Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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Fall

鼓動が聞こえる。自分の身体とセレンの中から激しく聞こえる。準備運動なしで寝起きにいきなり100m走ってもこうはならない。

こんな風に自分の心臓の音が聞こえているのは恥ずかしいと思うが、きっとセレンもそう思っている。

綺麗な肌だ。同じだけ身体を鍛えているはずなのにしっとりしてすべすべしている。触れるもの全てを受け入れるような感触だ。

その時ガロアは自分が何も考えずに抱き寄せたセレンの肌を撫でるように触っていたことに気が付いた。

 

「ちがっ、おかしいこんなっ」

口で言い訳をしながらその腕を全く離さないでいた。

全く違くない。知っている。知識とか上っ面の言葉だけじゃなくて。

どうしたってセレンは女だ。

 

(お、おんっ…なっ…)

若く健康なガロアの身体は、寄り添う女性の感覚に鋭敏に反応していた。

自制など効くはずもなく下半身に血液が過剰に流し込まれ怒張し唇が震える。

何をしたらいいか分からない。何をしたいかはたくさんあり過ぎてまた分からない。

天才両親から受け継いだ素晴らしい脳みそは仕事をさぼって沈黙し、18年間自分なりに必死に生きてきて積み上げた経験は全く役に立たなかった。

そんなガロアをセレンが青い目で何もかもを吸いこむように見てくる。だが非難は一切混じっておらず、ただ潤んでいるとしか。

その目で俺を見ないでくれ。その目でずっと俺を見ていてくれ。と真逆の言葉がいっぺんに浮かんだ。

普通の少年が何年もかけて少しずつ経験していくことをたった数分で一気に詰め込まれてガロアの脳は完全にショートしていた。

 

「……」

熱い膨らみを下腹部で感じながらも離れようとも突き飛ばそうともせずにセレンはさらに頬を胸板に愛おしげにすり寄せてきた。

その身体はあんなに強く鋭い拳を放つものだとはとても信じられない程柔らかく儚い。ガロアは逆に突き飛ばしてしまいそうになったのを、それはダメだとさらに引き寄せてしまう。

 

(う、うそだ、こんなことで心臓が爆発、しちまう)

自分から抱きしめていたはずが、セレンがこちらを求める力の方が強かったのか、あるいは困惑が脚にきたのか、

ベッドにつっかかりセレンを抱きしめたまま、とさっと優しい音を立てて後ろに倒れてしまった。

自分の腕を振り払って一緒に倒れないようにすることも出来たはずが全く離れようとしない。

 

「……」

セレンが胸に乗せていた顔を上げた。満天の星空の光を反射する青い目は真昼の夜空のようだった。

愛おしい、愛おしいって何?頭の中で馬鹿な疑問がちらちらとぶつかっていたが、一つだけ分かることがあった。

キスだ。これからキスすることになる。互いの頭の中に何があるのか、完全に分かってしまっていた。自分の人生にそんなものがあるなんて想像すらしていなかった。

淫靡な誘い水の色をする目に操られて唇を近づけようとすると、それよりも早くセレンの方から近づいてきた。

 

(…あ………?!)

大げさに表現されるような音は出なかった。そっとくっついただけ。

その時ガロアは脊髄に電信柱ごとぶち込み電流を流されたかのように髪が全て逆立ち、自分のいる場所に穴が空いてどこまでも落ちていく感覚がした。

実際に落ちた訳では無いが、何かに落ちた。たった三秒くらいの間にこれまでずっと一緒にいた時間が光に近い速度で駆け抜けていったがその過去のどれ一つとして違う事をしている。

二人でいろんなことをしたとは思うが、まだ知らない二人の世界がある。

そこには甘いもしょっぱいも無い。というよりも味なんか分かる程頭が冷静では無い。

ただ柔らかいということだけがやけにリアルで、現実に戻ってきたガロアはもっともっとと感触を求めてその唇をさらに唇で甘噛みする。

その行動は二人同じタイミングで始めていた。恐らくは身体で一番柔らかい部分の感触を知覚できるであろう舌で唇をなぞる。

 

「「!」」

舌が触れあったのに驚き、またしても二人して同じタイミングで舌を引っ込めてしまうがどちらともなくまた触れあい絡みだし自然と甘い唾液が流れ込んでくる。

いつからか?どちらからなのか?は分からないが、握られていたガロアの右手とセレンの左手でお互いの汗が混ざり合い、その触感はそこはかとなく官能的で快感すら感じてしまう。

 

(きっ、きっ、す…された)

にちゃりと音を立てて離れた口には舌と舌で銀の橋が架かっており月の光を受けて優しく光っている。

熱い息が顔にかかり妖しい香りが容赦なく本能を揺さぶる。また青い目で見てくるが、今だけは何を考えているか完全に分かった。『もっとしよう』と言っているのだろう。

その銀糸が切れて落ちてしまうのを惜しむようにまたどちらからともなく口を口で蓋して今度は遠慮が薄れて口腔内をも舌で味わう。

もう何も考えていなかった。今ここがどこで自分がどんな人間かも頭にはなく本能で動いている。

 

全てを捨ててここまで来て、自分は何を得たの?

