Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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中心

ラインアークの中心へと向かうトロリーバスに乗り込んだガロアとリリウム。

ガタガタ揺れるし速くもないが環境に優しく経済的なトロリーバスは無料で使えてラインアークの人々にも親しまれている。

こんな場所から中心に向かう人はいないらしく客は自分達しかいなかった。

 

「さっきの方……日本人でしたね。ORCAのメンバーでしょうか?」

 

「ん? やっぱり日本人だったのか? 東洋人なのは分かるが…」

貸し切り状態なのだからゆったりと座ればいいのにわざわざデカい図体をした自分の隣にちょこんと座ったリリウムが言葉を発する。

 

「日本語を話していました」

 

「日本語が分かるのか」

 

「ほんの少しなら」

GAグループ改めBFFグループの有澤重工の重役と食事やら接待やらをする機会も多かったリリウムは一応の教養として多少の会話程度の日本語を王から習っていた。

実は王は英語以外に日本語、中国語、韓国語、スペイン語、ロシア語、フランス語を不自由なく話せるという言語への造詣が深い面があるのだがそれを知る人物は意外と少ない。

 

「ふーん…」

 

「どうしていきなり襲い掛かってきたのでしょう?」

 

「俺が呼んだ……」

なんとなく、自分があの男を呼びよせたような気がするし、あの男もそれを求めていた気がする。

腰にぶら下げているあの刀は示威行為のためなどでは無く、本当に生活の一部なのだろう。

リリウムがいたから最後までというのは踏みとどまれていたが、二人きりだったらどちらかが死んでいたのだろうか。

そう考えた時、少しだけ『嫌だな』と思ってしまった。突然死……人生なんてそんなものだと思っていたのに、自分の中でまた何かが変わったのだろうか。

 

「え?」

 

「あ、いや、そういうことじゃない。そういうことじゃないんだが……」

リリウムの反応が普通だ。そんなことを言われれば疑問以外浮かばないのが当然だろう。

自分ですら言っていることが理論的では無いと思っているのに。

 

「少し……怖かったです」

そりゃ怖いだろう。いきなりダンピラを持った男が目の前に立っていたら。

リンクスにとって一番警戒するべきことは『中身』への直接攻撃なのだから。

 

「大丈夫だろ。お前を襲う様な奴じゃない」

ほんの数秒しか本気でぶつかっていないのに、何時間も会話してその中身が分かったような気分だった。

この前のノーマル乗りも、いつか自爆したネクストのリンクスも、言ってしまえばマグナスですらも。口先ではいくらでもなんとでも言えるが戦い方に嘘は吐けない。

死に直結する物だからだ。

 

(あの二人は真逆だな)

今日戦った(?)二人の男女はまるで真逆だった。あの男は名前すら知らない、どこの誰だかも分からないのに僅かな時間だが本気で戦ったおかげでその本質が深く分かった。

なのにあの女は何を考えているのか全く分からない。あの女はひょっとしたら自分を怒らせるために周りに行くかも、と考えて少し溜息が出た。

 

「あの方は……サムライでしょうか?」

 

「いいや。あの国では侍は19世紀の初頭にはほぼ絶滅しているし、銃刀法違反もある。今はあんなものを許可なく持ちあるいているだけで違法のはずだ」

リリウムの言葉を受けてウォーキートーキーから受けた教育と過去に貪る様に読んだ本の知識を思い出していく。

しかし実際、日本刀と呼ばれるサムライソードは初めて見た。

 

「兵器開発が活発になった今でも銃規制が解禁されていない唯一の国ですよね」

有澤重工などという実弾系の名門企業が君臨する国だというのに未だにあの国では一般人は銃を携帯できない。

 

「だが……英語の圧力に屈して言語統一がなされた今でも独自性を保ち国内では頑なに日本語を話し続ける民族だからな。あるいは侍も存在しているのかもしれないな」

 

「どうしてそんなことが?」

 

「島国だから。……だけじゃ無い。島国なのに他の国の言葉が公用語になった国などかなりある」

 

「では……どうしてでしょう?」

 

