Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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家族

9月、それは避けられぬ運命のように始まった。

正体不明の複数のネクスト機に加え各企業の有力ネクストによるアルテリア施設の同時襲撃。

その全ては成功しクレイドルと企業は拠って立つエネルギー基盤を大きく揺るがされた

 

そして、ORCA旅団と、旅団長オッツダルヴァの名でごく短い声明が、世界に発信される。

 

We shall liquidate the companies.

 

それは、全ての企業に対しての明確な宣戦であった。

 

企業は安全な経済戦争を放り出し、狂気の反動勢力に対することを余儀なくされ、

人々を錯綜する情報から守るという名目の元クレイドルと地上との交流を遮断した。

 

決着の時は近いだろう。

 

 

 

 

全てのアルテリア施設の収奪成功は当然の事としてジェラルド、そしてリリウムが向かったアルテリア施設がそのままこちらに寝返ったのが嬉しい誤算だった。

そのカリスマ性も理由としてはあるだろうが、積み上げてきた信頼と真摯な呼びかけが金と戦力だけをチラつかせる企業よりも現場の人々の心を動かしたのだ。

強さだけを追求するガロアでは決してできない事だろう。この辺りも考慮した作戦だったのかは分からないが。

 

 

 

 

夜。

清掃ロボットがちょろちょろと動いている以外には、もう人もいない格納庫でガロアはアレフの中で目を閉じていた。

 

「ダメだな…お前は…ネクストだ」

ジャックからコードを抜いて当たり前のことを口にする。ジャックに繋げても、専用のスーツを着ないとアレフは動かせない。

アレフは強い。自分の動きに合致した機能も相まって凄まじく強い。だがそれ以上の…アレフ・ゼロに乗っていた時のような奇妙な一体感はない。

この機体自体に文句があるわけでない。あの時のノーマルとの戦いで蚯蚓腫れの線が浮かんだ左腕をさすりながら思う。

 

中古の粗悪品だからなのか、あるいは何かしらの波長が変に合って精神が引き込まれてしまったのか。

負荷はアレフの方が高いが、使い続ければ廃人になるのはゼロの方なのかもしれない。

 

(……会いに行こうかな)

アレフ・ゼロがいる隣の格納庫を見て自然にそう思ってから気が付く。

今自分が『会いに行こう』などと考えていた事を。

当然の事として、セレンからは一通りネクストによる精神汚染の事例の説明も受けた。

幻覚から始まり、言語能力の破壊、感情の破壊、もしくは躁うつ病のように抑制が効かなくなる。

AMS適性の高い自分には関係のない世界だったが、ネクストに乗らずともその訓練の過程でストレスで死ぬ者すらいたらしい。

カラードのリンクスでは無かったが単純な言葉を抑揚のない声でしか喋れなくなったリンクスもいたという。

 

今がその第一段階だとしたら…

 

『___、__』

 

「悪い…俺はもう…お前には乗らない方がいいみたいだ。今、分かっているうちに…」

まただ。また聞こえたような気がする。これが最後の返事だ。もう何か頭の中に響いても何も反応しない方がいい。

セレンには言えない。帰ってくる言葉は間違いなく『もうやめろ』だろうから。医者にもかかれない。ネクストに乗っている者特有の疾患など普通の医者では分かるまい。

 

「いざとなれば我が身のみ…どんな局面でも一番頼れるのは…」

アレフから降りたガロアは、暗い格納庫で静かに立っていた人形に向き合った。

少々くすんだその人形はメイド服が着せられており、マネキンにしてはやけに表情が愁いを含んでおり、身体はやたらと柔らかく胸が大きかった。

ゴミ捨て場に捨ててあったそれを、丁度いいやとここまで担いで持ってきたのだ。ガロアは気にしていなかったがその光景はどこからどう見ても変態だった。

 

「……」

倒れないぎりぎりのところで身体を弛緩させて人形の前に立つ。

既に3分が経過しており、半開きの目は瞬きをしていなかった。誰がどう見ても変態である。

 

18という若さで最強の座をその手に掴みとったガロアだが、あのノーマル乗りに中てられたのか、心の奥底にあるむらむらとした焦げ付く感情がずっと抑えられなかった。

その熱をぶつけられるものを際限なく欲してしまっている。

理屈も頭の中にはあった。最強の存在にかつて自分が求めた物を、最強となった自分だけが勝手な都合で逃げるわけにはいかない。

それでも曲がりたくないなら、逃げられない、やめられないと。

 

(分かっている…柔軟さが必要だ、足りてないとか言うんだろ…どいつもこいつも…)

息を吐いて、構えのない状態からいきなり放った目突きは人形の目の部分を削り取っていく。

 

(でも俺は俺の中に俺を押しこめて強くなった!やめたら終わりだ。何かあと一つでも壊れたら)

凄まじい速さの三連撃が、顔の急所を抉り取り、人形が倒れようとしたのを足を踏みながら腕を引っ張り肘関節を破壊する。

買えば結構な値段がするその人形が一秒ごとにゴミへと近づいていく。

 

(強くなってやる!!)

指先を固めて繰り出した三本貫手が人形の両わき腹に刺さった。

一体どれだけセレンに負けたか、もう数を数えるのも馬鹿らしいがそれでもやはり食らいたくない技はあった。

どの技も痛み、苦しみはあるがその中でもこの貫手はガード不能でどこで受けても大出血するという性格の悪い技だった。

こうしろああしろと教わったわけでは無いが、ガロアは今日その技も習得したことになる。

 

強くなって、終わりはあるの?

 

(知るかそんなもんっ!!)

 

どこに行くの?

 

(知らねえよ!!強くならなきゃ!!)

子供のような疑問が頭の中に渦巻くのを払うようにジークンドーの構えを取って人形を破壊していく。

頸動脈を攻撃して相手の意識を奪う手刀を両手で人形の首に当てると、哀れにも物言わぬ人形の首は、鋭利な刃物で斬首されたかのように真上に飛んでいった。

 

強くなってどこに行くのか、終わりはあるのか。

それは単純な疑問だが、悟ったような態度を取る偉ぶった大人も、捻くれていない純粋な子供もそれには答えられない。

誰も知らない。強くなったら殺し合いの螺旋に入っていくことになるのに、わざわざ強くなるのはどうしてかなんて。

危ないからやめろ、なんて言葉は…正しいのに。

 

気付いたら本当にいつの間にか、強さと殺し合いの螺旋に子供だった自分はいた。

その頂点の自分はどこに行くというのか。今でも分からない。その先に何があるのか。

 

だが終わりは分かる。死だ。死ねば終わる。相手の記憶に残って…それは誇らしいが死は死だ。それ以上でも以下でも無い。

やめないのならいつかは必ず老い衰え…あるいは怪我をして動け無い時にでも襲われて死ぬのだろう。

あのノーマル乗りもその証明なのだ。

 

「じゃあなんでっ!!俺に負けたあの野郎が生きてんだっ!!」

また酷い頭痛が襲ってくる。いつからあったことなのかはもう分からないが、これも精神汚染が原因なのだろうか。

痛みを消し飛ばすように息を排出して足を地面に叩きつけると地面に大きく亀裂が走り人形が浮きあがった。

身体の中でむらむらと渦巻く内攻を、その場で回転したガロアが背中から全てを人形にぶつけると、人形はバッドで打たれたボールのように吹き飛んでいった。

壁にぶつかり大きく壁に破壊が起きたがそれだけに終わらず、偶然にも胸からぶつかった人形は素晴らしい弾力で跳ね返り、電源が入りっぱなしだったアレフの肘にぶつかった。

どういう作用が起きてそうなったのか…アレフの肘からエネルギーブレードが伸びて人形に当たり、長い間ある男と何度も夜を共にしたその人形は消し炭も残さず消滅した。

さらにラインアークが大慌てで作った急ごしらえのタラップにブレードが切れ目を入れて崩れ落ちようとしていた。

 

