Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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最後の一押しは突然に

朝、随分と小さくなった気のするキッチンで軽い朝食を作っていると起こす前にセレンが起きてきた。

めちゃめちゃに冷たい水で顔を洗わせて食事を出すと、こっちの方が美味しいよと言ってくれた。

言ってしまえばなんだが、ウォーキートーキーと同じ作り方のはずなのに。今日のセレンは朝から何か変だった。

 

「よーし、行ってみるか」

 

「ああ」

二人でもこもこと厚着を着こんで外に出る。

今は雪の季節では無いが、あの山の天辺にはどう見ても雪が積もっており溶けていない。

 

「どこに行くのデスカ」

 

「ああ?あの山だ。まぁ昼までには帰ってくるさ」

ついっと山の方を指さすと、普段あれだけ口の回るウォーキートーキーは何かを考え込む(?)かのようにカメラアイを数秒点滅させた。

ん?と思う前にはもう反応は返ってきたが。

 

「何故デスカ?」

 

「何故って…気になるからだよ」

 

「単純に山に登ってみたいよな」

セレンの答えはなんだかアホみたいだったがまぁそれも理由としてはある。

せっかくこんなネクストなんかに乗っているのだからそういうこともしてみたい。

 

「ピピッ…分かりマシタ。お気をつけて」

 

「うん」

 

起動の方が時間がかかったくらいだ、という感じだった。

肉眼で見える場所などネクストならばあくびする間に行けてしまう。

 

「どこに降りるかな」

 

「あっ。あそこどうだ」

昨日と同じく自分の上に座っている形のセレンだが、何となく身体をさらに寄せてきているような気がする。

 

(……?…?なんだろ)

変な感じがする。何かが変わった気がする。心の中だけじゃなくて…例えば今はセレンの耳が赤い。

寒いからだろうな、ということにしてセレンの指さした場所へと飛ぶ。

 

「ふーん。大丈夫そうだな」

恐る恐る足をつけてみて息を吐く。鋭角な山、しかも雪山の頂上なのだ。

つるっと滑ればごろごろと下まで滑り落ちてセレンの頭にゲロを吐くことになりかねない。

 

「全然雪が溶けていないんだな」

気温の問題もある。春だろうと夏だろうとこの地域は、木陰や洞窟などありとあらゆる場所で氷が張り、雪が残っている時間の忘却の場所だ。

三角形の頂点に立つ訳にはいかないので、頂点より少し下がったところにAC一機がなんとか立てるぐらいの段差、スペースがあってとんがり帽子のような頂点がそのスペースに影を落としている場所に着地する。

 

『_____、__』

 

「は…?うそだろ…」

 

「え?何?ガロア、なんか言ったか」

 

「あ、いや…」

森にいた頃は生きていてもいなくても、それぞれの物体は意味のある音を出していて、それが聞こえるのが当たり前だった。

街に行ってからはそれが消えてしまった……が。アレフ・ゼロだけは不思議なことに語りかけてくる。事あるごとに、ピンチの時に。

今もまさに意味のある言葉でジャックを通して語りかけてきたかのように思えて反応してしまった。

言葉に出してしまったのは、まだ言葉を得てそう月日が経っていないからだろう。

 

「ここ…なんかある」

 

「何言っているんだ?お前」

鋭角な山の頂点を成している部分を見る。

このスペースから一番上までの高さは8mくらいだろうか。この雪の中に何かがあると、そう感じる。

 

「ちょっと待って、セレン」

 

「は?おい、雪崩が起きるって、おい!」

セレンの言葉を無視してブレードをマニュアルで起動し、ゆっくりと目の前に立つ壁を成す雪を溶かしていく。

普通なら土が出てくるはずだ。そう思っていた。だが。

 

「なんだと…」

溶けた雪から出てきたのは一機の朽ちたACだった。

ネクストには見えないがノーマルかと言われればまた風変わりな機体だった。

 

「人知れず…ここで戦った者がいたという事か?…偶然見つけたのか?」

こんな戦いだらけの世界だ。偶然ACを見つけるなんてこともあるといえばあるだろう。

 

「なんだ…?こいつ…ここで何していたんだ…?」

間違いなく、この10年20年の間のことではない。

父も自分も何年も眺めて景色として存在したこの山はずっとこの形だった。

一晩でこのACを隠すほどの雪は降らないし、自分と父に気付かれずにこの場所に来て朽ち果てるなんて不可能だ。

 

「アーマードコアが兵器として広く普及したのはおよそ150年前…もしかしたらこの場所で…一世紀以上眠っていたのかもしれんな」

 

「どこ製の…?」

ネクストの全兵装を把握しているわけでは無いし、ノーマルならなおさらだ。

レイレナードのように急成長し消えていった兵器開発企業も少なくはないのだから。

それにしても見た事が無い機体だ。手にした武器一つをとってもグレネードランチャーとライフルを混ぜたかのような奇妙な物を持っている。

 

「………お前なぁ」

 

「え?」

 

「女と二人でこんなところまで来てスクラップACの談義?馬鹿か?」

 

「え?え?」

ちらっとこっちを見たセレンは何故か不機嫌そうだった。

確かに、山に登って景色を見ようとか言っていたがここまで拗ねる程か?

 

「もういい。好きなだけ調べていりゃいいさ。私は外にいる」

そう言ってセレンは勝手に降りて行ってしまった。

カメラに映るセレンは景色を眺めながらも明らかに不機嫌だ。

 

(なんだよ…そんな怒るほどか?)