 

「…ガロア…私…違うんだ…そんなもの、…あ、…!!…違う、違う!何も違くない!!」

口を離して言い訳をしようとしたセレンの中で何かが壊れた。プライドとか、理性とか、そんな感じの何かを纏めてどこかに放り投げたのだろう。

むき出しにした欲望がセレンの目の奥に映っているのを見てガロアは自分が何に落ちたのか…いや、落ちていたのか気が付いた。

そして何かを言う前にまた唇を重ねられる。透視でもするかのように見開いてこちらを見ていた青い目が観念したかのように閉じたのを見てガロアも目を閉じてしまった。

目を閉じると周りの世界が分かる。……はずなのに波の音と鼓動しか分からない。男と女の身体の凹凸はちょうど合致するようになっていて重なると分からなくなってしまうのだ。

そこまで来てようやくガロアは、ベッドに倒れ込んでからセレンを抱きしめていた腕を一度も離していないことに気が付いた。

 

「何が、何が起こっている、んだ俺は」

 

「分からない…、なら…分からなくていいから。いいからな」

ようやく自由になった口から出た疑問は何も答えを得られない。

暑い暑い南国の夜にこんな息をはぁはぁと荒げてまぁ、自分達は馬鹿なんじゃないだろうか。

何かを想像してそれを頭の中でこねくり回すかのように右上を見て…左上を見て、と目線を動かしたセレンが意を決したようにちろりと赤い舌を出す。

なにをしているの?と言葉が出る前にその舌が肌に触れてそのまま首をなぞり、まだ少し残っているこの間の噛み傷に熱く触れた。

 

「うあ…」

情けない声が出た。ぬめる舌が残す唾液がてらてらと光る様が、セレンの桜色の唇が、自分の肌に触れている想像があまりにも鮮明に浮かび説明できない快感となる。

傷痕をなぞる様にねぶる舌が生き物のように動いて肌を濡らしていく。そんなことをするように突き動かしてしまう感情は理解できすぎる。

先ほどの首筋の肌の味をガロアはまだ覚えている。不思議なことにそれを自分は甘いと感じていた。この身体はどこでも甘い味がするのだろうか。

セレンの身体を押しのけんばかりの隆起は痛いほどで、これまでの行為だけで二人の性器は完全に濡れそぼり身体も心も性交の準備を終えてしまっていた。

 

「このまま…」

セレンが何を言おうとしているのか、また分かる様な気がした。が。

 

コンコン

 

「ガロアー?いんのかー?」

 

「うわっっ!!?」

 

「ぬあーっ!!?」

完全に二人の世界になっていた部屋を現実に引き戻す非情なノックはガロアを跳ね上げ、また同時にセレンも猫のように飛び上がりなんと天井の10cm下まで到達した。

 

「お…俺が出る…」

 

「う、うん」

電気をつけると真っ赤な顔をして身体中に汗をかいたセレンがベッドの上におり、恐らくは自分もそうなのだろうと考えいったん気分を落ち着けてドアに向かう。

落ち着けるも何も、少なくとも下半身のそれはあの一瞬で完全に萎えていた。

 

「誰?」

 

「ようガロア。さっきの叫び声なんだ?まぁいいや。飯食いに行こうぜ。お前ら昨日いなかったじゃんか」

呑気な顔をしたダンの頭からは湯気が上がっており、首からは手ぬぐいが下がっている。多分風呂上りかなんかなんだろう。

 

「…ちょっと待っててくれ」

扉を閉めてセレンの方に向き直る。

続きは?と言う気にはもうお互いになれなかった。

 

「飯、行くか」

 

「…うん」

 

 

 

食券を買って食堂で食べたはいいが美味しかったのかどうかどころか何をどれだけ食べたかも覚えておらず、終止セレンと2人で魂が頭から出ている状態でいた事をダンに変な目で見られた。

わざわざ中心の街まで行って何かを買わなくてもいいようにという親切心でこの食堂があるだとか、

もうすぐ男の入浴時間が終わるからさっさと入れだとか言われたがやはりほとんど覚えていないまま部屋に戻った。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「風呂入ってくる…」

 

「分かった…」

 

さっきああなったのが何か悪い感情のせいなんじゃないかと思えるほどぎこちないし、口も動かない。

確かに異性としてほんの一端を交えたというのに今の距離感はどうなっているんだ、と思うがどうしようもないしどうしようとも思わないまま建物の中を歩く。

 

(…ウォーキートーキーがどうなったか聞くの忘れてた…)

あの勢いならばそのまま部屋に持って帰って分解したかもしれない、なんて思ってからさらに思いだす。

 

(そうだ、あの写真……あれ?)