だがもうガロアには何も見えていない、聞こえていなかった。

身長3m、体重500kgの立ち上がった熊のような大男がその目には映っていた。

いつかバックですらもこの手で屠れる程の圧倒的強さを、と念じ続けた結果である。

ぎゅるぎゅると高速回転する右脳が、敵が凶悪なパンチを放ってくる姿を映し出す。

ガードは出来ないだろう。受ければ負けは必至。かといって避け続けても攻撃に転じなければ勝ちはない…が、この体重差ではまともな攻撃は通らない。

 

「なら関節だ!!」

関節には速さも力もない。あるのは骨の構造から来る必然のみ。

 

伸びた腕に絡みつき、そのまま相手の腕を折ったつもり…だった。

 

「あっ、空中…?」

当然全ては幻覚で、ガロアは空気でも抱きしめるかのように空中に浮いていた。

そして重力に従って落下していき、頭から思い切り地面にぶつかった。

 

「ぁだっ!!って!!いっでぇえ!!」

頭を抱えて転げ回ると、それと同時にタラップが崩れ落ち、ただの鉄の塊となってガロアの周囲にガンガンと降ってくる。

奇跡的に一つも当たることは無かったが、掠りでもしていたら即病院行きだっただろう。

 

「!? なんだこりゃあぁあっ!?」

ようやく我に返ったガロアが叫ぶ。

見渡すと地面に大穴があき、壁にはクレーター、そしてタラップは崩れ落ちておりアレフが赤い目でくすくすと笑うように見ていた。

 

「!? !?」

たんこぶをさすりながら顔の隣10㎝に落ちていた鉄を見て心臓が一気にバクバクしてくる。

その心臓の早鐘のせいなのか、急にセレンに会いたくなってしまった。馬鹿馬鹿しい。毎日顔を合わせているのに会いたいとはどういうことなのか。

 

「……帰ろ」

 

やっぱり何も言ってこないアレフに目をやり、一瞬ゼロの方に行きたくなったが、しっかり自分を戒めてとりあえずぶっ壊れたタラップを端に寄せる。

何か言われたら、こればっかりは自分が完璧に悪いからちゃんと弁償しよう。

そう思いながらシャツを脱いで帰路についたガロアの後ろで、ゴミと化した人形の首を清掃ロボットが拾い上げて背負っていたダストボックスに入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「よし…よし!ここだ!」

部屋に戻ったガロアは、相変わらず風呂に入っても髪を乾かさず、濡れた髪を投げだしてベッドの上で退屈そうにしていたセレンの髪を丁寧に乾かしてから台所で何やら怪しげな物を作っていた。

 

「出来た」

謎の液体だったはずが急激におたまの上で膨らみ固体となったそれは、不思議と甘い香りを漂わせていた。

 

「セレン、これ食べてくれ」

 

「?何だ?これは」

ベッドの上で何をするでもなくうとうととし始めていたセレンにそのお菓子のような物をキッチンペーパーで包んで渡す。

ベッドで物を食べるのは行儀が悪いが汁物でもないしまぁいいだろう。

 

「カルメ焼きって奴」

 

「…?…!甘い!素朴だけど…美味しいな」

さくっと軽快な音を立てて口に入った途端に溶けたカルメ焼きと呼ばれる甘菓子はまだ3つほどガロアの手にある皿の上に乗っており、

その皿をそのまま柔らかいベッドの上に置く。

 

「そうか。なら良かった。セレン…甘い物が好きなのにこの辺大して甘いもの売ってないからなぁ」

 

「だから作ってくれたのか?」

と言いながら早くも二つ目に手を付ける。

言葉だけの賛辞では無く、本当に気に入ったようだ。

 

「そう」

 

「よくこんな物の作り方を知っていたな」

 

「東洋のお菓子なんだけど簡単に作れる。昔…ウォーキートーキーが作り方を教えてくれたんだ。『子供は甘い物を食べるのデス』とか言ってな」

 

「そうだな…普通はな。あ」

 

「ん?」

 

「全部食べてしまった…あぁ…」

 

「いいよ。これくらいで良けりゃいつでも作ってやる」

元々がそこまで甘い物が好きという訳でもないしセレンの為に作った物だったので、気に入ってもらえたのが単純に嬉しくガロアは何も考えずに笑った。

 

(…本当によく笑うようになったな)

出会った頃は全く笑わない子供だったし、ガロアの過去を、人生を考えるとこうやって年相応に笑っているのはむしろ奇跡だとさえセレンには思えた。

その怒りも恨みも忘れた顔を見るとやはり考えてしまうのは、ガロアに普通の人生は許されなかったのかということだ。

 

「どうした?足りないか?」

 

「いや…お前…本当に自分の両親のことが気にならないのか?知りたくないのか?本当に?」

 

「…なんだ突然」

 

「いいから」

 

「……。怖いんだ」

 

「怖い?」

 

「オッツダルヴァは…どうやら心から俺の両親を敬愛している。そういう人物だったということだ」

 

「……」

 

「もし…もし俺の本当の親が哀惜すべきような人物だったと分かった時…俺がどう思うのか…。…怖い。知りたくない」

その表情は戦場で敵を鏖殺する最強のリンクスとはとても思えない。

あの時戦場で見せた、気高くも好戦的な姿からはずっと遠い。

 

「…大きくなってもまだ子供か…」

セレンもただアブから聞いたこと以外には何も知らないが、やはりこれを見る限りは自分と違って本当なら戦争屋などやるような子ではなかったのではないかと思ってしまう。

 

「……」

 

「でも羨ましい」

 

「え?」

 

「私には本当に私しかいない。霞に家族はいたのかもしれないがそれは霞の肉親だ。私の家族じゃない」

 

「……」

 

「私にはそんなもの…家族は一人もいない。羨ましい葛藤だよ、ガロア」

ベッドから足を投げだしてそんなことをぽそぽそと言っているセレンを見て、ガロアはセレンがどんな言葉が欲しいかが分かってしまった。

当たり前だと思っていた事だが、口にしたことは無い。というよりも当たり前のことというのは口にしないことの方が多いのだ。

今から言うその言葉も嘘では無い。だからガロアは、それをセレンが欲しているなら当たり前のように自分はこう思っていると言ってあげようと思った。

 

後から思えばそれが後々ガロアを酷く苦しめることとなった。

思っているだけなら何も変わらないし、何を思っても自由だ。ただし口に出して、それが誰かの耳に届けばもうそれは秘め事ではない。

たった一言でも何もかもが、世界が変わってしまうことがあるから言葉というのは恐ろしい。たかが空気の振動だというのに口にした言葉は人を生かしも殺しもする。

 

「俺は…今日も…、あぁ…ラインアークに行ったあの日もだったな…いつからだっけ。覚えてないけど…」

 

「…?」

 

「セレンのところに帰ろう、帰りたいって思っていた。だって」

まただ、もうやめてくれとガロアは言ってしまいたかった。

アナトリアの傭兵がずっと頭の中にいる。会ったことはないが、友であるジョシュアと妻であるフィオナと一緒にいる姿が浮かぶ。

あれは何と言うんだろうか。

 

「血じゃないんだ、セレン」

あそこにいた者共は誰一人として血が繋がっているわけでもなんでもなかったはずだ。

ジョシュア・オブライエンなど最後は凶暴な兵器に乗ってアナトリアを襲撃したというのにそれでも助けて。

フィオナは半分は自分では無いモノをお腹に宿してあんなに幸せそうだ。

 

あのとき、自分が周りの人間に銃を向けていたら、奴は…マグナスは自分の前に再び敵となって立ちふさがったのだろう。

奴の周りの人間がそうしたように。

 

「ガロア…?」

 

「血なんてくだらん。流れているだけのものなんて」

 

「…!」

 

「人と人の繋がりなんてものは…多分…」

セレンと霞の肉親は血が繋がっていても親じゃない、家族じゃない。

ならば家族ってなんなんだろう。自分と父は血の一滴も繋がっていなかった。それでも家族だったはずだ。

書面上の物でも契約上のものでも誰かに認められるものでもないとしたらなんなのだろう。

その答えはガロアには一つしか無かった。

 