ガロアは未だにセレンの気持ちにも自分の気持ちにも気が付かない。

セレンが怒るのも当たり前だった。

 

「ま、いいや」

セレンが開けたアレフ・ゼロの背部から凍える寒気を肌に受けながら外に出る。

景色を楽しむのはとりあえず後だ。

 

『…あんな物がある時点で…俺たちの存在価値は…』

あの日、未確認AFを撃破したときの自分の言葉が思いだされる。

 

(なんでそんなことを今?)

自問自答をしながらそのACの肩へと乗る。

 

「中身は…いない」

人型で背部から入るなど、基本的な構造は同じだ。もしかしたら最初期のACで、この辺で何かしらの作戦でもあったのかもしれない。

あの大自然を思うに考えにくいが。雪を掻き分けて開きっぱなしだったもう人のいないコアへと入る。

 

「もう動かない、当たり前か」

雪に埋もれて凍り付いたACはどこを適当に触っても全く反応しない。

 

「うーん」

がちゃがちゃと操縦桿を触るが反応はなし。モニターにも何も映らない。

 

「なんだこりゃ…見た事もない文字だ」

変なことに気が付いた。

各スイッチに書いてある文字や、所々にある文字、全てが読めない。見た事も無い文字で書かれていた。

 

「ん…?」

サンバイザーにビニールに入れられた何かがあることに気が付く。

取り出してみるとそれは何枚かの写真と文字の書かれた紙のようだった。ビニールに入っていたおかげで雪に濡れているということも無い。

 

「……?何語?」

画像と文字が入り混じったその紙は作戦指令書のようにも見えるが…全く読めない。

 

「これは…火星…?だよな…」

取り出した写真に写る赤い星は恐らく火星のはずだ。

太陽系で他にこんな星は知らない。昔何度も何度も星々の図巻を見て空を眺めたことがあるから分かる。

それなのに疑問が残るのは。

 

「なんだ…?こんな衛星…知らないぞ、俺は…」

火星を取り巻く二つの衛星とその軌道がある。

名前らしきものが書いてあるが読めない。

 

「ダイモス…だろ?これ…なんだ?どういうことだ?」

火星の衛星は一つしか無いはずだ。悪戯か?と思ったが悪戯にしては手が込み過ぎているし意味が分からない。

おぼろげな知識でガロアが覚えている火星というものは、太陽系の中で地球以外で一番人類が生きていける可能性のある地球以外の星、だとか水があるらしいとか…。

火星古代文明なんて眉唾物の噂について大真面目に語っている本も図書館にあった気がするが、自分は馬鹿馬鹿しいと一蹴して手に取りもしなかった。

人が生きていけそうなら文明があるかも?なんて子供のような発想だ。

 

「……?」

写真を裏返すとまたしても解読不能の文字が書いてある。

だが常識から言ってここには日付が数字で書いてあるはず。

恐らくは数字であるはずだ。しっかりと「/」が所々に入っている。

だが数字すらも意味不明の文字で表す必要があるのだろうか。

 

(極秘ミッションでも受けていたのか…?)

と、なれば作戦説明の書類や資料を全て暗号化したか。

だがそれでもACの内部まで暗号化する理由があるのだろうか。

 

(一体何を…?こんな場所で…)

そこまで考えて何かに気が付き外に出る。

昨日のセレンの言葉通り、この山はここらで一番高い。

そしてその頂上ならば何もかもが見渡せる。

 

「こいつ…空…宇宙か?宇宙を見ているのか、お前は…一体…?」

そのACのヘッドはどういう訳か、下を見ていなかった。空を…宇宙を見上げる形で停止していたのだ。

高い場所から偵察の為に下を見下ろすミッションなら、まぁあるだろう。納得も出来る。何故この機体は空を見る?

 

「……?なんだ…これ…」

二枚目の写真には白く細身の機体が写っていたがこれまた意味不明。

細長い腕、細長い脚、小さくも大きくもないが頑強そうなコア。

左腕からは青白いブレードらしき物が光を帯びて出ており、その周囲にはこの前戦ったソルディオスオービットを極限まで小さくしたような自律兵器が飛び回っている。

そしてそのコアの…人間で言えば脊髄、もしくは首の後ろに当たる部分から尾長鶏の尾のように伸びている三日月のような物は砲台だろうか?

アーマードコア・ネクストは人一人が操れる兵器の中では間違いなく最強の兵器のはずだ。それなのにガロアはこの機体の写真を一目見てびりびりとその強さを察した。

理屈なんてチンケな物では無い。強者を求めて戦い続ける細胞を持つ者だけにある通常の思考とかけ離れた部分にある能力。

きっとアナトリアの傭兵もこれを見た瞬間にその戦力が分かるはずだ。

 

(こんなものがいたのか…?俺が知らないだけで…)

最新最強、それがネクストのはずなのに…この機体と戦って勝てるかどうか分からない。

いったいどれだけ昔の物なのか分からないこの機体に。最新兵器のネクストが。

どの進化の過程で生まれた機体なんだろう。セレンから教わった様々な企業のネクスト、AC、MTを思い出すがどの遺伝子も継いでいない。

この写真の機体も、よく見ればこのACも。人型なだけだ。

 

「……」

だが三枚目は実に簡潔だった。写真では無く一枚の絵だった。

 

「黒い鳥の伝承…?」

鳥ともACとも言える黒い『何か』が空を飛び争い合う人々を俯瞰している絵だった。

何かの偶然。それは間違いない。自分は何かを見つけた。これはいつのものなのだろう?

 

父から教えられたその神話の記憶が蘇る。

破壊され、再生し…繰り返す世界という世界の真理を端的に表したような壮大だが分かりやすい話だった。

万物は流転するのだ。

 

(何度も繰り返しているだと?繁栄して自滅して?)