ポケットに入れておいた写真と書類がなくなっていた。

どこかに落としたか、あるいは家においてきてしまったか。

なんで?あれ?と困惑していると濃いタバコの臭いが漂ってきた。

 

「……」

 

「…!!ロラ、ンおじ、な…?なんで…ここにいるんだ?」

 

「ガロア……」

血で膨れ固まった唇に煙草をくわえ、ドロドロに溶けた顔。

左目の瞼が上下ほとんど繋がっており、その下から見える眼球も白く濁っていて、髪はほとんど生えておらず溶けた髪の毛が皮膚の下に埋まっているのが明かりの下でよく見える。

その手はお手本のような大火傷の痕があり、全体的に誰が見てもゾンビとしか言えないその人物こそガロアをリンクスの道に運んだ男であった。

 

「…?ORCAにいたのか?部屋はどこだよ?俺、喋れるようになったんだ。いろいろ話したいことが…」

 

「……。ガロア。馴れ合うな。今は同じ方向を向いていても…いずれ殺し合う未来も有り得るだろう…その時引き金を引けなきゃ…今度は死ぬのはお前だ…」

 

「…あんた…一体…」

 

「…おもしれえ成長したなぁ…最後まで…見届けてやるよ…。だがな…よく聞いておくんだ、ガロア」

 

「?」

 

「俺は多分この地球で誰よりも人間をぶっ殺してきた。誰よりも人間の死に携わってきた。だから分かる」

 

「…何が言いてえんだ?」

 

「お前、このままいけば…何よりも酷い目に遭って死ぬぞ。いい方向に向かっている…誰もがそう思っているかもしれねえが、それはお前の道じゃねえ。このまま行けばお前は…お前だけが全てを失う」

 

「……」

 

「まぁ…信じなくてもいいし、信じて抗うのもいいし、戦うのをやめてもいい。…どうせ、皆死ぬからな…。今は…お前の味方だ。じゃあな…」

一体どこから現れたのか全く分からなかったが、そのまま煙草の煙を漂わせながらガロアが来た道を歩いてどこかへと行ってしまう。

 

「…………あの人…」

結局言いたいことは何一つ言えぬまま去ってしまったロランの行った道を見た後に風呂へと歩く。

 

(死ぬ…か。…………。その通りだ)

少なくとも両手では数えきれないほどの数あった死の危機を驚異的な悪運としぶとい生存本能で生き延びてきたガロアだが、

その両方が告げていた。自分は死へと続く道にいると。

 

(……殺してきて…今更死にたくねえってケツ捲るのはありえねえもんな)

途中にあった岩盤浴だとかサウナだとか書いてあった場所を全部無視してさっさと脱衣所に入り服を脱ぐ。

 

(……戦って勝てなかったら死ぬだけだ…そこだけは森にいた頃から変わってねえ)

そんなことを考えながら蛇口をひねり出てきた湯を浴びると、首元の乾いた唾液が元に戻り少しだけぬめる。

 

「…おわっ…」

他に誰も入ってはいないが、努めて下半身に血液が行かないように気分を落ち着ける。

 

(なんてこった……)

またまた記憶が確かではないうちに頭も身体も洗い終わってしまい、その場に突っ立っていても仕方がないので口元まで湯船に浸かる。

ぶくぶくと沈んでいくが本当は宇宙の果てまでぶっ飛んでしまいたかった。

死んでも構わない、何一つ失うものなんてありゃしないのだから。そう思っていた自分に。

 

好きな人がで

 

「うるせっ、うるせっ」

頭の中の考えを追い払うように拳を空に向かって放つと数発が壁に当たりひびが入った。

またあの夫婦の姿がフラッシュバックする。

 

「また出てきやがって、このやろう!!とことん俺の人生をくるくるくるくる狂わせやがって!!磁石か俺とお前は!!」

風呂のお湯をばしゃばしゃと散らして発狂するが、自分は奴に影響なんか与えちゃいない。

自分だけがおかしくなっていく。

 

「俺、俺は…?」

ホワイトグリント戦からこっち、ガロアはほとんどセレンのこと「しか」考えていない。

もちろんずっと慕ってはいた。

 

「すっ、す、好…??え……?」

昨日セレンから言われた好きだという言葉。今日唐突に叩きつけられた未知の衝撃。

セレンと自分の間には「大人」「先生」「子供」という概念の壁があってそんなもの成り立たなかったはずなのにいきなり全部ぶっ壊れた。

ガロアの精神年齢は10歳前後からあまり進歩していない。もちろん性についての興味もあるし知識もおぼろげながらだがあるしそう言う目でセレンを見た事もある。

ただ、それと好意を結び付けられない。知らないからだ。結果として、そんな行為の存在を知らない子供のようにひたすらセレンを何よりも慕っていただけだ。

今日までは。

 

「好きってこういうこと……だったのか……」

ようやく、ようやく。

あんな行為に及ぶという強硬策に出てようやくガロアはセレンへの好意を自覚した。

入れ違っていた理解にようやく気が付くが時すでに色々と遅し。

最早そんな葛藤をすっ飛ばしてセレンは今部屋で一人悶々としている。

 