「俺はセレンのところに帰るんだ。だから、きっとセレンは世界でたった一人の俺の家族なんだろう」

ガロアの帰る場所はいつの間にかセレンのいる場所になっていた。父がいなくなった日から、家に帰る楽しみはなくなった。

辞書をひいてもこの家族という意味はきっと分からないだろう。

 

その時のセレンの顔は笑ってはいなかったが、内側で喜びが弾けすぎて表情を作れないのだとすぐに分かった。

ああ、言ってよかった。照れくさかったがやっぱりこんなことが出来るなら喋れるようになってよかった。

きっともっとあるのだろう。言えば喜ぶような言葉が。いつかそれが分かったらまた言ってあげよう。

 

 

「ずっと言ってほしかったんだ、そうやって」

 

「知っている。俺がそうやって思っていたことに気付いたのも……つい最近だ」

 

「そうやって言ってくれって、言ってもしかたないことだから…言えなかったんだ、私は」

セレンは体の外側にどう出して表現していいか分からない程の感動に揺さぶられながらも思いだしていた。

確かにガロアは故郷に帰ったあの日、自分の帰る場所はここでは無いと言っていた。なんでそんなことを聞き逃してしまっていたのだろう。

そして言われてみればその通り。セレンの住む家はこれまでそこそこ変わってきたがその家に思い入れなど無い。

自分も、帰る場所となったのはガロアがいるところだった。

 

「どうした?」

 

「あのな…その…私、私は…知らない事なのに…勝手にお前のことを弟のように思っていたんだ…笑わないでくれ…」

笑わないだろうな、バカにも絶対にしない。そうだ。ガロアは血の繋がりなんか一切ない男を父と呼んで幼い頃を過ごしていたのだ。

 

「笑わないさ」

ほらやっぱり、と思ってから、セレンは今ここに自分一人だったらはしゃぎ回る程嬉しい気分でいることに気が付いた。

 

「じゃ、じゃあ!お姉ちゃんって呼んでみないか!ほら」

 

「呼ばない」

 

「なんで!」

 

「なんでって、なんで」

 

「オッツダルヴァがあれ、兄なら私だって姉だ!というかずっと姉だ!」

ささやかな…こう思うことも卑怯なのかもしれないが、ここまで振りまわされたことを考えればすごくささやかな願いのはずだ。

本当に言いたいことは他にもある。家族に戦場に行ってほしいなんて思うか?と言ってやりたいがそれは前も同じやり取りをしたから。

ガロアからそれがなくなったらもうガロアじゃないというのもなんとなくは分かっていた。

だからせめて、このささやかな願いはぜひとも叶えてほしい。

 

「こ、壊っ…怖っ…」

しかしガロアは少し引いていた。欲張り過ぎたかもしれない。

欲張り?そんな馬鹿な。ちょっと口にすればそれでいいだけなのだ。ガロアには何の損も無いのだから。

 

「お前にそうやって呼ばれてみたかったんだ!!」

 

「お、おお?ああ?」

 

「はい、言って!」

横から冷静に自分を見たらぶん殴ってでも止めたい恥ずかしい光景かもしれないが。

とにかく必死だった。

 

「お姉…ちゃん…」

気分としては釣り針をガロアの口の中に放り込んで言葉を引っ張り出したかのような感覚だった。

だがそれでも確かに言った。そしてガロアは引きすぎてベッドから落ちていった。

 

「!! 言ったな?言ってしまったな?もう言ったんだからな?」

 

「……」

ベッドのわきから頭だけ出してこちらを見てくるガロアは怯えているが、それでももう口に出してしまったのだ。

 

「口に出せば途端に変わる。私の世界も、お前の世界も。言ってしまったならそれはもう…私はお前の姉だ」

 

「…………はぁ」

自分の座っている場所の隣を二、三度叩くと困惑しっぱなしのガロアはとりあえずそこに座ってきた。

もう一度、言われたことを思い出して一人でじーんとしていた。

 

「もういち」

 

「もう!言わん!」

そうだろうな、とは思った。

思ってもないことを言われてもそこまで嬉しくはない。

だが、言葉に出して言ってくれたことが大事なのだ。

オッツダルヴァにも言わなかったのに自分には言ってくれた。改めて感無量だ。

 

ガロアはずっと混乱していた。というよりも喋れるようになってから混乱していない日の方が少ない。

もう何が何だかさっぱりわからん、わけわからん。そんなことを一日に三回は思っている。

目に数えきれない程の『?』を浮かべていたら、ますますガロアを混乱させる出来事が起きた。

 

セレンが自分との距離を測り始めた、と思ったらそのままこちらに倒れ込み膝の上に頭を乗せてきた。

風呂上がりの分かりやすい芳香が広がって一気にガロアを包み込む。

 

「なに、なにしてんの?え?」

 

「家族ってんならこれぐらいはしてもいいだろ?」

 

「んん…?うん」

よく分かってないが取りあえず肯定しておく。

確かにいつの間にかうとうと来て父の膝の上で寝ていたこともあったが、セレンの考えていることとは違うのは言うまでもない。

深読みすればプロポーズとも取れてしまう自分の言葉に気が付かないガロアは二転三転する空気に頭がやられてしまっていた。

 

「その…だな」

 

「……………はっ。え?何?」

 

「髪を触ってくれないか」

 

「……え?」

さっき十分触ったでしょ、と言おうと思ったがどうしてかその言葉が出ない程セレンの頼みは魅力的だった。

 

「お前に髪を触られるのが好きなんだ」

 

「……うん」

その理論で行くとセレンは永遠に自分で髪を乾かさないんじゃないか、という冷静な言葉は頭の隅に追いやられる。

 

「…!……」

 

「……」

指を入れると水のように抵抗なく黒髪が流れていく。

さっきも触っていたはずの髪なのに今はどうしてこんなに指先に神経が集中してしまっているのか。

折角綺麗に整えた髪を乱さないようにそっと触っていくと。

 

「ふぁ…」

 

「…!」

耳に指先が触れてしまいセレンが艶のある声を出す。

 

「……」

そっと身体を傾け気づかれないように顔を覗き込むとセレンは目を細めて明らかにうっとりとした表情をしていた。

困惑とともに本能が顔を出してくるのを感じる。不思議と、さきほど格納庫で人形を破壊していた時と同じ感覚だった。

 

「いつの間にこんなに馬鹿デカくなったんだか…」

頭を乗せた膝にそっと触れてくるセレンは確かに軽い。

頭が軽いとかそういう意味では無い。昔に比べて自分が大きくなったのだろう。

初めの頃は片手でセレンに抱えられていたのに、今ではまず身長からして出来ない。

 

「……」

姉じゃないだろう、オッツダルヴァはともかくとして。

そう思っていたが、姉じゃないとしたらなんなんだろう。

セレンの言う通り、この何年かの関係は血という点を除けばまるで姉弟のようだった。

姉じゃないけど家族って?

 

「手…」

 

「!…え?」

髪越しに肌に触れていた右手を両手で優しく取り顔に触れさせてくる。

形の良い鼻とつやつやと潤う唇に指が触れてガロアは表情を変えはしなかったが心臓が跳ねてしまった。

 

「…甘い匂いがする」

 

「そりゃあな…」

と答えきる前に指先が急に暖かい感触に包まれた。

 

「え?」

 

「あ」

脳の活動が停止していたセレンは思い赴くままに人差し指を咥えてしまいガロアの声で一瞬で我に返った。

 

「……」

 

「……む…」

膝の上の頭を動かし目と目を合わせて、わざわざ何かを確認してからセレンは再び指を口に入れてしまった。

しかも今度は指先では無く第二関節まで。

 

「え?」

 

「……」

ガロアは驚いてはいたが嫌がっていたのではない事を確かめたセレンは、流れに任せて咥えた指に舌を当てる。

 

(え?)

