Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
月も無い曇天の夜、6つの光が瞬いている。
アンビエントのAPは既に30%を切っており、この時点で普段は王がミッションを放棄していたのだが。
『もう諦めろ!お嬢サマ!』
『…悪いな』
「…こんなところで…」
普段やっている様に側面に回り込むが、取り付いているスカーレットフォックスに遠くから観察しているエメラルドラクーンが指示を送っているらしく、
こちらの位置を正確に掴みながらメチャクチャにマシンガンを撃ってくる。
「ウィンディー様…」
わざわざ救援に来てくれたのに敵機のレ・ザネ・フォルに抑えられているレイテルパラッシュのいると思われる方角に目をやると、
どん、と腹に鈍い衝撃が響いた。
『油断するとは。人の事を気にしている余裕がまだあるか?ウォルコット嬢』
「くぅ…」
ブラインドボルトのバズーカがいやらしいタイミングで刺さったのだ。
実弾の直撃はマズイ。もうアンビエントは停止寸前だった。
『リリウム!!クッソ…!』
リリウムが夜襲されることを知って、怒り狂ってここまで飛んできたウィンだが、イマイチその実力を出しきれていない。
『…馬鹿なことをしたものだ…ウィン・D…』
レイテルパラッシュに取り付いているレ・ザネ・フォルは中身が経験豊富なリンクスとはいえタンク型の上どの攻撃も速くないし、ウィンが1年前に負かしているのだ。
本来ならば相手にすらならないはずだ。
だが夜襲に備えて敵機は全てネクスト用暗視カメラに換装しており、動きが一方的に筒抜けなのである。
その上ECMが高濃度展開されているため、アンビエントもレイテルパラッシュもブーストの僅かな光で敵の場所を判断するしかないがライフルやマシンガンの弾に至ってはもう見えないから勘で避けるしかない。
『汚い手段を認めたら企業に勝てると思うか…?まぁいい…』
しかもレ・ザネ・フォルのリンクス、スティレットはかつて負かした相手とはいえ、インテリオルでずっと戦い続けてきたためウィンの戦い方を知り尽くしている。
とどめの一撃を叩き込むために位置を悟られるリスクを冒してコジマライフルをチャージしていく。
だがその時。
『ウィス!西だ!何か来る!』
『ああ?』
「え…?」
モニターの端、真っ黒な空に二つの光の輪が浮かび無限の記号を象りながらこちらに近づいてくる。
戦場の誰もが敵か味方か、あるいは魔かすら分からない空を裂く不気味な光に目を奪われた、その瞬間。
「!!」
『がっ……!』
ほとんど闇に包まれていた戦場を、一瞬爆発的な光が包んだ。
その戦場で暗視カメラを積んでいた全ての機体のリンクスが激しく目を焼かれた。
赤外線と可視光を極限まで拾って闇を見通す暗視カメラだが、フラッシュロケットには赤外線も多分に含まれている。
『な、なん…!?』
遠くで二機を狙い撃ちしていたイェーイの目には、運悪くフラッシュロケットが直撃してしまい完全に動きが止まっていたレ・ザネ・フォルに蹴りを叩き込むネクストの姿が見えた。
「セレン」
『ランク6、レ・ザネ・フォル、ランク13、ブラインドボルト、ランク25、スカーレットフォックス、ランク26エメラルドラクーンだ』
フラッシュロケットで確認した敵機の名を読み上げていくその声は、敵にとっては断頭台へ進む囚人が名を読み上げられるのにも似た響きがある。
この中で一番の強敵は間違いなくランク6のオリジナル、スティレットだろう。
「四人か…悪くない…夜食にはちと足りない連中だがな…ウィン・D。リリウムを連れて帰れ」
ガロアは今もまだむらむらとした殺気とも性欲ともつかない熱を内側に抱えていた。
…どころか、暴発寸前だった。ガロアの目に映るのは、かつてこの地上で行われた最も厳しい戦い、ランク1を含めた四対一の戦場であった。
ここで自分の内にあるどろどろと赤熱する何かを全て放出してその伝説を塗り変えてしまいたかった。最強の名の元に。
『四機だぞ!敵うものか!』
『ガロア様!?無茶です!』
「さっさと消えろ。間違って殺されたくなかったらな」
その戦いの記録は事細かに覚えている。
アナトリアの傭兵はその作戦に少々遅れてしまい、結果としてその戦場に先にいた二人のリンクスが重傷を負いネクストに乗れなくなってしまった。
それをどう思う訳でも無いが、はっきりこの二人は邪魔だ。死んでほしくないというのもあるが、自分は守る様な戦いには向いていない。
というよりも今も戦う理由としてその時の奴とは違う。
『……!行くぞリリウム!』
『…はい』
(…………?誰も動かねえな…)
レイテルパラッシュがアンビエントを連れて西の空へと消えていくのを敵はただ黙って見ていた。
敵が動いてブーストの光やマズルフラッシュを出さなければ手の出しようがないガロアは敵の行動を待っていたが何も起こらない。
蛇ににらまれた蛙のように全機動いていなかったが、レ・ザネ・フォルだけは動かないではなく動けないと言った方が正しかったようだ。
『足からブレード…?風変わりな…だが結果は結果だな』
「……!」
雲の隙間から一瞬だけ月が覗き届いた光がレ・ザネ・フォルを闇から引きずり出した。
ガロアとしてもそこまで狙った訳では無かったが、その機体のコアには大きく直線の切れ目が走り、右腕が地面に落ちてしまっていた。
しかしそれは一瞬だけ見えたガロアよりも、その場にいた他のリンクス達の方が分かっていた。
今回の作戦の為にお互いの機体状況をリアルタイムに確認できるようにしていたため、レ・ザネ・フォルのAPが3桁まで削られてしまっているのがはっきりと見えていた。
激昂したウィンに半分までAPが減らされていたとはいえ、たった一撃でオリジナルリンクスがこうなったというのは、ガロアの悪評と相まってその中でも新米リンクスであるウィスとイェーイを心底怯えさせた。
かかっていかないのは単純な理由だ。始まってしまえばもう止まらない。特に戦闘スタイル的に真っ先に死ぬのはウィスだと本人たちは理解していたからだ。
勝つ、負けるが死に直結する相手など今日は望んでいなかったのだ。