「でも、ダメだ。俺は戦っているから…困難な道だって、分かってたろ…」

ようやく幼稚さが抜け、恋を理解し性欲と結びつけることが出来たガロアだが……

彼はメイの言う通り大バカで、もう少し分類して言えば真面目すぎた。

ガロアの頭の中で、今ここで思考停止してセレンを抱いてしまうこととあの時アナトリアの傭兵を思考停止して殺してしまうのが違う事だとはどうしても思えなかったのだ。

自分の望む道にハッピーエンドなどなかったと分かったのだから。ここで終われない、と。

 

(落ちていくのはあっという間だろうな…。俺にはそんな堕落は許されない。何もまだ成していない。最初に決心したことすらやり遂げずに、人を殺しまくった自分には…そんな堕落は…)

目を瞑ればセレンの笑顔よりも頭痛と共に赤い血が咲く。自分はとっくのとうに矛盾しているし、この世界で矛盾していない人間などいない。

それを忘れて堕落するか、戦い、抗い続けるか。ガロアの頭の中にはそれしか無かった。中庸と言う言葉は存在しない。それを堕落だと思い込んでしまっている。

これこそ大バカの思考である。柔軟さが全くなく、何か人に尋ねようという選択肢が最初からない。

いや、今までなら分からないことはセレンに聞いていたが、これをセレンに聞くわけにはいかず、聞ける大人もとうにいない。

 

「女は……やばいんだ…」

人生をかけてこつこつと天高くまで積み上げてきた物の隣にキス一発で並んでしまった。こんなものがこの世界にあるなんて。

 

(だめだやっぱり…なんかすごいこんらんしてきた)

あの拳も、あの蹴りも、あの血も汗も。あのキス一回で何もかもが上塗りされた。

なんという不条理、生命の鎖という物は!

何百何千回とセレンパンチをくらってきたが、この初恋パンチは本当にやばかった。

ガロアは傾国という言葉の本質を知った。本当に何もかもが傾くのだ。女一人で。

積み上げに積みあげたガロアの中の何よりも高い自信、天下無双ガロア城が一発で吹き飛んでしまった。

 

(今はダメだ…今こんなことに気を取られたら死ぬから…)

ガロアは知っていた。死んでもいいやと思っていたからこそ自分は強かったと。

だが前までは死ぬことすら怖く無かったというのに、こう考えてしまっている時点でもう自分の中身が作り変えられてしまっていることにガロアは気付けない。

もう手遅れなほどセレン・ヘイズという存在がガロアの中に入ってしまっていた。

 

(今はこの気持ちだけは…ミジンコよりも小さくしておこう)

しかし、生きたいと思って戦えばガロアは腰が引けていつかは戦場で致命傷を負うことになるだろう。

ロランの言った通り、既に逃れられない死への道にガロアは入ってしまっていた。

 

(忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ)

ガロアの絶対強者としての本能が『無残な死』を避けるための行動を起こし始めた。

理性と感情と絡み合い心臓が加速していく。どくんどくんという鼓動が恋のざわめきを上塗りして風化させていく。

顔が真っ赤になっていき、風呂場の熱から逃れる様にガロアは縁に乗り出して風呂場のタイルを見た。

 

ぶぴっ、と奇妙な音を立てて鼻血が噴き出た。そして………

 

「……………………?………全部忘れた……?」

アホそのものの顔をして頭からたんぽぽの綿毛のようなふんわりとした物を飛ばしながら斜め上を見るガロア。

ガロアは、自分が持つ異常な集中力…最強の一因を今日、初めてどうしようもなく馬鹿なことに使ってしまった。

もちろん実際に全てを忘れたわけでは無いが、あの時味わった感情はどこかに消え失せ、結果、ガロアは若く燃え上がる様な情熱的な恋を封じてしまった。

 

(やることは変わらねえ。俺は戦う。終わるまで。やりたいことはその後にやったらいい)

どうしようどうしようと枕を抱えてじたばたしているセレンのことはつゆ知らず、どうしようもないこじれた決心をするガロア。

セレンの悶々とする日々はまだまだ終わらないようだ。

 

(それに…何かこの世界はおかしい…。それとケリをつけなくちゃならねぇ…。企業か?それとも別の何かか?分からねえが…)

いつからかは分からないが、この世界には何か歯車の噛みあわない部分がある。アレフ・ゼロもあの山でそう囁いてきた。

そこで見つけたアーマードコアと写真も、あの変態球もその一部のような気がする。

 

(…でも…そのクソさ加減が無ければ…セレンは生まれなかったのか…。…俺は…)

思考が堂々巡りに入りかけた途端、風呂場の扉ががらりと開いた。

 

「……」

 

(うわっ!あの時の変態!)

