Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

92 / 112
少し時間は戻り、ラインアークに移って一日目の出来事です。


中心 ウィン・D編

ラインアークは結構気に入った。気候も悪く無いし、青い空と吹き抜ける潮風が気持ちがいい。

地球は想像以上にボロボロだったが、この季節感だけは一年中適度な気温に保たれているクレイドルでは味わえない。

あそこには太陽も風も夜も星もないのだから。

 

 

こんなに気持ちのいい目覚めって中々ないだろうな。

そう思いながらウィンは一枚だけのブランケットを横にずらして大あくびをしながら起きた。

太陽の光を受けてきらきら光る白いカーテンが爽やかな風で揺れている。

二度寝をしようとも思えない程見事な朝だ。寄せては返す波の音が眠気をさらっていく。

 

「……。うへっ、可愛い」

隣ですーすーと寝息をたてるレイラの可愛いこと可愛いこと。

顔の傷ももう気にならなくなった。むしろアクセントになっていていいじゃないか。

これにケチをつけるような奴がいたら木星あたりまで蹴りあげてやる。

寝ているのをそのままに、大きな人形を抱きあげるようにして顔を寄せる。

毎晩毎晩、この柔らかい身体で寝るのが最高の癒しだった。

 

「………普通に起こしてよう」

 

「いいじゃないか、いいじゃないか」

眠そうに目をこするレイラがぼやくように文句を言うが無視して頬と頬をこすり合わせる。

このつやつやとした肌は若い女性にしかない。それだけで保護されるべきだと思う。

 

「ご飯…どうしようか…」

 

「下に食堂があるって話だし、行こうか」

 

 

食堂までの道中考えていた。

かなりの値段がした屋敷を勢いよく中身と土地ごと全部捨ててきてしまった訳だがどうなるのだろう。

まぁ、今はすこぶる機嫌はいいのだが、終わった後またあそこに帰れるのだろうか?

というよりも……自分はまた両親に会えるのだろうか。『全てを捨てて先へと行く』という選択を自分は人生で二度もしている訳だ。

中々決断に満ちた人生ではないか。

 

(全てじゃないか)

我が身のみで地上に来たあの時とは違い、今はパートナーが着いてきてくれている訳だ、と隣の少女に目をやった。

少女、と表現したが背も高く凛々しいウィンに比べるとそう見えるだけという話であり、ウィンは本当は彼女が何者で年齢がいくつなのかも知っている。

本当はレイラとウィンが呼ぶこの少女はウィンと同い年だった。

 

メルツェルの話では作戦が終わったら自分達も急いで宇宙に行くという。それは強制なのだろうか。いや、多分そうでなくとも地球にいたいなんて言ったら誰もが説得しようとするだろう。

そうなるとあの家には帰れない。それはそれで構わないのだが……それにしても、そんなにもコジマ粒子というのはどうしようもない物なのだろうか。

世界がこんな状況に追い込まれても何も出来ず、それでも使わずにはいられないあたりに人間のどうしようもなさがよく表れてしまっている気がする。

それに、今こんなに争っているのに全員宇宙に上がった途端に平和になるなんてあり得ない。

今までは地球という巨大な依り代の上でどんぱちやっていたのだが、それと同じテンションで宇宙で争えばあっという間にクレイドルは沈んでしまう。

ネクストを一切持ちこまないなんてことが出来るのだろうか。

 

「レイテルパラッシュって女の子みたいだよね、女性の騎士様」

大して美味く無い食事を口にしているとレイラがそんなことを言ってきた。

まぁ確かに、あの機体を見て性別をつけるならば男にはなるまい。

 

「なんでそう思った?」

 

「そうじゃなかったらウィンディー乗らないよね」

少しどきっとした。

自分が全く男が苦手……という以上のことはばれてはいまいと思うがそれでも。

でも自分に全く男っ気がないことに対してもしかしたら何かを感じているかもしれない。

 

「ふむ。インテリオルの機体は女性的だよな、なんとなく」

あくまでその言葉にはショックを受けていないというように、さらっと言葉を返す。

言われてさらに考えてみるが、どいつもこいつも乗っている機体が「らしい」と言える。

ローディーの乗る機体は武骨で特異な戦法一点を練りあげた機体という感じがするし、ロイのマイブリスもよく似合っている。

リリウムの乗るアンビエントは誰がどう見ても女性が乗っていると言うだろう。あの小憎たらしいガロアの乗るアレフ・ゼロの黒い配色と装備も実に本人と似合っている。

 