『私を最初に一撃で仕留めたならそれはもう、気運がそう傾いているということなのだろう。…それも当然だな…よってたかって夜襲なんて後ろ向きなことをして…』
システムを通常モードに戻したと、目の光からガロアは分かった。
残った一本の腕を降ろしてレ・ザネ・フォルは宙に浮かんだ。
『この戦場はお前の勝ちだ。……また会おう…フフ』
そうして撤退するとも言わずにオーバードブーストを着火しレ・ザネ・フォルは空の彼方へと消えてしまった。
(なんだ…減っちまった…残念なのか?俺は……つまらん)
軽量機に攪乱されてタンクの一撃が一番怖い。しかもスナイパーがいるとしたら尚更だろう。
そこで一番怖いタンクを退けられたのはラッキーのはず。
それなのにガロアは何故か舌打ちをしていた。さっきの女の言葉通り、傾いている。勘が告げていた。
数では向こうが勝っているし、状況も不利には違いないのだが、今のこの流れからして今日死ぬのは自分では無いと。
どちらが死ぬかも分からない戦いはここにはない。何よりも、向こうがそういった覚悟で挑んできていないのだ。本当なら四機で一機を圧殺する楽なミッションだったのだから。
急に気が抜けてぐぐ~…と腹が鳴った。
「……」
減ったといえば腹が減った。性欲も収まっていない。風呂に入りたいし疲れている。
何よりも内側に募った熱のせいでいらいらしてくる。こいつらにはこれをぶつけきれやしないだろう。
今日の夜はセレンの柔らかい身体を抱きしめて眠りたくなった。
それにしてもいつまでもかかってこない。
それもそうだろう。恐らくターゲットはリリウムただ一人。アルテリアの求心力を落とす為の作戦だったのだ。自分のような野良犬などリリウムが消えた今、相手にする理由はない。
倒したところで報酬も出ないだろう。既に作戦は失敗のはずだ。
戦いを求めてきた自分とは本質が違う。
「…のこぎりで適当な大きさに切った後は…」
こんな連中といくら戦ってもまるで満たされない。
怯えているのだろう。当たり前といえば当たり前だ。運が良かったとはいえ、一撃で一桁ランカーのオリジナルを退けたのだから。
その上、敵にはまだこのアレフの特性が分かっていないはず。じゃあ脅して終われるならそれでいい。
もうさっさと帰ってしまいたかったガロアは小さく口を開いてぼそぼそと話始めた。
『…のこぎりで適当な大きさに切った後は…』
「…?」
喋れるようになったとは聞いていたが突然意味の分からないことを言い始めたガロアの言葉にイェーイは言い知れぬ不安を覚えて冷や汗を垂らす。
いや、正直さっきから冷や汗垂れっぱなしだった。楽な任務だったはずなのに、いきなり一番戦いたくない敵が空から降ってきたのだから。
『臭みを取るためにネギと一緒に骨ごと丁寧に煮込んで肉を剥がす』
(さっき…なんて言った?あの男は)
聞き間違いかもしれないが、『四人』、『夜食』とか言っていたような気がする。
イェーイの嫌な汗は額に髪の毛をはりつかせて更に不快感を増した。
『細切れにして香辛料を混ぜて丸めてカラッと揚げたら出来上がりだ。はらわたは美味くねえから豚の餌にでもするか…あるいは牛のモツだとでも言って売るか…』
「……!!」
イェーイは全身の血の気がサーッと引くのを感じていた。相方のウィスもその言葉の意味を理解して引いている。
前にこの男の素性を調べた時に、どうやってあんな場所で暮らしているのかと思っていたが…完全に人間をやめている。
『…いいか。俺にとっちゃほんのちょっとの違いしかねえんだ。このまま帰って夜食を食うのとお前らをバラすのとはな』
マシンガンを地面に突き刺し小さく指の隙間を作ってそこから紅い複眼を覗かせる。
『今すぐ消えろ。かかってくるってんなら………それでもいい。ただ死ぬだけと思うなよ』
宙に浮いたその黒いネクストが腕を広げると同時に全身から翼が広がる様にブレードが展開し、スタビライザーからも火が出て辺りを照らす。
暗視カメラで見てもなおまだ闇に溶けようとするその機体は不吉そのものだった。
「……ウィス」
『分かってる…ダメだ、こいつに関わっちゃ…』
非常に珍しくウィスは最初から素直に指示に従おうとする。
既にアンビエントを逃した時点で任務失敗だ。その上この男に刻まれて腹におさまるなんてごめんだ。
まったく、この男だけは何を考えているのか分からない。
「撤退する」
尻尾を巻く様に帰っていく僚機を見ながらブラインドボルトのリンクス、ヤンは考えていた。
長い事リンクスをやっているが、生き残る秘訣は一つしかない。
勝てない相手とは絶対に戦わないこと。当然の事だがそれが出来ない奴が多すぎる。
その時点で勝てなくても牙を磨いていずれ討てばよいのだ。無理なミッションは受けない。それでいい。
そんな生存本能に優れたヤンは紅い複眼に睨まれた時点で理解した。
「……これは…」
生きる世界が違う。あるいはさっきの食人をほのめかす言葉は冗談なのかもしれないが、それでも食う側食われる側で分けたら自分は哀れな羊だろう。
リンクスになってたった半年でいきなり世界最大のテロの主犯になった男なのだ。この圧力も納得だ。
『……………殺しに来ているならば殺される覚悟もあるってことか。いいだろう』
地面に刺したマシンガンを抜いてさらに空にフラッシュロケットを放ち、光でこちらを確認した敵機がブラインドボルトを睨んだ。
「いや…。撤退する。作戦は失敗だ。お前も退け」
(…?さっきの奴が最後だったはずだが…)
適当なことを言ったら全員退いてくれてラッキーだな、と思っていたら最後に撤退した男が奇妙なことを言っていた。
『お前』とは誰の事だろうか。
『敵機接近!速い!来るぞ!!』
「なんだって?」
まだ味方がいたらしい。
遠くから眺めていたという事だろうか。用心深い事だ、とガロアは呟いた。
血肉湧き踊る戦いが出来るかと思えばこけおどしで、帰れるかと思えば、そうでなかったり。
もうテンションはガタガタだった。
『初めまして…にな、きゃあっ!』
目の前に着地した軽量級ネクストにフラッシュロケットを放つ。
「セレン」
『ランク12、ルーラーだ』
「ルーラー?」
今回の作戦において、このルーラーの役目は佳境に入った戦場に静かに入り、手にした最速を誇るブレードでそっととどめを刺す事だった。