入ってきたのはムキムキの身体に白塗りの顔をした、いつか見て心底震えた変態だった。

 

「……」

 

にたぁ…

 

またしてもこちらを見て唇を裂きながら満面の笑顔を見せた。

 

(…うおぉ…早く上がろう…)

絶対に関わるな、という本能の声に従いガロアはそそくさと風呂から上がった。

 

 

 

食堂で食事をしてからベッドの上でじたばたしたり顔を赤くして既に30分が経っていた。

それでもセレンは未だにベッドの上で暴れていた。

 

「ぬおおぉおぉ…」

頭の中で妄想が爆裂し止まらない。あの肌の味が、舌の絡みが頭から離れない。考えも無くどうしてあんなふうに動けたのか。

たかだか生殖行為のはずなのに、というかそこまで行っていないのにとんでもなく気持ちよかった。

 

いつから?

セレンの頭にとりあえず浮かんだのはそれだった。いつからそんな目で?と。

 

偶然拾った子供は初めはぎくしゃくとしていたが、すぐに大切な存在になっていた。

話すことも出来ず、自分がいなければ生きていけない存在だというのだから尚更だった。

いつの間にか、これがあるのだから生きていけるのだというほどになっていた。

 

それが子供から『男』になっていたのだ。世の中にどれだけ女がいるかはしらないが、こんなにも幸せな者がいるだろうか。

自分の大切な者も、アイデンティティそのものも、恋も全てが一つにあるなんて。

 

それがいきなり…何を思ったのか抱きしめてきたのだ。

あの時プロポーズされて周囲が見えなくなった二人の気持ちが実によく分かった。

実際あの瞬間にこの世界の全ても今までの自分の苦しみも何もかもどうでもよくなってしまった。

 

今の状況は言うなれば腹ペコの時に目の前に大好物が好きなだけ盛られた状態だ。どこにどのように手を付けても極上の幸せが手に入る。

だがそうなってくるとどうしていいのか分からなくなってくる。あれもいいこれもいい、となるがいっぺんに味わうことは出来ない。

 

「くぉおお…どうするんだ…」

このベッド、どう枕を離したとしても、大男のガロアが寝てしまえば身体のどこかが触れ合う大きさだという事に気が付き本日20回目のパンチを枕に入れた。

 

「枕…ぺちゃんこになるから殴らない方がいいと思うぞ」

 

「ああぁっ!!?」

 

「……」

いつの間にか後ろにガロアがいた。

 

「いつからいた!!?」

 

「え?なんか…唸っているときから…」

 

(…ずっと唸っているから分からん…バカか私は…)

 

「風呂入ってこれば?時間になったよ」

 

「あ、ああ。入ってくる」

促されるまま部屋の外に出て、気が付く。

 

(風呂に入れ!?風呂に入れってそういう事か!?)

そういう事ではないのだが、そういう気になってしまった。

今のセレンの頭を絞れば間違いなく濃い桃色の液体が出てくるだろう。

 

「……ん?」

頭の中を完璧に熱暴走させながら歩いていると道中、酒瓶を抱えまま寝ている男を見つける。

 

(…ラインアークの治安はあまり良くないと聞くからな…)

とはいえ建物の中でまでこれはどうなんだろう、と思いながらその寝こけている人物の前を通り過ぎた時、あることに気が付く。

 

(首に…ジャック!?リンクスか!?今の男!?)

小太りの白髪交じりの男だが、よ~く見てみると、かつてのアクアビットのトップリンクス、テペス=Vだった。

それなりの色男だったはずだが酷い有様だ。

 

(…放っておこう)

今はそこまで本格的に行動開始していないとはいえこれは酷すぎる。

かと言ってここで介抱するほどお人よしではないし、酒瓶を抱いたまま実に幸せそうな顔をしているので無視を決め込む。

 

「んん!?待たれよ!!」

 

(うわ!起きた)

顔を背けて通り過ぎようとした途端、目がカッと開きこちらを見てきた。

 

「お前さん、霞のクローンの…」

 

「……」

詰め寄ってくるテペスの視線をまともに受けずにいたセレンだが、どうやらこの男は霞と面識があるらしい。

どっちでもいいが、あと5cm近づいたら顔面に掌底叩き込んで前歯全部吹き飛ばしてやる、と思っていたら。

 

「いや、良かった良かった。ちゃんとパートナーを見つけたわけだ」

 

「…?何の話だ」

 

「霞が死んだという情報をリークしたのはテルミドール…ああ、いや、オッツダルヴァだからなぁ」

 

「…!」

それこそセレンの人生の転機の最大の原因の一つだろう。

そのお陰でセレンはリンクスとしての道を断たれたのだから。それがいい事なのか、悪いことなのかと聞かれれば今はそれでよかったのだとはっきり言えるが。

 

「同じクローンとして捨てておけなかったんだろうなぁ。まぁクローンでもなんでもパートナーを見つけられたのならお互い良かったわな」

 

「…なんの話だがさっぱり分からないのだが」

 

「あの二人には不思議な魅力があるだろう。テルミドール…おっと、オッツダルヴァは心が弱いし、メルツェルは甘すぎる。二人とも完璧ではないが、二人でいると実に完璧に思える」

 

「…?」

何しろそのメルツェルと言う人物と会ったことが無いのだ。

何を言いたいのかよく分からないが得てして酔っぱらいというのはこういう物かもしれない。

 