状況が相変わらず理解できないしセレンももう考えるのはほぼやめているが、指を口に入れて舌を這わすその姿は性的魅力に溢れすぎている。

 

(う…)

相変わらずうっとりとした顔で指を濡らし爪の間に舌先を優しく入れてくる。

経験したことの無い異感覚に驚き指を曲げると頬が内側から指の形に膨らんだのが見え、またこちらをちらりと見たセレンと目があった。

 

(やば…い…)

舌も内頬もぬるりとして柔らかく指を包み、時々当たる歯の固さがその白さを思い出させてくる。

唇の隙間から漏れる息は信じられない程熱くセレンの頭が太腿の上にあるというのに急速に下半身に熱を持った血液が集まってくる。

 

「……」

セレンは髪を掻き分けて起き上がる存在を感じて、前に腹部に感じた熱いそれの感触がリアルに蘇ってくるのを感じていた。

結局最後まで行かなかった甘い記憶に再び色籠りの息を吐いて口からたっぷり濡れた人差し指を出し掌に口付ける。

 

(あ…あ…)

掌の上で躍り指の隙間に潜りなぞるだけで身体が熱くなるその舌が身体に触れたらどうなるのだろうと自然に思ってしまうと同時に実際に自分の身体をその舌が這った記憶を思い出し、

いよいよもって本能と理性がぶつかり合いを始め思考が止まってしまう。

 

「……ここらへんからしょっぱいぞ」

甘い匂いと自分の唾液の匂いがしながらもほんのり手汗で塩気のある手を味わい尽くしたセレンは、

異物を口に入れてしまって唾液が溢れる唇を唾液の糸を引いて湿った音を立てながら開き、手首を甘噛みする。

 

「うぅあっ!」

思わず快感を得ている声をガロアはあげてしまった。

セレンは更に口づけを交えながら舌で腱をなぞり肉に優しく歯を立てていく。

こりこりとセレンのぬくい口の中で腱が舌で動かされているのが分かる。

なにしてんの、とその一言が言えない。やめてくれとは思っていないからだ。

 

(か…カーテンのひだの数を数えよう…)

このままでは本能に負けると悟ったガロアは視線を動かそうとするが自分の腕に愛おしそうに口付けるセレンの顔が目に入ってしまい瞬きすらできない。

前と違い部屋の照明はしっかりとついているのでどういう表情をしているのかもよく見える。

恍惚として潤んだ瞳の光はこれが極上の喜びとばかりに滲んでおり妖艶の一言。

 

「ああ…また、どんだけ身体動かしてきたんだ…?」

口を離したセレンがあくまでも自然に唇の周りを舐めてから首元に鼻を近づけてくる。

お互いに同じ高さに座っているはずなのにセレンは膝立ちになっており、確かに自分は大きくなった。

だがそんな素朴な感想が頭の中にまとまる前にセレンが舌で首元を耳まで舐め上げて背筋が痺れるようにぞくぞくした。

 

「汗臭い、汗臭いぞお前」

 

「ふ、風呂入って寝、ね…」

 

「汗をかくと髪がもっとくるくるになるのは昔から変わらないな」

髪に鼻をうずめてそんなことを言ってくる。

汗臭いと言うのならなんでそんなことをするんだ。

いつの間にやら二本の腕が自分の首に蛇のように絡みついて抱き着いている形となっていた。

 

「着いて来いって。全てを捨てて着いてきてくれだって?」

 

「……」

 

「分かっているのか?それがどういうことなのか。ホントならどれだけ人生を賭けて言うべき言葉か」

耳元で囁いてくるその声は、言葉自体は責め立てているようでも、声色は何かを掻き立てようとしているかのようだった。

 

「も、もう夜だから、寝…」

 

「それを言って女が本当に着いてきたってことがどういうことか。世界が変わったのか?お前はきっと言葉という物をまだまだ分かっていないんだろう」

耳元から口を離してどこまでも真っ直ぐに目を見てくる。目を逸らすことも顔を横に向けることも出来なかった。

あ、これはもしかしてと思ったらもうセレンの綺麗な形の鼻が目の下にあった。またキスされたのだ。明るい部屋でこの距離で見ると本当に目が青い。

どうしてこの距離でもずっと目を開いて自分を見てくるのだろう。ふと思考が現実に戻って唇の柔らかさを頭が理解しようとしたがその前に離れていった。

 

「でも…実際には血は繋がっていない。そうだよな。そういう本能が避けるリスク的なものも無い。あるのは理性だけだろう?」

思っていても何も変わらない。その代り、言葉にしたらその途端に世界が変わってしまうかもしれない。

言葉にはそんな力がある。

セレンは今、二人の世界を進んで変えようとしている。

 

「同じベッドで寝ているって、何?」

 

「な、なにって…」

血も繋がっていない男女が同じ場所で寝るということ。

知っている。それがどういうことなのか。でも別にそんなのが欲しいわけではない。

そう思っているのに頭がぐわんぐわんする。もしかしてこれはあれなのだろうか。

戦いの…強い敵と相対して命揺さぶられた後に起きる、子孫を残す為の生物としての保存本能。

さっきもずっと求めていた。むらむらと燃え上がる熱をぶつけられる物を。

 

それは女でも?

 

(俺にそんなものが…)

森にいた頃からあったろうと思ったがあの頃には雌などいなかった。

精通もしておらずひたすら狩って食って寝ていた。もしも雌がいたならどうなっていたのだろうか。

 

「何も思わない?本当に?」

やめてくれ。弱くなってしまうから。一本しかないんだ。自分の芯は。

あいつらみたいにあれもこれも出来る程器用じゃないんだ。

押しこめた自分が壊れたら、死んでしまう。帰ってこれなくなるんだよ。

 

「思、!」

何も言うな、言い訳するな。

そう言うかのように口が口で塞がれ、そのまま首に絡んでいた腕に力が込められて身体を捻りながら引き倒された。

 

「……」

押し倒した訳では無いが、押し倒した形にされていた。

だがそうだとしても、もう気分は押し倒しているような物だった。

腕をふりほどいてベッドの外に転がり出て、そのまま今日の夜は外で寝ることも出来たはずだ。

なのに今、自分はしっかりと組み敷いてそのうえ暴れないようにとでもするかのようにセレンの肩に手をおいて体重をかけていた。

 

「そうだろう」

しかも目の前の雌は小指の先ほども拒んでいない。

人間だって獣だったし、どこまで進化しても獣の先にいる。

戦えば、本能が首をもたげる。

 

「……」

瞳孔が興奮で小さくなっているのだろうなと、あまり関係のないことが頭に浮かんだ。

仕留めた獲物にその場で齧りついた記憶が蘇る。それと同じように口を近づけると顔に手を当てて止められた。

 

「何も分からなくなる前に言うけど……これからすることは一つも間違いじゃないからな」

ぷつっと頭の中で何かが切れた。

それはマジギレのマジギレをしたときの前後不覚になる感覚と似ていた。

数秒後に僅かに意識が戻った時はもうその桜色の唇に噛みつくように口付けていた。

 

「ん…」

それに驚いた様子は全くなく、むしろ待っていたとばかりに自分の上で照明の光遮るガロアの首にセレンは腕をきつく回す。

この前の様な恐る恐るでは無く最初からその気満々に口にかぶりつく。

二人の頭の中の大事な線は何本も切れており目からは理知の光が消え、理性を脱ぎ捨てて本能むき出しの二匹の獣になっていた。

 

「う…ふっ…」

熱の籠った荒い呼吸が部屋の空気をかき混ぜていく。

手から甘い匂いがすると言っていたが柔らかい口の中も溶けた砂糖の甘い味で満ち満ちており、

自分が作って自分でそれなりの美味しさだと評価を下したそれはセレンの口にほんのり残っているだけで至高の味がする。

 

「はっ…」

鼻と鼻をこするようにして口の周りを濡らしていく。

身体の一部が密着してもまだ足りないと主張するように首の後ろと後頭部に添えられた手は引き寄せてくる。

 