「今日はウィンディーどうするの? 出撃は出来ないし、する必要も無いし」

 

「うーん」

実を言うとウィンディーの頭の中で今、明確にやりたいことというのは一つだけある。

ガロアにもう一度正々堂々再戦を申し込み勝つことだ。勘だが、ああは言っていたものの普通に申し込めば断りはしないだろう。

 

勝利よりも敗北を見直すのが強くなるために大事なことなのだが、プライドに大きな傷を付けるためにそれをやる者は少ない。

あれから結構な夜を敗北を思い返すことに使っていた。調べてみたところ、多分使っていたのは八極拳とジークンドーだろう。

踏みこみを邪魔して、その隙に脚にタックルをしかけて腱を切れば勝てるんじゃないだろうか。サブミッションはまだそこまで得意では無いが。

問題はこのレイラやあのオペレーターが嫌がるであろうこと、そして何よりも張本人がラインアークにいないことだった。

 

実はガロアの使う技はそれだけでは無いし、かなり手加減もされていたということをウィンはまだ知らない。

 

 

「街に観光にでも行って来たら?」

 

「うん? 行くか?」

南国の太陽と風を受ける活気のいい街で食べ歩きながら綺麗な服を見て回って化粧品を選び合って、そんな想像だけで心癒される。

心が暗くなる様な出来事ばかりが起きるもんだから、そんな当たり前の日常が眩しい。

この少女が何かを欲しがることはないが、色々と買ってやりたいというのはこっちの気持ちなのだ。

もしかして未だに居候だとかそんな後ろめたいことを思ってしまっているのだろうか。

 

「ううん。格納庫での作業の仕方も確認しなきゃいけないし、挨拶もしなきゃ。一人じゃ寂しいだろうから、リリウムちゃんを誘いなよ」

 

「何か買ってきてほしい物はあるか?」

ピンポイントでリリウムと言ったことに対する驚きと、頭の下がる様な働きっぷりに対する感謝が入り混じって結局ありきたりなことしか言えなかった。

 

「甘い物と……あとなんだっけ、魚の卵?で美味しいのがあるって聞いた」

 

「じゃ、買ってくるよ。夕方には帰るから待っててくれ」

 

そうと決まったら善(?)は急げだ。

格納庫の方に向かったレイラと別れてすぐにリリウムの元へと向かった。

そうだろうなと思った通り、やはりリリウムも暇そうだった。当たり前だ。ここには何も無さすぎる。

今日一日暇だろうから中心街に行こう、と言ったら『はい』と一言で着いてきてくれたのが心をほっこり温かくさせた。

 

今日も今日とてラインアークは赤道の熱い太陽光に晒されていた。

やはり出かけるのは女同士に限る。

これは多分自分が男が好きでもそう思うのだろう。

変に気張る必要も無く、すごく欲しいわけでもない沢山の品々をこれが部屋にあったらなんて中身のない感想を言い合いながら通りに並ぶ店を巡り巡る楽しさ。

小腹が空いたら甘い匂いに誘われるがままに買う……前に二人であれがいいこれがいいなんて会話で無駄その物に思える時間を過ごして、違う味を買う。

男は男同士、女は女同士でいるのが普通は楽しい。ましてや自分のような人間ならなおさらだ。

 

 

「ウィンディー様は戦いが終わったらどうするのですか?」

 

「えっ?」

ひとしきり買い物をした後に唐突に言われて思わず馬鹿みたいな声をあげてしまった。

こう言ってしまうと悲しいが、いつも自分が積極的に話しかけてリリウムは聞き役に徹している。

ましてや自分から何か重そうな質問をしてくることは滅多にない。ただ、それは自分に対してだけでは無く、生い立ちから考えても誰に対してもそうなのだろうと思っていた。

 

「そう長くはかからない作戦ですから」

 

「作戦ね……。リリウムはどうしたいとかあるのか」

完全なテロ行為と企業にはみなされているがもう既に企業の基盤はガタガタで終わった後も企業連が存在しているかどうかは分からない。

それにテロといっても一般市民を脅かして無理な主張をしているわけではないから立派な作戦なのだろう。

しかしまぁ、大事な話だ。よく考えてみれば自分もリリウムの年の頃にはどの大学のどの学部でどんな勉強をしたいかとか結構考えていた。

親や教師にああだこうだ言われ、自分の主張をあれこれ説明して。本来ならそういう年齢なのだ。

 

「リリウムは小さい頃……ぜんそくが酷かったんです」

その言葉を聞いてウィンの右脳が回転して一気に想像が広がった。

白を基調とした部屋の清潔なベッドでこんこんと咳をする小さい頃のリリウムを想像すると、

 

(守ってやりたい……!)