「大事にしろよ、あの少年を」

そう言うとまたそのまま倒れて寝込んでしまった。

ジュリアスの件もそうだが、テペス改めネオニダスにはかなりお節介なところがあった。

 

(…言いたいことだけ言って…)

どっかの部屋に放り込んだ方がいいのかもしれないがそこまでする義理も無い。

さっきのダンにしてもそうだがもしかしてリンクスは全員この建物に入れられているのだろうか。

確かにその方が管理しやすいかもしれないが、リンクスは自分勝手な人物も多いのでそれがあまりいい事だとは思えない。

 

 

風呂の雰囲気は中々に良く、さっと服を脱いで中に入る。

汗っかきなのは自覚している分、セレンは風呂が好きだった。

また、ガロアは付き合いが悪かったが広い風呂に入れる有澤圏の公衆浴場、銭湯はかなり気に入っていた。

 

湯煙が広がっており、ほとんど先は見えないがどうやら誰もいないようだ。

部屋でもシャワーは使えたし当然と言えば当然かもしれないが、この広い浴場を独り占めできるのは嬉しい。

 

(…身体綺麗に洗っておこう…)

もう完全にその気になっているセレンは今まで見た「そういうもの」の中で使っていたと記憶される部分を特に念入りに洗っていくが、

当のガロアは何をしているかと言えばコンビニを発見して紅茶とグラスを買っていた。

 

(今日だけじゃない…明日も明後日も同じ場所で寝るんだ…どうするんだ…)

皮膚が蒸発するほど綺麗に洗い、湯船に鼻まで浸かって、既にのぼせたのではないかという程顔を赤くするが、

当のガロアはフライパンを比べながら選んでいた。

 

(ああ…でも…)

でも、本当にいつからだったんだろう。

人と関わりようのないあの場所で命を磨きあげて出てきた毒蟲の壺の生き残りのような飛び切りの野生をその腹に潜めた少年が。

それでも何も喋ることもせずにただ自分の後ろを姉に着いてくる弟のようにトコトコと着いてきていた少年だったあの頃から。

そんな目で自分を見ていたのだとしたら。

 

「ぶっ、これはヤ、バい」

3時間は風呂に入ったかのように真っ赤になった顔から自然な帰結のように噴き出た鼻血が湯に入ってしまわないように、なんとか抑える。

 

(そんなの断れん)

やっぱりというかしょうがないのか。霞に似てセレンにも少々ショタコンの気があった。

しかし何度考えても最強だとしか思えない。邪魔される要素のない恋愛だ。

ガロアは卵から孵った瞬間の雛のように自分しか見ていない。

 

そしてただ一つの目的の為に一心不乱に打ち込み、才能と混ざり合って出来上がった完璧な身体。

自分と一緒に作った雄として最上の身体なのだ。

 

「やば、い」

耳からヤカンのように蒸気が噴出された。

何が何やら分からないし環境が信じられないほど目まぐるしく変わっていくが、もしかして今の自分は今までで一番幸せなのではないだろうか。

 

だが大きな問題が一つ残っている。

 

(あいつ…明らかに混乱していた。やっぱりよく分かっていないんだ)

学校にも行っていない、友達もいない。

となると当然、ガロアは今まで恋すらしたことがないという結論になる。

そして雑多な情報で溢れかえる低俗な雑誌もテレビなんかにも全く興味を示していなかった。

恋人同士の情愛なんかさっぱり分かっていないだろう。

 

「こいっ、恋ぶっ!!」

またもや噴き出した鼻血を風呂の外に垂らして流す。

どくどく流れるが全く頭は冷えない。

純粋な状態から始めて最初から最後まで自分好みに出来る。たまらない女の夢の一つだ。

 

(あいつ、『男』になっていたんだ…いつの間に…)

それならもう全部あげていいと思ってしまった。

どっちにしたってガロアがいなくなればもう自分なんて空っぽなのだから。

 

(違うっ、いいじゃない。あげたい、だ…)

ああ、まさかあんなに捻くれて拗れていた自分がこんな考えを持つ日が来るなんて人生って奴はさっぱりなあんちくしょうなんだ。

でも実際問題どうやって入っていいか分からない。

流れに全てを任せてしまえば記憶まで流れて、終わった後に何も思いだせなくなりそうだ。

 

「あなた、ガロア君の恋人?」

 

「だぁっ!!?」

完全に自分一人だと思っていたら後ろから声。

しかもいつかのメイのような優しく細い声ではなく、男の図太い声だった。

 

「あら?…変ねぇ。その肌…」

 

「あわわわわ、おま、おま、おまま前…」

日焼けして鍛えられた身体に白塗りの顔とシャンプーハット。

頭に括り付けられた象の如雨露からは動くたびにお湯が流れている。

 

ぷにっ

 

「あなた、処女ね」

本能的に隠していたセレンの胸を突っついて一言。

 

「わーーーーーーーーーっ!!!!」

ラインアークに悲鳴が響き渡った。

頭が追い付く前に状況がどんどん更新されていき負荷が倍増していく。

ここ最近頭のついていけない出来事が起きすぎてセレンの脳みそはややオーバーヒート気味だった。

 