「そもそもあの国が言語圧力に屈したはずが独自性を保っていたというのは初めてのことでは無い」

がたたんとバスが縦に揺れるとリリウムはその場で一瞬宙に浮いた。

椅子から転げ落ちないようにリリウムの腕を掴む。

よくよく考えてみれば、父がいなくなってから暫くの間、誰とも関わらずに生きてきたというのにその間に世界の知識を加速度的に増やしていたなんて変な話だ。

 

「? 日本国はずっと日本国だったと記憶しています」

 

「中国……あー、昔は隋とかだな。その頃からの交易と自国より発展した国からの自然な圧力により日本の公式文書なんかは漢文で書かれていた。だが中国大陸で内乱が多発し国力が下がった時に時の大使により遣唐使と呼ばれる物が廃止された」

 

「えー…と、スガワラ……? でしたっけ」

 

「そうだ。菅原道真が中国大陸に見切りを付けた瞬間だ。それと同時に当時の大歌人、紀貫之がわざわざ万葉仮名で土佐日記を女が書いたものとして世に出した」

よく知っているな、とは言わない。

あんな馬鹿でかい屋敷に住む名門一族のお嬢様なのだからそれくらいの教育は受けていて当然なのだろう。

 

「何故ですか?」

 

「その当時漢文で字を書くという行為自体が高貴な仕事だったんだ。女性には認められていなかった……というよりは出来ないと考えられていた。だがこの際に国力をあげるには日本の独自の言語を進化させる必要があるとしてわざわざ漢語よりレベルの低かった日本語を使った、と言われているらしい。実際はどうだか知らんが、お陰で日本語がレベルの高い言語となったんだ」

 

「言語にレベルなんてあるのですか?」

 

「言葉と文化は密接にして分かたれない物だが、科学レベルという観点だけでは言語にはレベルの差がある。例えば14世紀前後まではフランスでの学位論文、あるいは高度な文章というのはまずラテン語で書かれた物でなければ認められなかった。コギト・エルゴ・スムだってラテン語だ」

 

「方法序説ですよね」

王の書斎にあった哲学書だったが10ページ読んだ時点でギブアップした思い出がリリウムにはある。

それでもその一文は有名なので知ってはいた。

 

「うん、そう。で、無論その時点でフランス語は存在していたが田舎者や字が読めない者が話す言語だった。だが転機が訪れた」

 

「あ、知っています。宗教戦争ですね」

 

「そうだ。パスカルがイエズス会を批判するために書いたプロヴァンシャルは、パスカルほど優れた科学者が書いたというのにも関わらずフランス語で書かれた。学のない者でも読めるようにするためだ」

 

「ですがプロヴァンシャルは……」

 

「そうだ。その後最も正しいフランス語の教材となった。批判の為に書かれた本なのにな。パスカルのように優れた科学者が手を付けた事でフランス語が進化したというのは間違いない」

 

「結局どうして日本語はまだ日本人に親しまれているんですか?」

 

「さっき言った言語レベルの話だ。科学力が全体的に低い国が手っ取り早く国民の学力をあげるには、優れた科学力を持つ国の真似をすることだ。そして最も優れた真似の仕方は言語そのものを真似ること。その国と交流もしやすくなるからだ」

 

「?」

 

「だが日本は19世紀に入って海外の言葉を日本語に片っ端から翻訳しまくって日本語に置き直した。科学レベルの遅れはあれど先に土壌が豊かになったんだ」

 

「無理に英語を取り込む必要が無くなったという事ですね」

 

「フィリピンなんかは英語を取り込むのは実に早かった。元々タガログ語と英語が公用語だったからだ」

 

「それは……どうしてでしょう?」

 

「教育現場に於いてタガログ語では表現できない概念が多すぎた。だからその概念がある英語を取り込んでしまっていたんだ」

 

「今英語が世界公用語になっているのは…」

 

「やはり英語圏の技術革新が大きかったのかもな。コジマ技術の発見で日本が先端に立ったのも一瞬で、その応用のネクスト技術は全て英語圏で開発された。日本に関しては義務教育以降の教育を全て英語にせよと100年前に国からお達しがあった」

