきてほしい」
「「ぎゃあっ!!」」
いつの間にか横にいたウィンに声をかけられて二人して口から心臓を覗かせた。
「…?なんだ?何か邪魔したか?」
そういうウィンの隣には白い髪を短く刈り込んだテルミドールもおり、怪訝な顔でこちらを見ている。
「いや…」
「…なんでもない…」
「? そうか。ヘリに乗ってくれ。昨日話した通り、私の知る全てを教えよう」
「? ここじゃダメなのか?…!!お前は!?」
テルミドールの顔を見たセレンが驚き咄嗟に距離をとる。
ガロアにはその行動の意味が分からなかった。
「そう気を張るな、セレン・ヘイズ。私はお前と同じだ」
「!…まさか…そんな…私以外に…」
(…ああ。セレンは…ベルリオーズの顔を知っていたのかな…)
既にセレンのこともテルミドールのこともクローンだと知るガロアはただ表情を変えずにそう考えていた。
「早くしろ。ヘリの準備はもう出来ている」
「ああ。セレン、行くぞほら」
「……」
実はまだ荷物も持ったままのガロアとセレンだが、本格的に動き出す前に知っておいてほしいという、あまり説明になっていないウィンの言葉に負けて荷物ごとヘリに乗り込んだ。
兵器運搬用のヘリなのか、荷物を持っていても全く狭くは無かったが。
ヘリのパイロットは何故か風変わりなマスクをした女性だったしテルミドールとウィンは一言も雑談などしない。セレンもテルミドールと会ってから押し黙ってしまっている。
どいつもこいつも訳アリといった感じだった。誰かが話していなければ場が沈黙している、というのはガロアの生きていた18年間で当たり前の事だったがそれでも空気が重かった。
3時間ほど飛んで着陸した場所は寂れた街のすぐそばの砂漠地帯だった。こんなところで何をしようというのだろう。
まさかいきなりウィンが自分を撃ったりして、と考えていると先にウィンが降りて行ってしまった。
そっと外を覗くといかにもあの街の住民とみえる痩せて無精ひげの生えた中年男がいた。
「…? 誰だいあんた?」
「お前からこれを受け取った者だ」
そう言いながらウィンは手にした一冊の手帳のような物を見せる。
説明が少ないんだよいつもいつも、とガロアは思う。全くもって状況が理解できない。
「!!あんた、女だったのか!いや、そうじゃなくて…一体何をしに来たんだ?もう会う事もないはずだろう?」
「…降りてこい」
「?」
ここまで何一つ意味が分からないままガロアもセレンも降りる。
テルミドールはヘリの中からその男を見てからずっと何かを考え込んでいた。
「一体こんなところで何を…」
「!!?お、お前は…!?…!!まさか!!?ああああ!!すまない!!許してくれ!!」
ガロアが不満げに疑問を漏らしながらヘリを降りて、その顔を男が見た途端に恐ろしい物でも見る様に男は崩れ落ちて転げながらガロアから距離をとる。
「ああ?人の顔見て転げまわるのが趣味なのか、おっさん」
恐ろしい物を見るようなすっかり視線にも慣れてしまっていたガロアだがそこまでビビられるのは流石に心外だった。
「落ち着け。話に来ただけだ。私はな」
「う、あ…ああ。…だがまさか…そんな…」
(なんだ?この男は…)
明らかにガロアと初対面のはずなのに、何かを知っている。というよりも恐れている。
セレンは眉を顰めて頭を回転させるが何もわからずとりあえず黙っておくことにした。
「テルミドール。何をしている?降りてこい」
「貴様…貴様、どこかで見た顔だ…。どこで…」
テルミドールがドアに体重をかけて頭を押さえる様にしながら降りてくる。
その顔には尋常ではない汗が浮かんでおり余裕がない。
「!!まさか…お前…28号か!?生きていたのか!?」
「…?誰なんだ…貴様は…」
(28号?テルミドールを作るプロジェクトにでも携わったのか?)