「うあぁ…うっ…」

髪を掻き分けてくすぐるように耳に触れると繋がった口を通してセレンのよがる声が身体に響く。

耳が弱いのではないかという疑惑が確信に変わり濡れた唇を離して耳元に持っていく。

 

「あああっ!」

呼気が耳に触れただけなのだがセレンは今日一番の声量で叫んだ。

想像以上の反応に驚きながら舌で口周りを濡らして外耳をそっと唇で噛む。

 

「うっ…!!…っ!!」

止めようもなく出る声を、目に涙を溜めながらセレンは咄嗟に口を手で塞いだ。

噛んだ唇をどちらのものとも分からない唾液を潤滑油にして舌を外耳に触れさせながら滑らせると痙攣するように震えセレンの目の端から涙が零れていった。

タイミングを意地悪く合わせて口を塞ぐ手をどかし、そのまま可愛らしい耳たぶを吸い上げた。

 

「ふぁああっ!!…あっ、…はっ…」

引き千切る程にガロアの髪を掴み嬌声をあげ、セレンはぐったりと脱力してしまった。

 

「……」

もう引き返せない所まで来たのを欠片ほど残っていた理性で悟り、さらに欲望の赴くままに手を伸ばそうとした時、

口を塞いでいたセレンの手をどかした手が掴まれていたことに気が付く。

そのまま指と指を絡めてセレンが口を開いた。

 

「もっと…!」

喜悦満面の表情で漏らした言葉が耳に届き、濁流の如き激情が血液より速く身体中に巡っていく。

 

「……!」

 

「あぁ…ガロア…」

セレンの背中に腕を回し腰が浮くほど抱きしめて、ぼすんと胸に顔を埋める。

今日もわざわざ風呂場まで行って大きな風呂を楽しんだセレンは、寝間着のまま外に出るわけにもいかなかったので今日着ていた服のままで行ったのだが、

間抜けにも着替えを持っていくのを忘れていたので風呂上がりの今も今日着た服そのままだった。

 

胸の感触を顔で楽しみながら、暑いラインアークで一日着て汗とフェロモンがたっぷりと染みついた服の濃厚な匂いで肺を満たすように大きく息を吸い込んでは吐く。

熱い息が胸の上に広がりセレンは大病で高熱を出した時のように震えた。存分に堪能しとうとう上着のボタンに手を伸ばす。

 

「…あっ」

ボタンを次々と外していく指が胸に触れた時またセレンが声をあげた。

肌を晒すまで下着を入れて三枚。

ガロアの癖毛に遮られてはいるが電気が煌々と付いていることにセレンは今更ながら気が付き、

電気を消してと言おうと思ったが全部見て欲しい様な気もして、このままガロアの表情を見続けるのも悪くないと思い、まぁいいかと結論付けてセレンはガロアの頬にキスをした。

偶然にもそこはリリウムに口付けられた場所であり、ガロアはその事を忘れた事は無かったが、今セレンの唇で上塗りされたことを虚ろな頭で確かに喜んでいた。

 

「……」

こんな時は完璧に黙り込んでしまうガロアの頭の中でどうするか、どうしてもいいという会話が行われるうちにブラウスのボタンが全て外れてしまった。

体型がよく分かるベージュのキャミソールが白い肌を際立たせる。見えている肌の部分はこの前の水着よりも全然少ないのに誘惑の力は段違いだ。

自分で袖から腕を抜いたセレンはよく絡まる癖毛に指を埋めて頭を引き寄せてくる。まだまだ足りない。もっともっと。と声が聞こえてきそうな位分かりやすい行動。

呼吸は互いに浅く速い。横隔膜がまともに機能していない。

 

「…っ!……」

重なる舌を越えて歯茎の形を確かめる様に丁寧になぞってくる。

目を薄く開くとセレンもこちらを淫靡な光を湛えた目でこちらを見ていた。

安定しない呼吸が熱を持って鼻腔から漏れお互いの人中を湿らせていく。

これ以上なく幸せだという顔で口内を舐るその全てから好きだと声が聞こえてくるようだ。

 

(俺も好きだ)

何か色々考えていたような気がするがそれ以外に考えられない。なんかもう何もかもがどうでもよくなってしまっていた。

自分もセレンが好きだ。ならそれでいいじゃないか。

これこそがガロアの一番恐れていた思考だった。そうなってしまえばもう戻ってこれない。戦いでも恐怖が先行してしまう。

100万だけ、強さが大事なら、100万1だけセレンが大事になっていた。

ガロアは欲張りな人間では無い。これ一つでいい、と本当に思えてそれだけに生きるということが出来る人間である。

数にしてみればたった1の違いでどうでもよくなる。いつもいつも戦いばっかり。一緒に痛みも血も死もない世界やそんな場所に行きたくなってしまった。

 

互いに高まっていくのを感じながら、キャミソールの胸元に指を引っ掛けて下ろすと下着の着いた胸がぶるんと弾みながらはみ出た。

 

「……」

その目には恥じらいは浮かんでいても否定は全く浮かんでいなかった。

自分の身体がセレンより30kg近く重いことも忘れて力を抜いて倒れ込むように上に乗る。

シャツと下着、二枚の布を隔てて触れ合う肌がもどかしいが今はこの感触を楽しみたい。

ぎりぎり苦しさの無い圧迫感の心地よさを感じながらセレンは首に唇を寄せる。

 

「私のところに帰ってくるだけじゃ足りない…」

 

「うおぁあぁ…」

艶めくセレンの唇がガロアの首に隙間を作らず密着し吸い上げてくる。

動かないように手足で締め付けながら呼吸の続く限り吸い上げた部分には雪原に血を流したかのように赤い跡が付いていた。

 

「誰にも、何にも渡さない」

実に満足気な笑顔で顔を歪めるがそれでもまだ足りないとばかりに、わざと湿った水音を立てながら足跡のように赤い執着の証を散らしていく。

上に乗ったガロアが言葉も無く身体中から力を奪われ自分の上に倒れているのを感じたセレンは埃も立たない程優しく横に転がして上に乗る。

 

「……」

何も考えられないという顔しているガロアの顎をさらに持ち上げ見えたのどぼとけを口に含む。

いつ声変わりしたのかなどは知りようもないが昔はここまで男性的に膨らんでいなかったはずだ、と思い出に浸りながら舌でなぞるとガロアが唾を飲み込む音と動きがダイレクトに伝わってきた。

興奮しているのだと分かりセレンはまた肌が熱くなる。この肌の熱をもっと伝えたいと思うと同時にガロアのシャツの裾を掴んでシャツをはぎ取っていた。

傷だらけの胸板に掌を触れるとガロアの肌も同様に火照り早鐘を打つ鼓動が伝わってくる。

下にずらされたキャミソールを脱ぎベッドの外に放り投げ顔を胸の上に乗せると頭に手が添えられた。

 

「よく見ていろ」

そう言わなくてもガロアの視線が釘付けなのが分かっていた。

垂れる髪を邪魔にならないようにかき上げて胸板を舌で濡らし傷がない場所で唇を止めて吸い上げていく。

ガロアはセレンが付けた傷だらけの自分の胸に新しく所有の証が赤く出来上がるところを目に焼き付けて震えた。

 

「ふう…ふっ、…どうし、たい…?」

スカートスーツ越しに伝わる怒張の熱がじんわりと伝わるのを二人で感じながらセレンは浅い呼吸に紛れそんな事を言う。

ねっとりとした腰つきと誘う様な目にガロアはまるで操られるかのようにスカートのホックを外してしまった。

 

「……」

重力に従ってガロアの上に落ちたスカートから脚を抜く時に、水分を吸って色濃く変色したクロッチが目に入る。

 