 

「事件になりましたよね。大規模なデモが起きたとか」

 

「日本の大学の教授陣は声をあげて反対し、学生と共にストライキをしたわけだ。言語の吸収が科学力の吸収の手っ取り早い手段というのは間違いない。

だが一番科学力の高い言語に統一して元々の言語を忘れるという事は文化的な喪失に他ならないし、多様性を殺す。多様性失くして進化の道はあり得ない。まぁ結果論として日本語は失われなかったがな。

弾圧の中で新たな文化・概念が生まれるという事も珍しくないからなぁ。タップダンスなんかはその最も分かりやすい例だろう。侍文化もまた言語圧力の中で復古した……のかもな」

 

「そういえば……『もったいない』って元々日本語なんですよね。昔はこの概念がなかったって考えると不思議です」

 

「もったいないという感覚を説明するのに一体どれだけの言葉が必要だ? それを一言で理解できるようになっただけでも言語の多様性は驚くべき物があるはずだ。しかもこのもったいないという言葉、日本では『恐れ多い』という意味にもなると聞く。なぜそうなるのかは知らんが」

 

「政府からの英語教育の強制は英語圏の国々の圧力があったって分かったんですよね」

 

「多様性こそが人間の一番優れた点であり尊重されるべき物であるはずだ。だからこそ最初から全てを決められた人間などが……あっていいはずが無いんだ」

その言葉にほのかな怒りが見えてやはりセレンの事だろうか、と思うリリウム。

だが、自分も作られた人間だという事をリリウムは知らない。

王はその事実を知ってはいるが実際リリウムと家族の間に愛はあったし、そのことをリリウムが知る必要も無いと判断し、その事実は墓場まで持っていくつもりだった。

 

「ガロア様は…学校は」

 

「行ったことない」

 

「ではセレン様に教わったのですか?」

 

「いや。セレンにも勉強を教えてもらったりはしたけど……全部リンクス養成所で教わる内容だ。本で読んだりしたんだよ、こっちに来る前にな」

 

「……」

という事は14歳までにこの知識を蓄えていたという事だ。

王や優秀な家庭教師から教育を受けてリリウムも14歳の時点でかなりのレベルに達していたがそれでもこの知識量は驚きと言う他ない。

文学と歴史の知識に裏打ちされた深い知性は戦闘時の鬼の様な動きからは想像も出来ない。

何故リンクスにならなければいけなかったのだろう、他に道は無かったのだろうか、と実はガロアが初めてリリウムにあった日にリリウムに抱いた印象と同じことを考えていると目的地に到着した。

一方的な知識の披露は得てして女性には敬遠されがちだが、受けた教育の程度の差はあれど二人とも知識の到達度が非常に高かったためこの会話はこの上なく有意義な物だった。

 

 

 

 

その頃セレンはアレフの前で髪を高く結い、コンピューターと向き合っていた。

着いて行きたいのはやまやまだったが、やれるときにやれることはやっておかなければならない。

今回修理が必要になったのはいい機会だと考えて、FRSメモリの変更やまた大きくなったガロアの体格に合わせて調節をしていく。

先日身長体重を測ったところ大台に乗って203cm、104kgと超一流スポーツ選手そこのけの身体になっていた。

些か、いや、大分デカくなりすぎだがアブの話を鵜呑みにするならば遺伝的にまだまだ大きくなる可能性がある。

180cm近い自分ですら顔を見るには見上げねばならず、リリウムとならぶと最早親子ほども身長差がある。

ウィングスパンは220cmあり、ベッドが実に窮屈そうだ。

 

(この際だから…服でも買ってこりゃいいんだが。あいつは絶対自分から言いださないだろうからな…リリウムが気を利かせてくれればあるいは…)

セレンは沢山の服をカラードに置いてきたが、ガロアは着れなくなったので捨ててきたと言った方が良い。

ズボンに至っては3着しかない。そもそもが2mの大男に合う服自体が少ない。どうしているかな……とついつい考えてしまいちょっと集中が途切れがちなセレンであった。

 

 

 

ガロア達はようやく頼まれていた物を買い終わった。

 

え?それってこれじゃないの?