自分も32人目にして偶然AMS適性があっただけという事を知るセレンは当たらずも遠からずの答が頭に浮かぶ。
だがガロアがいる今、変なことは言えない。
「ガロア。自分の名前を言ってみろ、全部だ」
「俺か?というかあんた、初めて俺の事をフルネームで呼ばなかったな、ウィン・D・ファンション」
「いいから言ってみろ」
「…?ガロア・アルメニア・ヴェデット…」
「!!!そうか…そうだったのか…やはり…俺を…裁きに来たのか?」
「はぁ?おっさん、あんたは何なんだよ」
全てを理解した男は脂汗を流しながらも観念した顔となりその場に座る。
「私が説明しよう。今から22年前、ここから北東にあるグルジアという国でレイレナードの研究所があった。ここである男女が出会い、そしていつか来る戦いに備えて研究が行われた。リンクスを量産すると言う計画のもとにな」
「そこで生まれたのがテルミドールだと?それにガロアがなんの関係がある?」
「その男女の名は、ソフィー・スティルチェスとガブリエル・アルメニア・ヴェデット。…お前の本当の両親だ、ガロア・アルメニア・ヴェデット」
「…!俺の…?」
「だがその研究所は今から18年前の6月6日に、倫理逸脱の粛清という名目で企業からの襲撃に遭った。そこには…サーダナも参加していた。そしてここにいる当時三歳だったテルミドールとこの男以外は全員死亡している」
「待て…私は…違う…」
頭を押えてその場にへたり込むテルミドールを無視してウィンは話を続ける。
「何故その日が襲撃に選ばれたか。ガブリエル・A・ヴェデットを戦闘に参加させないためだ。その日が出産の日でガブリエルは妻のソフィーに付き添い研究所を離れていたからな」
「ちょっと待てよ…俺の…本当の父親が戦闘に参加しない?訳が分からねえぞ」
「ガブリエルは優秀な研究者であると同時にオリジナルリンクスだった。お前は本来より二か月も早くこの世に生まれた。だがそれでも完璧なタイミングであの研究所が襲われたのは…」
「お前こそが裏切り者だからだろう」
砂の上に座る男を見下ろし冷ややかな声で告げるウィンを見ながら、男は青ざめた顔で頷いた。
「小さな子供だけが通れる頑丈な隠し通路の存在でテルミドールは助かったが…お前が生き残っていることだけは何度考えても不自然だった。さて…お前を裁くとしてそれは私ではない。
ここにいるガロア・A・ヴェデットとマクシミリアン・テルミドール、そしてセレン・ヘイズにその権利がある」
「待て。私が何故関係がある?」
「…お前はどこに、リンクスのクローン技術を横流ししていた?」
ウィンはすでにその答えに見当はついているが、改めて男に聞く。
セレンはその時、びりっと背中に変な電流が奔った気がした。予感と呼ばれるものだが何を予感したのかまでは分からなかった。
「………レオーネ…メカニカだ…」
そしてぽつりと呟いた男の答が全てだった。
「!!!!」
何故自分達三人はここに連れてこられたのか、そして昨日のウィンが言った言葉。
(ガロアの両親がいなければ…私は生まれていなかったのか…)
セレンもガロアもテルミドールも。
この世に生を受けた由来を辿れば、ガロアの両親の存在だった。
親がいなければ子はいないというのは当たり前の話だが、それにしても奇妙な物語だ。
どうして自分を含む三人は育った場所も環境もバラバラだったいうのに出会ってしまったのだろう。
「ふーん…会ったことも無い両親の話をされても…ピンと来ねえけどさ…おっさん、何か言いたいことはあるかい」
「ああ…、いや…俺には今、家族がいる。だからこそ…俺のしたことが許されることじゃないというのは分かっている。殺すというのなら…殺してくれていい。それにしても…」
「?」
「…本当に…母親にそっくりだな…ガロア・アルメニア・ヴェデット…」
かつて男が密かに焦がれ、劣情を抱いていたソフィーと目の前のガロアの顔は全くと言っていいほど同じだった。
テルミドールがガロアの顔を見るたびにその面影を思いだしてしまう程に。
「お、おお…貴様…貴様が…父さんと母さんを…うう?ああ…なんのことだ…?く、う、う…」
うずくまったまま要点の掴めないことを呻きだすテルミドール。
「……」
ウィンが疑問だったのは何故ここまで企業に振り回され、しかも企業の元にいながら最初の目的通りに動いているのに両親のことを調べようともしていなかったのかということだった。
