Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「段々寒そうになってきたな」
『こっちは暑い。羨ましい限りだ』
「ネクストの中じゃ分からんけどな」
南極に向けて飛ぶアレフの中で外を眺めながら欠伸をする。
どういう手を使ったのか、気が付けば王所有の南極のスフィア施設からエネルギー供給がなされており、
財政的にもかなり助かっている。この調子なら後一カ月以内にアサルトセルを一掃出来そうだとメルツェルは言う。
今はそこを防衛しているダンとメイと交代に行く途中。なんで二機で守っているところを交代で自分一機だけ送られるんだとは少し思うが、まぁいいだろう。
もうそろそろ2時間近く飛んでいるが暇だ。襲撃も無いのはいい事だが。
『なぁ、街に一緒に食事に行こう、って言ったこと……覚えているか?』
「覚えているかってなんだ? ついこの間の話じゃないか」
ところがその直後のことは全て忘れていたのでセレンが確認するのもうなずける行動だ。
『これが終わったら……』
「そうだな。行こうか」
『それは……その……』
「……デートなんだろうな。一緒に行こうよ」
『……楽しみにしている』
戦闘兵器に乗っているにしては少し桃色すぎる通信をしながら飛んでいく。
輸送機では無くネクストそのままで行かなければならないあたりにラインアークの苦しさが如実に表れていると思いながらもう一度大あくびをしていると。
『敵襲だ!』
「何!? どこだ!?」
見渡す限りの海、全て青のどこに敵がいるというのか。
『スフィアが敵の大群に襲撃されているぞ!……クソ、こんな時までECMを展開しているからほとんど通信が出来ない! 急げ!』
「これ以上速く飛べねえ!」
システムを通常モードに落とし全ての出力をオーバードブーストに回しているのだ。
これ以上のエネルギーを回すとなれば耐G装置を破壊するなどしなければならない。
『気持ちもだ!』
「……」
無茶苦茶だと思いながらも、せめて戦場に着いてすぐに戦闘に移れるようにジャックを差し込み接続しておいた。
重厚な装甲に包まれたノーマルがメリーゲートのバズーカを受けて爆散した。
だが、その爆風から逃れる様に動いたメリーゲートにさらに後ろから来たノーマルが強烈な蹴りを叩き込んだ。
『きゃあ!!』
「メイ!! おおっ!?」
一瞬気を取られた隙に巨大な目玉に脚が二本生えた化け物としか言いようがない奇妙な機械から放たれた凶悪な弾丸がセレブリティアッシュを掠めていった。
「ぐっ! 痛っ……」
即死級の弾丸を何とか回避できたのは良かったが、体勢を崩したところに間髪入れず幾つものオービットがレーザーを放ち、
空中に張り巡らされたピアノ線に肌を切り裂かれるような痛みに襲われたダンは呻く。
既にノーマル20機を撃破しているはずだが、まだ30機以上残っている。それだけならまだしも、目玉の化け物の動きが強烈であり、更に絶望的なのが空に浮かぶ回転する不気味な円盤だ。
銅鑼を中心にフィンを無理やり何枚か差し込んだような形をしており、そこから射出されるオービット、奇妙なミサイル、レーザーキャノンとライフル、どれもが食らいたくはない威力をしている。
どの機体も付着した雪が解けたのか不気味に表面が濡れている。
「こいつら……どっから来やがった!?」
自分達やサイレントアバランチが防衛についていることに加えて、基地という性質上これだけの数の部隊を気付かれずに空から送り込むのはまず無理な話だ。
『全く揺らぎがない……おかしいわ』
また一機メリーゲートが敵機をスクラップに変えていくが、ここまでの連携が出来ているのに仲間がやられても全く気にする素振りすらない。
「一体……!?」
言葉を言い終える前にダンは空飛ぶ円盤がノーマルに気を取られているメリーゲートの真上に高速移動したのを見た。
忠告をする暇も無く発射された青い閃光がメリーゲートに直撃した。
『うあぁっ!!?』
GA製の頑強な機体に救われて何とか貫通はしていないが大ダメージには違いないだろう。
その上レーザーにはお世辞にも強いとは言えない機体構成なのだ。
PAが剥がれたその瞬間を狙って目玉の化け物が縦に回転しながら突撃しようとしている。
考える前にダンはもう機体を動かしていた。
「がぁああっ!!!」
横から化け物を突き飛ばそうとしたのに腕が両方とも吹き飛びPAも一気に消し飛ばされた。
何とか方向をずらすことは出来たが、結局は結末を遅らせただけなのか。
動けなくなったセレブリティアッシュに無機質に狙いを定め容赦なくとどめを刺そうと目玉の化け物がまた回転を始めた。
「メイ、逃げろ……!」
やけにゆっくりと迫ってくると感じながら発した言葉はもしかして最後の言葉なのかもしれない、
こんなところでこんなものに殺されるのか、
死ぬ前に童貞卒業したかった、