メーカーが違います、製造元が違います

 

というやりとりを10回ほど繰り返したが化粧品といえば口紅くらいしか知らないガロアにとっては全くもって意味不明だった。

化粧品店で化粧品を見ていると店員にデートですか?と声をかけられてリリウムが照れたりするなんてイベントもあったがとりあえず目的の品は買えた。

 

普段は50km走ってようやく疲れるくらいなのに、たかだか3時間街を歩いただけでどっと疲れた。

 

『コータロイド率いるFreQuency、新譜発売 連続初週売り上げ一位記録更新』

 

(……疲れた)

リリウムが飲み物を買ってくると言ってその場を離れている間、ガロアは何をするでもなく手提げ袋を持ったまま何の興味もないポスターの前でぼけーっと突っ立ていた。

 

「音楽を聴いたりするのですか?」

飲み物を両手に持って帰ってきたリリウムが、ポスターを熱心に見ていると勘違いしたのかそんなことを聞いてくる。

 

「いや……全然。リリウムは聴くのか?」

手渡してくれた飲み物のヒンヤリとした感じを心地よく思いながら聞き返す。

 

「クラシックなら…」

どちらかというと聴くよりも弾く側なのだが、あえて言うのならば聴くジャンルはそれぐらいしかない。

テレビも雑誌も読まないガロアとリリウムは実は同じくらい世間の流行に疎い。

 

「……」

 

「あの」

 

「え?」

 

「てっ……手」

 

「手?」

 

「手を繋ぐとか、もう……ダメですか?」

 

「……!」

飲み物を持っていない方の手を差し出すリリウムの顔はもう一瞬で世界の終わりみたいな顔をしていた。

今日も今日とて色々ありすぎて、リリウムがその内にどんな感情を抱いているのかということをすっかり忘れてしまっていた。

そんなに勇気を出して言う事でも無いはずだ、たかだか手の触れ合いなんて。そう思って右手を見る。

 

(……この手は……)

寝るときにいつも、母を信頼する子供のようにセレンに預けている手だ。

美人なのは見れば分かる。健気に自分を変えたいと思って行動した強さがあるのも知っている。

今更ながら、目の前の少女が自分に好意を投げかけてくれていることに重みが出てきてしまった。

何も考えずに動物みたいに、それこそリザイアの言う通りに手当たり次第にやれば脳みそとろとろの幸せそうな人生は送れるのだろう。

それでも、手の先一部だけでも渡してしまえば何か自分の中で大切な物が壊れそうだった。

ガロアはやはり未だに恋という男女の間の感情が理解しきれていない。

 

(誰も悪くない……はずだよな)

下手な断り方をすればそれでリリウムは酷く傷付くだろう。

好意を持つこと持たれることに悪い部分など一つもないのに、そこに男と女が混じると厄介なことになる。

傷付けたくない、リリウムはそうなるべき人間じゃない、と思いながら悩んでいると意外なウマイ言い訳を思いついた。

 

「手……大変だと思うけど、多分……」

 

「あっ」

ガロアがだらんと手を下に垂らしてもリリウムの肩の位置に腕があるのだ。

昔どこかで見た、小さな宇宙人が二人の男に挟まれて手を掴まれている写真とどっこいななんともみっともない姿になってしまう。

言われてリリウムも気が付いたようだった。

ガロアとそう変わりないレベルで恋愛が分からないリリウムの中で、憧れといえば夕暮れの砂浜や賑やかな街で尊敬できる男性と手を繋いで、溢れる思いを静かに揺蕩わせながら歩くこと……だったが、この身長差は少々想定外すぎる。

 

「ああするか?」

と、ガロアが指差した先には5,6歳ぐらいの女の子を肩車している恐らくは父親であろう男の姿があった。

確かに身長差でいえばそっちの方がお似合いだ。

 

「………………いえ……いいです……」

 

「……」

傷つきはしなかったががっくりとうなだれるリリウムの綺麗なうなじを見ながらガロアはほっと息を吐いた。

戦場で適当な敵を相手するより余程緊張してしまう。

 