「ガロア君…いい身体しているわねぇ」

 

「な、なんだお前!?変態!!ガロアを変な目で見るな!!?」

言葉遣いとくねくねとした動きで察した。初めて見たが、これがオカマという奴なのだろう。

明らかに自分の胸を触った時よりもガロアの身体について口にしている時の方が顔が歪んでいる。

 

「あなたもそう思わないの?ずっと一緒にいるんでしょう?」

 

「……」

思うに決まっているがここでどう返事をしてもエライことになりそうだ。

 

「あの腕で力強く抱かれて…」

 

「……」

 

「首筋に歯を柔らかくたてて…」

 

(ああああ)

思うところがありすぎて、なんでここにいるんだと抗議することも忘れてごくりと生唾を飲み込んでしまう。

 

「触れてみたい…引っ掻きたい…」

 

「……」

 

「んあああああああああああん!!!」

 

「わーーーーーーーーーっ!!!」

艶めかしく叫んだ変態に合わせてセレンもまた叫ぶ。

 

「身体をあんなに念入りに洗って…」

 

「う…うあぁ…」

 

「今か今かと悶々…堪らないわ…恋する乙女の顔…」

 

「や、やめろ…来るな…来る、んじゃない……」

徐々にこちらに近づいてくる変態から距離をとろうとすると、風呂の縁に肘が当たった。

 

「悲鳴が聞こえたから何かと思えばやっぱり!何をしているんですか!!アブさん!!今は女性の時間です!!」

もはやこれまで、と思った瞬間入り口ががらりと開きフィオナが入ってきた。

 

「いやぁね。心は女性のつ・も・り」

 

「早く出てください!」

引きずられていく変態が扉が閉まる瞬間にこちらにバチンと音まで聞こえてきそうなウィンクを飛ばし、セレンは思わず目を逸らす。

 

「なんだあの変態は…ん?」

 

「アブ?」

その名前とラインアークには切っても切り離せない関係がある。

 

「あのアブ・マーシュ?」

あの奇抜なファッションをした変態こそが、ホワイトグリントを一から設計した稀代の天才アーキテクト、アブ・マーシュであった。

 

 

 

(なんだろう…。どこかで誰かにアブについて何か言われていた気がするんだが…)

風呂からあがって温度の上がった頭をさらに上げるような行為をして湯気を出していく。

思い出そうにもここ半年はちょっと色々な事があり過ぎたし、味方であれ敵であれ色々な人と出会い過ぎた。

なんて考えているうちに部屋の前に着いてしまって一気に現実感の無い現実に帰ってきてしまった。

 

(ど、どうやって部屋に入るっ!?何食わぬ顔か!?それとも)

 

「早く部屋に入んなよ」

 

「おあぁ!!?」

丁度買い物から帰ってきたガロアが後ろにいた。

もう心臓が痛い。もう持たない。

 

「…?」

 

「なんでどいつもこいつも後ろから声をかけるんだ!!バカにして、してんか!?」

とは言えドアの10㎝手前で立ちながらぶつぶつと独り言を言っている人物に後ろ以外から声をかけるのは難しいだろう。

 

「紅茶買ってきた。氷入れて飲むだろ?」

 

「え、お、うん。の、飲む」

 

パックの紅茶を入れて氷で冷まして机で飲む。

パックの割にはなかなか美味い…のは割とどうでもよくて、

向かいのガロアがぽえっとした顔で海の上の月を見ているのが気になった。

自分はこんなにどぎまぎしているのにどうしてこんなに平静…悪く言えば間抜け面していられるのか。

なんというか、先ほどの記憶をどっかに置いてきてしまったかのようだ。

 

「月はどこでも同じだな」

 

「え?」

 

「…セレンはそれでもリンクスになろうって思わなかったのか?…多分、洗脳に近い行為をされたんじゃないか。リンクスになることこそ使命、みたいな」

 

「……ああ、されたな。お前はお前では無い、霞になれってな。…実際映像で見る霞は…お前と比べても見劣りしない程強く、魅力的だった」

 

「そうだったのか。…まぁだからこそ」

 

「私は作られた訳だ。…未練もある。お前が輝かしい勝利を打ち立てる様を見ていて少し嫉妬することもあった」

 

「……」

 

「だが、今はお前の師となりオペレーターになって良かったと思っている。ついてきて良かったって。本当だ」

 

「……」

その言葉を聞いて何を思ったのかガロアは黙ったまま笑っている。

 

「…よく笑うようになったな、お前は」

 

「そうか?」

 

「昔のお前は全く笑わなかった。訓練の事しか頭にないと言う感じだった。…正直、私のように教育を詰め込まれたわけでもないのにどうしてそこまで、と思っていたよ」

 