そんな馬鹿な、と独りごちる。

世界中にある本も写真も、絵画も。今まで人類が数千年にわたって歩いてきた歴史を描いている。

そこには滅亡も復興も無い。牛歩ではあるし争い続けているが、それでも一歩一歩人類は進んできた。

 

「だったら…何故…」

黒い鳥という世界中に広まった伝承はどの地域でも同じく、世界は滅んでは復活を繰り返してきたという内容なのか。

分かるのは…黒い鳥といい、リンクスの量産といい、空飛ぶ変態球といい人間の力への渇望は底がないということだ。

 

(なんだ…?こんな寒い場所とは言え…何故ほとんど劣化もしていない?)

少なくとも10年20年の物では無い。セレンの言う通り、一世紀以上もここにあったのだとしたら…全く劣化しない写真なんてかなりの技術、というよりも未だ開発されていない技術なのでは?

だが自分はまだ18年しか生きていない。この世界の事なんて、分からないことの方が断然多い。

 

「なんなんだ…お前は…」

目を閉じてコックピットの中で耳を澄ますが当然何も聞こえやしない。人工的に作られた物だからだ。

森は相変わらず騒がしかった。自然はただそれだけで固有の音を出す。

 

(じゃあなんでお前だけは…?)

コックピットから顔を出して雪の光の反射を黒々と受けるアレフ・ゼロを見る。何故、こいつだけは『声』を感じるのだろうか。

もう一度耳を済ませるとはっきりとそれは聞こえた。

 

「アホー、ガロアのアホー。何やってんだよアホー」

…セレンの声だった。

 

「お、おお。分かった、分かった。今そっちに行く」

かなりキレ気味の声で叫んでくるセレンの声に首を引っ込めながら写真と書類をポケットに入れる。

誰かに…とりあえず後で誰かに聞こう。ラインアークの図書館で調べるのもいいし、専門家も一人や二人ならいるだろう。

ただ分かるのは、今ここでセレンに「あの中でこんなの見つけたけどこれって何」と聞いたらますます不機嫌になるであろうことだけだった。

 

『___、___』

 

(……。信じられるか、そんなこと…)

このACからは聞こえなかったが、代わりにまたアレフ・ゼロからの声が聞こえる。

これが自分の脳内が作り出した幻覚なのかどうか分からない。

最近、自分は何を信じていいのか分からなくなっている。己が力のみを信じるよりもよっぽど難しい状態にいる。

なぁ、俺のネクストは喋るんだ。……とそんな事を言っても誰が信じてくれるというのか。

だが現実、このネクスト…アレフ・ゼロはいつも力を貸してくれて、そして先ほどの囁きすらも真実だった。

事実としてアレフ・ゼロはかなり自分の命を吸っていると思う。だとしたら、魂の繋がりの一つや二つ、出来ていても不思議ではない。

 

(何を馬鹿なことを……)

何を信じていいのか…自分すらも信じられないが、ただ一つ、この人の事だけは信じられる。

そんな女性の元へ行くと彼女はもう不機嫌そのものだった。

 

「なーに、やってたんだ?あぁ?」

 

「いや…」

ここでまた何か無粋なことを言ったらまた怒ることが分かるガロアは黙っているしかない。

座れ、とジェスチャーするセレンに従い、セレンの隣に座る。雪の上に座るのは冷たいのでアレフ・ゼロの足の上だが。

 

「ほら。あのポンコツが持たせてくれた」

 

「ん?」

渡されたのは水筒だった。開けると湯気が上がり、芳しい匂いがする。

紅茶の香りだ。

 

「素晴らしい景色だ」

 

「うーん…確かに…」

右には青い海、上には雲一つない空、そして眼下には見渡す限りの緑の森。

あそこで自分は獣に身を落としながらも強く育った。血と死の場所だ。

十何年も育った場所なのに見る角度が違うだけでこんなに違うなんて。

 

(いや…違う…?…んじゃないか…?)

セレンと見るから綺麗なのかも、と論理的では無い思いが浮かんで首を傾げる。

ちらっと隣を見ると大分セレンとの距離が近い気がした。

 

「??…??」

どうしてだか顔が赤くなるのを感じた。

セレンの顔も赤いのは寒いからなのだろうか。

その肌に触れたらひんやりとしているのだろうな、と考えるとさらにかっかとしてきた。

その時、ふわりと優しい香りがガロアを包んだ。もう何年も知っているセレンの匂いだった。

隣のセレンが肩に巻いていて体温まで移ったショールを広げて一緒にかけてくれたのだ。

 

「寒いだろ。慣れていても」

なんとなく、それは言い訳だと分かった。

ショールが落ちないように、と言わんばかりにさらに近づいてくる。

 

(……?…なにこれ…?)

何かがおかしい。自分のセレンへの感情も、セレンの自分に対する態度も。

何故か昨日の夜、好きだと言われたことを思い出した。

 

(知っているよ…?)

なんで今更?そんなことを?言わなくても分かっていることまで言うべきなのか?