だがこれでは結局リリウムの心に決着をつけたことにはなっていない。

いつか、ちゃんとはっきりと理由をつけて断るべきだったと思う日も来るのかもしれない。

 

 

 

ボォーン

 

 

 

「?」

そんな中身のあるようでない会話をしていると街中に低い音が響き渡った。

音のする方を見ると大きなスクリーンがはめ込まれた巨大なアナログ時計があり、丁度12時を指している。

 

「でかい時計だな」

 

「平等の象徴だそうです」

 

「何故知っている?」

 

「一回来た事があります」

 

「……? 腹減ったな」

誰かと来た事でもあるのだろうか、と思ったがそこまで興味があるわけでもなく、昼の鐘を聞いて鳴り始めた腹に素直な感想を出す。

 

「何か食べましょうか」

 

「海産物が美味いらしい」

 

「どうして知っているのですか」

 

「………小耳にはさんだ」

 

「?」

その間の意味が理解できないリリウムであったが、ガロアの言う通り、辺りには魚料理メインの店がこれでもかという程ある。

 

適当な店に入りリリウムの6倍以上はある魚料理を食べながら思い返す。森にいた頃でも川で釣りをして魚を捌くことは多々あったが、

海魚などは食べられなかったし、カラード管理街も海に面していなかった為わざわざ高い海産物を食べるという選択はなかった。

食べ終わった後、外で魚屋を見ながら土産に海魚を買っていって何か作ってあげようかなと思っていると香ばしい匂い。

屋台で売っているイカ焼きに二人そろって釣られて買ってしまう。

リリウムはこんな物を買うのも食べるのも初めてだったし、外で歩きながら食べるのはちょっと行儀が悪いけど今はいいかなと思い、折角だから羽を伸ばしてイカ焼きにかぶりつく。

 

(……うーん…)

今はイカ焼きしか見えていないといった調子で一生懸命に自分の顔ほどもあるイカに噛みついているリリウムは普通に可愛いと思う。

戦争屋であるにも関わらず、カラードである種アイドルのような扱いを受けていたのも納得できる程顔立ちは可愛らしく整っており、セレンとはまた別の方向性の美しさがある。

街を行く男どもは皆振り返って隣にいる大男(自分)を見てぎょっとして去っていく。自分がいなければ声の一つでもかけられていたのだろう。

と、思う程には可愛いのだが、男としての欲求はともかくとして好きになる……というような事は無い。

好きになるということ自体がまだよく分からない。好きになるとかいつからどうしてのことなのだろうか。

 

(可愛いけど……セレンの方が……)

そもそも三年以上も一緒にいて時間をかけて女性として好きになったのだ。最初から今に至るまでセレンは間違いなく美人だったというのに女性だと意識したのはつい最近なのだ。

自分は顔では女性を選ばないのだろう。そうでないにしてもそれを知るには恋愛の経験が少なすぎる。

言葉で説明できるようなものでもないような気がするが、あえて言うのならリリウムの様な可愛らしい女の子よりも年上で気の強い女性の方が好きなのかもしれない。

 

(でも……)

だが知っている。

何を捨てて……いや、何もかもを捨ててリリウムがここに来たのは何故なのか。

ここで『それは自分の為だろ』と思う程、ガロアは自惚れ屋でもなかった。

 

「あのな、リリウム」

 

「はい」

こういう大雑把で庶民的な物は食べ慣れていないのだろう、イカについていたソースで汚れた口の周りを拭いてやりながら言葉を続ける。

 

「強くなりたいって偉いよ。強いことは別に偉くないからな」

 

「……ですが、強いことはそれだけで尊敬を集めます」

 

「それはな、何もかも最初から強くはないからだ。強くなる過程があったからだ。なら一番偉いのはライオンか? アームズフォートか? 核ミサイルか?」

 

「お前は偉いと思うよ。いや……他にも……」

一体どれだけのリンクスが自分の起こしたとんちんかんな行動でラインアークに来て、その中のどれだけの人間が打算を抜きにしてこちらに来たのだろう。

普通に、どちらにも関わらずに放っておけばそのどちらにも致命的なまでに死人が出ていたのだろうか。

 