だが退け、というヤンの言葉を無視して出てきてしまった。
『オッツダルヴァのいなくなったオーメルの現トップだ。人と交わらんオッツダルヴァと違い重要な作戦も任される上、優れた頭脳で極々中枢で作戦立案もするブレインでもあるらしい』
「へぇ…」
『いきなり好戦的ね…さっきみたいに消えろと言わないのかしら』
「いや、あんたに用がある」
また今日のようなことを仕掛けられればいつかは取り返しのつかない被害が出てしまうかもしれない。
自分一人ならどんぱち戦うだけでもいいが、戦場を俯瞰するなら情報が必要だ。
この女を連れて行かなくてはならない。それにまたこんなことが起きて、夜半に駆り出されるのはもうごめんだった。
『いいわ…その感じ。極めていい…あなたに会いたかった…さぁ…』
「……」
その話が終わる前にガロアは踏みこんでいた。
次の言葉は『戦いましょう』とかだろう。
『!?…来てよかった…』
見えてはいないがルーラーは最初の位置から動いていなかった。
だが最速で振ったはずのブレードは敵のブレードで受け止められていた。速さはどうやら向こうの方が上のようだ。
止められた左腕の剣はそのままにして蹴りを放ちさらに爪先からブレードを出すとそれも受け止められた。
随分と速い。しかし、ブレードを起動している間はその光で僅かに敵の姿が分かる。だからこそ攻撃をやめない。
「何者だ…?」
ブレードとブーストの光だけではない。
どうしてか、不思議なことにその女の気配はまるで獣のように濃く、感覚で嗅ぎつけられる。
『あなたと同じよ。これで無粋でつまらない今日も面白くなる!!』
「……」
そういうことなのだろうか、とガロアは思った。
味方四機が退いていったのだ。そっと退くことも、黙って自分がいなくなるのを待つことも出来たのに。
わざわざ戦いを求めてここに来た。
『…!…強いわね…キツイかしら』
どんなに速くても、剣の数が違う。
達人ならばともかく、一本のブレードで受け止めきれるものでは無い。
爆発的な速度で後ろに下がったルーラーは一気に散布ミサイルをばら撒いてきた。
「……」
だがガロアはそう動くことも分かっていた。
少し笑った後に、数瞬後に訪れる衝撃と痛みに備えて息を吐いて身体中に力を入れた。
全くの予想外だった。
予想外といえば、各部位からブレードが飛び出すようになっていたのも驚いたが、それは相手が蹴る殴るという荒業を繰り出してくると事前に分かっていたので、なんとか避けられていた。
だが、十中八九、横に広がる散布ミサイルを上に飛んで回避すると思ったのに全く避けずに向かってきたのだ。
それもネクストの中でも可能な限りの速さと性能を求めたはずのルーラーが逃げきれないほどのスピードで。
今度は何も対応できなかった。
ぷつん、と何かが切れる感触がした。
「え…?痛っ…!?」
リザイアは驚く暇も無く、一瞬の痛みに襲われ、そして痛みはすぐに引いていった。
訳も分からずとりあえず動こうとしたが全く動けなかった。
そして気が付く。手足が斬り飛ばされ、ただのダルマになっていた。
剣戟の音とミサイルの爆発音で気が付かなかったが、アレフはあの一瞬でオーバードブーストを起動していたのだった。
散布ミサイルがほぼ全て直撃していたが、もちろんそれだけではAPが全く減っていなかったアレフは仕留めきれなかった。
『いつつ……。あんたに用がある。一緒に来てもらうぞ』
「……いいよ」
まさかこんなに圧倒的にやられるとは思わなかったが、その場で殺されずに連れていってくれるというならそれはそれでリザイアにとって好都合だった。
『?』
やけにあっさり認めたな、とガロアは思いつつも大荷物を届ける宅配会社の社員のようにルーラーのコアを持って西に飛ぶ。
ちなみに王に尻を蹴っ飛ばされて出撃した今回の出撃に給与は出ない。完全に理不尽な時間外労働であった。
ルーラーのコアの中で、負けて連れて行かれるという状況なのにも関わらずリザイアがばかりにほくそ笑んでいたのにガロアが気づくはずも無かった。
この世界にはガロアの知らない強さはまだまだある。
持ち帰ったルーラーのコアから首根っこ引っ掴んで出したリザイアがやたら猫撫で声で話しかけてくるのを無視しラインアークの兵に預ける。
「情報絞りとっておけ」
「え!?ガロア君行っちゃうの!?ガロア君が私に聞くんじゃないの!?」
「せいぜい役立つ情報出してくれ」
散布ミサイルをくらってから、身体中に思い切り砂利をぶつけられたようにしばらくじんじんと痛かった。細かな痣が身体に出来ていたが、これくらいなら数日で治るだろう。
しかし、自分はあの女と会った事あったっけか、とは表情に出さずにとっとと着替えて格納庫から出るとセレンが待っていてくれた。
「疲れたか?」
「全然。ただあの爺さんが番号を知っていたことに驚きだ。プライベートは無いのかよ」
「…………。暫くレイテルパラッシュとアンビエントは動けん」
ガロアのケータイの場所が24時間いつでも分かる仕様にしてあるセレンはガロアの口からプライベートと初めて聞いてギクッとしながら話題を逸らす。
「結構やられていたか。まぁ…死ななくて良かったんじゃないか」
「リザイアはどうした?何故連れてきた?」
街灯のほとんどないラインアークを歩く。月明かりに照らされた影が伸びてアスファルトに映っている。地面を歩く音が軽快に響いて心地よかった。
そこに波の音が混じって聞こえてロマンチックと言えばロマンチックかもしれないが防犯対策的観点で言えば…悪い。
「情報を絞り出す為に兵士に渡した」
「女だぞ?尋問で済むか?」
「……。戦争だからな。仏心見せて勝てるならいいけどそうはいかねえだろ。俺がいかなきゃリリウムはあそこで普通に死んでいた。そういうことなんだろう」
「……」
淡々と人間性を踏みにじる言葉を言うガロア。その表情は暗くてよく見えない。
メルツェルの言う戦禍で捻じ曲げられた子供の一人であるガロアはやはりその心もどこか壊れてしまっているのだろうか。
そんな時にあることに気が付く。
(あれ?ガロアって…本当は優しい奴だと思っていたけど…私にだけ…優しい?…のか?)