そんな…口に出すのはちょっと照れくさい事まで。

何をため込んでいるのかも分からないまま溜息を吐くと、それは普段よりも白い気がした。その中に答えが紛れ込んで出て行ってしまったかのようだった。

 

見た目はもう少年期も終わり、大人の風貌になったが、その中身はほとんど変わっていない。

少しだけ頬を赤らめ隣できょとんと間抜け面をしているガロアを見て、セレンはなんだかなと同様に白い息を吐いた。

女を引っ掛けまくる浮気者よりは百倍いいんだが、これはこれで問題だ、と。

 

「……ここから見てもお前の家は見つかりにくいな」

 

「……ほんとだ。よく出来てるな」

来た場所が分かっているからこそ、そこに目をこらせば家らしきものが見つかるが、普通に飛行機が真上を通過してもまず見つからないだろう。

結局あの森で暮らしている間にもあの家まで余所者が来ることはなかったし、やはり相当に人の世から逃れることを考えて作られた家らしい。

 

「ここで人知れず…お前は…」

最後まで聞こえなかった。冷たい風が吹いてセレンの髪を流して口を塞いでしまったからだ。

ただ、いい香りがした。寒いと匂いがよく分かる様な気がする。

ここからならばバックと自分が殺しあった場所も見える。……随分と遠くまで来た。

 

「…いったん家に帰ろう。腹が減っただろう?セレン」

 

「そだな」

 

もう一度だけ、人知れずに眠っていたACを振り返り、ガロアはアレフ・ゼロに乗り家へと帰った。

 

 

 

 

特に何を話すでもなく、二人で暖炉に当たっていたがセレンは5秒ごとくらいにガロアの顔を見ていた。

普段のように眉を顰めず、顔に力も入っておらず、優しげな瞳で暖炉を見つめるガロア。親を殺されず、自分とも出会わず普通に高校に通っていたらこうなっていたのだろう。

力を与えたのは紛れも無い自分だからこそ、ガロアが傷つくことに罪悪感も痛みも伴う。

それでも自分と会わない未来なんて嫌なんだ、とセレンは静かに思っていた。

 

「…行かなくちゃな」

 

「ああ」

ずっとこのままでいれればいいのに、と思っていたのは間違いなくセレンだけではない。

ガロアの目にはずっと安らぎと葛藤が映っていたがそれでもガロアは戦いに戻ることを決意した。

ならば自分だけがいつまでも悩んでいる訳にはいかない。

 

「ウォーキートーキー」

 

「ハイ。行くのデスカ、ガロア様」

 

「ああ」

 

「分かりマシタ。また、ワタクシはこの家を守ってイマス」

 

「いや、それはもういい。……どうやら、俺の帰る場所はもうここじゃないらしいんだ」

 

「?」

 

「どういうことデスカ?」

 

「お前、ついて来い」

 

「ソッ、ソレハ?」

 

「このポンコツを連れていくという事か?だがどうやって?」

アレフ・ゼロの手に乗せれば持っていけないことも無いだろうが、武装を両手に装備しておりそれもちょっと難しい。

 

「あの時は呆気に取られてたけど…お前、飛べるだろ?」

 

「えぇ?」

どこからどう見ても飛ぶ体型では無いじゃないか、と思った瞬間。

 

「ハイ」

あっという間に変形して戦闘を意識した形になってしまった。背中にはウィングブースターが装着されており、カラーリングまで変わるという変態っぷりだ。

 

(ん?なんか…どこかで見たような…)

その形と言い色と言い見覚えが少しあるのだが詳細が思い出せない。

 

「街に行って色々見てから分かったけどお前、相当性能いいだろ?機械いじりは得意か?」

 

「ムムッ!!もちろんデス!!車の不調からネクストの整備までお任せクダサイ!!」

 

「よし。命令だ。着いて来い、ウォーキートーキー。一緒にラインアークまで行くぞ。荷物まとめてこい」

 

「ジジジッ…了解デス!!」

そのまま戦闘を意識した形で家の入口まで走っていき、入り口にウィングを引っ掛かってずっこけてから変身しなおし中に入っていく。

 

「セレン。行くぞ」

 

「あ、ああ」

 

家に鍵をかけてアレフ・ゼロに乗り南東へと飛ぶ。

風呂敷を持ったウォーキートーキーが、手で掴まっているとはいえ時速1500km/hで飛んでいるはずのアレフ・ゼロに着いてきているのは少し目を疑いたくなった。

 

ホワイトグリント一機しか無かったから仕方がないことだが、ラインアークにはネクストを置いておける場所が一か所しかなく、

首都から見て北端にある基地だった。一応その場所が企業(主にオーメル)から攻め込まれるとすれば一番危険な場所であり、それ以外の東南北はノーマルと固定砲台でなんとか守っている状況だ。

他のコロニーとは違い、外の守りは固めている代わりに、内側の守りは極端に薄い。最早守っていないと言ってもよく、治安もあまりいいとは言えない。

だがそれでも内側のゴロツキと企業の嫌がらせのどちらを処理するかと言えばやはり企業からのちょっかいの方が被害が大きいので外を守らざるを得ないのだ。

ネクストが北端にある以上当然だが、リンクス達もそのすぐ近くに住むことになった。ネクストは本気を出せば時速2000kmでカッとんでいけるが、人は頑張っても時速40km出せるかどうか。

緊急時にいかに早くネクストに乗りこめるかが重要なのだと言う。マグナスもジョシュアも場所は公開されてはいないがネクストの近くに住んでいる。

 

ロシアの田舎から帰還したアレフ・ゼロを最初に迎えたのは愛機セレブリティ・アッシュを磨くダンだった。一大決心をしてこっちに来たのは良いものの仕事も無く、娯楽も無い。

街までバスや車を使えば行けないことは無いが片道一時間近くかかるしあまり治安がよろしくないというので一人で行くのはちょっと怖かった。メイを誘おうと思ったが怖いんで着いてきてとは言えない。

 