と一秒にも満たない時間で相当量の事を考えていると。
ザンッ、と音を立てて目玉の化け物が二つに分かれた。
「え?」
すぐ目の前に黒い影が割り込み、真っ二つに割れた化け物が明後日の方向に飛んでいって大爆発を起こした。
『なんだあの変なのは。中の奴目ぇ回さないのか』
黒いネクスト、アレフが白い翼のスタビライザーをその背に立つ者にのみ見せるようにして雪原に立っていた。
「うわあああ!? 大好きだお前!!」
一瞬諦めた命をこれからもまだ生きれるという喜びは感謝以上の気持ちになって口から飛び出た。
『ガロア君……』
『何言ってんだ』
ど派手に入ってきたからなのか、主戦力を撃破されたからなのか、あるいはガロアだからなのかは分からないが、一気に雪よりも冷たい視線がアレフに集まる。
取り囲んだノーマルが一斉に飛びかかってくる。メイはそれが大口径のライフルよりも威力のある厄介な攻撃であることを知っていたがもう忠告する時間はなかった。
『雑魚が。粋がってんじゃねえ』
ゴオッ、と風を切る音を立て雪原に綺麗な新円を描きながら回転したアレフは取り囲んでいたノーマルを全て切り裂く。
昔映画で見た、バイクがその場でエンジンを吹かしながら回転したような跡が派手に残った。
(強い……!)
味方だと分かっていてもゾッとするような強さ。
クイックターンとオーバードブーストを織り交ぜて動いていた、というのは見てわかるがどういう頭をしていたらそんな動きを瞬時に実行できるのか。
危険な戦場で見動きすら出来なくなっている事を忘れて見惚れてしまう。
『メリーゲート。セレブリティアッシュを連れて引っ込んでろ』
『な……本気? この数を一人で相手するつもり?』
『メイ、動けない者をかばって戦う方が大変なのは分かるだろう』
ガロアの意志がどうだったのかは分からないが、オペレーターのセレンの通信が入る。
動けないことは無いが、かといって腕がないのでは戦力としても数えられないだろう。
『……分かった。メリーゲート、撤退するわ。ダン君、動ける?』
「すまねぇ」
白く染まる大地の上を黒い機体が風のように動き跡を残していくのを背に、セレブリティアッシュはメリーゲートが切り開いた道を飛んでいった。
味方機が飛び去る気配を感じながらガロアはふと自分がまだ喋ることの出来なかったときにダンから言われた言葉を思い出す。
(俺さ、カニスと友達なんだ)
誰にだって死んでほしく無い者、戦いたくない者がいて、誰かを守ろうとして命をかけるその行為は掛け替えなく尊い。
「ちっ」
間に合わなかったが、あの時セレブリティアッシュが変な機体の前に飛び出て身を挺してメリーゲートを守った姿は、規模は違えどガロアの目の前でラインアークを背にして守る意志を見せたホワイトグリントと重なる。
『どうした』
いつの間にかECMは消えている。今はECMを展開していた方が不利になるという基地側の判断だろうか。
「なんでもねぇ」
と言った瞬間にガロアはとんでもない物を見た。
敵機の中の一機が味方を踏み台にして飛びあがったと思ったら、背中から大きく火を吹いてこちらに向かってきたのだ。
(クイックブースト!?)
ノーマルが馬鹿な、と思う暇も無い。
そういえばこの機体はいつか不明機とされていたORCAのネクストと戦った時に現れた機体と同じ系統に見える。
企業の兵器でも無い、ORCAの兵器でも無いこいつらは一体__
『大丈夫か!?』
着地を全く考えずに放ってきたドロップキックを横に飛び退って避けるとセレンが通信を入れてくる。
「こいつら、クイックブースト……!」
『違う! いや、分かっている、お前の言いたいことは! いつか戦った不明ノーマルだろこいつら! 中に人間が入っていないと考えていい! それにクイックブーストじゃない!』
「何を、……!」
敵機が何かを持ち上げたのが見えた。
それは味方だった。武器や岩を持ち上げるならともかく、味方を持ち上げるなんて。
(なんだその動きは)
今度は避けられなかった。ゴッ、と重たい音が響く。
「いっ」
ぶん投げられて飛んできた敵ノーマルの膝蹴りがアレフのヘッドに突き刺さった音だった。
その膝にはいかにも頑丈そうな鋼鉄の盾が取りつけられており、想像以上のダメージが通ってくる。
「い加減にしろッ!!」
クイックブーストを吹かしてその場で回転し背部を叩きつけると敵ノーマルは砲丸投げの球のように吹き飛んで、もう一機のノーマルにぶつかり砕け散った。
『コジマ粒子を使っていない! こいつら、コジマを使わないでこんな動きを……!』
「クソッたれ!」
先ほどの蹴りで両方の鼻から派手に血が出てきた。今の一撃でAPが5000も減ってしまった。
一気に鼻から肺の中の空気を噴出し鼻血を止める。幸いにして折れていないようだが未だにずきずきしている。
いったん距離をとろうと浮かびあがってようやく気が付く。
(こいつら、飛べないのか!)