メイにもウィンにもリリウムにも邪魔だの消えろだの散々言うのに、
自分には気持ち言葉使いも優しいような気がするし、酷い事を言う様な事も滅多に無い。
さっきの敵への通信も今までの言葉からも、よくよく考えてみればガロアが生まれもった性格は結構底意地が悪いのだろうか。
それが自分にだけ優しいものだから本当は優しい子だったなどと勘違いしてしまったのだろうか。
「あっ」
どんぴしゃり、正解に辿り着いたセレンだったが考えすぎて石ころに躓いてしまった。
「おっと。大丈夫か。暗いからな」
膝から着地し、あわやずるずるの擦り傷出来上がり、という所でひょいっと効果音が出そうな程軽々と両脇に手を入れられ持ち上げられた。
昔は真逆で、何も無いところでも時々転ぶガロアをセレンが腕を掴んで守ると言う感じだったのにいつの間にこうなったのか。
「うおぉ…す、すまん」
同じ目線まで持ち上げられて降ろされる。また背が伸びたこいつ、と思っていると手を差し出す影が見えた。
「手、繋ぐか。危ないもんな」
「う、うん。…!」
さりげなく出しているし、いつも寝るときに繋いでいる(ガロアは理由を知らない)が、
それでも部屋では無く外で繋ぐというのは少し照れくさく手を伸ばすのに時間をかけていると雲の隙間から月が覗き、ガロアの首に幾つも残された赤い跡が見えた。
「月が高い…もう寝る時間だってのに」
「く、首…」
言った後に言わなきゃ良かったと思ったがもう遅い。
ぽえっとした顔で空を見ていたガロアが顔を薄っすら赤くして差し出していた手で首を隠してしまった。
「……帰るぞ」
すたすたと月に照らされ出した道を先に行ってしまう。
実は相当照れ屋なんじゃないか、と自分の事を棚に上げて思うセレン。
「!………」
多分何も言わないはずだ、と考えその右手をひったくる様にして握る。
むっ、という顔はしたが特に何も言わないまま薄っすらと顔を赤いままにしていた。
「……」
そのまま視線には気が付いているがあえて無視していることが丸わかりなガロアの髪が潮風に揺れるのを見ていると結構その髪が伸びた事に気が付く。
「髪、伸びたな」
強い髪の癖が重力に負けてくにゃんと下がってしまっている。
前は目がほとんど隠れていたが、今は見えているので前髪らへんは自分で切っているのだろうが。
「リンクスになってから切っていないからな」
「ふーん…そう言えばここでは誰に髪を切ってもらえばいいんだ…」
最初に髪が伸びた時に、それを指摘したら自分で切ろうとしたので金を持たせて自分が行く美容院に行かせたという記憶が蘇る。
ちりちりという訳ではないのだが、とにかく癖が強く水に濡らしても指で伸ばしてもくるんと戻ってしまういかんともしがたい髪で、結局量と長さが減るだけだった。
「うーん…」
(そうか…長いと重力に負けて真っ直ぐになっていくのか…)
母親似だという話だし、もしかしたらガロアの母は癖毛を伸ばして何とかしていたのかもしれない。
このまま伸ばせば母親そっくりになるのかも、と思ったが顔はともかくとして今のガロアは身長2mの体格のいい大男なのだ。
これで髪を伸ばせばアンバランス過ぎるだろう。
「ああ。ウォーキートーキーに切ってもらおう」
「えぇ?あのポンコツそんな機能まであるのか?」
「ある。あいつに切ってもらっていた」
「高性能だなぁ…」
「今ポンコツって…まぁいいや」
そんな話をしているうちに部屋に着いてしまった。
「…!」
「…!」
二人して部屋に入った途端に固まる。
熱気の籠る部屋の澱んだ空気には男女が抱き合った後の独特の性臭がほんのり残っており、
何よりも乱れたベッドの上に下着含むセレンの服が投げ捨てられている。
「「……」」
濡れた下着にしわだらけの服で治安の悪いラインアークを出歩くのもどうかと思い着替えていったのだが、急いでいた所為で帰ってくるときのことを完全に忘れていた。
握った手にじんわりと汗が浮かぶのが分かる。
「つ、続、つ続、つ…」
「……。洗濯は明日だ」
気狂いの鳥のように舌を鳴らすセレンを置いてガロアはさっさと服を纏めて椅子の上に置いてベッドを直してしまう。
窓を開けると中の空気がすぐに入れ替わっていった。
「その……」
「もう遅いから今日は寝るぞ」
言いたいことは分かり過ぎるが、眠いのもまた事実だしやっぱりそんな事に気を取られていては自分は死ぬと思ったガロアはベッドを指さす。
腹減った、むらむらする、眠い。三大欲求全てに襲われているがどうもやはり睡眠欲が一番強い物のようだ。
「ううぅ…うん」
「……」
さっさと電気を消してベッドに入り込んでしまうガロア。その顔は今にも眠りに落ちてしまいそうだ。
「手…手を」
「……」
濃厚な匂いがまだ残るベッドの中でまどろむ目をしながらガロアは伸ばされた手を握った。
(ん?今日は寝る?今日『は』?それってつまり…)
頭が冴え渡りぎんぎんのセレンの横で身体をほんわかと温かくしながら眠りに入ろうとするガロアは、あの戦場で思った通りにセレンを思い切り抱き寄せた。
(んんんん!?寝るんじゃなかったのか!?)