「ん…?ガロアが帰ってきたのか。…いいなぁ…女連れて帰省なんて…」

ダンの頭の中ではセレンを両親に紹介するガロアの姿が浮かんでいるが、ガロアには家族がいないことをすっかり忘れてしまっている。

 

「…狭いコックピットの中で二人…はぁ…」

ため息がセレブリティ・アッシュのボディを曇らせる。

と、その時アレフ・ゼロから降りるガロアの隣にとんでもないものがいることに気が付いた。

 

 

 

 

「う、おおお…お?お…それは…」

 

「?なんか用か?」

 

「セレブリティ・アッシュだあぁあああ!!?すげえぇ!?なんで!?なんで動いてるんだ!!?」

風呂敷を抱えたウォーキートーキーの元に掃除道具を放り投げて駆け寄るダン。

それと同時にセレンは納得していた。

 

(ああ…あのネクストに似ているんだ…)

ウォーキートーキーのカラーリングはまんまあのセレブリティ・アッシュと同じであり、形も心なしか似ている。

製作者の遊び心の表れなのだろうか。

 

「コンニチハ」

 

「キェエエエエエアアアア!!シャベッタアアアアア!!?」

 

「…?セレブリティ・アッシュってあのエンブレムの奴じゃねえのか?」

 

「馬鹿野郎!!あいつと合体変形ロボット、二人は一つでセレブリティ・アッシュだろうが!!」

 

「ふーん。ウォーキートーキー。この人に暫くついて行って。んで、仕事を貰ってくれ」

 

「了解デス」

 

「え!!?俺に!!?」

 

「うん」

 

「やった!!行こうぜセレブリティ・アッシュ!!」

 

「ワタクシはそのような名前ではアリマセン」

と、言うウォーキートーキーの言葉をまるっきり無視してそのボディを抱えてどこかへと走り去っていってしまうダン。

まぁなんにせよ面倒事を引き受けてくれる奴がいてよかった。

 

「いいのか?」

 

「任せておけば仕事を見つけるだろ。…さて、どうすっか…ちょっとここからどうしていいのか分からなくなった」

 

「さっきの…ダン・モロに聞けばよかったんじゃないか?」

 

「…そうだったな」

 

「まあいい」

アレフ・ゼロのレッグの上に座るガロアのそばに、セレンももたれ掛かる。

別にここでじっとしている必要性は欠片も無いのだが、ここは静かだ。

セレンの心情の変化もあるが、二人は静かに二人でいることもまた好むようになっていた。

 

「一気に暑くなったな…」

ガロアの家からこの場所の気温の差はなんと30度以上ある。

羽織っていた上着を脱ぐと肌には珠の様な汗が粒となり浮いていた。

 

(…セレンは…汗っかきだな)

さらさらの汗をかくセレンがガロアと同じ量の食事をとりながらも、ガロアほど運動していないのにも関わらず全く太らないのはその異様に高い基礎代謝のせいだった。

逆にガロアは普段ほとんど汗をかかない。

これは生育環境のせいであり、少ないエネルギーで生命活動が維持できるようになってしまっているからだ。その代り激しい運動で食事分のカロリーを消費してしまっている。

 

(…水も滴るいい女とか言うしな。綺麗だ)

下着一歩手前のタンクトップとなったセレンが手で扇ぐと胸の谷間に汗が線となって流れていったのをついじっと見つめてしまう。

 

「…?なんだ?」

 

「セレンは汗っかきだな」

 

「…ダメかな」

 

「いや。魅力的だと思う」

 

「…っ…っ…、…」

 

(…あれ?) 

普段なら思った通りにセレンを褒めれば馬鹿なことを言うな、と言いながら走り去ってしまうのに何故か今日のセレンは何かに耐える様に顔を赤くし汗をダラダラと垂らしながらその場に留まっていた。

 

(変なの…)

下を向いて赤くなってしまったセレンから目を離し何となく遠くを見る。

すると。

 

「んん!?」

乗用車が明らかに殺意の籠った速度でこちらに爆走してくるのが見えた。

 

「おおおお!?」

 

「…?どうしたガロア」

 

「こっちに来い!!」

説明している暇も無かったのでセレンの身体を抱えてアレフ・ゼロに登る。

その二秒後には自分達がいた場所を派手に巻き込みながら急ブレーキでその車は止まった。

 

「なんだ!?なんだ!?」

 

「……」

今さら大騒ぎするセレンはひとまず放っておき拳銃を抜く。

 

「出てこい。手を頭の後ろに組んでゆっくりとな」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「あ、…あんた…」

言葉通り、手をあげながら出てきた人物を見てガロアは肩を落としながら拳銃をしまった。

 

 

 

 

「なぁ…もう鍵渡して行ってくれていいよ…」

 

「私もそう思う」

 

「いえ…少しは動いた方がいいんです」

大きなお腹を抱えて隣で歩くフィオナ・イェルネフェルトは、遠くから飛んできたアレフ・ゼロを見てわざわざセレンとガロアが住む場所へと案内するために来てくれたのだと言う。

その気持ちはありがたいが、最初の登場からここに来るまで危なっかしくて仕方がない。ブレーキと間違えた、と言っていたが間違えたにしてもアクセルをどれだけべた踏みすればあの速度になるのか。

途中も何もないところで何度も転びそうになっておりその度にセレンと2人でひやりとしている。アラサーの人妻妊婦のドジっ子なんて嬉しくない。

 

「ここは食堂です。朝六時から夜九時まで開いていますので利用してください。あっちは大浴場ですが…男女共用で時間で分けられています」

 

「……そうかい」

 