ある意味鈍重そうな見た目通りに、空を飛ぶことも出来ずに地上で這いまわる敵機を夜の森のフクロウのように急降下しては一機ずつバラバラにし、またはロケットで粉々にしていく。
『奇妙な機体だ。武器の口径はネクストより上だが……ジャンプすらまともに出来んとは』
「空中に浮いていればとりあえずは大丈夫だな」
空に浮かんでいる間は大口径ながらも躱すのは容易い武器で攻撃してくるが、
地に降りた瞬間に生き残った人間を見つけたゾンビのように到来してくる。
『あの二機は空戦向けでは無かったからな。……!? なんだ!?』
「なんだこいつは!?」
空に浮かぶ奇妙な回転円盤は攻撃もしなければ邪魔もしてこなかったのでとりあえず放っておいたのだが、人の赤子程の大きさの物を大量に吐きだしたかと思えばいきなりアレフを囲んできた。
遠い昔、ガロアを攫いに来た連中や、さらに幼い頃の森の肉食獣の視線のようなザラリとした殺気を感じる。
「ぬおっ!?」
ブーストがなければまず無理であろう姿勢を空中でした途端、機体の隙間をすり抜けていく。
一発一発は大したこと無さそうだがあれだけの数が直撃すれば少しまずいだろう。
『オービット……? 馬鹿な』
周囲を取り囲むオービットを一つ一つ丁寧に切り裂いていくとセレンの声が耳に入る。
確かに馬鹿な、だ。この前の変態球でさえとんでもない機体性能だと断言出来たというのに。
主に二つ、驚くべき点がある。
一つはあの大きさで自律して浮かべていること。
あの中にコンピューターの他に浮かぶ為の装置が入っているはず。
単純なロケットですらその全容量の内三分の二が燃料なのだ。一体どういう技術なのか。
もう一つはこのオービットがアレフを中心にして攻撃してきていることだ。
以前のソルディオスオービットは改造されたランドクラブが中心、いわゆる司令塔となり動いていたのに、
このオービットは明らかにアレフを中心に据えて動いている。敵機を中心に設定しこれだけの数のオービットを操る演算能力。
あり得ない。第一にこの大きさの自律兵器なら要人を一人一人選んで暗殺することすら可能なはずだ。こんな兵器が今まで世に出ていなかったというのか。
「くそっ、なめるな!!」
蜘蛛の巣にかかった蝶のように空中で動きながらも余裕しゃくしゃくでゆっくり回転する円盤にグレネードを飛ばす。
だが。
『避けた!?』
「……こいつもか」
砂漠で対峙したオービットのように決定打になるような攻撃は急速に加速して回避している。
だがクイックブーストというには派手さが無いようにも見えるが。
『各パーツの大きさとエンジンのサイズを考えるにこいつも無人だろうな……何がどうなっている』
「分解して調べる!」
円盤から繰り出された奇妙なミサイルを、翼型のスタビライザーを改造したブースターの噴射の微妙な推力で避けながら近づいていく。
いつだってそうだがこういう機体は近接攻撃にどうしようもなく弱いものだ。
『また避けた!』
「見えてる!!」
避けられることは予想済みだった。最初から機械の反応速度に人間のシナプスの出力程度で勝とうなんて思ってはいない。
機械的に予想通りの距離まで移動した円盤にロケットを放つ。ロックオンがなくてもこれならば外れない。
ガキィン、という音が聞こえて最初に浮かんだのは疑問だった。
ロケットが直撃してそんな音が出るものか?