「!……」

自分の股の間にくぎ付けになっている視線にセレンは気が付いたが、顔を赤くし俯きながらも隠そうとはしなかった。

そのまま動かないセレンの腕を引くと抵抗することも無くガロアの上に倒れ込んできた。

お互いに顔を手で優しく包み目と目で意思疎通をし、唇をはみながらセレンはガロアのスウェットのさらに下の下着に指をかける。

もう二人はこのまま生物としての義務を全うしようとしていた。

が。

 

ピリリリリリ

 

「「!!!」」

机の上に置いていたガロアのケータイが着信音を鳴らした。

 

「わっ…!」

夢見心地だった二人の意識を一気に現実に引き戻し、セレンは今更下着の晒された胸と下半身を腕で隠した。

二人ともなんとなくまた邪魔が入るかも、と脳細胞の一部で感じていたがその通り。例え夜遅くでも邪魔は来るのだ。

 

「え…?」

ガロアはただ困惑している。

 

「誰だ…?お前誰かに電話番号を教えたのか?」

大事な部分を隠しながらもガロアの上からもどかずにセレンは疑問を口にする。

今でこそよく口が回るが、ほんのちょっと前まで話すことが出来なかったガロアが誰かに電話番号を教える意味などないはずだからだ。

 

「いや…」

 

「…出るか?」

 

「うん…」

思い切り水を差されてこれ以上続きをしようなどという気になるはずも無く、

すっと上からどいたセレンの体重を残念に思いながら電話に出た。

 

「誰?」

 

『小僧!!東に飛べ!!』

 

「は?…あんた、爺さんか?」

いきなり怒鳴りながら訳の分からない指示を出す男は王小龍だった。

 

『リリウムが待ち伏せされている!!情報はもうお前のオペレータの端末に送っておる!!さっさと走れ!!』

 

(待ち伏せ…完全降伏に見せかけて情報を流す裏切り者がいたか)

無論本当にリリウムに敬意を抱き武器を降ろした者が大半なのだろうが、

アンビエントと正面からぶつかるのは避けたかったから降伏しただけの者、目先の金欲しさに情報を横流しする者などもいたのだろう。

 

「ガロア、行くのか」

年に似合わぬ大声はセレンの耳にも届いており、さらにセレンはそんな事を聞かなくても行くのだろうな、と思っていた。

 

「行くしかねえだろ。セレンも指令室に走れ」

シャツをさっさと着てしまったガロアだが、下着になるまでひん剥かれた(半分は自分で脱いだものだが)セレンは急いで服を着始める。

 

「先に行っている」

 

「ああ。………………はぁ」

完全に戦う男の顔になって部屋を出て行ったガロアの背中に聞こえない程小さな溜息を投げかけてセレンも服を着替える。

 

危ない戦場に行ってほしくない。

戦うのは百歩譲って許すとしても、なんで死に直結するような場所に自ら進んで行くのか。

死んでもいいやなんて思わないでほしい。これからも自分のところに帰ってきてほしい。

心だけでは足りないのなら身体を使ってでも繋ぎ止めようとしたのに邪魔された。

 

セレンは…ガロアが思っていること、してほしいことと真逆の事をしていることに気が付かないまま部屋を出た。

 

 

 

アレフの中でジャックにコードを繋いで情報が送られてくるのを待つ。

電源を落とすのを忘れていたが、結果として良かったかもしれない。すぐにでも飛べる。

 

(……。邪魔が入って残念だが…良かった)

 

(あのまま最後までいってたら…多分…戦いたくない…いや、死にたくないと思うようになる)

 

(死にたくないと思えば死んじまうような戦い方をしているんだ)

アレフの武装を見ても今までの戦い方を見ても分かりやすい。

命を差し出して受け取ろうとした敵を斬り殺すというハイリスクハイリターンの一歩間違えれば死ぬような戦い方をしている。

 

(俺の強さはまやかしだ。奴とは違う)

ガロアが強かったのはこの世に希望がなかったから。だから怖いものなど何も無かった。夜の孤独に比べれば何もかもが陳腐だったから。

だからこそ、もしも希望が出来ればあっさりと死ぬだろう。それがもう目の前にある。

死にたくないと思わないようにしよう。死んでしまうから。そう思っている時点で矛盾だとは気が付いていたが無視した。

 

(でも…あんな風に誘われたら我慢できない…俺…しょうもない…)

決心しておいてこれだ、と自己嫌悪に陥るがそれも仕方が無いこと。

体力精力有り余る18歳の少年がセレンほどの美人の、しかも自分が好いている女性の誘惑に耐えれるはずも無い。

 

 

『位置情報を送る。もう行け。ここからどんなに飛ばしても10分はかかるぞ!』

 

「了解」

時間にして一分も考えていなかった。

セレンの話し方も完全に仕事モードに入っている。

 

『確認出来た敵はネクスト四機とのことだ。絶対に勝てない』

 

「四機……!何故そう思う?」

アレフを宙に浮かべて情報が送られた場所へと通常モードで飛ぶ。

 

『アンビエントの総火力では全て当てても削り切れん。アサルトアーマーも無い』

 

「よってたかって一人の女を殺しにか…いよいよ戦争染みてきたな」

 

アレフが発進して10分後。

ラインアークに帰還しようとしたアンビエントを四機のネクストが襲撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ とあるラインアークの夜