「……」
(あ。寝た…。勝手な奴だ…)
大きくなった身体で包むように体を曲げてそのまま寝息を立て始めた。
大きくなってもまだ子供だと、と言ったが自分に抱き着きながら安らかに寝息を立てる姿は本当に子供そのものだ。
熱くなっては邪魔されて、熱くなっては肩透かしされてと繰り返されたが、今、目の前で汚いことは何も知らない子供のように眠るガロアにどうする気はもう起きない。
そういえば甘い物食べたのにまだ歯を磨いていない、磨かなくては、と思いながらも絶妙な温かさに逆らえずにセレンもそのまま眠りに落ちてしまった。
リリウムはぜひお礼が言いたいと思っていた。ウィンは「年上の女性への言葉遣いとは思えん、あんな奴」とぷりぷり怒っていたが助けられたことは間違いない。
とりあえず食事にでも誘おう。こっちに来てから一人で食事することが多かったリリウムは意を決してノックをした。
「………」
「おはよ…う…ございます…」
いつも寝癖の様な髪だがさらに輪をかけて髪はぐちゃぐちゃで、目は4分の3が閉じている。
寝違えたのだろうか、首元を押えており、少なくとも上機嫌とは言えない顔で50cm上からリリウムを見下ろしている。
よくよく考えてみれば自分でさえベッドに入れたのが2時を回っていたのだ。
下手するとまだ4時間も寝ていないのかもしれない。
「……おはよう。何か用か?」
「いえ…一緒にお食事でも…」
「食堂に?」
「はい」
「………。もう朝か…」
「……」
やはり寝不足のようだ。
ちらりとガロアの後ろを見るとセレンもまだ眠っている。
「……待っててくれないか」
「!は、はい!」
ぐぅ、と腹の虫が鳴く音が聞こえて灰色の目が少し大きく開いた。
ぱたんと扉が閉められて五分後、やはりまだ眠そうなセレンの手を引いたガロアが出てきたのであった。
襟の高い服を着て首に付いた跡を隠したガロアは両手に料理を持ちながら立ち止まっていた。
食事を置かせてくれ、と言う隙も無い程オッツダルヴァが優しく声をかけてくるのだ。
「ちゃんと食事はとっているか?」
「食べているだろ」
両手に計4皿ある料理を見せるように動かす。
が、全くオッツダルヴァの目には入っていないようだ。
「野菜もバランスよく食べないと大きくなれないぞ」
「大きくなったよもう」
オッツダルヴァも身長で言えば十分兵士としては問題ない部類だが、それでもなお大男と化したガロアとは15cmも差がある。
何をどう見て大きくなれないなどと言えるのか。
「何か悩みはあるか?」
「腹が減った」
「うむ…そうか。ラインアークの食糧事情は未だに改善されたとは言い難いからな…」
「…………」
もう無視して席につこうかな、と既にセレンとリリウムが座って食事をしている方を見ているとずっと黙っていたメルツェルが口を開いた。
「オッツダルヴァ」
「ああ…。その、なんだ。ガロア」
「なんだ」
「兄さんは折り入ってお前に頼みがあるんだが」
「……」
オッツダルヴァはどうやら自分が生まれる前から知っていたらしいがガロアはそんなことこれっぽっちも知らない。
それなのにいきなり兄さん兄さん、と言われても困惑しかできない。セレンにお姉ちゃんと言っておいてなんだが。
「昨日お前が連れてきたリザイアだが…何も話さないのだ」
「言葉が出やすくなるように歯の一本や二本でも抜いてやればいいだろ」
「ラインアークではそういう事は出来ないらしい」
(そんな甘っちょろい考えだから…負けてばかりなんだろ…)
ラインアークは骨の髄まで甘い。あのアナトリアの傭兵もその空気にやられてしまったのだろうか。
それとも奴がラインアークを変えたのだろうか。
「ついては…お前に尋問してもらいたい。本人もそれを希望している」
「は!?嫌だよ!オーメルにいてしかもトップだったんだから、自分で聞けばいいじゃんか!」
「いや…その…」
「?」
「私は…その…誰ともほとんど話さなかったから。それに…あの女少し怖い」
俯きながらぼそっと漏らした我らがリーダーの情けない言葉にメルツェルは表情を変えずに心で泣いた。
「俺なんてまだ喋れるようになって3か月だぞ!」
「大丈夫、ここに聞いてほしいことはリストアップしてきたから」
「じゃあもう自分で聞けよ!」
質問をリストアップした紙と端末を懐から出して下手くそな笑顔を見せるオッツダルヴァにキレ気味のガロアだがメルツェルは何も言わない。
「頼む…」
「……」
「頼む…」
「……………はぁ…もう…分かった…」
その場に食事を置いて端末を受け取り、席に着く。
「本当か!?そうだ…今度…うむむ…」
「いや…いい…何もしなくていいから…」
何か何か、と言っておろおろするオッツダルヴァをメルツェルに任せて追っ払う。
「ああ……もおおおおおおおおおおお!!」
渦潮の如き勢いで食事を吸い込んで食堂から出て行ってしまうガロアをセレンとリリウムは何事かと見た後、目を合わせてそっと後ろからついて行った。
扉を開けて頭を下げながら入った部屋では昨日コアから引っ張り出したままの姿のリザイアが座って食事を終えた食器の前でコーヒーを飲んでいた。