「なんだと……この野郎……」
当たってはいた。だが今の音、そして何事もなかったかのように輝く機体。弾かれたのだ。
一瞬だけ目を閉じて思い出す。先ほどの回避とそれ以前で確かに違った点が一つあった。
今は高速で回転しているのだ。
「機械が……味な真似をするじゃないか」
さらに繰り出されるレーザーを回避しながら着地地点のノーマルを蹴っ飛ばすと大げさに爆発した。
『解析した! 効いていないんじゃない! 弾かれている! 恐らくあの回転で角度を付けて受けているから実弾兵器は回転中は効かない!』
送られてきた映像を停止出来るから、という理由を考慮してもセレンのその分析力はかなり優秀だ。
セレンはセレンなりに必死にサポートしてくれているのだろう。
「レーザー兵器はブレードしかねぇ」
また一機、ノーマルを解体しながらぼやく。
さて、中々困ったことになってきた。
『停止した隙に最大火力を叩き込め!』
そりゃそうだ、と思っていると空中を滑る様に動きだした円盤が自分の真下に大口径のレーザーキャノンをメチャクチャに撃ちながらこちらに迫ってきた。
あれはやばい、と本能的に察する。
『逃げろ!』
「味方もすっ飛ばしているぞ!」
オーバードブーストを着火して直線状の敵を切り裂きながら逃げるアレフを追う円盤は、味方機すらも巻き込みながらこちらに向かってくる。
破壊されていくノーマルには哀愁すらなく、破壊される方もする方も淡々としている。
『上だ! 砲門は上には無い! 飛べ!』
このまま地上の大掃除を代行してもらうのも悪くはないが間違って当たりでもしたらシャレにならない。
「ええいクソ!」
夏のやぶ蚊のように纏わりつくオービットをブレードで払いながらマシンガンを撃ってみるが全く効果が見られない。
しかも回転をやめているときに当ててもあまりダメージになっていないようだ。
『固いか。まずいな……ジリ貧だ』
「回転を止めてかつ回避の隙に最大火力……どうする」
マシンガンは気にしていないようだが、何か特別な熱源探知機でも積んでいるのか、ロケットとグレネードは必ず回避している。
『避けているという事は効果があるという事だが……』
「……! そうか」
効果があるものを避けているのだ。ならば。
「お前だ!!」
こちらに銃口を向けていたノーマルの元に急降下し武器を叩き落としてハンガーを切り裂く。
一瞬で相手のノーマルは攻撃手段はなくなった。
「空中散歩だ、鈍亀」
手から武器を放したアレフは蹴りを入れてこようとするノーマルを柔らかく抱きしめ空を飛ぶ。
多少円盤からのミサイルが当たり、身体中が痛んだが今は無視する。
『何をしている?!』
「実験だ」
ノーマルと空中で熱い抱擁をしたまま円盤にグレネードとロケットを放つ。
当然のように円盤は滑らかに回避した。
「ここ!!」
今ここにまたロケットを撃ちこんでも弾かれるか避けられるかしてしまうのだろう。
そう思いながら円盤に向かってノーマルをブン投げた。どう考えても攻撃にはならないだろうが果たして。
『……回転が止まった!』
直撃したノーマルはやはり円盤にとってダメージにはなっていなかったようだが、腕や足、部品がフィンの隙間に入り込み動きを阻害している。
すかさず接近しブレードを起動するとやはり機械的な反応速度で離れていったが、クイックブーストで追いすがる。
「ゲームオーバーだ!」
初太刀で大ダメージを与えた後、アレフは円盤に乗って墜落するまでの間切り刻み続けた。
それが決め手になったのかは定かではないが、やはり円盤は爆散し後には何も残さなかった。
その後何機かノーマルは残っていたが、当然アレフの相手にはならなかった。
「良くやった。ミッション完了だ」
寒そうな映像が送られてくるのを見ながら汗を拭いてセレンは言う。
二つの意味で画面の向こう側に行きたいものだ。
『地形が変わっちまったな』
「気にするな。……だが」
結局何の為の部隊だったのだろう。基地の襲撃にしてはスフィアや重要施設から離れすぎている。
ガロアが来た後は明らかにガロアを狙っていた。もしも冷静に基地を破壊することを考えたら、足止めと基地へ向かう部隊に分ける。
無論、全機でかかってもどうしようも出来なかったガロアを分散した戦力でどうにかできるとは思えないが。
思えば最初からリンクスを狙っていた気がする。確かにリンクスの集団謀反がこの度の戦争の理由だが、この違和感は何なのだろう。
結局考えは纏まらずその後に頭にあったことと言えばこれから一週間ガロアと離れ離れなのは寂しいな、という事だった。
武器は……ちくわしか持ってねえ