「……」

案内された場所はネクストを置いた倉庫から徒歩で海上道路を20分ほど歩いた場所にある海の上のビルだった。

津波とか大丈夫なんだろうな…と思うが周りにも同じように建物が建っているし、ホワイトグリントのアサルトアーマーでも倒壊しなかったのは知っているので何も言わない。

既に他のリンクスや兵士なんかもここにいるらしい。

 

「貴方達の部屋は14階の3号室です」

14階、と言って海の上に建っていることもあり、普通の14階よりも遥かに高い所にあるらしい。

 

「……もう家に帰って休めよ」

 

「折角なので最後まで案内させてください。そんなに気を使ってくれなくて大丈夫」

 

「……」

自分が誰だか分かっているのか?とは言う気にもなれないが、さっきから子供扱いされているのもガロアは気に入らない。

記憶によればこの女は自分らよりも年上ではあるので確かに自分やセレンは子供に見えるだろうが。

それでもこの前までここをぶっ潰すためにやってきた自分の元に警備兵の一人も携えずにのこのこやってくるのは流石に警戒心が無さすぎやしないか。

 

「あっ」

食堂からエレベーターのある場所へと続く階段で見事に足を滑らせるフィオナ。

 

「ばっ…」

セレンが手を伸ばすが間に合わない。

 

「大馬鹿野郎!!」

何階の何号室まで聞いたからもういいや、とエレベーターに向かっていたガロアが叫んで荷物を放り、上っていた階段を一気に飛び降りる。

 

「あ゙ァッ!!」

 

くるん

 

この体勢ではどう受け止めても激しく身体に負担がかかると判断したガロアは空中ですれ違う瞬間に一回転させて勢いを殺し、

階段の一番下で受け止める。階段を七つの高さから落ちて、あわや大惨事となるところだったのをベッドに立ったままから横になる程度の衝撃で済ませることに成功し怪我も一つも無い。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

三人とも目を丸くしたまま黙ってしまっていたが、フィオナを抱えたガロアが自己嫌悪に顔を歪めながらフィオナを降ろしてずかずかとエレベーターへと向かってしまう。

 

「ふざけんな!!馬鹿野郎!!こぁ…ここであんたが怪我したら俺らのせいになるだろうが!!」

別にそんなことを思ってはいないのだが必死に今の咄嗟の行動に理由をつけて叫び、八つ当たり気味にエレベーターのボタンを叩く。

 

「…ありがとう」

 

「……!!…!!」

それ以上は何も答えずに肩を怒らせたままエレベーターの扉の前で押し黙っている。

 

「…じゃあ、あなたが後でお礼を言っておいてくれませんか?」

ガロアにも聞こえる距離でセレンにそんなことを言い始め、ガロアの怒りはかなりのレベルに達したがひたすら黙っている。

 

「……些か不用心すぎないか」

セレンもフィオナの警戒の無さに呆れ、少し不機嫌に答える。

 

「今の行動で十分です」

 

「そんなことだから…いや、なんでもない」

 

 

エレベーターから降りた三人だが、ガロアはずっとフィオナの後ろにいた。

セレンにはその不愉快そのものだという顔でフィオナの後ろに立つガロアが、フィオナが転んでも対応できるようにしているようにしか見えなかった。

ガロアには見えないように少しだけ笑っていると、フィオナがまた呑気に口を開き始める。

 

「…ラインアークはそもそも地球環境保護を訴える団体が元になって出来ています。この場所はこの汚染された地球の中でも未だに美しさが保たれています」

 

「……」

 

「この部屋です。貴方達は同じ部屋に住んでいるのでしたよね?ちゃんとそういう風にしておきましたから」

 

「余計なお世話だってんだ!!」

 

「?」

ガロアは既に話を聞いておらず、ほとんど反射的にキレた言葉で返しているがセレンにはフィオナのその言葉がいまいち理解できなかった。

 

「ではここで。何かありましたらまた」

 

「ああそうかよ!!」

手渡された鍵を、指に触れないように奪い取りさっさと部屋に入っていってしまうガロア。

乱暴だがセレンにはその気持ちがよく分かった。

 

「…足元に気を付けて帰れ」

 

「待ってください」

 

「?」

 

「あなたは…あの時のオペレーター…。…恋人同士だったのね」

 

「……」

半分ほど誤解が混ざっているが否定する気が二つの意味で起きず黙ったまま話を聞く。

 

「私たちによく似ている。こんなことを私が言える立場ではないかもしれないけど…ずっとあの子のそばにいてあげて」

 

「…言われずともそのつもりだ」

 

「…そう」

 

扉を閉めるまでこちらを見ていたフィオナの視線を背中に感じながら部屋に入る。

ごそごそと荷物をしまうガロアを視界の端に入れながらその部屋を見てセレンは動きを止めた。

 

(なに…?)

恋人同士。ちゃんとそういう風に。

意味が分からなかったが今一発で分かった。

1Kというあまり広くない部屋で、入り口の横にはシャワー付きトイレがある。

そこから行くとすぐに広いとは言えないキッチンがあり、部屋の奥には大きな窓とベランダ。

その窓に寄せる様にしてある机には椅子が四つあるが、まあそれはいい。

問題は。

 

(余計な事を言ったのは誰だ!!?)

ベッドが一つしかなかった。

 

(同じ部屋…同じ部屋に住んでいるが!!誰が同じベッドで寝ていると言った!!?)