「……」

何が何やら分からないが、今いきなりガロアに認められ、褒められていることを理解したリリウムはどう言っていいのかも分からず、内側の喜びを表現しようもなくまた一口イカを口に入れた。

 

「俺は強かっただけだ。そうしなきゃ死んでいたから。それだけだ」

 

「……その、それでも」

 

「終わったら、ちゃんと爺さんのところに帰れよ。俺はな……」

 

「……ぁ」

 

(大切な人の為に戦う……俺は……もし、そうならやっぱり……)

ごにょごにょと尻すぼみに何も言わなくなってしまったリリウムを見て眉をしかめる。

ガロアは静かに自分が歪んだ最初の理由と感情を思い返していた。子供だった自分は誰にどうしてほしかったのか。

今はもうよく思いだせない。あの侍男と最後まで戦った時、死ぬかもしれないと考えた時に『嫌だ』と思った理由と根は同じような気がした。

 

「あの、ガロア様……お洋服を見たいのですが…」

 

「服? ああ、いいけど」

自分みたいに格好に無頓着な野郎ならともかく、純正お嬢様のリリウムに何も無い狭い部屋でしかも服も置いてきたというのはキツかろう。

リリウムが気分良さそうに歩いて行く方向へと従者のようにのしのしと着いて行った。

 

高級店にでも入るのかと思ったがそういう訳でも無かった。安価ながら良品質な男もの女もの両製品を扱う普通の店だった。

いつも思う事だが動物はオスが派手に飾りたてるのが基本なのに、どうして人間に限っては女性の方が着飾ることへの興味が強いのだろう。

まだ喋れなかった頃、日曜日は大抵街にセレンと一緒に(というよりも守られながら)食材を買いに行ったが、二回に一回は服を買いに行くのに強制的に付き合わされた。

セレンが数時間かけて服を選ぶのに対し、何か選べと言われたガロアは一分もかからなかった。それでいいのか、と毎回聞かれたが隠すところが隠せて寒さが防げればそれでいいと思っていた。

女性と二人で出掛けて別の女性の事を考えるという大変失礼なことを先ほどからしているガロアだが、幸いリリウムは服を物色するのに夢中で気が付いていなかった。

 

「どっちが似合いますか?」

 

「え? こっち」

 

「じゃあこっちを買いましょう」

 

(やべっ、反射的に答えちゃった)

両手に服を持っていたのは分かったが何も考えずに左側を選んでいた。

どっちも似合うのだろうからどっちも買えばいいのに、と思ったが全室あの間取りならあまり服を置く場所も無いか、と勝手に一人で納得する。

 

「ガロア様は服を買わないのですか?」

 

「ん? 今ある服で十分だ。ちゃんと洗濯すればまだまだ使えるしな」

 

「……」

そういうことじゃないんだけど、とリリウムは思うがよくよく店内を見てみればガロアの体格に合う服がない。

モデル顔負けの10頭身なのだがデカければスタイルがいいという物でもない。

だが自分と同い年の少年が洒落っ気の1mmも無いジーパンに無地の白シャツとパーカーで終わりというのはどうなんだろう。

 

「行くか」

天井からぶら下がる広告に頭をぶつけないように下げながら歩くガロアを見て思いつく。

 

「帽子とか…。これはどうでしょう?」

 

「帽子?」

言われるがままに手渡された帽子を頭に被せると帽子のつばで上側が見えなくなった。

要所要所で頭をぶつけてしまいそうだ。

 

「……」

癖毛もいい感じに抑えられるし似合ってないことはないが如何せん背が高すぎてどんな帽子かすらわからない。

目に影が落とされて威圧感が倍増している。

 

「いいや」

 

「そうですね……」

 

結局リリウムの服を数着買うだけに終わり、レジで会計を済ませて外に出ると向かいが酒店であることに気が付く。

 

(酒…か……)