 

~~~ヴァオーのハッピー筋肉~~~

 

今日もヴァオーは食べていた。

食堂で肉を注文しまくり食べていた。

愛しの筋肉たちを育て上げる為だ。

 

「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!」

 

彼の頭の中はいつだってシンプルなのだ。

楽しく!戦い!筋肉!女!

それさえあればどこでも大体ハッピーだ。トラブルがあっても筋肉は強い、最後まで裏切らない。

 

「フモッ、!!?ぶっ、び、んび、美人!!」

ヴァオーは見た。やたらめったら胸のデカい女の隣で、黒髪艶やかな絶滅危惧種級の美人がいたのを。

どうやら食事は終わったようで出口から出て行ってしまった。

 

なんということだ。点数で言えば53点の食事をかきこんで、優れたトレーニング施設も無いので仕方なく基本的な筋トレしかしなかった今日だとしても。

あんな美人を抱いてその後に隣で優しく寝かせてもらえればそれだけで最高の一日になる。

 

「んっ、んんん、ん、……行くぜ」

水を飲み干したコップを机に強めに置くと、タンと高い音が鳴り黒光りする筋肉が膨らんだ。

もう大分夜も更け、こんな時間まで食事している者の方が少ない。既にキッチンには誰もおらず、客もまばらだ。

今から走ればすぐに追いつく。見逃さない。

 

ドガッシャン、と訳の分からない音が響きヴァオーの毛のないつるつるの頭に皿が一枚落ちて割れた。

 

「どきどきしたな?」

頭がついて行かない、という状況は割とよくある。ヴァオーのように刹那的に何も考えずに生きていれば。

その感覚の為に生きているような気もするし、普通に生きていては味わえないからだ。

だが今のこの状況は間違いなく今までで一番頭がついて行っていない。

目の前に大男が立っていた。そして天井に食堂の机が刺さっていた。ウン十kgある机をこの男が蹴りあげたのだ。

 

(ガロア・A・ヴェデット!!)

唐突に現れた。まるで稲妻のように。

この男がORCAの基地に乗りこんできたとき、暗くてよく見えなかったが意外と綺麗な顔立ちをしている。

だがその顔は既に殺気に満ちている。

 

「顔から想像力が発射されてんぞ、どきどきも許さねえ」

 

(俺よりデカい!きたっ、突然に!!)

そう、こんなイベントは…目の前に突然強敵が現れるなんて人生は正気で生きてきてはあり得ないのだ。

 

「世界の半分は女だ」

 

(スタイルはなんだ?関係ねぇ、俺の右腕は…)

自分を見ているのか、全く見ていないのか分からない灰色の目はカメレオンの目のようにあちこちをぎょろぎょろと見ては最後に自分に戻ってくる。

 

「そいつらと好きなだけ乳繰り合って種を撒け。なんだ…億だ、億人いるんだぞ。億やるよ。お前がどこのいくつの女を押し倒そうと知ったことか」

 

(大砲だ)

まともに話し合う気などない。

こっちも、奴も。ヴァオーは地面を踏みしめて、左肩を相手に見せる様に立った。

彼はかつて、ヘヴィ級ボクサーのチャンピオンになると期待されていた男だった。

 

「なんなら男も持っていけ。お前がどの男の股間に顔を突っ込んで突っ込まれようがまるでどうでもいい。オーケーだヤリまくれ」

 

(一撃だ、一撃で吹っ飛ばしてやるぜ)

しかし、ヴァオーはやめてしまった。ボクシングを。愛していなかったのではない。

ただ彼は筋肉を愛しすぎた。フックもジャブもやらず、彼のしてきたことは筋肉をつけてストレートの威力をあげる。それのみ。

こうしてボクサーでは無いと周囲から言われたヴァオーはボクシングをやめてしまった。

実際彼はボクサーでは無い。ただし、そのストレートの破壊力はヘヴィ級のチャンピオンをも大きく超えているのは間違いない。

パンチを受ける為に作られたゲームセンターのパンチングマシーンを破壊したのは三年前のことだ。

 

「その代りセレンにはどきどきすることも許さん。許さん。絶対に許さん。お前の理由が完全に完璧に正当でも知らん。許さん。許さん」

相変わらずその目には正気が宿っていない。何か一つでも気に食わないことを言えばそのまま月まで蹴り飛ばすという顔をしている。

唐突に現れた未知すぎる強敵、圧倒的なキチガイ。そして実力者。

感情の沸点が違う。正気はピンポン玉のように弾けてどこかに飛んでいってしまったようだ。

こんなのが美味くも不味くもない食堂の飯を3kgほど胃袋に入れた後にいきなり出現するのだから人生とは面白く、訳が分からん。

 

「ハッハー!俺の、むぅん!!この筋肉を見て挑むのか!?」

ぼこん、とヴァオーの上半身を中心とした筋肉が膨らみ、タンクトップが千切れた。

見た目だけで言えばガロアのそれよりも確実に上である。

 

 

ヴァオー    vs    ガロア・A・ヴェデット

ORCA旅団         無所属

ボクシング         我流

195cm 117kg       201cm 102kg

 

 

「好きだぜぇ、お前みたいなやつ」

テロップが浮かぶとしたらこんな感じか。ゴングは無いけどな、と想像して構えを取る。

無駄なフェイントはいらない。一撃で大砲をぶっ放す。

 

「スリランカ……違う……ナンプラー…違う………なんだったかな」

 

「吹っ飛べ!!」

ヴァオーの渾身の右ストレートが放たれた。

地面に彼の大きな足跡がくっきりと残ってしまう程に踏みしめられて撃たれたその大砲は脆弱な人間の身体など一撃で壊れて死ぬ。

 

一撃で死ぬはずだった。

 

「スリジャヤワルダナプラコッテだ」

ヴァオーが人生をかけて作りあげた芸術品のようなストレートはガロアの胸の前で拳が掴まれて不発に終わっていた。

ガロアはその場から一歩も動いていないにも関わらず威力が全て吸収されていた。

 

(なんだこりゃ!?!?『キ』とか言う奴か!?何が起こってんだ!!?)

そんな物はガロアは使っていない。やや内股気味に大地を踏み、拳の威力がマックスになる前に受けただけだ。

だが大部分の原因は…放っておけば一分後にセレンに熱烈なアプローチをしていたであろうヴァオーに対しての怒りによってガロアの脳のリミッターが外れたことだった。

 

「俺は!!そんなもん信じぶぶぅ…」

言葉を言いきる前に重心を一気に下げたガロアの手の平がヴァオーの肝臓の上に当たっていた。

そんなもんで俺の腹筋を、と思った瞬間に急激に身体中を絞られるような苦しみが襲ってくる。

 

「ガキの頃、その地名を知って珍しく面白く感じて一日機嫌がよかった」

 

「う…ご…?」

皮膚に痛みはほとんどないというのに肝臓が悲鳴を上げている。

ヴァオーは生まれたての小鹿のように脚を震わせとうとう膝を着いてしまった。

 

「あっちにある、俺の体内磁石は狂わん。次はそこまで吹っ飛ばしてやる」

びっ、と明後日の方向を指さして何事かを言ったガロアはそのまま去っていった。

結局最初から最後まで完全に自分の世界、自分の感情に引きこもってヴァオーを倒してしまった。

 

「か、かか……」

負けたのか?勝負が始まった、と思ったばかりなのに。

自分が知っている『敵』とか『相手』とは全く異質だった。こちらを一切見てくれなかった。

どう反応していいのかも分からないまま腹で渦巻く痛みにうずくまっていると誰かが近づいてきた。

 

「あの…大丈夫…ですか?」

先ほどとは別の稲妻がヴァオーを撃ちぬいた。

 

(美人!!)

銀色に近い金髪、薄めのピンクの唇、大して明るくもない食堂ですらきらきらと輝く翠の目が卵型の美しい頭部に完璧な配置で置かれている。

少し小柄ではあるがこれまた見事な美人だった。

 

「あの……」

 

「名前を教エボオオオオオオオ!!」

 

「きゃああああああああ!!」

 

そしてヴァオーは胃袋から3kg分の晩飯をぶちまけて吐瀉物の海に沈んだ。

 

 

 

 

おまけ2

 

♡♡♡メルツェルとの出会い♡♡♡

 

 

ズドン、と音が響いた。

サンドバックが天井まで打ち上げられた音だった。

 

「あー、もう一回言ってくれ」

 

「君が欲しい」

 

「フンヌッ!!」

サンドバックにストレートをぶち込むとまたもや天井に届いて、鎖がギシギシと音を立てながら振り子のように揺れる。

そのメガネの男のセリフがいまいちよく分からず、とりあえず頭がこんがらがる前にストレスを外に出した。

 

「うちは…なんというか、兵器の集まりのはずなのにどいつもこいつも腹になんかしら抱えて頭を動かしている。組織として足りないのは…バカだ。君が欲しい、バカが欲しい。うちにはいない、完全に純粋な戦闘タイプだ」

 

「???」

褒めているのかバカにしているのかも分からなかった。

自分のこの筋肉を見て正面からバカにしてくるやつなどまずいないし、実際バカにしているような雰囲気でもないが、言っていることは完全にバカにしている。

 

「手が付けられない奴がいる。ブッパという…体重は君の半分くらいなんだろうが、一度暴れると手が着けられなくなる厄介者だ。君なら抑えられそうだ」

 

「……。サンドバック殴ってみろ。話はそれからだ」