丁寧に枕は二つあり、少々部屋は狭くなってしまうが二人でも十分寝れる大きさだ。

恋心を自覚した昨日の今日でこれは刺激的すぎる。

 

「セレン?」

 

「だぁっっっ!!?」

秋の雨雲が広がるよりも早く頭を埋め尽くした妄想に動きを停止しているところに声をかけられ変な声をあげてしまう。

 

「…?花、どこに置く?」

 

「あ…いや、…机に置くか」

 

「うん」

先ほどの不機嫌が嘘のように鎮まった表情で白い机に花を置くガロア。

 

(お前…何も思わないのか…?それともバカなのか…?)

セレンは悩んだまま部屋に入ってから一歩も動かないが、答えは簡単、バカなのである。

男女の恋模様などさっぱりの頭を持っているのだ。

 

「…ん?へぇ…これは…」

窓からの景色が素晴らしいことに気が付き、机に花を置いて荷物を整理するガロアの横を通り過ぎてベランダに出る。

雪山からの景色から一転、これだ。

世界広しといえども一日にいっぺんにそれを体験する人生などそうそうあるまい。

 

「……」

どこまでも青い海が広がっており、大きな夕日に照らされて輝く海はそれだけで掛け値なしの価値がある。

 

「綺麗だな」

いつの間にか横にはガロアがおり、手すりに寄りかかって同じ方角を見ている。

 

「ああ。地球環境の保護など偽善の理由でしか聞いたことが無かったが…だが、その言い分も分からなくも無いな」

 

「……」

隣で同じく手すりにもたれるセレンの顔を見てガロアは思う。ただ、綺麗だと。

霞と同じ見た目がどうとかセレンはぐちぐちと言っていたが、この笑顔はセレンの意思が作っている物なのだから、綺麗だと言って何が悪いのか。

 

「セレン」

 

「ん?」

 

「セレンの瞳が海と同じ色をしている」

夕日に照って輝くセレンの青い目は、地平線の先で夕陽と交わる海と同じ色をしており、

ガロアにとっては青い海よりもよっぽど価値があった。

瞳と同じ色の景色を眺めるセレンの目は合わせ鏡のようにどこまでも深くまで続いているようにも見える。

 

「……」

 

「綺麗だなぁ」

頭に浮かんだ言葉をほいほいと口にしてしまうガロア。

それがどれだけセレンの心をかき乱すかも知らずに。

 

「…!……」

顔をどんどんと赤くしながらもセレンは何か決心したかのように、腰を曲げて手すりにもたれるガロアの肩に頭を乗せた。

 

「!」

触れた部分からセレンの感情が流れ込んでくるような錯覚と共にガロアも顔を赤くしていく。

今まで数えるのも馬鹿らしくなるくらい触れ合ってきたはずなのに、そのどれとも違う感覚がガロアの平常心を壊す。

 

(う…わ…なんだこれ…)

肩の皮膚を沈めるその頭は手で優しく払えば無くなってしまいそうな程軽く感じるのに、その存在感たるやまるで全神経が肩に集中しているのではないかと思えてしまう程だ。

ガロアの好きなセレンの匂いが潮風に乗って顔を撫でて思考が止まった時、ガロアの右手がセレンの左手に触れた。

 

どんどん住む部屋が狭くなっていくし、余計な気を回されたのは頭に来るがそんなことは今は全てどうでもいい。

セレンは自分の気持ちに素直になって行動した。

 

(!…どうなっているんだ…一体……)

セレンの細い指がするりとガロアの長い指に絡みついている。

反射的に握り返してしまった事に驚いたように震えたが結局そのまま手を放すようなことは無かった。

 

(なんなんだ…?…??…なにこれ…)

ほんの少し右を向いてセレンの顔を見ることが出来ずにカカシみたいに夕陽を見続けている。

幼い頃父の無骨な手で握られた時とも、霞に街に出るときにはぐれないように握られたのとも違う、心臓を握られてしまっているかのような感覚。

 

今まであったあらゆる精神の高揚は血の臭いと暗い感情と共にあった。

なのに今は清潔な風とどこまでも青い海を紅に染める太陽と、それら全てをあわせても足りないくらいに綺麗な女性によって人生で一番高揚している。

何一つ、ガロアの人生にはなかったものだ。身体を引き裂くほどの殺意に駆られて森を飛び出したあの日、こんなことが待っているなんて思ってもいなかった。

静かな二人の世界には血の臭いも暗い感情も一切ない。

 

(これって…?ダメだ、分からない…俺にはいろいろ…足りなさすぎる…)

こんなに心臓が早鐘を打つ理由。街で歩いてそう言った人々を見たり、本を読んで異性と触れ合えばこうなるものだというのは知っていたが、

こうなってしまっているのが自分に女性経験が全くないからなのか、セレンが美人だからなのか、それともこうしているのが「セレンだから」なのかが分からない。

 

(だったら…)

簡単だ。今ここでこの手を引いて抱き寄せてしまえばいいのだ。だというのに。

 

(また…くそ…分かっている…)

破壊した物が、殺害した人々が、血の色を眼の裏に広げて腹に声が響く。

俺たちは何のために死んだんだ?そう凄まじい頭痛と共に問いかけてくる。

 

(そうだ…俺は…戦う事しか出来ない…)

初めて人を殺した日、逃げるという選択肢は頭に無かった。

殺して奪うか殺されて奪われるか、それしか考えていなかった。

自分はそういう人間なんだということを、セレンと出会って頭のいい獣から人へとなって、つくづく思い知らされている。

 

「……」

手を放すと肩にかかっていた体重もすっと消えてしまった。

こちらをじっと見ている視線を頬に感じるがもう遅い。

 