となるわけだ。深刻ではないがある程度には病弱な幼少期……そんなもの似合い過ぎている。

そんなウィンの脳内を知るはずも無くリリウムは言葉を続ける。

 

「そこでずっとかかっていたお医者様がすごく素敵な人で、だからリリウムはお医者様になりたいんです」

 

「いいっ、すごくいい!!」

大人になるにつれて生じる薄汚さが一切ない綺麗な夢だ。

もう魂をかけて応援してやりたい。病気になって診断してもらいたい。

 

「AMS適性があれば、手術中に手の震えを抑える為の器具や、人の手よりも細かい操作を出来る機械の手なんかも扱えますから」

 

(そんなのあるんだ)

ネクストはあんな大きさだが、確かに小さくすればAMS適性のある者なら、人の手ではいじくりにくい場所も器用に切除できる機械を自分の手のように扱うことも出来るはずだ。

ちょっとした手先の狂いが生死に直結するのだから、悪くはない発想だ。

暗いところばかり目立つ技術だがそんなところもあるとは知らなかった。問題はまず量産されないということだろう。

 

「大人もそれがいいと」

 

「え、本当に?」

 

「? はい」

 

(ふーん……あの陰謀屋がなぁ……)

悪い噂ばかりが先行するし、実際にインテリオルだって奴に出し抜かれて被害をこうむったことは一度や二度では無い。

レオーネメカニカだったころから……もっと言えば国家解体戦争が終わった直後から奴は淡々と自分の利益と敵対企業の不利益を重ねてきた。

それでも家族に見せる顔と外の顔は違うのかもしれない。家族といっても奴は独身だが。

さらに考えてみれば奴が懐刀のリリウムをこんなところに送ることを承諾したこと自体、噂から想像される男と重ね合わせればおかしいことなのだ。

 

「ウィンディー様は?」

 

「うーん……。私がクレイドルから降りてきたのは知っているか?」

そういえばこれを家族ではない誰かに話したことなどなかった。

というよりも、人にペラペラしゃべる様な夢では無いと分かっているからだった。

ただ、それを適当な言葉で誤魔化すことも出来たが、リリウムには素直になってみたいと思った。

 

「はい」

 

「歴史観って、人によって違うだろ? 特に国が違えばますますな。私はこう思う、俺はこう思ったなんてディベートをゼミでもやらされたよ」

ウィンは大学で歴史を専攻していた。そこで得るものがなかったかと言えば嘘になるのだが、思ったよりも得るものが少なかったというのは間違いない。

教授ごとに主義主張が違うというのに、学生は必死にノートをとって単位を取るためだけの勉強。そして後はクソくだらない恋だの愛だのをやっていて、何の為にそこにいるのかが分かっていない連中ばかりだった。そんなくだらなさに嫌気がさしていたからやめた、というのも間違いでは無いが、実を言うともっと簡単な理由がある。

 

「大学に通っていたのですか? 知りませんでした」

 

「やめちゃったけどな。でも、黒い鳥という伝承はどこにでもある。どこでも同じ。なんでだ? 地上に降りて実際に調べても分からん」

その簡単な理由というのは、実は歴史というのは人から聞いたことを鵜呑みにしていては何も始まらないと分かったからだった。

積極的に調べて、時には自分の目で見てというのを繰り返さないと、出来上がるのは教わった歴史の共通部分だけをそつなく語る機械だ。

真実ではなく、歴史を語るだけの人間になってしまう。ましてや地球で繰り返されたことを地球から離れて語るなんて愚の骨頂だ。

 

「ですが、終末論や末法思想は結局どの宗教にもあるような気がします」

 

「オーパーツってあるだろ。いや、例えばの話だぞ」

 

「はい……?」

リリウムがどれだけいい子でどれだけ可愛くてもその反応は今までのその他大勢と大して変わらなかった。

少し困惑したように笑って返事をして、それでも語尾には疑問が混じる様な__

 

「おかしいって思っただろ、今。ちょっと変なこと言っているぞこの人、って」

 

「い、いえ、そんな」

 

「それでいいんだ。それが普通だから。長い間積み重ねられて強固になったパラダイムの仕業だ。それは世界中にあって、そうなると……おかしなことになってくる」

 