分かったのは仲間に誘われているらしい、ということだけだった。

ならば大事なのは、自分の愛する筋肉をそこに使う価値があるかどうかだった。

 

「ふむ。いいだろう」

 

(………なんだそりゃ)

サンドバックの前に立ったその男はもう構えからしてダメだった。そして予想通り……

 

「ハイッ!」

 

パキャッと男の手から骨になにかしらのダメージが来た音がしてサンドバックが僅かに揺れた。

 

「ああっ!?痛っ、いった!?なんで!?あっ!?」

命のない…つまりその点で言えば蟻んこ以下の物に完全敗北し、拳を抱えて男は地面を転げ回っている。

 

「サンドバックは固いンだぜ」

砂袋なのだから当たり前といえば当たり前だ。

もっとも、このサンドバックの中身は砂では無いが……それでも製造されているサンドバックの中でも最も固く重い部類の物だった。

拳を固くし、威力を上げるための物だ。間違っても格闘技の「か」の字も知らない素人がグローブも着けずに殴っていい物では無い。

 

「くぁあぁああ~……痛っ……」

 

「だが面白えな。名前はなんだ?」

 

「むむむ…メルツェル……」

 

「そうか。ムムム・メルツェル。美人はいるのか?」

筋肉の次に大事なのはそれだった。

例え宇宙に行こうが深海に行こうがそこに美人がいれば男にとってそこは天国なのだ。

今のヴァオーは極寒の真冬のように女性に縁が無かった。環境が悪い気もする。

ここ最近受けるミッションはどうも自分の力を活かせる単純明快な物でなく、携わっているだけで精神が摩耗するような疲れる物ばかりだ。

成功率も悪いし性交率は0だ。

 

「……」

その質問を聞いて痛みでうまく動かないメルツェルの脳が回転を始めた。

 

メルツェルはジェラルドとジュリアスのことがなんとなーくだが、それでも8割方は想像がついていた。

 

想い人がカラードにいて、その人にだけ愛されたいダイヤモンド級の超頑固。

ところがその男はド腐れ企業王国の王子様になって女がよりどりみどりになってしまいましたとさ。

 

そんな感じだと思っていた。

ジュリアスはORCAの男と一定以上仲良くしようとしない。

美味しい物を食べれば一瞬素に戻って素直に『美味しい』と言ったりするがすぐにむっつり黙り込んでしまう。

そして部屋に戻る。つまり、孤立している寂しそうな女だ。

 

どう見ても。

どー見ても、自分の前にいる黒光りした筋肉ダルマではジュリアスの心は埋められないとメルツェルは思った。

 

だが。

 

「…いるぞ。やたら可愛いくせに女を捨ててますみたいな気張っちゃったやつが」

 

「大好物だぜ、そういうの」

 

「未だにそいつに勝ってない。強いぞ」

……メルツェルはとりあえず嘘は吐かなかった。

 

「どんなだ。どんな見た目なんだ?」

 

「黒髪で…真っ赤なぷるぷるの唇をした美人だ」

 

「恋人は?」

 

「……………………いない!!」

 

「おっ、おっ、おっ。行きたくなってきたぜ、行きたくなってきたぜぇおい。だが…後一押し足りねえな」

 

「ふっ……この世界には…単純なパワーだけではどうしようもない強さがある」

 

「ん?」

そう言ったメルツェルは懐から何かを取り出した。

それはチェスボードと駒だった。そんなものを持ち歩くならグローブを持ち歩けとヴァオーは思ったがお互い様だった。

 

「これで君を…完っ膚なきまでに完璧に倒す倒す倒す!倒す!!チェスは分かるか?」

相当慣れ親しんでいるようで、痛んだ手を使わずに片手であっという間に駒を並べて床に置いてしまった。

 

「分かるぜ。パソコンに入っていたからな、ゲーム」

 

「パソコンが使えるのか!」

 

「今お前が俺を馬鹿にしたことも分かるぜ」

 

「……………。これも。これも。これもこれも」

メルツェルが次々と駒を拾い上げてはガリッと噛んで横に除けていく。

 

「使わないで勝ってやる。しかも……この指二本はペキ折れている右手で指してやる」

そしてナイトとルークはメルツェルの陣営から無くなった。

将棋と違い、チェスは死んだ駒は戻らない。数の均衡が最初から崩れているのは圧倒的に不利だ。

 

「お前みたいなやつ、好きだぜ」

 

そして不敵な笑みとセリフで始めたというのに。

 

ヴァオーは普通に負けた。

元々チェス含むボードゲーム自体がヴァオーは弱かったのもあるがそれ以上にメルツェルがあまりにもふざけた強さだった。

考えてすらいなかったのだ。ヴァオーが駒を持ち上げて、置いた一秒後にはまたヴァオーの番になっていた。

痛む手でひぃひぃ言いながら颯爽と駒を進めて……キング以外の全ての駒が盤外に吹き飛んでいた。

 

「私は君には敵わない。ネクストに乗ってもな。だが……」

 

「……」

 

「君の力を何倍にも引きだせる。君を一番上手く使えるのは君じゃない。私だ。つまらんミッションをしこしこ受ける必要はもうない。面白い戦場に送ってやるさ」

真っ赤に腫れ上がった右手をプラプラと揺らしながら言う言葉には巨大で頑丈な自信が見え隠れする。

ヴァオーが自分の右ストレートに持っている自信にも負けない頭脳に対する圧倒的自信だった。

 

「……!!もっと来い!もっと俺を動かしてみろ!」

きんきらに輝く白い歯を大きく見せて笑いながらヴァオーは笑う。

企業の鍔ぜり合う陰謀の隙間から零れ落ちてくるようなクソミッションはもう飽き飽きだった。

着いて行けば面白いことが起こる。ヴァオーは後先を考えたりしない。ただ、どの道を選べば面白いかすらも分からなかったからこんなところで腐っていただけだった。

 

「一緒に世界をひっくり返しに行こうじゃないか」

タイプで言えばまさしくヴァオーと真逆のその男、メルツェルの知性光るメガネの奥にある目が熱い炎を出した。

 

「ヘッ!!悪くねえ!楽しませてくれよ!メルツェルッ!!」

その炎はヴァオーにも燃えうつり、ヴァオーはもう一度サンドバックを力いっぱいぶん殴った。

とうとうサンドバックを吊るす鎖は千切れ飛び、ヴァオーは自分を縛る企業の首輪を破壊した。

 

 

こうして、ヴァオーはORCA旅団に入ることになった。

ジュリアスには全く相手にしてもらえなかった。

 




ヴァオー

身長195cm 体重117kg

出身 アメリカ・テキサス

元々ストリートファイトに明け暮れていた脳筋男。
異常な強さを買われてボクシングの世界に入るが、
トレーナーの指示に従わない滅茶苦茶なトレーニングをすることと、過剰搭載された筋肉の燃費が悪く、12R戦い抜けないと言われてボクシングをやめた。
実際、パンチ力は世界最高の威力と言われていたが、実戦ではフットワークの軽い相手に翻弄され幾度か負けを重ねていた。
だが今だにそのパンチの記録は破られていない。

無職となってどうしようかと街をうろついているときに、GAのトレーニング施設が高水準であることを知りGAに。
そこでAMS適性があることが発覚し、リンクスになるが、イマイチパッとしないミッションを回されイライラしているところにメルツェルが来た。
黒人の上に日焼けが好きなため、最早黒色が服を着て歩いているレベル。
タバコは吸わないが大酒飲み。しかし、酒の味はよくわかっていないらしく、ネオニダスに渡された酒に全部『美味い!!』と答えていたら呆れられた。
単純明快な奴が好きで理屈っぽい人間は好きでは無いが、メルツェルとは気が合う

ガロアから喧嘩を売られ即買ったが戦闘スタイルの相性が悪すぎて負けてしまった。
ネクストの装備も非常に相性が悪い。

モデルはレノックス・ルイス

趣味
筋トレ
知恵の輪(ときどき破壊してしまう)

好きなこと
メルツェルとチェスをすること
カミソリで体毛をつるつるにすること



机くん

身長 70cm 体重 58kg

食堂の机。
ガロアに蹴りあげられて天井に突き刺さった。
この机はそのまま廃棄処分されたが、なんとヴァオーが弁償している。
『俺が負けたからな』ということである。
なんて気のいい奴なんだ。



高級ダッチワイフちゃん

身長 160cm 体重 38kg

金はあるが女とテロリストの仲間入りしたせいで全く女に縁が無かったORCAの技術者が買った夜の恋人。
ラインアークに来て心機一転、彼女を作るんだと決めてゴミ捨て場に捨てたのをガロアが拾って破壊した。
やっぱり捨てるのは彼女が出来てからでも…と思って拾いに行ったがそこにはもう恋人の姿は無かった。
ちなみに捨て方を間違えているので本当だったら回収はされなかった。





ヴァオーがこのあとほとんど見せ場がないことに気が付いて彼が主役のエピソードを書きました。

好きだと自覚していない頃から、二人の時間を邪魔されただけでパッチをぼこぼこにしたガロアですからね。
ヴァオーはナンパしようとした相手が悪かった。


18禁じゃないだろう、多分。
To Loveるよりも先に行っていないからへーきへーき。

リリウムが大ピンチです。
待て、次回。

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