もしも自分の両親が企業にされたことを覚えていたのならば、企業に所属して企業の罪を精算しようなんてことをするだろうか。
「28号…いや、オッツダルヴァ。お前は二人にとても愛されていた…よく覚えているよ…そして何よりも心待ちにしていたな…」
「ぐううううう!!」
とうとう頭を押さえて悲鳴のような声を上げだした。
(やはり…洗脳と催眠か…テルミドール…)
根拠不明の怒りと憎しみに苛まれてストレスを溜め続け、髪の毛まで真っ白になってしまったテルミドールをずっと観察してウィンはその理由を根拠から積み上げながら推測していた。
恐らくはその愛情がいけなかっただろう。必要ないと判断したレイレナードは両親とテルミドールの出生に関わる記憶を消そうとしたに違いない。
だが人の記憶も想いもそう簡単に消せるものではなく、
強行的に行われた催眠による一部の記憶へのアクセス遮断はテルミドール及びオッツダルヴァの分裂して破たんしたような性格を作り上げてしまった。
それが幼いころの大部分の記憶となればそれも無理はないだろう。幼い頃の記憶というのはつまりその人物の根っこの部分なのだから。
「弟が生まれてくることを楽しみにしていたな、お前は…」
「あああぁあああああ!!」
幼いころにかけられた洗脳と催眠が壊れ、塞き止められていたダムが決壊するように記憶が濁流となり流れ込んでくる。
何故こんな大切なことを忘れていたのだろう、という後悔を与える暇もなく記憶がテルミドールの瞳の裏で次々と再生されていく。
父に抱きしめられた日々を、母のお腹に手を触れて弟の誕生を心待ちにしていた日々を。
「会えてよかったな…弟と…」
「あ………」
テルミドールの隣で困惑して立っているこの少年こそが、幼いころにリンクスになって守ろうと決めた弟だったのだ。彼は自分が生きる理由をもうとっくに見つけていたのだった。
「ずっと…お前を忘れていた愚かな兄を…許してくれ…ガロア…」
「……」
自分の脚に縋りつき涙を零す白髪の男を見てガロアはただただ困惑している。
同類だとか、通じるところがあるどころではなかった。本来ならば兄弟として、はらからとして一緒に生きていたはずの人間だったのだ。
テルミドールがガロアを見て感じていた違和感を、ガロア自身がその獣の勘で鏡を見るように感じとっていたのだった。
「これからは…兄が…お前を…守る………僕は、オッツダルヴァなんだ………父さんと母さんが…つけてくれた名前だったんだ…」
「…う…お…?」
理解は出来てはいるが頭がついていかない。
家族を失い、何もかもを捨てて飛び出したあの日がフラッシュバックする。
今更再会だと?この俺に?と。
『血が繋がってなくても家族。そういうこともあるだろう』
いつか自分が口にした言葉が頭の中でいつまでもぐるぐると渦巻いていた。
血が繋がっていなくても家族という言葉が真実ならば、自分は。
そこまで考えてガロアは、隣で自分と同じくらい困惑しているセレンが自分にとってどういう存在か気が付いたのだった。
結婚おめでとうございまーす
仲人はネオニダスですかね(独身だけど)
実際の八年も面倒を見てきた女の子な訳ですからぐっとくると思いますよ。
最後の一押しも自分でしたわけだし。
結局レオーネ改めインテリオルのリンクス量産計画は頓挫しました。
情報のリークのせいでもう霞の遺伝子は使えませんし、今更量産しても間に合わないというのもありますが、何よりもこの男の伝え方が不十分だったので完全な量産が出来なかったのです。
事実、ガブリエルとソフィーは互いに完璧なコンビネーションで一発でオッツダルヴァを生み出していますが、インテリオルはセレンを生み出すまでに31回も失敗しているというのは第二話を見ていただければ分かると思います。
じゃあ人員を増やせばいいじゃん、という訳にも行かないんです。人間の犯せる罪の中でも最悪の部類に入る物ですから動員する人材も限られますし、規模を大きくすればそれだけリークしやすくなります。
何よりも金と時間がかかりますしね。一から作るのは。
これからガロアは『武の極み』に挑むことになります。
虐殺ルートで見せたのが『暴力の極み』であるならば、それはどうなるのでしょうか。
武も暴力も似て非なるものなのですが……
ハリの嫉妬が膨れ上がっていますね。
戦力とよく回る頭という面以外では全てに勝っているハリなのに……
いずれガロアに喧嘩を売ることになるでしょう
その時ガロア君が普通にぼこぼこにして終わるのか、言葉巧みに説得するのかは…お楽しみに。