「…まだ片付けがある…。…!」

横を通り部屋に戻ろうとした時に吹いた風でセレンの髪から流れた香りとちらと見えた寂しそうな表情がガロアの頭を埋めていた言葉と赤い想像を消し飛ばした。

 

そして頭に浮かんだのは…どうしてのだろうか。マグナスとフィオナ、愛し合い夫婦となった二人の姿だった。

 

俺の頭にこれ以上入ってくんな、俺はお前が羨ましいんだ。そんなことばっかり繰り返される。

……ガロアの頭はもうぐちゃぐちゃだった。

 

 

身体が勝手に動きだしていた。

 

「あっ…」

そして考える前にもう行動は終わっていた。

 

「…!」

後ろから思い切り抱きしめてしまった。急な行動に声をあげたもののそれを拒否するようなそぶりは無く、

むしろ自分の手に女性らしく柔らかく冷たい手を重ねてくれている。そういえばずっと一緒にいてもこうしたことなんか一回も無かった。

 

いつからなのかはもう覚えていない。

『俺とセレンってなんなんだろう?』

そう考えるようになったのは。

 

ガロアは男女の関係という物を知らない。

男は分かる。女も分かる。動物が行う繁殖の為のセックスも分かる。

だが男女の関係は分からない。

 

それはガロアが大切な時期に全く人と関わらずに過ごしたことや、娯楽のための漫画やテレビなんかに見向きもしなかったことも原因としてはあるだろう。

だがもっと根本的に…男女の健やかな愛の最も身近な例となるべき父母の愛を知らなかったからだ。

 

今夜ガロアはその知識を増やして脳に刻みつけることになるのだろう。

 

 

(耳赤い…)

さっきまで何を考えていたんだっけ、と思いながらさらに抱き寄せると可愛らしい耳に鼻が触れた。

大切なものは大体失ってから分かる。一緒にいるのが当たり前になっていた……はずなのにこの人がこんなに大切で愛しい。

黒い髪をかきわけるとうなじにジャックがあった。自分と同じだ。

否定したい過去があるなら、ここも嫌いなのか?俺はそんなことはない。とぼんやりと思ったことが頭の中で言葉として形になる。

もうまともな思考をしていなかった。ぼーっとした頭でガロアはそこに口を付ける。舌が痺れる金属の味としょっぱく甘い汗の味がした。

 

「うあぁっ」

一体どんな感覚だったのだろう、嬌声をあげながらセレンはその場に座り込んでしまった。

 

(…何やってんだ俺は……)

何も責めることなく、青い目に涙を溜めながらこちらをとろんとした目で見てくるセレンを見て、超えてはいけないラインをあと数ミリで超えるところだったことに今更ながら気が付く。

自分はどうかしてしまっているんだ、と言い聞かせるが言い聞かせているのもどうかしている自分なのにいかほどの効果があるのだろう。

 

「……」

 

「…夕飯にしよう」

座り込んだセレンの腕を掴んで立たせる。

食材も無いのに何言ってんだ、と思いながら部屋に入るとシャツの裾をくいと掴まれた。

 

「…待って」

やはりそれは払えば簡単に離れてしまいそうな力だった。

追及されるのではない。そう確信を持てたのはどうしてか分からないが、その時の声はどう聞いても非難の色が無かった。

 

「ちゃんと…正面から抱きしめて…ほし…ぃ」

 

「……!」

 

最後の方はよく聞こえなかった。声が小さくなっていってしまったからというのもある。

だがそれ以上に感情に任せて、セレンを抱きしめてしまっていたせいだろう。

 

 

陽は完全に沈み、部屋は輪郭を残して闇に落ちた。

セレンの目から一筋の涙が零れたが、その理由は本人にすら分からなかった。

 




ちょっと詰め込み過ぎたかな。
一日のうちに雪山の山頂に行って、南国の海も見るって夢がありませんか?



マグナス「あの少年は自分に勝った」
フィオナ「マジでか」

みたいなやりとりをガロアがラインアークに来た日の夜にしたせいでフィオナもマグナスもガロアに警戒心をほとんど抱いていません。
それがガロアをこれ以上なくイライラさせます。

ちなみにガロアとセレンの新しい家(?)はラインアークが新しく建造していたリゾートホテルです。
急に来たORCAの連中とリンクス達を同じところに放りこみました。なので食堂も浴場もあります。

この世界には火星の衛星「フォボス」は存在しません。

それがどういうことか、分かる方は色々想像を巡らしていただければ……
意味が分からない方でも問題は特にありません。


前にもどっかで書きましたけど、この世界ではキリストの復活だとかと同じレベルで黒い鳥という伝説が根付いています。
詳しく知っている者、いない者の差はあれど、共通してそれが現れた時、世界に大破壊が起きると信じられています。

歴史的観点で言っても今この文明以前にも何度か文明が存在し、その都度大破壊が起きているのではないかとまことしやかに語られていますが、確たる証拠が出てこないといった感じです。

SFなので言う必要もないと思いますが、現実の私達と似たような歴史を歩みながらも全く違う世界とお考え下さい。まぁあんな質量の物がふわふわ浮いてどんぱちしている時点でね…
あえて言うなら、今から数千年先の世界でまた同じような歴史を繰り返しており、その間に文明が滅びる程の大破壊が何度か起きている(ただしその確たる証拠が見つかってない)世界と考えるといいかもしれません。



物語は主人公に魅力がないとダメだと思いますが、どうでしょう?
ガロア君は魅力ある主人公していますか?



いいところで次回に引っぱて伸ばすのがコツって聞いたから次の投稿は1145141919931893810年後になります。
地球くんもいよいよ爆発して全員粉々になったころまた会いましょう。
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