「……?」

 

「あり得ない場所からあり得ない物が出て、あり得ない結果が出た時……その事実は私達が作りあげてきた常識と歴史観になんとかつじつまを合わされて、それでもダメなら実際に見てない者達から笑われ否定されるんだ。事実や真実は人が認識する歴史によって蹂躙される。そんなことは今まで何度だって起こってきた」

 

「どういうことですか?」

 

「コペルニクスやガリレオの地動説は真実にも関わらず否定され、主張した本人の命すらも奪われそうになった。真実なのに、だ」

 

「それは宗教的に認められなかったからではないですか?」

 

「そういう事を積み重ねると、『我が国の行為こそが正義』みたいな最悪極まった悪が出来上がってしまうんだよ。私が……地面をほっくり返したらペガサスの死体を見つけました、地球には昔ペガサスがいましたと言ったら信じるか?」

 

「その……ウィンディー様がそういうなら」

やっぱりいい子だな、とその困惑交じりの笑顔を見てウィンは思った。

なるべく否定しないように、思っていたとしても相手を傷つけることは言わないように。

その反面、そういう角が立つ行為をなんとか避けようとする人間は戦争屋なんかには向いていないとも思う。

 

「いや、いいんだ。それは私もあり得ないと思うから。じゃあ、どっかの知らない人がそう主張していたら……信じないだろ? 笑っちゃうだろ? 酷い奴は陰から叩き始めるよ」

 

「……」

リリウムの表情が少し暗くなった。

もしかしたら、王小龍があることないこと言われて、それに加えて自分自身も色々と暗い噂をされている面もあるということに対してなのかも、とウィンは思った。

そしてそれは当たっていたのだが、それをウィンが口にしようと思うことはなかった。

 

「……マンモスの氷漬けみたいに雪山からACとか出ちゃったりしたら……歴史がひっくり返るはずなのに、誰も信じちゃくれないだろ?」

 

「そんな、まさか」

 

「そうだよな。そんなまさか、だ。でも出ちゃったら、何十億ものそんなまさかとの戦いさ。今はインターネットなんかある分ますます苛烈な攻撃が来る」

 

「見れば信じます! 見れば誰だって」

 

「世界中の人間にどうやって見せる? 映像でも画像でも今の時代誰も信じないさ。いや、直接見ても信じないかもな。誰もが知らない途轍もない真実を知った時、人はどうなるんだ?」

 

「……?」

 

「手がガタガタ震えるだろうな。これがあれば世界をひっくり返すことだって、って想像して。そして絶望すると思う。真実は自分の手にあるのに、世界中が敵になるなんてって。だからな、私は別に歴史をひっくり返すような発見をしてやろうなんて思っているわけじゃない。それはもっと気骨のある奴に任せる。私は、私の真実を抱いて死にたい。その為に地上に来たんだよ」

それはウィンの性格がよく表れた言葉だった。真実は自分だけが知っていればよい、誰に知られる必要も無い、と。

優秀すぎるが故の弱点だろう。一人でできるから、一人で突っ走り他者の理解を求めない。それがリンクス、戦争屋としての彼女にも表れているのは実に危険なことだった。

実は今の状況が彼女にとってとても恵まれているということは恐らく一生分からないだろうし、そもそも誰もそんな恩着せがましいことは言わないだろう。

 

「……」

もうついていけない、と言わんばかりにリリウムはぽかんと口を開けて黙ってしまっていた。

戦争が終わって自分がこれから昔願った通りに世界を放浪したとしても誰に理解されなくとも構わない。

両親ですら、認めてくれなかったことなのだから。

 

「……ところが、地球が、この地球が……私達が立っているこの世界が全ての過去ごと砂になろうとしている。認められるか、そんなこと。私の宝を捨てろと言うのか」

 

「この作戦が終わったら宇宙に行くことになるんですよ……?」

 

「そうなっても、石に噛みついてでもこの地球に戻ってくる。全部が砂になる前に。いや、もしかしたら私はみんな宇宙に行ったとしても行かないかもな」

 

「い、いやですそんな……」

悲愴な顔をするリリウムの想像通り、そうなったらもう二度と会うことはない強制的な別れになるだろう。

だがそれはウィンとリリウムの『夢』というものに対する考えの違いだ。

ウィンにとって『夢』とはその為に命を賭けて殉じる為の物だった。

両親を守り、地球を守ったならあとはもう自分の為に生きてみたい。

そもそも誰にだっているはずだ。

今までの人生で知りあったが、もう二度と会わないだろうなという人間の一人や二人は。

ただ別れの言葉を言っていないだけで、さよならだけが人生なのだとウィンは思っている。

 