少なくとも髪を全部刈られ顔が青く腫れあがっていてもおかしくないだろうと思っていたのに、鍵が外にある部屋に入れられている以外は実に優雅に過ごしている。
「こんにちはガロア君。また大きくなったわね。バスケット選手みたい」
肩まで伸ばしたダークブラウンの髪にかかる黒メガネが知的な雰囲気を醸し出しており、
レンズの下のユダヤ系の茶色い目が穏やかな視線を投げかけてくる。歳で言えばフィオナと同じくらいだろうか。
(……?どっかで会ったことあるかなぁ…)
話したことがないだけで何十回もすれ違っているが、それを一方的に記憶しているのはリザイアのみでガロアは疑問符を浮かべていく。
少なくともこんな目で見られるような仲の人では無い。はずだ。
「ガロア君が取り調べしてくれるの?」
「……。あんたが呼んだんだろ」
机を挟んだ椅子に座るとずいっと顔を寄せてきた。
反射的に引いてしまう。
「悪鬼だとかオーメルの仲介人に暴力をふるったとか言われているけど…ふーん…」
「……」
悪鬼はともかくとして後者は事実だ。
もしかして昨日の作戦もあの仲介人がリンクス達に運んでいったのだろうか。
彼だけが悪いのではないのだろうが、一発ぶん殴っておけば良かった。
「中々の美少年ね、やっぱり。まぁそっちはどうでもいいんだけど」
「そっち…?どうでもいい?」
なんのこっちゃ、と思ったがガロアはその時何かを感じ取って髪の先がピリピリと動いたかのような気がした。
「んー…うん。こうしない?ちゃんと質問に答えてあげるから…」
「は?」
「一回質問するごとにガロア君も私の質問に答えて?」
「…………。いいよ」
張り倒しても怒鳴ってもいけない中でどうやって情報を絞り出すか、と考えていたところにこの提案だ。
何を聞かれるか分からないが、正しく答えろとは言われていないので適当に答えればいいや、と思いその提案を引き受ける。
そんな会話が繰り広げられる部屋をそっと覗く二つの影があった。
(リザイア様とガロア様はお知り合いなのですか?)
(わ…分からん…?)
ほんのちょっと開いた扉の隙間から髪が触れ合う距離で中を覗くリリウムとセレンだが、特にセレンは困惑していた。
あんなに親し気に話すような女性が知り合いにいたのだろうか。もしかして情報を聞き出すというのは口実で、会うために連れてきたのではないかと。
「本名は何ていうんだ」
「キアラン・マルチネスよ。ガロア君の名前は本名なの?」
「……そうだ(本当)。出身は?」
「ヨハネスブルグ。ガロア君はアルメニア出身なのにロシア育ちなんだっけ?」
「…そうだ(本当)。歳は?」
なんで知っているんだこいつ、とちょっと表情に出たが角度が悪くリリウムとセレンにその顔は見えない。
「29よ。まだ若く見える?ガロア君の好きな食べ物は?」
「ヴェニソン(本当)。アンサラー計画ってのはなんだ」
「今そんなの食べられるところあるの?」
「さっさと答えろ」
「そうね…。アームズフォートの弱点って分かるかしら」
「……。的がデカくて近づかれたらどうしようもないことか」
「流石何度もジャイアントキリングをしただけあるわ。その通り。その弱点を克服しようとしたのがアンサラーと呼ばれるアームズフォートよ。全部は知らないけど…」
「もっと話せ」
「その前に…。ガロア君の好みのタイプは?」
「……分かりにくい人かな(大嘘)」
(なんだと……)
(…セレン様じゃ…ない?)
しれっと真逆の事を言ったガロアだが、リリウムはともかく、自分は結構単純だと最近は自覚しているセレンはショックを受けていた。
「あら……それは悪くないわ」
「さっさと続きを話せ」
「うーん…。浮くのよ。それでアサルトアーマーもついてる。あとは…形を知っているってくらいかしら」
「浮く?アサルトアーマー…?ふーん…。じゃあ形をこの紙に描け」
「待って。好きな人はいる?」
「いる(本当)」
(誰だ!!?)
(分かりにくい人って誰ですか!?)
「どんな人?」
「いいからさっさと描け」
(いいから誰か言ってくれ!)
(誰ですか!?)
「こんな感じ…だったかしら。展開するらしいけど、その形がどうなるか分からないわ」
「………。お前…絵が下手だなぁ……うーん……下手だ……」
知的な見た目に似合わず、くるくるとした可愛らしい絵を描いたのはいいとして、
どう見ても兵器には見えない。店先に置き忘れた傘のような見た目だが、これがアームズフォートとはどういうことなのか。
「失礼ね。で、どんな人か教えてくれない?」
「金髪で黒目の東洋人(大嘘)」
「えっ!?」
(く、黒髪が好きなんじゃ…)
(金髪…)
そんな知り合いがいたのだろうか、と調べ上げた交友関係を思い返すリザイアを見ながら大ショックを受けるセレンと、
自分のも金髪に入れていいのだろうか、と思うリリウム。これが全て大嘘だとは夢にも思っていなかった。
「今企業ではどういう計画を立てている?知っていることは全部話せ」
「あくまでオーメルのことしか知らないけど…そうね…。これは貴方達が襲撃する前からだけど…クレイドルを全体的に改装していたわ」
「?どんな?」
「そこまでは知らないわ。ねぇガロア君。シャツで隠れた首元…見せてくれない?」
「!!」
(!!)