正直酒は臭いからしてあまり好きでは無い。料理には使うがそれだけだ。

セレンは出会った頃からよく酒を飲むが、酒癖もよくないしだらしないからあまり飲まない方がいいとは思う。

だがこっちに来て以来酒は一切飲んでいない。

特に文句らしきことは言っていないが嗜好品の類が極端に制限されている今、相当ストレスだって溜まっているだろう。

折角街まで来たのだから一本くらい買っていってもバチは当たるまい。

 

 

「お酒は苦手なのでは?」

 

「いや、セレンが飲むからな」

 

「何か買っていきますか?」

ずっとセレンの事を考えていたのだろうか、と考えるとリリウムは心がちくりと痛んだが口にはしない。

 

「そうするか」

 

まだ10代の二人には少々早い店の中を物色するが、興味もないし付き合いでも全く飲まないガロアには何がいいのかよく分からない。

高いのを買えばいいのだろうか、と思ったがセレンは高級志向という訳では無い。

店員に美味い酒はどれですか、なんて聞くのもアホらしい。

そんな時96%と小さく書かれた酒の瓶を見つける。よく分からないが多分濃い方が美味いんじゃなかろうか、と思いそのままレジに持っていく。

リリウムは絶対良くないと思ったが、セレンがどれだけ酒を飲むのかを知らないため何も言えなかった。

 

「そのパーカーお気に入りなのですか?」

店から出た後リリウムが自分を見上げながらそんなことを言ってくる。

 

「…よく見ているな」

 

「最近よく着ていますよね」

 

「……」

何度も上塗りするかのように首に付けられた跡が恥ずかしいから隠す為、とは口が裂けても言えない。

それにしてもよく見ている。確かに毎日どこかしらですれ違うがいつも話しかけているという訳ではないのに。

やはりあれだろうか、好きな人は自然と目で追うとかいう。自意識過剰なのではないかと心の一部が言うが、それ以上にリリウムの行動の節々から好意が見え隠れする。

嬉しく無いわけでは無いが、本当にどうしていいか分からない。

 

「おにーさん、新聞買わない?」

 

「んあっ?」

話題変わり過ぎだろ、と思いながら隣を見るとそれはリリウムでは無く、視線の遥か下でガロアに新聞を差し出す女の子の声だった。

 

「ラインアーク安定の経済成長、だってさ。買わない?」

だが差し出された新聞にはでかでかと『同時多発テロ、揺れるメガコングロマリット』と書かれている。

 

「書いてあることが違うぞ」

 

「あ、あれ? あ! それは昨日の記事だった…」

 

「字が読めないのか?」

 

「……?」

リリウムにはすぐには分からなかったが、平日のこんな時間に働いている子供がまともな教育を受けているかは怪しい。

 

「うん」

 

「おいガキ、学校はどうした」

少々興味が出たガロアは新聞を受け取りながら女の子と同じ目線まで頭を下げる。

 

「お金がないから行けないよ。働かないと」

しゃがんでようやく目線が同じになる様な男によく声をかけたな、とガロアはひっそりと思った。

 

「親は?」

 

「いない」

 

「!……戦争で…ですか?」

 

「ううん。最初からいないの」

 

「……」

来るもの拒まずを謳うラインアークだが社会問題の一つとして捨て子問題がある。

無論、経済的に困窮している者がわざわざラインアークまで来て子供を捨てて帰るなどという余裕がある筈がない。

権力者が経済的理由以外で生きていてもらっては都合が悪い子を捨てていくという例がそれなりにあり、それと同じくしてやはり戦争孤児もかなり多い。

 

「買ってやるからちょっとこっち来い」

自分の三分の一ほどの重さしかない女の子の首根っこを掴んで連れて行こうとする。

 

「え?え? あたしまだそういうの出来ないよ!」

 

「何言ってんだ」

多少暴れたが首から吊るされては大した抵抗も出来るはずも無く、連れられるままに路地裏に来てしまった。

何をするつもりなんだろう、とリリウムは不思議そうな顔をしている。

 

「お前、どうやって暮らしているんだ?」

 

「あたし、新聞売らないと……」

 

「買ってやるから」

 

「うーん……」

 