「…セレンのお陰だ。前までは笑っても見てくれる人なんかいなかったし、笑えるようなこと自体なかった。今は…嬉しいことも楽しいこともある」

それがどれだけ素晴らしい事か、一人で長い事過ごしてきたガロアは知っている。

ウォーキートーキーが面白い話をしようとしても、時々前と全く同じ話を同じトーンで話す時、改めてここに人間は自分だけという事を思い知らされて顔を凍らせていた。

それに対する反応までもが機械らしく同じだった時は無性に夜が怖くなりベッドに籠り朝が来るのを待っていたものだ。

だからこそ、セレンの身体を求めるのではなく幸せと笑顔が欲しい。

そんな聖人君子のようなことを考えているガロアだが、残念なことにガロアが考えるセレンの幸せが実際のそれと一致していないことに気が付かない。

 

「…なら、良かったよ」

紅茶の香りがそうしたのか、ガロアの何気ない会話がそうしたのかは分からないが、いつの間にか気分は落ち着いていた。

 

落ち着いてみればかなりいい雰囲気だ。

月は綺麗だし、その光に照らされる海は無数の光を反射している。

空の星々はデスクワークで視力が下がった自分の目でも星座がわかるくらいにははっきりと輝いている。

心から好きだと言える相手と二人でそんな世界にいるなんて。冷たい紅茶の中でカランと氷が音を立てて波音に紛れていく。

もしかしなくても、自分は普通にこの状況にわくわくしている?

 

「部屋が同じになったから寝る時間を揃えねえとな」

 

「ぶほっ!!」

口と鼻、三つの穴から紅茶をカップに噴射する。

その言葉はセレンの落ち着いていた頭をまた沸騰させた。

ガロアは遅くとも日付が変わって一時間以内に寝てしまうが、セレンはガロアのオペレーターの傍ら修理依頼や弾薬の注文などやることはいつも目白押しで、夜中まで起きていることも珍しくない。

だが今はそれも全てラインアークに任せやることと言えばオペレーターの仕事だけなので普通の時間に寝るのも出来なくはない。

やはり問題なのはベッドが一つしかない事だろう。

部屋の構造的に二つ置いてもどうせ隣り合う事になっていたんだろうがあからさますぎる。

かと言って別の部屋になるのはそれはそれで嫌だったが。

 

「というかもう眠い。まだやることはあるか?」

 

「なななななない!!」

 

「じゃあ電気消して寝よう」

 

「ど、どうぞ」

自分が悩んでいたのが嘘みたいにとんとん拍子で事は進み、気が付けばベッドの左側にはガロアがいた。

考えていた通り、肩と肩が触れ合う。

 

(どどどどうなるんだ…いや、どうすれば…)

 

(何か…何をされるんだ…)

 

(………………………)

 

(…?)

多分まだ2、3分しか経っていないが、何もアクションが無いことを不思議に思い、

勇気を振り絞って左を見る。

 

「……」

 

(こいつ…)

 

(寝てやがる…)

安らかな顔で寝息を立てているガロアの姿があった。

ガロアは寝相は悪いが寝付きは鬼のように早い。

それは知っていたがそういう問題ではないだろう。

 

(どういう神経しているんだこの野郎)

石像のように固まる必要も無いと分かり、首だけでなく身体ごと左を向く。

こんな状況で健康な十代男が眠りこけるなんていうのは明らかにおかしい。多分自分は間違っていない。

 

(…なんだ…ほっとしているのか…がっかりしているのか…)

考えるだけで毛細血管が爆発しそうになるような事は何も現実に起こらなかったことには安堵しているが、

手を出されなかった事は………本心を言ってしまえば、残念極まりない。

 

(…母親に似ている…かぁ…)

腰が砕ける程あの男は驚いていたが、きっとそのガロアの本当の母親は美人だったに違いない。

身体は傷だらけだし、顔にもナイフによる切り傷が残ってしまっているが、それでも綺麗な顔立ちをしている。

夕刻の感触を求めてまた何も考えずに顔を寄せてしまうが。

 

(…寝てるのにしても面白くない)

思い返してみればこの前酒を飲んだ時も枕もとであれだけ騒いでも朝まで起きなかったのだ。

きっと何の反応も無いに違いない。

 

(でも…隣で寝ているんだし…)

 

(抱き着くくらいはいいよな?)

何も答えはしないが、多分いいと言ってくれるはずだと自己完結し身を寄せる。

耳を肌着につけるとゆっくりと落ち着いた鼓動の音までも聞こえてくる。

 

(うーん…幸せだ…)

温かいガロアの身体にそのまま密着し、ひしひしと幸福を感じて目を閉じる。

セレンはただこうしているだけで幸せなのだが恥ずかしくてとても口にすることは出来ず、結果ガロアはそれに気が付かない。

かなり思い通じ合ってはいるもののそれでもまだすれ違いはある。

なんだかんだ今日も今日とて色々あり過ぎて疲れていたセレンはそのまますぐに眠りに落ちた。




12話でカミソリジョニーが言った通り、ガロアは自分を振り返ってようやくアブ・マーシュに出会いました。
長かったねー

次回はサービス回です。
これから激しい戦場に行くしね。

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