(?)
質問の意味が分からないリリウムだがセレンとガロアは顔を一気に赤くする。
(なんだこの女…)
これでは嘘を吐くわけにもいかず、ねっとりとした視線を向けてくるリザイアの目を見ないように顔を背けながら襟を開いた。
それにしてもさっきから距離が近い。馴れ馴れしい。
「へぇ……」
「………他には!?」
昨日の今日でまだくっきりと残る跡を鼻息がかかるような距離でガロアを見てくるリザイア。
その距離感にセレンは飛び込みたい衝動に駆られるが努めて抑える。
「うーん…。後は企業がコロニーに無差別に攻撃を仕掛ける貴方達に怒っているってことかしらね。全体的な意見は置いといても、そんな暴力集団に民衆は任せられないって。為政者がなんだろうと興味ないけどその点は賛成ね」
「……?知らねえぞそんなの。そんな余裕が俺たちにあると思うか」
「でも自爆兵器とかで実際にもうかなり被害が出ているけど?ガロア君たちも一枚岩じゃないんじゃないの?」
(…互いに銃を撃ち合っていると思ってちゃ話し合いが纏まらないのも当たり前か…)
しかし誰が何の為に?ORCAやラインアークがそんな行動をする理由はない。長引けば総戦力で劣っているこちらが不利なのは明白だし、そんなところに戦力を回す余裕がない。
だが企業の過激派や、そういった思想を持つ者達が独断で動いたとして何の得があるのか。
戦争で経済は潤うとしても、既にこれは経済戦争では無い。そんなことをして民からの信頼を完全に失えばいよいよ終わりだ。
地球に未だうようよと犇めくテロリスト達の仕業だとしても、民を狙う理由は?こんなに世界が激しく動いている今、テロを起こしても意味が薄い。
争う二大勢力が互いになすり付け合い、戦いが長引くだけだ。
(……!全くの第三勢力?)
この目的意識が完全に別のところにある様な行動に、既存の敵からは超えた思惑を感じる。
だがやはり分からない。そうだとしても、名乗りをあげなければ、この女が言うように相手の仕業だと思うのが大半だろう。ただ戦いが熾烈に長引くだけだ。
戦いが長引いたとしてどうなる?ガロアの思考が、新たな視点を得て頭の中にあるあらゆる点を線で繋ごうとしたとき、リザイアが口を開いた。
「女性経験はある?いや…。女性を抱いたことはある?」
「…は?あ…ある(嘘)」
あまりにも話題が変わり過ぎて少し反応が遅れてしまった。
あんな物を見せた以上無いと言えばまた変なことを聞かれそうだと嘘を吐くが。
(そんな馬鹿な!?)
外の二人に大打撃を与えていた。
(えっ!?)
ガチョン、と分かりやすいくらいショックを受けているセレンを見て更にリリウムは驚く。
相手がセレンじゃないという事はつまりどういうことなのだろうか、とリリウムが考えているうちに話は進んでいく。
「経験豊富なのはいい事だわ」
「……他には?」
「そうね…知っているわ」
「……?何を?」
「あなたの心の中の………そうね………獣」
「!!」
ぶわっ、と女から広がったその気にガロアは思わず椅子を引いて構えを取った。
その姿にガロアはかつてどす黒い怒りと狂気に飲みこまれていった幼い自分の姿を見た。
セレンと出会う前の自分だった。
「届くのよ。ちりちりと…まぁ、あなたに比べたら小さいから…その点は魅力的な雌では無いかもね」
「なんの話をしている…」
一晩経って潮が引くように忘れかけていた熱が身体の中に一気に戻ってくる。
何の話を、と言ったがガロアにはもう予想が付いていた。
「でも…人間社会のはぐれもの同士…舐め合うのもいいでしょう?」
「獣みたいにか、ふざけるな」
アナトリアの傭兵の前でなんとか抑え込んた物が身体の奥から出てこようとしてくる。
握りしめていた机の端にひびが入った。
「ほら出た。完全に消しているつもりでも、分かる人には分かるのよ。極上の雄を見つけた獣の雌はどうすると思う?人が作り出した理性がなかったら…」
「……俺は嘘を吐いた。女を抱いたことなど無い」
その言葉に外の二人はほっとしていたが、リザイアはその言葉を聞いてにんまりと笑った。
まだ10代のガロアには決してできないであろう歪んだ笑みだった。
「関係ないわ。五万年くらい前ならあなたは凄まじくモテたわ。なぜならあなたは他の雄が集団で四苦八苦する獲物を一人で狩れるから。毎日毎日取っ替え引っ替えくんずほぐれつ出来たはずよ。本能で選ばれてね」
(こいつ…見ているのか…俺の中の……雑魚の癖に)
だが強い弱いなど関係ない。
確かに、あの一瞬で生き死にがどうでもよくなる感覚は生死に直結する強さ弱さなんかどうでもいい。
しかし、今までの相手は雄だっただけで、もしもそれが雌なら…、自分が獣なら…。
「あなたのなかの獣…せっかくのそれ、他の普通の雌と、何も持っていないゼロの女と掛け合わせたら次の代で消えちゃうわ。嘘ばっかりの世の中で…」
考え込んでいて気が付くのが遅れた。
人生に待ち受けるいくつかの修羅場を超えてある程度熟した女の、色香る唇がもう目と鼻の先にあった。
(あぶねぇ!!)