「学校に行かずに働いてんのか?お前まだ12、3歳とかだろ」

 

「みんなそうだよ。済むところと食べる物を用意してもらう代わりに働いているの。それがルールだから」

 

(そんなもの当たり前だとは思うけどな……。だけどなぁ……)

自分が小さかった頃や父の教えを思い出すとラインアークの強いること自体は間違っていないとは思うが、目の前の少女が当然のようにそんな事を言う姿にどうしてか心が痛む。

 

「働いたお金で学校に行ったりしないのですか…?」

 

「服とか買わなきゃダメだし……休日はご飯でないし……学校も高いんだ。しょうがないよ…。身体売って手っ取り早く学校に行っている子もいるけど……病気とか怖いもん」

さらりと出たとんでもない発言にリリウムは顔を引きつらせるがガロアは顰め面のまま。

 

(子供ってのは弱いな…。……弱い…もんなんだな……)

そうして文字も読めないまま成長した子供は過酷な肉体労働をする羽目になる。

ラインアークもホワイトグリントに頼りきりの割には街の人々がそんなに不満が無さそうだったのはそういう者達が一身に苦労を請け負ってくれているからなのだろう。

自由主義と言えば聞こえはいいが、この世界では弱い者が生きる術すら強い者に確保されてしまい困窮にあえぐしかない。

ガロアはこの子ぐらいの年にはほとんど一人で生きていたこともあり、弱い者は勝手に死ねという考えだったというのに。

 

(親とか……いるよな…弱いんだから…。クソっ……)

そんな事を考えるとまた怒りが湧いてくる。

そう、子供には親が必要なのだ。守ってくれる存在という理由以外にも、理由をあげていけばきりがない。

子供から親を奪うことなど許されることでは無く、それゆえ、人を勝手な理由で殺していく行為は悪なのだ。

だからこそアナトリアの傭兵を許せず、だからこそ殺せない。もうすぐマグナスは親になる。こういう世の中の当たり前の成り立ちのようなものを考えると酷く頭が痛む。

 

「ガロア様?」

 

「引き留めて悪かったな。その新聞全部買ってやるよ」

 

「ほんと!?」

鞄の中の新聞を全て渡されるのと引き換えに、財布の中身を全て渡す。

上手くやりくりすれば一年は暮らせるほどの金がある筈だ。

 

「さぁ、もう行け。多い分はお前のにしていい。学校に行け。でも誰にも金を持っているところを見せるなよ」

 

「うん! ありがとうおにーさん!」

 

「悪いな。見ての通り、金が無くなっちまったから買い物は終了だな」

駆けていく女の子の背中を見ながらリリウムに声をかける。

 

「そうですね」

すっからかんの財布と大量の新聞を抱えたガロアを見てリリウムは嬉しそうに笑っていた。

 

「随分嬉しそうだな」

 

「小さい子に優しいんですね」

 

「……ここには撃ち殺して食える間抜けな動物もいないからな」

 

「……」

ガロアが何を言いたいのかはよく分からなかったが、そんな事よりも今、少女にした行動の方が大事だ。

ぼけっとしているし、洒落っ気の欠片も無いし、気の利いたジョークも言わないし、女性に対して気遣いがあるわけでもない。

最初はシンパシーと興味、そして命令だけで接触したが、自分はこの人を好きになって良かったとリリウムは静かに思っていた。

 

「さて……この新聞どうすっかな」

鞄から出されたむき出しの新聞を両手に抱えて屈託なく笑うガロアはリリウムの今日一番の思い出となった。

 




さりげなく未来史も書いていくスタイル。

日本もいずれ英語圏の圧力に屈するでしょう。
300年後には純粋な日本人はいなくなると言われていますし。
アーマードコアが登場する以外は、あんまり見当外れな未来ではないかと思います。


ガロア君、歴史に詳しいですね。
きちんと父やウォーキートーキーに教えられたからです。
これがのちのち結構大事なことになっていきます。
歴史というのは誰かの主観を通して得られたものですから。


例えクレイドルやコジマ、アサルトセルを解決してもこの世界は問題だらけです。

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