「……うーん、後は……運動がしたいなぁ」

あんまり重い話ばかり続けても仕方が無い。

本当は『戦いたい』なのだが、そんなことを言えばまたリリウムは自分が傷ついたかのように動揺するだろうからぼやかして言った。

 

「運動施設もありませんから、大変ですよね」

 

「うんうん」

 

「あ、でも。ガロア様は毎日あちこち走り回っていますよ」

 

「子犬か!!」

脳の中を見られたかのようにガロアの名が出てきたことに驚き、リリウムがその名を出したことに心が痛み、

そしてその行動のあまりにも馬鹿っぽさに叫んでしまった。

 

「ウィンディー様も一緒に運動してみては?」

 

「いや、それは……。いい。ま、近いうちにやりたいことといえば思いきり身体を動かしたいかなぁ。戦争終わって暇になったらジムにでも行こうかな」

その言葉が地雷だった。

 

「あ、そうです。戦争が終わったらリリウムはガロア様に好きだと伝えます」

最後まで聞くことは出来なかった。

最近ラインアークで問題になっている違法駐輪された自転車にぶつかり、薙ぎ倒しながらど派手に埃を立ててウィンは転んだ。

リリウムの口から飛び出して耳に入った爆弾が頭に入って大爆発したかのように、髪を高く結ってポニーテールにしていたゴムが切れて茶色い髪がばらけてしまった。

からからと回る車輪を見下ろしながら頭がぐわんぐわんと揺れていた。

リリウムがガロアにいくらか好意を持っているのは分かってはいた。それでも、まだ喋れるようになってそう日の経っていないあの男はどんな魔法を使ってこのいたいけな少女を完璧に落としたというのだろう。

大ダメージを負った心が昔遊んだゲームのように『メディーック! メディーック!』と叫んでいた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「どど、どうして……?」

大丈夫大丈夫と、大丈夫ではないがとりあえず手でジェスチャーしながら立ち上がり尋ねる。

ますます傷口を広げるということは分かっているがそう聞いてしまう。

 

「憧れているからです」

 

「いや、そうじゃなくて、理由」

 

「強いからです」

 

「私だって強っ……、……!」

残念ながら完膚なきまでに負けている。かといってネクストで戦いを挑むわけにもいかない。

そもそもそういうことではないということに気が付いてもう黙るしか無かった。

 

「だから絶対に生き残ります。絶対です」

今まで見た事もないような固い決意を見せるリリウムの顔は強く、そしてその強さの一部は間違いなく恋から来ていると見てわかった。

 

「そ、っ、そうか‥…ががっ、ががが、がんばれ……」

もうダメだ。元々報われないだろうとは分かっていた。

それでも口に出さなければ自分はリリウムととてもいい関係で、リリウムは恐ろしい老人に守られたお嬢様で下手な男など付け入る隙など無かったというのに。

もう遥か遠くに行ってしまった。普通の世界に。いや、それも勘違いだ。元々リリウムはそっちの世界の住人だったということだ。

 

「あの……?」

 

「がんばれっ、がんばるんだぞ」

困惑するリリウムを胸に抱き寄せてから一気に泣いた。泣いているということにリリウムが気が付かないように、嗚咽を必死に抑えて。

抱き寄せたのも泣き顔を見せない為だった。誰を恨んでいいのかも分からない。これは誰も悪く無いのだから。

取り落とした袋の中にあるケーキが崩れてしまったかもしれないと冷静な頭の一部で思っていた。

 

 

それからはどうやってリリウムと別れてどうやって部屋に戻ったのかも覚えていなかった。

 

ぐちゃぐちゃのケーキを置いて油臭くなっていたレイラの胸でウィンはわんわんと子供のように泣いた。

近いうちに始まる作戦に変に引きずらないようにとわざと声をあげて思いきり泣いたのだ。

そんなウィンをよしよしと慰めるレイラがやっぱりこうなっちゃったか、と呟いたのはウィンの耳には届かなかった。




時系列的にはガロアとセレンがロシアに行っているときなのですが、どこに入れようか悩んだ結果ここに持ってきました。

さよならだけが人生だ
は、漢詩の勧酒を井伏鱒二が訳したものだったんじゃないかな、多分。記憶曖昧ですが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。