咄嗟に口の前に掌を差し出すのと、リザイアの唇がそこに付くのは同時だった。
ふうっ、と息を吐こうとしたら、がりっと手に鋭い痛みが走った。
「いって!!」
反射的にビンタしてしまっていた。
そこまで力は入れていないのだが、リザイアが吹き飛びそうになったのを痛みの残る手で引いて止める。
リザイアの唇からは血が出ていたが、明らかにそれはガロアの血も混ざっていた。
(女に、手ぇあげた…俺より弱い女に)
歯形から血のにじむ左掌を見て冷や汗をかきながら内側の凶暴性が顔を出してくるのを感じる。
それと同時に凄まじい頭痛が走って視界が赤くなった。タイミングは不明だがこれが出ると変に頭が痛くなる。
「…別に訴えたりしないわ。さぁ、その次は何?」
頬を赤く腫らしているというのにさも楽しそうに机を乗り出して近寄ってくる。
「寄るなッ!!」
その女と自分の間の空間を斬る様に手刀を繰り出すと机がぱっくりと割れて食器や紙などが転げ落ちた。
「出たわね……そのまま落ち着いたりしてはダメよ」
「それ以上余計なことごたごた言ったらぶっ飛ばすぞ」
胸倉を引っ張って凄むが全くビビっていない。
戦場で相手をすれば絶対に負けないというのに。
仮にもカラードのランク1だったオッツダルヴァがこの女を怖がっていた理由が少し分かった。
「…どうぞ」
(こんな女がいるのか…。……!)
その時、千切れそうな程に引っ張った服の奥、ブラの紐の近くに小さく紋章の入ったワッペンが見えた。
どこかで見た覚えがある気がする紋章だった。そして同時に、机から落ちた食器から豚肉が零れているのが見えた。
わざわざそれだけ残しているのだ。
「お前、何人だ…?……! スペインか!」
「……!!」
その紋章はずっと昔いたスペインの異端審問官の紋章で、ユダヤ教イスラム教へ最悪の弾圧をしていた者達の物だった。
しかし、不思議なことにリザイアは豚肉を食べないというユダヤ教の食事規定を守っている。
ユダヤ教は700年前にスペインから追い出されて、市民権を得たのは僅か100年前だ。それでも徐々に力を失っていた国側の苦し紛れの決定に過ぎない。
今まで言った言葉のどこからどこまでが本当か分からなくなってきた。
リザイアはこの時になってようやく慌てた顔をして離れていった。
外の二人はもう全く会話に着いていけていなかった。ガロアが暴力を振るっているようにもリザイアがからかっているようにも見えるしどうしていいかさっぱり分からなかった。
「大嘘吐きめ…」
胸倉から手を離した腕に歯を立てる。
つーっ、と赤い血が流れた。
「……」
「俺は大分無敵だが、見ろ。血が出るしちゃんと死ぬ」
「……」
リザイアは黙りこんだままさっきまでの様子が嘘のように何も話さなくなったが、
その顔をまた歪めて笑った。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。
「口先だけなら無敵か?許せん。翻弄されるだけと思うなよ。座れ」
自分の知る戦いとは別次元の戦いだ。
会話じゃない、質問をするんだったと気分を落ち着けて座る。
リザイアはその顔から気分を逆撫でにするような笑顔は消えていたがそれでも楽しそうだった。
「……。特技は?」
「料理よ」
ガロアの趣味が料理だというのは調査済みのリザイアはここで合わせてくるが、
それをここで聞くことなのだろうか?と不思議に思っていた。
「ふん。最終学歴は?」
「UCで臨床心理博士まで」
「今までの経歴に嘘偽りはないか?本当に?」
「ええ。ガロア君、年上の女性は好き?」
「……。年下が好きだ(大嘘)」
(え…え…)
(お…同い年はダメですか…)
リリウムの誕生日は五月にあるので厳密には年上に入るのだが、それでも二人はショックを受ける。
「ふーむ…。おお!おめでとう!!」
「え?」
「食堂の料理人が募集中だったから申し込んでおいたぞ!」
ラインアークのホテルの食堂の料理人募集の旨が書いてあるページを端末に映してリザイアに見せる。
本当は申し込んでなどいないが、オッツダルヴァにリザイアを食堂で働かせるようにしてくれとメールを送ったら二秒で返信が返ってきてその通りになった。
オーメルのリンクス・リザイアは死に、ラインアークのコック・リザイア誕生である。
「え?え?」
「月給21コーム。頑張ってくれ。それじゃ」
「え?え?え?」
相当な食わせ物であり、ガロアを(リリウムとセレン含む)かなり揺さぶったリザイアだったが、この場はガロアの勝ちのようだった。
状況が理解できずにリザイアは頓狂な声をあげるが、ガロアは気にせずに席を立ってしまう。
(やばい!出てくる!)
(お、押さないでください!)
「……?何やってんだ?」
部屋から出たガロアが見たものは廊下の床で絡み合うようにして抱き合うセレンとリリウムだった。
「あ、いや…」
「ガロア様、その…金髪で黒目の東洋人なんて…」
「ああ?見ていたのか?」
「う」
ぎくっとした表情を隠す事もしないセレンを見てガロアは誤解が生まれていることを察する。
「嘘だ、ほとんど嘘しか言っていない。俺もあの女も」
「はぁ…?」
「曲者の大嘘付きだ。……何がヨハネスブルクだ。…なんなんだあの女…嫌いだ」
そう言ってガロアは二人を置いてリザイアに噛まれた手をさすりながらすたすたと歩き去ってしまった。
残されたリリウムとセレンは相変わらず状況に着いていけずぼけっとしていた。
「どういうことですか…?」
「分からん…?何も分からん……」
一分ほど混乱していたリザイアだったが、まぁいいわと呟いて部屋で再び落ち着きを取り戻して笑ったのを誰も見ていなかった。
結果として捕虜となって働くことになってしまったが、彼女はこの状況を楽しんでいた。
サーッ(迫真)
お ま た せ
実際戦闘開始していたらガロアはかなり苦戦していたでしょう。
敵の数もそうですが、闇夜だというのがキツい。
AC4の懐かしのミッションを思いだします。
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活動報告だと大仰になってしまって…ついツイッターでぼそぼそ呟くだけで終わってしまいます